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44loveのブログ一覧

2011年12月31日 イイね!

Starting Over

Starting Over 2011年ももうすぐ終わりです。
 皆さんの2011年はどうでしたか?
 今年は新しい職場でのスタート、311の地震による勤務先や知人の被災、史上最高の(最低な)円高など私にとっても近年にない出来事が起こった年でした。

 そんな中、5月初めのある日、ふとしたことから目についたみんカラの方のブログにどうしてもコメントがしたくて、みんカラ登録したのです。(そのブログは、自動車登録台数のブログで、フィガロの英国での長年の人気と平行輸入、生存台数についてコメントさせて頂きました。)



 年中出張ばかりしている私の数少ない息抜きはネット徘徊です(苦笑)。みんカラに登録してすぐに元944乗りの方からお友達のお誘いがあり、その方や他のみんカラさんのブログを拝見したりコメントさせて頂いたりしているうちに、自分でも何か書いてみようと、5月末のモナコF1をきっかけにブログを始めました。



 メカにも全然詳しくない(正直、どちらかと言うと車いじりは好きじゃない。。)、大した運転経験もない自分が何か書けることがあるとすれば、F1サーキット鑑賞かな、というわけで自分が経験したF1サーキットへのアクセス(行き方)について書き始めました。



 大したことも書いていない拙ブログですが、思いの外いろいろな方が訪問して頂き、私にとって新しい知識や世界を開いて頂きました。
 みんカラを通じて交流して頂いた方々、コメントを寄せて頂きました方々、訪問して頂きました皆様、小生の拙いコメントに時間を割いて返信いただきました皆様、本年は大変お世話になりました。有難う御座いました。
 中には未熟者の小生のコメントによりご迷惑をおかけした方々もいらっしゃったかもしれません。その節は大変失礼を致しました。心よりお詫び申し上げます。



 ジョン・レノンは1980年12月8日にニューヨークの自宅前で突然の凶弾に倒れました。
 そのちょうど2か月前に久しぶりの新曲(Just like) Starting Overと言う曲をリリースしていました。



 歌詞自体は付き合っている2人がまた新たな気持ちでこれからも付き合っていこうね、という平凡な内容でしたが、久しぶりの新曲、そのタイトルがStarting Over(やり直し、出直し、新たな再出発)というものであったため、運命の皮肉のような、何かの象徴のようだと話題になりました。
 そして日本人にとっては、曲のイントロが日本の仏教のお祈りの際に使うリン(鈴)の音のようで、それも何か運命的なものに感じられたものです。



 2011年は皆様にとっても震災や不況などいろいろな出来事があった年であったかも知れません。
 私にとっても2010年から職場の倒産、リストラ、新しい職場、震災による工場の壊滅的な被災、記録的な円高での経営悪化など様々なことがありました。また、勤務先の変更により、17年住み慣れた東京都民(登録上だけ 笑)から、初めて神奈川県民になりました。また15年付き合った車を駐車場事情から手放さなくてはならなくなりました。



 2012年、公私ともに新たな気持ちでStarting Overしていきたく思っております。
 皆様、何卒宜しくお願い致します。
Posted at 2011/12/31 18:19:09 | コメント(5) | トラックバック(0) | 自動車雑感 | 日記
2011年12月24日 イイね!

All Together Now

All Together Now 1990年のクリスマス、イングランド北部では記録的な大雪になりました。 典型的な西岸海洋性気候である英国は、緯度の割には冬も暖かく普段は雪はほとんど積もらないのです。

  その年の8月、イラクのフセイン大統領が突然隣国のクウェートに侵攻し、その年の冬に向けてアメリカと欧州をはじめとして世界は緊迫した雰囲気に包まれました。
 イラク軍が攻撃したクウェートの油田から真っ黒な炎と煙が立ち上る映像を何度もニュースで見せつけられた世界は、まさに欧米列強が開戦準備中であることを隠せない状況になってきました。


 ミラノ、ドオーモ広場にあるクリスマスツリーです。

 イラクの軍勢を時間をかけて集めさせ、クウェートを完全に占領させ、十分戦争準備をさせてから欧米の物量を持って叩きまくるという軍産複合体の意図が見え隠れする緊張状態。当時の英国BBCのFMでは映画トップガンのテーマ曲、Danger Zoneが頻繁に流され国民の戦意を高揚していました。英国の軍隊申込所には志願する若者が列をなしていると毎日のようにニュースで取り上げられておりました。

 国中がキリキリと緊張状態に突入していった90年の12月、記録的な豪雪で神様は窓の外の風景を夢のようなホワイトクリスマスにしてくれました。
 そんな1990年の12月にイギリスで流行った美しいイントロの曲がありました。



 リバプール出身のThe FarmというバンドのAll Together Nowというこの曲は、90年の冬にUKチャート4位、オランダで9位になりました。


 ドイツ、ドレスデンのクリスマスマーケットです。

 第一次世界大戦の西部戦線、フランスオランダの国境で塹壕を掘り、雨や泥や銃弾や毒ガスでボロボロになりながら絶望的な状況で何年も戦っていた連合軍とドイツ軍、ある年のクリスマスの日に、1日だけ戦闘をやめてイギリス軍とドイツ軍の兵士が一緒にサッカーの試合をしたという逸話をうたった歌だったのです。


 ビットリオ・エマニュエル2世のガレリアの天井のクリスマス飾りです。ミラノの紋章が見えます。

 開戦は、年明けの91年1月17日の米軍の空爆で始まりました。
 当時、フランスやイタリアは徴兵制でしたので、友人の留学生たちは帰国したらクウェートに送られるのではないかと戦々恐々としていました。


 ビットリオ・エマニュエル2世のガレリアのクリスマス飾りです。

 クリスマスも近づき、ふと風花が舞い降りるのを見ると、いまもときどき1990年のEngland北部のホワイトクリスマスを思い出します。

 そうそう、第一次大戦は初めて戦車が起用された戦争だったのです。

*3月3日、歌詞を追加しました。

Remember boy that your forefather's died       忘れるな君の先祖が死んだこと
Lost in millions for a country's pride          数百万の命が国のプライドのために
Never mention the trenches of Belgium        ベルギーの塹壕でのことは触れられていない
When they stopped fighting and they were one    戦いをやめて一つになったこと

A spirit stronger than war was at work that night   あの夜、魂は戦争より強かった
December 1914 cold, clear and bright         1914年12月、寒く、澄み切った、明るい日
Countries' borders were right out of sight       国境はなくなり一緒になって戦いをやめた日
They joined together and decided not to fight

All together now, all together now            みんな一つになった、みんな一つになった、
All together now in no man's land (together)     戦線の中間地帯で
All together now (all together), all together now (all together)
All together now (together, together)
In no man's land (together, together)

The same old story again                  同じことの繰り返し
All those tears shed in vain                流した涙もみんな無駄になった
Nothing learnt and nothing gained            何も学ばなかった何も得なかった
Only hope remains                     希望だけを残して

All together now, all together now            みんな一つになった、みんな一つになった、
All together now in no man's land (together)     戦線の中間地帯で
All together now (all together), all together now (all together)
All together now in no man's land (together)
All together now (all together now), all together now (all together now)
All together now (together, together)
In no man's land (together, together)

The boys had their say, they said no (all together now)  彼らはNOと言った
Stop the slaughter, let's go home               虐殺をやめると
Let's go, let's go (all together now)              さあ家に帰ろう
Let's go (all together now), let's go home          みんな一つになった、みんな一つになった
All together now (together, together)             戦線の中間地帯で
In no man's land (together, together)
All together now (all together now), all together now (all together)
All together now (together, together)
In no man's land (together, together)              (訳責44love)
Posted at 2011/12/24 00:30:53 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日々雑感 | 日記
2011年12月17日 イイね!

ホテルの窓辺から7 Aix-en-Provence / France

ホテルの窓辺から7 Aix-en-Provence / France一年中燦々と陽光が降り注いでいるイメージのあるプロヴァンスは年中曇りや小雨ばかり降っているイギリス人たちには憧れのエリアです。70年代航空機が庶民に身近な乗り物になると、物価の安いスペインの南海岸はイギリスの庶民の恰好の避暑地になりました。自分たちはそんな連中とはちょっと違うと思っているイギリスの人たちはプロバンスに憧れました。

 2004年にはA good year(邦題:南仏プロヴァンスの12ヵ月)という本はイギリスでベストセラーになり、2006年には同名で映画化(邦題:プロヴァンスの贈り物)もされヒットしました。

 日本では最近世界的にヒットしたシアバターを使った基礎化粧品、おしゃれな女性に大人気です。でもシアバターはアフリカでしか採れないんですけどね。マーケティングの勝利です(笑)



 そんなプロヴァンスの古都、エクサンプロヴァンスは紀元前にローマ人によって築かれました。エクスは古代ラテン語で水に関する言葉で、その名の通り、街の至る所に湧水があふれ、噴水になっている美しい都市です。



 定宿としていたホテルの窓辺から眺めた中庭です。
 冬でもテラスには花や観葉植物があふれ、夏には中庭のプールで日光浴ができます。
 この建物の1/3はホテルで、残りは住民の住むフラット(マンション)です。



 エクサンプロヴァンス(エクス)は、印象派、ポスト印象派のポール・セザンヌでも有名な都市です。
 印象派から離れたセザンヌは故郷のエクスに帰り、故郷の山、ザント・ビクトワール山を繰り返し描きました。



 エクスは典型的なフランスの古都です。ですから自家用車はこういう風に駐車します。



 12月には噴水が並ぶ街の中心通りミラボーにクリスマスマーケットが立ち並びます。
 人々は思い思いに今年のクリスマスの飾りつけに使う飾り物を買うのです。



 カトリックの家庭ではクリスマスにはキリスト誕生のミニチュア(ジオラマ)の飾りつけをします。



 小さな家や人形などを毎年少しずつ増やしていって、ジオラマを大きくしていきます。



 子供たちはそのジオラマの世界を眺めておとぎの国に遊び、もうすぐやってくる楽しいクリスマスを夢見ます。



 夜になると出店も閉まり、クリスマス飾りにネオンが燈されます。
 家族や友達、恋人どうしで静かな夜をすごします。。



 プロヴァンスには90年までF1が行われていたポール・リカールがあります。
 (長谷見さん、ディジョンとポールリカールは全然近くありませんよ。仙台と広島くらい離れてます 笑)
 日本人になじみの深いエディー・チーバーの83年の運転です。
 エディー・チーバーはフェニックス出身のアメリカ人。若干20歳でF1デビュー。143戦出場し132戦出走したアメリカ人最多のF1経験者だそうです。



 83年はエディーのF1キャリアにとって最良の年で、当時最強だったルノーにプロストとともに採用され、ポディアム4回、ポイント22点で優勝候補の1人と言われたそうです。結果コンストラクターチャンピオンも逃したルノーはシーズンの終わりにはプロストとエディーを解雇します。
 当時のフォーミュラーカーは今よりもずっと前で操縦しているのでクラッシャブルゾーンも少なく、オンボードを映像を見ていると恐いですね。



 フランス人歌手Marc Lavoineとイタリア人歌手Christina Maroccoのデュエット、J'ai tout oubliéは2002年に大ヒットし、今までにフランスで最も売れたフランス人歌手の歌となっています。
 この曲のPVを初めて見たのですが、なんと終盤にVISAが写ってました。VISAは1980年代の車ですからこのPVが作られた2001年にはちょっとおしゃれなクラッシックカーという扱いのようです。
Posted at 2011/12/17 02:56:26 | コメント(4) | トラックバック(0) | ホテルの窓辺から | 日記
2011年12月10日 イイね!

街角の名車たち10 smart / Milano

街角の名車たち10 smart / Milano これはミラノ近郊のとある駐車場の写真です。

 MCCスマートは1994年に時計のスウォッチグループのスウォッチみたいに気軽に着せ替えできるおしゃれで安価な車を作ろうという目的で始まりました。当初はスウォッチはVWグループにアプローチして断られたという噂で、結局、ダイムラーベンツ51%、スウォッチ49%の出資のMCCという会社を設立し、事業を始めました。

 当時はちょうどメルセデスAクラスの開発時期で、Aクラスと同じようにエンジンと居住室の2階建て構造で小さな車でも安全性を確保できるとのコンセプトで始まりました。

 その後、Aクラス発売直前のエルクテスト(野生の鹿のような動物が突然飛び出してきても避けれるような急激な旋回テスト)で転倒し、安全性に問題があることが発覚し、発売までに相当な追加コストが必要となりました。その際にはベンツの出資率を81%にまで引き上げて経営危機を乗り越えました。

 しかし所詮基本設計や成り立ちに無理のある車、事業設立から12年もの間連続赤字を計上し、言い出しっぺであるスウォッチ社はさっさと事業から撤退してしまいました。



 なぜ自動車とは何の関係もない安いファッション時計メーカーのスウォッチが自動車産業に進出しようとしたのでしょうか?
 実はスウォッチ社は、ただの安物ファッション時計メーカーではありません。欧州人に大人気の、あの安価でファッショナブルな時計スウォッチで膨大な利益を上げ、いまやスイスの時計ブランドの大多数とムーブメント製作会社を傘下に収め、世界の時計事業(日本メーカーを除く)を完全にコントロールしている巨大企業なのです。上は1個100万円を超える復活ブランド、ブレゲから、誰でも知っているオメガ、往年の名門メーカーのロンジン、世界最大の時計量販ブランドあるティソ、アメリカの元名門ハミルトン、スイスの名門ラドーなど10種類以上の大半のブランドは実はスウォッチ社の単なる一ブランドなのです。そこまで時計業界を傘下に収めたら、調子に乗って車を作ろうとしても不思議ではありません(笑)

 今回調べて初めて知ったのですが、MCC、現在のsmart社の本社はドイツのBoeblingenにあります。Boeblingenといえば、Stuttgart近郊、ベンツ高級車種のメイン工場であるSindelfingenの隣町。BBナンバー(Boeblingen)は、Sナンバー(Stuttgart)に次いでポルシェの広報車によく使われるナンバーです。
 私は仕事でBoeblingenに15年通ってました。smartが発売されて1,2年後には、Boeblingen周辺でやたらsmartを見かけた時期がありました。「全然売れないからベンツの(Sindelifingen工場の)従業員に無理やり買わせたんだな(苦笑)」と思っていたのですが、実はBoeblingenに本社があったのですね。だから自分のところの従業員に(大幅値引きで)無理やり買わせたんだ(笑)

 なぜ無理やりかというと、スマートが発売されてから最初の1,2年は欧州でも(日本でも世界各地でも)まったく見なかったからです。Boeblingen周辺でだけは一時期そこらじゅうで見ました。
 Stuttgart郊外のスイス寄りにあるBoeblingen周辺は緑の美しい山がちな地形で、アウトバーンもミュンヘン周辺と並んでドイツ一番の(つまり世界一の)高速地域です。アップダウンの激しい道をAudiやBMWが150km/hオーバーで突っ走って行きます。
 そんな山岳高速地域にわずか600cc(*)のオートマのsmartは一番似つかわしくない車です。
 スマートが似合うのはパリやミラノなど駐車が難しい混み合った都市内コミューターとしてです。
 一時期Boeblingen周辺でやたらと見かけたsmartはその後1,2年するとまったく見かけなくなりました。きっと売っ払ってしまったんだろうな(笑) (*現在は1Lに拡大されたようです)



 smart、私も2度ほど運転したことがあります。1度目は日本のディーラーで試乗。あの独自なマニュアルATがうまく使い方がわからず、まともに走れませんでした。。(苦笑)
 2回目はドイツのレンタカーで出てきて、仕方ないので必死で運転しているとコツがつかめ、割合速く走れるようになりました

 スマートの最大のメリットは街乗りです。所詮2人乗りの小型車ですから(疲れて)遠くへは行けません。このように駐車場のスペースがない場所に無理やり縦に停めれるのがスマートの最大の醍醐味でしょうか(笑)

 折からの環境エコブーム、省エネブームも追い風となり、2008年度からスマート社もようやく黒字転換したようです。この写真のような芸当ができるスマートには今後もある一定の需要は見込めるでしょう(笑)



 ミラノ、Linate空港近郊の並木道です。平地が広いヨーロッパには普通にこのような並木道が存在しています。もう少し早かったら落ち葉もきれいだったかな?
Posted at 2011/12/10 23:45:47 | コメント(7) | トラックバック(0) | 街角の名車たち | 日記
2011年12月03日 イイね!

ホテルの窓辺から6 Nob Hill / San Francisco

ホテルの窓辺から6 Nob Hill / San Francisco サンフランシスコは太平洋から入り江が入り込んだ出口にある都市です。18世紀にスペイン人冒険家が到達したのが欧州化の始まりました。1840年代のアメリカスペイン戦争後にゴールドラッシュが起き、多くの一攫千金の労働者が集まって住む都市となりました。

 1864年にはカリフォルニア銀行が設立され、採鉱労働者向けにテントや幌などの帆布を販売し後には衣料で成功したリーバイ・シュトラウスなどの事業家が集まり始めました。
 1873年にはあの有名なケーブルカーが敷設され、丘を横断してサンフランシスコの東西南北の交通が容易になりました。眺めと環境のいい丘の上には成功した事業家の邸宅が立ち並び、そのエリア一帯をNob Hillと呼ばれるようになりました。
 

 Nob Hillの頂上にあるPacific Union Clubとグレース教会です。Pacific Union Clubは選ばれた名門の方々が集う金持ち支配者階級のクラブです。グレース教会はパリのノートルダム寺院をモデルに建設されたそうです。

 1860年代にUtah州とSan Franciscoを結び多くの採鉱労働者を運んだCentral Pacific Railwayの経営者4人は、"Big Four"、"The Associate"と呼ばれ、NobHillの頂上に大邸宅(Mansion)を構えていました。
 スターンフォード大学の創設者でもあるLaland StanfordをはじめCollis Huntington、Mark Hopkinsなどの邸宅は現在は高級ホテルとして営業しています。



 フェアモントホテルの玄関口です。エントランスの上の各国の国旗が特徴です。



 ホテルの前の道は北側はフィッシャーマンズ方面の海に続いています。(反対側は街の中心街ユニオンスクエア方面です。)

 1906年のカリフォルニア大地震では都市ガスのガス管破損などにより都市部の大半が廃墟と化しました。1906年にすでにガス管で各家庭がガスが使われていたんです。当時の日本の状態と比較してその物質的豊かさには唖然とします。



 焼野原になったNob Hillです。現在のフェアモントホテル、フェアモントの邸宅の外郭が残っています。



 ケーブルカーは現在のユニオンスクエアからフィッシャーマンズワーフ方面へ、もう一方はマーケットスクエアの金融街から中華街丘をのぼり反対側に丘を下るまでの2路線で、Nob Hill近くで十字に交差しています。



 歴代アメリカ大統領も宿泊したMark Hopkinsです。ホテル内には歴代大統領の写真など記念品が展示してあるコーナーがあります。最上階のレストラン、Top of The MarkはSan Francisco随一の展望を誇ります。



 Union Square方面、Grand Hyattのレストランから見たNob Hillです。Mark Hopkins(旗の立っている建物、最上階がTop of The Mark)とStanford Court(その右側の建物)が見えます。



 Stanford Courtの右側に目を移すと海が見えます。ビルの陰に隠れた手前の小さな島がアルカトロズ島です。



 Mark Hopkins前の夜景です。近くの住民の車は坂道に垂直に駐められています。写真で見ると大した坂ではないように見えますが、実際は階段を作った方がいいようなとんでもない坂道です。道と平行にするととても危なくて駐車できないからこのように停めているのですね。実際横向きに止めてもひっくり返りそうなほどで、いつも車が傷みそうだな~、車がかわいそうだな~と思って見てしまいます。
 この付近の坂道は映画のカーチェイスのシーンでもよく使われますが、実際目の当たりにしてみると、いくらスタントでも準備万端にしていても、自分ならとても恐くて車がジャンプするほどアクセル踏めないです(笑)

 サンプランシスコと言えば市の歌にもなったこの曲です。



 1954年に作られた歌ですが、1964年にTony Bennettが歌って300万枚の大ヒットとなりその年のグラミー賞を獲得したそうです。



 1967年にリリースされたScot McKenzieのこの曲は全世界で700万枚売れ、サンフランシスコに多くのツーリストを呼び込んだと言われています。

 もう少し元気のあるサンフランシスコの歌と言えば、、、



 曲名もすばり"We Built This City"ですね。
 お前ら金持ち連中の会社ごっこの好きにはさせないぞ、この街は俺たちが作ったんだ、と言っています。これはStarshipというグループのPVのようですが、日本経済の絶好調の80年代でしたから、「会社(買収)ごっこ」の象徴として、今はなきツバメマークの丸善石油のネオンが出てきます(笑)
 丸善石油もいまは大協石油などと一緒になってコスモ石油になっています。まさに歌詞の中に出てくる(会社名を変えたって=会社買収ごっこしたって)知ったことか)という予言?どおりですね。
 まあ日本企業のサラリーマンに大金持ちはいませんが、、、(苦笑)
Posted at 2011/12/03 13:25:24 | コメント(3) | トラックバック(0) | ホテルの窓辺から | 日記

プロフィール

「アリゾナ州のホテル客殺人警官無罪評決。Youtube見たけど、興奮した警官の不明確な指示に従っていたのに、「這え」と言われて両手を使って這って、間違えて壁に手を突いただけでマシンガンで連射。言葉の分からない人だと瞬時に殺されていたね。場所は先週も私が出張していた場所。恐いね。」
何シテル?   12/10 08:22
44loveです。よろしくお願いします。年間の大半を出張している旅商人です。年間数万キロを欧米日でレンタカーで運転しています。自分の車は年間3000km以下走行...
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