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44loveのブログ一覧

2012年04月28日 イイね!

春よ来い

春よ来い 今週で4月ももう終わりです。










 いつものような一週間の始まり。



 月曜日の東京は雨でした。



 九州の朝焼けです。



 今回の九州での足です。
 だいぶ慣れました。
 個人的には(ハイブリッドでは)2代目プリウスが一番好きですが、ホンダのワイド&ロー、フォルムも走行時の安定性があって好きです。2代目プリウスはパワー重視でブレーキフィールもこなれています。インサイトはブレーキ時に若干不自然さが残るときが多い。。
 ともあれレンタル料も高くなく、燃費がいいのでハイブリッド車は営業のお供です。特に長距離を走るときは本当に経済的。。



 晴天にもかかわらず、黄砂で視界が悪く曇りのような状態。
 変な化学物質や放射能が混じっていなけりゃいいけど、、(^^;;;
 日本の放射能にはうるさいが、韓国や中国の放射能にはまったく沈黙を貫く日本のマスコミ、、



 湖の淡水が海に流れ込むところは色も変わっていて、魚が多く集まります。



 魚が集まるところには漁船も集まってきます。(黄砂で霞んでいますね、、)



 「なめろう」で有名な街です。



 週の後半は数か月ぶりに東北に行きました。
 大震災が起こって1年余り。。
 今朝も余震がありました。。

 半年以上前に訪問した時には復旧したものの閑散としていた工場も、すこし活気が戻っていました。
 社員たちの顔にも明るい兆しが見て取れるようになりました。
 震災で受けた大損害の完全返上にはまだまだ道は遠いけど、前向きに歩き始めようとする兆しが十分感じられました。
 震災からあまりにも多忙で訪問できなかった仲間たち。
 復興の足音は一歩一歩力強くなっていきます。。

 今回は、1日で九州、中国地方、東京からの来客や会議で立ち止まって写真を撮る余裕もなかったのですが、雪の残る東北路にも、桜は満開になっておりました。

 春よ来い。。

 
Posted at 2012/04/28 03:03:28 | コメント(5) | トラックバック(0) | 自動車雑感 | 日記
2012年04月22日 イイね!

ホテルの窓辺から8 Dresden

ホテルの窓辺から8 Dresden エルベ川沿いチェコとの国境近くに位置するドレスデンは、街としての起源は13世紀初旬に遡ります。1270年にはマイセン地域の首都として定められ、15世紀後半にはザクセン公国の首都となりました。18世紀初めのアウグスト1世の時代にドレスデンの代表的な建築物であるツインガー宮殿や聖母教会の建築がはじまり隆盛を迎えました。

 第二次世界大戦まではザクセン州の州都としてドイツ有数の都市、北の美しい都として栄えました。


 1900年頃のドレスデンです。

 1945年2月13日から15日にかけて1300機の英米軍が4000トンの爆弾を投下し、街は壊滅し、10万人の市民が犠牲になりました。広島、長崎、東京大空襲に並ぶ非戦闘員への無差別虐殺であり、西側(白人)国家への非戦闘員に対する攻撃では最大の虐殺者数を記録しています。
 



 この爆撃はドイツの敗戦が確定的になった1945年に行われており、戦略的意味も薄く、開戦当時にイギリスの受けたイギリス本土爆撃への報復の意味があったのではないかとも言われています。

 1989年の東西ドイツ統一まで、ドレスデンはソビエトの東欧支配の軍事的な要となり、ソビエト東欧駐在軍の本部が置かれていました。(実際にはソビエト軍、ロシア軍が撤退したのはドイツ再統一後5年目の1994年でした。)



 ドレスデンの象徴的な建築物であった聖母教会は、ソビエトのプロパガンダに利用するためか、崩壊したまま放置され、ドイツ統一後の91年でも上の写真のような状態でした。

 私が初めて訪問した90年代後半でも聖母教会はがれきのまま、再建時には建造当時の材料をできるだけ使用して復元するために、がれきの中の石の分類を始めていました。



 ホテルの窓から見える聖母教会です。2000年代初旬から建設を開始し、2005年に完成しました。建物の黒い部分はオリジナルの建物に使われていた石です。やはり1945年の爆撃から50年以上の間に大半は紛失してしまっていたようです。

 

 このホテルは1985年から90年までの間、あのプーチンがKGBエージェントとして暗躍していたホテルです。



 ホテルの裏側にはエルベ川が流れています。



 完成した聖母教会の周りの建物はここ2,3年で建設されたもの、それ以前は廃墟のまま放置されていました。



 ドレスデンにはソビエト時代に建設された無機質な公団住宅風の建物が残っています。
 またソビエト軍駐留時代の兵舎跡や戦後ソビエトに占領され返還後の所有者が決定できない建物が廃墟となって市街地の周りに点在しています。
 市の中心部がこれだけきれいに復元されたいまでも、50年以上前の戦争の傷跡が(その後のソビエト占領時代を含めて)、あちこちに残されているのです。

 東欧時代の暗い遺産を目にするとき、核戦争の危機を歌ったこんな曲を思い出します。




In Europe and America,                ヨーロッパとアメリカではヒステリックな風潮に
there's a growing feeling of hysteria        なってきている
Conditioned to respond to all the threats    ソビエトの大げさな演説で明らかにされた
In the rhetorical speeches of the Soviets    すべての脅威に対抗するために
Mr. Krushchev said we will bury you        フルシチョフは「お前らをみんな葬ってやる」と言った
I don't subscribe to this point of view       そんな考えは認めない(*1)
It would be such an ignorant thing to do     そんな馬鹿なことはないだろ
If the Russians love their children too       もしロシア人も彼らの子供を愛しているならば

How can I save my little boy            どうやって子供たちを救おうか
from Oppenheimer's deadly toy          オッペンハイマーの死の玩具から(*2)    
There is no monopoly in common sense     常識的に考えて東西の壁のどちらかが一方的に
On either side of the political fence        優勢になるはずがない(*3)
We share the same biology             イデオロギーに関係なく、我々は生物学的に
Regardless of ideology                同じ肉体を持っている
Believe me when I say to you            俺が言うこと信じてくれ
I hope the Russians love their children too    ロシア人だって彼らの子供を愛しているはずだ

There is no historical precedent          歴史上にそんな例はないのに
To put the words in the mouth of the President どうして大統領は口にするのだろう
There's no such thing as a winnable war     戦争に勝利なんかないんだ
It's a lie that we don't believe anymore      そんな嘘はもう信じない
Mr. Reagan says we will protect you        レーガンは言った「お前らを守ってやると」
I don't subscribe to this point of view       そんな考えは信じない
Believe me when I say to you            俺が言うこと信じてくれ
I hope the Russians love their children too    ロシア人だって彼らの子供を愛しているはずだ

We share the same biology             イデオロギーに関係なく、我々は生物学的に
Regardless of ideology                同じ肉体を持っている
What might save us, me, and you          我々を救う手段があるとすれば
Is if the Russians love their children too     ロシア人だって彼らの子供を愛しているはずだから
                              (訳責:44love)

 StingのRussiansという曲はゴルバチョフが情報公開を行う数年前の1985年にリリースされました。
 80年代初めはレーガンがソビエトの核の脅威に対抗して、スターウォーズ計画で米ソ軍拡競争の最終段階に入っていた時代でした。

 *1 フルシチョフはソ連第4代最高指導者で1950‐60年代の人でしたが、アメリカとのキューバ危機などでケネディと対抗し、58年のモスクワで西側外交団に「お前らを葬ってやる」と発言しました。
 *2 little boyは広島に落とされた原爆の名前ですね。オッペンハイマーはマンハッタン計画の主導者。広島、長崎に落とされた原爆の開発者です。
 *3 当時は東西で核兵器の数を競っており、数で圧倒的に優勢になった方が最終戦争に勝利すると言われていました。

 このオフィシャルPVでは核戦争までのカウントダウンを思わせる秒針だけの時計のある、核シェルターみたいな場所に閉じ込められた老人(オッペンハイマーでしょうか?)が過去を悔いているような映像が流れています。背景には当時の東欧の得意芸であった新体操の少女、原爆を落とされた広島や長崎の少年を想起させるような東洋人の男の子も出てきます。

 この曲は当時から間違ったり偏った訳や解釈をされている例が多かったようですが、Stingは東西ともに戦争をすることの愚かさ、軍拡競争の無意味さを訴えているのですね。

 隣国のミサイル発射騒動がマスコミでひと段落したあと、国境問題について都知事が話題を提起しましたね。北東や北西部の固有の領土が実効支配されても何もできない国に対しては西側の島をさらに略取しても何もできないだろうと思うのは当然です。東西冷戦が終わってある意味の秩序が崩壊したために領土的野心のある国の統制が利かなくなっているのは当然のことなのです。


Posted at 2012/04/22 17:52:32 | コメント(7) | トラックバック(0) | ホテルの窓辺から | 日記
2012年04月14日 イイね!

世界の車窓まで6 黒いカモメと白いカモメ

世界の車窓まで6 黒いカモメと白いカモメ年間の2/3以上出張の旅生活の私は海外だけでなく国内も行商しています。
 震災被災と超円高による財政難で昨年からの新しい会社は慢性的な極度の人不足(お金がなくて人が雇えない)、おっさんの私も国内津々浦々まで行商に歩いています。





 こんなのんびりした風景のところ、たとえ出張でも心が和んでしまいます。



 いつもは飛行機でバタバタ移動しているのですが、訪問先が多い時は点移動の飛行機より面移動の列車になってしまいます。

 実は私は飛行機嫌い、時間があるのなら列車で移動する方が何となく心が休まります。



 一番新しい路線の新幹線ですが、正面から撮ったのでは東北や東海とおなじように見えますね(苦笑)



 地方の駅のホームで駅弁を買って列車を待つ、、
 たとえ出張でもなんとなく旅情を感じてしまいます。



 最近の地方の在来線の特急はおしゃれなデザインのものが多いようです。
 この列車は「かもめ」(黒いカモメ)と呼ばれています。チャコールのカラーが渋いですね。
 スタイルは何となくガンダムチック(笑) 内装は凹凸のあるシルバーのメタル調の天井にアンバーの間接風照明。グレーの革風シート。ヨーロッパの古い列車と昔のアメリカン風の天井でとてもシックに感じます。



 同じ路線には「しろいかもめ」(正式名称)も飛んでいます。
 内装は黒カモメと同様ですが、外装は今どきの特急風で世界共通のトレンドです。



 こんな路面電車が走っている街も訪問しました。



 デザインが可愛いですね。



 市内では桜が咲いていました。



 小さな島々が浮かぶ穏やかな春の海がきれいでした。



 こんな純和風の風景を眺めていると、遠い昔に好きだった曲を思い出しました。。

Posted at 2012/04/14 12:56:57 | コメント(9) | トラックバック(0) | 世界の車窓まで | 日記
2012年04月07日 イイね!

橋のある風景2 San Mateo - Hayward Bridge

橋のある風景2 San Mateo - Hayward Bridgeサンフランシスコは西海岸の太平洋から入りこんだ入り江の入り口にある都市です。
 入り江の南側はサンフランシスコ湾と命名され、その周辺を総称してベイエリアと呼ばれています。

 私が初めてベイエリアに来たのは昔勤めていた業界で現法設立準備で市場調査に来ていた頃でした。
 それから十数年、以前の会社が終焉を迎えるわずか1年余り前、10年以上放置されてボロボロになったアメリカマーケットを立て直すため、いきなり投入され、最後の悪あがきで苦しんだ苦い思い出があります。(その当時はまさか業績が好転してから廃業するとは予想していませんから、「最後の」というつもりはなく明るい未来のために必死だったわけですが、、、)



 十数年前の昔は、シアトルなどがベースでしたので、ベイエリアでどこに行ったか、その時も自分で車を運転して行ったのですが、いまとなってはもう具体的な場所が思い出せません。。
 シリコンバレーにあったその時訪問した日本の会社はもうなく、当時の業界の大半の会社は撤退したり廃業したり合併したりして、当時お会いした方々のわずか数人が残っているだけのようです。

 当時、日本のバブル経済が弾けて数年しかたっていない90年代の中頃、カリフォルニアにはシビックやインテグラなどのホンダ車が沢山走っていて、そのスタイルがサンフランシスコやLAなどのカリフォルニアの景色にすごく似合っていたのが印象的でした。



 それから15年以上、いまではベイエリア、シリコンバレーの主役企業の半数以上はすっかり入れ替わってしまいました。



 サンフランシスコ湾には数多くの横断道路が存在しますが、San Mateo - Hayward Bridgeはその中でもシリコンバレー周辺の南側で主要な横断手段となっています。
 1929年に完成した全長11.3㎞の橋は、当時世界最長の橋として建設されました。



 下を大きな船が通れるように高くなっている部分は1.9㎞、80年以上前に建設されたこの橋は一日平均で9万3千台(!)の車が通行します。



 私の年代では、「ベイエリア」という言葉を日本語で聞くと、この歌を思い浮かべてしまいます(笑)。




 この曲は光景が目に浮かんでくるような名曲で好きなのですが、、実はこの歌に出てくる風景とは全く無縁な環境で育った自分にはなんとなく体に馴染めない後味の悪さが残ってしまいます、、、
 ”授業をさぼって~ 日の当たる場所にいたんだよ~♪”
 私の場合は、授業はサボっていましたが日の当たらない場所にいたし、、、、(笑)
 だいたい授業をさぼってるのに学校に来ていることが信じられない、、授業をさぼる=学校に行かないだし、、、って暗くなるからやめよう(笑)
 (ファンの方へ:この曲は名曲なのですが私自身がこんな青春を送っていないという個人的なトラウマですので気にしないでください。)



 今回は私の仕事終わりにベイエリアに在住されているみん友さんとプチオフをして頂きました。

 昔も今も、ベイエリアの片側5車線もあるフリーウェイをゆっくり流しているとカリフォルニアのこの人気グループの歌が流れてきます。グループ結成から40年近く、リリースから30年以上たった今でも、ベイエリアのクラッシックロックFM局から毎日何十回も流れるグループです。



 ジャーニーは70年代をメインにカリフォルニアで活躍したロックグループですから、ハイウェイやドライブに関するモチーフが入った曲が多い気がします。



 Steve Perryが浪々と歌うスローな曲は、まさにカリフォルニアのフリーウェイをながすと自然に頭の中にフレーズが流れてきます。

Journey / Faithfully           ジャーニー / フェイスフリー

Highway run                ハイウェイを走る
Into the midnight sun           白夜に向かって
Wheels go round and round       車輪は回り続けるよ
You're on my mind             君は俺の心の中にいる
Restless hearts              休まらない心
Sleep alone tonight            今夜は1人で眠る
Sending all my love            すべての愛を電信で送るよ
Along the wire

They say that the road          旅に生きるものは   
Ain't no place to start a family     家族を持つべきじゃないと人は言う
Right down the line            いつもいつも
It's been you and me           君と俺の2人きりだった
And lovin' a music man          そして俺は音楽を愛する男
Ain't always what it's supposed to be いつも理想通りにはしてやれないんだ
Oh, girl, you stand by me         君よ俺のそばにいてくれ
I'm forever yours              俺は永遠に君のもの
Faithfully                   心から・・

Circus life                  サーカスのような旅人生
Under the big top world          世界の大舞台の下で
We all need the clowns          誰でもみんな笑顔にしてくれるような
To make us smile              ピエロが必要なんだよ(*)

Through space and time         時間も場所も違うところで
Always another show           いつも次の舞台が待っている
Wondering where I am           いったい俺はどこにいるのだ
Lost without you              君がいなけりゃ見失ってしまう

And being apart              離れていると
Ain't easy on this love affair       愛は容易じゃない
Two strangers learn to fall in love again 2人の他人がまた恋に落ちて
I get the joy of rediscovering you    新鮮な君を発見する喜びもあるんだ
Oh, girl, you stand by me         君よ俺のそばにいてくれ
I'm forever yours              俺は永遠に君のもの
Faithfully                   心から・・

                        (訳責:44love)

*日本語でピエロと言うと笑われ者の悲しい道化師のイメージもありますが、
 英語でClownと言うと、子供を笑顔にしてくれるやさしいサーカスのおにいさんです。
Posted at 2012/04/07 23:28:28 | コメント(8) | トラックバック(0) | 橋のある風景 | 日記

プロフィール

「アリゾナ州のホテル客殺人警官無罪評決。Youtube見たけど、興奮した警官の不明確な指示に従っていたのに、「這え」と言われて両手を使って這って、間違えて壁に手を突いただけでマシンガンで連射。言葉の分からない人だと瞬時に殺されていたね。場所は先週も私が出張していた場所。恐いね。」
何シテル?   12/10 08:22
44loveです。よろしくお願いします。年間の大半を出張している旅商人です。年間数万キロを欧米日でレンタカーで運転しています。自分の車は年間3000km以下走行...
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