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2017年01月13日 イイね!
2017 初ブログ  古道を行く  埼玉県初の煉瓦隧道 
埼玉県・飯能市と東京都・青梅市は隣町である。
だが間に山があり、迂回しないと往来は出来なかった。

明治の末に住民の悲願が叶い、トンネルが開設された。
両市(当時は村)は、直線で結ばれる事となった。

埼玉県側に造られた畑隧道は、県では初の煉瓦隧道
であった。と 説明看板に書いてある。


昭和の終わりにバイパスが出来て、その役目を終えるまで77年間に渡って両市を
最短距離で結んだ隧道である。

前回のスイフトフォトギャラに続き、今日も徒歩がメインの小探検です。

車は入れないのでエスクは、ここで待機させる。
着いた時は曇天(右)。帰り(左)は青空が出た。



この新しい道の横下には旧道が走っている。新道からは見えない。
これが、明治以来使われてきた古道である。いわゆる峠道である。

両側の石積みが風情ある路だ。



歩き始めると、すぐに畑隧道の説明看板が現れた。過ぎた歳月を物語る黒ずみだ。
飯能市長の名で、明治以来の隧道の貢献を讃えている。



看板を過ぎると、まもなく隧道の入り口が見えてくる。
道に入ってすぐのクライマックスである。



隧道名が書かれた扁額は、ないようだ。山頂部の下に開削した隧道のようだ。
写真ではわからないが、いきなりのトンネル内は真っ暗闇である。

ライトもないので、すり足で進んだ。

明治の開設だが、幅員は意外にある。四輪のすれ違いも、大型でなければ出来そうだ。
長さは100mくらいだろうか?出口が見えてきた。
暗闇にも慣れて、見上げれば天井も確かに煉瓦巻である。



隧道を抜けると、水浸しだった道も乾いていて歩くのが楽になった。


鏡がないカーブミラーや速度制限標識が、かつての道だった事を伝えている。


巨大なつるが、アナコンダのように樹々に巻き付く。何やら恐ろしい光景だ。
3年前、初めて来た時は、この辺で身体が透明な不思議な蛇を見たな。



こちら巨大なナナフシに似た倒木。


崖の上の樹の下が、ごっそり崩落している。下に落ちてくるのもまじかだろう。


道を進むと、前方にバイクが見えた。これは現役の車だ。誰か来ているのか?
このあたりから路面状態は良くなり、道としての機能は、ほぼ完全なままである。



苔むす壁。ブーンとバイクが過ぎて行った。さっきのバイクだ。
ライダーはどこにいたんだろう?



バイクの向こうに人家が見えた。そろそろ終点だろう。


入ってきた方を埼玉側とするなら、こちらは東京側だ。


埼玉側より低いがまだ高台だ。中々、眺望が良い。
ここから引き返してエスクの停まる公園へ。

終始、曇り空だったが公園に着いたら青空に変わった。*最初の新道の写真。



真冬の散歩は、大汗をかかないので楽だ。

しかし、帰り道は上り坂。うっすらと汗が出てきた。外気温は4度くらいだろう。

公園の散歩よりも、こういう道のほうが楽しいね。

子供の頃から探検ごっこが好きだったからね。

三つ子の魂百まで  とは良く言ったものだ。

本日の廃道・区間賞が下記。落ち葉の絨毯。


                                       ブログUP 翌日追加

*スイフトフォトギャラで西武安比奈線もUPしました。
*ブログの裏側・エスクフォトギャラもどうぞ

2016年12月30日 イイね!
1枚の紙が村を救った。 今年の終章
車はメンテしたが、自分の口の中は放置した。
被せ・詰物が取れても数年も放置したつけが今・・。

歯茎に痛い痛い麻酔注射をして、神経をぐりぐり・・。
だが、痛いのも峠を越してほっとしている。あと2本。

まあ、麻酔なしで足裏をメスでえぐられた破傷風の
時よりは、ましである。


口内に爆弾を抱えていたのでドライブも出来なかった。
昨日、最後の神経を殺したので、久々に年末ドライブに出かける事が出来た。




幹線を避けてUPダウンありワインディングあり の素敵な田舎道を進む。

以前は毎週のように通った道ではあるが、久々と言う事もあって新鮮である。

ときがわ町を抜けて小川町に入る。ここで県道に合流する。

大正時代に出来た歩行者専用の珍しい鉄橋の前で。

写真奥に奥武蔵の山々。この県道は、熊谷市から東松山市・小川町・東秩父村を抜け、
定峰峠を越えて秩父市に至る埼玉県・最長県道(11号線)なのである。

ここらあたりから、運転するのには快適なワインディングとUP・DOWNが始まる。





東秩父村は、埼玉県唯一の「村」である。

東京都唯一の村は桧原村だが、こちらは観光客も多く財政も豊かなようだ。

高齢化が進み財政も苦しい東秩父村は、近隣の自治体に合併を打診した。
だが、村の厳しい財政を理由に断られていた。

秩父市の隣だが、山を越えた隣であるため、秩父市とは違う文化圏に属する。

しかし、豊かな自然と多くの林道があってコアなファンも多い。
だが余りお金を落とさないので、村の財政寄与にはならないのが申し訳ない。



右奥の建物は、喫茶・軽食の「今人」。名前通りビートルズファンのオーナーのお店。
昔から自分が通った店だ。現在は息子さんが跡を継いでいる。

隣の小川町と共に紙漉きが、昔の主な産業であった東秩父村。
県に働きかけ、ユネスコ世界遺産の登録を目指した。

2014.10  長年の努力が実り、ついにユネスコ世界遺産に登録された。
       日本の3か所の地の和紙が、登録されたのである。


村が放った起死回生の一手であった。


*2014年10月 村民の悲願が叶った。世界遺産決定の横断幕が誇らしげだ。

世界遺産の威力は大したものだった。

週末でも閑古鳥だった和紙の里は、観光バスが乗り付ける観光名所となったのである。

増加する観光客に対応して道の駅を併設し、賑わいを見せるスポットに変貌した。


*電気自動車充電ステーションも設置した。


世界遺産・細川紙の原料の「こうぞ」。樹皮もそのまま漉くので、頑丈だ。
奥の建物で、だれでも紙漉き体験が出来る。


1000年以上の耐久性がある世界一の紙である。

日本の和紙はアウシュビッツ所蔵の文献始め、世界の貴重な文献の補修用に使われている。


上記横断幕の場所に、新設された農産物直売所と、木で作られたバスターミナル。


左が紙漉き体験施設。右が手打ち蕎麦屋と研修棟。


里の奥にある移築された古民家。右がその内部。真空管式ラジオがあった。

横の山の上には展望台と村出身者の戦没者慰霊碑がある。
数年前、みんトモさんと登ったな。




親しみのあるこの村に活気が戻った事は自分の事のように嬉しい。

世界遺産登録は村民の努力の結晶である。


今日は久々に100Km程のドライブであった。

自宅近くでは、富士が出迎えてくれた。




喪中につき年始のご挨拶が出来ませんが、

来年の皆さまのご多幸を、お祈り致します。



*中華製ドラレコ(名刺サイズ) 検証中 


ローコストなドラレコは使えるのか?整備手帳で、UP予定です。
2016年12月07日 イイね!
車内のエネチャージとバッテリー上がり対策オーディオ好きなら、電源の重要性をよく知っている。

各家庭に分配する共同変圧器を嫌って、自分専用
の電柱を立ててしまった人もいる、と言うから驚く。
*各戸が一斉にレンジ等の使用をすれば電圧は下がる。
自家専用変圧器で、安定電源になり音質が向上したと
、本人は満足げであった。贅沢だねー。

確かに電圧の変化は、音質に影響を及ぼす。

カオスバッテリーが、オーディオの音質も改善されると謳うのは、大容量故の安定
した電圧の電流を流せるからである。

この方、オーディオ界では有名で、私も存じ上げているくらいである。
数十年ぶりにTV画面に登場されていた。凄い装置・邸宅と、財力に感心した。


さて、音楽より音が気になるオーディオは卒業して、次に興味を持ったのが車である。

*今でも現役のオーディオ機器。ビートルズ赤盤 演奏中。

自分のようなものでも、車が持てる時代になっていたのは嬉しい事だった。

最初は当然中古車で、冬になるとエンジンが中々起動しない。
バッテリーにお湯をかけ、温度を上げて起動させた事も、しばしばであった(笑)。


1.高級バッテリーの最後  バッテリーの学習

スイフトも新車後4年を経過した頃、高級バッテリーがヤフオクで諭吉未満(半額以下)で
売られていた。それに飛びついたのがいけなかった。

保証期間の3年を待たず、2年でご臨終。
夏場のドライブ中、休憩でエンジンを切るとピーピーと言う警報音が・・。

バッテリーが啼いていたのだ。要充電ではなくて要交換と表示されていた。
診断機能付きのバッテリーが、最後の起動電流を残し息絶えた。

今思えば、充電がされなかった長期在庫品で、極板にサルフェーションが大分発生していた
ものだろうと、推測される。



以後バッテリーについて、調べてUPしたのがスイフト整備手帳にある。要は鉛蓄電池は、
買った時点で充電率100%か、それに近い方が、その後も持つと言う話である。
*および定期的な充電で、満充電にしておく事が重要です。


こうして購入したエスクのカオスは、出荷直前に電解液を入れてあり、到着時に
充電率100%であった。

更に定期的に補充電した結果、6年半経過してもスィフトの到着時充電率50%のカオス
より、現在も元気である。*スイフトのは、3年と2か月経過。



*エスクのカオスと1週間以上、走行ナシでの電圧。走らない割りに良い数値だ。

更にバッテリーの負担軽減を図る為に、室内用のバッテリーを用意した。

2.車内のエネチャージ

購入したのは、リチウムイオン電池のモバイルバッテリーだ。
*これは、購入時充電率100%でなくても、その後の持ちには影響ない筈だ。

使用していた iPhone3G より少し大きい程度で、現在のスマホと変らぬ大きさだ。



中国製(リファレンス製-設計は日本か?)ながら、表面のラバー処理も高級感があるものだ。
右は室内加湿器を、バッテリーで駆動中の写真。電圧は5Vである。

なお、中国の好き嫌いは別にしてバッテリー技術は、国産も油断出来ないレベルである。
原付の○○ユアサ製の諭吉に届こうかというバッテリーは僅か半年で、走行不足で充電も
出来なくなったが、中国製は2年経った今でも充電可能だ。価格は四分の一だった。

震災時に入れ替えた国産最高のメーカー製電池(PA・・)は、全て2-3年で液漏れした。
安い中国製(単三・単四)の同じものは、全く液漏れもなかった。正直情けなかった。

潜水艦技術の肝のひとつがバッテリー技術だ。出来が悪いとは言え、中国が原潜を造って
から随分と経つ。バッテリーの製造技術も、年々進化しているようだ。



3.次世代のジャンピングスターター

こうして車のバッテリーの負担を少なくした。

しかし、元気そうに見えても突然死するのもバッテリーだ。
ジャンピングスターターを、備えれば万全である。

なお、ジャンピングスターターと言えば以前はバッテリー本体より大きい位で、それなら
バッテリー本体を買った方が良かったので見向きもしなかった。


次世代スターターが、下写真である

何と上記のこんなに小さいものが、2500ccまでの車のジャンピングスターターなのだ。
300A(アンペア)の大電流が、車のスターターを駆動させるのだ。

しかも連続で3台は可能と言う。加湿器を1日駆動してバッテリーが上がっても、対応可能
な電力は、充分残っていると言う事だ。

中国製としては高価の部類だが、国産同等品と較べれば半分以下の価格である。
前述した技術的にも油断出来ない  とは、こういう事なのだ。

保証期間も、自信の現れか3年と言う長期である。*1年の間違いだった。
日本国内永久保証品もある。



エスクの半分しか走っていないが、エスクのより弱っているスイフトバッテリー。



だがこれで、古くなったバッテリー対策も万全である。

とまあ、自分の整備手帳にはこんな事も書いているのです。
ご覧でない方も、偶にはどうぞ。

この品については、車のバッテリーに繋いだ写真撮影後、2車にUPする予定です。

Posted at 2016/12/07 17:16:07 | コメント(2) | トラックバック(0) | 車弄り・用品購入 | 日記
2016年12月04日 イイね!
初冬の奥武蔵は紅葉と落ち葉のコントラストで・・
再起動した合間にUPをします。

昨日は、みんトモさんと奥武蔵ツアーに出かけた。
痛み止めを持って出発。ドライブはひと月振りだろうか。

集合場所に早く着いたので、山門と好きな仁王さんを
撮影した。



ここは、日高市のお寺(真言宗・聖天院)の境内である。

創建は遠く奈良時代である。朝鮮半島の高麗王室から帰化した高麗王が、この地方
の初代長官に任命された。王室の高官(王ではない)にしては質素な墓が山門横にある。



山門の左右に配置された雷神・風神像。魂が入っているような姿である。



さて出発。本日は、奥武蔵の林道散歩にご案内した。

まずは、ほど近い場所にある知る人も少ない「宿谷の滝」から。

タイトル写真のPKから遊歩道を歩く事、10分程度で滝に到着する。
落差10m 程の小滝ではあるが、人里離れた雰囲気の中に存在感がある滝だ。




滝の前にある八大龍王の石碑。何かいわれがあるのだろうが説明はない。
八岐大蛇の事?映画「ゴジラ」では千年龍王がキングギドラだったな。
*調べれば八大龍王とは、水の神様・転じて雨乞いの神だそうな。





1.奥武蔵への起点 鎌北湖に到着

ここは昭和初期に造られた灌漑用水池である。
*昭和恐慌対策としての公共事業で昭和10年代、全国に造られた。

この時期の鎌北湖撮影は初めてであった。まだ紅葉が綺麗だった。




湖畔道路を走って行くと、奥武蔵Gライン起点の林道・権現堂線に入る。

暫く走るとGライン屈指の眺望を誇る顔振峠に出る。
ここの蕎麦屋はおいしいと評判だ。時間も昼近くなので、入ろうとしたら臨時休業の札が・・・。

奥多摩の、のめこい湯に行っても、奥秩父の薬師の湯に行ってもみな休み。

今日は土曜日だぞ。なんでいつもこうなるの?
これらを知っている、みんトモさんも思わず苦笑していた。



*顔振峠直前にある仏塔。割と最近の建立のようだ。上からの撮影のみ。


*途中にある天文岩。鳥居のところにいるみんトモさんと較べるとその巨大さが分る。
江戸時代、地元出身の青年が江戸で天文学を学び隠居して故郷に帰り、この岩の中に
勉強部屋を作り、終生学問に励んだと言われる天文岩なのである。

頭が下がる。近年まで、この巨岩の説明看板がなく、いわれも分らなかった。




やむなく、そのまま進んでヘアピンカーブを登り、高山不動尊に寄った。
春の火祭で有名だ。

ここに行く、超が付く程の急坂を降りていくと、多数のハイカーが急坂を登って来た。
この日、見た最大の集団だった。
ここには重要文化財も多い。写真の本堂は、少し日本離れした造りである。

2.奥武蔵のハブ峠 刈場(苅場)坂峠

途中、関八州見晴台、ぶな峠などいくつもの峠を越えて刈場坂峠に到着した。
顔振峠からここまでは奥武蔵2号線である。

この峠は降りると国道299号線や正丸峠に至る刈場坂線・奥武蔵1・2号線が出会う
ハブ峠なのだ。
この日は、いつも出ている珈琲の軽トラ屋台はいなかった。




今日は、嫁入り先が決まらなかったスペアタイヤカバーの嫁ぎ先が決まったのだ。
全くサイズも確認せずに2枚も買ってしまった。反省である。
ジムニーの、やや大径タイヤに似合って安心である。

ここからの本線は、奥武蔵1号線と名前を変える。

標高千m越えの大野峠、大野線・定峰線が分岐する高篠峠を越えて白石峠に到着した。
上に剣ヶ峰線が、堂平山頂の元・東京天文台まで出ているが寄らずに進む。

暫く林道とは思えない広い道が続く。絶景ポイントもいくつもある。*下写真



眼下に広がる紅葉と林道の落ち葉のコントラストが、季節の狭間を感じさせる。


3.終点

こうして定峰峠の茶屋に到着。ここが奥武蔵G(グリーン)ラインの終点である。
*中央幹線の距離は約21Kmで、中津川林道とほぼ同じ距離である。

標識の向こうは、秩父に向かう県内の最長県道(熊谷に至る)である。

奥武蔵Gラインは、秩父と当時繁栄していた越生町を繋ぐ道として開発された。
当時、氾濫が多かった川沿いに造らず、敢て山の稜線に造った道と聞いている。

多くの支線も出ている。秩父と越生の途中の町や村に入れる支線である。



*エスクも、ずり落ちないスペアタイヤカバーを付けての初ドライブだった。
 ジムニーもエスクもカタログはグリーンなのに、エスクはどう見てもブルーなのだ。

その後、車時代が到来して奥武蔵Gラインは拡幅・舗装されて現在に至るのである。
この林道は観光道路としても、また貴重な生活道路にもなっているのである。

山を降りて馴染みの喫茶店「今人」で食事して談笑、和紙の里を見学して帰宅した。
同行してくれた赤兵衛さんにお礼を申し上げます。

*この予備PCは、スリープ状態にして電源を落とさないが、自動更新時に再起動する。
この時、再起動不可になるのだ。

暫く、この状態でしょう。

峠の茶屋のフォトギャラUPしました。12/5


2016年11月29日 イイね!
再度のお知らせ今年購入したばかりのPCが、操作中に電源が
落ちて復帰せず。

パーツUP中に電源が落ちた。

再起動出来ず・再び修理に出す事になりました。

UP中の予備PCは何とか起動した。



だがこのPCは、起動しなくなったので買い換えたもの。また起動するかは不明だ。

スマホも持たないので、修理期間中このPCが起動しない場合は、


最大で2週間程度のお休みとなります。



*高層階を分譲して、下層階を役所に使う豊島区区役所。
 持ち出しなしで、建設費をまかなったモデルケースとなった。

 サラリーマン時代の勤務先本社・我が家のお墓の近く と、何かと縁がある地だ。



*ブログにも今回のフォトギャラにも使わなかった中津川林道起点にある交番。
無人と思いながら撮影していたら、中に警官がいてこちらを見ていた。

前回ブログでは予想以上の激励(iine!)を頂き、大人の振舞いと感服しています。

ありがとうございました。
では修理の間、このPCが起動しますように・・・・。

なお、ブログ再開前に歯痛も再開。



PCは再起動しないが、歯痛は再起動。

昨夜は痛みで寝られず。
痛み止めも効果なしと言う、酷い痛みだった。

動いている内に、物置から出て来た古ーいパーツUPをしたい。*遅れてUPしました。

パーツひとつにも、その時代が透けて見える。

今回は了解・確認・見たよ の意味合いになります。
Posted at 2016/11/29 13:41:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | お知らせ、ご挨拶 | 日記
プロフィール
2ストSJ-30からTA-01W,TA-51Wと乗り継いで います。オフロードも絶滅寸前。 力を発揮する場所も段々なくなる一方で、歳を取りMT疲れ。 エス...
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2016/01/29 20:56:29
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2014/08/29 13:17:12
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