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2013年03月08日

さらばゼロ戦 ! 自動車産業の礎にー ポルシェを破る快挙

さらばゼロ戦 ! 自動車産業の礎にー ポルシェを破る快挙
1.どんな時代にもヒーローがいる。

昨年末に「ゼロ戦来る。」とUP しました。
早や三月。ゼロ戦の展示も、今月一杯となりました。
世界で唯一稼動するゼロ戦が、アメリカ博物館から
里帰りしている。数年前までは、飛行可能だった。

現在は、栄エンジンの老朽化で始動が精一杯とか。



日本の航空技術が、世界に冠たる事を示したゼロ戦。

速度、航続距離、運動性能、攻撃力 全ての項目で当時世界最高性能を、誇ったゼロ戦。


「ゼロ戦とは1対1 では戦うな。」 

との指令が、米軍に出たほど強かったゼロ戦。



他の展示機とは違い、実動機だけが持つ「凛とした佇まい」が、このゼロ戦にはある。

これが恐らく「今生の別れ」 となるだろう。


我が少年時代のヒーロー。それがゼロ戦であった。






2.戦後自動車産業の礎 に

1966.5 新設の富士スピードウェイにおいて、第三回日本グランプリレースが行なわれた。

この大会から従来のクラス別を一本化して、チャンピオンカーを決める方式に変更されていた。

当時弱小メーカーで、日産に吸収・合併が決まっていたプリンス自動車は、総力を挙げ
R380を開発してレースに臨んだ。

前回大会で大敗したポルシェを破る為である。

ライバルは、ただ一車。ポルシェ最新の純粋レーシングカーであった。

だが、当時の国産メーカーとポルシェでは、市販車の性能において雲泥の差があった。

「勝てるはずがない。」 と、だれもが思っていた。


だがプリンスR380は、大方の予想を覆し勝った。

あのポルシェを、打ち破ったのだ。それも遥か、半世紀も前に・・・。

大接戦の中で追いすがるポルシェは、スピンしリタイア。 

R380は、270Km/h に加速。他を寄せ付けない独走となった。

日本中が沸いた快挙であった。



* ポルシェとR380 伝説のデッドヒート(再現写真)。 先行車がプリンスR380. Wikipediaより

トヨタ、日産のレーシングカーは問題にせず、3周以上の周回遅れに引き離した。
そして、そのまま2位(もR380)以下を3周以上引き離し、ぶっちぎりでゴールした。

*プリンスのドライバーは名手・砂子義一、他社も生沢徹・片山義美・式場壮吉・高橋国光
などの、日本を代表する名ドライバーがステアリングを握っていた。
あの伝説の名手・浮谷東次郎も、トヨタのドライバーとして参加していた時代である。
変わったところでは、徳大寺有恒(本名・杉江博愛)も当時のトヨタドライバーだった。   



当時のプリンスは、ゼロ戦の「栄」エンジン設計者(後の日産自動車専務)中川良一氏
(故人)や、他にも、優れた航空技術者を擁していたのである。

日本では当時出来なかったアルミボディの溶接、エンジンのDOHC化などを次々とやってのけた。

激しいコーナリングでもオイルが循環するスカベンジングポンプ等、ゼロ戦の技術を注ぎ込んだ。




そして、ポルシェに引けを取らないエンジンや軽量アルミボディで互角の車を造り上げたのだ。

「虎は死してその皮を残す。」の諺通り、プリンスは合併された日産に、そのゼロ戦の
技術を継承したのである。


このR380こそ、数々の神話を創った
スカイラインGTーRの原型なのである。


ゼロ戦の航空技術は、現代の日本車に受け継がれているのだ。

そんなゼロ戦が生まれ故郷を離れ、米国に帰る。再び会う事はないだろう。


惜別の思いを込め、さらば ゼロ戦 ! !
忘れないよ !


*右のリンククリップに、過去のゼロ戦ブログがあります。

*ゼロ戦4部作 最終回  ご覧頂き有難うございました。 


この記事は2013.3に、所沢航空公園にて開催中のゼロ戦展示を見てUPしたものです。

当時のドライバー名加筆。 2017/5  みんカラ入会6周年の記念に



ブログ一覧 | 戦争と平和の話  ゼロ戦など航空機 | 日記
Posted at 2017/04/23 06:53:34

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この記事へのコメント

2013/03/08 19:50:54
こんばんは。

ふと、いつゼロ戦を知ったのだろうとガキの頃を思い浮かべてみました・・
なんか自然に覚えて夢中になり、知らない子は皆無でした。
一昔前までは、誰でも知ってるゼロ戦でしたけど、最近の子供達は知らない子が多いのでしょうね。

靖国で不動機しか見た事が無いので、エンジン音が聴けるのはこれがラスト・・
半年も有ると思ってましたが、早いもんです。
それにしても、ん~聴きたいですね~

コメントへの返答
2013/03/08 20:30:54
こんばんわ。

40代以上の方なら皆知っているゼロ戦です。それ以下の世代は知る人も少ないように思います。

なので伝承のブログです。(笑)

昨年UPしたのが昨日の事のようです。

全く時の流れが早い事・・。
是非、お出かけ下さい。

最終日は、抽選なのです。
とりあえずもう一度行かないと・・。

決心はお早めに・・(笑)
2013/03/08 20:10:54
こんばんは。

ゼロ戦で培ったエンジン技術、軽量化など、レーシングカーに引き継がれていたんですね!

ゼロ戦ではレーシングカー以上に強いGがかかったことでしょう。

その過酷なGを受けてもエンジンの潤滑に問題を起こさないオイル循環など、
航空機技術の自動車へのフィードバックが活かされた勝利だたんでしょうね~
コメントへの返答
2013/03/08 20:35:54
こんばんわ。

ゼロ戦伝道師です。(笑)

宙返りしてもエンジンにオイルが回る
スカベンジングポンプです。
当時3キャブで2000cc 230馬力を
絞り出しました。

プリンスは技術優先の会社で日産に
強い影響を与えました。

一時、技術の日産を名乗っていました。

航空技術なくして日本の自動車産業発展
はなかったでしょう。
2013/03/08 23:04:57
初めましてw
父が零戦乗りでした。
我が家には零戦の模型がゴロゴロしてます。
予科練の人たちが我が家へよく遊びに来てましたが、その時の話ではやはり最後は紫電改に乗ることに夢を見ていたそうです。
コメントへの返答
2013/03/08 23:53:07
こんばんわ。
私も中学生位まではゼロ戦のプラモを
何機作った事か。
現在はひとつのプラモも残っておらず、
どうしたんだろうと不思議な気持ちです。

紫電改は、戦争末期の名機でしたね。
本物のゼロ戦乗りがお父さんでは当時の
話が色々聞けたと思います。
コメントありがとうございました。
2013/03/09 08:38:50
おはようございます♪

自分も子供の頃、兄貴とゼロ戦のプラモデルを作ってましたよ^^*

ビックワンガムについてきた、オマケが大半かな。
それでも、兄貴がセメダインを使って作っていた方の模型も
出来上がった途端には、プロペラを回して遊ぶのが好きでしたf(´▽`*)

ゼロ戦といい、0系~200系の新幹線 丸いせいか・・・好きですね(*´∇`*)
コメントへの返答
2013/03/09 09:05:29
おはようございます。

昨日NHK で犬の・・・放映してました。

何故あの名前かがわかりました。
おしべ、めしべが花の中から飛び出します。
それ以上は・・・言えません。(笑)

ゼロ戦だけで50機は作った記憶があります
がひとつも残っていません。
あっ 航空公園会場内の売店に売っていましたね。兄が作り妹が遊ぶ・・・自分にも
妹がいます。  いい風景ですね。

人間も車も丸いがいいですね。
時には角も出さなければなりませんが・。(笑
2013/03/09 23:50:43
こんばんは。
初めましてrituskiyoです。

3/末のエンジン始動見学会の抽選に際し、ハガキを書いて送りました!
当たると良いのですが・・・。(笑)

これを逃すと、人生で二度と聞けないと考えると是が非でも聞きたいものですね。
コメントへの返答
2013/03/10 07:23:37
おはようございます。

コメントありがとうございます。
かなり倍率が高いようです。

抽選に当り、更に晴れでないと実施しないので二重の関門です。

是非、最後の咆哮が聞きたいものです。
2013/03/10 00:55:51
初コメ失礼します。

ゼロ戦、自分も仕事休み取れたら、間違いなく見に行くんですけど・・
製作当時の栄エンジン積んでる唯一の機体ですからね!
たぶん今回が日本最後になるのが、悲しい限りです(泣)

当時はプリンスや富士重工なんかは、航空機開発してた人たちが、
そのまま車作ってましたからね、

ゼロ戦のエンジン始動、すっごいみたいです・・
コメントへの返答
2013/03/10 07:33:49
こんにちは。
コメントありがとうございます。

これが多分最後と思うと寂しいですよね。

仮に20年後、里帰りしても自分のほうが・・・。(笑)

スチール家具の岡村製作所も日本初の
オートマミッションを作りましたね。
(家具屋さんが作ったスポーツカー にUP
しています。2011.9.27)
飛行機の技術屋さんなくして、現在の
車産業は語れません。

ニュースで最後のエンジン始動は放映されるはずです。

2013/03/10 10:27:53
おはようございます(^^)

レシプロ戦闘機のエンジン音などは聴く機会自体
貴重な体験ですので一人でも多くの方が機会を
持って足を運んで頂き後世に零戦の一端でも
伝われれば日本人として嬉しいことですね。

以前仙台空港にユンカースJU52が飛来し
会社を休んで着陸・離陸を見送りましたが
零戦の物と比べるのもおかしい話でしょうけど
最初に聞いたBMW132液冷エンジン音は
忘れられません。

今回最後の機会ですが足を向けられなくて残念!
コメントへの返答
2013/03/10 15:57:26
こんにちは。

今日の関東は物凄い風と黄砂と花粉の嵐。
その様子をこれから御礼に追加してUPします。

ゼロ戦伝道師?としては少しでも多くの方に
この話を伝承したいと思っていました。

ゼロ戦のエンジン音は近くでは轟音ですが
飛行中は米国ムスタングなどの大馬力エンジン機と較べると実に軽やかですね。

名残惜しいですね。

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