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2017年11月04日 イイね!

愛車と連れ添い20年

愛車と連れ添い20年1997年10月22日 の初度登録から
とうとう20年が、経過してしまった。

同じ車に、こんなに長く乗ったのは初めてだ。

理由は?と聞かれても、特に乗り換えたい車が
なかったから  と答える他はない。




・自分的四駆の歴史    最初に乗った四駆はジムニーSJ30だった。

実はこのエスクの前もエスクであった。TA01で、TA51のオリジナルモデルである。
排気量は1.6L 82馬力 最大トルクは、ガソリン車としては低い3500回転で出した。
発売時はバブルの中。エアコンを付けると軽く200万を越えた。

軽自動車+αのサイズで、30年前としては高額で、SUZUKIには珍しい事だった。


*カタログ写真をネットから借りました。

当時のカタログ写真。今見ても十分にスタイリッシュである。
販売台数も、パジェロに次ぐ2-3位であった。
スマートな街乗り四駆を定着させ、今日のSUVジャンルのルーツとなった車だ。

スズキが、世界でヒットさせた最初の普通車である。
これで自信を付けたスズキはインドに進出。アメリカ一辺倒だった他社とは
異なる道を進み、成功を収めた。そして後にスイフトが、インド・欧州で大ヒットした。



私は、屋根のあるハードトップを購入して7年半乗った。
よく出来た車だったが、不満もあった。低速トルクは強いが、高回転ではまるでダメ。

3500回転(最大トルク発生)を越えると、エンジンは轟音を発して、ただ回っているだけ。
速度が、付いていかなかった。

何せこの前は、シティターボに乗っていたから、動力性能の不満は当然だった。

そこにTOYOTAのラブ4が出てきた。本格四駆ではないが、2Lエンジンで1.6Lエスクードより、
かなり安い価格で、売り出されて売れに売れた。


*カタログ写真をネットから借りました。

スズキも対抗して、2LながらV6エンジンを搭載して価格も下げたモデルを展開した。
だが、このV6は低速トルクがやや細く、評価は今一だった。
*TA01も、100馬力にパワーUPされた。

TA51は、低速トルク不足を解決した直列4気筒を搭載していた。
このエンジンは、3代目の初期モデルまで使用された名機J20Aであった。


*3代目(初期)まで搭載された直列4気筒J20A。
 点火コイル上に貼るアルミテープは効果的だ。

こうして動力性能は互角か凌いだが、室内の狭さはいかんともしがたく、2代目に
モデルチェンジをしたのである。

TA51は、初代エスクの最後の10カ月のみ生産された希少車でもあった。

オリジナルに較べて、押しの強いフロントマスク・トレッドを広げるためのオーバーフェンダー
など、よりアグレッシブなスタイルとなったTA51W。

オリジナルモデルとデザインは共通だが、パワーは1.8倍あった。更に低速トルクも
大きな不足はなく、自分的には理想の車だった。日本の林道にはジャストサイズである。


*先日取り付けたドアミラープロテクターが、林道脇の草や小枝をかき分ける。



初めてのDOHCエンジンは、シティターボより吹けが良かった。
加速も100Kmまで10秒を軽く切った。

やや細かった低速トルクも、自分なりのスープアップで5速の使用範囲が広がった。
加えて車の防錆処理が素晴らしく、錆は車体内外とも未だに皆無である。

車体は、モノコックとは別次元の本格ラダーフレームで酷使にも耐える構造だ。
フレーム構造では、ボディはフレームに乗っているだけなので、ねじれやすいがすぐ元に戻る。
モノコックは、ねじれにくいが一度歪むと、もう元には戻らないのとは対照的である。


*ネットから借りました。右がモノコックボディ。

ラダーフレーム付きは乗用車では、既に日本にはなく、四駆でもランクル・ジムニー
などごく少数になった。*エスクードも現在はモノコックである。

自分の車選びは、まずサイズありき である。燃費は、10K/L以上あれば良い。
全長4m以下の中から、デザイン・性能・価格で選んでいた。

どうしても乗り換えたいと思わせる車が、なかっただけだ。 


*新車時代、台風一過を忘れて中洲ではまった。
  脱出出来なかった唯一のスタックだった。

レスキューに来てくれたJAF等の数台の四駆も近づけなかった。
最終的にはパジェロのウインチワイヤーを、最大の30m出してエスクのフックに
掛けて脱出出来た。以後、クロカンには興味をなくし、止めた。
この頃は、20m程の崖から落ちたりしたが、車は奇跡的に無傷だった。

その後の緑の増加や浄化活動で、川は鮎が遡上するほどの清流になった。




ダートを楽しむ。エスクより少し若いパジェロミニと遭遇。
車に興味ない人からは、「これパジェロミニ?」とよく聞かれた。
全然、似てないと思うがね・。*昨日の写真。

走行距離99,650Kmで満20歳を迎えた我がエスクードである。

20年ではまだクラッシックカーには入らない。人間でも銀婚式にもならない。
*20年記念は磁器婚式と言うらしい。紙婚式に始まり、段々固いものになる絆だ。
私生活では、もはや銀婚式になる事もないが。

ようやく、ネオ・クラッシックカーに入る事が出来た。

ブログUPはひさしぶりだが、整備手帳・パーツはUPを続けていた。




20年記念に、ご当地・希望・五輪ナンバーに変更した。内装と合ったグレーの革巻き
ハンドルカバーも付けた。今でも、弄りの楽しみがある車である。



冒頭のカタログ写真の影響か、同じアングルでの撮影が多い。*前回ブログ写真

自分が走れるうちは一緒に走る。走れなくなったら自宅に飾りたい。


ナンバー変更で代車を借りたが、インテリジェントキー始めアイドリングストップ・モーターアシストなど
別の乗り物のような気がした、21世紀の車・スペーシア。ハンドルが格好良い。



対して我がエスクード。ラジエター冷却ファンは、エンジン駆動。
化学合成油は、旧いエンジンのオイルシールに悪影響があると言われるので、鉱物油を入れている。
ナビもなくコンパスが進路を示す。あるのは、カセットレシーバーのみである。

これは、まさに



人間が運転する20世紀の車なのだ。
ビバ エスクード! 今後も、よろしくお願いしますよ。


追記.以前のブログで、お友達以外だが、イイね!を付けてくれた方は、何と
    37年間、同じ車に乗り続けておられた。  恐れ入りました。
2017年04月02日 イイね!

自動車メーカーがクラシックカーを新車に再生する

自動車メーカーがクラシックカーを新車に再生する表題の件は、ベンツが既に実施している。
80年代の自社の部品生産を再開して新車同様に
仕上げるプロジェクトである。価格は100-300万円。
既に数百台のクラシックカーを再生したとの事だ。
*顧客の持つ車を希望があれば再生する。

ドイツは30年以上経つ車に、オリジナル状態なら
と言う条件付きながら、クラシックカーに自動車税
の減免措置を講じている。



対する日本は逆に増税措置をしている。我がエスクも通常より10%高い税金なのである。

同じ工業立国でありながら対照的な考えである。


日本には常に手本となる国があった。
ざっくり言うと遣隋・遣唐使の時代は中国。明治以降はドイツ。戦後はアメリカだ。

最近は独自の立場も表明するが、これもドイツを見習ってもらいたいところだ。

クラフトマンシップの継承がドイツの税低減の根拠であり、日本は排ガスの少ない新車に乗り
なさいと言う事なのである。

だが、これを論ずるのも今回の主題ではやはりない。

日本でもマツダ
初代ロードスターを新車状態にするサービス を、
マツダが準備中なのだ。

初代ロードスター時代には、車好きがひしめいていた。嬉しい事である。



*1989年発売の初代ロードスター。世界で最も売れたスポーツカーである。
画像はウィキより借りました。


80年代までの車をクラシッッカーと定義するならば、20年以上経つ90年代の車
は、ネオ・クラッシックカーと言うらしい。ネオとはギリシャ語で英語のNewだ。

我がエスクも10月には、ただの旧い車からネオ・クラシックカーの仲間入りだ。

自動運転の方向に向かう現在、完全人間運転の時代の車がネオクラシックカーと言う事なのだ。


そしてスイフトが今年で10歳だ。だが、エスクに較べてもまだガキのうち。
新車同様である。

50・60代で新車を買うなんて、いつまで生きるつもりだ(笑)?
なんて心無いブログも見たが、いずれそう言う本人も、同じ事を言われるだろう。



*所有していればクラシックカーの初代セルボ。これもネットからの画像です。

50・60はガキのうち と思って今後を生きたいね。
とぞ思うがぎっくり腰に・・身体は正直だ(笑)。養生中です。

スイフト・エスクードを10・20周年記念車として手塩にかけてリニューアルしました。
可能な限りDIYで行った。

興味ある方は、整備手帳をご覧ください。*敢えてリンクしません。


*タイヤ・ホイール・ダンパー 一新。プラグ交換 ボディ修復完了したスイフト。
タイトル写真はクラッシックホイールに換装したエスク。ダンパーは両車ともKYB、タイヤはピレリだ。



左は、スイフトのKYB・Newスペシャル。右はエスクのカウルトップを塗装後、乾燥中。 

今後も、場面に応じて両車を出来る限り長く乗り続けたい。

そしてDIYでのクラシックカーを目指したい。

走ってなんぼのクラシックカーを。




  
2017年02月16日 イイね!

自分にはベストな車 タイトルクリックで詳細表示

自分にはベストな車 タイトルクリックで詳細表示人には勧められないアンバランスな車。
だが、自分の使用目的には叶った車である。

悪路も舗装路も運転が楽しく、気軽に遠出可能。
満タンで遠出なら、800Kmは走れる。

*更なる詳細は、直近整備手帳をご覧下さい。




*2016.夏 諏訪方面からビーナスラインに向かう。
Posted at 2017/02/16 13:12:46 | コメント(0) | 車の話し今昔物語・車関連の偉人伝 | クルマレビュー
2016年06月05日 イイね!

燃料電池車vs電気自動車 未来はどちらに?

燃料電池車vs電気自動車 未来はどちらに?トヨタ・ホンダを中心に究極の自動車・燃料電池車を
提唱する日本勢と、米テスラモータースや日産を筆頭とする
電気自動車が、本命車と謳うグループが対峙している。

電気自動車も燃料電池車も、電気を使ってモーター
駆動がその基本だ。

テスラモータースの社名は、かつてエジソンと交流・直流戦争
を繰り広げ、高電圧で遠くまで電力を送れる交流、
つまりテスラが、勝利した事にちなんで名付けられた。



共に電気モーターが、駆動源になっている事には変わりがない。
その駆動エネルギーの調達方法が、両車は大きく違う。

1.両車の違い

大きな違いは、電気自動車が出来合いの電気を動力源とするのに対して、燃料電池車
は、車で電気を造る。

出来合いの電気は、製造過程で多くのCO2を排出する。
一方、燃料電池車はCO2の排出はほぼなく、水のみ排出する。

つまり同じ電気でも、製造過程でCO2を出しながら造った電気と、CO2は出さずに
造った電気
との相違である。

ここが、大きな違いである。



*燃料電池車仕組み ネットより借りました。

燃料電池とは、自家発電装置なのである。

燃料電池の普及が、社会を大きく変える。 と日本勢は主張している。

車に限らず、日常使う電気の在り方も大きく違うようになってくる。

当然、家庭用・工場用・オフィス用の燃料電池も登場するだろう。

燃料電池で、CO2排出が格段に減る。
そんな未来社会を、提言しているのである。

トヨタの燃料電池車「ミライ」の名も、そんな願いが込められている。


*トヨタ・ミライ タイトル写真もネットより借りました。

2.既存エンジン車との違い

石油など化石燃料を爆発させて動力を得ているのが、現在の内燃機関である。

だが爆発過程でエネルギーは熱(摩擦熱含む)に変り、トランスミッション等の補機類で
摩擦熱も生じる。

なので内燃機関車では、エネルギー効率が最も良いと言われるディーゼルエンジン車でも
取り出せる動力は、投入エネルギーの半分にもならない。
エネルギー効率は、50%以下なのである。

燃料電池車では、この爆発も摩擦熱も殆どない。
また補機類も大幅に減るから、エネルギー効率は抜群である。
つまり資源の無駄使いが、極小であると言う事だ。

この補機類が大幅に減る内容は下記の通りだ。


トルクの大きいモーターならミッションも要らない。流す電流の大小だけで済む。
モーターをホイールに1個づつ付ければ、ブレーキをモーターが代用する事も可能だ。

プラグも、オイル交換もなくなる。ラジエターも無くす事が出来る。

燃料電池車は、電気自動車に自家発電装置を積んだ車と思えばいいだろう。

電気自動車は、出来合いの電気をバッテリーに溜めて走る。
燃料電池車は電気を車が造り、モーターを駆動するのだ。


*ホンダの燃料電池車 ネットから借りました。

3.燃料電池車の行方

電気自動車も燃料電池車も動力源の電気スタンドあるいは水素ステーションなど
インフラ整備が普及のカギを握っている。

またインフラの規格統一も大きな問題である。

電気自動車には、充電に時間がかかると言う、大きな弱点もある。
だが、無接触で充電出来る技術も既に確立されていて、実用化を待つばかりなのだ。

両車のせめぎ合いが続いている。

燃料電池車が、水素社会を造ると主張する日本勢。

水素社会などは来ない。電気自動車にこそ未来があると主張するテスラモータース。


*テスラモータースの電気自動車 会社ホームページより

4.自動車産業は成熟産業ではない。

自動車は成熟産業だと言う方々もいるが、70億を越える地球人口。
免許が持てる年齢層でも、車を持っていない人々のほうが圧倒的に多い。

いや、現在車に乗っているのは、地球の一部の人間だと言っても過言ではない。
自動車産業は、未だ発展途上にある産業なのである。

かつては数々の名車を産み出して、世界の自動車大国になった日本。


車の規格についても世界の主導権を握れるか? 
これは自動車産業のみならず、日本の産業の総力戦なのだ。 


それは、今後の10年にかかっている と言えよう。
頑張れ!全日本なのだ。 

日本が自動車大国への礎を造った名車達。

フォトギャラ2

フォトギャラ1は、こちらです。


*日本車初のV8エンジンを搭載したクラウンエイト。
かつての栄光の車達が置かれる廃車置き場にて。

今は歳老いてこんな姿になったが、かつてのエースだった事に敬意を表したい。

自分は多分、ESCUD・SWIFT といつまでも・・だろうな。
2015年12月27日 イイね!

もう走れない・懐かしの南アルプスの道(旧野呂川林道他) 写真追加

もう走れない・懐かしの南アルプスの道(旧野呂川林道他) 写真追加
南アルプスの峡谷沿いを走る道・芦安-広河原-
奈良田間が、まだ走れる時代に、1回だけ友人と
走った事がある。90年代まだ初頭であったと思う。

友人と山梨県・身延山から長野県・松本市
へ旅する途中であった。


*タイトル写真は、八ヶ岳高原の常宿

当時、既にエスクの1600㏄が愛車であったが室内は狭く、乗り心地も悪いので
友人のクラウンで行く事になった。

この時、90年代になっていたので、クラウンは10年落ち近いものだった。

たしか、友人は新車時からリースしており、リース期間終了後10万円で、買い取った
と記憶している。 なので支払総額は、当時でも400万以上したと思う。

*全幅(1720mm)は、現在のクラウンに較べて随分狭い事が判る。



宿泊した宿は、小学校を改造した早川町営の温泉宿。教室を分割して客室にしてある。
当時は、写真のようなきれいな建物ではなく、山小屋のような感じだった。
窓から見えるのは、校庭と山々だった。



山梨県道37号・通称 南アルプス公園線 沿いの山中に宿はあった。


翌朝は稜線沿いに奈良田温泉・広河原・夜叉神峠を経て、芦安村(現・南アルプス市)
に向かった。上記航空写真の通り、スケール雄大な道である。*山梨県道37号

当時は、奈良田ー広河原を野呂川林道そして広河原ー夜叉人峠ー芦安を電源開発道路
などと言ったと思う。現在、芦安から夜叉人峠を経て広河原までは、通年通行規制がある。


*南アルプス林道起点近く。
起点・南アルプス市・旧芦安村-終点・長野県伊那市・旧長谷村

つまり現在は、もう通れない道や林道を走った思い出である。

走った車は、自分のエスクではなく、上記クラウンであった。

奈良田から広河原までは悪路(下・動画参照)で、良く走破出来たと思う。
トルクコンバーターが働くATだから、エンストせずに走れた事も、支えになったと思う。


*南アルプス林道。環境保護の観点から開通時から一般車乗入れ禁止。と言うか、
乗り入れ禁止を条件に、開発を許可された林道なのだ。市営バスが夏のみ走っている。
開通年は1979・11だが、バス運行の開始は翌年1980年である。


1.宿から奈良田温泉まで。 *ここは現在も、夏なら走行可能。

宿を出て、道は更に標高を上げる。やがて未舗装路となった。風が爽やかだった。
夏だったのに暑さは感じなかった。
吊り橋が、途中に架かっていて上を歩いて見たりした。

道の状態はおおむね良好で、クラウンでも普通に走れた。

やがて、突如として集落  と言うより温泉宿などがある一帯に出た。
横にはダム湖がある。奈良田温泉である。
一度、ダムの湖底に沈んだが、温泉を再度掘り当て温泉宿を復活させたのだ。

奈良時代の女帝である孝謙天皇が晩年、湯治に来た歴史ある温泉らしい。
ネットなどで見ても源泉かけ流しで、評判は上々である。



*奈良田のダム湖  温泉宿などが、湖底に沈んでいる。

集落の先には、ゲートがあって夕方には施錠されたと記憶している。

ダムと相まって秘境に忽然と現れる、商店街のような集落には驚いたものだ。



2.奈良田温泉ー広河原

ここから北岳などの登山入口でもある広河原までは、野呂川林道と呼ばれていた。

全線・未舗装で、随所にある手掘り隧道の中は、水たまりと言うより沼地であった。
それでも、乗用車も走っているのに勇気づけられて、恐る恐る走った。
あー、エスクで来れば良かったと、この時思った。右は南アルプス林道の機械彫り。



野呂川林道・動画

*1995年に走った貴重な動画を発見。最初の4分で十分様子が判ります。
  私が走った数年後なので、見た風景も近いものだと思う。
  ランクル40や、初代エスクも4分以内に出てくる。


3.広河原ー芦安

かつては、広河原に車を置いて南アルプスの山々に登ったが、現在は芦安の
駐車場からバスでないと来られない。

通行した時は、広河原に多くの車があったのを覚えている。


*写真はイメージです。

そして、1車線の夜叉神トンネルを越えると芦安の駐車場に出る。



*イメージです。


現在、車で来られるのはここまでだと思う。
この建物は現在もあるはずだ。多分、ここからバスは出ているのだろう。
*既に冬季通行止め期間だが・・。

現在迄
 最も印象に残る道を聞かれれば、文句なくこの道 である。

もう走れない道だと、言う事もあるだろう。

でも、一番仲が良かった友人と走った、楽しい旅行の最中だった事も大きい。

その友人が亡くなって、来年は13回忌を迎える。 旅行前の突然の死であった。

もう、夢でしか会う事は出来ない。



*鳳凰三山・白鳳三山・白峰三山などの名峰が林立する南アルプス。
 標高2位の北岳・3位の間ノ岳は、白峰三山の二峰である。
 間ノ岳の標高は、最近3190mに改定され、奥穂高岳と並び3位になった。

今年もご覧頂き、ありがとうございました。

どうか来年が、良い年でありますように。

*写真は、全てネット上の公開画像を借りています。
一部名前等が違う場合も、あるかと思いますがご容赦下さい。



* 奈良田ー芦安までは数多くの手掘り隧道がある。  右・夜叉神峠からの眺望。

プロフィール

「[整備] #スイフト 格安・良品・実用的ネットグッズ紹介 http://minkara.carview.co.jp/userid/1110056/car/855743/4555287/note.aspx
何シテル?   12/14 16:47
2ストSJ-30からTA-01W,TA-51Wと乗り継いで います。オフロードも絶滅寸前。 力を発揮する場所も段々なくなる一方で、歳を取りMT疲れ。 エス...
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2017/09/28 20:02:08
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