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2017年01月16日 イイね!
ポルシェパナメーラにゾッコンの理由〜『水野和敏が斬る!!』でちょっと「お勉強」〜

左がパナメーラ S E-Hydrid お値段もスーパー ¥15,780,000なり! Photo by CMO

 ポルシェから1月12日付けのプレスリリースが配信されてきた。ひどく威勢がいい。なんでも、世界中でポルシェの新車販売が好調で、前年度を約6%上回る237,778台をカウントしたという。
 地域別の実態に関しては、お膝元の欧州と、アメリカ市場がそれぞれ5%で、極めつけは中国。12%増で65,246台を販売している。残念ながら、日本市場での具体的な数字は記されていない。



 この成長の牽引役はマカンとニュー718ボクスター。なかでもマカンは19%増の95,642台を売り上げて、ポルシェのベストセラーの地位を強固なものにした。718ボクスターは9%増の12,848台、ポルシェ911も2%増の32,409というから、なんとも鼻息が荒くなるのも無理はない。そして、今後の展開をちらりと匂わせている。これから数週間のうちに、米国と中国において完全に生まれ変わった第2世代のニューパナメーラを発売する、と。

 もう一つ、ダメ押し。3月のジュネーブモーターショーでは、シューティングブレークモデル(クーペとステーションワゴンを融合したような2ドアのステーションワゴンを指す)であるパナメーラ スポーツ ツーリスモのワールドプレミアが予定されている、と次の手を匂わせていた。

 その情報があったためか、発売されたばかりのベストカー2月10日号を手にとっても、真っ直ぐ『水野和敏が斬る!! パナメーラからわかるクルマ作りの哲学』のページに吸い寄せられた。トップカラーページの『2017年 東京モーターショーが凄いことになる!!』はもちろん気になるが、それはも後回しだ。

 水野さんが丁寧に新年の挨拶をしたところで、本題にはいる。
「今回はポルシェパナメーラです。すでに新型に切り替わっているのですが、まだハイブリッドは日本に上陸しておらず旧型。しかし、2009年に登場した初代パナメーラの最終型として、熟成されたこのモデルをどうしても確認してみたかったのです」

 なんだ、新型チェックではなかったのか。それならば、われわれ「ベストモータリング同窓会」編集部は2015年の6月、911カレラSやマカンSと一緒に、たっぷり埼玉の秋ヶ瀬公園をベースに試乗と撮影会を楽しんでいるので、パナメーラには馴染みがある。



 因みに、わたしたちがパナメーラにひどく惹かれ始めたのは、参戦2年目で「ルマン24時間レース」をワンツーフィニッシュで制覇した919ハイブリッドの鮮烈な闘いぶりにあった。その注目のテクノロジーは、ある意味、パナメーラ開発に注入されている、と知ったからだった。

 もちろん、水野さんもその辺の流れを百も承知だからこそ、試乗テストを希望したのだろう。彼のレポートをトレースしてみる。



————ドアを開けて運転席に座ると……ステアリングが細い。ポルシェのステアリングはこんなに細かったでしょうか? 出も、インテリアは完全にポルシェです。4ドアも911も関係ない。インパネのデザインやセンターコンソールなどもみごとなまでにポルシェデザインです。
 走り出すと……、動き出した瞬間にポルシェです。ボディがしっかりしていて動きが滑らか。これはまぎれもなくポルシェなのです。
 動きが滑らかだといいましたが、これはポルシェならではのもので、BMW の”精密な機械“という滑らかさとも違うし、ベンツの力で抑え込んだよう”質実剛健な“しっかり作られている”という滑らかさとも違う。あえて表現をすれば、完璧にバランスされた隙のない滑らかさなのです。


*こちらがパナメーラのインパネ


*こちらが718ボクスターのインパネ

 水野さんの丁寧な「解析」が続く。
————メルセデスは限界特性でのスタビリティを重視します。その結果、無骨なまでの作り込みなどから得られるバランス感、滑らかさが出てくる。
 BMWはエンジンを一生懸命に作って、凝ったメカニズムで緻密に精度を上げて作り、クルマに走りという高揚感を演出しながら追い込んでいったことで、精密機械のようなバランス感が出てきます。
 ポルシェは? ドライバーがクルマと一体になるような、スポーツカーのバランス感。4ドアのパナメーラでもSUVのマカンでも、そのフィロソフィーが一貫している。それらのすべての基本は911にあると言っていいでしょう。

 ここからの「水野節」はぜひ「ベストカー誌」から聴きとって欲しいが、パナメーラの試乗レポートからもう少し「肝」の部分を引用すると……。

————(箱根)ターンパイクの上り坂を普通に走っているとまったくエンジンが始動していません。満充電状態で36kmEV走行が可能ということですが、下り坂では回生によりどんどんバッテリーに電力がたまり、走らせ方次第ではモーターだけで相当の距離を走れるのではないでしょうか。
 このモーターがとてもスムーズです。この滑らかなモーターのトルク感が新たなスポーツフィールを作り出しています。モーターの出力制御が素晴らしい。モーターというのは特性上、回り始めた瞬間に最大トルクが発生し、回転が上昇していくと逆にトルクが減少していくのですが、ポルシェは走り出しのトルクをスムーズに立ち上がるようにしながら、中間領域でトルクをキープするような制御をしています。このあたりがポルシェのうまいところ。





 このほか、水野さんが注目しているのは、エンジンでの走行になると、3ℓ、V6のスーパーチャージャーエンジンは333ps、44・9kgmあっても、2トンを超える車重をもてあましているが、操安性能ではその重さを感じさせないのは流石だ、と拍手をおくっている。
————これはハイブリッド化によるバッテリーなどの重量物がホイールベース間の床下に搭載されていることもあり、低重心化が図られているためです。





 そしていう。開発者はこのクルマのポジショニングをよく理解している、と。どうやら、水野さんの「これから」を匂わせる試乗レポートではなかったか。

 そこで、担当の編集部幹部に電話を入れる。
「今回のパナメーラは、編集部からのオーダーかい?」
 即座に、U君が答える。
「いえいえ。水野さんからの希望です。これまで乗ってなかったからですよ」
「そうかな、その手のモノにいま取り組んでいるんじゃないの?」
「そうかも知れませんね」


*NOTE e-POWER この NISMOバージョンは低重心をどう生かしてくるのだろうか?



 そんなやりとりのあとで、巻頭のカラーページに戻ると、NISSANが本格的に動きだした電動化戦略としてフェアレディZを中心にして、各メーカーの動きが気になりだした。そうだ、早急にNISMOノートe-POWERの試乗手続きをしておかなければ。

 そして27日には、SUZUKIスイフトの幕張試乗会も控えている。新しいクルマの季節がやって来て、すこしばかりまた「クルマのお勉強」をしたくなったのが、やっぱり嬉しい。
Posted at 2017/01/16 19:49:23 | コメント(6) | トラックバック(0) | 還暦プラス青春の21歳 | 日記
2017年01月09日 イイね!
『仕事始め』と『変なデビュー』秘話〜1月7日掲載の『何シテル?』欄の拡大版として〜
こんな内容でした。こちらからどうぞ!


 電子書籍のパートナー、アイプレスJAPANのコンテン堂・味戸さんから届いた年頭のメール挨拶で、お尻に火がついてしまった。
『Premium版 疾れ! 逆ハンぐれん隊』はPart.7までを購読できるように仕上げたものの、Part.8以降はこれから仕上げなければならない。そこへ早くも、その催促の連絡が入ってきたのだ。

「本年もよろしくお願いします。
Part8ですが、本文の『Part8−1~4』、付録の『Part8-1~3(パリ/ナンシー/デュッセルドルフ)』は、入稿いただいております。
◆『Part8-4付録』に相当する『Part9への導き』の最終稿入稿を12日(木)までに可能でしょうか?
◆「各付録の写真位置やキャプションの指定」、「扉画像(タイトル付き)の最終稿入稿」も含めておねがいできますでしょうか?
◆配信スケジュールは入稿データなどが上記通りで進行できれば、
 1月20日~31日の期間で配信開始できる見込みです。 
新年早々にお願いばかりで恐縮ですが、よろしくお願い申し上げます」


*Part.2の「凄春スピン・スピンターン」に付属している「五木ワールド」。その導入で「ハワイ」の特別試乗はふれられている。一連の試乗記は、今さらながら、絶品なり。 

 その件については、すでに肚が決まっていた。ヨーロッパから帰国して一息ついたところで、また五木さんを熱く誘惑したものだ。五木さん、ハワイでなら、ジャパニーズ・スーパースポーツとして登場したばかりのTOYOTAスープラを味見できますが、いかがですか、ハワイへいきましょうよ、と。
 
「いいね、ついでに北米仕様のフェアレディZXターボも用意してください」
「あ、よくご存じなンだ。それもいいですね。やってみましょう」



 その時の試乗記をそっくり1回でまとめてしまおうかな。別々に、というのも悪くないし……。

 もう一つ、腹案もあった。Part.8『ゴーストカーの秘密=篇』が完結すると、Part.9の『バンドー先生の逆襲=篇』は大和・奈良に舞台は移るので、ここは五木さんに「大和を語る」という仕掛けで登場いただくテもある。加えて、タンボちゃん(北畠主税氏の愛称)の「葛城古道、明日香の里を疾(はし)る」と題したくなるような『フォト・ギャラリー』も準備済みだから、その前宣伝として、一部を先行披露するのも悪くない。
 正直、迷っている。ま、ここらで踏ン切りをつけて、ズバリ、クルマ物であるハワイの記憶の方をなぞってみるとしようか。


                                     Photo by T.Kitabatake
 
 決めた! 2002年に「排ガス規制」への対応できないため、累計28万5280台の実績を残して生産を終えた、あのスープラへの挽歌を本編に添えるとしよう。そして、その次の回でオアフ島を縦断した『ZXターボ』の試乗記も……。

 仕事始めのこの日。午後から講談社BCに赴くことにしていた。
 ベストカーの現役局長、宇井さんに会って、かつて連載中の『疾れ! 逆ハンぐれん隊』に夢中だった読者に、小説の展開に伴奏して、元祖・局長がまとめた『五木作品に登場するクルマたちよ』も一緒に読める『Premium版』が電子書籍で読めるようになったと紹介してよ、と頼み込むつもりであった。



*よろしかったら、是非どうぞ、お立ち寄りください。こちらからどうぞ!

 プログレで30分、仕事始めで活気の戻った音羽通りに到着。幸い、宇井局長は在席、快く、こちらの希望を受け止めてくれた。準備しておいた素材注入済みのUSBメモリーを渡す。どう料理してもらえるか、できあがりが楽しみである。

 次の約束は、3時半に茗荷谷で執筆進行中の『局長自伝』の打ち合わせ。取り組んでみると、手つかずのまま眠っている資料に遭遇しはじめていて、そこからムクムクと頭をもたげ始めた「新しい構成」への相談である。

 そのためには事前に事実確認しておきたいことも、いくつかあった。幸い「社友」の資格で講談社の資料センターを利用できる。そこで、まず地下駐車場にプログレを駐(と)め、次に受付を済ませて入館バッジを受け取ってから、資料センターへ。

 手始めに、講談社4代目社長の『野間省一伝』のあるページを確認したかった。すぐに探し求めていた「事実」を無事、確かめることができた。この『野間省一伝』の筆者は、わたしの「育ての親」のひとり、「週刊現代」創刊編集長であり、文芸誌「群像」の編集長も兼務していた大久保房男さんである。書く内容は厳しく吟味されていて、何よりも記述に品格がある。香りがある。この安心感ってなんだろう。

 該当するページのコピーをとって、もう一つの捜し物の存在を確かめることに移った。

 これは、一ヶ月半ほど前の11月24日、東京が初雪に見舞われたその日、それまでどこに蔵(しま)ったのか、と探していた『大事な物』がひょっこりと、まさに「初雪の贈り物」として手元に帰ってきた出来事の続編に当たるだろう。

 国際事件記者として鳴らした大森実さんや、評論家・草柳大蔵さんからの書簡の束と一緒に、講談社在籍時代のモノクロ写真が出てきた。その中に手札サイズの3葉の組み写真を、じつは「局長が局長になる前の仕事」に取り組んだときから、どこに行ったのか、と何度も探していたのである。

 手にとってみて、鮮やかに甦って来る記憶がある。それは1959(S.34)年、講談社に入社して、今度の新入社員の中に忍者のような奴がいる、と全社に知れ渡った「決定的瞬間」を捉えた、曰く付きの問題写真だった。



「週刊現代」に配属されて2ヶ月が経った5月の上旬だった、と思う。その時期の編集部は本館2階の北寄りの一郭にあった。多分、4冊くらいの校了作業の洗礼も受け、いくらか仕事も覚えて、時間的にも心理的にも余裕の出てきた時分であったろう。                           

 丁度、お昼時。ほとんどの先輩編集部員は食事に行ったか、取材かなにかで外出したかで、編集部にはグラビア担当の大先輩が一人と、いわゆるお使いさんと呼ばれた「少年社員」二人が在席しているだけだった。わたしは窓際の席で、多分、ほかの競争誌でも読んでいたのに飽きて、窓の外ではじまったバレーボール試合を、なんとなく見下ろしていたはずだ。





 明るい陽ざしが降り注いでいた。窓の下は書籍や雑誌の搬入口で、向かい側は倉庫類が肩を並べていて、その通路に当たるということで、ちょっとしたコンクリートの広場となっている。折から「社内各局対抗」の競技大会が始まって、バレーボールコートとして利用されていたのである。

 ネットを挟んでポーン、ポーンと音を立てて賑やかにコートを往復するボールが、何かに拍子に大きく跳ね上がって、1階と2階の間に突き出した庇(ひさし)の上の乗ってしまったようだ。試合が中断された。

「お〜い。週刊現代さ〜ん。ボールをとってくださ〜い」
 それを応えて、窓際から眼下をみると、灰色の庇の上にバレーボールがチョコンとのっている。
「はぁ〜い」
 気軽に応えて、ヒョイと庇の上に飛び降りた。と、ズボッと足元が抜けていく。いけない! 咄嗟に左手が枠の一端を掴んでいた。てっきりコンクリートかスレート張りと信じこんで飛び降りたところが、ガラス張りにすぎなかったと、やっと理解したのである。



 その時に味わった失墜してゆく感覚が、いまでもスローモーションでよみがえってくる。
 ともかく頼りの左手一本で、どれくらいぶらさがっていたのだろう。下を見てぞっとした。地面まで5メートルはあるのではなかろうか。そしてこちらを見上げる驚きの顔、顔、顔。

 やっと自分の置かれている非常事態を理解できた。「頑張れよ」と励ましの声が届いた。そこで、右手を添えて、ゆっくり左へ移動し、壁側に足を伸ばし、バランスを保っていると、上からわたしを引き上げてくれる救いの手が伸びてきた。  
「ありがとう」
 支えがあれば、自分の両腕で起き上がるのは、その頃のわたしなら簡単であった。無事、庇から脱出して、枠の上に立った。下から、拍手が沸き起こってきた。窓から部屋の中へ。帰還してみて、この時やっと、血の気が退いていくのを感じた。よくあの状態で、窓の枠を掴めたものだ、と。



 バレーボールの対抗試合が無事再開したのを見届けたところで、しばらく休息するようにと、と社内大会を運営する厚生委員会の先輩社員に当時6階にあった医務室に連れて行かれた。と、そこには落下したガラスの破片で傷ついた手の甲を治療して貰っている「被害者」がひとり、こちらへ笑いかけてきた。
「よく、あの状態で、下まで落ちなかったものだ。パッと片手で枠を掴んだんだってね」

 そのあと、一休みしたところで、今度は庶務課に出頭させられ、ガラス破損の始末書を書かされる。運動神経が抜群なのは認めるが、庇がガラス張りなのを確かめもせずに飛び降りた軽率さを、庶務課長から叱責される。

 この椿事をきっかけにして、「ことしの新入社員で忍者顔負けの運動神経の持ち主がいる」という評判が社内中に流れたらしい。そのせいだろうか、社屋の背後にある、通称「山の上」と呼ばれる高台の講談社剣道場で開かれた「社内対抗・剣道篇」では、普段では考えられない見物者が押しかけた。早稲田大学剣道部副将、4段がどんな技をみせるのか、一つ見てやろうじゃないか、というのだろう。変なデビューをしたばっかりに、それ以降、何かにつけ、スポーツに関わる催し物に、いつもかり出されるようになってしまう。


いまはもう解体された「講談社剣道場」にて。左が正岡四段


 そうした「社内大会」の存在を確認しようと、資料センターでチェックしたのが、その頃、定期的に社員に配布されていた『社内ニュース』であるが、流石(さすが)というべきだろう、きっちりと保管してあった。

 昭和34年5月31日発行の「社内ニュース」には、5 月8日、本社北側広場で行われた開会式の模様が写真で伝えられている。それもバレーボールのコートを上から捉えたアングルだから、まさにわたしの演じた軽率なデビュー劇の舞台そのものであった。





 プログレを地下駐車場に預けたまま、資料センターを辞した。

 約束の時間には少しばかり、余裕がある。茗荷谷までは、長い坂道を1本、上りつめればよい距離である。
 ぶらりと音羽通りを渡り、かつては学園付属通りと呼ばれ、いまでは「コクリコ(ひなげし)坂通り」と呼ばれている坂道に足を踏み入れた。と、やっぱり生き残っているではないか。一見、喫茶店風のレストランが、この時間は営業してないものの『西洋小料理・Coquelicot』の看板が風に揺られて手招きをしている。

 そうだ、茗荷谷での用件が終われば、今度はこの坂を下ってかなければならない。懐かしい「焼きカレー」を注文できるはずだ。そう、心に弾みをつけて、コクリコ坂を、改めて踏み出した。

 2017年の初仕事は、こうしてアクセルON。(この項、つづく)
Posted at 2017/01/09 01:20:20 | コメント(2) | トラックバック(0) | 還暦+20歳の青春 | 日記
2017年01月02日 イイね!
『大江戸ひかり名所めぐり』と『2017初詣』〜『還暦プラス青春の20歳』も残りはあと半月〜

【左は2016年12月30日19:30の六本木けやき坂。白色と青色のLEDによる“SNOW&BLUE”の洗礼をうけるPROGRESS】ワンクリックしてどうぞ

 こんなに陽ざしが明るくって穏やかな元旦が、これまであったろうか。
 みなさん、明けましておめでとう。ことしもまた、なにか新しいつながりが生まれ、何かがはじまるといいな。そう念じつつ、2017年を迎える……どうぞよろしく。

 お決まりのおせち料理に箸をつける前に、せっかく送られてきた広島・竹原の名酒『竹鶴』を盃に一杯、家人に注いで貰い、ひとまず、新年の挨拶を。コシのしっかりした辛口の飲み心地に、もう一杯。それがいけなかったのか。

 恒例の近くの八幡神社までの初詣をうながされて、表通りまでのダラダラ坂をのぼりはじめたのはいいが、その途中で足が止まってしまった。ともかく、胸のあたりにさしこむような違和感が! 4年前の記憶がむずむずと甦った。心配そうにのぞきこむ家人。もう、こんな状態は、正直に伝えておいた方がいい。歩くスピードを落としてもらう。
 

*上練馬村の鎮守社として古くから親しまれている。境内にはエノキ、イヌシデ、シラカシの大樹が高々と…。

 大通りを渡ると、神社までは下り坂。それからの異変もなく到着して、参詣の列に入った。
 2016年の初詣のお神籤は「大吉」だったが、今年はどうだろう? 古くなった「家内安全、家運隆昌」の御神札をお返しし、口をすすぎ、手を浄めてからから、神前へ。二礼二拍一礼。そして御神札を受け取り、念をこめてお神籤を引く。さて今年は? 

「大吉」は家人のほうにわたっていて、こちらは第三十一番の「吉」。





 久しい間のくるしみも 時が来て 自ずから去り

 なにごとも 春の花の咲く様に 次第次第にさかえてゆく運です

 安心してことにあたりなさい

 左手だけを使って、そのために張り巡らされた細縄に、お神籤を結びつける。こうして幕を開けた2017年。平凡で、穏やかすぎるが、それはそれで、悪くない。それだけに、何かがはじまってくれそうな、嬉しい予感はある。


 2016年の前半はポルシェ漬けだった。それが後半にはいってからは、グイグイと『NISSAN漬け』の方向へ引っ張られてしまった。

『プロパイロット』搭載というセールスポイントをひっさげて登場したミニバンのセレナとたっぷりつきあったと思ったら、11月にはNoteがe-Powerという新しい武器をひっさげて現れた。目を洗われるような「変身」ぶりで、日産が発売を仮に9月か10月に前倒しをいていたなら、セレナとの同士討ちとなって、「カー・オブ・ザ・イヤー」戦線にも大異変を招いていたに違いない。
 

*RJC2017年次のイヤーカーがBULLETINの表紙を飾っている。

 その辺のことを、近く、稿を改めて書き留めなければならないのだが、せめて正月休みくらいは、家人とのんびりした時間を共有したくて、大晦日の前日、プログレを駆って、都心へ向かった……題して、冬の風物詩『大江戸、光の名所めぐり』である。
 
 12月30日午後4時。家人も正月を迎える用意が済んでしまったらしく、こちらの「前から言っていたイルミネーション巡りをしようか?」という誘いに、軽い調子で乗って来た。「浅草あたりで食事でもしましょうよ」と。それも悪くない。行こうか。

 とはいっても、途中で一つ、確かめたいことがあった。長年お世話になった講談社本館の2階までの高さと、本館と新館のつながり方が、現在、どうなっているのか、ということだった。現在執筆中の『局長自伝』のある場面で、貴重なモノクロの問題写真が出てきて、その意味合いを説明するのに、果たしてその現場が、いまどうなっているか、を確認しておく必要があったからだ。

 乗り込んだ プログレのオドメーターが「110348」を指していた。
「あと763kmで111111の1並びだよ。随分、頑張ってくれているだろ?」
「そうね、もうちょっと頑張ってね」
「え!? それって、どっちを指しているのかい」
「どっちもよ」

 江戸川橋と音羽通りが交差している。左折して護国寺方向へ。すぐに27階建ての高層、講談社ビルが。こちらの狙いはその手前にある6階建ての旧・本館である。ちょっとしたヨーロッパのゴシック様式の雰囲気をもっていて、あたかも国会か銀行の雰囲気で、この社屋が完成したのは昭和9(1934)年7月、わたしより1年半先輩である。いくつもの激動の時代をくぐり抜けてきた。



*講談社社屋、本館と新館ビルは文京区音羽通りに。突き当た
ると護国寺。


*左が本館で、右の本館通用口をつなぐ通路あたりは、かつての倉庫へ入る大きなコンクリートの空間だった。

 プログレからおりてカメラを向けると、警備員が不審気に近づいてくる。社友であることを告げると、納得顔で持ち場に戻ってくれたので、落ち着いて撮影。

 この件については、いずれ詳しく触れなければならないが、わたしが入社したその年(1959年=S34)に、とんでもないことをしでかして、とんでもない異名を頂戴した、いわば「古戦場」で、思い出すだけでもぞっとする事件でもあった。その問題の古写真を先日、やっと探し当てたので、ワンシーンだけ、公開しておこう。写真にあるガラス張りの庇(ひさし)からコンクリートの地面までの長さを確認したかったのである。


*1959年の春。社内競技が催行されていて、バレーボール大会が倉庫前の広場で開かれていた。ボールが逸れて、5メートル近い高さに突き出しているガラス張りの庇の上に乗ってしまった。と、ゾボッとガラスを突き破って2本の足が……。この珍事の犯人がだれだと思う?  


 日が落ち始めた。まず墨田河畔の東京スカイツリーを目指す。願わくわ、スカイツリーの展望台から、360度に広がる、光り輝く夜の灯の海を眺めたい。
 御徒町の脇を抜ける。アメ横に押しかけ、溢れている買い物客の波に驚いた。ひょっとしたらスカイツリーも大混雑かもしれない。悪い予感がした。

言問橋を渡る。スカイツリーが大きくなって前を塞ぐ。適当なパーキングを求めて、いろんな路線が交差する押上駅の周辺をぐるりと一周。うまく、30分200円のパーキングを見つけて、プログレから離れることができた。





 しかし残念。スカイツリーを受け入れ先である「ソラマチ」は若ものと外国人観光客に占領されていて、展望台には19時半のエレベーターにしか乗れないという。予想していたことだから、あっさり断念して、食事に向かうことにした。ま、この調子だと浅草雷門あたりも、どこへ行ってもすんなりいきそうもない。深川か、月島だ。それなら「もんじゃ焼き」にしましょう、と家人の提案。それもいいね。隅田川に沿って南下。深川・門前仲町を抜けて相生橋を渡ると、そこが月島・佃島界隈であった。

 もんじゃ焼きの並んだ細い通りのなかほどで、やっと赤提灯の下がった店で二人の席を確保して、「五平」と白字の染め抜かれたのれんをくぐる。
「五平もんじゃ」という定番を注文。手際よく店の主人が鉄板の上で、キャベツなどの野菜類を鉄板で炒めながら、いつしか円形の土手をつくる。次に白い粉を生地にして溶かしたものをながしこみ、最後に切りイカや桜エビなどの海鮮物を投入して、さあ、どうぞ、とあいなった。









 気さくな対応が、いい感じだったな。味もよかった。それで、1700円ちょっとだよ。冬場のもんじゃ焼きはお奨めだな。

 月島からは六本木へ向かう。丸の内エリアは何度も足を運んでいるので、時間の都合もあって、今回はパス。

 夜の銀座4丁目をぬけるのも、久しぶりである。桜田門の先でR246に入り青山方向へ。と、iPhoneに着信の文字が浮かんだ。
四国のFRマニア君からのようだ。プログレを左に寄せ、停車してから応答した。歳末の挨拶だった。社会人になって、直面する難題があるようなので、帰宅してから改めて話を聴くことにして、プログレをスタートさせた。

 六本木通り。東京ミッドタウンのイルミネーションは、過日、鑑賞する機会があったので、この日はスルーして、TV朝日脇のけやき坂へむかう。

 六本木交差点は右折禁止とあって、その先の国際会館にはいって鳥居坂へ通じるルートを選ぶ。この選択は正しかった。麻布十番と青山1丁目を六本木ト ンネル経由で結ぶR319に出てくれたことだった。
 坂道を下りきって右折するとすぐに、けやき坂が待っていたのだ。それも、思いもしなかった琥珀色のイルミネーションをまとって……。



 慌ててTV朝日前の交差点を左折、けやき坂へ入ってみた。アンバー色はひとの心を暖かくときめかせる。どうやらクルマの流れはそれほどでもないようだ。カメラにおさめたい。で、路肩にプログレをとめ、後ろのシートに置いたままのカメラバッグを引き寄せようと、ドライバーズシートを離れたその瞬間、イルミネーションの色が変わって行くではないか……。
 クリスタルな光沢をもった白と青。メルヘンの国に迷い込んだような錯覚。これも悪くないが、やっぱりこちらはあのアンバー色に染まった町並みを撮りたい。が、なかなか希望する光の国は戻ってこない。それでも、何枚かのショットを収めたところで、いいタイミングで目のあったブティックの男性店員に訊いてみた。
「イルミネーションの色、赤い奴に変わらないのですか?」
「だいたい、30分置きにチェンジしているようです」
「ありがとう。30分は待てないな。またにしよう」
 
 かくして、残念ながら琥珀色に染まったけやき坂を断念して、つぎの「大江戸イルミネーション名所」を目指すことにした。

 青山1丁目を左折してR246、俗にいう青山通りに入り、渋谷方向を目指す。

表参道。ここから原宿までの「光の道」も大江戸名物のはずが、なんとイルミネーションは消えたままであった。25日までの恒例イベントも終わって一休み中なのか、それとも地元との話し合いで、なんらかの休息期間を設けたのかどうか。
首をかしげながら、暗いままの表参道を通過して、代々木公園を目指した。
『青の洞門 SHIBUYA』とタイトルされた新しいイルミネーションスポットがスタートしたのを耳にしていたからである。



55万球の青色LEDライトで渋谷公園通りから、NHKに隣接する代々木公園内のケヤキ並木をつなぐ青い光の幻想空間。そこを歩いてみたかった。

 訪れた人々が黒い影となって、ブルーの光の波間を泳いでいく。一度は訪れてみたい、新しい大江戸名所だが、イルミネーションは残念ながら1月9日までだという。




「何シテイル?」で「“紅白”のラストシーンで“タモリとマツコ”が消えていく時ブルーのイルミネーション通りがチョロッと。実物はこんな幻想的なゾーンでした」と紹介したのは、その時に撮影したモノで、いち早く伝えたがったわたしの気持ちがモロに顕れている。

 ともかくも、『還暦プラス青春の20歳』と強がっていろいろとチャレンジしてみたモノの、残りはあと15日間。さて次なる「21歳」をどう生きていけるのだろうか。心の揺れる年の始まりなのだ。

プログレのオドメーターは「110407」。1並びまであと「763」。



 
(この項、おわる)
Posted at 2017/01/02 03:01:04 | コメント(2) | トラックバック(0) | 還暦+20歳の青春 | 日記
2016年12月27日 イイね!
『ドリキン&梅ハン』を吉本演芸に推薦しようぜ!〜クルマに首ったけ野郎のX’masランチ〜

 Hot-Version vol.143を鯛焼きにたとえて、頭から尻尾まで餡子がたっぷり詰まっていて、絶品だぜェ。
 その評価に異存なし、とモロ手を挙げてくれたのは、カリスマカメラマンのCMOさん。毎号、誠実に購入してくれている、頼りがいのある仲間の一人。

 キリスト生誕と日曜日の重なった25日のお昼ならお互いの都合がつく、というのでプチオフをやろうか、と俄に話がまとまって、ご自慢のBMW_AH3でやってきてくれた。まず散髪をして、つぎに行きつけのディーラーによって2017年用のカレンダーを受け取ってから、やっと我が家へ。







 実は、CMOさんにはちょっとした頼みごとがあった。ノートパソコンのDynabookをWindows10にバージョンアップしたら、矢鱈と画面が5分足らずで黒くなり、そのたびに手間がかかって、いろいろと自分なりに「設定」に挑んでみたが、通用しなかった。それでこのところ、放り出してしまった。

 そこで、CMOさんにSOSを送ったところ……なんとチョイチョイと、問題を解決してくれた。要するに「スクリーンセーバー」が4分で効いてしまう設定のままだったのだ。それを外しただけでOKとなる。お陰様で、気分もすっきり。では、お昼をご馳走させて、というので、予てから誘うつもりでいた大泉の「鎌倉パスタ」へ、それぞれの愛車で、ちょいとひとッ走り、という次第であった。

 いい歳をした超・老年と、体格のいい壮年が、パスタを前にして、「いやぁ、いくらショップがそれなりに手を加えたとはいえ、あのS660を、あれだけ攻められる3人、やっぱり凄いね!」とか、「筑波N2決戦のあの構成、かつてのベスモ全盛時の雰囲気が戻ってきましたね」などと、口角、泡を飛ばしてしゃべり合っている姿はどんなものだろう。



 幸い、この日はキリスト降誕の日、家族連れが押しかけて満席状態。とくに隣のテーブルでは3歳くらいの男の子が、盛んに駄々をこねているのに若夫婦は知らん顔。喧噪のパスタレストラン。われわれの存在など、だれも気にしてくれていないから、こちらも気にすることもなかった。



「メディア対抗ロードスター4時間耐久レースも、見ているとドンドン引き込まれてしまったけど、どうだった?」
「選抜されたドリフト野郎たちの走りが、まじめで、ひたむきで、感心しました。仁礼さんもスタートドライバーとしてがんばっていたし、ホットバージョンの優勝をみんなで勝ち取った流れがくわしく表現されていて、一種の感動ドラマにしあがっていました。造りが格段によくなってきたんじゃないですか?」
「そう言って貰えてうれしいね。でもこの号の圧巻はやっぱり、京都嵐山のパークウェイだよね」
「土屋さんって、あれで還暦を迎えたひとなんですか? とにかく、京都に新しい峠伝説のステージができそうで新鮮味が増しました」











「ああ、あれ! 随分、お金をかけているな、と感心しました」
「あれねェ、実は本田俊也編集長がドローンを飛ばして撮影したんだって!」
「ほんとですか? 多分、ドローン使いを雇ったんだろうな、とは思っていましたが……。いやぁ、あのアングルは新鮮でした」
「それと、ドリキン土屋とJ’sレーシングの梅本淳一社長のやりとり、面白かった」
「そう、土屋さんがこんな知らないところへ連れてきて、なにやってるの?と突っ込むと、梅はんが“ようこそ”ととぼけた受け方が抜群だし、土屋さんのファーストランのコース案内役として助手席に座ったのはいいけど……」
「そう、あの怖がりよう、いい表情を見せてくれたね」
「相当にレースをやっている人でも、ああなるのかな? あれが演技なら、いいコンビですね」
「息のあいかたが、自然で、素晴らしい。そうだ吉本興業に売り込んだらどうだろう」
「賛成です。とにかくこの号に限らず、最近のホットバージョンは見逃せない」



 かくして、この日のプチオフは無事終了。帰るなりもう一度、改めて143号を鑑賞すべく、iMacにつないだDVDプレーヤーにディスクを滑り込ませた。
 
 ウィーン、ウィーン、ウィーン。そしてもう一つ、ウィーン。このレーシングサウンドを聴いてから、改めてHot-Version vol.143を鑑賞し始めたが、ああやっぱり「一人はうまからず」。だれかとワイワイやりながら、キリスト生誕の日を楽しみたいな、と嘆いた次第である。   (この項、終わる)
Posted at 2016/12/27 02:42:10 | コメント(1) | トラックバック(0) | ホットバージョン | 日記
2016年12月21日 イイね!
『ロバと少年』と『人生最後の1台』と… 〜あと何回「免許証更新」に行けるのだろう?〜

 冬至の日である。2016年も残り10日となってしまった。
 クルマ業界にかかわる公式行事は、12月19日の「2017年次RJCカーオブザイヤー表彰式」が終わったいま、残っているのは27日にホテルニューオータニで開催されるSUZUKIの『スイフト発表会』だけになったようだ。

 となると、大急ぎで消化しなければならない諸々の用件が待ち受けていた。たとえば、200枚を越す年賀状の宛名をプリントアウトしなければならない。これは夜分にでも頑張ればなんとかなるからいいとして、平日の昼間のうちに大急ぎで片付けなければならない「重要優先案件」が残っていた。3年ぶりの自動車免許証更新である。



 このために10月の上旬、更新手続きを行う前に受講することが義務づけられている「講習予備検査(つまり認知機能査)」と、実技をともなう「高齢者講習」を、近くの認定教習所へ出向き、半日がかりで済ませておいた。まあ、あのガンさんだって「実技試験」を受けるんだから、「還暦プラス青春の20歳」の当方、大真面目に受講して、無事に「高齢者講習終了証明書」を頂戴しておいたのである。

 近年、高齢者の自動車事故ニュースが際だってとりあげられている。身辺では「免許証返納」をするケースも少なくない。なんとなく、居心地の悪い立場に置かれ始めたようだ。そのせいもあって、一時停止などは、タイヤが確実に停止するのを確認してから、改めてアクセルをゆったりと踏むように心がけている。

 よし、今日こそ、と心を決めて、20日の午前9時、しっかり「高齢者講習終了証明書」を握りしめて(?)更新の指定警察署の中から最寄りの石神井(しゃくじい)署を選び、3年ぶりにむかうことにした。日差しは暖かく、明るかった。

 西武池袋線で西へ2駅、石神井公園駅南口に降り立った。さきごろ、やっと高架になって便利になったためか、かつてはしっとりとした佇まいだった駅前の様子も慌ただしく変わってしまった。やたらと寄り集まっているコンビニエンス・ストア。それとパチンコパーラー。安心したのは、この町に来たときにはよく立ち寄った蕎麦屋が、しっかり頑張っている様子だったこと。恐らく、様変わりしてしまったのは駅前周辺だけで、一歩、南側へ踏み出せば、昔ながらの風致地区はそのままだろう。
 ボート遊びのできる石神井池・三宝寺池のまわりには、中世時代の武将、豊島氏の居城跡もあって、絶好の散歩コースとなっている。
 そのあたりに触れた、素敵な手造りWEBページを見つけたので、紹介させていただくので、是非こちらへ


 さて、石神井警察署に隣接する運転免許証更新事務所を目指した。古くから「富士街道」と呼ばれている、クルマの激しく往来する通りを、5分ほどぶらり歩き。練馬区役所石神井支庁舎の前を通り過ぎかかって、足が止まった。野外彫刻作品の銅像が目にとまったのである。
 


 寂しそうに目を落とした、耳の長いロバの背に乗った牧童らしき少年が、なにやら口をあけて、いまにも鞍代わりの掛け物から滑り落ちそうな銅像。大理石の台座に「ロバと少年」(古賀晟・作)の説明板が……。

 やけに心に残る銅像だったが、こちらは先を急いでいる。帰り道の際にゆっくり鑑賞させていただくとするか。

 40分後、思っていたよりスムーズに、2500円を納入して新しい免許証を受け取り、再び、支庁舎前の銅像と対面することができた。一息いれよう、と改めて受け取ったばかりの免許証を取り出してみる。同時に失効のパンチを入れられた、これまでの免許証のわが顔の写真と見比べてみる。3年の違いがどうなのか、と。




 目の下のたるみが顕著に見られる。それ以外はむしろ、今度の方に精気が感じられるのが嬉しかった。3年前はまだ、閉塞性狭心症から脱出したばかりで、もう一つ、エンジンが気持ちよく噴けてくれなかった。

 それからの三年間、まあ、われながら、頑張ったね、と褒めてやってもいいだろう。
 10年間の空白を埋めるべく、RJC(NPO法人 日本自動車研究者ジャーナリスト会議)に入会し、クルマ業界に復帰した。なによりも大きかったのは『ベストモータリング同窓会』を立ち上げ、『ベスモDNA』を受け継ぐ「クルマに首ったけ野郎」と交流できる素地を築きつつあること。ポルシェをテーマにした単行本をこの2月に発刊できたこと。五木寛之、徳大寺有恒、黒沢元治、中谷明彦という「巨きな星」たちの著作を、動画付きなどの新機軸をもつ電子書籍として、新しい生命を持つものとして、再生させたこと。 



 特に、ConTenDoから先頃、発売したばかりの『疾れ! 逆ハンぐれん隊』のPremium版は、4年がかりでやっと送り出したもの。これは、「みんカラ」フレンズの諸氏を虜(とりこ)にする自信作品である。とにかく「立ち読み」からはじめていただきたい。読みはじめたら止まらないはずである。こちらからお入りあれ


それはそれとして、あと何回、免許証の更新に行けるのだろうか。次回は東京五輪の年、2020年の年初なのだが……。

 さて、今回のテーマである『ロバと少年』の銅像がなぜ、心に刺さってきたのか。恐らく、ヨーロッパの童話に題材を求めた作品だろうが、ストーリーに記憶がない。しかし妙に惹かれるロバ……寂しげで、どうした?と声をかけたくなる。



 そうか、引退間際の老兵の雰囲気を引きずって、トボトボとあてのない旅を続けているところに、おのれを重ね合わせているのかな。いや、2002年にやってきたわが愛車、11万キロを走破したプログレへの連想ではなかったか。

 そして、あの牧童少年はなにかを祈っている。いや、叫んでいるようにも見える。その表情は、まさにムンクの『叫び』と相通ずるものを感じさせる。だとしたら、少年はいったい、なにを叫んでいるのだろう。そしてわたしたちに、なにが聴こえるというのだろう。



 帰り着くなり、早速、『ロバと少年』がWEBページでどう扱われているか、調べに入った。すぐにわかった。

 10年ほど前にアップされている素敵なページ。「tnelittlebird.seesaa.net」。多分、筆者は女性だろう。「ディズニーの『ロバと少年』」という見出し。わたしなりに概略をまとめてみた。

 原題を「Small One」という25分ほどのディズニー制作で短編映画で、かなり古い作品だった。 以前は「ミッキーのクリスマス・キャロル」とカップリングされていたのだが、今は、別の「ミッキーのクリスマス・カウントダウン」という短編集に収録されていた。

 聖書的な作品で、クリスマスにピッタリの作品だった。
 作品中に「イエス様」や「マリア」「ヨセフ」の名は出てないが、明らかに神々の化身とわかる。

 ストーリーは 「small one」という小柄なロバが老いてしまい、家畜として役にたたなくなり、薪を背負って坂道を上っていくこともできなくなった。仲良しの少年が見かねて、こっそり薪の一部を抜いて、負担を軽くしてやる。が、すぐに露見して、売り払われることになった。手綱をひいて「small one」と町へ向かう少年。このときの交流が、なんとも切なく、たまらなく胸が締め付けられるのは、ディズニーの得意とするシーンだった。どこかよい新しい主人を見つけようとするのだけれど、どこへいっても断られる。





 日の落ちた町外れの夕暮れ。途方にくれている少年とロバに声をかけた男性。
「妻をベツレヘムまで乗せていって欲しい」とそのロバを買っていく、というラストシーン。紛れもなく、その男性がヨセフであろうと示唆している。

 また、主題歌が、切なく美しい。
  
   ♪どんなに小さな者にも 神様の目が注がれている
     どんなに小さな者でも 役に立たないということはない
     必ず必要として   くれる人がいる」
    信じて求めるなら 必ず神様の導きはある

そんなメッセージが作品にも主題歌にも溢れていて、近づいたクリスマスに、なんともぴったり過ぎた「ロバと少年」との出会いとなったのである。



 YouTubeにこの映画が登場しているので、紹介しておこう。

   ☆       ☆       ☆

ほっと一息をついたところで、ふいに気がついた。あの「ロバ」はわが年老いた愛車プログレの気持ちを代弁していたのではないか。

「人生最後の1台」をメルセデスのC250にしようか。ポルシェのMacanにしようか。家人に相談したところ、

「わたしはプログレに乗っているときが、一番安心していられる」

 とのこと。
 
 そうだね。プログレと一緒に歳を重ねてきた。それも、いまだに現役時代のパフォーマンスを失うこともなく。

 よっしゃぁ。いまから「クリスタルキーパー」でおしゃれをさせてやろうか。
 そして足元もチェックしてみようか。ブレーキパッドもかなりヘタっているようだ。



  馴染みの給油所の所長も、盛んに『点検』を奨めてくれている。いまから、プログレを持ち込むとするか。
 
  それにしても。「還暦プラス青春の21歳」を迎えるわがこころが、微妙に揺れ動きつづける、このごろである。
                               
                                   (この項、終わる)
Posted at 2016/12/21 17:36:43 | コメント(6) | トラックバック(0) | 還暦+20歳の青春 | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音
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「今日も国会図書館へ。が、駐車場の入口にはチェーンが張られている。ああ、本日は休館日だった。確かめなかったポカが情けない。しからば、講談社資料室で探し求めてバックナンバーをサーフィン。と、発見したのがヒルマン・ミンクスの広告。このクルマにまつわる秘話の裏付け資料探し中の出来事なり。」
何シテル?   01/19 00:16
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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