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正岡貞雄のブログ一覧

2017年09月30日 イイね!

6MT=スイフトスポーツに手招きされて

6MT=スイフトスポーツに手招きされて〜浮き浮き速報!千葉・かずさアカデミア試乗会へ〜

 1年前のSUZUKIの株価を知っているかい?


 2016年9月30日が3,360円。それが今日(2017年9月29日)はなんと5,902円だよ。プラス2,542円か! 凄いな。買っときゃよかったな。ま、それくらい、この1年のSUZUKIは頑張っている。インドでの成功も大きいが、ともかく出てくるクルマも、関わるスズキの人々も、どちらも抜群の元気印。

 その上、ここへ来て「ドライバーに操る楽しさを味わってもらいたくて、五感に響く刺激的なホットハッチバックモデルを開発しました」と、3代目スイフトスポーツを送り出して来た。パワートレイン、ボディ、シャシーをそのために洗い直したという。低回転から高トルクを発揮する1.4ℓ直噴ターボエンジン。その加速性能と操作感を、6MT で確かめてくれ、と胸を張る。メインは6MTだが、6ATも何台か用意したという。ひょっとしたら、そちらの方がマッチしているかも、という情報も伝わって来た。試乗車はイエローの車体色のみだという。

 その試乗の日が、やっとやって来た。いつものようにRJCメンバーの飯嶋洋治さんに同行を願って、プログレを走らすことにした。試乗会へは、日頃からの「物差しクルマ」で往復すると、何かと役に立つ。比較がしやすい。



*練馬区からイベントステージの千葉・かずさアカデミアパークまでは、アクアラインを使って90分(Google Earth)

 ステージは千葉県木更津市上総鎌足にある「かずさアカデミアパーク」。東京湾をアクアラインで横断し、袖ヶ浦フォレスト・レースウェイとは隣近所に当たる「かずさ丘陵」に広がるコンベンション施設、そこが試乗会場である。まあ、山手トンネル下の首都高と、羽田・横浜方向への湾岸首都高を使えば。順調に行って1時間半か。

 受付開始は10時10分。最初は練馬を8:00に出れば、というつもりだったが、前日になってスタートを30分早めて、7:30に最寄りの私鉄駅の、小さなロータリーで待ち合わせることにした。
 そしてやっぱり、定刻前に飯嶋さんは到着していた。


*羽田:東京国際空港先の川崎浮島JCTからアクアラインに入る


*いよいよアクアラインへ。棕櫚の木が風趣を添える


*海底トンネルを通過……・


*房総半島・木更津が目の前に

 山手トンネル首都高速は順調に流れている。大井JCTから合流した首都高速湾岸線も快適な流れ。大井PAでドライバー交代。これでやっと、助手席からiPhoneのカメラで、写真が撮れる。川崎浮島JCでアクアラインに分岐する。風もなく、薄っすらと房総半島の上空を秋の雲が漂っている。海ホタルは無視してそのまま直進……。

 9時15分をまわったところで「かずさアカデミアパーク」着。商品説明会まで、まだ1時間近くある。よかったら、7月に追加発売されたばかりのスイフトハイブリッド SLも用意してあるから、そのあたりを走って来たら、と嬉しいサジェッション。もちろん! これは単独行動。スピーディブルーメタリックの色合いがちょいと小粋だった。


*緑と水に囲まれて、広大な丘陵地帯に様々な研究機関が集まっている。ホテルオークラも。


*広々としたコンベンション空間にて。飯嶋さんと。

 このハイブリッド車、スタート時は確かに電気を使っているようだが、どうやら駆動用のモーターはトランスミッションを介さず、直接、ホイールを駆動する仕組み。これはアイドリングストップ後の再始動にうまく役立つらしく、評判がいい。それにこの新しいハイブリッド車のトランスミッションは、1組のクラッチを使う5速AGS(オートギアシフト)を搭載しているという。


*真福寺表参道の石碑が印象的だったので……

 そのためだろうか、ハンドルに装着されたパドルシフトの反応が妙にスピーディ。改めてしっかり試乗したくなる1台だった。燃費もかなりのレベルに達しているという。AQUA、プリウス、ノート e-Power、フィット。このカテゴリーは大激戦区だ。
 丘陵の途切れるあたりで古刹の参道を発見。記念撮影をして引き返した。

 10 時半。やっとスイフトスポーツの商品説明開始。ポイントだけを以下、スライドから引用しておこう。
 

*3代目スイフトスポーツのセールスポイント


*K14C型のエンジン諸元はこちらから。先代より小排気量ながら、直噴ターボにより最高出力、最大トルクを向上。











 さていよいよ70分間の試乗開始。コースは決められていない。好きなように走っていらっしゃい、と太っ腹のようだが、「何かに備えて、ドライブレコーダーだけは装着しています」と、釘を刺されてしまった。
 飯嶋さんが「4206」、わたしが「4208」の6MT車をあてがわれた。1月末の5MTスイフトRS、7月のノートNISMO Sでマニュアルミッション車に接して来たので、違和感はない。





 まずシフトパターンを確認する。おお、3→4が直線的に結ばれている。
 
 スイフトスポーツの意図するものが何か。すぐに読める。次にエンジンスターターを押す前に、左足でクラッチを踏み、同時に右足でブレーキペダルも。そしてスタートボタンをプッシュする。と、一呼吸あって、コックピット全体が生き物に変身して、わたしに歓迎のエールを送って来た。

 さて、参りますか。1速から2速にシフトアップして発進した。
 これはわたし流の癖である。雪道などではこの2速発進は当たり前だが、日常の発進でも、これをお勧めしたい。2速発進で、滑らかには駐車スペースを離れたスイフトスポーツ。が、次に右折するにはコンクリートの柱がいささか邪魔になる。で、少しばかりバックしようとして、シフトを右端のRに入れようとしたら、入らない。多分「え⁉︎」という表情をしたのだろう、先導役のSUZUKI広報の女性が、「あ! シフトノブブーツについている金属の輪(リバースリング)を軽く上に持ち上げてから、リバースに入れてください」と、教えてくれた。恐らく、これまで何回か、このケースがあったに近いない。

 早速、トライ。クラッチを踏み、左手でシフトノブの下部に、知恵の輪のようにくっついている円形の金属を持ち上げると、ロック状態が解除され、シフトノブはいとも簡単に右にスライドし、手前に引き寄せると、スポッとRの位置に吸い込まれて行く……。これでOKだ。その瞬間、NAVI画面に後部の様子が映し出されている。最近のクルマで特に有り難いのは、このシステムだ。

 丘の上のアカデミアパークから真っ直ぐ、東京湾・君津方向をめざして駆け下りた。長いストレート。3→4→5。少し早めにシフトUPを試みた。なんだか、結構トルク感のあるパワーの出し方に警戒する。何しろドライビング・レコーダーがこちらを睨んでいる。右足が緩んでしまう。体も心も、走り出した途端にMTに同化してしまう。何も考えなくても、左足はクラッチを踏み、右足はブレーキと、時によっては同時にアクセルペダルを踏んでしまっている。嬉しくなるわけだ。こころが弾むわけだ。
 
 ほどなく、正面に館山自動車道が見えてきた。君津ICから自動車専用路に乗って、鹿野山・マザー牧場方向を目指した。スイフトスポーツがすぐに臨戦態勢に入ってしまう。足元のシッカリ感は、スイフトRSからワンランク、レベルアップしていた。VWゴルフとやっぱりどこかで「密通」しているのではないかと、つい、疑いたくなる成長具合だ。これで消費税込みの180万円強。思い切った値付けだと思う。







 最初のパーキングエリアが見えてきた。左折のサインを出すと、後続の飯嶋スイフトスポーツもサインで応える。一服するつもりでアプローチしたこの『君津PAスマートIC』はETC装着なら、下道に出られる。丁度いい。ゲートから小高い丘陵に囲まれた地帯へ吐き出された。ここなら走りの姿を撮影できるじゃないか。







 田舎道。村落の入り口に道祖神や六地蔵を祀った祠がある。手造りの龍善寺入り口の案内板が電柱にくくりつけられている。時計を見る。11時34分。引き返すなら恰度の時間だ。お腹も空いてきたところである。

 飯嶋スイフトに、試乗基地への帰りのコースをお任せした。このあと、6速AT車にも是非乗っておきたい。無事帰り着くのか。以下は次回更新へ。
Posted at 2017/09/30 23:30:42 | コメント(3) | トラックバック(0) | 還暦プラス青春の21歳 | 日記
2017年09月28日 イイね!

同時代の仲間たちとの『筑波讃歌』

同時代の仲間たちとの『筑波讃歌』〜『第28回 メディア対抗4時間耐久』観戦レポ Part.2〜



 筑波サーキットのパドックへ通じるトンネルをくぐり抜けてからは、記録用の撮影はもっぱらNikonのデジタル一眼レフ D5200を使用していた。2013年の暮れからずっと、4年間近くメモ代わりに忠実に、わたしの行動と心を写し取ってくれる、ありがたい「パートナー」である。

 今回も改めて、『遅ればせながらの“筑波メディア対抗”観戦レポ』を書き継ぐにあたって、愛機NikonにSDカードを差し込み、電源ボタンをONにしてから、液晶モニターをクルリと開いてやる。次にモニターの右上脇の右向き矢印ボタンを押す。と、この日、筑波サーキットに来てシャッターを切ったシーンが、時間軸を追って、順番に現れた……。



 その劈頭。ゼッケン64の「白馬」にまたがってVサインをしてみせる「九郎田一馬」(みんカラネーム)同志。ベスモDNAがいつも沸騰しているこの若者、Car Watchに転職して2年目、チームの先頭に立って「監督=下働き」に専念していた。来年こそドライバーとしての勇姿を、おきまりの第1ヘアピンでわがNikonに収めたいものだ。



 データを見ると、2017/09/02 11:11:23とある。で、この後にHot-Versionピットに赴き「ハチロク慕情」のヒロイン、小泉亜衣さんとのツーショットを撮っているわけだった。この際にシャッターを切ってくれたのを同行の仁川一悟君と思っていたが、実は本田俊也編集長だった。その証拠写真を仁川君のブログから転載しよう。ともかく、記憶なんて、こんな風に結構食い違うもの、と改めて納得!

● ベスモ同窓会番外編 
局長と行く! メディア対抗ロードスター4時間耐久レース(こちらからどうぞ) 



 予選出走前のバタバタした空気。ピットに長居するのも憚(はばか)られる。で、ひとまず移動開始前に合流した「MDi遠藤」一家と仁礼君との記念写真を。
 お! その次はオープン2シーターでパドックを移動中の、超レジェンドのドライバーがこちらへ向かって手を振っている。津々見友彦さんだ。この人に逢うと、遠い昔にスペイン・バレンシア郊外のパラドールを本拠にして開催されたMAZDAカペラの試乗会を、決まって思い出す。

 古城に隣接した湖畔駐車場で、そのころパルサーでプロダクションレースに挑戦しはじめたばかりのわたしに、FF車のタックインを利用してのコーナリング・テクニックを、手取り足取りで伝授してくれたのが津々見さんであった。確か津々見さんは、太平洋戦争勃発の10日後に生まれたと聞いていた。ということは、すでに後期高齢者のお仲間入りか。でもガンさんより、まだ1歳、若い。

「もう、いいかな、と毎年、思うンだけどチーム(#01ザ・モーターウィークリー)がシートを用意してくれる限り、こうやってメディアのみんなと筑波を走る。あなたともこうやって逢える。頑張るよ」

 嬉しい言葉を聞きながら、この超レジェンドと握手を交わす。これがあるから、わたしの筑波通いも、やめられないのだ。
確か、バレンシアの時に一緒に撮った写真があったはずだが、いざとなると見つからない。やむを得ない。2年後に、トランピオのNewタイヤ試乗でニュルブルクリンクに招かれた時のものが出て来た。清水和夫、伏木悦郎といった、かつてのベスモキャスターの、若い頃の姿もあるので、あわせてご紹介を。



 さて今回の筑波行きで、必ず立ち寄りたいピット天幕があった。2005年から女性ジャーナリスト連盟として出場を続けている、#03のピンクパーサー・チームである。

 11:43:14。派手なピンクのエプロン姿の懐かしい顔が出迎えてくれた。同じ時代をいつもライバルとして競り合って来た元「ルボラン」編集長であり、第2代COTY実行委員長であった清水猛彦さんである。



 このメディア対抗にも、第1回から第3回まで、自らドライバーとして出走した御仁。8月末のFBで「わが家の珍客」としてベランダの網戸に張りついたミンミン蝉のアップ写真を紹介した。その際に「土曜日のメディア対抗、応援に行きます」とメッセージを添えたところ、清水さんから「ピンクパーサーにお立ち寄りください。特製バナナジュースを飲みに寄ってください」と、コメントをいただいた。早速に返事。
「はい、必ず。いつも頑張っていますね。ご立派!」

 約束どおり、ミキサーにバナナと牛乳、そして何やら特別のものを入れてシェークする清水さん。周りは当然、ピンクパーサーのお揃いのスポーツシャツ姿の女性ばっかり。竹岡圭、藤島知子といった名の通った女性ジャーナリストが、サーキットライフを楽しむために年に1回、こうやって清水さんを頼って集まってくる。そんな彼女たちのために献身的に「カレーライス」などの調理役まで務めてきた清水猛彦の10年を、わたしは知っている。尊敬している。

 清水さんが「はい、どうぞ」と出来たての特製バナナシェークを注いだコップを渡してくれる。豊醇な口触りと、ほどよい甘さが快い。
「もうそろそろ監督を勘弁してよ、とチームに話しているんだけど。何しろ、メディア対抗に華が欲しい、といい出した張本人だから、なかなか抜けられなくってね。参加するために、ドライバー全員がお金を出しあって続けていることだし……」



 どうも同世代の仲間はみんな、自分の引き際に苦慮しているようだ。でもきっと、来年もまたピンクのエプロン姿の清水さんと、ここのテントでお喋りを楽しみにやって来るに違いない。

 さて、Nikonの次のショットは?
 12:29:24。ピンクパーサー天幕から30分近くが経過して、いきなり第1ヘアピン先の芝生広場に移動して、予選開始時間が迫っているというのに、広島名物の「お好み焼き」に舌鼓を。
 マツダ広報の事務局に立ち寄って「オフィッシャル プログラム」を受け取った際に、「お好み焼きを800食、用意しましたけん、ぜひ召し上がれ」と耳うちされていたからである。「お好み焼き」の屋台にはすでに行列ができていたが、素早く仁川君が並んでゲットしてくれた。お味の方も、振る舞いものにしては悪くない。お代わりしたいくらいだった。





 20分間の「予選開始」のアナウンスが流れ、マシン音がこちらに近づいて来る。芝生広場からはダンロップ下を抜け、左横Gに耐えながら第2ヘアピンへ向かう様子が丸見えである。もう何台かが通過して行った。慌ててNikonカメラのファインダーから狙う。しかし55mmの標準レンズでは、いくらズームアップしても動的なシーンが捉えられるものではなかった。





 #68HOT−Versionの次に現れた#13はENGINEの大井君。おそらく、早めにアタックして来るに違いない。ガソリンをギリギリに軽くしておいて、アタックした後は、今回から採用された新ルールによって、決勝レース中に使用できるのは10ℓ減の60ℓ(給油は1回、20ℓまで)に限定された。それで4時間を走るにはどこまで踏めるか、その丁度のところを予選走行中にキャッチしておく必要があった。彼なら、すぐにそれができるはずだ。



 トップタイムは、6周走って、2周目に1分10.385秒を出した#08 ベストカーからもの山野哲也君だった。確か、前年もそうだったから、「ロードスターなら俺に任せろ」といつも嘯いている大井君のショックは、「さぞかし」だったに違いない。ちなみに後塵を拝した大井君のそれは、14周走って3周目の「10.738秒」、中谷明彦君(#111 CARトップ)は「11.152秒=6位」となぜか出遅れていた。



 で、#03のピンクパーサー(藤島知子)はどうだったか? 改めて、正式予選結果表でチェックしてみた。1分13.301秒で24位か。でもトップから2秒弱の差。これは、なかなかのものだ。
 11位 #86 Hot-Version(辻一人)1’11.290
14位 #88 Car View(宇田川敦史) 1’11.455 「みんカラチーム」の後継者。
19位 #64 Car Watch(岡本幸一郎)1’11.915 ベスモ編集部出身者。
 
なるほど。それぞれの関係者も立派なタイムで筑波を攻めているじゃないか。

 一つだけ、気になることがあった。予選走行の序盤、場内放送が「トップタイムはホリデーオート!」と絶叫していたのに、何やら違反があったらしく、タイムは取り消しになっていて、結局、最終周のアタックタイム、1’11.127が採用されて5位に滑り込んでいた。ドライバーは木下隆之君。何があったのか、訊いてみなければ。(実は後で本人に確認したところ、ベストタイムを出した周は最終コーナーを立ち上がった後、4輪ごと、縁石をはみ出し、グリーン・ゾーンを走行したためだったとか)



 芝生広場のテントからパドックへ戻りかけた時、ムービー用のハンディカメラを手にした田部靖彦君が合流、これで第1回優勝チームの顔ぶれが揃ってしまった。筑波とは、ひょっとしたら、モータースポーツに青春を燃やしてきたレジェンドたちが、心の安らぎを求めて集ってしまう『やすらぎの郷』ではなかろうか。



 14:41:08。人の心を一発で明るくしてくれる笑顔で談笑中の片山右京、松田秀士の両レジェント。これから、ドライバーズサロンに隣接する特設イベントステージで、出場26チームの紹介が予定されていて、三々五々、会場に集合し始めたところだった。



「ベストカーの三本和彦さんとの対談、読みました。ああいう秘話ものを、もっとやってくださいよ」
 わたしの顔を見るなり、松田のヒデさんが「お上手」をいってくれる。たとえお世辞でも、やっぱり嬉しくなる。右京さんと顔を合わせるのも久しぶり。今、彼の主宰する自転車競技集団『チーム右京』がワールドレベルに勝ち上がったため、これからが大変なことになりそう、などと彼の夢を聴かされるのも、快い。彼の目、志は、いつも新しい世界に注がれている。

 さて、この「観戦レポ」はなかなかゴールにたどり着かない。それどころか、レースそのものも、まだスタートしていない。でも、今回はこの辺で一休みさせていただく。できるだけ早く、次回に取りかかれるといいのだが……。
Posted at 2017/09/28 02:35:17 | コメント(2) | トラックバック(0) | 還暦+青春の21歳 | 日記
2017年09月19日 イイね!

遅れ馳せながらの『筑波メディア対抗』観戦レポ

遅れ馳せながらの『筑波メディア対抗』観戦レポ〜ああ、あの大井貴之君もレジェンド扱いか〜


 暦(こよみ)が9月になった途端に、それまでミンミン蝉に替わって健闘していたツクツク法師の歌声もピタっと聴かれなくなった。その代わりに濃蜜な金木犀の香りが漂ってきて、秋の訪れを宣言した。テンポが早すぎる。そして台風18号が日本列島を蹂躙した。ブログ更新を半月以上も怠けてしまった。少しは、9月になってからの日々を遅れ馳せながら、おさらいしておこう……。

 9月2日午前9時の約束で、ベスモ同窓会幹事の仁川一悟君が迎えに来てくれて、夏の終わりのお楽しみイベント『メディア対抗ロードスター4時間耐久レース』観戦のため、筑波サーキットに向かうことになっていた。

 8:18 家出ました!
 8:52 ちょっと早いですが、到着しました。

 LINEからのメッセージが律儀に届く。お陰でこちらも慌てずに済んだ。この日の筑波行きはビニール合羽が必携だし、カメラも300ミリレンズは欠かせない。それにETCカードも確認しておいたので、準備万端OKのはず。

 わがマンションの前で、この3月におなじみのシャンペンカラーのメルセデスCLS350から乗り換えた、同じ6気筒のミドルセダンE350が待機してくれていた。蒼みを帯びたシルバーのボディカラーはダイヤモンドシルバーと呼ばれるとか。


*仁川君の新しいパートナー E350       Photo by 2315
                                 
 挨拶もソコソコにE350が滑らかに発進。
「いいねえ、やっぱりセダンタイプはDOHC6気筒に限るね」
「時代性からいえば、デサイジングした4気筒ターボになるンでしょうけれど……。燃費だって悪くないです」

 そうだ。便乗する側のマナーとして、まず谷原のガスタンク脇のGSで満タンにしなくっちゃ。ガスチャージの後、大泉から東京外環に入る。事前に、今回は関越道の鶴ヶ島JCTで圏央道に入るより、外環の川口JCTから東北自動車道に乗って、新しくできた白岡JCTで圏央道を使ってみよう、と決めていた。
 
 思い返してみると、去年は土壇場まで筑波に行けるかどうかの体調で、行ったとしてもスタートを見たら明るいうちに東京へ引き返すという約束を条件に、単独、プログレで往復した。そのせいで「Hot-Version」チームの優勝の報は、自宅に帰り着いてから知った。

 さらにその前年は、あの土屋圭市君が『鬼神の走り』を披露してくれた年で、仁川君がメルセデスCLS350で往復を送迎してくれた。その5日後、鬼怒川が決壊して、あの辺りの平和な田園生活圏がズタズタにされ、筑波サーキットもコースの一部分が水没したほどだった。




*オプションのダイナミックシートを操作するのもインパネを見ながら……マッサージを選ぶ

 助手席で、そんな追憶に耽っていると、仁川君が悪戯っぽくシートスイッチのある部分を押す。
「お、お、お」
 にわかにバイブレーションしながら、背骨のあたりを突起物が上下する。
「マッサージ付きかい?」
「腰のあたりも、モミモミできますよ」
「いや、そんなことより、この滑らかな乗り心地と、足もとの安定感。素晴らしいご馳走だよ」



 午前10時02分。久喜白岡JCTから圏央道へ。この2月末に、「境古河IC」から先が「つくば中央」まで延長され、そのまま常磐道ともドッキングできるようになった。そして圏央道をまっすぐに行けば東関東道ともつながり、成田空港へのアクセスも抜群に楽になったという。

 制限速度は70km/h。2車線だったり1車線だったり、状況によって変化するものの、とにかく新しい道は快適だ。幸手、五霞の二つのICを過ぎて利根川を渡ると境古河ICで、この先からが未踏のコースだった。9㎞先の坂東ICでやっと下道へ。「坂東市」はかつての岩井と猿島の町が合併してできたと聞いて、かつての下道しか走れなかった「筑波通い」時代を思い出す。なるほど20号線沿いの「逆井」「沓掛」と言った古めかしい町名も、記憶にある。昔は宿場町だったのか。

 10時45分、迷うこともなく、競技参加者やメディア専用の受付ゲートに到着した。「Hot-Version」にお願いしておいた、同行者・仁川君用のサポーターパスも間違いなく受付に預けてあった。



 さて、まずE350をサーキットホールの裏手にある指定の駐車場へ移動させなかればならない。サーキット・ガレージ前の佇まいを1年ぶりに見渡しながら、おや?と首を傾げてしまった。何かが違っている! 何かがこの景色から欠けている。確か、ここにはヘルメットを手にした若者が胸を張って中空を仰ぐ「青春の像」があって、その周りを噴水装置のある池がめぐらしてあり、芝生たっぷりのロータリーだったはずだ。そしてその向こうに筑波嶺が浮かんで見えるはずだったのだが……。いつもそこで、バトルの後のコメント撮りをしていたはずだったのに。


*わたしの記憶の中の「青春の像」は間違いなくここにあった!

 わたしの記憶力に狂いが生じてきたのだろうか。

 サーキットコースの方では、前座のロードスター・パーティレースの予選走行が始まるらしい。目をサーキット事務所の方に転じると、なんとその建物の正面にポツンと、探していた「青春の像」があるではないか。あれ!? やっぱり腑に落ちない。しっくりこないのだ。

 E350を指定された「P1」に駐(と)め、少し足早にパドックへ向かった。
 まず「ベストカー」のピットを探す。公開練習が終わった直後とあって、次の予選準備でバタバタしている。前回PPを獲った山野哲也君が今回もアタックするらしい。


*今年もPPを獲ったベストカーチーム。

 次に、コントロールタワーの先、VIPサロン下のピットを割り当てられた「ホットバージョン」へ。妙に静かだ。その理由を本田俊也編集長が明かす。
「今回は、前回優勝のハンディキャップでピットストップが4分。加えて土屋さんは北京へ。勝負になりません」
 それでも関西から、ドリキンAE86の勧進元、「ああ、86慕情」のヒロイン、小泉亜衣さんが遠征してきて、ドライバーとして初めて筑波に挑戦するという。落ち着いた明るい笑顔が印象に残った。参考までに、ぜひ『ああ、86慕情』ストーリーを「こちら」からご一読願いたい。


*大泉亜衣選手はまだレーシングスーツ姿ではなかった。

 この日の予選アタッカーは、土屋君の元マネジャーの辻一人君、パーティレースではトップクラスの走り屋である。
 そして仁礼義裕君が頑張ってスタートを担当するという。
 そうか、その走りがどれくらい円熟したか、いつものように第1ヘアピンで「鑑賞」させていただこうか、などと仁礼君を揶揄っているところへ、まるでタイミングを計ったように、ピットロード側から顔を見せたのが「ENGINE」から出場する大井貴之君。白いものの多いアゴ髭が妙にお洒落っぽい。何しろ、今回で28回目を数えるメディア対抗ロードスター4時間耐久、その第1回大会で「ベストモータリング」が優勝した時のエースドラーバー。それが今もなお欠かすことなく出場し続けているのだから、この後の出場チーム紹介の際に「レジェンド大井」とアナウンスされたのも、納得できる。



 そんな風に、逢いたい人と触れ合える。それが楽しみで、この夏の終わりのイベントに足を運んだわけだが、片山右京、松田秀士、津々見友彦、中谷明彦、清水和夫といったレジェンド達と旧交を温めることができた。そうした様子は一休みしてから、お伝えしたい。

Posted at 2017/09/19 00:34:26 | コメント(3) | トラックバック(0) | 還暦プラス青春の21歳 | 日記
2017年08月27日 イイね!

天正と昭和・二つの「遣欧少年使節団」

天正と昭和・二つの「遣欧少年使節団」〜ああ『ベストカー』では書き足りないぞ!〜





 出来上がったばかりの『ベストカー』(9月26日号)を3冊、発売前日に、編集部で受け取った。たとえ見開きの2ページとはいえ、わたしのまとめた三本和彦さんとの対談ページである。いそいそとプログレを走らせて音羽へ向かった。

 三本さんといえば、カーグラフィック誌の故・小林彰太郎さんと並んで、この自動車メディア業界の草創期から、真っ直ぐで辛口なご意見番、プラス見識の持ち主として光彩を放ってきた御仁。活動の場が、こちらが「ベストカー」に取り組んでいるときは「ルボラン」、「ベストモータリング」に専念していた時代はTV神奈川の「新車情報」に、といった具合で、いわば「ライバル関係」にあった。

 それが時は流れ、今ではその三本さんが『金口木舌』とタイトルした月イチ連載でわたしの「お宝ふるさと」を盛り上げていただいている。



 そんな時、32年前に三本さんから頂戴した一通のペン書きの葉書が、ひょっこり見つかった。さまざまな三本さんとのふれあいの記憶が一挙に蘇る。で、早速、今のベストカー編集局長の宇井弘明さんを通して、会ってお話しできないだろうか、とプロポーズしたのが夏の始まる頃だった。

 そこからの流れは、ぜひ掲載された「ベストカー」9月26号の90〜91ページの『一通の骨董的三本葉書で蘇った《天正遣欧少年使節団》の記憶』で御一読いただけると有難いし、嬉しいのだが、何しろ編集部からの注文は「特別仕立て」と言いながら、ともかく2ページでまとめて欲しい、とのことだった。



 で、取り組んでみると、それは全く不可能な作業だった。1時間を超える「対談」は2ページにまとめられるほどコンパクトな内容ではない。それに第一、テーマの原点となった453年前の「天正遣欧少年使節団」のことを読者がどれだけご存知か。

 その辺の距離感をどう詰めるか。やっと2ページ分にまとめあげた原稿は、結局、一通の骨董的な葉書にこめられている「妖気」の部分をイントロにして、これから本題に入るところで「容量」がいっぱいいっぱいになってしまった。

 もうタオルを投げるしかない。編集部にそれまで書きあがっている原稿を、wordファイルでメール送信し、今回はここまでにして、残りは次号掲載というワガママがきいてもらえるかどうか、相談することにした。すかさず担当から「OK」の返信。この伝統のスピード感、いいねえ。

 そして−−−−第2回目の打ち合わせを兼ねて訪れた編集部で、やっと翌日発売の出来上がったばかりの「ベストカー」を手に取ったのだが、編集部の苦労の跡がありありと……。対談内容を生かすために、掲載写真をギリギリに圧縮せざるを得なかったようだ。そのため、このページのために用意した2葉の画像も、いまいち伝える力が発揮できていない。

a.1586年にドイツ・アウグスブルグで印刷された「天正遣欧少年使節団の肖像画」(京都大学附属図書館蔵)
b. 1985年4月催行のピレリ試乗会に招かれた日本人は錚々たる顔ぶれの14人


*左上=中浦ジュリアン、左下=伊東マンショ、右下=千々岩ミゲル、右上=原マルチノ、上段中央が少年達に終始付き添ったメスキータ師


*この中にいる、三本さん、徳さん、そして小生が探せますか?

 そうだ! この「史料」をわたしのWebページで改めて紹介したらどうだろう? その上でこの対談では説明し損ねている13〜14歳の4人の少年が、なぜ未知の先進国に派遣されたのか、九州のキリシタン大名の子弟と言われる4人の素性と、8年ぶりに帰国してからの激変の人生とか、せっかくの機会だから、触れてみたいではないか。

 イゴヨク忍ぶキリスト教。そうだ。基督教の伝道は1549年と憶えてきた。それからわずか35年ほどで、たとえ織田信長の強力なバックアップがあったとはいえ、なぜそこまで布教できたのか。そうした話に興味を持っていただくいい機会ではないだろうか。当然、彼らのヨーロッパでの足取りも、もう少し踏み込んでみたい。

 足取りといえば、ピレリに招かれた「400年後の遣欧使節」についても、改めて詳述するいいキッカケではないか。スーパーカーブームの震源地、モデナ(イタリア)での日々。モトGPの舞台、マドリッド郊外のハラマ・サーキット。ムズムズと蠢(うごめ)くものがある。

天正遣欧使節のテーマはキリスト教、昭和のそれは自動車。どちらもヨーロッパが発祥の地ではないか。この辺の繋がりに気付いた時、さらにモチベーションが高まってきた。


*ハラマ・サーキットの特設ウェットコーナーをP700装着のM635CSiで楽しむ小生

 このあと、第2回からは『瑠璃色の時代=青く澄み切った昔のクルマ業界』という素敵なタイトルを、編集部では用意してくれているという。心は弾ませて、歩調を合わせて、取り組めることを感謝したい。(以下、次回更新を待たれよ)

Posted at 2017/08/27 17:17:28 | コメント(3) | トラックバック(0) | 還暦プラス青春の21歳 | 日記
2017年08月12日 イイね!

『燃える夏』よ、やって来い!

『燃える夏』よ、やって来い!〜『ベスモ復活』プロジェクトに歩調を合わせて〜



 これまで「八月」という月に、明るい記憶がなかった。いつも『鎮魂の夏』というテーマが張りついて離れない。

 六日、広島に最初の原爆が投下された惨劇。
 八日、当時10歳だったわたしの住む製鉄の町・八幡(いまの北九州市)はB29の空爆により焦土と化した。よく生きていられたと、思い出すだけでも鳥肌が立つ。
 九日、午前11時02分、長崎市に原爆が投下された。
 十五日、昭和天皇の玉音放送による「終戦宣言」。やっと大東亜戦争が終結。

 そうだ。3年前に当ブログで『鎮魂の夏』(ここをクリック)を何回か
に分けてアップしているし、去年も『8月、ああ「鬱の色」に染まってしまう』と、やっぱり触れている。よろしかったら、ぜひご一読を。



 さて今年はどうなのか。大筋はやっぱり変わりなし。ただ、北朝鮮とトランプ大統領との「チキンゲーム」に「昭和10年代」の危険な出来事とオーバーラップする兆候があり、まことに落ち着かない。

 ただ、ミンミン蝉の合唱も段々と熱がこもってきたところで、Hot-Versionの本田俊也編集長の仕掛けた『ベストモータリング復活』の狼煙が上がった。なんとわずか3日間たらずで目標額200万円の3倍、つまり600万円を超えてしまった。この驚くべきパワー。早々と「GREENファンディング」側から、「SUCCESS」のお墨付きが貼り付けられてしまった。が、ここからが、正念場。本田君たちがどんな作品を創り上げるか。「ベストモータリング同窓会」として、どんな形で協力できるか。



 近く本田君と相談することになるだろうが、この夏は何かが燃え始めている。
それぞれの想いで『プロジェクト支援』をポチッと押してくれたことにどう応えるか。本田君、その責任の大きさ、重さは計り知れないよ。

 そんなさなかに、長野・松本の若き友人、あの赤のF355 を駆って、岡山・中山サーキットでの『第4回ベスモ同窓会』に参加したH君から、この夏もまた4Lサイズのスイカが届けられた。上品な甘さと歯にサクッとくる食感。これはありがたい。満月さながらの豊満な肢体も好ましい。包丁を入れるのを、いつにしようか。そんな楽しみが待っていてくれるのが、心に弾みをつけてくれる。

 そうしてもうひとつ。「ベストカー」の月イチ連載『金口木舌』で、歯切れのいい独特の斬り口で、相変わらずの存在感を発揮している三本和彦さんと是非対談を、とお願いしていたところ、8月10日の夕方にそれが実現した。

 ともかく齢85。足腰だけは弱っていて、移動には車椅子のアシストが必要とはいえ、三本さんの頭と口は素晴らしく健在。たっぷりと中身のある90分をご一緒できた。8月26日発売の「ベストカー」にその一部を披露できるはずだから、その節はよろしくね。



 燃える夏……にはほど遠いが、そんな気分がいくらか復活しそうな8月は、まだたっぷり半分以上、残っている。頑張ってみるか。
Posted at 2017/08/13 00:08:15 | コメント(2) | トラックバック(0) | ちょっと一服 | 日記
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「3年間使いっぱなしのiPhone6.。電池が3時間と持たなくなった。そこで3連休の最終日、新宿東口iPhone専門の修理店へ。交換に1時間半。これ幸いと予てから目をつけていた伊勢丹会館8Fの「歌行燈」で『桑名蛤うどん』を。これが絶品! 桑名の本店の味のまま。元気回復。携帯端末も。」
何シテル?   10/10 15:35
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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