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2017年03月14日 イイね!
疾れ!スープラ、ベスモ創刊期の『晴れ姿』
〜PREMIUM版パート9付録企画からの「贈り物」〜

 ちょうど1ヶ月前に『ベストカー』で、1ページをまるまる使って紹介してもらった「五木寛之先生の痛快カーアクションロマン『疾れ!逆ハンぐれん隊』の電子書籍PREMIUM版」に、また新しいパートを補充することができた。

 本編の小説セクション『Part.9 バンドー先生の逆襲』は、ジロー、ミハル、竜さんの逆ハンぐれん隊をスポンサーとして支えてきた、漫画家・バンドー先生が廃業宣言することからはじまる。そして真紅のフェラーリ・テスタロッサの助手席に竜さんを押しこむと、自らがハンドルを操って高速道路を目指す。それまで時速5キロ以上のドライビングをしたことのない先生が200キロオーバーの世界へ!



*新しく登場したPREMIUM版 PART.9 [バンドー先生の逆襲」はこちら

 そしてはじまる4人の、修学旅行さながらの冒険の旅。新しく仕立てたスーパー4輪駆動車のゲレンデ・ヴァーゲンで西へ向かった。舞台は奈良・大和路。美しくも妖しい二上山に秘められた一千年の謎とは……。逆ハンぐれん隊がタイム・スリップして見たものとは!

 五木さん独特のエンターテインメントの味は、今もなお生き生きとわたしたちを魅了してくれるが、今回はとくに「PREMIUM」として用意した4つの「挿入部」にも、特色を持たせたつもりである。



 まずは連載スタートから第5部まで、国内を舞台にしてさまざまな事件や出来事に遭遇しながら、クルマとともに青春をたくましく生きていく『逆ハンぐれん隊』を、次の6〜7部で海外に飛ばした後で、しばしの休息を与えていた。そして次の連載再開までの幕間(まくあい)で、作家・五木寛之の「クルマを描く心構え」を率直に吐露している珍しい「独白」。それをたっぷり聴ける仕掛けとした。それが4部構成となっている「PREMIUM」版の①部と②部で、

① 連載ひと休み…幕間からの本音
クルマを書く心構えについて
② キミをきっと小説好きにして見せる!
「メルセデスの伝説」からの招待状

 そのあとは、かねてから取り扱いを狙っていた「スープラ&フェアレディZ  ハワイ特別試乗記」を投入できた。今年初頭に、こんなふうに触れていた、この部分である。

 ――ヨーロッパから帰国して一息ついたところで、また五木さんを熱く誘惑したものだ。五木さん、ハワイでなら、ジャパニーズ・スーパースポーツとして登場したばかりのTOYOTAスープラを味見できますが、いかがですか、ハワイへいきましょうよ、と。
 
「いいね、ついでに北米仕様のフェアレディZXターボも用意してください」
「あ、よくご存じなンだ。それもいいですね。やってみましょう」

 決めた! 2002年に「排ガス規制」への対応ができないため、累計28万5280台の実績を残して生産を終えた、あのスープラへの挽歌を、ぜひ本編に添えるとしよう。そして、その次の回でオアフ島を縦断した『ZXターボ』の試乗記も……。




 それが今回、やっと実現した。こんなタイトルで!
③ 疾れ! 汝の名はジャパニーズ・スープラ
  ――五木寛之フィーリング試乗 in ハワイ 第1回
④『ダッツン・ジー』に死ぬほど憧れてみたいか?
――五木寛之フィーリング試乗 in ハワイ 第2回
 
 ぜひぜひ、また一つ、新しく輝く星を加えた「ぽらりす eBooks〜クルマ仲間名作ガレージ」へお立ち寄りいただきたい。

 この作業を終えたところで、妙に心が浮き立っているのに気づいた。『スープラ』という名の悲運のクルマ。その走っている姿にあってみたくなっていた。‘80年代終盤から、’90年代序盤にかけて「ジャパニーズ・スポーツカー」の代表としてTOYOTAスープラは、生き生きと先頭を走っていたではないか。

 そのあと、NSX、GT-Rが追従して賑やかな時代へと爆走していくわけだが、それはまた、ベストモータリングの創刊された時期でもあった。

 さて、どの号でその頃のスープラに逢うことができるのか。生憎とこの数年「断捨離」を迫られていることもあって、ベスモのVHS入りのパッケージは整理してしまった。行き先は「ベスモ同窓会」のプレゼント景品だったから許されるとして、一目で「どの号に何が掲載されているか」を知る手がかりは、すっかり消滅していたのである。

 幸い、自分が制作・企画に関わった号だけは、VHSからDVDに変換して、コンパクトな形で保存してあった。

 記憶をまさぐった。たしか創刊1周年記念号の前後に「漆黒のボディカラー」で谷田部の高速バンクを悪魔のように走り抜けたあいつが潜んでいるはずだ。


*そのころ北米ではセリカXX2800GTの名で販売されていたスープラ。

 まず、1989年新年号をピックアップして、PC内蔵の再生機にセットする……。
 目次ページが軽快なメロディーに乗って紹介されていく。

 お、まずガンさんだ。NEWレジェンドV6Tiエクスクルーシブの「TEST&MOTORING」。続いて「海外取材from ITALY ピレリの“聖域”を初公開!! by 徳大寺有恒」か。ピッと記憶を刺激するものがあった。申し訳ないが、エビスサーキットと磐梯吾妻ラインでのガンさんTESTコーナーは早送りして、先を急いだ。




*ドライバーは大井貴之君。ベストカーから移籍してきての海外初取材。初々しかった。




 この時期のベスモはCM満載。日本交通公社の30秒ものが終わったところでアルプスの山肌を縫って駆け下りて来る赤のアルファロメオ164 V6に、チェロの弦の低音が響きながらシンクロする。スイスとイタリアの国境、セント・ベルナルドを超えたところで牛の群れに行く手を阻まれるシーン。今もなお、鮮烈に記憶していた。

行き先はミラノ郊外にあるピレリタイヤの『ヴィッツォーラTEST TRACK』で、案内役を徳さんにお願いしていた。
 全てが自然を生かしたテスト環境で、走行路には風に吹かれて、落ち葉が舞っているし、路面もごく一般路に近い、鈍い光沢をもっている。





 徳さんもお気に入りの「聖域」であった。3度目の訪問だという。
「ここは考えられるすべての道路のパターンが収められている。一般の人が一般路を走るような状態でテストできなければ、生きたタイヤは開発できないから、という思想を貫いているからね」

 その先進の思想とテクノロジーに共感させられた取材だったが、そこでデビューしたてのスープラが、すでにここのテスト車両に採用されていたのを知り、スープラの立ち位置を直感したものだった。









 テストシーンはP700-Zでウェット限界を走る姿を捉えていた。
 BMW-M5にはじまって、300E—AMG、フェラーリ328GTS、ランチアテーマieターボ、サーブ9000ターボ、ポルシェ911ターボ、フォードシエラコスワースがつぎつぎと顔見世をし、最後に白のスープラ3.0 GTターボがウエットハンドリングコースを、ひらりひらりとこなす晴れ姿で締めくくっていた。





 こうなると、もっとないのか、と捜索の手を広げたくなるではないか。で、発見! 3号を遡った1988年の10月号こそ、わたしの脳裏に焼きついていた「黒のスープラ」の躍動している号だった。

 表紙パッケージもそれ! 題して『激走対決 トヨタvs.日産』。

 スープラはその特集の中で特別扱いで『独占試乗 国産最強270ps 最高速253.5km/hをマーク‼︎ スープラ3.0 GT-turbo A全開フルテスト』と、ある。

 これは改めて「ベストモータリング公式チャンネル」にお願いして、You-Tubeで鑑賞できるといいのになあ。 

 (この項、次回更新まで)
2017年03月08日 イイね!
『111111』 を走破したプログレ讃歌〜2000年5月からの伴侶「小さな高級車」STORY ①〜

「瑞兆(ずいちょう)」という言葉がある。佳いことの起こる予兆、めでたいことのある前兆という意味らしい。わたしの場合、同じ数字がきちんと揃うと、それが何かの瑞兆と歓んでしまう……。

 3並びの3月3日は桃の節句、朝から東京の空は見事に、明るく晴れ渡っていた。午前8時30分に最寄りの私鉄駅北口のロータリで、RJCメンバーの飯嶋洋治さんと待ち合わせている。11時から御殿場のホテルをベースにしたVOLVOの新世代フラグシップS90/V90の試乗会に、わがプログレで駆け付ける予定で、そのあとガンさんと久しぶりに懇談するつもりだった。





  8時20分になったところで、NIKONのカメラバッグに300mmの望遠レンズを詰め込んで(これで富士山を狙うつもり)、駐車場に降りる。
 前夜の雨で、プログレはしっとりと濡れたままで、朝の光を優しく受け止めている。くしゃみ一つでも、今にも雨滴がボンネットから滑り落ちそうだった。イグニッションKEYを優しくひねってやる。そしてODOメーターを確認する。

 111075。あと36kmで「1」並びとなる。プログレに、よくここまで連れ添ってくれましたね、と頭をさげる。さて、これから環八で用賀に出て東名高速に入るつもり。どこでその記念すべき瞬間が訪れるのか。

 飯嶋さんの柔らかい笑顔が待っていた。走り出してすぐに、ここから「111111」になる瞬間まで、ドライバーはわたしが務めることを伝えた。が、すぐに思い直す。

「恐らく、横浜・町田ICあたりだろうから……そうだ、その手前の港北SAで交代してもらって、カメラでその2度とない瞬間を、ぼくが撮ります」
 いつも勝手なことを押しつけてしまうわたしの注文に、飯嶋さんはやっぱりいつものように笑顔で受け止めてくれる。


 
 週末金曜日の環状八号線は、なかなか前へ進めない。こうなれば奥の手、かつて「FISCO通い」をしていた頃の抜け道ルートへ逃げこむしかない。

 青梅街道の手前から西寄りの古い幹道に入ると、交通量は途端に少なくなった。問題は渋谷と吉祥寺を結ぶ井の頭線の踏切と、その区間に限ってルートが午前9時までは、一方通行で進入できないことだった。ダメな場合は再び左折して渋滞している環八にもどるしかない。微妙な時間帯ではないか。

 ジャスト9:00。大きな神社脇にある問題の一方通行の出口に差しかかった。ありがたや、制限時間は解除された直後で、京王井の頭線富士見ヶ丘駅脇を抜けるルートに、先頭で突入できた。そのお陰で、甲州街道にぶつかったところで左折、すぐに環八へ流入。そこからは順調に用賀ICを目指す。

 プログレのメーターはまだ「1並び」までに、26kmほどの余裕を残している……。

 東名高速に乗ると直ぐに、プログレが甘えてきた。久しぶりに高速へ入ったんだから、ちょっと踏み込んで、エンジンのカーボンを吹き飛ばしてくださいよ、と。
「よっしゃ!」
 その声に、助手席の飯嶋さんが怪訝そうにこちらを見る。わたしの左手はすでに走行モードを変更できるスウィッチに伸びていた。ポンと左サイドに抑えてやると《ETC PWR》の青いランプがついて、プログレが変身する。3ℓ、ストレート6DOHCがクオーンと咆哮しはじめたのである。飯嶋さんもニヤリとしている。

「良い音、しますね」
「うん、プログレ・ミュージック!」
「嬉しそうですね」

 飯嶋さんは、かなり年季の入ったM3のオーナー、そして『自動車エンジンの基礎知識』と『自動車メンテとチューニングの実用知識』(どちらも日刊工業新聞社刊)の著者である。わかってくれている。







 多摩川を渡った。多摩丘陵南端の緩やかなアップダウンを東京料金所まで、プログレNC300 iRバージョンはODOメーターに「111100」の数字を刻みながら、いつもよりちょっとヤンチャに駆け抜けていった。

 予定通りに、トイレタイムを兼ねて、港北SAに滑り込む。「111107」か。もうすぐだ。イグニッションKEYを飯嶋さんに託して、後部座席からNIKONでその瞬間を待つことにした。なんだか妙にはしゃいでいるおのれに苦笑した。と、不意に湧いてくる想いがあった。
 
 あれは4年前、一旦は、このプログレを手放すつもりで『プログレへの別れ話』(こちらからどうぞ)を「みんカラ」に記しながら、話はやがて開発者であったTOYOTAの和田明広さんに及んでいったあの頃、そして新車価格460万円強でわたしのもとへやってきた2000年の頃をなぞりはじめていた。




*初めてのロングドライブは2000年10月、四国への「ルーツ探訪」のお供だった。

 この機会に、いま一度、プログレとの関わりをおさらいしたくなってきた。
                  (以下、次回へ)
Posted at 2017/03/08 15:16:12 | コメント(5) | トラックバック(0) | 還暦プラス青春の21歳 | 日記
2017年03月02日 イイね!
土屋圭市『NSXの愛し方』〜箱根路での恍惚と筑波バトルの死闘〜


『みんカラ・SPECIAL BLOG』に専用の席を設けてもらってから、5年と8ヶ月……。

 時には、おのれを省みるためにも、そのスタートとなった《ファーストラン》から読み返すことがあるが、とても一日かかってもこなせないほどの量になってしまった。気ままな昔話のおしゃべり、勝手な「情報発信」に、呆れることなく付き合ってくれている「仲間」の励ましや反応が、何よりのエネルギー源であった。改めて、深く、お礼を申し上げたい。

 単純なことかもしれないが「コメント」や「メッセージ」が賑やかに寄せられると、かつて販売セクションから報告される売れ行き調査を気にしていた現役時代の気分に戻ってしまうのだ。

 そうした中で、もっとも「イイね!」が寄せられたのは2016年10月22日にアップした『緊急特報‼︎ ベストモータリングは生きているぞ!』(こちらをクリック)であった。「158」という圧倒的な数字は、普段が40〜50だから、その意味は大きい。





「ホットバージョンの本田編集長の声が、1オクターブ、高い」というのがその書き出しで、一度は諦めた「New NSX」を黒澤元治さんが単独アタックして、それを引鉄(ひきがね)にして『ベストモータリング』を復活させる、という秘密のプロジェクトが続行可能になった、という報告だった……インパクトは強かったが、残念ながら肝心の『ベスモ復活』は、まだ実っていない。

 もう一つ、印象が強烈だったのは、鈴鹿サーキットを周回しながらの「ガンさんのNSX辛口インプレッション」。締めのコメントでズバリと言い切った……。
 
「やっぱり車が重い。ダイナミクスをもっとあげるためには重量を軽くしなくてはダメ。それとサスペンションのつくり方が間違っている。荷重変動が大きすぎる。もうちょっとサスペンションの勉強をしければダメだな。シャーシーデザイナーにいいのがいない」
 レーシンググローブを外す手つきから、ガンさんの想いがまっすぐ伝わってきた。これまでのNSXを生み、磨き上げてきたガンさんにしてみたら、今回のNew NSXは、どうやら別物であるらしい、とわたしも締めくくったが、その時から気になっていたのが、ガンさん同様、NSX-Rを今もなお愛蔵しているドリキン土屋がどう評価するのだろうか、ということだった。

「Hot-Version Vol.144」がやっと出来上がり、待っていた「回答」が明らかになった。文字になっているものではなく、直接に新型NSXを箱根のワインディング路から、筑波のバトルステージまで、「疾っている土屋圭市」の心、息遣いを映像で丹念に伝えてくれた。それはまさに、土屋圭市の『NSXの愛し方』公開といってもいい出来上がりだった。





 その辺を、少し。トレースしてみようか。
 大都会の夜のイルミネーションを映しとったNSXのボデイは、確かにため息の出るほどに艶かしい。が、スーパースポーツの主戦場でどうなのか。

 はじめのステージは御殿場から乙女峠の手前で長尾峠へつながるワインディング。枯葉を巻き上げながらコーナーを抜けるNSXからは、間違いなく「新しき帝王」の威厳すら感じられた。







 続けて芦ノ湖へ下っていく箱根スカイライン。ドライブする土屋圭市の声が上ずる。感激し、やがて恍惚ゾーンに入っている。
「いやァ、速ッ! これはスポーツカーだ。当然のことながら、旧型のNSXにはこういう加速感はないですよ!」
 4駆を感じさせないHONDAの新しい技術力に触れたところで、まずはSPORTモードで飛び出した。

「ワインディングを気持ちよく走るんなら、SPORTモードで十分行けちゃう。フロントが逃げない。これは欲しくなるなあ。メッチャ、いいよゥ」

 続けて、スポーツ+モードも試す。
「鋼のような踏ん張りになってきたぞゥ」
 インプレの声も弾む。
「でも、ワインディングではスポーツ+モードはいらないかも……+(プラス)はサーキットだろうね」



 霧に包まれたパーキングエリアで。
「最初に新型のNSXを見たときに、メイドインUSAでしょ、という感覚。しかしこうやって走ってみると、間違いなくHONDAの血は流れていると感じた。ワインディング・インプレッションに関しては、100点でいいと思う。乗りやすく、攻めても安定感がある。ただ、このあと、われわれは筑波サーキットに行って検証したい。ピュアースポーツになるのか、ならないのか、楽しみにしています」



  筑波サーキットでは、晴れやかな冬の日差しを浴びながら、頼もしい仲間が待っていた。織戸学と谷口信輝の常連キャスターと世界標準のスポーツカーとして、ニッサンGT-R Track edition engineered by NISMOとPORSCHE 911 turbo Sが選ばれて、待機していた。

スラロームTEST、タイムアタック、そして5ラップの真剣バトル。

 NSXがトコトン、裸にされていく。はっきり言えることは、35RT-Rにせよ、911turbo Sにせよ、モデルごとに徹底的に鍛えられ、磨かれ、進化している。だからサーキットを走る姿に、それぞれ特有の美しさがある。
 それに比べて、一旦、開発・製造を止めてしまったNSXには空白の10年が付いて回る。サーキットを駆け抜ける姿は、華麗ではあるが、躍動感に欠ける。コーナー毎に腰が引けている姿が頼りなかった。







 そこのところを、土屋圭市がどう伝えてくるか。「土屋圭市の愛し方」という今回の命題も、実はそこにあった。

 結果は、ホットバージョンの本編をご覧いただきたい。ただし、これだけはいえる。タイム・アタックッでは1分3秒台だった土屋NSXが、ライバルたちとのバトル中は、なんと2.2秒台で走行、その秘術を尽くした様子を証明してくれる。

 最後に、土屋圭市は、こうまとめあげていた
「アメリカ生まれの新型NSXを日本のHONDAがどこまで仕上げていくかという楽しみができた。バトルの後、自分のNSXを走らせてみたが、それがHONDAなんだね。ドライバーに挑戦状を叩きつけてくる。そのレベルに今度のNSXを創り上げられないはずがない。ワインディングでは100点満点なのに、サーキットでは電子制御があまりにも介入しすぎて、安全は安全なんだけど、それが楽しいか、というと、スポーツカーとしてはチョット、と首を傾げざるを得ない。しかし、これからHONDAがタイプRのように進化させてくれるのかな。それをわれわれは期待して待っていたい」



 なるほど、それが彼の「NSXの愛し方」であったのか。最後に問われていた。
「で、新型に乗り換えるのですか?」
  その答えは、すでに見えていた。手元の旧型Rをもっと進化させるプロジェクトをスタートさせるらしい。   
                (この項、終了)
Posted at 2017/03/02 23:30:57 | コメント(6) | トラックバック(0) | ホットバージョン | 日記
2017年02月25日 イイね!
第6回『ベスモ同窓会』へ向けて……〜会員数241にまで育った『一粒の麦』のこれから〜



 第6回目にあたる『ベストモータリング同窓会』の開催をいつにしたらいいのか。迷っている。思い悩んでいる。

 何人かの「仲間」に、「4月の岡山はどうなっていますか?」といった問い合わせも受けていて、その度に「ごめんね。4月の岡山は無理だけど、かねてからぜひやってみたい福島のリンクサーキットでの走行会はどうだろう? この3月3日に、御殿場でガンさんと会う約束になっているから、そこで相談する予定。だから、もう少し、待っていてほしい」と答えている。


*3th同窓会(中山サーキットでは2回目に当たる)で参加メンバーからクリスタルの楯を贈られて大感激の二人(向かって右がカリスマ教官)。

 この「リンクサーキット」(コース全長・1560m=紹介はこちら)を舞台にする案は、随分と前からのガンさんのもので、スポーツランド菅生での「スーパーGT」での帰りに「飯坂温泉」(福島県・東北名湯の一つ)に集まって前夜祭をやり、次の日に「リンクサーキット」で「同窓会」をやろう、という「デラックス・バージョン」だ。



*2016年シーズンの初戦で優勝した時のLEON AMG

 ことしのSUPER GTの日程を見ると、7月22〜23日がSUGOとなっている。これなら夏休みの一環として、西の方面の仲間も、思い切って遠征する、という気になってくれるだろうか。しかし、去年も『われらが聖地・中山サーキット』をパスしている。そのため、折角のLEON初優勝の記念すべきレースをこの目で見ることができなかった。

 その悔いもあるので、まあ、来年(2018年)こそ、前夜祭付きの岡山遠征を約束しておくとして、とりあえず、いまから7月の「第7回」開催を目指して、世話役グループと相談するなり、中谷明彦、大井貴之両君に声をかけておくなり、根回し用のエンジン・スターターだけはONしておきたい。

 様々な想いが湧き上がってくる。4年前の第1回をスタートさせるに当たって、この「みんカラ」のグループ欄に『ベストモータリング同窓会』を告知、今や241名の仲間が登録されている。
 その全員に直接お会いしているわけではないが、海の向こう、アメリカ南部のサンアンジェロから、毎回、上手にスケジュールを調合して参加してくれたHawk Yamaさんをはじめ、発足からのまとめ役、萩の「カリスマ教官」波田さんと、彼を中心とした自動車教習所の教官グループ、南は九州・湯平のご住職「タネテツGT」師から、北は青森のMiracle_civicさんまで、全国的に嬉しい広がりを見せてくれた。せっかく築き上げた「ベスモDNA」で結ばれた同志たちと交流できる舞台。命ある限り、この『一粒の麦』大事に育てていきたい。


*1th同窓会。このあと有志は「閑谷学校」まで遠征。これがまた大好評だった。

 実は、Hot-Versionの本田俊也編集長から「ベスモ復活」のサインを受けて以来、そのタイミングに合わせて「同窓会」を開こう、というモチベーションを温めていたのだが、諸般の事情で、まだ夢は閉じたままである。ホットバージョン組の土屋圭市、谷口信輝組の合流もあっていいのではないか。

 7月の「リンクサーキット」案が無理なら、差しあたって、昨年好評だった河口湖の『富士カーム』で、秋口にでも、というプランも悪くない。
 これは早速、同窓会の「スタッフ」マーク付きの東京在住組、強力な4名を招集して、打ち合わせをスタートさせるとして、同窓会の諸氏からも「声」を聴かせてもらえれば幸い。「メッセージ欄」から是非、お願いしたい。

 第1回の時は、黒沢さんの『新・ドライビング・メカニズム』が、LEONチームをバックアップする主婦と生活社から出版される動きに合わせて、「スーパーGTの開幕戦の舞台、岡山へ行こう」というモチベーションが原動力となってくれた。



 第2回は、東京を中心とした「トークイベント」(こちらから再現)で交流しよう、という企みだった。予想を超える数の参加者があった。ガンさんと中谷明彦君との『緊急回避』シーンを当事者二人が映像を見ながら語り会うという貴重な時間が実現した。




*2th同窓会は東京・練馬で。


 



 第3回は、聖地・中山サーキット(こちらをクリック)。わたし自身が久しぶりにレーシング・スーツを引っ張り出し、ヘルメットをかぶり、聖地をドライビングしたかったのだ。

 第4回が、前夜祭付きの同窓会。中谷君の『PORSCHE 911ドライビングバイブル』電子書籍版ができ上がったことを記念して、レーシング・イエローの911カレラSで岡山を往復してしまった。


*4thはガンさんのF355の走行、中谷君のカレラS同乗走行あり。大井、田部の元ベスモ幹部も駆けつけた。

 そして第5回。前年の中山サーキット往復で、改めてポルシェに目覚め、広報車を借りまくって、ついにポルシェの本を、同窓会のメンバーと一緒に出版してしまう。題して『PORSCHE〜PRIDE&PROGRESS 偏愛グラフィティ』。この出版記念トークショーを代官山・蔦屋書店で開催、そのあと隣接するハワイアンレストランを借り切っての同窓会パーティで交歓、翌日、河口湖『富士カーム』での「懐かしベストモータリング名場面鑑賞会」と「特別ポルシェ同乗ラン」を楽しんだ。













 さて、第6回へ向けて、メッセージしたいものは何なのか。モチベーションの精度を高め、こころを燃やして腰をあげるとするか。どうぞお力添えを。
Posted at 2017/02/25 19:42:34 | コメント(7) | トラックバック(0) | ベストモータリング | 日記
2017年02月13日 イイね!
ベストカーからの『恋歌』に心ふるわせて…〜週刊現代連載小説『新 青春の門』と結ばれる一本の糸〜


 今にも暗い空から白いものが舞ってきそうだった木曜日の夕刻、つまり2月9日にいつもの年より早めに厄介な「確定申告」を終わらせることができた。この10年を、お世話になっている「青色申告会」で、始めから指導・担当を受け持ってくれたMさんは往年の(?)ベストカー愛読者で、手続きの終わったところで、こう訊ねてきた。

「今年の仕事始めとしてベストカーへ行って、かつて連載中の『疾れ! 逆ハンぐれん隊』に夢中だった読者あてに、電子書籍の『Premium版』ができるので紹介してと頼み込むつもりだ、と「みんカラ」で予告してありましたが、あれはいつ掲載されるのですか?」
「ありがとう。そこまでご存知とは! 明日発売の3月10日号です。どんなページになっているか楽しみにしていてください」

 嬉しいじゃないですか。その上、赤いスイフトRSで佐倉まで行ったのもご存知だった。そんなこともあって、心待ちしていた2月10日、そのオープンする時間を見計らって、駅までのだらだら登りの坂道を、この日は明るい日差しに包まれながら弾む足取りで駅前書店へ……。



 この書店にはクルマ関係の専用棚があるのが嬉しい。目勘定で5冊の「ベストカー」が積んであった。表紙には「新型SUBARU XVカタログ」のタイトルが派手に謳ってある。『SUPER SPY SCOOP』という懐かしい嗾しかけ見出しが、ペラペラとめくったカラーグラビアの扉ページで躍っている。そうか、正式発表は4月6日か。で、こちらの手は勝手にページをめくる。

 活版の見開き144〜145ページで、ピタリと止まった。右がフジスピードウェイの開設50周年記念イベント(3月12日=入場無料)『富士ワンダーランドフェス』の告知で「歴史が、伝説が、ここによみがえる」と呼びかけている。そして左側で……。

 ベストカーガイド時代の人気連載
 30年の時を経て電子書籍で帰ってきた!
 疾れ! 逆ハンぐれん隊 五木寛之
 本誌初代編集局長:正岡貞雄が電子化実現

 OH! ビューティフル! 本文の文章も配慮が行き届いている、というより率直な、その頃の空気で育った人でなければ書けない想いが、そこに弾けていた。

 ミハル&ジロー、名車バトル
 手に汗握ったコーフンが再び…

 長年ご愛読の皆様には懐かしいタイトルでしょう。本誌がまだベストカーガイド時代だった‘85年7月、月2回刊を記念して始まった連載小説が、五木寛之先生の痛快カーアクションロマン『疾れ!逆ハンぐれん隊』である。
 わたせせいぞう先生のイラストを表紙とした単行本、文庫本も当時、トレンディで話題となった。若き日、興奮しながら読んだ方も多いと思う。
 そして30年の時を経てついに電子書籍となり、気軽にiPad、タブレット、スマホなどでも読めることになった。
 電子書籍の実現には、本誌初代編集局長の熱い想いと奔走があった。

 そんな前置きをしてくれたところで、五木さんの「読み出したらブレーキが効かなくなる」この小説に加えて、パートごとに登場するクルマや著者お気に入りの車を中心に文化的背景などを語る、徳大寺有恒氏、黒澤元治氏、初代編集局長とのトーク集が入り、各章扉ページにはスタイリッシュな写真が入り、付加価値が高いのである、とまで紹介してあるではないか。

 そして、感激的なトドメを。この電子書籍の配信元『ぽらりす e-Books 名作ガレージ』(コンテン堂モール専門店)に簡単に「訪問」できるQRコードまで掲載してくれる心配り。このベストカーからのラブコール=恋歌にわが心はジーンと熱く震えてしまった。それは創刊以来、ベストカーへの協力を惜しまなかった五木さんへの感謝の念が、今もなお、ベストカー編集部に醸成されている証しでもあった。


 
 当然のように、1冊をピックアップした。でも、まっすぐレジへ向かったわけではなかった。もう1冊、買って置きたいものがあった。オンセール中の週刊現代(2月18日号)である。五木さんが23年ぶりで再開した『新 青春の門』の第九部『漂流篇』も第3回目に……。そのスタートした第1回については、すでにわたしの『みんカラ』では、こう触れてあった。

 ———−いよいよスタートした第九部『漂流篇』。舞台となる場所はシベリア。
 それに備えて、改めて第八部『風雲篇』を書棚から取り出している。物語は、裏ルートに便乗して渡ったシベリア・ハバロフスクから馬に乗ってイルクーツクを目指す信介が、同行のロシア娘との「熱い渦巻き」にのめり込むシーンでフリーズしている。だから、五木さんがどんな書き出しを用意してくれたか。ドキドキしながら『週刊現代』の活版ページ、100P目を開く……。



『バイカル湖への道』という小見出しタイトルのついた見開きページの左側から、いまの「時代の寵児」SUVまがいのクルマが、崖際を右回りしながらこちらへむかって疾走してくる。嬉しいね。いきなり、ソ連製の4WD車、ワズの登場だ。今回の書き出しも、クルマからはいっている。五木さんの得意技の一つである。次回は、このワズ450Aがなぜこの物語を牽引していくのか、からはじめたい。(この項、つづく)と。

 この「次回」に書き継ぐために「第3回」を購入しようとしているのだが、その前にちょっとばかり驚いた出来事があったので報告しておきたい。実はその準備のためにGoogleで「ワズ450A」を検索すると、そのトップに、わたしのアップした「五木寛之『新 青春の門』がスタートした日」が収まっているではないか。

 それはそれで光栄なことだが、こちらの目的は別にあった。たしか、かつて小沢コージ君が「ワズ試乗」のレポートがあったはずだが、と検索するつもりが、いきなりこの出来事。悪くないね。で、その結果は?

 右往左往してやっと探し当てたのがこれ。
『走るシーラカンスに試乗 ロシアが作るバン、UAZ』(小沢コージ)


  PHOTO BY 中野英幸

 これはみんカラの本家にあたるCarviewの編集記事欄(2011年9月22日)所載の得難い読み物となっているので、ぜひこちらへどうぞ。

 第3回目は「さすらい人」の小見出しのついたもので、こんな「あらすじ」付きではじまっていた。

1961年、夏の終わりのシベリア。足を負傷した伊吹信介はドクト ル・コジヤーエフの世話になっていた。KGBの検問をドクトルの機転で突破した信介たちは、バイカル湖へ向かい車を走らせる。

さすらい人(びと)の歌

 検問を無事にくぐり抜けたことで、信介はようやく落ち着きをとりもどした。さっきま でドクトルにきこえそうなくらいに、心臓の鼓動がはげしく高鳴っていたのである。
 ひと安心したせいか、急に眠気がおそってきた。四駆の太いタイヤから、リズミカルな振動が伝わってくる。信介はいつのまにか、しばらく居眠りをしていたらしい。

 信介は夢を見ていた。幼いころ、父の伊吹重蔵に背おわれてボタ山の山裾を駆けている夢だった。

 赤い香春(かわら)岳が見える。タエの白い顔が迫ってくる。
〈待たんかい〉
 と野太い声がした。筑豊の新興やくざ、塙竜五郎の声だった。
 いつのまにかおぶわれている相手が、父親から義母のタエに変っていた。二人は小高い 丘の上にいた。目の下に炭住と呼ばれる炭鉱労働者の住 宅が見えた。住宅というより長屋 といったほうがいい粗末な建物である。そこが信介の生まれ育った 筑豊の土地だった 。 遠くの道を、白い花輪と黒い人影が見える。その行列はボタ山の下を、ゆっくりと進んでいく。
(あれは、なんばしよっとね)
 信介はタエにたずねる。
〈骨噛(ほねか)みたい〉
〈 ホネカミ?〉
〈 ああ。骨噛み〉
〈 骨ば噛むとね〉
タエはしばらく黙っていたが、ぽつんと言う。
〈落盤事故で、人が死なしたと〉
信介はなんとなく恐ろしくなって、タエの白い肩に顔をうずめる。タエは化粧をしていなくても、なぜかいい匂いがした。

「 おい、イブーキー」
  耳もとで呼ばれて、信介ははっと夢から目を覚ました。
「 あれがバイカル湖だ。見えてきたぞ」
「 バイカル湖――」 信介は目をこすって、ドクトルの肩ごしに青く光る湖面をみつめた。
(これがバイカル湖か)窓をあけると、冷気が勢いよく吹きこんできた。思わず胸が高鳴るのをおぼえた。信介にとってバイカル湖は、憧れの湖だった。
 一九五〇年代の学生たちにとっては、パリのセーヌ川よりも、カリブの海よりも、シベ リアのバイカル湖のほうがはるかに心をそそる神秘な存在だったのだ。
☆      ☆      ☆      ☆
 フウっと一つ、大きなため息がでた。「ワズ」については、「四駆の太いタイヤから、リズミカルな振動が伝わってくる」と、主人公が眠りの世界に落ちてゆく舞台装置に使われているだけだったが、早々と心の拠りどころである「ふるさとの山」が登場してきたのに驚いていた。



 五木さんは最近のインタビューで「主人公が29歳で筑豊に帰った時が、この物語の終わりだと思っている。ふるさとの山と向かい合う峠から、彼のふるさとを見下ろすところで」と語っているが、その布石が始まっているな、と感じ取ったからである。

 ともかく、クルマをメディアとして物語を動かす、この小説書きの名手が、その時、どんなクルマで伊吹信介が香春岳と向き合わせることになるのか、今から楽しみにしている。

その辺のクルマたちとの絶妙な絡みこそ、実は今回の電子書籍PREMIUM版の中で、改めて「五木ワールド」として構築したところに満載しているつもりなので、ぜひ機会を作って味わっていただきたい。


*こちらへどうぞ

 たとえば『メルセデスの伝説』(講談社刊)では、アウトバーンを、メルセデスの黒い280Eが、デュッセルドルフからフランクフルトを経由して、シュツットガルトヘむかってぶっ飛んでいくところを、徳さんたちと語り合う。さらに五木さんが1985年(S.60)に単行本化した『風の王国』(新潮社刊)は、主人公の駆るメルセデス300GDがパトカーに呼び止められるスリリングな場面で書き起こされるシーン。
――背後でスピーカーの耳ざわりな声がひびいた。ミラーのなかに赤いライト
が点滅している。
「品川ナンバーの白い車、左へよって停止しなさい」
 速見卓はブレーキをふんだ。さっきから追尾してくるパトカーに気がついては
いたのだ。だが止められる理由がわからない。
〈まずいことになったぞ〉





 それらはPREMIUM版のPart3『闇の巨宝を奪回せよ』編に収録されているのを、ぜひ知っていただきたいし、今後も手がけていく Part9以降も、ハワイでのスープラ(セリカXX)や、フェアレディZX Turboの試乗記や、五木寛之vs,わたせせいぞう対談など「宝の山」を公開してゆきたい。ベストカーからの「恋歌」に励まされながら……。
Posted at 2017/02/13 15:43:21 | コメント(1) | トラックバック(0) | ベストカー時代 | 日記
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1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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