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2015年09月17日

筑波への道、呼び醒まされた「栄光の軌跡」

筑波への道、呼び醒まされた「栄光の軌跡」 〜ドリキン土屋圭市、筑波に降臨す・その2〜



 関東平野の臍(へそ)あたりに位置する筑波サーキット(茨城県下妻市)へ通う道は、時代によって様々なルートを選んだものだ。

 常磐自動車道が柏ICから谷田部ICまで開通した1981(昭和56)年4月までは、ひたすら下道を走っていくしかなかった。(註:ベストカー創刊、1977年)音羽の社屋を出ると日暮里あたりから、まず国道4号線に流入する。北千住で荒川を渡る。越谷・草加を過ぎると、利根川の畔(ほとり)で野田、関宿などの水郷の町を抜け、やっと岩井の町辺りでサーキットはもうすぐだ、と一息をつく。
 クルマメディアにかかわったばかりの時代。すべてが新しく、生きていくための糧となったから、それが早朝であろうと、深夜の運転であろうと、平気でクリアできた。が、帰りの走行は睡魔と格闘する難行苦行。あれは辛かった。 

 ガンさんと知り合ったのもそのころ。筑波でのテストにゲストとして参加してくれたガンさんのシビックで、東京・音羽まで送ってもらったのを思い出す。FFのマニュアル車。それがまるでBMの3シリーズでクルージングしているように滑走する。
「これだ!」閃くものがあった。





1985(昭和60)年に三郷と柏IC間がつながり、首都高速から常磐自動車道へ直接に乗れるようになったときは、谷田部のJARIへいくケースも増え、その便利さに感謝。
 1994(昭和69)年、東京外環が大泉IC・三郷間で直結。ストレスなく、練馬の自宅を出て大泉から外環経由で常磐自動車道に乗り、筑波なら谷和原で、JARIなら一つ先に谷田部ICで降りることができるようになる。1時間ちょっとあれば、充分の距離となり、もうそのころはベストモータリングの編集長を誰に任せるべきか、悩んでいる時代になっていた。


 そして2015年9月5日、午前10時。明るい陽射しの下、ベストモータリング同窓会メンバー、2315君の運転するメルセデスCLSの助手席でくつろぎながら、石下大橋から見下ろした鬼怒川の流れと、物成りのいい稲田のひろがり、そして右手に見える「豊田城」の薄緑の屋根と白壁の佇まいを、ひどく平和な田園風景として眺め入っていた。それが、まさか5日後に鬼怒川の決壊によって水没し、ここに生きる人々の平和な暮らしが奪われてしまうとは……。

「1000年以上も昔、平安時代の中期に平将門(たいらのまさかど)という、この辺りを根城にした平氏の豪族がいて、京都の公家政治に反抗して、一時は関東一円に覇を唱え、独立国を創りあげるほどの勢力をつけた。それが承平天慶(じょうへい、てんぎょう)の乱とよばれる、当時は国の根幹を揺るがした事件として歴史に足跡を残してしまう。その将門の父親・良将の居館がここにあって、豊田の館(やかた)と呼ばれたそうだ。少年・将門がこのあたりを馬で疾駆して育ち、長じて……」




 問わず語りに、そんな話を同行の若者ふたりに披露し始めたが、残念ながら、関心を示してもらう気配はなかった。それに彼らは朝食も摂っていないらしい。すぐ先にCOCOSの石下店がある。コーヒーブレイクにしようか、というわたしの提案に、文句なく賛成してくれる。筑波サーキットは、すぐ目と鼻の先である。

−−−(途中、朝食代わりの珈琲ブレークを石下のCOCOSでとったのち)11時前にはプレス受付のあるゲートをくぐった。そこでHOT-VERSIONの本田編集長が預けてくれていたGUESTパスを受け取った。封筒を開いてみると、隣接する筑波コース1000で開催中の『ドリフトマッスル』のゲストパスとプログラムが同封されていた。本田君の印のついたメモも付記されている。
 −−−ロードスター決勝まで土屋さんはコチラです。
 わかった。ロードスターの予選が終わってから「ドリフトマッスル」の会場に向かうとして、ともかくトンネルをくぐって、パドックに陣取った各チームの天幕をたずねることにした。

 どうやら、やっと前回BLOGの終章、筑波サーキットにたどりついたところの記述に合流できたようだ。お待たせ!
  *     *     *     *
 最初のお目当てである『第26回メディア対抗ロードスター4時間耐久レース』の予選は、午後0時35分からの20分だと知らされた。それまで、時間はたっぷりある。まず、Hot-Versionのテントを探した。パドックに入ってすぐの目のつく場所に、そのテントはあった。






*こちらは第2回大会の表彰式。残念ながらプレイボーイ・チームに連覇を阻まれたが、慣れた手つきでシャンパン・ファイト!

 パドックを訪れるゲストたちを、本田俊也編集長があの笑顔で出迎えていた。そのそばでノートPCのモニター画面から『懐かしのメディア4耐』の古い録画シーンが放映されている。見覚えのある青いボディカラーのユーノスが夕闇の中、ライトを灯して第1コーナーへ飛び込んでいる。よく見ると、第1回にベストモータリングチームが優勝した時の、ゼッケン12のマシンではないか。

 そして画面が変わる。栄光のシャンパンファイト。その中央で周りから、恥ずかしそうにシャンパンを浴びせられているSPARCOのレーシングスーツ姿。ジャストタイミングでの表敬訪問となった。



 本田編集長のこころ配りは、それだけではなかった。公式プログラムを用意してくれていて、その上『栄光の軌跡』と大見出しのついたページまで開いて、手渡してくれるのだ。活字が小さくて拡大鏡でもないと読める代物ではないが、辛うじて判読できた。それは第1回から前回までのリザルトが、出場ドラーバー名と一緒に、収録されたものだった。

 1989 ① 車番12 Best MOTORing 大井貴之 正岡貞雄 田部靖彦
 1990 ② 車番01 Best MOTORing 正岡貞雄 大井貴之 田部靖彦

 遥か、4半世紀の昔に「業界最速の編集部」の異名をとった、唯一、わたしの自慢できる『栄光の軌跡』がそこにあった。よく見ると、なぜだったか、1991年だけはレースが催行されてなく、このあと、’92年から’94年まで5回にわたってわたしの名前が残っている。つまり58歳まで出場させてもらったという計算になる。

 その「軌跡=記憶」は党ブログをスタートした2011年6月26日に、書きとどめてあるので、よろしければそちらへどうぞ。題して
『ユーノス:プレス対抗レースin FISCO」。





周りがにわかに慌ただしくなった。出場するプロ・ドライバーや、名の通ったモータージャーナリストのドライビングする「サーキット・タクシー」が終わったらしい。MAZDAのNewカーで来場者を乗せてコースを2周する恒例イベントである。中谷明彦、桂伸一、大井貴之、国沢光宏といった面々が「仕事」を終えて、ピットの前を通る。少し間をおいて津々見友彦さんも。ああ、74歳になる津々見さんがまだ現役で頑張ってくれているんだ。なぜか嬉しくなって、Hot-Versionのピットをあとにする。

 予選の模様は、第1ヘアピンの観客席脇の金網にしがみついて、観戦した。いや、200ミリ望遠レンズを持ち込んで、目星をつけたドライバーの挙動を撮りつづけた、といったほうが正しかった。

 すでに9月9日にUPした『何シテル?』で「今回はNikonに200ミリレンズを装着して第1ヘアピンに陣取る。荒、中谷、大井君らのものより片山右京君を。こんなにばっちり撮れたUPは初めてだ」なんて、浮き浮き気分をすでに披露してしまっているが、「そのレンズを通してわかったことがある」と、先もって紹介したくだりをご記憶だろうか。その辺のことを、すこし踏み込んでみようか。



全車がおろしたてのND5RC型。1.5ℓ、131ps/7000のDOHCエンジン、6MTのトランスミッションはもとより、排気系も純正品で、一切の改造は禁止され、アライメント調整も不可。ただし競技車両らしく専用のロールバーが取り付けられ、ビルシュタイン製の車高調整付きのダンパー、BSのPOTENZA RE-11(195/50R16)、エンドレスの専用ブレーキパッド、ブリッド製フルバケットシート(もちろん、助手席は取り外す)、それにタカタのフルハーネス……つまり、まったくのイコール・コンディションでタイムを争うわけである。

 だからドライバーの技量やセンス、経験度がもろに露出する。






 このメディア対抗、当然プロのドライバーも出場できるが、上手に規制をかけている点も見どころとなる。まずドライバーは4〜5名だが、その中に副編集長以上、もしくは女性を含める必要がある。
 また、過去10年以内に主要レースで入賞経験がある助っ人は1名まで、と。その上、プロの助っ人にはピットで2分間停止するハンディキャップが課せられるから、ややこしくなる。
 それだけではない。一人のドラーバーの連続運転時間は50分、合計運転時間は96分まで。ただし、助っ人の連続運転時間および合計運転時間は40分までという縛りを用意してある。

 そうした「約束事」を頭に入れて第1ヘアピンに陣取り、右まわりの第1コーナーから第2コーナー、そしてS字を舐めるように抜けて最初のヘアピンに飛び込んでくる各車を、Nikonのファインダーからチェックする。そうしながら、「お、いい突っ込みだ、ホレ、立ち上がりで少し丁寧すぎないか」などと語りかける愉しさ。どのチームも、有利なスターティング・グリッドより、プライド優先から、エースドライバーを投入しているから、この20分間は目が離せない。

 濃い時間が終わった。
① #55 荒 聖治(Start Your Engines)1’11.390 4/13
② #13 大井貴之 (ENGINE) 1’11.414 2/7
③ #27 壷林貴哉 (Tipo Daytona) 1’11.500 6/10
④ #111 中谷明彦 (CARトップ) 1’11.639 2/6
⑤ #08 山野哲也(BestCar おとなの週末) 1’11.702 7/9





 前回優勝の#813(J-WAVE)はピストン西沢が1’11.856で7位につけ、女性ドライバーでは#04(日経ウーマノミクス)の小松寛子が1’12.732という遜色のないタイムで25位。これはなかなかのポテンシャルだった。で、#86のHot-Versionはどうだったか。86シリーズで優勝するなど、めきめき腕をあげてきた小泉孝太郎を起用、12位に。エースドライバーのドリキン土屋はまだ、すぐ傍の筑波サーキット・コース1000で「お仕事中」。彼に与えられて40分をどう使うのか。
 これはちょっと、面白いことになった。決勝のスタートは午後4時と決まっている。わたしも一旦、サーキットを出て、ドリキンに逢いに行くことにしょう。第1ヘアピンからパドックを抜け、トンネルの地下道を出たところでゲストパスの半券を渡し、のんびり徒歩で、コース1000を目指した。正面に筑波嶺のどっしりした姿がこちらを見下ろしている。フェンスの向こうで、賑やかな幟がはためいて、わたしを招いている。





 「2015 The Drift Muscle Rd.4」の会場がそこだった。慌てて、本田編集長から渡された「PRESSパス」を、クレデンシャル・ケースから取り出した。タイヤのスキール音が、心を急かせる。ドリキン土屋圭市と会うのは、いつ以来だろうか。             (次回につづく)
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Posted at 2015/09/17 13:30:38

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=^ェ^=  にゃんさん

この記事へのコメント

2015/09/17 21:59:35
周辺の被害状況も鑑みて、9月いっぱいは筑波サーキットのスケジュールは中止が決まったそうです。茨城には仕事で頻繁に行きますので、被害に遭われた方の早期生活復旧を願うばかり…

各メディアのデコレーション、カラーリングもNDになってさらに映えますね。続編、楽しみにしています!
コメントへの返答
2015/09/17 22:15:45
9月5日、たっぷりと楽しんだNDとのデートはどうでしたか? 土屋君や中谷、大井、荒君らの見事なドライビングが目に焼き付いている間に、レポートを書き上げようと頑張っています。このあと、ドリキンの「鬼神走り」を、僕なりの思いを込めて書き上げたいな。

近々、逢いましょう。
2015/09/17 22:07:40
こんばんは。
鬼怒川の氾濫での水害、全く心が痛むばかりです。


92年のプレス対抗では、助っ人にガンさんが出てましたね(ベスモ1993年3月号収録)。
色んな助っ人が火花を散らし合うのも魅力ですね。

いよいよドリドリとの対面、続編楽しみにしております。
コメントへの返答
2015/09/17 22:21:09
1992年のあの時は、たしか大井君がガス欠で、10位にまで落ちちゃったと記憶しているが、そうだったかな。

今回のドリキンの走り、次のホットバージョンで見ることができるはず。お楽しみに。
2015/09/19 23:24:02
 平将門の時代は、取り上げるメディアが少ないためかあまり話題にならないものです。足利持氏、太田道灌、北条早雲など、関東の歴史は畿内とは切り離されたようで寂しいものです。
それにしても、坂東(関東)と、畿内のウマの合わなささ、この時代から始まっているのかな、と思ってしまいます。

私はここに行けるのが数日前に決まったもので、事前にお伝えできませんでした。いらっしゃるのでしたら今川焼きをお持ちいたしましたのに。

またゆっくりどちらかでお会いしたいものです。
コメントへの返答
2015/09/20 00:25:23
R294がいまのように、さながら自動車専用道路になる前は、谷和原ICから筑波サーキットへのルートは小絹のさきでR357に入り、水海道の街に入る前の豊水橋を渡ってから、ひたすら北上したものです。その途中が「将門」にまつわる「営所跡」やら、祠やら、この地方での「将門人気」の根強さに興味を持ったものですが、今回の「鬼怒川決壊」で、それらが水没したその後が気になります。

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