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2016年10月18日
『疾れ!逆ハンぐれん隊』再生と『新選組』の終焉
『疾れ!逆ハンぐれん隊』再生と『新選組』の終焉  〜「局長の仕事」流山異聞〜 

 五木寛之さんが23年ぶりに『青春の門』を再開するというニュースに慌てて、お預かりしたままの長編活劇ロマン『疾れ! 逆ハンぐれん隊』全15話の電子書籍版を完結編まで仕上げるべく、江戸川河畔の旧い街、流山までやってきた。

 ConTenDoという専用ビューアとe-book専門モールをもつi-press Japan社の3Fに通された。すでに大型のスクリーンには、こちらが意図している『疾れ! 逆ハンぐれん隊』の各編の内容に呼応する『五木作品に登場するクルマたちよ!』をどう見せるか、その試作見本が映し出されていた。







「これですよ。実はある時期のベストモータリングには“リトルマガジン”という小冊子をパッケージングして、本編撮影の舞台裏、キャスターの試乗記、登場車のテストデータとか、ベスモは2度美味しい、と言われる時代をつくり上げましたが、この電子書籍版はそれを狙っています」

 ついつい、声が上ずってしまう。時間をかけて準備しておきながら眠らせていたものに、これならやっと陽の目を見させてあげられそうだ。

 詳しいことは、完成する頃に明らかにするとして、30話まで、すでに創り上げている“リトルマガジン”部分は、そっくり割りふって使えそうだ。

 ガンさん、中谷明彦君の「動画付きスペシャル版」に続いて、Polaris(ぽらりす)eBooksの『クルマ仲間・名作ガレージ』に新しく、まさに北極星のような巨きな星を、輝かせることができそうな予感……。






*この「疾れ!逆ハンぐれん隊」コーナーはここからどうぞ入れます。

 常務の味戸さんも力強く言い切る。
「お預かりしている“疾れ……”は全10話までを、ConTenDoで小説をそのまま素(す)で読めるようにしていますが、そこへプレミア版として、リトルマガジンみたいに、あなたが書き上げている“五木寛之Carワールド”の4回ずつを一つにして各編に合体させる……すぐにやりましょう。12月にはスタートさせたいですね。プレミア部分の補充をそれまでにお願いします」

 すでに、前回の「みんカラ」BLOGでB7、テスタロッサ、メルセデス300sel 6.3がらみの項は紹介済み。そのほか、こんなのを用意しているんだよ、とちょっぴり画像を抽出してみた。こんな具合に……。

● ひとりだけの箱根試乗会への招待


● 迷走! ヨーロッパ3000キロ




● 義経渡海伝説を追って、龍飛崎に立つ


趣向だけは、大胆に凝らしているつもりだ。

1時間があっという間に経った。
「そろそろ、行きますか? 同じ局長の誼(よしみ)で」
「そうしましょう。局長が捕縛された陣屋跡へ」
 味戸さんが気を利かせてくれた。味戸さんのご先祖は、なんと幕末の京都守護職として新撰組をバックアップした会津藩の藩士であった、と聞く。
 詳しく知っているわけではないが、甲府で官軍に敗れた局長・近藤勇は、名を大久保大和と変え、会津を頼って敗走する途中、この流山に立ち寄り、ついに捕らわれた、とか。これも因縁のなせる業だろうか。

 事前にi-press Japan社から、近藤勇の率いた新撰組が本陣を構えたという醸造元「長岡屋」の跡地まで、江戸川に向かって大きな通りを二つほど跨げばいい、ということは把握しておいた。

 心を弾ませて、プログレで流山の街を横切った。流山線というローカル線が行先を遮った。行き止まりだ。さて、ここからどう行こうか? 
「市役所で訊きましょう。すぐそこです」と、味戸さんのアドバイス。

 確かにそれが正解だった。少し高台にある市役所はたっぷりな緑に囲まれていて、ロータリー広場の真ん中に据えられた二人の若い女性の裸身ブロンズ像が、訪問者の心を柔らかく包んでくれる。素敵なもてなしではないか。『姉妹』とタイトルされていた。



 味戸さんが素早くプログレから降りて、市役所の中へ。その間、こちらは『姉妹』の裸身をしっかり鑑賞できた。どこかに見覚えがあつた。作者はあの「東洋のロダン」と呼ばれた彫塑の巨匠、朝倉文夫氏で、流山では『平和の像』として導入したものらしい。納得。

 味戸さんが戻ってきた。手にはプリントアウトしてもらった「近藤勇陣屋跡案内図」と小冊子の「流山本町 江戸回廊」と「ことりっぷ 流山さんぽ」。ありがたく頂戴して、改めて目的地を目指した。

 今度は迷いなく、市役所を出てすぐの角を左折して流山・松戸県道に入る。情趣のある老舗風の商家が続く。かつては賑わった街道に違いない。このあたりが、夜になると切り絵行灯が町並みを彩るのだろうか? 
 
 二つ目の角を右折する。と、それらしき蔵造りの白壁の建物が見えた。やっと「陣屋跡」に着くことができた。白地に青い文字で「誠」と染められた旗が、手招きしている……。



 断っておくが、近藤勇や新撰組について詳しいわけではない。はっきり言って、小説に登場する殺人集団・新撰組には嫌悪感を抱いていた時代もある。尊皇攘夷という大義を抱いて京に上りながら、いつしか江戸幕府の走狗となって働く集団の首領、近藤勇に興味は持てなかった。むしろ彼を支えてきた土方歳三や沖田総司の方に「個性の輝き」を感じとっていた。

 それが、この「みんカラ」ブログの「プロフィール」に紹介しているように、クルマを理解する近道はサーキットランにあり、と45歳にしてA級ライセンスを取得、「富士フレッシュマン・レース」などに参戦。そのせいで、サーキットでそれなりの「顔役」となる。星野一義をはじめとするレーシングドライバーやレース仲間、クルマメディア関係者だけではなく、いわゆる「読者」までも、わたしのことをいまだに新撰組の近藤勇ばりに「局長」と気軽に声をかけてくれる。「ベストカー」の編集局長に由来する、と。
 そうやって、気軽に「局長」と呼んでもらっているうちに、気分だけは「親戚」になってしまった。
 だから、この陣屋跡に吸い寄せられるように足を運んだわけだが、ここに展示されている『流山観光協会』の解説がひどく素直で、平衡感覚があり、わかり易かったので、そのままそっくり紹介しよう。その「緊張の逮捕シーン」など、知られていないことを参考までに。



「新選組(正岡註:ここでは”新撰組”の表記ではない)の誕生から江戸帰還まで
 文久3年(1863)2月、多摩出身の天然理心流宗家・近藤勇は。門人の土方歳三らと上洛し、3月に同志と「京都守護職松平肥後守御預浪士組」を結成、浅葱色の羽織を着て市中見廻(治安維持)を任務とした。8月に「新選組」を拝命、9月には筆頭局長の芹澤鴨らを粛清し、近藤局長・土方副長の体制となった。翌年6月の「池田屋事件」では長州の京都放火・天皇拉致計画を未然に防いで名声を馳せた。
 慶応3年(1867)6月、黒羽織・黒袴で活動した主要隊士は、幕府直参の武士の身分となったが、「大政奉還」や「王政復古の大号令」を経て、官賊の立場は逆転した。
 慶応4年1月の鳥羽伏見戦争で、旧幕府軍(会津・桑名・新選組など)は薩長軍に敗走して江戸へ戻った。近藤は甲陽鎮撫隊を組織して、3月1日に甲府入城を目指し出立したが、甲府柏尾坂で新政府軍の攻撃を受けて敗走。

流山での新選組とその後
 3月中旬に永倉新八や原田左之助らが脱退し、六十余名となった新選組は、五兵衛新田(足立区西綾瀬)の金子邸に屯集、歩兵などを取り込み下総鎮撫隊を組織して、4月1日夜に二百数十名が流山に転陣した。
「丹後の渡し」から流山に入った下総鎮撫隊は、醸造家の永岡三郎兵衛方を本陣とし、光明院などに分宿した。情報を得た新政府軍が3日に「羽口の渡し」から急襲し銃撃を交えたが、本陣は包囲された。大久保大和(近藤勇の改名)は切腹を決意したが、内藤隼人(土方歳三の改名)は近藤の改名が知られていないことを利用し、徳川家の鎮撫隊を主張し説破するよう勧めた。
 大久保は出頭して「谷河原の渡し」から流山を去り、事情説明のため越谷宿(埼玉県越谷市)に赴いたが、新政府軍により板橋宿へ連行され、大久保が近藤勇であると露見し捕らえられた。
 土方は江戸で勝海舟らに救出工作を試みるが、近藤は4月25日に板橋宿で処刑、梟首された。残された新選組本隊は流山を脱出し、会津を経て箱館戦争で降伏、土方も戦死した。



 目を石碑に移す。刻まれた「近藤勇」の最期については、こう伝える。

「一説に、近藤は、兵災の町民に及ぶことを憂い、みずから敵手に身をゆだねて、決戦を避けたという」


 そうか、あの局長の最期の地はここではなく、東京の板橋宿だったのか。そこに近藤勇の墓がある、という記憶が、蘇ってきた。よし、早速、東京・板橋へ行ってみよう。

 10月12日の午後、時間の都合がついて、板橋に行くことにした。場所は池袋から埼京線で一駅、「板橋駅」から1分だという。電車で行こうか、それともプログレにしようか。迷った。
 結局、プログレにした。その日の午後3時、首都・東京は突然の大停電に見舞われ、大混乱に陥った……。まさか、局長の祟りか! (以下、次回更新へ)
ブログ一覧 | 局長の仕事 | 日記
Posted at 2016/10/18 22:28:06

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この記事へのコメント
2016/10/19 23:50:42
こんばんは、イヤーカー選びの方は如何でしょうか。

おお、逆ハンがついに動きましたね。これは楽しみです。

「リトルマガジンを略すと「LM」、当時流行っていた「ルマン仕様」みたいでかっこいいでしょ?」と言ったのは大井さんだったような気がします。

なるほど、新撰組は元々尊王攘夷派であったのですか。それは大変勉強になりますね。
コメントへの返答
2016/10/20 13:31:33
第一次選考が今月末の締め切り。最終選考が11月15日。いろいろと考えるところがあります。近く、書き上げます。

リトルマガジン。あれはスタッフが映像ばかりに偏りがちなので、編集業務のレッスン用でもあったね。どこへ行っても、食べられるように、と。

あれだけを集めたら、という声もある。

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