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徳小寺 無恒のブログ一覧

2011年12月25日 イイね!

肉声 櫻井眞一郎氏がジャパン・ターボを語る。

肉声 櫻井眞一郎氏がジャパン・ターボを語る。 今週は奇しくも スカイライン の、それも ジャパン と呼ばれていた C210 の色々な資料の庫出しとなた。

 自らを日本のクルマ「ジャパン」と公言した、その自信はなんだったのか?決して、ストレイトシックスらしい、シルキーでもパワフルでもない、重く眠たい L20E を搭載して、走りの楽しさという点では、如何ともしがたかったC210。

 後にトヨタがセリカのCMで、 「名ばかりのGTは道をあける」 と明らかにC210を見下した事は、鮮明な記憶として残っている。

名将 櫻井眞一郎氏 も後日、

「東名なんかで、すぅとロータリーなんかに抜かれると、涙が出るくらい悔しくてねぇ」

と言った事はファンの間で大きな話題になった。

 そのスカイラインが、ようやくそれ相当のパワーを手に入れることができたのが、ターボチャージャー付の L20ET の登場であった。

 それまで、どんなに頑張っても雑誌などのテストで、160ちょとしか出なかった最高速が、過給機という現代の魔法で 195 Km/h 以上という快速を手に入れたのだ。もちろんゼロヨンも、名ばかりの・・・と揶揄した、旧態依然、古色同前のトヨタのツゥヴァルヴ・ツインキャムより早く、スカGファンは狂喜乱舞したものだ。
 
 そんな L20ET を解説した、貴重な 櫻井眞一郎氏 の画像がある。前編後編の二編あるが、今回は前編を見て頂きたいと思うのだ。

 決して上手とかの語り口ではないが、我々技術系の人間が、どうしたら分かり易くできるだろうか?と考えたときに発するであろう言葉や単語の数々に大いに共感を覚えるのだ。

 櫻井氏の、この時の思いを感じながら、ぜひ、氏の肉声と技術者としての感性を感じて頂ければ幸いだ。

Posted at 2011/12/25 09:21:17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ
2011年11月01日 イイね!

生物 クルマは生き物だ。

生物 クルマは生き物だ。 懐かしい広告が出て来た。

 あまり氏は、公になる事を良しとしなかった人だが、内容を読むと、短いコメントに、この当時から彼一流の論理があった事を伺わせる一級の資料だと思う。

 氏のクルマ・・・もうスカイラインそのものだろうが、よく「浪花節」だとか、ローカルカーだと言われる事がある。それは、あくまで日本という国情や風土にマッチしたクルマ造りを指して言うのかも知れない。

 2Lに拘って、5ナンバーの枠を超えることを、頑なに拒んだ姿をそう言わしめたのかも知れない。

 僕のクルマに対する思いや考え方については、多分に氏の影響が大きいと思う。印象に残った氏の言葉を言えと言うと、澱みなくスラスラと出てくるのだから間違いないだろう。

 この広告を読んでいて、フト思い出した氏の言葉たちが

「クルマに 痛い と言わせることができるだろうか」

「ドライヴァーが手足の様にクルマを扱うと同時に、クルマの方からフィードバックがあるような、つまり手足をつねれば痛いと感じるように、クルマの方から自然にドライヴァーに語り掛けて来る様なクルマが出来ないか」

「それは警報ブザーなんていう不自然なモンじゃダメなんですけどね。」


 この事を例えれば、徳小寺的に解釈すると、クルマに乗り、オーヴァースピードでコーナーに突っ込んだりして、限界が高いのは良いけど、そこまで何事もなく、ところが限度を超えると一気にスパッと行くようなクルマはダメで、その手前からシート越しに、タイアと路面がコンタクトを外しそうですよと、なんだかムズムズする様な感覚を、お尻に伝えて来たりするクルマがそうで、ちょっと突っ込みすぎたかなとか、オーヴァースピードだ!なんて、ドライヴァーが自然に自重する感じなのかな・・・なんてね想像を巡らしたり。

 
 「机上で計算し、機械を組んだだけでは良い車は生まれないですよ。車(マシーン)の性能を落とす疑問点を無数の実験と創意で解決してゆく・・・・辛いことですが、楽しみでもあるんです。レースなどで結論の正しさを知ったときなどは特に

スカイライン2000GT常勝と云われますが、レースは厳しいい性能実験の場・・・・というのが私の信念なんです。」


 このセンテンスを読んでいると、また、氏の違った言葉が蘇ってきた。


「一等賞を取ったからと言って、とび上がって喜ばないですね。
大勢の人達の前で走らされて、かわいそうだと思いますね。つらいだろうなぁって。よく勝ったと言うより、よく勝つまでに成長してくれた・・・・情がうつってしまって、終わってから涙が込み上げる様な時もありましたよ。」


 ここが、今の技術者の失ってしまった事なのかもしれない。

 まぁ、実際に氏と仕事をして、理不尽とも思える様な要求をされたり、思い込みが・・・と思うような事がたくさんあった事も承知だが、それは技術者として理想を究めようとするからであり、そうした妥協なき熱意が無ければ、良いものが作れないという事の裏返しのような気がしてならない。

 真説 櫻井学校~伊藤修令氏編~
http://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/908477/

 また、氏は図面を描くことの事の大切さも教えてくれた。

 現代ではCADが進歩して、間違った線を引いても簡単に修正できるが、かつては簡単に鉛筆で描いた図面の修正は難しかった。さらにCADでは簡単に図面が画けてしまうので、困難な加工や組み立てだって気付かず、実は図面を見て削ったり組み立てる人にとって、非常に分かり難いモノだったりする。

 大手の、それも大企業と呼ばれる会社の図面を良く見るが、正直、昔の基準でいえば、とんでもない図面が平気で罷り通っている姿を見て、日本の製造業も終わったな。。。と思う事がしばしばである。

 
 無論氏は万能ではないし、大きな矛盾や、疑問点はたくさんある。

しかし、技術者として何が大切か、何がモノ造りに必要かを、無言で教えられているような気がするのだ。

 
 誤解を恐れずに言えば、クルマ離れの元凶は、モノづくりの真意、造り手の思いと、買い手の姿を忘れた、単純なマーケッティングという数字の遊びで、多い少ないを論議してきた日本のメーカーの責任だと改めて感じているのだが如何だろうか。

 
 技術も機械も、すべては「人」。

そんな当たり前のことを、再び思い出した広告であった。
Posted at 2011/11/06 12:46:23 | コメント(2) | トラックバック(0) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ
2011年01月21日 イイね!

哀悼 桜井真一郎 氏 亡くなる。

哀悼 桜井真一郎 氏 亡くなる。貴方が居なければ、図面の大切さ図面の意味を僕は分らなかったでしょう。

貴方が居なければ、僕は技術の道に行かなかったかもしれません。

貴方が居なかったら、僕はクルマが好きだったでしょうか。

貴方が居なければ、今の僕は居なかったかもしれません。

いつかはこの日が来るとは分っていましたが、とうとう、その日がやって来ました。

スカイラインの生みの親など、多くの形容詞がありますが、僕は貴方の本当の姿は、

本当の日本の技術者の姿

に他ならないと思うのです。


自分で設計し、自分で設計したクルマに一番に乗り、自分の思いが具現化されているか確かめる。

図面も CAD になり、一見すると整然と美しさも感じますが、貴方の描いた 手描き の図面を拝見すると、そこには電子データにない、設計者の思いや熱意を感じざる得ません。

図面を修正した跡を見て、貴方が何を思い、鉛筆を走らせ、その線を消したか、僕はロマンさえ感じてしまいました。

図面は設計者から現場への唯一の意思表示だ。設計者の思いと、現場を思う気持ちなくしてクルマは出来ない。

これは、常々貴方が語っていた言葉ですが、今の技術者に、その真摯な姿はあるのでしょうか。

クルマと対話して、クルマを愛して、クルマに乗る人達の姿を想像して目を細める、人間味のある技術者がいったいどのくらい、今の日本にいるでしょうか?

性能は良くなった、見栄えも、大きさも、世界中のどこに出しても負けない今の日本車ですが、ハコスカやケンメリのシートに座った瞬間の、あの、ホッとする感覚、あぁ、また座れたなという安堵感を、今の日産車に感じないのは僕だけでしょうか。

安らかにとは、あえて言いません。

技術者の一人として、貴方の意思と精神を、どこまで引継げるかは分りませんが、実現する為に努力をしてゆきたいと思います。

ぜひ、見守って下さい。

ありがとう。

そして、さようなら。

徳小寺 無恒


桜井真一郎氏死去=スカイライン生みの親
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110120-00000169-jij-bus_all





能力 上司とはかくありたいものだ・・・
http://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/1187287/

入魂 技術者たるもの現場を知れ
http://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/944408/

真説 櫻井学校~伊藤修令氏編~
http://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/908477/
 

Posted at 2011/01/21 02:14:40 | コメント(8) | トラックバック(3) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ
2006年01月23日 イイね!

能力 上司とはかくありたいものだ・・・

能力 上司とはかくありたいものだ・・・最近の某IT企業やマンション会社による騒動は色々と考えさせられる。

特にこれらの企業だけに限った問題ではないが、上司と部下との関係が、どうもココに来ておかしくなって来たのではないかと思うのだ。

これは部下がやった事だ、私は言っていない・・・

まぁ真実もあるだろうが、どうも「うさん臭い」感じがしているのは私だけではないだろう。

そんな時、会社における人間関係を考える時に、よく引き合いに出す、櫻井眞一郎というエンジニアについて考えた時、実は個人の才覚だけでなく、上司というものによっても、個人の能力は形成されるのではないかと思うようになったのだ。

そう思ったのは、実はこんなエピソードを思い出したからだ・・・

1969年日産は打倒ポルシェを目指して、新たなるマシンを開発していた。
当時のGPマシンの開発は、市販車・・・つまりスカイラインの開発と共に櫻井氏が行っていた事は有名なハナシである。

前年の'68年のGPでは、R381がエンジンの開発が間に合わず、シヴォレーエンジンで薄氷を踏む勝利を得たが、GP後にはその勝利のひとつの要因であった可変リヤウイング「エアロスタビライザー」が禁止された事もあって、ポテンシャルの大幅なダウンは避けられない状況であった。



そこで日産は
櫻井に、R381に続くマシンR382の開発を急がせたのだった。

エンジンは当時F1チームからオファーが来た、世界最強の「GRX-3」を搭載。
総排気量5,954ccで、最高出力は本番仕様でも580PS/7200min-1を誇り、カーブレイターはルーカス製機械式低圧定時燃料噴射を採用していた。

エクステリアは、R381から風洞実験を繰り返し、さらにウエッヂの効いた精悍なモノとなっていた。

総アルミのフレームを支えるサスペンションは、フロントWウィッシュボーンで、リアは上がIアームでアンダーがリヴァースAアームを組み合わせた変則Wウィッシュボーンで構成されていた。

当時世界最強のエンジンと言われた「GRX-3」を搭載し、シャーシレイアウトも、基本的にR380からリファインを続けて開発されてきたモノだったので、マシンの開発はスムーズに進むと思われていた。。
しかし・・・FISCOに持ち込んでテストをすると、三周目辺りから急激にマシンの挙動が不安定になり、最後には真っ直ぐも走らない・・・という予想だにしていなかった現象に見舞われたのだ。

改良に次ぐ改良を続けてみたが、一向にマシンの挙動は定まらなかった・・・

レースの日は目前となった。

さすがの櫻井も、「もう、これは年貢の納め時」と、当時のレース担当であった、取締役の田中孝一郎へ泣きついてしまった。

「もうダメです・・・俺が考えられる方法でイジってみたんですが、真っ直ぐに走らないのです。。。」
「どうしても、直らないので今年のGPは諦めて下さい・・・」と。

普段見ることの無い、苦渋に満ちた櫻井の顔を見て田中は、しばらく沈黙したが、おもむろに口を開き「そうか・・・しかし、R382を開発したのは櫻井、お前だろ、直進性が無いと言っても他に誰が直せるんだ。諦めると言わず、レースのその日までやってみてくれ。もし、それでも直らないようだったら、それは会社の実力なんだから。。。」

これには、さすがの櫻井も胸が熱くなった。

「そこまで俺を信頼しているのか・・」

その日から、またサーキットに通い、改良をして走らせる毎日が続いた。
しかし、R382は一向に三周目から真っ直ぐに走ろうとはしなかった。マシンの開発に携わっていた黒澤ら日産の侍達は、三周を過ぎるとそそくさとピットに戻り、首を横に振るばかりであった。

櫻井を始め開発チームの全員がR382の前に立ち、誰一人として言葉を発しようとはしなかった。

「もうダメだ・・・」

言葉にはならなかったが、誰しもがそう思っていた瞬間に櫻井が思い口を開いた。

「エアレーション・・・・・・・」

聞き慣れない言葉に周囲は櫻井に説明を求めた。

「ショックが周回を重ねると、内部のオイルが高温になり、気泡が発生してダンピングが不足するのかもしれない・・・」

たしかに、それが正しければ三周目から急に挙動がおかしくなるという現象の説明が付く。

櫻井はメカニックたちを集め、「マシンの熟成とドライヴァーの為に、走れるところまでショックを持たせて、ダメになったら代えろ。それを繰返すんだ。」と言って、急いでクルマに飛び乗ると、ショックを開発した「トキコ」まで飛ばした。

「トキコ」につくなり櫻井は、「明日までに新しいショックが要るんだ。何とか明日までにショックを作れるだけ作ってくれ!」と言って、ショックの油室の中に、高温による泡立ちを防ぐ為に、無数のバッフルプレートを仕込んだショックを急遽トキコに作らせたのだ。

午前四時、新しいショックが数本出来上がると、櫻井はクルマに飛び乗って東名へと乗り込んだ。

前日はサーキットで、さらに不眠不休で「トキコ」で新しいショックを作るのを手伝っていた事もあって、睡魔が櫻井を襲った。

途中の高速のバス停で、停車して遂には眠ってしまったが、パトカーに起こされて、また走る。。。休むを繰返しながら、櫻井は何とか富士まで辿り着いた。

早速、新しいショックを入れてR382を走らせると。。まるで、それまでの事が嘘のように安定してラップを重ねる事ができるようになったという。。。

後に櫻井は、このことをこう回想したという・・・

「上手くいった後、ふと考えてしまった。ダメだと言った時に田中さんが、じゃあ諦めようとか、じゃあ他の人に代わらせよう・・・と言ってしまったなら、今の自分は無かっただろう・・と」

さらに続けて、「確かに、あそこで諦めたり、代打を告げられたら、どんなに楽だったかもしれない。しかし、お前しかできない・・と諭されたから、それまで頭の奥底に眠っていた知識とか経験が呼び覚まされて、自分の能力以上、それを引き出す力を導いてくれたんだ・・・」と。

「上に立つ人間は、そういった部下のポテンシャルを如何に引き出すかと言った能力も必要なんだと教えられた」と語った。

これは後日談だが・・・

そうは言った田中も実は心配で、何度も櫻井の姿を見にサーキットに通ったのだが、邪魔をしてはいけない、余計なプレッシャーを与えてはいけない・・・と、常に櫻井からずっと離れた場所で見守っていたというのだった。。。

そして、日本GP開幕・・・・

シュッツトガルトの巨人と言われた「ワークス・ポルシェ」までも打倒して、R382は日本GPを勝利した。

撃破 ポルシェを撃破!ワークスを破った日産R382

勿論、個人の能力も大事なファクターだろう、しかし、それを的確に、必要な時に発揮できるように導く上司の才覚と姿とは、どんなに大事なのだろうか?

自分の保身や、都合の良い使い走りで部下を使う様では、その個人も不幸だし、会社にとっても大きなマイナスである事は疑うべくも無い。

振り返ってみて、自分が接してきた上司と言われる人たちはどうだったか?また、自分がどう部下と接しているか?この辺りで見直してはどうだろうか。。。

もちろん十人十色、色々な手法がある事は重々承知だ。

しかし、如何に人を育てるかという最終目的は同じハズだ。。

そんな事を思いながら、TVなどに出てくる偉い人たちを眺めていたら、この先、日本という社会はどうなるのかと・・・感じてしまったのだった。。。
Posted at 2006/01/23 00:11:00 | コメント(2) | トラックバック(0) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ
2005年12月02日 イイね!

入魂 技術者たるもの現場を知れ

入魂 技術者たるもの現場を知れ1969年の日本GPでの日産PITでの画像。。。

ゼッケン20の北野に、櫻井が話しかけている画像だが、僕は最初にこの画像を見た時に身体中に電気が走るような衝撃を受けた。

ちょうど、僕も生産技術の仕事を始めて数年が経って、ある程度のやってゆける自信みたいなものが出来始めた頃だったのだが、この画像を見て考えが変わった。。。

皆さんはお気づきだろうか?

僕は櫻井氏の右手のオイル汚れに心囚われてしまったのだ。

現代の設計者は、豊富なセンサーや設計のツゥールによって、段々と現場から遠ざかってしまった様に思えるのだ。

確かに現代のレースなどで、これほど手を汚してピットなどにいる設計者は見た事が無い。。といっても良いだろう。

櫻井は、自分が設計したマシンには真っ先に自分で乗るという。

それはGT-Rでも、R380から幻になってしまったR383まで全てそうだったという。

たしか「プリンス誌」か雑誌での岡崎宏司氏との対談だったと思うが、そんな櫻井のポリシーが伺えるエピソードが紹介されていた。
それを記憶を辿りながら再現してみたいと思う。。

昭和40年プリンスの念願だった本格的なレーシングマシンR380が完成した。
ボディが完成して、真っ先に乗ったのは櫻井だったという。

普通、マッサラな新車の、それもレーシングカーともなると、どういった挙動を示すのか?などがハッキリしないので、最初はユルユル・・と走り始めて、徐々にペースを上げるものだが、櫻井は違っていた。

コースに出るなり櫻井は、エンジンを限界まで回し、コーナーに突っ込んで行った!!
これには周りの関係者や、プリンスの契約レーシングドライヴァーも目の玉が飛び出るくらい驚いた!

コースを何周かして、R380から降りてきた櫻井に、スタッフが駆け寄り「いくらなんでも慣らしもしていないマシンを、いきなり全開で走らせるなんて・・・」

すると櫻井は「馬鹿言え!飛行機だった落っこちてお仕舞いだが、こいつだったらせいぜいひっくり返るくらいだろう?」と至って涼しい顔だったという。



それから櫻井の部下たちは、

「親父にあんなことされちゃあ、たまったもんじゃない」

という事になって、誰言う事無く、マシンの開発に携わる全員が

「自分が設計した完成した部品のチェックだけでなく、その材料から加工の工程、そして組み立てまで入念にチェックするようになったという・・・・」

どうも、あの全開走行は、櫻井が身をもって、モノ造りのプロセスの大切さを教える為にパフォーマンスだった・・とも後になって櫻井学校の卒業生!?たちは言う様になったという。

確かに、そういった観点もあっただろうが、櫻井は雑誌の対談で、別の観点でこの時のハナシを語っていた。

「設計した人間として、「知っている恐怖」というのがあってね。バンクに入ってGが掛かってグググゥゥ~とくると、あそこのボルトだ、あそこの・・・、ああぁ、あそこのボルトに力が掛かっているなって思うんですよ。
そうすると、あそこのボルト充分計算したっけなぁとか、考えちゃうんですよ。
そんな時に、どこからか別の所からミシッとかいう音がすると、「イケネェ」なんて思うんですね。あぁ、あそこは溶接でよかったかなぁ?やっぱり別の補強がよかったかなぁ。。なんて考えちゃって・・・正直、怖かったですねぇ。。。

だから、最初に自分が造ったモノは、自分で乗って、そのフィーリングやらなにやらをチェックすることにしてるんです。

そんで、最初っていう恐怖を設計者として味あわせたくなかったんですね。。。」

それにしても、設計から最初のテスト走行までこなす設計者なんて、世界中探してもそうはいないだろう。

また、ある当時の関係者から直接聞いた話だが、櫻井はレース中、つばの無い帽子を被っていたという。。

それは、つばがあっては頭をマシンに突っ込む時に邪魔になるからという・・・

「現場重視」

古今東西、設計者の我々が言われ続けたきた「言葉」だが、本当に、我々はそうしているだろうか?
本当に手を汚して、爪の奥まで汚して現場を見ているだろうか?

ぼくは、最初の画像を見て考えてしまったのだった。。。

今の日産車に魅力が無くなってしまったという声をよく聞く。。。売れるクルマを造る為に、マーケッティングに汗水流し、計器を駆使して、理論尽くめでクルマを作っているに違いない。。

しかし、櫻井の様に身を張ってテストコースを走っている姿を想像できる設計者の姿を見る事が出来ないと思うのだ。

雑誌に出てくる現代の設計者達は、だれもインテリで理論派が多い。。。

果たして、そんな綺麗な手をした技術者に、心を捉えて離さない魅力的なクルマを造る事はできるのだろうか?

今でも、僕はたまにこの画像を見て、自問自答を忘れないようにしているのだった。。
Posted at 2005/12/03 21:48:10 | コメント(1) | トラックバック(0) | 櫻井眞一郎 氏 | クルマ

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「後視 いやぁこんなに簡単なバックカメラがあったなんて!! http://cvw.jp/b/124785/23876370/
何シテル?   01/04 14:54
無類のクルマ好きで、日産車を愛してやみません。 徳小寺 無恒のHNを引っさげ、かつての愛車、ワインレッド・パール・ツゥートンのU14ブルーバードの話題を軸...

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