1991年3月5日。第61回ジュネーブ・モーター・ショウで、日本名「プレッソ」は、マツダ MX-3 として鮮烈にデヴューした。なんたって、ブランニューとしてジュネーブショウに登場したのは、メルチェデスの「Sクラス」と、この「MX-3」のみ。
輸出仕様(MX-3)は、1600C C エンヂンだったが、本国仕様(日本仕様)には、小さなボディに、世界最小の1800c c トゥインキャム・フォーヴァルヴ・V6 を搭載される事が公表されると、個性的なエクステリアで登場した事に加えて大いに注目を浴びた。
マツダは、さかのぼること4年前の1987年1月に、ファミリアベースにパーソナルユースを前提とした 「エチュード」 をリリースしていたが、然したる個性もなくエンヂンにも新鮮味の欠けるコンセプトで売れるはずもなく、CM曲の クリス・レアの「On the Beach」 の大ヒットと、そして広告写真は
BOBさん ならご存知だろうの 横木安良夫 氏 だったという、実にクルマは地味だったが、脇は豪華絢爛だったいうイタイ経験から 「クルマは中身なんだ!」 とマツダが悟って、それを 教訓 にリリースしたのが 「プレッソ」 であった。(まぁ実は紆余曲折があった事は後日ブログするが・・・)
さて、その外観だが、よほど 「エチュード」 での失敗に懲りたのか、実に面と線の創生に拘り、実に個性的なエクステリアを纏って出て来た。
僕は間違ってもデカいクルマは好きではないが、こうしたスペシャリティクウペは必要最低限の幅があると思う
この頃のマツダ車に多用されていた流滴型のヘッドライトの形もそうだが、明確な直線的なラインを嫌い、内側から盛り上がるような曲面と、(特にサイドパネルのしっかりとした面が今も通用する。これが今もトヨタが苦手とするディテールだ!)緩やかな弧を描くようなショルダーラインで、RX-7にも通じる一枚板の鞍型リヤハッチが如何にも普通でない風景を描き出していた。
ただ惜しむべきは、僕は間違っても、幅の広いクルマは好きではないが、このプレッソに関しては、後5センチでも幅が広ければ、もっと低く安定感のあったカッコウの良いスタイルになっていた・・・と今だ思っている。
このままだと、細長い感じが払しょくできず、折角の躍動感がスポイルされてしまっているように感じてならないのだ。。
実は、この個性的な「プレッソ」も、もしかしたら、「エチュード」の悲惨な歴史を繰り返す危機があった事を意外に知られていないのだが、そのあたりは次回に・・・・
Posted at 2011/08/16 06:46:00 | |
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