2017年10月16日
物語A175:「転んでもタダでは起きぬ」
サンタス軍曹は新兵村民アモレにW・カビの重機を預けてその場に残し、ダッチェ、フランと従軍医師ドクを連れて、副官ヘンロイの待っている上流へと向かった。
出発の前に、サンタス軍曹はアモレに、直に下流の偵察から戻ってくる重機専任のW・カビの指揮の元でビッグジョンと共に守備と陣地構築・整備に当たるように伝言を託す事を忘れなかった。
そんな訳で誰も居ない河岸に取り残されてしまったアモレは重機を握りしめながら一点をじっと見ていた。
盛り土の天辺から突き出た蠢く白い手をいつまでも凝視している。
まるでアモレは催眠術に掛けられたかのように目を逸らせる事ができないでいた。
河の流れる水音が孤独の寂しさをアモレの心に押し寄せてくる。
小魚の跳ねる水音が聞こえてくる程の静寂が辺りを包み込んでいた。
重機のずっしりとした重さもアモレの心に安心感という錨を投げ込んで来ない。
視線の先の白い手はアモレの精神を着実に蝕び、確実なる崩壊へと導くために、気味悪く蠢き続けている。
アモレにとって白い手は不気味に蠢いているように見えるが、その動きには規則性があり、それは服部貞子の通信手段である手話の動きであった。
その手話の意味は「SOS(助けろ!)・OUT(ここから出せ)・SOS(言うことを聞け!)・OUT(呪ってやるぞ!)・SOS(聞こえてんのか?)・OUT(土に代わってお仕置きだぞ!)・・・・・」といった風に続いており、多少のアレンジはある物の、ただただ穴から出すようにと哀訴しているのだが、新兵村民アモレはその手話を全く理解できなかった。
一般兵卒の訓練課程には無い教科であったのでアモレは手話を教わっていないのだ。
ましてや、極秘「毬高雅(いがこうが)忍び隊」の手話など一般兵卒に教える筈がなかった。
それで、手話の分からないアモレは「おいでおいで、地獄の底までおいで」といったようないろいろな恐怖の誘いをその白い手の動きから想像してしまっていた。
そういった想像は新たな恐怖を生み出し、生み出された恐怖はさらに恐ろしい想像を生む。
その恐怖と想像の連鎖反応はアモレの体を硬化させてしまい、金縛りにあっているかのように身動きを出来なくしていた。
悪夢なら目覚めてほしいと心底から思うアモレだが、思うたびに恐怖の嵐が吹き荒れてその微細な思いを吹き飛ばしてしまう。
残されたのは暗黒の森を背景にして白い腕がしきりに地獄の煮え釜の中へアモレを誘う光景だけであった。
アモレは正気を失わないように必死に耐えていた。
これ以上の恐怖は、既に崩壊タイマーが赤点滅するアモレの精神崩壊を決定付けていた。
しかし、現実はアモレの精神に無情の剣を刺し貫くのである。
突然、群青色の夜空を背景に天辺から白い手の突き出た黒い土饅頭がむくむくと盛り上がり始める。
蛍達が一斉に集まってきて雷のように一瞬だけ蛍火を輝かせて辺りを明るくする。
アモレの目が更に見開き、その一瞬の間だけ照らされた残像を凝視する。
アモレの正気の大半は既に飛んで、何も考えられないでいた。
次第に盛り上がる黒い土饅頭が黒髪を振り乱した服部貞子の恐ろしい姿を成してきた時、矮小な光の粒の蛍達が一目散に逃げ去って、真の闇夜となった時、アモレの恐怖は絶頂に達した。
そして、「あっ!漏れちゃった~。」と発して、股間を暖かい液体で濡らしながら、全ての意識がぶっ飛んで、その場に倒れて身動きしなくなった。
服部貞子は星降る夜空を背景に静かにゆっくりと立ち上がった。
服部貞子を中心にして周囲の温度が急激に下がっていった。
服部貞子は長い漆黒の黒髪を一振りして泥を振り払うと、目の前に倒れているアモレを前髪の毛の隙間から氷のような眼差しで覗き見る。
恐怖に顔を歪ませて小便を漏らしながら気絶している壮絶なアモレの姿を見て、うっすらと赤く細い唇に笑みを漏らした。
「毬高雅(いがこうが)忍び」を名乗るだけあって、感情を表に出さないが、服部貞子のこの薄笑いは新たな忍術の発見に心の内奥から大喜びし、猿鳶伽椰子に勝ったと心底から内震えて歓喜している精一杯の感情のあらわれであった。
心の中で「毬高雅(いがこうが)忍び隊」の隊長の座を奪取していた。
-- 猫達の小劇場 その89 --------------------
灰色猫と黒猫が呆けた顔をして並んで座っている。
蜻蛉が飛んで来た。
二匹の目がキラリと光る。
蜻蛉は分厚い真っ赤な新鮮でジューシーな生肉をぶら下げて、川岸にやってきた。
この肉を蜻蛉から巧妙な罠を使って強奪する事に何度も失敗した灰色猫達が先回りをしていた。
肉の到着を待って集合していた蜻蛉の群れは、灰色猫と黒猫がカエルや燕、そして蜻蛉の最強の天敵である洟垂れガキの集団を解き放って、その場から一掃していた。
灰色猫はサッカーボールを皮一枚で繋げて二つに割り、蜻蛉の大きな両目を模して頭に被っている。
黒猫は幼児向けのサッカーボールを同じようにして被っていた。
二匹の変装はかなり滑稽であったが、大きな複眼で見る蜻蛉はその違いに気が付かなかった。
料理を始めた蜻蛉の後姿を見て二匹は勝利の笑みを零した。
--続く
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
この物語の著作権はFreedog(ブロガーネーム)にあります。
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物語A | 日記
Posted at
2017/10/16 21:18:38
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