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コガのブログ一覧

2011年08月08日 イイね!

第七話「夢の滑走路」【最終回】

「夢は、追い続けていれば必ず叶う」だなんて、それはさすがに言い過ぎだと思う。でも、「夢は、追い続けていなければ叶わない」というのは、真実だと思う。

大学2年の夏休み、僕はアルバイトに明け暮れていた。昼間は旭川で携帯電話の販売員、夜は札幌のラーメン屋のあんちゃんを掛け持ちする生活を続けていた。そんな無茶な生活が10日ほど続いたある日、僕は仕事に向かう特急列車のデッキで、いつの間にかうずくまって眠ってしまっていた。目が覚めると、目の前に、ものすごく美しいおばあちゃんが立っていた。70代くらいの、綺麗な白髪で、背筋のしゃきっとしたおばあちゃん。

この出来事を僕は「妖精のおばあちゃん事件」と呼んでいるのだけれども、本当に、妖精のようなおばあちゃんだった。妖精見たことないけど。

その妖精のおばあちゃんは、僕と目が合うなり話しかけてきた。

「お疲れのようね。学生さん??」

そのおばあちゃんとは、旭川につくまでの30分ほどの間、いろんな話をした。どうしてそうなったのか覚えていないのだけれども、僕は、自分の夢の話を聞かれて、普通は誰にも話さないようなことまで正直に全部話した。きっと、二度と会うこともない人だ、何を話したところで、恥ずかしくはない。僕の夢の内容については、前回お話しした通り。あんな子供のような夢の話を、一生懸命話した。今思えば、なんであんなに一生懸命話したのだろうかと不思議に思うが、きっとそれは、妖精のおばあちゃんが素敵な人で、何でも話したくなるような魅力的な人だったからなのだろう。話していて本当に楽しかった。

一通り話をした後、妖精のおばあちゃんは僕にこう言った。

「夢を叶えるって言うじゃない?叶えるっていう字はね、口に十って書くのよ。つまり、叶えたい夢は、口に出して何度も何度も、自分に言い聞かせなさい。周りに言いなさい。自分はこうしたい。こうなりたい。そう、自分にも周りの人にも大きな声で言いなさい。そしたら、きっと、夢は口十うわ。」

この言葉は僕の人生を変えた。

「美味しいものたくさん食べて、元気に頑張りなさい。」

そう言って、手に持っていたドーナッツと、五千円札を僕にくれた。

「私には子も孫もいない。でも、私と出会ったあなたが、私の言葉を後世に残してくれると思えば、ドーナッツも五千円も惜しくはないわ。今日はいい日ね。」

そういって、本当に美しい笑顔で、電車を降りて行った。

大学生の間、僕は、自分の可能性を、一つも諦めなかった。バカといえばバカだ。自意識過剰もいいところだ。だけれども、逆にいえば、僕には、自分の生き方を決められるほどの自信がなかったから、そういう生き方をせざるを得なかったというのもまた、本音であるように思う。



幸いにも僕は、自分の夢をカタチにする場所に巡り合えた。そこは、偶然か、必然か、ロードスターを手に入れたことから始まる、「ロードスターふらの北海道ミーティング」を創るという生活だった。

こんなふうに書くと、フラミの「前夜祭」を知らない人たちが見たら、単なるこじつけの宣伝文にしか見えないと思うけれど、これは本当に、本当なのだから仕方がない。イマイチ安っぽい文章になってしまうのが残念なのだけれども、どう書きなおしても安っぽさが取れないので諦めて先に進もうと思う。

フラミは、本当に、何でもアリのイベントである。「楽しい」という条件をクリアすれば、何でもいい。集まったみんなを楽しませることができるのなら、自分が何をやったってイイのだ。やりたいことを、思う存分やっていい、最高にクリエイティブで、僕にとっては、感動的な場所だった。

ある若い男が、「映画を撮ろう!!」と言い出した。またある男は、毎年のように「俺はライブがしたいんだ!!」と言い、あるパパは、でっかいシールで空を飾り、ある悪い兄ぃ兄ぃは、秘密の装置を作った。またある男は神がかり的なセンスで面白くないことと面白いことの臨界点をいつもウロウロしている。

僕はずっと、役者もやりたかったし、歌手もやりたかったし、イベントの企画もやりたかったし、ラジオのプロデューサーも、ディレクターもやりたかった。生きてるうちに、思いっきりやっておきたかったことが、ここで思う存分出来た。それって、本当に幸せなことだ。まさに、口に十、やりたいことを口に出して、一つ一つ、やった。まさに、叶ったんだと思う。

思いつくだけじゃカタチにならない。仕事の仕方や礼儀や常識を教えてくれた姉さんや、とにかく地道に作業を進めることの重要性を教えてくれたアイツにも、本当に感謝してる。夢を叶えるためには、確実な作業が必要不可欠なのだから。

もちろん、このフラミは、僕が創ったわけじゃない。10年も前から、代表の山本卓也を始め、歴代のスタッフたちが、一生懸命続けてきてくれたから、今がある。僕は、その努力を決して無駄にしないよう、全力で、僕の夢をフラミに詰め込んできた。

僕がどうしてフラミに夢中になったのかというと、それは、自分がやりたかったことが、高いレベルでそこにあったから。目の前にある滑走路を、あとは全力で飛べばいい、そんな場所だったから。確かに、一から道を創るのも楽しい。だけど、そこにある滑走路を走って高く高く飛べるなら、僕は、飛んでみたかったし、高く飛べる気がした。

僕が成長すれば、フラミは絶対に成長する、もっともっと面白くなる、そう信じていた。そうやって夢中で走っていたら、僕の夢の先っぽにいる仙人みたいな人もふらっと遊びに来てくれて、僕の中に最後に残った、一番デカイ夢を追いかける決意をさせてくれた。

「フラミの前夜祭ってどんな感じ??

ってよく聞かれる。最近は、

「夢の国かな。」

って答える。映画館でもあり、ライブ会場でもあり、ちょっと贅沢なディナーパーティーでもある。そして何より、最高の夢から覚めて過ごす一日は、格別なのです。

僕は、この夢の滑走路を全速力で離陸して、大空へ飛び立とうと思う。フラミが終わったら、10月から、広島へ。みんなの夢が終わらないように、僕が、この夢を、未来へ連れていく。





フラミ2011「にぎやかゴーゴー!!」はじまります。






あなたの夢は、なんですか??フラミは、みんなの夢で、出来ています。あなたの夢がかなうとき、フラミはもっと、進化する。


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Posted at 2011/08/08 03:59:31 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記
2011年07月19日 イイね!

第六話「僕の夢」



僕の夢は、世界に通用する一流の自動車設計士になること。

でも、実は少し前までは他にもあって、自動車の設計士、歌手、俳優、ラジオの放送作家、などなど。幼い頃にはこれらに加えて、卓球の世界チャンピオン、レーサー、学校の先生、物理学者なんかもあった。

今年で26歳、夢を追いつつも、どう生きていくかというその方針を、そろそろ決めなければいけないお年頃。幸い、両親の理解もあって大学院(を中退する)までゆっくりと勉強させてもらったので、これまで十分に考える時間もあったし、どんな方向に進むにしてもスタートできるような環境を手に入れることができた。その分、大いに悩み苦しんだというのもまた事実だけれども、それは、今思えば、とっても幸せで贅沢な悩みだったのかもしれない。

卓球の世界チャンピオン、これは、中学を卒業するころにはさすがに諦めた。自分のセンスのなさを感じたというよりも、同じ環境で同じ練習をしながら日本一になっていった後輩を見ていたら、これは100倍努力しても同じ世界には行けないと思わされた。生まれて初めて、「才能の違い」というものを実感した瞬間だった。

レーサー、これも、大学に入って出あった奴に幼いころからカートでバリバリ鍛えてるやつがいたり、若いころからバイクで鍛えててスピード感覚が全然違う人たちと出会ってからは、自分がどんなにスピード出すことを追い求めても、きっと一番にはなれないなぁと思い断念。

歌手、これは結構最後の方まで諦めきれなかったほうで、実は今でも隙あればボーカルレッスンに通ってもっともっとうまくなってやろうと思っている。というか、実はこっそり練習に通っている。変な話、もし自分に、一つだけ才能的な能力が備わっているとしたら、それは歌う能力かもしれない。と、自分で思うほど、僕と歌には縁がある。まさに、芸は身を助ける。

俳優、これは、ミュージカルをやってみて気がついた、芝居の世界は本当に奥が深い。この世界には「上」も何もないのかもしれない。なにかを演じて、それを見る人の心を癒したり、元気にしたりするのが、役者をやっていることの醍醐味だろう。もちろん、大スターになって、一つの作品でより多くの人に感動を与えられたら、それは素晴らしいことだと思うし、そういう人は、偉いと思う。でも、だからといって、小さな劇場でやっているお芝居が人に感動を与えないのかというとそんなことはなくて、素敵な芝居を目の当たりにした時の感動というのは、劇場の大きさや、観客動員数や、チケットの値段には決して比例しない。本当に素敵な役者さんは世の中にいっぱいいて、そういう意味ではこれもまた、僕がちょっとやそっと頑張ってみたところで、ライフワークにできるものではないように感じたのでした。

学校の先生になりたい時期もあったけれど、高校を出た瞬間に、絶対にならないと決めた。なぜなら、ちょっと言いにくいけど、でも言っちゃうけど、それは、「先生」の中には、「普通」の素敵な人たちが一生懸命やっている一方で、、クソみたいなやつらがあまりにもたくさんいすぎるからだ。僕は、中学時代、高校時代、本当に、教師に憧れていた。でも、教師の世界には、僕を憧れさせた「普通」の先生達の努力を踏みにじる、本当にクソな連中があまりにも多かった。僕には、あんなクソな連中と、教育の最前線で戦う覚悟ができなかったというのが本音か。はたらくというのは甘くないなということを考えさせられた、初めてのこと。

物理学者はね、僕にはできなかった(笑)

ラジオの放送作家、これは最後の最後まで捨てきれなくて、実は、就職活動もした。ラジオは本当に面白い。というか、面白いラジオは本当に面白い。FMにしてもAMにしても、小さな設備で、いつでもどこでも誰でもタダで聴ける。今あるメディアの中では最も成熟しているように思う。日本人が、決して衰退させてはいけない、守るべき大切な文化の一つだと思う。惜しみなく降り注ぐ音楽、投書を介して生まれるリスナー同士の何とも言えない距離感、大好きなパーソナリティーの言葉は、人生を変えることだってある。愛とロマンが詰まった、知的でいてバカバカしい、癒されることで元気が出るような、そんな最高の番組作りができるラジオの放送作家は、僕の、憧れなのです。

僕はこれらの夢を、少なくとも一度は本気で実現しようと思って生きてきた。多くの人たちからはバカだなぁと思われてただろう。まぁ、思われていたとしても、面と向かってバカだなぁって言われたとしても、気にしなかっただろう。

でも、

僕の周りにいるイカレポンチな仲間たちや、僕の面倒を見てくれた「その道のプロ」達は、誰一人として、僕の夢を笑ったりはしなかった。それどころか、僕のどんな無茶なお願いにも全力で答えてくれたし、あらゆることを教えてくれた。誰一人として、「そりゃあ君には無理だから時間の無駄だし、やめといたらいいんじゃない?」なんて言わなかった。これは今になって思うと、本当に凄いことだ。逆に考えると、「その道のプロ」と呼ばれる人々は、厳しい半面、あらゆる可能性を信じて生きている人々なのだろう。そんなところもまた素敵だ。

大学に入った年の夏、僕は、ユーノスロードスターというクルマを買った。本当はRX-7が欲しかったけど、高くて買えなかったので、ロードスターを買った、赤い、7万円のロードスターを買った。ちょうどそのころ、自分の夢について、一生懸命考えていた。だって、大学を出てしまったら、もう社会人。もちろん、社会人になったって夢は追えると思っていたし、今もそう思っている。けれど、少なくとも、学生のうちに、何をライフワークをするか、何を、自分の人生の「軸」にするのかを一生懸命考えて、ある程度の結論を出しておこうと思って生きていた。

7万円で買ったロードスターは、乗っていて本当に楽しかった。別のいろんな車と乗り比べても、独特の、譲れない良さがあることに気がついた。こんな自動車があるのかと思ったら、幼いころに夢見た、自動車の設計士への夢が、また膨らんできた。これはまさかの出来事だった。だって、僕が買ったそのクルマは、20年前のオンボロである。最新の自動車に乗って、最新の設計や、最新のテクノロジーに憧れるということはあっても、まさか、20年前の日本車に、技術者への憧れを掻き立てられるとは夢にも思っていなかったのだ。

僕の夢の話を延々としたのは、今日は、自己紹介をしようと思って。








どうも、遅くなりましてすみません!!

コガですこんにちは!!











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ロードスターふらの北海道ミーティング
Posted at 2011/07/19 22:42:23 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2011年06月02日 イイね!

第五話「神様みたいなの」



人は、生まれて、育って、死ぬ。

人に限らず、動物も植物も星も宇宙も、いつか産まれて、いつか死ぬ。
このストーリーは、生まれる前から決まっていて、誰にも書きかえることができないのだろうか。

でももし、このストーリーを決める神様みたいなの」がいたとしたら、僕はそいつをぶっ殺しに行きたい。もし、このストーリーを書きかえることのできる「神様みたいなの」がいたら、僕はそいつをぶっ殺しに行きたい。

僕は今、幸せに生きている。多少の体調不良は構わない。自分の足で歩けて、自分の手で食べることができて、見たいものを見て、聴きたい音を聴けて、言いたいことを言える。これ以上の幸せは、あったほうがいいけど、なくてもいい。十分に幸せだから。

バイトで一緒だった後輩の女の子が、ある日突然、交通事故で亡くなった。「高級車」の助手席に乗ってたのに亡くなった。

付き合ってた彼女の母親が、ある日突然、くも膜下出血で亡くなった。3時間前に電話で元気に話してたのに、亡くなった。

この年、他にも何人かの友人やその家族が、不慮の事故や病気によって亡くなった。なんでそんなことになる?誰が決めた?この時は、むしろ「神様みたいなの」のが、「いる」んじゃないかと思った。いて、その意図は知らないけれど、そういうシナリオを書いてるんじゃないかと思うほど、
人の命に関わる事故が次々と起こった。

ある年配の友人にこの時の話をしたら、彼が昔一緒に仕事をしたガーナ人の話をしてくれた。そのガーナ人の彼は日本に来る前に交通事故で恋人を失ったらしい。彼自身も大けがをし、体に大きな傷が残っていて、聞くのをためらったそうだが、

「交通事故で恋人を失って、自身も瀕死の大けがを負って、それでも、こうして仕事ができるのはどうして?」

と問うてみたら、

「生きるか死ぬかは、神が決めることであって、抗うことはできない。彼女は死ぬ運命にあって、僕は生きる運命を与えられた。だから、一生懸命生きるだけだ。」

と、力強い答えが返ってきて、その価値観の違いに衝撃を受けたという。

運命とか、死後の世界とか、生きる意味とか、生まれてきた理由とか、そういう類のものは今も昔も色々な人々がその存在を追い求めて入るけれど、いまだにコレだ!というものは見つかっていないように思う。あると信じるもよし、ないと信じるもよし。だ。

でも、「満足に生きる」ということだけは、人それぞれではあるけれど追求する価値があるし、手に入れられるチャンス可能性がある。

それは、

「できるだけ笑顔でいる」

ということだと思う。

今年の3月、採用試験の最後の質問で、

「東日本大震災で、多くの人が亡くなりました。あなたは何を感じますか?あなたにできること、あなたがすべきことは何ですか?」

と問われた。一瞬、

「非常に悲しいく胸が締め付けられる思いです。遺族の方々の悲しみははかり知れず、
今も過酷な避難生活を強いられていることを思うと、何かしてあげたい気持ちでいっぱいです。
でも今は募金くらいしかできません。今後の日本だけでなく世界の経済も危機的状況に陥ることが予想され、社会人として気を引き締め・・・」

という、いかいもな答えが頭を過ったのだけれども、つい、、

「自分の愛車で降り立った仙台港や、友人に連れて行ってもらった多賀城の町や、遊び疲れた喜びに満ちて飛行機を待った仙台空港が壊滅しているなんて、信じられません。
あの濁流に人が呑みこまれて大勢の方が亡くなっていることや、がれきの下で助けを待ちながら亡くなったということも、想像がつきません。何を感じるかという点については、『何も感じないように、自分の脳が逃げている』ことを感じます。そんな自分を卑怯だとも思うし、不思議だとも思います。いつなにが起こるかわからないということを思い知りました。今僕にできること、僕がすべきことは、家族や友人や恋人、僕の周りにいる人々に、優しくすることです。」

という、なんとも自分勝手で正直な気持ちをぶちまけてしまった。
どう評価されたのかわわからないけれども、そう話したことに後悔はしていないし、実際に僕ができることはそれくらいしかないし、今改めて思うのは、

自分と、その周りにいる人をちょっとくらいは楽しませられる人間になってから、他人様に手を差し伸べればいいのかな、

ということ。これがまた、実践しようとしても難しい。募金するより難しい。

でも自分で言っておいてこういうのもアレなんだけれども、

「自分と、自分の周りの人をちょっとくらい楽しませるように生きていく」

という生き方は、割とイイんじゃないかと思う。みんながそう思っていれば、結果的には凄く多くの人たちが幸せになれるんじゃないかと思う。

小さな幸せを積分するのが重要なのかもしれない。



音楽は、まさにそういう概念の塊であるように思う。ミュージシャンは、唄いたい歌を唄う。もちろんそれは自分のためで、きっと唄ってる瞬間は幸せだろう。
その歌を聴いて幸せになる人がいれば、救われる人が一人でもいれば、それでいい。そんな現象が重なりあって、積み重なって、音楽という巨大な「文化」となっているのだろう。

僕は、自分の一生を何かの役に立てるなら、そういう「文化」を守り続けたいし、新しい「文化」を創る人になりたい。

こんな話をした後だからむしろ胡散臭く聞こえるかもしれないけれど、僕が学生時代の持てる時間と能力をつぎ込んで知ろうとしてきたのが「スポーツカー」という世界であり、そのきっかけとなったのが「ロードスター」というクルマである。そして、今僕にできることとしてそれをカタチしたのが、

「ロードスターふらの北海道ミーティング」

で、これを一緒に創る仲間たちは、遠からず似たようなことを考えて生きている。

僕は携わって5年目4回目だけれども、ここに集う仲間たちには、その幸せが十分に伝わっているような気がするし、毎年はるばる遠くからやってきてくれる人たちとは、いい年こいて一緒に泣きながら笑ったりする。

「しあわせ」の定義は僕にはまだわからないけど、「しあわせ」の本質に近いものは、ここに十分詰まっていると思う。



もし「神様みたいなの」がいるのであれば、文句を言ってやりたい。
でも、
もし「神様みたいなの」がいたとしても、こう言ってやる。






「俺たち、一瞬たりとも逃さず楽しく生きてやるもんねー!!いつでもかかってこい!!バーカ!!!!」





僕らは、僕らと、ここへ来たあなたが、ちょっとくらいは笑顔になれるように頑張ってみるので、



どうぞいらっしゃいませ。






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Posted at 2011/06/02 16:35:54 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2011年05月29日 イイね!

第四話「失意と決意」

青いクルマを手に入れてからは、とても穏やかな日々が続きま・・・

せんでした。

まず、キッツイ失恋が待っておりました。

「アタシ、風俗嬢なの。」

そんな終わり方あるかぁ!!

「アタシはコガくんのことが好きなのだけれども、風俗嬢なので、今のままではアタシはあなたとは付き合えなくて、でも借金が凄くいっぱいあるから仕事も辞められないし、コガくんにも迷惑をかけたくないので、サヨナラ!!」

嘘か本当か、そう言い残して彼女は去って行きました。嘘だとは思いたくなかったけれども、それを真実だと思いたくもなくて、どうすることもできないまま、僕は逃げるように失恋したのでした。

今思えば、適当に遊ばれて僕が惚れたからゲームオーバーだったのかもしれない。むしろそうであってほしいと願う。全部嘘であってほしいと、今になって思う。

そんな失恋の反動か、この頃、非常にだらしない感じで生きておりました。生活もだらしなければ、男としてもだらしない感じで生きておりました。でもそういうだらしなさというのは、結果的に、自分を一層寂しくさせるわけで、結局何一つ満たされない、ただひたすら、だらしなく生きるだけの日々でした。

そんな僕に追い打ちをかけるように待ち受けていたのが病気。しかも金魂の病気。残念すぎる。

昔から、左の金魂のほうがちょっとデカいなぁと思っていたのですが、このころ、本格的にでかくなり始め、ついには歩くこともし困難になるほどに。これはオカシイと心配になり病院に行ったところ、

「精さく静脈瘤」

という立派な病気であると判明。気づかずにそのまま放置している人も多いらしいのだけれども、僕の場合は歩行に支障が出るほどにその「静脈瘤」が大きくなってしまったので、即、入院、手術が決定。

金魂が撤去されるのかと一瞬絶望的な気持ちになったのですが、カテーテルによる治療で済むということで、僕の金魂は無事に本来の数、位置、サイズが保存されることになりました。医学の進歩に感謝。しかしこの手術により僕の秘密のジャングルがきれいさっぱり伐採されたため、しばらくの間、僕のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲はなんとなく寂しい感じになりました。



完全に「ヤケクソ」な感じで仕上がりつつあったこの年の夏、僕は、「ロードスターふらの北海道ミーティング」に初参加しました。

前夜祭では飲んだくれ・・・ 実は、全然覚えてない・・・



翌日、芝生に並ぶロードスター。大好きなロードスターが、いっぱいいっぱい並んでいる光景は、僕にとってはまさに天国のようでした。

たとえて言うなら、

朝、学校に行って教室に入ったらAKB48であふれ返っているような?

部活の時間になって体育館に入ったら「チューッス!!」って挨拶されたから顔をあげてみたらそれ嵐だったとか?

合コンに呼ばれて行ってみたら、男子側のメンツが東方神起だったとか?

たぶんそんな感じの幸せ具合だと思います。



みんなが、「このクルマが好き」という気持ちで繋がっていました。



みんなが、「楽しい」という、ただそれだけの理由で、そこにいました。



空は、とてもきれいでした。



道は、空まで続いていました。




美しい景色、大好きなモノ、楽しい仲間、美味しいご飯、素敵な音楽、人間が「楽しい」と感じることのできるほぼすべてが、そこには詰まっているように感じました。

そして、この日の感動は、いろんな悲しい気持ちや、だらしない自分を責める気持ちを、熱く、優しく癒してくれたような気がしました。




「僕も、この感動を、創る側に行きたい。もっと熱く、もっと素敵に。」




1週間後、僕は、ROCK'sの山本卓也氏に連絡しました。



スタッフとして、そして、一人の男として、人生最大の、怒涛の日々へと足を踏み入れた、夏の終わり。

この熱い思いは、本当の意味で、僕の人生の矛先を決めることになる。




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Posted at 2011/05/29 04:59:40 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2011年05月27日 イイね!

第三話「あの頃ボクは、アホでした。」

免許を取得したその日の夕方、ピカピカの免許証と、20万円を握りしめて、クルマ屋へダッシュ。

赤い、ユーノス・ロードスター。二人乗りのちっちゃなスポーツカー。真っ赤なオープンカー。

それから1年、それこそアホのように走りまくっていました。夜中までバイトして、朝まで走りに行って、ちょっと眠って学校に行ってまたバイト行って、の繰り返し。毎晩毎晩、飽きもせずに、懲りもせずに、そんな毎日を繰り返していました。



ロードスターの魅力にどんどん浸かっていきました。とにかく運転することが楽しかった。スピードを出すことも楽しかったけれども、とにかく上手にコーナーを曲がれるようになりたかった。その魅力は、誰に教わったわけでもないけれども、自然と、体がそうしたいと思うような、そんな感じ。手稲山、支笏湖、天狗山、夜中にいろんな峠道へ行っては、朝が来るまでずーっと走っていました。

そんなある日、手稲山でりょーすけと出会う。同じ赤いロードスターに乗った、同い年の男。「どこにでも現れる」ことで定評のある男。僕の生活リズムがおかしかったこともあって、当時なかなか一緒に遊べなかったのだけれども、何か「同じ匂い」を感じる男で、後の僕の人生を力強く支えてくれることになる。

別のある日、支笏湖でそいつはどうかな?氏と出会う。というか、そいつはどうかな?氏に、絡む。彼は休日朝型人間なので、よく遊んでもらった。それと同時に、いっぱいお世話にもなった。

僕は、彼らには足を向けて寝られない。なぜかというと、これはもう、恥ずかしくて言えないのでそっとしておいてほしいのだけれども、

まさか、手稲山の崖から落ちてJAFのお兄さんに引き上げてもらったり、支笏湖線で一回転してガードレールに突き刺さってJAFのお兄さんに連れて行ってもらったり、そんなことは、なかった、ことにしたい。

本当に反省しています。いつもテキトーなことばっかり言ってる僕も、こればかりは、本当に反省しているのです。

もし僕が突っ込んだところにクルマが来てたら。

もし僕が突っ込んだところに人が来てたら。

もし僕が突っ込んだところがコンクリートウォールだったら。

もし僕が突っ込んだところが湖だったら。

もし僕が突っ込んだところが…

僕はたまたま運が良くて生きていた。あんなにアホな、大迷惑なクソ野郎だったけれども、本当に、運が良くて、生きている。何より、誰にもけがをさせなかったことが、救いでした。

神様がいるかどうかはわからないけれども、僕は、この上ないアホだったけれども、それでもこうして今楽しく生きていることを思うと、何かに生かされているような気がしてしまう。

そう思えば思うほど、

これからどう生きていくか

ということををきちんと考えながら生きていくことが、過去の自分のアホな過ちに対する償いなのかなと思えてくるのです。

1週間ほど寝込みました。体も痛かったけど、何より心が痛かった。大事に大事にしていたロードスターを、自分がアホであるがゆえに、ぐちゃぐちゃに壊してしまったのだから。

使える部品は取っておこうと、動かなくなったロードスターから、いろんなパーツを外しました。作業の最後に、CDを取りだそうと思ってキーを捻ったらスピーカーから音楽が流れてきた。

Bad Day / Daniel Powter

運が悪かったのさ。けど、運は良かったのさ。前に進めよ。

僕がぐちゃぐちゃにした赤いロードスターは、僕に、そう言ってくれたんだ。と、思いたかった。





1週間後、僕は、クレジットカードを握りしめて、青いロードスターを買いに行った。金はなかった。14万円、24回払い。赤いロードスターから取っておいた部品で、自分で一生懸命修理して、復活。



クルマを大事に、人を大事に、自分を大事にすることを、大事な仲間と、赤いヤツに誓って。












免許を取ってロードスターを買ってから、ROCK's”スタッフ”になるまでの、1年間の話。








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Posted at 2011/05/27 02:38:53 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記

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「おはせの

何シテル?   02/12 22:59
古賀です。 北海道のロードスターオーナーズクラブROCK'sのスタッフとして活動しています。 マリナブルーのNAに乗っています。元年式なので、ぼろい...
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