「麺家 いろは」さんの影響で「富山ブラック」のスタンスが大きく様変わり!!富山ブラックの元祖「西町 大喜」そもそもは終戦間近の日本地方都市では最大の爆撃を受けた「富山市」※ココ重要!!富山市中心部、一面焼け野原からの復興で欠かせないのが、労働力!!その労働力を支える上でご飯のおかずとして提供されたのが「富山ブラック」ラーメンでは無く、「おかず」です!!ご飯のお供だから、塩っぱさが決め手!!それから、数十年「富山ブラック」はラーメンへと進化!!ただ塩辛いだけでは無く出汁の旨味を効かせたりトッピングも様々戦中、全く被害を受けなかった「高岡市」では「富山ブラック」の概念すら無い為いつぞに訪問の「麺家やす」さんではあり得ないトッピングも・・・良いんです♪塩辛いだけのラーメンなんて、ラーメンでは無い!!無限のバリエーションが無いとね♪