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青葉裕紀のブログ一覧

2017年07月17日 イイね!

[名古屋鉄道]中山道伏見宿/御嵩宿 & 星空へ架かる橋”プチ”舞台探訪

名古屋鉄道 広見線 御嵩駅 6000系先日は中山道太田宿
へJR高山本線で行きましたが、
今回は太田宿の向こう、伏見宿と御嵩宿
に名鉄で行きました。

(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)







御嵩宿・伏見宿

中山道 太田宿 中山道会館 パネル「中山道六十九次」御嵩宿は中山道49番目の宿場、伏見宿は50番目の宿場。
御嵩宿の東は細久手宿や大湫宿など険しい山道ルートに向かう。
また、伏見宿の西は中山道の三大難所である”太田の渡し”の太田宿がある。

御嵩宿・伏見宿は難所を控えた最後の休憩場所として、
旅人が多く逗留(とうりゅう)した宿場だったそうな。

どちらの宿場にも”ラクダ”が居たそうです。




目次

01. 広見線 明智駅
02. 中山道 伏見宿
03. 広見線 御嵩駅
04. 中山道 御嵩宿
99. パンフレット

運行表(土曜ダイヤ)

ex. メイテツくん





01. 広見線 明智駅

名鉄で名鉄岐阜→犬山、犬山→新可児、新可児→明智。

新可児で明智までの運賃を精算し、ワンマン運転の列車に乗り換えます。



広見線 明智駅。[1]
[1]名古屋鉄道 広見線 明智駅
新可児で精算した時に駅員にもらったレシートを、明智駅の切符回収箱に入れます。



02. 中山道 伏見宿

明智駅から国道21号線へと、長い上り坂を歩きます。自動車の往来が激しい……。



国道21号線にある「一本松公園」。その名の通り古い松の木がある、小さな公園です。[1]
ほぼ伏見宿の中心という位置ですね。
[1]中山道 伏見宿 一本松公園 [2]中山道 伏見宿 一本松公園 あずまや
「あずまや」という休憩所があり、中には伏見宿を紹介するパネルが幾つもあります。[2]
パネルの内容は前述の”ラクダ”のほか、木曽川を利用した当時の輸送の要・新村湊など。



一本松公園には「左 兼山 八百津 右 御嵩」という道標があります。[3]
「兼山」は可児市兼山です。八百津は八百津町。
[3]中山道 伏見宿 一本松公園 道標「左 兼山 八百津 右 御嵩」 [4]中山道 伏見宿 googleMap
地図で見ると、何がどう左で右なのか、結構謎ですけどね。[4]



しかし道中は暑く、汗がダラダラで限界です。
そんな時、近くの「中山道ゆったり伏見宿」[5]の観光協会の方々に拾ってもらいました。
[5]中山道 伏見宿 中山道ゆったり伏見宿
中で汗を拭くおしぼりと、冷たいお茶、そして地元のお菓子を頂きました。
中山道のパンフレットをもらい、伏見宿のスタンプを押しました。

観光協会の方々のおもてなしは、何より、他愛の無い会話ですね。
この”中山道歩きのオアシス”では、貴重なお話を伺う事が出来ました。

名刺を頂きました。観光協会の皆さん、お世話になりました。



「中山道ゆったり伏見宿」から国道21号線を東に数百メートル。
伏見公民館に伏見宿の本陣跡があります。[6]
[6]中山道 伏見宿 本陣跡
今は、当時の雰囲気を残す物は無く、「本陣之跡」の碑が立っているのみです。



国道21号から長い下り坂を歩き、明智駅へ戻ります。







03. 広見線 御嵩駅

広見線で明智→御嵩。



御嵩駅。広見線の終点です。[1]
御嵩駅まで走った6000系の電車が折り返しの為に停車しています。[2]
[1]名古屋鉄道 広見線 御嵩駅 [2]名古屋鉄道 広見線 御嵩駅 6000系 [3]PCゲーム「星空へ架かる橋」山比古駅 [4]PCゲーム「星空へ架かる橋」山比古駅 ホーム
御嵩駅はPCゲーム「星空へ架かる橋」の舞台です。[3][4]
アニメ版も制作されました。アニメ版の主人公を演じているのは浅沼晋太郎さんです。
浅沼さんはアニメ「のうりん」でも主人公役で活躍されています。



駅には「乗って残そう 名鉄広見線」の幟(のぼり)が立っています。

昔は新名古屋から御嵩行の直通の急行がありました。
今は新可児駅で乗り換えが必要で、新可児⇔御嵩はワンマン運行ですが……
1時間に2本、通勤時間帯は4本。充分な本数ですし、充分便利です。

広見線が無くなると御嵩の町は陸の孤島になりますし、残して欲しいですよね。







04. 中山道 御嵩宿

御嵩駅のすぐ近くに菊・蟹牡丹の寺紋の「願興寺」。可児大寺ともいう。[1]
御嵩は蟹薬師・願興寺の門前宿(町)です。
[1]名古屋鉄道 広見線 御嵩駅 願興寺
特に書いてありませんが、このあたりは御嵩宿の枡形かもしれません。



休憩所の「御嵩宿わいわい館」。[2]
[2]中山道 御嵩宿 御嵩宿わいわい館
御嵩宿のパンフレットがここで揃います。観光客にはお茶が無料ですな。
商売っ気はあまり無く(?)、地元の方々が定時までのんびり寛いでいる場所です。



唐沢橋[3]を越えると……中山道みたけ館[4]
1Fが図書館。地元の方々向けですな。2Fが観光客相手の郷土館。
[3]中山道 御嵩宿 唐沢川 唐沢橋 [4]中山道 御嵩宿 中山道みたけ館
郷土館には御嵩宿の紹介コーナーがあります。
中山道は山と緑の街道。山で険しい道ですが、東海道のような水害は少なかったのです。
それより、木曽川のおかげで新村湊というのもあり、伏見宿は水運の要所でした。



そして、御嵩といったら亜炭。岐阜県の人なら皆、御嵩の亜炭を知っています。
亜炭の乱掘で廃坑が増えてしまったのが御嵩という町です。

2F郷土館には、亜炭が置いてあります。撮影は禁止。
持ってみましたが、石炭化が進んでない亜炭ですが……質感があり、ずしりと重たい。



中山道みたけ館の入口には、「江戸より九拾六里 三拾八町」という道標があります。[5]
[5]中山道 御嵩宿 中山道みたけ館 道標「江戸より九拾六里 三拾八町」
1里は3.92727km。96里は377.018km。
中央自動車道の路線延長は366.8kmです(高井戸IC⇔小牧JCT)。中央道とほぼ同じ長さですな。



みたけ館のすぐ東に御嵩の本陣跡。当時の野呂家。[6]
[6]中山道 御嵩宿 本陣跡
本陣は大名や公家などが宿泊・休憩をしていた施設です。
現在の御嵩宿の本陣建物は明治・大正の2度にわたって建て替えられているそうな。



本陣跡の東に商家竹屋(しょうかたけや)。[7]
江戸時代、本陣職を務める野呂家から分家し、商いを中心として経営されていたものです。
[7]中山道 御嵩宿 商家竹屋 [8]中山道 御嵩宿 商家竹屋 展示棟……から主屋 [9]中山道 御嵩宿 商家竹屋 主屋 [10]中山道 御嵩宿 商家竹屋 中庭
今は「竹屋資料館」であり、主屋[8][9]や茶室[10が町指定有形文化財です。



商家竹屋の東の脇道は、御嵩の山が見られるビュースポットです。[11]
[11]中山道 御嵩宿 商家竹屋 八百津町方面
八百津町方面ですな。



御嵩駅に戻り、駅の隣の「御嵩宿さんさん広場」へ。
ここにも広見線の幟(のぼり)が立っていますな。[12]
[12]中山道 御嵩宿 御嵩宿さんさん広場 足癒(あしゆ)
ソーラー発電で足元を暖める足癒(あしゆ)がある……のですが、施錠されていました。







99. パンフレット

名鉄で御嵩→新可児、新可児→犬山、犬山→名鉄岐阜。



無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]パンフレット 伏見宿 御嵩宿



伏見宿の皆さん、御嵩宿の皆さん、どうもありがとうございました。








運行表(土曜ダイヤ)

1315 名鉄   名鉄岐阜 発
1345 名鉄   犬山   着
1351 名鉄   犬山   発
1410 名鉄   新可児  着
1414 名鉄   新可児  発
1418 名鉄   明智   着

(明智 伏見宿)

1519 名鉄   明智   発
1525 名鉄   御嵩   着

(御嵩 御嵩宿)

1659 名鉄   御嵩   発
1710 名鉄   新可児  着
1714 名鉄   新可児  発
1734 名鉄   犬山   着
1740 名鉄   犬山   発
1809 名鉄   名鉄岐阜 着
1817 岐阜バス 名鉄岐阜 発





ex. メイテツくん

駅長の娘、ロコのお友達は赤いメイテツくん
アクションヒロイン チアフルーツ メイテツくん
と青いナンカイくん。

特にメイテツくんが好きです。慣れ親しむ方言ですよね。



メイテツくんは7000系のパノラマカー
TOMIX Nゲージ 92320 名鉄7000系パノラマカー
でしょうか。
メイテツ名物の”どけよホーン”も忠実に(?)再現されてますね。



そのうち、オレンジ色のキンテツくんも登場するんでしょうか。
Posted at 2017/07/17 23:48:30 | コメント(0) | トラックバック(0) | 舞台探訪(聖地巡礼) | 日記
2017年07月10日 イイね!

[JR高山本線]美濃太田 中山道太田宿 & のうりん”プチ”舞台探訪

化石林公園 土木遺産 太田橋中山道の旅。
本日は51番目の宿場町、
太田宿です。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

アニメ「のうりん」のプチ舞台探訪も兼ねています。







中山道 太田宿

中山道 太田宿 中山道会館 パネル「中山道 三大難所」 中山道 太田宿 中山道会館 パネル「中山道六十九次」

美濃十六宿のほぼ中央に位置する太田宿。
江戸から数えて51番目の宿場にあたり、
飛騨川が木曽川に合流する地点に位置する。

飛騨街道や郡上街道の分岐点である(2箇所の追分がある)。

「中山道 三大難所」と言われる太田の渡しがあった。

「木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」




目次

01. 美濃太田駅
02. 化石林公園
03. 中山道 太田宿
04. 太田小学校(太田代官所跡)
99. パンフレット

運行表(平日ダイヤ)

ex. トモシビ 銚子電鉄 6.4kmの軌跡



01. 美濃太田駅


高山本線で岐阜→美濃太田。



美濃太田駅。[1]
[1]美濃太田駅 3-4番線ホーム
ここから高山本線と太多線に分岐します。
長良川鉄道の駅でもあります。

「美濃加茂駅」という駅名じゃないですが、美濃加茂市というのは後から出来た地名らしいです。
(加茂郡太田町→美濃加茂市)



駅前には坪内逍遥の像が立っています。[2]
[2]美濃太田駅 坪内逍遥博士之像
加茂郡太田村出身、明治期の文学士です。世界的な文豪。



駅前に「みのかも観光案内所」があります。[3]
[3]美濃太田駅 みのかも観光案内所
「のうりん」の聖地巡礼マップが置かれています。
アニメが放送していた直後は「巡礼ノート」というものもあったみたいです。







02. 化石林公園

徒歩で美濃太田駅→化石林公園。



化石林公園。[1]
[1]化石林公園 全景
「太田の渡し」があったところが公園になっています。



太田橋。[2]
[2]化石林公園 土木遺産 太田橋
昭和2年(1927年)に完成。渡船の役目を終えました。



舟上降場。[3]
[3]化石林公園 舟上降場
こうしてみると太田橋はなかなか雄大ですな。



石畳。[4]
[4]化石林公園 中山道石畳跡
今は石畳が往事をしのばせています。



展望あずまや。[5][6]
[5]化石林公園 展望あずまや [6]化石林公園 展望あずまや(アニメ「のうりん」OP)
のうりんのOPのワンシーンに登場する場所です。



R21号に戻り、西へ。







03. 中山道 太田宿

「神明堂」交差点。[1]
[1]中山道 太田宿「神明堂」交差点「右東京善光寺 左飛騨高山」道標(飛騨街道追分)
「左 飛騨高山 右 東京 善光寺」道標。中山道と飛騨街道の追分(おいわけ)です。

「東京 善光寺」というのは、僕の予想ですが、
「東京方面および長野県 善光寺方面」という意味かもしれません。
中山道の追分宿から善光寺経由の北国街道 高田宿行へ分岐しますしね。

伊勢神宮・信濃国善光寺・谷汲山華厳寺などの社寺参詣は人々の信仰であります。



新町木戸門跡。[2]
[2]中山道 太田宿 新町木戸門跡
木戸門は残ってなくて、文字通り、跡だけです。



上町の枡形。[3][4]
[3]中山道 太田宿 上町の枡形 [4]中山道 太田宿 上町の枡形 googleMap
枡形とは敵の侵入に備え、折り曲げられた街道で、「典尺手」とも呼ばれるもの。
見通しをきかせないという戦略的な配慮です。

太田宿では上町の枡形のほか、下町の枡形があります(後述)。



龍興山 祐泉寺。[5]
[5]中山道 太田宿 龍興山 祐泉
約500年前に創設された「湧く泉庵」に遡ります。その後、「祐泉庵」→「祐泉寺」になります。
文豪の坪内逍遥の歌碑や、俳人の松尾芭蕉の句碑などが立ち並んでいます。



吉田家住宅(旧小松屋)、十六銀行 旧太田支店。[6]

左は太田宿の有名な旅籠だった小松屋。伊勢参りなどの旅籠として賑わっていたそうな。

右は、十六銀行の「太田支店」として明治40年に建設された建物。
建物の内部には金庫もそのまま残されているそうな。
[6]中山道 太田宿 吉田家住宅(旧小松屋)、十六銀行 旧太田支店 [7]中山道 太田宿 吉田家住宅(旧小松屋)1階
小松屋の中[7]。大正時代~戦前は煙草の元売りを営んでいたらしい。



永楽屋[8]と御代桜醸造の酒蔵[9]
[8]中山道 太田宿 永楽屋 [9]中山道 太田宿 御代桜醸造 酒蔵
永楽屋は明治創業で現在4代目の呉服店。
御代桜醸造も明治創業。『御代櫻』の銘柄が有名。



脇本陣林家住宅。[10]
江戸時代の名残を今にとどめる数少ない建物。脇本陣は本陣と旅籠屋の両方の性格です。

脇本陣の権威を象徴する”うだつ”が上がってます。防火壁の役目もある。
左が主屋で鬼瓦。右は隣接の隠居屋。[11]
[10]中山道 太田宿 脇本陣林家住宅 [11]中山道 太田宿 脇本陣林家住宅 うだつ(主屋、隠居屋) [12]中山道 太田宿 脇本陣林家住宅 1階
隠居屋、別称「西」は中に入れます。[12]
林家は脇本陣の傍ら、味噌・溜を生産したり、庄屋さんとかもやっていたみたいです。



福田家の本陣跡。[13]
本陣は諸大名や公家などが休泊する、宿場でもっとも重要な施設。
[13]中山道 太田宿 本陣門
当時の屋敷は失われていますが、街道に面した表門が残っています。



中山道会館[14]。昔の太田宿を紹介するパネルがあります[15][16]
太田宿のシンボル、地元の皆さんに見守られる「エノキとヤドリギ」もあります。[17]
[14]中山道 太田宿 中山道会館 [15]中山道 太田宿 中山道会館 パネル「中山道 三大難所」 [16]中山道 太田宿 中山道会館 パネル「中山道六十九次」 [17]中山道 太田宿 中山道会館 エノキとヤドリギ [18]中山道 太田宿 中山道会館 アニメ「のうりん」チョコクランチ
立て札には「会館内で休憩したり、お土産を買うこと」とあります。旅の掟ですな。

アニメ「のうりん」のチョコクランチを買いました。[18]
美濃加茂駅前の観光案内所には売ってない、ここでしか買えない貴重なものです。



高札場跡と郡上街道追分。[19]

高札は、法度・禁令、犯罪人の罪状などを記し、交通の多い辻などに掲げた板の札。
下町の西福寺の入口付近に高札場があった模様。
[19]中山道 太田宿 高札場跡「左 西京伊勢 右 関上有知」道標(郡上街道追分)
ここは郡上へ向かう郡上街道との追分でもあります。
「左 西京伊勢 右 関上有知」の道標。



下町の枡形。[20][21]
[20]中山道 太田宿 下町の枡形 [21]中山道 太田宿 下町の枡形(googleMap)
かなり西の方まで来ました。



虚空蔵堂と承久の乱 古戦場跡。[21]
[21]中山道 太田宿 虚空蔵堂と承久の乱 古戦場跡「是より左 京道」道標
中山道を江戸から京へ向かう時、太田宿の西の出口に虚空蔵堂があります。
虚空蔵堂の前には京への道標(「是より左 京道」)が残っています。

また、承久の乱の木曽川合戦では、木曽川を挟んだ戦いがあり、ここが戦場の北端だったらしい。







04. 太田小学校(太田代官所跡)

太田小学校[1]。太田代官所の跡です。小学校のグランドの西側が跡地らしい。
この代官所で尾張藩が落合宿から鵜沼宿までの各宿を支配してたわけですな。
[1]太田小学校 太田代官所跡
今は単なる小学校です。
「大いちょう木」や「坪内逍遥の生誕地碑」もあるらしいんですが、外から校舎のみ撮影。



徒歩で太田小学校→美濃太田駅。







99. パンフレット

高山本線で美濃太田→岐阜。



無事帰宅。いい旅でした。[1][2]
[1]パンフレット 太田宿 [2]のうりん チョコクランチ [3]のうりん チョコクランチ 木下林檎ポストカード
「のうりん」のチョコクランチには木下林檎のポストカードが入っていました。[3]
美濃加茂に転校して来た、トラウマを持った元アイドルですが、このカードはかわいい笑顔ですね。



美濃加茂の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(平日ダイヤ)

0712 JR(在来線)岐阜   発
0756 JR(在来線)美濃太田 着

(太田宿)

1054 JR(在来線)美濃太田 発
1132 JR(在来線)岐阜   着
1137 岐阜バス   JR岐阜 発





ex. トモシビ 銚子電鉄 6.4kmの軌跡

柳ヶ瀬のCINEXで「トモシビ 銚子電鉄 6.4kmの軌跡」を観ました。
主演の松風美咲さんは岐阜市出身の16歳の女性俳優さんです。
トモシビ 銚子電鉄 6.4kmの軌跡 トモシビ 銚子電鉄 6.4kmの軌跡 松風美咲

電車は毎日、当たり前にホームにやってきて、そして、いつもどおりに走って行きます。
しかし、その「当たり前」だとか、「いつもどおり」ってのが実はいちばん難しい。

運転士、車掌、整備士、駅員、そして地元の皆さんの協力……
色々な灯(ともしび)があって、やっと……やっと動くんです。

電車は簡単には動かないんです。やっと動く。
でも、当たり前に、いつもどおりに動いていくんです。
Posted at 2017/07/10 18:49:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | 舞台探訪(聖地巡礼) | 日記
2017年07月03日 イイね!

[樽見鉄道]谷汲口 / 美江寺 谷汲ゆり園・谷汲山華厳寺 / 美江寺宿

谷汲山華厳寺 山門樽見鉄道の旅。
谷汲と美江寺宿です。

(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

大垣駅6番線ホーム、樽見鉄道の窓口で
1日乗車券+谷汲ゆり園入園券
というお得なきっぷが1450円で販売されてます。






目次

01. 樽見鉄道 大垣駅
02. 樽見鉄道 谷汲口駅
03. 谷汲ゆり園
04. 谷汲山華厳寺
05. 美江寺宿 - 美江寺駅・丁字路
06. 美江寺宿 - 一里塚跡・布屋
07. 美江寺宿 - 枡形・本陣跡

99. パンフレット

運行表(平日ダイヤ)





01. 樽見鉄道 大垣駅

東海道本線で岐阜→大垣。

大垣駅6番ホーム、樽見鉄道の窓口があるホームです。ハイモが停泊しています。[1]
[1]樽見鉄道 大垣駅 ハイモ 樽見行 [2]樽見鉄道 谷汲ゆり園 お得なきっぷ
「谷汲ゆり園」のお得なきっぷを買いました。[2]
1日乗車券とゆり園の入園券のセット。1450円です。1日乗車券がついて、この価格はお値打ちです。







02. 樽見鉄道 谷汲口駅

樽見鉄道で大垣→谷汲口。



谷汲口駅。大垣駅から約45分。[1]
[1]樽見鉄道 谷汲口駅(往路)
春は桜で満開になる駅です。







03. 谷汲ゆり園

路線バスで「谷汲口駅」バス停→「谷汲農協前」バス停。

通常のダイヤは「谷汲山」バス停が終点ですが、
谷汲ゆり園の時期のみ、「谷汲農協前」バス停まで行きます。
運転士さんがそのあたりきちんと案内してくれます。



「谷汲農協前」バス停[1]。農協とはJAいび川谷汲支店。
[1]「谷汲農協前」バス停 [2]管瀬川 末福橋「谷汲ゆり園」のぼり
近くには根尾川の支流、「管瀬川」が流れています。田んぼの季節ですな。[2]



谷汲ゆり園[3]。どうやらこのあたりは競馬場だったらしい[4]
[3]谷汲ゆり園 [4]谷汲ゆり園 長旗草競馬場跡
山の中です。関ヶ原青少年自然の家でオリエンテーリングをやっているような気分ですな。



ゆり園のゆり。[5][6][7][8][9]
[5]谷汲ゆり園 ゆり(1) [6]谷汲ゆり園 ゆり(2) [7]谷汲ゆり園 ゆり(3) [8]谷汲ゆり園 ゆり(4) [9]谷汲ゆり園 ゆり(5)
品種とかはあまりよく知らないんですが……どれも見事に咲いています。







04. 谷汲山華厳寺

路線バスで「谷汲農協前」バス停→「谷汲山」バス停[1]
[1]「谷汲山」バス停
バス停もなかなかアナクロですな。けど、そこがイイんです。



谷汲山華厳寺。
由来は割愛しますが、醍醐天皇より「谷汲山華厳寺」の山号と寺号を賜ったお寺さん。


春は桜の名所で秋は紅葉の名所です。
[2]谷汲山 道標「飛騨・美濃さくら三十三選の地 谷汲山門前の桜」、道標「飛騨・美濃紅葉三十三選の地 谷汲山華厳寺」
「飛騨・美濃さくら三十三選の地」でもあり、「飛騨・美濃紅葉三十三選の地」でもあります。[2]



谷汲山華厳寺の参道は「華厳寺まで○丁」
[3]谷汲山 谷汲橋 道標「華厳寺まで七丁」
の道標が続きます。平日ですし、桜や紅葉の季節じゃないですし、閑散とはしてますな。[3]



華厳寺は「谷汲巡礼街道」の終点。[4]
[4]谷汲街道 赤坂四ツ辻~谷汲山華厳寺
美江寺と赤坂、そして華厳寺の位置関係はこんな感じ。



「谷汲巡礼街道」は、中山道 赤坂宿の四ツ辻[5]
[5]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)赤坂宿道標
を起点とします。中山道からここ、華厳寺まで道が続いているのはロマンチックですな。



谷汲の話は離れた岐阜の中山道 加納宿の道標
[6]中山道 加納宿 安良町道標「右 岐阜 谷汲」
にもあるほど。加納安良町の道標です。[6]



谷汲山華厳寺は山門[7]が有名。
[7]谷汲山華厳寺 山門 [8]谷汲山華厳寺 境内
山門をくぐると境内[8]です。閑散とはしてますが。



路線バスで「谷汲山」バス停→「谷汲口駅」バス停。
[9]樽見鉄道 谷汲口駅(復路)ハイモ 大垣行
樽見鉄道 谷汲口駅、復路のハイモ。地元のケーブルテレビのラッピングですな。[9]







05. 美江寺宿 - 美江寺駅・丁字路

樽見鉄道で谷汲口→美江寺。



美江寺駅。ここも谷汲口駅のような桜の名所かもしれません。[1]
[1]樽見鉄道 美江寺駅
お手洗いも無い無人駅ですな。



駅近くの丁字路。岐阜バスの「美江寺東口」バス停があります。穂積駅から出ている路線ですな。[2]
[2]美江寺宿「美江寺東口」バス停「左 北方谷汲ニ至ル 右 岐阜加納ニ至ル」道標 [3]美江寺~加納
「左 北方谷汲ニ至ル 右 岐阜加納ニ至ル」の道標。
美江寺宿は加納宿に繋がっています。[3]



美江寺駅から東へ1kmほど。徒歩での移動ですが、自動車の往来が激しい……。
[4]美江寺宿 五六川 五六橋
五六川の五六橋。中山道の56番目の宿場なので「五六」なんです。[4]







06. 美江寺宿 - 一里塚跡・布屋

徒歩で移動。



樽見鉄道の踏切を越え、丁字路をさらにまっすぐ西に進むと、一里塚跡。[1]
[1]美江寺宿 一里塚跡
美江寺宿の前は河渡宿であり、一里七丁らしいです。



布屋。[2]
[2]美江寺宿 布屋
創業何百年も続く酒屋さんらしいですな。







07. 美江寺宿 - 枡形・本陣跡

枡形、「美江寺」交差点。[1]
[1]美江寺宿 枡形「美江寺」交差点
美江神社があり、この枡形の界隈が美江寺宿のメインストリートなのでしょう。



東京国立博物館の所蔵する美江寺宿の見取り図。[2]
[2]美江寺宿 枡形「美江寺」交差点 五海道其外分間延絵図並見取絵図中山道第九
道が直角に曲がっている所が枡形です。



これまた宿場町のお約束、高札場……の復元した跡。[3]
[3]美江寺宿 枡形「美江寺」交差点 高札場跡
江戸時代、まさにここ枡形に高札場があったみたいですな。



虫籠窓の大きな住宅、和田家。[4]
[4]美江寺宿 枡形「美江寺」交差点 和田家(旧・庄屋)
庄屋さんだったらしい。



枡形の少し南に本陣跡。[5]
[5]美江寺宿 本陣跡
本陣は濃尾地震で倒壊してしまった模様。鵜沼宿の本陣もそんな感じでしたな……。







99. パンフレット

樽見鉄道で美江寺→大垣。東海道本線で大垣→岐阜。



無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]谷汲 パンフレット



谷汲の皆さん、美江寺の皆さん、
「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(平日ダイヤ)

1015 JR(在来線)岐阜    発
1027 JR(在来線)大垣    着
1040 樽見鉄道   大垣    発
1125 樽見鉄道   谷汲口   着
1135 名阪近鉄バス 谷汲口駅  発
** 名阪近鉄バス 谷汲農協前 着

(谷汲ゆり園)

1246 名阪近鉄バス 谷汲農協前 発
1250 名阪近鉄バス 谷汲山   着

(谷汲山華厳寺)

1335 名阪近鉄バス 谷汲山   発
1343 名阪近鉄バス 谷汲口駅  着
1346 樽見鉄道   谷汲口   発
1419 樽見鉄道   美江寺   着

(美江寺)

1552 樽見鉄道   美江寺   発
1606 樽見鉄道   大垣    着
1611 JR(在来線)大垣    発
1622 JR(在来線)岐阜    着

2017年06月26日 イイね!

[名古屋鉄道]新鵜沼・茶所 鵜沼宿・加納宿

中山道 鵜沼宿 古い家並中山道の旅、
今回は地元の鵜沼宿と加納宿です。

(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)









目次

01. 新鵜沼駅~五叉路
02. 坂祝バイパス - 「鵜沼中山道」交差点
03. 鵜沼宿の古い家並
04. 鵜沼宿駅
05. 茶所駅
06. 鎌岩の碑
07. 加納宿
08. 市立加納小学校
09. 加納城跡
99. パンフレット

運行表(土曜ダイヤ)

ex. 西番所跡(20170627) 20170627追記





01. 新鵜沼駅~五叉路

名鉄各務原線で名鉄岐阜→新鵜沼。



新鵜沼駅から北へ進み、中山道に入る。五叉路の交差点に常夜燈があります。[1]
[1]中山道 鵜沼宿 常夜燈
常夜燈は宿場町のお約束ですな。







02. 坂祝バイパス - 「鵜沼中山道」交差点

常夜燈の五叉路を西に進むと「鵜沼中山道」交差点。国道21号線、坂祝バイパスです。



交差点の北東に、これまた宿場町のお約束である高札場があります。[1]
高札場とは法令や禁令を書いた高札を掲げた場所です。
[1]中山道 鵜沼宿 高札場
この高札場は復元で、当時は東の見附と天王社(赤坂神社)の間に南向きであったそうな。



中山道は鵜沼村(尾張藩領)から各務村(幕府領)を経て、再び鵜沼村に入りました。

尾張藩は村境を明示するため、
「是より東尾州領」[2]「是より西尾州領」[3]の2本の傍示石を建てました。
[2]中山道 鵜沼宿 尾州領傍示石 「是より東尾州領」 [3]中山道 鵜沼宿 尾州領傍示石 「是より西尾州領」
鵜沼中学校に建てられていた時期もあり、どうやら、もともと此処にあったものではないらしい。







03. 鵜沼宿の古い家並

坂祝バイパスから西に入っていくと、いよいよ鵜沼宿の古い家並です。



さっそく大安寺大橋。大安寺川の橋ですな。昔は「八間橋」と言われていたそうな。

鵜沼宿の古い家並界隈は制限速度が30km/hです[1]。しかし、結構な勢いで乗用車が走っていますな……。
[1]中山道 鵜沼宿 大安寺大橋 [2]中山道 鵜沼宿 大安寺大橋 「太田町へ二里八丁」 [3]中山道 鵜沼宿 大安寺大橋 「岐阜市へ四里十丁」
鵜沼宿は中山道52番目の宿場。
51番目は太田宿で鵜沼宿から二里八丁[2]、53番目は加納宿で四里十丁[3]

隣の加納宿までの距離が長い!
なので、「新加納立場」という”中間地点”の立場が間の宿としてあったそうな。



大安寺大橋のすぐ西に安積門(旧大垣城鉄門)[4]と町屋館[5]

大垣城本丸の表口に建てられていた鉄門。明治9年に払い下げられた後、
安積家の自邸の門として維持されていたので「安積門」の名称。
その後、各務原市へ寄付され、そしてこの地に移築された……という由来の門。
[4]中山道 鵜沼宿 安積門(旧大垣城鉄門) [5]中山道 鵜沼宿 町屋館
いっぽう、町屋館は江戸時代・明治~昭和時代に旅籠・郵便局を営んでいた旧武藤家住宅。
現在は歴史民俗資料館になっているようですね。早朝は開館してませんが……。



菊川酒造と本陣跡。[6]
菊川酒造。東が「本蔵」(清酒 菊川 の建物)、西が「豆蔵」です。どちらも登録有形文化財。
『菊川』や『篝火』といった銘柄の清酒を造っているみたいですな。
[6]中山道 鵜沼宿 菊川酒造・本陣跡
本陣跡。
江戸時代、桜井家というところが務めていた。
十代将軍・家治に輿入れした五十宮はじめ、大物が宿泊・休憩した場所。



脇本陣。坂井家や野口家が務めていました。[7]
[7]中山道 鵜沼宿 脇本陣
松尾芭蕉が坂井家に休泊し、句を詠んだと伝えられているそうな。



古い家並が4棟続きます。

坂井家住宅、梅田𠮷道家住宅、梅田昭二家住宅、安田家住宅。[8]
丸一屋、茗荷屋(旅籠)、若竹屋(旅籠)……このあたりの界隈は鵜沼宿の醍醐味ですな。
[8]中山道 鵜沼宿 古い家並 坂井家住宅・梅田𠮷道家住宅・梅田昭二家住宅・安田家住宅 [9]中山道 鵜沼宿 せせらぎ水路
このあたりには「せせらぎ水路」という、
大安寺川から取り込まれた防火用の水路……が再現されたものがあります。[9]



国道21号線を横断して鵜沼宿駅へ。







04. 鵜沼宿駅

行きは新鵜沼駅から来ましたが、帰りは鵜沼宿駅です。



鵜沼宿駅の北にある岐阜バスの「鵜沼宿駅」バス停。[1]
[1]名鉄 鵜沼宿駅 岐阜バス「鵜沼宿駅」バス停
「各務原東部線」という路線ですが、本数は極端に少ないですな。各務原ふれあいバスのほうが本数多い



名鉄 鵜沼宿駅。[2]
[2]名鉄 鵜沼宿駅 [3]名鉄 鵜沼宿駅 JR 高山本線 キハ25形



このあたり、名鉄各務原線とJR高山本線が並行して走っています。
名鉄 鵜沼宿駅
なので、キハ25系の気動車などが、かっとんで走っていきます。[3]







05. 茶所駅

各務原線で鵜沼宿→名鉄岐阜。名古屋本線で名鉄岐阜→茶所。



名鉄岐阜から岐南の手前まで高架にする計画があります。


あきひこゆめてつどう(↓ブログの記事です。別のタブが開きます)

すすめ、岐阜市内名鉄名古屋本線高架事業!
岐阜市内名鉄名古屋本線高架事業




・JRと立体交差する箇所を単線から複線化
・加納駅と茶所駅を統合、曲線も緩やかにしてスピードアップ
・加納駅の東の踏切、下川手の踏切という”開かずの踏切”の問題を解消する

という計画。

加納も茶所も名鉄の町ですが、下川手あたりの住民から声が出ているかもしれません。
是非、計画を遂行して頂きたい。



茶所駅の踏切は、まさに中山道の踏切。下川手の県道77号線よりは広くないし、車の通りも少ない。
[1]中山道 加納宿 名鉄 茶所駅「中山道 加納宿」
「中山道 加納宿」という碑があります。[1]







06. 鎌岩の碑

茶所駅近くのT字路は中山道と岐阜街道(御鮨街道)が合流する交差点。



「茶所」という地名の由来となった「鎌岩の碑」[1]
[1]中山道 加納宿 ぶたれ坊と茶所 鏡岩の碑 茶所道標「江戸木曽路」
があります。


ぶたれ坊と茶所

この、ぶたれ坊と茶所は、江戸時代の相
撲力士「鏡岩浜之介」にちなむものです。
伝えによると、二代目鏡岩は父の職業を継
いで力士になりましたが、土俵の外での行
いが悪かったことを改心して寺院を建て、
罪滅ぼしをしました。
また、茶店を設けて
旅人に茶をふるまったそうです。


(中略)

平成十四年三月 岐阜市教育委員会



旅人に茶を振る舞ったので「茶所」なのですな。







07. 加納宿

中山道を河渡宿方面に進んでいきます。



荒田川に架かる「加納大橋」。[1]
[1]中山道 加納宿 加納大橋 名鉄 1200系(パノラマスーパー)
東に荒田川橋梁。名鉄名古屋本線、加納~茶所間が通っています。



このあたりは御鮨街道でもある。側溝の蓋に「御鮨街道」が描かれています。[2]
[2]中山道 加納宿 側溝の蓋「中山道 御鮨街道」
岐阜問屋は岐阜の名産品であり、
尾張藩が将軍に献上する鮎鮨の継立て(※ 宿駅で人馬を替える事)をしていました。
鮎鮨を運ぶ道として使われていたのが岐阜街道。いつの間にか「御鮨街道」と呼ばれてます。



安良町に「右 岐阜 谷汲」の道標があります。[3]
[3]中山道 加納宿 安良町道標「右 岐阜 谷汲」
「谷汲」とは赤坂宿の四ツ辻から北へ分岐する「谷汲街道」の事を指すのでしょう。
(この道標の「谷汲」の意味を知っている人はほとんど居ないと思われる……)



加納駅近くの「東番所跡」。[4]
[4]中山道 加納宿 東番所跡
番所とは、街道の警備・見張りなどの役目にあたる番人が詰めていた施設。
北番所跡と西番所跡20170627追記 ex.として後述)もあります。



専福寺界隈。[5]
[5]中山道 加納宿 専福寺
まさに正面が岐阜駅の高層ビル「岐阜シティ・タワー43」です。いい眺めですな。



岐阜問屋跡。今は民家?[6]
[6]中山道 加納宿 岐阜問屋跡
将軍に献上する鮎鮨は岐阜町の「御鮨所」を出発、岐阜問屋を経由。
加納八幡町から名古屋へ向かう御鮨街道を通り、笠松問屋まで届けられたそうな。



道標「左中山道 右西京道」。[7]
[7]中山道 加納宿 道標「左中山道 右西京道」
ここまでが中山道と御鮨街道の共通の道。ここから中山道と御鮨街道に分岐します。



高札場跡。加納藩の高札場があった所。[8]
[8]中山道 加納宿 高札場跡
馬籠宿や鵜沼宿では高札場が”復元”されてましたが、加納宿は跡のみですな。



加納城の大手門跡。[9]
[9]中山道 加納宿 加納城大手門跡
この近くに大正期の「旧加納町役場」があったようですが、取り壊されたみたいですな。



創業元和6年、老舗の料理屋さん「二文字屋」[10]。明治天皇が御休憩された当分本陣跡[11]
[10]中山道 加納宿 二文字屋 [11]中山道 加納宿 当分本陣跡
「当分の間、本陣として定めらていた臨時の本陣」という意味の当分らしいです。



皇女和宮の歌碑と本陣跡。[12]
[12]中山道 加納宿 皇女和宮御仮泊所跡・皇女和宮の歌碑 本陣跡


皇女和宮の歌碑

仁孝天皇の皇女 和宮親子内親王は将軍徳川家茂との結婚のため、
文久元年(1861年)、京都桂御所を御出発、中山道を通行して江戸に向かわれた。

同年10月26日、加納宿本陣の松波藤右衛門宅に宿泊された。

その時、自分の心情を詠まれたという歌が伝えられている。

遠ざかる 都としれば 旅衣
一夜の宿も 立うかりけり


……都(京都)から遠ざかっていく。宿も落ち着かない。
というような意味でしょうか。





西問屋跡[13]と脇本陣跡[14]。脇本陣とは本陣に次ぐ宿舎。
[13]中山道 加納宿 西問屋跡 [14]中山道 加納宿 脇本陣跡
西問屋は加納の宿問屋。河渡宿や鵜沼宿から加納宿へ出入りする人馬の継立てをしていたようです。







08. 市立加納小学校

加納城大手門跡を南に進むと、そこは丸ノ内。かつては侍屋敷が並んでいました。
今は岐阜大学教育学部附属小中学校、市立加納幼稚園、そして市立加納小学校があります。
おそらく、各学校は名門なのでしょう。



オペラで有名な加納小学校。
赤門という通称の正門が「岐阜の宝100選」に選ばれた……のですが、昨年取り壊されてしまった模様。
[1]加納小学校 赤門(正門)
今は新しい正門に建て替えられたそうです。[1]







09. 加納城跡

慶長5年(1600年)、徳川家康が関ヶ原の合戦の直後、築城を命じた城。
北から南へ5つの曲輪があり、それらは堀と川に囲まれ、「水に浮かぶ城」という景観だったそうです。

城下町は加納城の北から西にかけて造られた。
町の北部は中山道が東西に走り、加納宿が設置され、加納は城下町と宿場町が1つになった。

加納では美濃傘と呼ばれる和傘が生産されていて、加納の伝統産業として受け継がれていました。



かつての「水に浮かぶ城」の面影は無く……[1]
[1]加納城跡
今はじいちゃんばあちゃんがゲートボールをやってたり、近所のオッサンが犬の散歩に来たりしてますな。



加納はかつての城下町でもあり宿場町でもあります。
岐阜市内でも特に重要な町である事に間違いありません。

岐阜駅すぐ南というロケーションもイイ。
岐阜駅まですぐという事は、名古屋駅までもすぐ、という事を意味します。
名古屋駅まで出てしまえば、のぞみ等で関西にも関東にも行けます。



……なお、加納のアピタ岐阜店では「鉄道写真展」が続いています。
市内線の忠節橋、千手堂、徹明町、そして新岐阜駅前。イイ写真だなあ。







99. パンフレット

無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]加納城跡 パンフレット



鵜沼の皆さん、加納の皆さん、どうもありがとうございました。








運行表(土曜ダイヤ)

0531 名鉄 名鉄岐阜 発
0552 名鉄 新鵜沼  着

(鵜沼宿)

0717 名鉄 鵜沼宿  発
0747 名鉄 名鉄岐阜 着
0755 名鉄 名鉄岐阜 発
0758 名鉄 茶所   着

(加納宿)





ex. 西番所跡(20170627)

西番所跡に行きました。[1]
バス停「加納新本町」の近く。秋葉神社の中にあります。
[1]中山道 加納宿 西番所跡
加納宿のかなり西。
この先は河渡宿、美江寺宿、赤坂宿、そして谷汲街道へと続いてきます。

谷汲街道は、またの機会に……。
2017年06月15日 イイね!

[JR美濃赤坂線]中山道 赤坂宿

中山道 赤坂宿 赤坂港跡中山道の旅は続きます。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

先日は東濃の馬籠宿・大井宿の旅
でしたが、今週は近場で
赤坂宿の散策です。







中山道について

中山道 - 美濃路 - 東海道
江戸時代、中山道は東海道と共に江戸と京を結ぶ大幹線道路でした。
江戸は日本橋から、京都は三条大橋まで。69の宿場が置かれました。

中山道は山岳地帯を進むため難所も多い。冬は雪に見舞われる過酷な道です。
しかし、大井川や天竜川、宮宿の”渡し”などがある東海道にくらべ、
水による障害が少ないのが利点でした。女性は中山道のほうを良く利用したそうな。

赤坂宿は57番目の宿場です。






目次

01. 赤坂港跡
02. 赤坂本町駅跡
03. 赤坂本陣公園(本陣跡)
04. 赤坂丸本前~虚空蔵口
05. 四ツ辻(枡形)
06. 美濃赤坂駅

99. パンフレット

運行表(平日ダイヤ)

ex. アピタ岐阜 鉄道写真展







01. 赤坂港跡

東海道本線で岐阜→大垣、
路線バスで「大垣駅前」バス停→「赤坂港跡」バス停。



明治年間に整備された赤坂港。[1]
杭瀬川の豊富で安定した水流を利用して栄え、明治には、赤坂港を利用した船は500隻を数えたとか。
[1]中山道 赤坂宿 赤坂港跡(全景)
大正・昭和にJR美濃赤坂線・西濃鉄道市橋線が開業し、水運の町から鉄道の町に変わったようです。



赤坂港跡の界隈。
親水公園になっている「旧杭瀬川」[2]のほか、「赤坂宿御使者場跡」[3]や「火の見櫓」[4]
宿場町の街道沿いに設置されている「常夜灯」[5]が、この赤坂港跡に残っています。
[2]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 旧杭瀬川 [3]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 赤坂宿御使者場跡 [4]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 火の見櫓 [5]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 常夜灯 [6]中山道 赤坂宿 赤坂港跡 赤坂港会館
明治時代、四ツ辻(後述)にあった屯所(警察署)を復元した港会館が復元されています。[6]
休館日じゃないですが、扉は閉まっていますな……。







02. 赤坂本町駅跡

西濃鉄道 市橋線。
「本町踏切」にある「赤坂本町駅跡」。[1]
[1]中山道 赤坂宿 赤坂本町駅跡 西濃鉄道 市橋線 本町踏切
西濃鉄道は昔は旅客営業もしていて、この赤坂本町駅は旅客専用駅だったみたいですな。







03. 赤坂本陣公園(本陣跡)

赤坂本陣があった場所が赤坂本陣公園になっています。[1]
[1]中山道 赤坂宿 赤坂本陣公園(全景)
本陣は宿場町にある施設のひとつ(他には脇本陣がある)で、
江戸時代の大名が参勤交代など、通行の際に宿泊した”高級旅館”です。



本陣跡。[2]
[2]中山道 赤坂宿 赤坂本陣公園 赤坂宿本陣跡
赤坂本陣は、岐阜県内では中津川に次ぐ大きさだったみたいですな。



公園の奥には、幕末に長州藩(現在の山口県)に入り活躍した、赤坂出身の所郁太郎の銅像があります。[3]
[3]中山道 赤坂宿 赤坂本陣公園 所郁太郎像
厳しい家庭でお医者さんとして育ち(上洛して町医者をやっていた)、長州藩では医院総督だったそうな。



旧清水家住宅(向かい側は十六銀行赤坂支店)。[4]
大垣市指定重要文化財で、赤坂宿では最古の木造建築の1つだそうな。
[4]中山道 赤坂宿 旧清水家住宅
江戸時代の町役人の家格。「米佐」の屋号の米屋さんでしたが、しばらくするとお医者さんに転じます。







04. 赤坂丸本前~虚空蔵口

四ツ辻以西。[1]
矢橋家住宅の前に「赤坂丸本前」のバス停、その次のバス停が「虚空蔵口」です。
[1]中山道 赤坂宿 赤坂宿脇本陣(榎屋旅館)~丸本書店~矢橋家住宅 界隈全景
矢橋家住宅の向かい側が「丸本書店」さんなので、このバス停の名称なんですな。
赤坂には「明星輪寺」という真言宗の寺院があり、日本三大虚空蔵の「赤坂虚空蔵」があります。



「虚空蔵口」のバス停。[2]
「~口」という名称ですが、虚空蔵さんのある金生山や明星輪寺はかなり山のほうへ歩きます。
[2]中山道 赤坂宿 虚空蔵口 所郁太郎生誕地 鹿光堂
「所郁太郎生誕地」の碑、そして大垣市景観遺産の「鹿光堂」があります。



脇本陣跡。[3]
大名の旅館である本陣の予備として設立されたもの。
[3]中山道 赤坂宿 赤坂宿脇本陣 榎屋旅館
明治維新の跡は独立、今は「榎屋」の屋号で旅館を営んでいるそうです。



五七処。お土産屋さんだったところ。[4]
[4]中山道 赤坂宿 五七処
赤坂は57番目の宿場なので「五七」だそうですが、地元のオッサンが閉店したと言っていました。











05. 四ツ辻(枡形)

町の中心である、四ツ辻。枡形といわれる。
赤坂宿のターニングポイント(分岐点)。
[1]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)矢橋家住宅 [2]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)赤坂宿道標 [3]中山道 赤坂宿 四ツ辻(枡形)養老街道
矢橋家住宅[1]や谷汲の道標[2]などが集積し、宿場風情が最も色濃く残っている界隈です。



北に向かう「谷汲巡礼街道」、南は伊勢に通じる「養老街道」[3]の起点です。
中山道 赤坂宿 赤坂宿交差点 四ツ辻(枡形)
東は美江寺へ二里八町、西は垂井へ一里十二町。







06. 美濃赤坂駅

最後はJR美濃赤坂線(東海道本線の支線)の、美濃赤坂駅。
大垣駅から分岐していますが、本数はそんなに多くありません。田舎の路線(?)ですが電化ですな。



趣のある駅舎。[1][2]
駅というのはアナクロな場所。けど、そこがイイんです。
[1]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 [2]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 駅構内 [3]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 駅名板
入口に掲げられた「美濃赤坂駅」の駅名板で歴史を感じます。[3]



車止め。[4]
[4]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 車止め
ここ美濃赤坂駅が、東海道本線の終着点のひとつです。



大垣駅へ案内してくれるのは、313系の「クハ312形」。
[5]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 313系 クハ312形(1) [6]中山道 赤坂宿 JR美濃赤坂駅 313系 クハ312形(2)
東海道本線でもフツーに走っている313系の電車。それをワンマン仕様にした2両編成の列車です。







99. パンフレット

美濃赤坂線で美濃赤坂→大垣。東海道本線で大垣→岐阜。[1]
[1]美濃赤坂線 美濃赤坂 乗車券



無事帰宅。
いい旅でした。[2]
[2]中山道 赤坂宿 パンフレット



赤坂の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(平日ダイヤ)

1419 JR(在来線)岐阜   発
1431 JR(在来線)大垣   着
1440 名阪近鉄バス 大垣駅前 発
1453 名阪近鉄バス 赤坂港跡 着

(赤坂宿)

1607 JR(在来線)美濃赤坂 発
1614 JR(在来線)大垣   着
1626 JR(在来線)大垣   発
1637 JR(在来線)岐阜   着
1639 岐阜バス   JR岐阜 発





ex. アピタ岐阜 鉄道写真展

岐阜市加納のアピタ岐阜店[1]
[1]アピタ岐阜
で「鉄道写真展」が開催されています。


鉄道まるっと切り抜き帳(↓中日新聞の記事です。別のタブが開きます)

美濃町線を中心に鉄道写真300枚展示 アピタ岐阜店
アピタ岐阜店 鉄道写真展






名鉄の美濃町線や竹鼻線(大須駅)がなかなか貴重ですな。

人気は、やはり地元の名鉄でしょう。
アピタ岐阜というのは岐阜市内のど真ん中、それも加納は岐阜駅のすぐ南の町ですから、
忠節橋や徹明町の界隈の写真を、皆さん見ていらっしゃる。

隣のどっかのじいちゃんが「私の好きなこれ……」と、満面の笑みで市内線を指さしていました。



……なお、加納宿も中山道の宿場です。

プロフィール

「さらば高松。高松から快速マリンライナーで岡山、岡山から新幹線のぞみ号東京行。岡山で駅弁「鰆寿し」を買って食べてます。天気はあまり良くなかったかもですが、うどんを食べたり「源内コード」を教えてもらったり、大冒険でした」
何シテル?   07/25 18:33
青葉裕紀と申します。 岐阜県出身です。現住所は岐阜市。 好きなものは乗り物とフランスです。 恐縮ではございますが 少々違う考え方で、乗り物と...
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【交通局】※"名古屋走り" には対応できない対策()だったのでしょうか?※ 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2017/07/25 10:25:24
燃費ってそんなに大切? 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2017/02/22 00:54:52
地味なアイツが・・・(^_^)v 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2017/01/29 03:01:32

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