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R-REOのブログ一覧

2017年07月15日 イイね!

梅雨の晴れ間のツーリング志賀草津高原道路

梅雨の晴れ間のツーリング志賀草津高原道路








九州北部地方の大雨による被害が大きく深刻ですね。インタビューに答えるお年寄りが、「長年住んでいるがこんな大雨は始めて…」と皆口々に仰る。近年大雨による被害が出ると何処でも過去に無い大雨だと言っています。このような大雨被害は全国何処で起こっても最早不思議ではないのでしょう。幸いな事に今現在大雨被害の出ていない地域は、数百年に一度の大雨を想定し何をすれば最小の被害で済むか、どうすれば命を守れるかを個々で考えておく必要が有りますね。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りすると共に被害に遭われた皆様に心より御見舞い申し上げます。


https://docs-donation.yahoo.co.jp/report/kyushu_heavyrain2017/

有る情報を聞き付け居ても立っても居られなくなり行って来ました梅雨の晴れ間ツーリング。

長野自動車道を快調に飛ばしていると覆面オーラバリバリ出してるクラウンを発見。

法定速度に落として並ぶとメットに水色の上着。覆面ビンゴ。一先ずケツに付いて左カーブのトンネル手前で追い越しを掛け、カーブ頂点でブラインドになった途端に一気に法定速度内で引き離すと遥か後方で赤灯回った。誰か捕まったか!「他人の不幸は蜜の味」と取り敢えず走行車線で様子を見るとちょっと違う??一気にREO号に並びPさん満面の笑みで「運転手さ~ん、もう少しスピード落として下さいね~」とスピーカーを使って言うからトンネル内、声響きまくりでこっぱずかし~。行動読まれて威嚇されました。松本4871

上信越道信州中野ICで降り長野オリンピックで女子大回転とスノボハーフパイプが行われた山ノ内町を通り志賀高原へ。そこから志賀草津高原ルート.

長野県湯田中・渋温泉郷と群馬県草津温泉を結ぶ約41kmのダイナミックな山岳景色を望む事が出来る観光道路。国道最高地点(標高2,172m)を通る道路は、沿道から北アルプスや信州に上州の山並み、富士山までも眺望できる人気のドライブルートです。
長野県の陽坂から群馬県草津町天狗山の区間は、11月中旬から4月下旬まで冬期閉鎖ですのでご注意ください。

長野県と群馬県の県境となる渋峠、峠には渋峠ホテルが有ります。この渋峠ホテルは2,000m超えの高地に建っていることも珍しいのですが、さらに県境上に建つホテルとしても有名で、ホテルの中で長野県と群馬県を行き来ができる、珍スポットとして有名なんです。

写真の様に分かり易く、ホテルの壁に「ぐんま」と「ながの」の表示と、玄関前にも県境のラインが引いてあり、両県境を自分の足で跨いで記念写真する方が多いです。REOは、他に観光客が居なかったのでREO号で県境を跨いでみました。

で!目的地は長野、群馬県境の草津白根山(2160メートル)山頂近くの「湯釜」。


草津白根山の噴火警戒レベルは2014年6月に2(火口周辺規制)に引き上げられた為「湯釜」には近付け無かったんです。湖水に含まれる火山ガスの濃度低下が確認され気象庁が噴火警戒レベル1へ引き下げ北コースのみ3年振りに「湯釜」展望台へ行けるようになりました。
web引用画像
(火口展望台他火口500メートル圏内へは行けません)3年ぶりに眺められるようになったんですから、たまらず来ちゃいました。

警戒レベル1に下げられましたが、小規模な火山灰、火山石などの噴出には注意が必要です。シェルターの位置は確認しておきましょう。


此処が登山口、20分ほど登山道(一応コンクリートですが、途中からかなり急です)を歩きます。トレッキングシューズ迄は、いりませんが靴ご留意ください。ハイヒールの方いらっしゃいましたが大変そうでした。


登山道から志賀草津道路が見えます。断崖絶壁を通っていますから高所恐怖症のREOビビりビビり走って来たんです。


息も絶え絶えも「湯釜」の絶景に苦しさ忘れて言葉も出ません。トルコ石の水色とも表現される「湯釜」(火口湖)。志賀高原や草津温泉が晴れていてもガスって見られない事が有るんです。途中のスポットを割愛してぶっ飛んで来た甲斐あって幻想的な「湯釜」を見る事が出来ました。


ピーカン晴れより雲が流れる晴れの日がお勧め。この日は正にその日。光が雲間から湖面に落ち流れて行く、湖面は色変化や表情豊か、エメラルドグリーンや濃薄に変化する乳白色、日が入れば薄い水色。風が入れば僅かに波立つ景色が幻想的で1時間近く立ち尽くして見入ってしまいました。


その美しく変化する表情は湯釜の水に溶け込んでいる鉄イオンや硫黄などの影響で特定の波長の光が吸収される事によって起きる現象だとのことです。
その時々の空模様によって湯釜の色が変わります。是非、実際にご覧になって下さい。


湯釜(ゆがま)は、直径約300m、水深約30m、水温約18℃の火口湖。pHが1.0前後で、世界でも有数の酸性度が高い湖との事です。これは火山ガスに含まれる塩化水素や二酸化硫黄が水に溶け込み、塩酸や硫酸となったためと考えられています。酸性が強い為真冬でも凍らないそうです。

こんな急なダウンヒルもあります。この時は所々に雪渓が残っていました。


ちょっと一休み


♪♪草津よいとこ 一度はおいで ドッコイショ                           
♪♪お湯の中にも コーリャ 花が咲くよ チョイナ チョイナ
の「草津節」で有名な草津温泉を散策。

日本三名泉の一つです。お湯の自然湧出量は日本一で、毎分32,300リットル以上、ドラム缶にして約23万本もの温泉が吹き出しているのだそうです。

御座之湯と光泉寺。江戸から明治にかけて草津温泉に存在した5つの共同湯。

その中の1つである共同湯を再現して建てられた「御座之湯」。湯畑と万代の2つの源泉が敷かれているので、それぞれの泉質比較が楽しめます。向かって左に有るのが「光泉寺」。伝えられている「温泉奇巧記」には、全国を巡錫していた奈良時代の高僧行基が開湯したと記されています。草津で道に迷った行基は、神仙に導かれるままこの地に辿り着き、そこで病人のために祈祷したところ、霊泉が湧き出したとか。この霊泉が万病に効く温泉と悟った行基は薬師如来像を自ら彫刻し、この地に薬師堂を創建したそうです。その薬師堂が現在の「光泉寺」です。

散策の前に腹減った。観光案内所でお勧めは信州から伝えられたとの蕎麦と上州豚だと!信州人だしここは上州豚。


分厚い生姜焼きを頂きました。ミニトマトと比べればその厚さが分かります🐽


「湯畑」は、温泉街の中心部に湧く源泉で、ロータリー状に整備されています。そのデザインは岡本太郎氏です。


八代将軍吉宗、御汲み上げの湯枠ここの枠の中の湯を汲んで江戸まで運ばせたそうです。


ズラズラ~っと並んだ木の樋と湯の花を沈殿させておく木の樋。お土産に「湯の花」をどうぞ!


「湯滝」草津にきました的な記念写真はやっぱここかな。遥か江戸時代・文政13年(西暦1830年)から湯滝を見下ろすように立っているのが湯滝シンボルの燈篭。


旅行会社の投票で決まる「にっぽんの温泉100選」(観光経済新聞社)で13年連続1位を獲得するなど、さまざまな温泉地の人気ランキングで常にトップを争う群馬県の草津温泉。バブル時代から減った観光客が戻り、温泉街が活況を呈しています。寂れていく温泉街が多い中に有って草津は巧くギアチェンジ出来た代表ですね。2010年就任した黒岩町長の敏腕は有名な話。


で!今夜の泊り、草津温泉では無く万座温泉。万座温泉(まんざおんせん)は群馬県の西にある標高1800mの高地に有る温泉地で、1年を通じ自動車で行ける日本最高標高の温泉地なので「星にいちばん近い温泉」として知られています。
万座温泉に有る他ホテルのweb引用画像

御宿は万座高原ホテル。プリンスホテル系列のホテルです。万座プリンスと迷ったのですが、今回は露天風呂目的でしたので万座高原ホテルに。
web引用画像

4つの源泉が、湯船の大きさ深さを変える事により色や濃さが異なる8つの石庭露天風呂となります。それぞれに趣があり、湯あみ又はタオル巻の混浴にすることで広くて開放感のある石庭になっていて露天風呂アミューズメント的で本当に楽しめます。
web引用画像

ここにも居ましたよ色白で丸丸太ったワニさん。女性は皆さん湯あみ又はタオル巻なのに何期待して長風呂なんでしょう?色が白いから体中火照って真っ赤っか茹だこのようでした。(混浴ワニをご存じない方に説明すると湯船につかって待ち、女性客が現れるとそばに近づく様子が、ワニに似ていることから、彼らは「ワニ」と呼ばれるんです。当然女性から嫌がられ苦情となる訳で、混浴が減っている原因の一つと言われています)

REOと言えば、こんな尾根遺産方と水入らず💘
web引用画像
じゃ無くって、関西からお越しの40年ほど前に乙女だったであろうお嬢様方と「何処から?」から始まって盛り上がって、ついつい長風呂に…。最後に「兄ちゃん色男(関西おばちゃん持ち上げ上手)だし、面白いから夕食一緒するか?」と御誘いを頂くも丁重にお断り。

プリンス系宿泊者は近くに有る2つのホテル(プリンスと高原ホテル)の風呂にも無料で入れますので、チェックアウト後にプリンスの露天風呂に入るべく向かうも湯船に足を入れたら痛くて飛び出した。昨日関西のおばちゃん達と足浴状態で長風呂した為、湯かぶれしたらしく脹脛から下が真っ赤。万座温泉は硫黄濃度が全国一で湯かぶれや湯あたりしやすいって事を忘れてました。

万座プリンスの露天風呂は諦め、帰路へ晴天の中志賀草津高原道路を楽しもうと登っていくと標高が高くなると霧。湯釜も霧ん中。昨日行っといてよかったぁ。と!いう訳で絶景ドライブの筈が視界10m程のおっかなびっくりドライブへ

県境渋峠から群馬県側に僅かの所に日本国道最高地点(2,172m)が有ります。

最高地点を示す石碑があります。ここからは、眼下に草津温泉街を望み、天気の良い日には浅間山や富士山まで眺めることができる展望スポットにもなっていますが、霧で何も見えません。

県境の渋峠まで来ると霧が晴れました。渋峠ホテルの前で昨日とは逆、群馬県側から県境を跨いで


「のぞき展望台」


「横手山」 標高2300mをバックに


このまま帰るにゃちと早いと言う事で、栗の里で有名な小布施町に鎮座する「岩松院」さんへ、此方のご本尊は釈迦如来様。


本堂大間の天井に 葛飾北斎が描いた 大鳳凰図(八方睨みの鳳凰天井絵、畳21畳の大きさで桧の板に描かれています)が、有名で小布施の人気スポットです。経年を感じさせない鮮やかな鳳凰は迫力があり必見です。
web引用画像


又、小林一茶が『やせ蛙まけるな一茶これにあり』と詠んだ 蛙合戦の池があります。                      
ファンも多い戦国武将の福島正則が、広島50万石から信濃国川中島4万5千石に減封されこの地で最期を迎えておりこの寺に霊廟がございます。
web引用画像福島正則束帯肖像


「岩松院」さんで一番逢いたかったのは、仁王様。ここの仁王様は、「戸隠山 顕光寺」が、明治政府の神仏分離政策で廃寺にされ、無理矢理「戸隠神社」にされる前まで中の院の仁王様だったのです。多くの国宝級の仏像が首を刎ねられ道端に転がされる中、仁王様は、密かに「岩松院」さんに移されたのです。その御姿は古い仁王様に良くあるように彫は深く大きく大胆、木の持つ力が噴き出す様な迫力が有ります。「戸隠山 顕光寺」創建に近いものなのでしょうか?暫しその力強さに圧倒され立ち尽くしました。


草津白根山「湯釜」が3年振りに見られるようになり思い付きで出掛けた今回のコース。

「湯釜」の神秘的な色、「志賀草津高原道路」の絶景は感動モノでした。この2つポイントを中心としたドライブコース界隈には他にも沢山魅力的なスポットがございます。是非、お出かけください。皆様のコース設定の参考になれば幸いです。
Posted at 2017/07/15 20:19:33 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2017年07月03日 イイね!

「紫陽花寺 深妙寺」信州ドライブのお誘い 

「紫陽花寺 深妙寺」信州ドライブのお誘い 


雨の日も多く、晴れれば蒸し暑い梅雨らしい天気が続きますね。代わり易い天候の中、皆様体調崩されぬよう…。

梅雨の風物詩と言えば紫陽花。
01/07/2017朝からの雨も午後から上がる予報を頼りに行って来ました県下最大規模の紫陽花寺として有名な伊那市「深妙寺」さん。




道中、満開の蕎麦の花を見ながら


予報より雨の上がりが、遅れそうなので先にランチをと☟駒ケ根市養命酒工場内の記念館に設けられたカフェで、「信州十四豚(しんしゅうじゅーしーぽーく)のブラウンシチュー」を頂く。薬用養命酒の生薬残渣を食べて育った健康な信州十四豚(しんしゅうじゅーしーぽーく)を使ったコク深いブラウンシチュー。小鉢・スープ・お茶付き。
hpから引用画像

薬用人参等生薬を食べた健康な豚さんのお肉、最近流行りの変に軟らかいだけの豚肉と違い旨味、歯ごたえも有り大変美味しゅうございました。これで850円はリーズナブル。ロケーションは白樺の木を見ながら小鳥の鳴き声が聞こえる気持ち良いオープンカフェ。


「深妙寺」は権現山に権現信仰(真言宗)の道場として平安時代に開山されました。雨は弱いも風は強く、花がブレブレ。


雨も強くなり数枚撮って撤収。カメラを濡らさないよう撮った雰囲気だけ紹介の数枚張っておきます。


お参りの後、紫陽花を楽しみましょう。ご朱印帳ブームだそうで、参拝もせずご朱印を頂く戯け者も居ると聞きましたが…。


紫陽花は本堂前から裏山に至る遊歩道の33体観音像に寄り添うように咲いています。


本堂の写真にも有りましたが境内に敷かれた石臼。

この石臼庭園は圧巻で我が国最大規模の石臼寺と言われその数は1.800個。挽き石臼が庶民に広く普及したのは江戸時代、長野県南部と山梨県には寺社に、使えなくなった石臼を奉納する伝統がありました。使えなくなったとはいえ食生活には欠かせなかった貴重な道具を供養と感謝の気持ちを込め奉納したのでしょう。また、石臼は穀物を擦り潰すことから、煩悩を消滅してくれると信じられていました。

約200種類、2000株のアジサイを見ることができ、県内外から約15.000人もの人が紫陽花シーズンの10日間程の間に訪れます。






昔、紫陽花で訪ねた鎌倉の「明月院」に「長谷寺」日中も混むには混んだが今の様に3時間待ちなんて無かった。宿泊し早朝を狙えばゆっくり見る事が出来たが今はそれも無理らしい。

「深妙寺」さんの紫陽花は「長谷寺」さんの50種類に対し200種類と圧倒し株数も略同じ。本堂の裏山の斜面に咲く紫陽花の間を分け歩く様な感じも一緒、確かに長谷寺さんの様に高台から由比ヶ浜や湘南の海は見えませんが、規模は同等。

しかも鎌倉は京都と同等かそれ以上に駐車料金が高い。「深妙寺」さんは駐車料も拝観料も無料。

でもお参りの御賽銭と庭園入口に有る「紫陽花維持協力募金箱」へは協力をお願いしますね。

REOは以前から「深妙寺」さんは、長谷寺さんに勝るとも劣らないと思っております。








7/1現在、満開の紫陽花もございますが、種類、株数も多く蕾の花も有り暫く紫陽花を楽しめそうですよ。まだまだ穴場っぽい「深妙寺」さんを是非信州ドライブコースに組み入れてくださいね。

ご住職が趣味でお集めになられた日本の古い灯火器(灯芯のあかり・和ろうそく・石油ランプなど)を展示したあかり館も拝観できます。又、あかり館前の蓮池の蓮の花も咲き始めました。 

「紫陽花を 見る君心 此処に無し」
Posted at 2017/07/03 11:29:04 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2017年06月12日 イイね!

東三河「花の木ダム」「四谷千枚田」「鳳来寺」へ

東三河「花の木ダム」「四谷千枚田」「鳳来寺」へ
6/10(土) 午後大気が不安定になり所により落雷との予報も天気は晴れ。最近は土曜休み日曜仕事が多いREO。又、休みにじっとしていられない性分、ましてや梅雨の晴れ間と聞けば尚更。今年は梅雨といっても2日降っただけで晴れが続いていますが…。さぁ何処行くと???言う事で、東三河地方へ



先ずは昔浜松へWSF通い時に気になっていたが、寄る事の無かった「花の木ダムの滝」

正式名は「長篠堰堤」。下流900mにある長篠発電所の取水堰堤。約150mの導水路の余水吐(よすいばけ)と呼ばれる満水位を超える水を逃がす目的の設備が滝の正体。
紫陽花咲き始めてました。

左手に見える赤い構造物が長篠堰堤(堤高8m。15m未満はダムとは呼ばない為堰堤)。東三河地方を流れる豊川の中流部、寒狭峡に有ります。長篠発電所は、日本で最初の縦軸式発電所(ナイヤガラ発電所)。現在でも現役で発電しJR飯田線に送電しているとのこと。


自然岩を利用し最大落差約16mを滝の様に溢流する様が、豪壮で美しく「花の木ダム」「新城ナイヤガラの滝」と呼ばれ静かな観光地となっています。滝の前に立つと水煙が立ちひんやりとした空気がとても気持ちいいですよ。大分県の白水ダム、秋田県の藤倉ダムとともに日本の三大美堰堤の一つです。

四谷千枚田。優しい方言の看板でお出迎え。


千枚田のある四谷地区は鞍掛山の南西斜面に広がる山間集落。棚田の標高差は約200mそこに1298枚(1枚平均0.9a、現在400程が休耕田)の棚田が広がっています。
メインの第一駐車場から農道を下ると下から棚田全景を見上げる事が出来ます。ここで殆どの方が滞在時間10分足らずで帰ってしまう。上から見下ろす棚田の風景も素敵なのに…。


見た中でおそらく一番小さな水田。畳一畳以下か?この水田の他全てが田植え機では無く手植え


水源は鞍掛山の中腹からこんこんと湧き出て川となり棚田の中心部を流れていますが、急斜面の為、川の水面は田の1m以上も下。


つまり川のかなり上流から引き込まないと水を得られません。今は自由の利く塩ビ管で水を上流から引いていますが、その昔は竹を割り節を取り樋にして水を引き込んで、その水を隣の田へ回し回しを繰り返し川から離れた田にも水を供給していたとの事で大変な苦労だったと想像できます。


今でも極一部で竹樋を見る事が出来ます。




大きな川が有る訳でも無く鞍掛山が貯えた雨雪水だけでこんな急斜面で多くの田が有るにも拘らず涸れた事は無いそうで、天竜川と言う一級河川を持ちながら時々水田が水不足との話を聞く者としては不思議な気さえします。

途中から農道の傾斜は急になりコンクリート舗装路は無数に散らばる細かな石で足は滑りそうになりますが、一番上まで歩いて見ると傾斜地の山林を大変なご苦労され開墾し集落を作ったことが分かります。その地に有った11名の命、家屋、田畑を山津波が押し流してしまいました。鞍掛山の転石や山崩れで流出してきた石を一つ一つ手積みし再築された石積の畔に棚田。


農道を歩かねば、四谷集落の方々の思いやこの景色の本当良さが分からないと思うのだが…。駐車場から僅かに歩いて10分足らずの滞在じゃもったいない。


石積み畔の中に見つけた宝篋印塔


山津波で多くの方が犠牲になった大災害という悲しい歴史が有ります。その歴史が有ったから今の素晴らしい景色が有り観光客が訪れる。四谷集落の方々はその観光客の為に仮設トイレを2ヶ所設置し、駐車場も整備し無料開放。でもここは観光地では有りません。生活居住区で何処にでも有る農耕地なのです。ですから売店等観光客がお金を落とすシステムが全く有りません。トイレ清掃協力金100円、駐車料500円の集金箱置いても良いんじゃないでしょうか?休憩用東屋へ残された空のペットボトルに弁当のごみ放置、農道を作業車が来てもどかない。農作業中の方に声も掛けず撮影する等、この景色の中でどういう心を持った人間なんだ!!!と思う事多々。そんなマナーの無い事をしていると農道への立ち入り禁止になってしまうのに…。

声を掛け撮らせて頂いた御婦人。「何処から見えたの?」から始まり前述の水利の話を教えて頂いたり、絶景ポイント等暫し談笑。田舎の方はお優しいですね。会話で心がほっこり御礼のご挨拶をし駐車場へ向かう。優しい気持ちになったのもつかの間、すれ違ったデジ一を持ったオヤジが御婦人に何も声を掛けずバチバチ撮影し始める、しかも立ち入り禁止の畔にも入って…。帰り際嫌な物を見てしまった。写真撮る人間のマナー云々って言われる訳だ。


大災害が有った場所です。訪れた人々もただ綺麗だと思うだけではなく、其処に大災害が有った事を認識して手を合わせ安らかに眠って頂けるよう祈って欲しいのもです。立っているその下でお亡くなりになった方が居たかもしれませんし、ましてや発見されなかったご遺体が眠っているのかもしれないのですから。

鳳来寺表参道の石段の前に立つ。何々?表参道登山口との記載の看板も有る。何で登山口?表参道でしょ?本堂までは石段の数は1425段。折角来たんだから表参道から正式参拝しましょうと一段登ると以前登られた方々が残してくれた天然木の杖が目に入った。2本借り4WD体制でいざ!登山開始。


10分足らずで三代将軍 徳川家光の命で建てられた仁王門到着。この時既に息は絶え絶え。仁王門をくぐると空気が凛とした雰囲気に変わりましたねぇ。

聖武天皇が病に倒れた時、光明皇后が薬師如来に祈願したら完治したと言われ、仁王門にかかっている額の字は光明皇后の筆とされています。

仁王門からは、更に石段は急になり引き返そうかとさえ思いました。この登山参道にでっかいデジ一2台襷掛けに持ってきたカメラ好き性のアホさ加減に呆れましたが、参道脇に置いて行く訳にもいかない休憩しながら撮りながら自分と戦いながら本堂を目指します。

現存する国内の杉では一番高い60mを誇る傘杉。


松高院


更に険しくなります。


杉の大木にはシダ類が茂り幻想的。


医王院。


葵の紋も見えます。椛の新緑が綺麗ですが…。


本堂が近付くと石段の幅は狭まり、休憩する場所は無く。その場に立ち尽くし息を整るのみ。これは正に寺では無く山城か要塞か!修行僧の特殊訓練の場所ですね。


利修上人は、鬼と竜を家来にしていたが、そのどちらかが付けたと言われる岩に刻まれた大きな鋭い爪跡。


参道脇には幾つもの石仏が有り心癒されます。


参道入り口から写真を取りながら大凡40分ほどで本堂へ到着。

ヘロヘロでブログネタ等記憶に留める余裕など無し。

本堂からの景色


参道の急石段は帰りも大変。医王院を超えた辺りから膝は笑い、脹脛と太腿はプルプルしだし木の根っ子には躓く始末。足腰に自信の無い方やワンピースにヒールの有るパンプスの尾根遺産にはお勧めできません。実際ブルーのワンピースの可愛らしい彼女連れのカップル、引き返しましたから…。

仁王門迄来てお邪魔しましたとペコっと拝礼。柵に寄っかけて有るのがお借りした二刀流の杖。帰り参道は約30分。


鳳来寺は鳳来寺山の山頂近くにあります。鳳来寺の正式名は、煙厳山鳳来寺。寺に伝わる話では開山は利修仙人により大宝2年(702年)。本堂は大宝3年(703)の創建。

利修上人が百済に渡って仙術を身につけて鳳凰に乗ってこの山に降り開山した。又、文武天皇の病気平癒祈願に、鳳凰に乗って現れたという伝えがあり鳳凰を操る力を持っていた伝説から鳳来寺(鳳来寺山)と呼ばれたと言われています。

平治の乱で落ち延びてきた源頼朝が鎌倉へ移る前に匿われ鎌倉幕府の誕生後、頼朝が伽藍諸堂宇、三重塔等を新築し大々的な再興を行い大きく栄えました。

戦国時代には、近郊の菅沼氏から寺領の寄進を受けましたが、豊臣秀吉の治世では、締め付けに合い僅か300石の寺領を許されただけで困窮しました。

三代将軍徳川家光が、日光東照宮を参った際に於大の方が鳳来寺に参籠し、祖父徳川家康を授けられたという話を知ると大号令を発し東照宮と仁王門等の建立を命じ1,350石(東照宮含)が寺領となるなど大いに栄えました。

鳳来寺古絵図では、薬師堂(本堂)、東照大権現、別当松高院、鎮守権現、六所護法神、常行堂、利修仙人堂、三重塔、鏡堂、天神社、奥院、大神宮、弁天堂、毘沙門堂、弘法大師堂、元三大師堂、鐘楼、楼門などを有した大寺院だったことが分かります。江戸時代、庶民の一番の楽しみは寺院詣と言う旅行。この地域の東海道界隈は浜松の秋葉大権現詣(当時は秋葉神社ではございません)と鳳来寺詣で人気を2分し競い合っていた位だそうです。鳳来寺詣客で門前町や最大時は24も有ったと言われる院や坊は大賑わいだった事でしょう。


明治の神仏分離まで、東照宮の祭事も僧侶達が行っていましたが、新たに祠官が派遣され、鳳来寺と東照宮が分離されました。廃仏毀釈運動の影響も有り寺院・鳳来寺の衰勢は著しく、明治中期以降は困窮の窮みにあり廃寺に近かったそうです。

大正3年(1914年)に本堂を焼失しましたが、昭和49年(1974年)に再建。この長期に渡り仮本堂でした。

明治初期まで存在した諸僧坊も度重なる火災と明治以降の窮乏で廃絶。廃絶の諸僧坊跡地には石碑が立てられています。近年まで有った徳川家光の命で建てられた松高院と医王院も建物は残っていますが、無住職となり廃墟同然、窓や扉は壊れ、雨風が入り込む状況で、このままでは朽ち果てるしかありません。鳳来寺の学頭を交互に3年ずつ勤めていた由緒ある寺院ですが、残念な事です。

現在鳳来寺には、常駐の住職は居らず京都のとあるお寺の住職が兼務され年に何度か訪れるという。

頼朝、家光により栄華を誇った鳳来寺ですが、今は寂しい、残念な状況です。




門前駐車場から鳳来寺から数百メートルの東照宮へ今度は車で向かう。以前は1.000円との有料道路だった鳳来寺山パークウェイから再びアプローチ。昔彼女と訪れ貧困青年だった為1.000円は実に尊かったが、走ってこれで1.000円かよ!と憤慨したの事は懐かしい想い出。

駐車場から東照宮へ向かう道から門前町と表参道が見えます。最初に見たら登山参道参拝は止めたでしょう。


鳳来寺の鏡岩と鐘楼が見えます。


徳川幕府江戸時代ですから家康を祀るための東照宮が、沢山全国に造られ一時は500社以上あったといわれています。日光、久能山と共にうちが、日本三大東照宮だと言っているところは多いですが、関わりの深さという点ではここも三大の一つと主張しても間違いないでしょう。


社殿は日光や久能山東照宮を縮小した様な感じです。只、昭和45年の写真を見ると朽ち果てるのではないかと思わせるほどの姿です。車の通れる道路は無く1425段の石段しかございませんので大規模な修繕は出来なかったのでしょう。1971年(昭和46年)の鳳来寺山パークウェイの開通を受け4年かけて大がかりな修復工事が行われ、2002年から1年半で屋根の葺き替えや漆塗り等が行われ煌びやかな今の姿となりました。


総歩数13500歩ですが、四谷千枚田はかなりの傾斜地で約1時間半歩きっぱなし。鳳来寺は正に登山。小腹が空いた時に家から持ってきた米粉パン一個を食べただけで、楽し過ぎて昼食取るのも忘れてた。消費カロリーイイんじゃない。今、全身倦怠感に脹脛はパンパン。四谷千枚田、鳳来寺共に楽しみにしていた場所。四谷千枚田ではマナーの悪いカメラマン等に憤慨したも素晴らしい棚田風景に心洗われました。1時間半ほど滞在しましたがもっとゆっくりしたかったですね。鳳来寺は、又も明治政府の悪法、神仏分離令によって荒廃してしまった寺を見て非常に残念な気持ちに…。頼朝か家光の時代に見て見たかったですね。新城市観光課も朽ちた奥の院や朽ち始めた医王院に松高院も個人の寺院にて行政で何とかできる案件ではないとの見解。山岳信仰の素晴らしかった寺、何とかならないものか…。鳳来寺跡地的にならなければいいが…。四谷千枚田、鳳来寺何度も訪れたい場所になりました。

写真は鳳来寺境内で1本だけ赤く色付いていた椛。


あくまで個人のブログ、感想でしたが、REO的にはお薦めの場所です。東三河ドライブの際にはコースのご参考にして頂ければ嬉しいです。
Posted at 2017/06/12 19:47:15 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2017年06月08日 イイね!

ドタキャンで空いた休みに再び大鹿村へ行く「天空の池」

ドタキャンで空いた休みに再び大鹿村へ行く「天空の池」6/7関東甲信越は梅雨入りしましたねぇ☔
体調崩しやすい季節、皆様ご自愛ください。

6/5早朝庭のユリが咲いたので撮って居たらケータイが鳴った。

相手はお付き合いをする予定の取引先社長。トラブルで本日の予定はキャンセルとの事。前日日曜に会社で段取りをし、月曜休みにしての御付き合い予定がドタキャン。仕事優先して頂ければいい事、それはまぁいいとして。どうするREOの休み、このまま会社行っても「休みの筈じゃん来たの!!!気楽にできたのに…」的な顔をされても気分悪いし休んじゃえと!同行予定だったT君連絡取るとやっぱり休み浮いちゃったと…。T君はエクストレイル乗りのアウトドア派「林道行く?」の問いに速攻OK!土曜に行ったばかりの大鹿村へ再び

7日に梅雨入りしそうな予報出ていたし、雨が多くなると石が浮いて落石しやすくなるんですよねぇ。落石注意だらけの大鹿村林道は梅雨の時期は怖くてよう走れませんから行っとくかぁ!って気持ちも有りましたしね。と言う訳で前回のリベンジも有ってジムニーとエクストレイルでいざ大鹿へ

穴場情報を得ようと大鹿村観光案内所へ寄り『「天空の池」と「夕立神パノラマパーク」は制覇しているので、今のお薦めは?』と二人いたおばちゃんに聞くと「そこの他には無いかなぁ」えぇ~マジ!

カウンターに並べられた観光パンフを手に取り開くと撮影ポイントやら良さげな所あるじゃん。おばちゃんに此処は?と聞くと取り敢えずの説明をしてくれたのでセレクトして行く事に。観光案内所なんだからもうちょっと説明のしようが有るだろうに…。2ヶ所以外は無いかなぁは無いよなぁ(-_-o)土曜に「天空の池」を教えてくれた方が丁寧だっただけに残念。

観光案内所から6km先に有る赤石荘の更に先2kmに有る赤石岳が直ぐ近くに見えるとのポイント。雲と電線が残念ですが、赤石岳が目の前に見えます。


☝のポイントから直ぐ林道釜沢線は、南アルプス大鹿登山口へ川沿いに向かう道と大鹿村最東に有る釜沢集落へ向かう道と分かれます。釜沢集落を過ぎた林道の終点に宗良親王が住んだ「御所平」が有ります。

「御所平」は、南北朝時代、後醍醐天皇の皇子、宗良親王が北朝・足利政権と対立し、この大鹿村に居を構え信濃の豪族、香坂高宗らの力を借り南朝再興させようと約30年間この地に住まわれていたそうですが、夢叶わずこの地で75年の生涯を閉じたそうです。南朝再興を秘密裏に進めようとしたのでしょうが、アルプス登山道と分かれた林道の終点って皆さんの想像に及ばないとんでもない山奥なんですよ。驚きしか出てきませんでした。
高床式が分かる写真を村hpから引用
釜沢集落を過ぎれば、居住者も無く「御所平」目的で訪れる観光客もほぼ無いであろうこの地に当時の高床式住居を再現した建物が立っていますし林道も悪いなりに整備されています。後醍醐天皇の皇子宗良親王崩御の地として宮内庁の管轄なんでしょうかねぇ?(゚_。)?(。_゚)?

昼食場所を求めて鳥倉林道へ向かう。マップを見ると鳥倉山山頂近く林道の終点に鳥ヶ池なる池を発見。鳥ヶ池キャンプ場を過ぎ間も無く幅員の狭い未舗装路をしばらく進むと行き止まり。遊歩道ってマップには有るけどそれらしき物は全く分からず引き返す。

やっぱり赤石岳を見ながら昼食にしようと、夕立神パノラマパーク入口へ車を止め

鳥野郎糞着弾!!!∑(゚ロ゚!(゚ペ?)お食事中の方o(_ _)oペコッ♪

オープンテラスを作ってBBQ


約2時間駄弁りながらこんな景色を見ながらのBBQ一味違うってもんです。夕方用事の有るT君とエクストレイル君とはここでお別れ。


未だ3時帰るにゃまだ早い。前回のリベンジとあの場所へ。途中「伝説の大池」どんな伝説が有るかと観光解説看板を見ると「日本昔話」にも登場しそうなちょっと愉快なお椀を貸してくれる沼だそうな…。どんな伝説かは訪ねて看板読んでみてください。池の水は「天空の池」と同じく赤茶色、この辺りは鉄分が多いのでしょうか?


目的地はこんな未舗装ヘアピンの連続。


岩間から流れ出るこんな綺麗な水を見ながら


中央アルプスの絶景をモノクロで撮ると迫力が増します。シート前屈はご愛敬。西の空には怪しい雲が…。


で!目的地は土曜日も訪れた「天空の池」。東の空は晴れ。

何故リベンジかと言いますと前回のパジェロミニは4WDなんですが、ノンターボのAT。最後の未舗装急斜面でトルクの無さが露呈し床が抜ける程アクセルをベタ踏みするも速度10km以下に落ち立ち往生寸前だったんです。土曜でギャラリーも居て赤っ恥寸前でしたので、今回はターボ付きのジムニーでリベンジと言う訳。

クロカンタイプでも力が無ければ登り切れません。SNSで普通車高の車なら問題無く登れると無責任に書いている方もおいでですが、強めの雨が降れば轍が川となり深く削られます。各ブログを見ると立ち往生もスタックと遭遇ってのも多くあります。ロードスターで登ったとの強者もおいでの様ですが、訪れる際は十分ご注意、自己責任で。何か有ってもロードサービスには拒まれると思います。

月曜日の16時誰もいません。独り占め。


立ち枯れや倒木がいたる所に有ります。


4駆で走ったり写真撮っていたら山の天気は変わりやすいです。西の空は重い雲が立ち込めてきました。






「天空の池」が夕日に染まるのを撮りたくて日が沈むまで待つつもりでしたが、流石に標高2015mダウンが有っても良さそうなくらい冷え、更に雲が広がったのでちょっと夕焼け空に変わったところで退散。



景色が素晴らしい大鹿村ですが、村へ通じる県道59号と22号を始め村内の道は、リニア中央新幹線の工事が始まり日曜日以外は大型ダンプ他が非常に多いので注意が必要です。又村内の国道152号も広いのは村の中心部のみで少し脇へ入ると車同士の避け合いの出来無い狭い道で、さらに奥へ入るとよくこんな所工事したなぁと感心したくなる(感心というかビビりの方が先)ような断崖絶壁でガードレールも有りません。景色は素晴らしいので皆さんに訪れて頂きたいのですが、都会の広い道しか走ったことが無い方や普段車に乗らず景色見たさにレンタカーで来村をお考えの方には、余りお勧めできる道路環境ではございません。
Posted at 2017/06/08 17:20:33 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2017年06月03日 イイね!

「日本で最も美しい村」信州大鹿村「天空の池」へ行く

「日本で最も美しい村」信州大鹿村「天空の池」へ行く
こんにちは(^o^)/

小渋ダム湖と四徳川が交わる所に掛かる四徳大橋から今回の目的地、南アルプス方面を望む。四徳大橋は駐停車禁止です。走行中にてブレo(_ _)oペコッ♪


向かうは、REOのブログにも時々登場する信州大鹿村。大鹿村は「日本で最も美しい村」に認定された日本の里山風景が残る美しい村なんです。

日本で最も美しい村連合とは、NPO法人「日本で最も美しい村」連合によって選ばれた、小さくても素晴らしい地域資源を持つ村のことを指します。2005年に始まり、加盟総数が64町村登録されています。そして、5年に1回の厳しい審査によって登録団体が選ばれます。

村の観光案内所で軽ミニ4駆仲間で待ち合わせ。内訳はジムニー×3台、パジェロミニ×2台に2シーター+リアエンジン+スーパーチャージャー+4WD+マニュアルトランスミッションのいかしたサンバートラックの計6台(狭所多く集合写真有りません)。何故軽ミニ4駆なのか?って!?信州の林道めっちゃ狭いんですよ!砂漠をかっ飛ばすような大型SUVじゃ入れないとこばっかり、落石や倒木で行き止まりになっていても何とか向きを変えUターン出来ますし、悪路走破力No1評価は軽トラ4WD、同ポイントでジムニーなんですよ!

鹿塩温泉を抜け林道黒川線へ入ります。道下こんな谷合の急傾斜な所に集落が有ります。


黒川林道は幅員狭いですが、舗装路で風光明媚です。でもガードレールが無い所が多く脇見運転は崖下数百メートル真っ逆さま。


黒川牧場へ着いたら二児山へ向かいます。登坂始めはコンクリート舗装されていますが、間も無く急勾配の未舗装ダート。深く轍が掘れている所が多く有りR35では絶対無理。4WD車で無いとスタックする可能性は高いと思います。


写真では、大したこと無さそうですが、荒れたダートの急斜面、手に汗握ります。




でも景色は良いです。急勾配へドキドキで停車して中央アルプスをバックに1枚。


必死の思いで、登り切り振り向くと中央アルプスと北アルプスが満面の笑みでお出迎え。


目的地は「天空の池」。皆さんご存知ですか?
黒川牧場の最奥、二児山(2242.7m)の山頂近くの標高2015mに有る小さな池です。神秘的だとみんカラの4駆乗りやバイカーから大人気なんです。


少し角度を変えると「天空の池」越しに中央アルプスと北アルプスの絶景。


黒川牧場の外れに有った為、二児山遊歩道が整備されるまで殆ど知る人の無かった池なんです。池の名前は当初は無かったそうですが、訪れた人がこの立地を見、誰とも無く「天空の池」と呼び出し何時しか村も観光協会、村人もそう呼ぶようになったそうです。

水源は湧き水ではなく又、川が流れ込む訳でも御座いません。小さな池ですが、枯れたことは無いそうです。二児山や黒河山を背負い、すり鉢状の底に当たるので雪解け水や雨水が溜まるのでは無いでしょうか。観光案内所でも水源は不明、大凡REOの憶測通りではないかと言っておられました。

因みに「天空の池」の周りは5~6台駐車可能な駐車場が2か所有りますが、其れ以外にトイレその他施設はございません。又、黒川牧場は2年ほど前に閉鎖され現在牛の放牧は行われておりません。


グーグルアースより引用。黒川牧場からの高低差分かりますかねぇ(^-^)ノ゙

池周辺は倒木が有ったり


正面の中央アルプス。中央が千畳敷135mmで。


皆其々池越しの愛車写真を撮ったり高原散策をした後「天空の池」を後にし黒川林道脇風景のいい所で、タープを張ってお楽しみ昼飯。


高原と言えばBBQ。パッセンジャー以外は残念ノンアル。


喰うに夢中でヘタレ写真ですが美味しゅうございました。


1人じゃ無いと中々ゆっくり撮れませんが…。「日本で最も美しい村」大鹿村黒川牧場界隈を数枚張ります。


新緑が盛んで綺麗です。


空が近い


立ち枯れた古木も味が有ります。


脇道に美味しそうな林道が有るとついつい入って行ってしまう輩衆。


林道というより獣道。こんな林道で遊んで村中心部へ戻ります。


大西公園と大西観世音菩薩像

1961年(昭和36年)に発生した「三六災害」。6月29日午前9時10分頃、下伊那郡大鹿村の大西山(1741メートル)が、当時は山裾を流れていた小渋川(天竜川水系)に向かって山体崩壊し、川の水を巻き込んだ土砂は一瞬にして対岸の集落を呑み込みました。崩落範囲は高さ450メートル、幅280メートルで、大量の土砂(推定280万〜350万立方メートル)の突端は現在の国道152号を越える付近まで到達したといわれます。この崩落により39戸が土砂に呑まれ、死者42名との大災害が発生しました。大西山の崩落跡地に、犠牲者の慰霊と村の復興を願って築かれたのが大西公園です。大西観世音菩薩像が、大西山を背に村や公園を見下ろす様に赤石岳に向かって立っています。大鹿村を訪ねると必ず寄り手を合わさずにはいられません。

大西観世音菩薩像眼差し先の南アルプス赤石岳。


信州大鹿村の最寄りICは中央道松川IC役場辺りまで30分弱。其処から細く険しい林道を1時間〆は急登坂な荒れ放題ダートの先の「天空の池」。でも行ってみる価値はございますよ。
Posted at 2017/06/03 21:13:33 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記

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