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2017年09月01日 イイね!

クルマ以外の話題のこと

クルマ以外の話題のこと
8月の前半は、仕事をせずに有給休暇を使い、優雅でもないが久々の長期旅行に出ていた。


その中で、九州の直方市で、SLの保存と復元に務めるひとつのNPOとの出合いが有った。

「汽車くらぶ」と言い、各地の引退後に静態保存されているSLの整備や、場合によっては移転の交渉、簡単にいえばSL全体にレスペクトを持ち、これを評価の対象まで社会活動していく団体である。



この人たちとなぜ、接点ができたのかは、SNS上の偶然である。
最初は私の故郷にあるSLの、消滅危機からであった。その話題に反応し、現役当時の写真をポストしたところから、はじまった。

昨年の5月に、1台の保存SLの復元活動がスタートして、秋までにみごとな手腕で、地元と一緒に活動する様を、横から見させていただいた。私も1日手伝いに向ったのである。



この赤い錆び止めを塗られた個体が、解体の危機にあったD5110号機で、今は直方市で復元作業中でバラバラになっている。




クルマ好きのページに、こんな話題を書いてみたいと思った動機を話していこう。

トップのコマ写真が、ここに今来ている59647号の、お別れ運転で、1974年12月の写真である。
このロコは、引退後保存されていたが、一時外観が傷んでいた。
いろいろな経緯で汽車くらぶが引き取り、現役当時の状態に近く復元されたのである。

今実際、火を焚かない以外は、圧搾空気でここまで動くようにされている。
私が驚いた「レストア」の状態を、動画で見て欲しい。



今回、本拠地は初訪問であった。一緒に行った大学時以来の鉄道好きの友人も喜んでいた。

そこで感じたことを書く。自動車の好きな人は、これまで個人の世界と、繫がりの輪の範囲で、趣味を維持出来た。
ところが、今後は自動車は消滅の危機も迎えるだろう。

45年前くらいに全廃したSLは、私鉄とJRで保存以外は、有志で持つことは、ほぼなかったが、保存SLに風化の危機が出てから、この分野が再燃した。
良く出来た組織があると、不可能が可能になってきたのである。

この人たちは意識も変な意味でなく高い。

では、僕らクルマ好きの今後の延長線はどこに着地するのだろうか。
そんなことを、強烈に感じていたのである。



今の段階では、私はこんな情報があると、紹介したに過ぎないが、私は昔から、英国人の趣味のやり方と、関わり方に興味がある。

それはクラブ社会の意義と意味でもある。

彼らは、一時世界を支配した、有能な国民だが、経済的影響力が低下した後、何に向ったか。
それは趣味の文化を高めたことではないか。スポーツ、ゴルフ等、英国の文化は深い。

切手収集、そして自動車趣味、いろんなことに精通している。

東南アジアにおける日本の意味は、趣味文化を、どうやって優雅に高めて、また偏見を排し、反対に判っていない人びとへの啓蒙と、社会への働きかけではないだろうか。


かつては、マスコミが優雅な職業だったが、今は見る影が薄い。
しかし21世紀にすべきことは、今の世の中の流れに棹をさし、私は稚拙や遊戯に近い文化、(趣味面性の洗い直しと再研究)の構築ではないかと、思い直している。


ちょっと力んでもいけないが、こんな投稿である。
自動車に乗り、好きな者たちが、もうちょっと意識を変えていけないか。
現実はうんと遠くなったけれど、暑い夏の道のりを走りながら、頭に浮かんだ幻想である。



Posted at 2017/09/01 12:27:03 | コメント(3) | トラックバック(0) | 鉄100% | 旅行/地域
2017年08月30日 イイね!

21年目のびわ湖バレイ

21年目のびわ湖バレイ8月最終の日曜日に、1996年から続いている小さなオフ会を行って来た。
友人とその周辺で、三々五々愛車で集まって、午前から午後を過ごすものである。

今年は、850クーペが戻ってきたので、例年より多い参加者があった。
クルマに乗れないので、電車で来てくれた、友人もいた。




集まったクルマは、アルファのスパイダー、フィアット600と私の850、2CV、スマートクーペ、シビックRS、現代車がカングーとAR147である。それとNS-Xも来て頂いた。




本当はびわ湖バレイに入って駐車場でやる予定が、最近のPRで会場が予想を超える大混雑で、使えずに、近くの湖西線の駅前で集合した。こんなことは初めてである。



今年も何とか開催出来た。感想はそこから書き始める。

びわ湖バレイ周辺も、湖西道路も、過去にない大混雑である。
自動車離れが進んでいるといっても、情報が流れると一点集中する。
ここはロープウェイで山上にあがれば、下界の暑さが嘘のように涼しい。

始まった当初は、会場はがらがらで、誰も知らないマル秘のスポットに近かった。
湖西道路は、出来かけで、まだ湖水浴の観光客で、賑わっていたが、近年は夏の水泳レジャーが減り、道路も走り易くなっていた。


いま私たちは、大半が50代になり、社会の後ろ側に立っているような気がする。
といって、豊潤な自動車体験があるのが、この辺りまでで、古いクルマは面白そうと、下の世代に関心は示されても、乗り込んで来る若者は少ない。

私たちは幸運だったことは認めよう。
自分たちの青春期が、自動車産業の成長期であり、どこを切っても楽しかったことに尽きる。
自動車の雑誌、取り上げた歌や映画に、テレビドラマ。
そこで思ったのが、あの時代は「おぎやはぎ」見たいな取り上げられ方(回顧録)は当時無かった。

現在進行形で、クルマは進歩していたし、社会環境の変化は、もっと若者を育て、主役に守り立ていく流れだったと記憶する。

学者的な書きかたをすれば、自動車価格(中古を含めて)の平準化、入手しやすさが最大になった時代に自動車に乗れたこと。チョイス出来る項目バラエティーが実に豊富で面白かった。
だからヨーロッパの旧車に乗るなんて「冒険」が20代の若者に許されたのである。

あと、感覚的にシャープな若者が、時代をひっぱっていた。
スタジオミュージシャンなんて職業で稼いで、憧れの輸入車に乗れた人も多い。
クルマに対する関心度が高まり、雑誌は百花繚乱を呈した。それが83年のNAVIが出て来て、90年代いっぱいまで続いたのではないか。



今回一番驚いたことがあった。1994年夏に取材を受けた「NAVI」の記事を、初参加の人が持参して来てくれたのである。

この人は電車で来た友人の同僚で、850クーペに乗るkotaro氏だけで、私のことだとピンと来て、雑誌を探し出して、コピーを進呈していただいた訳である。
23年も前のことで、雑誌は長い時間に紛失し、このような写真であったことも失念していた。
小さな写真に両脇に抱く二人の子どもは、いつしか大学を出て二人とも社会人に育った。

私はあっと思った。瞑目もした。
この年の取材は夏の8月後半で、それから間もなく9月2日に闘病中の父が他界した。私は35歳だった。
明けて翌年の1月17日に震災で借りていた家が全壊した。取材の背景になっている家である。

その時に物品の救出に来て頂いた友人が同じ雑誌に載っており、彼の紹介で雑誌初登場になった訳である。この雑誌記事が回り回って、23年後の私がここにいるのも不思議な気がする。
そして、その友人の恩に報おうと、彼の足っての希望だったフィアットのツーリングイベントを震災の年の遅くに開き、翌年から準備の要らないびわ湖バレイのオフ会を始めて、現在に到っている。



今年は、私が850クーペに乗り始めて、30年になる。
あれから、いろんなことがあり、今の私は欲もなくなったが希望も小さくなった。

最近の自動車の世界には、あまり着いて行けないし、50代や60代で運の良い人は、まだ高級なクルマを買おうと、消費行動されるのをみても、興味が持てなくなった。
ここまで醒めた気分になることは、予想していなかった。

今の時代で、面白いことは少なくなり、分かりにくくなっていると思う。
やり方や切り口を変えれば、まだ面白いものは転がっていると思うが、誰もこれが面白いと言える自信は無いし、キャッチフレーズの通用する時代でもない。

今回は書かないが、ネット検索と、用意され易い答えの出し方=アルゴリズムのような世界が、大いに人間の好奇心や欲望を、反対に萎えさせてしまったのではないか。



30年前に何の情報も無く、新聞の中古車広告欄だけを見て、買いに行ったクルマに乗り、私はここまで、ひとつのエネルギーを保てたことだけが、何かの真実なのかもしれない。
しかし世界には情報が溢れている。そんなことを考えながら、午後の山道を越えて、遅い帰路を、私と愛車は辿って家に戻り着いた。



Posted at 2017/08/30 14:55:07 | コメント(3) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ
2017年08月25日 イイね!

長期欠席のあとで

長期欠席のあとで2014年の後半から、ラテンでゴメンというブログが全く書けなくなっていた。
私自身に問題が多く発生していたことや、従来の軽い乗りに社会批評を交えて語る切り口に、自信を失っていったこと。
さらにこの3年間に、働き先を見つけて食べて行かざるを得なかったのだが、就職したのが自動車の関係先で、全く自分の思いが通じなかったことがある。

私はそれまで、クルマに育てられたと思っている。
だが現実の自動車は、新車販売のために社会構造的な管理が行き渡り、顧客とディーラーの関係なども、言葉に書けないような気分を味わっていった。
自分の中で急速に自動車に対する興味が薄れて行った。

いや、でも世間一般では相変わらずで、みんカラも続いているではないか。
知らない人がイイネを付けてくれて、今のリーダーな人には、私の時代とは桁違いに読者がいて、イイネを付けられているのを見て、ここは違う世界になったと思った。
そんなこともあり、灯をともすように記事を書いていた昔が、とても懐かしく思える。

その間はSNSだけが救いであった。
コメント等でやり合わなくて済む人とは関わらない。今のSNSの特徴はそこである。
外国の情報も素早く読みとれる。過去の車種の情報も、ずっとグローバルに展開出来る魔法の世界であった。







このところ、一方のSNSが面白くなくなってきた。飽和状態になってきたのではないか。
といって、のこのこみんカラに帰って来て家があるのだろうか。
一時期もう一つのハンドルネームで、別ブログもスタートさせたが、一向に気が乗らない。

ただいろんな意味で、私は誤解されているだろうし、前回の断筆が唐突で説明もできていないように感じた。
この数年間に、親族二人を亡くし、苦しい時間も長く続いた。
一方仕事先が、水があっていたら、ほいほいと記事が量産できたかもしれない。

50代後半の人間に、楽な現実はないことを思い知らされた。
それはこれまでに苦労を大してしてこなかった人間に対する、下の世代からの突き上げもあったかもしれない。

それでも私と同世代の人たちの多くは、クルマの友たちはまだなんとか乗っている。
上の世代のぼちぼちリタイアした組も、カーライフは人生の柱のようである。
親を見送り、姉を見送り、こども二人を社会に出して、そして私はひとりになった。

さんざん乗ったクルマも、今は850クーペ1台になった。
2016年11月に、愛車のレストアは完成した。
2013年7月に、痛んだ車体の更新に出したのだから、実に3年4ヶ月かかった。
その間に貯蓄も減って行ったし、今でもクルマを諦める時期が、いつ訪れるのか、弱った自分の生命のように怯えるときがある。




別に開き直って書こうという気ではない。
この数年を経て、ますます自動車の話題は、お気楽なものでなくなり、新車を売るための排ガスの改竄や、旧車に対する税負担増とか、全く闇のように思われる。

私は、勢いづいて、よく主張文を書いたが、今の一般SNSでは、相手にされないうえ、「承認欲求」と言われるらしい。
こういう時代なんだ、そこに生きるものは、という気分によくなる。
今回は3年ぶりの投稿を出すことにした。
その間下書きで迷って消したことも数度ある。

もう失う物はないだろう。最後の一台を除けば。
そう言いつつ、すぐに止めてしまわぬよう、1年後に自分がどうなっているかを見るために、再びスタートしようと思う。
29年の晩夏に記す。

kotaro
Posted at 2017/08/25 14:08:59 | コメント(6) | トラックバック(0) | 回顧録 | 日記
2014年11月23日 イイね!

おしらせ

おしらせ4年10ヶ月の間みんカラに記事を書いてきました。
最近、考えるところがあり、そろそろこの「連載」を
終了した方が良いのでは、と思うようになりました。

嘗て編集の仕事をしていた者として、面白くない
記事は打ち切られても文句が言えません。

これまで長い間、熱心に読んで頂いた読者の皆様
には大変感謝しています。


随分好き勝手なテーマで、クルマに関することを中心に、書かせてもらいました。

個人的な思い出は1970年ちょうどから始まります。
やがて成人する80年代、90年代は自動車は豊穣からピークを迎えて
産業は周辺関連まで隆盛しました。

私が語った時間は、5年弱ですが、この期間に、これまでモータージャーナリズムを
引っ張って来た小林彰太郎と徳大寺有恒というふたりの個性を失くす時代に
重なりました。私はこのことを大きく捉えます。
この二人を追って超えるような人材は今後出現しないのかもしれません。

若輩の私もこの両名には憧れるものがありましたが、反対に潮時と考える
こともできます。

もう、これ以上自動車に関して書くことは意味があるのだろうか。
面白くなくても書き続けることも可能ですが、私は他の人の書いたものを読む
興味を失いつつあります。普通の人の身辺日記はともあれ、自分が本当に
書きたいものが残っていないのなら、そろそろお終いにした方が良いのでは
ないか。自分自身が書いていて楽しくないことに、ふと気付きました。

クリック数やいいねなど期待されていることは、有り難く嬉しいのですが、
それに応えるには、今の私はもうクルマのように。快走できないことに
はっと気付きました。



これから先も何かを書くことは続けたいと思います。
しかし、ここでクルマについて語ることは、もう役目を終えたように思います。

この場所で皆さんと文章を通じて会えたことは素晴らしい時間でした。
まだネタの尽きないうちにさよならするのも、燃え尽きるほど燃えない
自分らしい選択かと考えます。

コメント欄だけでなく、丁寧なメッセージを送っていただいた方も
何人かおられます。
まったく見ず知らずの私の文章に、興味を持っていただいたことは
とても光栄に思えました。

だが今は、私はクルマに夢中だった頃の話を、昔話で語るのも
適当でないように思えます。
醒めてしまった私が、無理に熱く語ると、不協和音が出ます。
また、ホットな人の環に、私が入ると興ざめなことになるのは自明です。

ここに残された文章は、退会すると自動的に消えるのだろうと思います。
一気に文章を消すことは最終的には、その選択になるかと思いますが
もう少しだけ、置いておこうと思います。

今回は何度も迷いましたが、やはり続けることは、未練と不満と、
今後の行動をする時に、気がかりになるのではと思います。

30年近い旧車生活を通じて、得たことやいろんなことを考えて
自分なりの自動車観は伝えたかったと思います。

ただ、何かを近年急速に私は失いました。
お金でもなく、情熱と言った方が近いかもしれません。
「なぜ」と何度も思い返しましたが、判りません。
時代の流れ、空気がそうなのか。それでも毎日通る道の上にはクルマが
あふれています。
そこでは唯々諾々とした社会がルールとして存在し、従っています。
必死になってそこから“閃いて”、何かを書こうと思うのですが、
遠い日の記憶喪失のように、今に繋がりません。

これが私をクルマのことを語るのに遠ざけている最大の理由のように思えます。

非日常的な祝祭やイベント、これらも出掛けて行くのは好きなのですが、
もう25年前のような体の中から湧いて来る感興がありません。

したがって大掛かりな行事に自分が配役に入ることも、もう無いだろうと思います。
申し訳ありませんが、これは感覚みたいな気持ちです。



ひょっとしたら、インターネット的なものの発達で、自分的興味関心の
発露が違ってきたようにも思えます。
自動車環境ホルモンとでもいうのでしょうか。
本能的好きなことへの不感症。

再開は予言せず、止めておこうと思います。
好きなことが無くなっているものでもありませんが、総合体系化は無理なような。
それが時代の終わりに感じられて、こういう気持ちに至ったのかもしれません。

大変ありがとうございました。


kotaro
Posted at 2014/11/23 11:21:18 | コメント(16) | トラックバック(0) | 日記
2014年11月09日 イイね!

夕刊の訃報を読んで

夕刊の訃報を読んで











一日中遊びに出掛けていて、夜遅くにラーメン屋で夕刊を
読んでいるときに、徳大寺有恒氏が亡くなったことを知った。

合掌。

僕は若い頃は、生意気だったので誰もが好きでなかった。
しかし「ダンディトーク」という本を、夕刊フジの編集部で見つけて
当時はまだ広告部員だったが、面白さに取り憑かれて、ファンになった。

そのくらい93年頃にでたこの本は、痛快だった。
続刊の「英国車の精神」は自分で買った。
バブルだったけれど、徳さんは、踊っていても本質は踊っていない。

男はその境遇で、いろんな生き方になる。
社長島耕筰であってもいいし、芸能人と浮き名を流すことに夢見たって
いいではないか。

それとは違う、本質としての自分があれば、地味に生きようが
派手に生きようが、男同士としての心は意気として通い合う。

だから、徳大寺有恒という生き方は、一冊の本がヒットしてからは
翻弄されてしまったが、それで満足だったのではないだろうか。

それすらも達成できないことも、普通の人生だし、僕も今は後者だ。
ずっと後者かもしれない。

反対に、ヒット作もなく、長生きすることだって、あったかもしれない。
ニューイヤーミーティングに出たときに、僕のフィアット850が
パレードを一周して会場に戻った時に、車の前に徳大寺さんが
立ちはだかり、青い京都ナンバーのフィアットをしげしげと眺めて
居たときの表情を覚えている。

まだこのクルマに乗り続けていますよ。
偉大な先輩に、その気持ちを捧げます。

ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。
いち、モーターファンより。
Posted at 2014/11/09 06:25:13 | コメント(4) | トラックバック(0) | オンザカー | 日記

プロフィール

「クルマ以外の話題のこと http://cvw.jp/b/176891/40338985/
何シテル?   09/01 12:27
やれた車が好きです。 ウエットなイタリア人かも
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