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2017年07月23日 イイね!

浅草&スカイツリー物語『その三 隅田川下流編』

浅草&スカイツリー物語『その三  隅田川下流編』
前回に続いて隅田川下流に架かる橋を探索してみた。いずれの橋も未開の地であり、ネットの情報等を駆使して何とか下流まで制覇することができた。



特に『清洲橋』『永代橋』『勝鬨橋』は歴史も深く国の重要文化財に指定されている。また、橋のライトアップも非常に華やかで見所満点である。


現地に早く着きすぎたため、小腹も空いていたので、築地で軽く食事をする事にした。
築地本願寺は正面玄関付近で建物を増築する大掛かりな工事が行われていた。


場外市場の方に足を運んでみたが、時刻は午後6時だというのに営業しているお店が少なく閑散としていた。


思い出した‼️この辺は朝が早く午後3時には閉店してしまうのだった。薄暗い路地裏に入ると海鮮丼のお店が営業していた。


メニューを見ると珍しいラーメンを発見した。その名も『伊勢海老ラーメン🍜』


伊勢海老が半身盛られていて、しらすにわかめと海の幸たっぷり。磯の香り満載のあっさりしたスープと伊勢海老のプリプリとした食感に舌鼓をうった。


今回も橋の歴史を振り返りながら隅田川下流に架かる橋の夜景を紹介していく。

①新大橋
中央区と江東区を結ぶ橋で千葉県道50号線(東京市川線)を通す。橋の歴史を調べてみると、江戸時代の徳川綱吉の時代までさかのぼることがわかった。その後流失、火災等で何度も架け替えられ、1912年(明治45年)現在の場所にピントラス式の橋が架けられた。


橋中央の主塔には旧新大橋のレリーフが飾られている。


関東大震災の際には他の橋が落ちる中でこの橋だけは残り、避難の道として多くの人命を救った記録が残されている。
その時の出来事を克明に記した記念碑が橋の袂に建てられていた。


橋の老巧化に伴い1977年(昭和52年)現在の橋に生まれ変わった。


中央の鮮やかなオレンジ色にライトアップされた主塔は遠くから見ても美しい。


位置が離れているがスカイツリーも見える。


グリーンのイルミネーションが川面に反射して幻想的な光景である。


色鮮やかな屋形船とも相性ピッタリ‼️


②清洲橋
関東大震災の復興事業として1928年(昭和3年)架けられた橋で、中央区日本橋と江東区清澄を結ぶ。
ドイツライン川に架かるケルン市にあったヒンデンブルグ橋をモデルとしている。


名前の由来を調べてみると、公募により建設当時の両岸の深川区清住町と日本橋区中洲町の二文字を採って付けられことがわかった。


スマートな感じの橋であるが、鋼鉄を使用し骨太でがっちり造られている。


青い橋に控えめなライトアップはピンク色


テラスに佇んでいると遊覧船が通り過ぎて行った。


『テラスに咲く紫陽花と清洲橋』


フラッシュをオンにしたらこんな写真が撮れました。


『清洲橋とスカイツリー』


③永代橋
橋の歴史を調べてみると江戸時代からこの地にあり、赤穂浪士が引き揚げに通ったことで知られている。
1897年(明治30年)中央区と江東区を結ぶ橋として、日本初の鉄橋として架けられて路面電車も敷設された。


その後関東大震災の復興事業として、ドイツライン川に架かるルーデンドルフ鉄道橋をモデルとして1926年(大正15年)に現在の橋に架け変えられた。


名前の由来を調べてみると、当時の深川辺りは永代島と総称されていたため橋の名になったとされている。


この時代の橋は耐震耐火を強化した鋼鉄のがっしりした造りが多いようである。


緩やかな曲線が描くアーチ橋は鮮やかなブルーにライトアップされて美しく輝いていた。


橋の歩道から見上げるとなかなか力強いデザインである。


橋の歩道の上流側にはスカイツリーが見える。


更に橋の歩道の下流側には佃島の高層マンション群が見える。


テラスに降りて歩いてみると様々な光景に遭遇できた。
『風になびく柳の葉と永代橋』


『屋形船と永代橋』


『テラスに集まり体操をする尾根遺産達(注:昔の?)』


『佃島の高層マンション群と水上バス』


ニューヨークはマンハッタンの摩天楼にも似た雰囲気であり、『東京マンハッタン』とも呼ばれている。


そして上流側のテラスを歩いてみると、永代橋と佃島の高層マンション群のコラボ。更に奥に建つ塔はこの後行く中央大橋。
東京の夜を感じる光景である。


④中央大橋
中央区の新川と佃島を結ぶ橋で1994年(平成6年)に架けられた豪華な橋である。


昭和初期の橋と比較すると、未来的で斬新なデザインである。主塔は日本の『兜』をモチーフにしたデザインでフランスのデザイン会社に依頼したようだ。


近づいてみると兜の部分から前後に沢山のワイヤが伸びていて、シャープでスマートな橋のシルエットが強調され背後の高層マンションの景観ともマッチしている。


高層マンションの名前を調べてみると『リバーシティー21』
バブル期の頃東京湾岸エリアの工場跡地には、数多くの高層マンションが建築されたが、以前はIHI(旧石川島播磨)の工場があったようだ。


橋の歩道から上流側には先程までいた永代橋とスカイツリーが見える。


テラスに降りてみると高層マンションに負けないくらい空に向かって主塔がそびえ立っているのがわかる。


橋の上流側のテラスから見ても非常に力強さを感じる。


⑤勝鬨橋
中央区の築地と月島を晴海通りで結ぶ橋で、1940年(昭和15年)に架けられた。


隅田川の一番下流にある橋で国内では唯一の可動橋(跳ね橋)であり大型船舶も航行できた。その後船舶の航行の減少と交通量の増加に伴い、1970年(昭和45年)に開閉は停止されている。


名前の由来を調べてみると、日露戦争の勝利を記念し『勝鬨の渡し』と称していたことから付けられたようである。


夜になると鮮やかなグリーンにライトアップされ、あまり見かけない色だけにこの街の夜景に映えている。


橋の歩道から見上げるとこちらも力強いデザインである。


さすがにこの場所からはもうスカイツリーは見えないが、橋の袂に行くと東京タワーが見える。手前は築地場内市場の灯り。


橋の歩道の上流側からは中央大橋と永代橋の灯りを微かに見ることができる。


こちらが歩道の途中にある跳ね橋の可動部分


『テラスから見た開閉部分』


『橋の下を通過する屋形船』


『橋の下を通過する遊覧船』


今回のブログはここまで。浅草の落ち着いた光景に対して、こちらの方は豪華で華やかな感じでした。
まだまだ続くこのコーナー❗️次回は気になるスポットを探索してみます。
Posted at 2017/07/23 23:26:27 | コメント(0) | トラックバック(0)
2017年07月20日 イイね!

浅草&スカイツリー物語『その三 隅田川上流編』

浅草&スカイツリー物語『その三  隅田川上流編』今回のテーマは『隅田川』
隅田川については浅草の近くを穏かに流れる川、そして古くから花火大会が開催される会場位の知識しかない。
少し調べてみると、隅田川は東京都北区の新岩淵水門で荒川から分岐し東京湾に注ぐ全長23.5kmの一級河川であり、この川には24の橋が架けられていることがわかった。


新岩淵水門


隅田川に架かる橋の歴史を調べてみると、昭和初期に建設された古い橋が多いことがわかった。


今回は隅田川に架かる橋の歴史を振り返りながら、まずは『浅草周辺に架かる橋』それからこの季節の風物詩『屋形船』更にはそれぞれの橋から見える『スカイツリー』の夜景を紹介していく。

最初に本日のスペシャルライトアップは…⁉️
『なんじゃこれは😱』
シャッタースピードを遅くして撮っていたらこんな写真が撮れました^_^カメラ購入後1カ月の初心者のため御容赦願います。


改めて今日のスペシャルライトアップは
『粋』
薄いブルーの光は隅田川の流れをイメージしたもので、暑い夏の夜には一服の清涼剤のように感じる。


今回訪れたのは浅草近辺の五つの橋。順番に紹介していく。

①白鬚橋
1923年の関東大震災の復興事業として1931年(昭和6年)今の重量感あふれるアーチ橋に架け替えられた。
橋の名前の由来は近くにある白髭神社から付けられている。


関東大震災後は橋に対して『耐震耐火』の基準が設けられたようで、いかにも頑丈そうな橋である。


優美な曲線を描いたデザインは躍動感がある


緑道からスカイツリーを見ることができる。


②桜橋
1985年(昭和60年)に架けられた台東区の隅田公園と墨田区の隅田公園を結ぶX字の形をした特異な橋。

隅田川では唯一歩行者専用の橋である。隅田公園は桜の名所であり、両岸の桜をこの橋を渡り楽しめることから付けらた名前である。

隅田公園内の台東リバーサイドスポーツセンターからすぐで、体育館前にパーキングメーターがあり車でのアクセスも便利である。


夜になると橋のライトアップが行われとてもロマンチックな感じである。


緩やかな曲線はライトアップされてとても美しい。


橋を歩くとスカイツリーがほぼ正面に見える


歩行者専用のシンプルなデザインの橋であるが、川沿いのテラスからの景色は未来的でもあり、スカイツリーとの相性が抜群に良い。


③言問橋
言問橋も関東大震災の復興事業として1928年(昭和3年)に架けられた橋で国道6号を通す。


橋の名前の由来はこの地に今も現存する言問団子にちなみ付けられたようである。

東京大空襲時の黒い焼け跡は今も残されている。戦争は知らない世代に生まれ育っているが、いつ迄も平和な日々が続いて欲しい。

デザインはアーチがないので地味な印象。


ライトアップも無く、屋形船やスカイツリーがそばに居なければあまり見所が無い橋である。


この橋の最大の魅力は唯一橋の真正面にスカイツリーを見ることができること。


歩いても車で走っても、徐々に目前にスカイツリーが迫り来る景色はなかなかの迫力である。


④吾妻橋
吾妻橋の歴史を調べてみると、江戸時代に創架されたことが記録として残っている。
1887年(明治20年)には隅田川最初の鉄橋として、人道橋、鉄道橋(市電)、車道橋の3本が並行して架けられた。




その後関東大震災の復興事業として、旧橋の撤去と新橋の架替工事が行われ、現在の橋となったのは1931年(昭和6年)のこと。


地下鉄銀座線の浅草駅から一番近いのがここ吾妻橋。橋の名前の由来を調べてみると、対岸の向島にある吾妻神社へ通じる道であったことからこの名になったという説がある。


テラスから見るライトアップされた赤い橋はいつ見ても美しい。

やはり浅草ではこの色が良く似合い、勝手に付けた名前だが『浅草寺レッド』に通じるものがある。

橋の上を跨ぐように首都高速(向島線)が走っている。


一番左側のビルは墨田区区役所でスカイツリーの右側はアサヒビールタワー🍻とスーパードライホール🍺

この場所はスカイツリーが建つ前から記念撮影の人気スポットであるが、偶然にもスカイツリーはビルとビルの狭い隙間に見事に収まっている。

橋の中間位まで歩いて来ると、スーパードライホールの金色の巨大なオブジェが目前に迫ってくる。このオブジェのことを口の悪い方々は、金の💩とか💩ビルと名付けているようだが……正体は❓

ビールの泡🍺❓それとも雲☁️❓
調べてみると『聖火台の炎🔥』をモチーフにしたものであった。

そしてアサヒビールタワーの下のテラスに降りると淡い灯りがともり、そこはカップルさん達の溜まり場となっている。

今宵何を語り合っているのだろうか💕

テラスを歩いていると時折涼しい風が吹いてくるが、『洗練されたクリアな辛口』の冷たい飲物が欲しいところ🍺
このロケーションではもちろん飲むのは
『スーパードライ🍻』


台東区側のテラスを歩いていると、ド派手な屋形船が悠然と目の前を横切って行った。
慌ててシャッターを押した。『パシャリ』


もう1枚『パシャリ』
名付けて『レインボー🌈屋形船』GET‼️


⑤駒形橋
駒形橋も関東大震災の復興事業として、1927年(昭和2年)に架けられたアーチ橋である。


橋の名前の由来を調べてみると、『駒川の渡し』や観音様が上陸した『駒形堂』から付けられたとされている。


吾妻橋から撮った写真であるが、吾妻橋からは僅か300m位の距離。


橋の袂からスカイツリーを良く見ることができる。


テラスに佇んでいると今度は遊覧船が通り過ぎて行った。


今回のブログはここまで。
テラスを歩いていると、やはりこの季節の風物詩である華やかな屋形船や遊覧船が次々に通り過ぎて行き風情豊かなひと時であった。

次回は隅田川下流の方を探索してみます。

Posted at 2017/07/20 23:15:50 | コメント(3) | トラックバック(0)
2017年07月15日 イイね!

浅草&スカイツリー物語『その二 浅草六区編』

浅草&スカイツリー物語『その二 浅草六区編』
今回も浅草の歴史を追いながら夜の浅草の名所やグルメスポット等『浅草六区』の周辺を探索してみた。
まずはTX浅草駅からスタート。

つくばエクスプレスが開通して六区へのアクセスは随分便利になった。

まずここ浅草六区の歴史を調べてみた。
明治17年浅草寺境内は『浅草公園』と命名されて一区から七区まで区割りされた。
それぞれの区は
・一区:浅草寺境内(本堂と五重塔)
・二区:仁王門から仲見世
・三区:浅草寺境内の伝法院
・四区:公園内のひょうたん池があった所
・五区:花やしき周辺
・六区:浅草公園の西側
六区は明治時代から見せ物小屋、演芸場や活動写真(今の映画)、オペラ館等歓楽街として発展してきた。


・七区:雷門から浅草公会堂付近
この区名は昭和26年現在の台東区が発足するまで使用された。

前置きが長くなったがこの通りを歩く前にグルメスポットの紹介から。
浅草のグルメといえば古くから天丼の名店が多いことで知られている。
今日は六区のほど近く伝法院通りにある『大黒屋』にお邪魔した。


創業は明治20年の老舗天麩羅店で、いつも行列が絶えない人気店である。
天丼のメニューは3種類
海老4本がのった海老天丼が人気であるが、今日はさほどお腹も空いていなかったので、海老2本かき揚げ1本の天丼を注文した。


待つこと15分程で注文の品が運ばれてきた。江戸前天丼特有の胡麻油の香ばしい香りと丼からはみ出す程のボリュームは充分すぎる位に食欲をそそる。

こちらのタレは独特で色が黒くかなり濃厚であるが、シットリと海老に染み込んだ食感はやはり伝統的な味わい。御飯との相性も抜群に良く箸を持つ手はターボ車のように高速回転しあっという間に完食した。

今日は六区から花やしき周辺までくまなく散策してみたが、この地の歴史や思い出等を新旧織り交ぜながら紹介していく。

①六区ブロードウェイ
すしや通りとひさご通りを結ぶ約300mの商店街。ニューヨークのブロードウェイにちなんで名付けられたものである。
昭和初期には映画館や演芸場等が30館近く軒を並べていた。


私がこの地に訪れるようになったのは昭和60年頃のこと。まだ少しの映画館や演芸場は残っていたが、既に斜陽の時代を迎えこれらは少しずつ閉店し取り壊され商業施設やパチンコ店等に姿を変えていった。


この街の隆盛期の頃は夜のネオンが不夜城のように輝く華やかな世界。浅草寺と共に浅草の象徴であったことの記録を見つけることができる。


ここ数年の浅草再開発プロジェクトの進行により、街並みは昔の華やかなイメージを取り戻しつつある。(夜の街の華やかさやビルのダイナミックさが出るよう一部本機のアートフィルターで撮影)


②電気館
1903年(明治36年)日本で初めての常設映画館『電気館』が建設された。


当時の建物の形を残し現在は飲食店とマンションが入居する電気館ビルに生まれ変わっている。


正面のモニュメントには英字で『DENKIKAN』の文字が残されている。


③浅草ROX
電気館の対面に1986年(昭和61年)スーパー、衣料品、温泉施設(まつり湯)、飲食店、ゲームセンター等の商業施設として開業したのが
『浅草ROX』


それ以前は松竹演芸場があったが1983年(昭和58年)に閉館した。


7階のまつり湯の露天風呂からはスカイツリーを一望できる。


③浅草フランス座 東洋館
渥美 清 萩本 欽一 ビートたけしさんを筆頭に数々の有名人を輩出した名門のストリップ劇場。


当たり前だが決して彼らが脱いでいた訳ではないので誤解がないように❗️下積み時代の彼らはここでショーの司会や幕間のコントや漫才で修行を重ねメジャーになっていった。


1951年(昭和26年)にストリップ劇場として開業したが、その後閉館や改装を繰り返し現在の寄席や漫才専用の演芸場の形になったのは2000年(平成12年)のこと。


一度おふくろが上京した時に一緒に寄席を観たが、随分喜んでいたことを覚えている。


東洋館から伝法院通りに向かうわずか100mの六区通りの街頭にはこの地で活躍した33人のスターの顔写真が掲載されている。


何故か『ビートたけし』がいないのはこの街の七不思議と言われているが……
良く見ると右上に『予約済み』の人物が一名いる。


実際通りには空白で『予約済』の写真が1枚あった。ビートたけしが予約しているという噂がネットでは流れている。


④大勝館
1908年(明治41年)開業の映画館で昭和20年頃には日活や松竹系の映画が上映されていた。 その後映画館は廃館となり、ストリップ劇場やボーリング場に姿を変えていった。この時期日本は高度成長期に突入し、日本全国にボーリング場ができた頃である。


2001年(平成13年)建物を改装し大衆演芸場として営業を再開した。


特に食事処の『大勝館』は池袋の名店『大勝軒』のつけ麺が食べられたのでよく訪れた。


2007年(平成19年)建物の老巧化により閉館となり、その後2013年(平成25年)ドン・キホーテに生まれ変わった。

オープンした当時は歴史ある浅草の街には不釣合いであったが、最近では街の景色に溶け込んできたように感じる。

⑤浅草ロック座
浅草でストリップ劇場といえば半世紀の歴史を持つ日本最古参の『浅草ロック座』


現在もパチンコ屋やネットルームがある雑居ビルで営業が続けられている。


若い頃に一度訪れたことがあるが、パリの『クレージーホース』をモデルにした芸術的な路線で『ファッションヌードシアター』という看板が掲示されている。


今年5月ここの創設者で長年経営に携われた『齋藤 智恵子 名誉会長』が死去されたことは記憶に新しい。

⑥まるごとにっぽん
東宝会館とボーリング場があった場所に、2015年新たなランドマーク『まるごとにっぽん』がオープンした。


角にあった交番は今も同じ場所にある。


日本全国の名産品や食品、雑貨、お酒等を販売する商業施設であり、リッチモンドホテルが同居している。


店内は広々とした造りで全国の隠れた名産品や価値ある逸品を購入できる。


⑦JRA WINS 浅草
六区の一番角にあり、1974年(昭和49年)に開設されたJRAの場外馬券場『WINS 浅草』


若い頃競馬に熱中した時期もあり良く訪れた場所であったが、何故かここでの成績はあまり良くなかった。


この場所の歴史を調べてみると、昭和初期まではひょうたん池があった場所。


その後1959年(昭和34年)にはド派手な浅草新世界ビルが建っていた。キャバレー、飲食店に温泉施設、五重塔が輝く屋上にはプラネタリウムにビアガーデン、更に屋外には遊園地もある総合レジャー施設。

その後火災が発生しわずか5年の短期間で営業は終了した記録が残っていた。

⑧世界館/浅草新劇場/中映劇場/名画座
六区の一番角でJRAの丁度対面にも映画館があった。いずれも昭和初期に建てられた松竹系の劇場であった。


昭和60年頃建物が補修され、古い映画を3本500円で見ることができる劇場もあった。それなりに客も集まっていたと記憶している。


新劇は寅さん専用、世界館は成人映画だったかな?名画座は時代劇や任侠物、中映は洋画専用で、意外と名作がリバイバル上映されることが多くたまに鑑賞することがあった。


そして2012年10月この街に歴史的な出来事が起きた。これらの映画館はいずれも築80年の建物であり、老巧化により全て閉館することになった。
『映画館発祥の地 浅草からついに映画館の灯りが消えた』

(最後の上映日に押しかけた写真家の方々)

跡地にはパチンコ店、劇場、飲食店等を配した複合施設『マルハン松竹六区タワー』の建設が計画されているが……


2014年開業予定の建設計画に対して、工事は全く行われていない。

この街に映画の灯りが再びともる日が来るのだろうか?

⑨ひさご通り
六区ブロードウェイの北側に位置するのが『ひさご通り』
ひょうたん池が埋め立てて建てられたWINS 浅草のすぐ近くである。


この商店街を歩くと山谷や吉原に抜けることができるが、ここまで来るとまず観光客の姿は無く夜になると人影はまばらである。
この辺りは上京した頃の思い出の場所がいくつかあったので少し散策してみた。


まずは商店街の入り口にあるラーメン屋。九州から上京し初めてここで醤油ラーメンを食べたが、とにかくしょっぱい味😖であった。

当時は280円位だったと記憶しているが、まだこの値段で営業しているのは良心的である。

上京時は茨城県に在住していたが、月に1回東京に出張に来た時定宿にしていた旅館がこの辺りにあった。

来てみるとそこは洒落たレンガ造りの建物『浅草九劇』に姿を変えていた。
玄関の看板は『WIRED HOTEL』

ネットで調べてみたが、1階にはカフェバー、2階はアイドルが公演を行う劇場、3階から10階までが客室。客人同士で色々な情報を交換する場を提供する新しいコンセプトのホテルのようである。

そして色々と調べてみるとこの地には1890年(明治23年)当時としては凄い建築物があったことがわかった。
ロンドンのビッグベンにも似たデザインであるが、実際にイギリス人が設計したレンガ造りの『凌雲閣』である。


12階建てで日本で初めてエレベーターが搭載されて展望台があり当時としては高層ビルであったことから入場者が押しかけ、現在のスカイツリーと同じ位の人気であったようだ。


その後1923年(大正12年)の関東大震災により半壊し解体された。


⑩花やしき
1853年(寛永6年)に誕生。戦争の影響で休園した時期もあったが、今年で開園164年を迎えた日本最古の遊園地。


花やしきは日本一狭い遊園地であるが、更に最古のジェットコースターは日本一怖いと言われている。


確かに狭い敷地にぎっしりとアトラクションが配置されているのが伺える。


既に営業は終了していたので『花やしき通り』を浅草寺の方へ歩いてみることにした。


1軒まだ営業しているお店があったので、覗いてみると日本人形を販売していた。浅草らしいお店である。


境内に入ると今日は五重塔の脇に綺麗な月が輝いていた。


この辺りのあまり歩いたことがない通りを歩いてみると……
そこにはまだセピア色が似合う昭和の景色が残っていた。
今ではあまり見かけないジャズバー


下町芸人の演芸場


初音小路のスナック街


道に迷いそうになったので、今日はつくばエクスプレスで帰路につくことにした。

⑪TX浅草駅
TX浅草駅の地下のコンコースには企業の広告と共に明治・大正時代の浅草の景色が壁一面にデザインされている。








ブログタイトルとして掲載した『凌雲閣』もこの場所で撮ったものである。後から気付いたのだが、良く見ると建設が計画されているマルハン松竹ロックタワーの外観デザインも凌雲閣をモチーフにしたものである。
この街が残した歴史をいつまでも残して行くという取り組みに敬服した。

来週は隅田川を探索してみます。
Posted at 2017/07/15 08:24:03 | コメント(1) | トラックバック(0)
2017年07月07日 イイね!

浅草&スカイツリー物語『その一 浅草寺編』

浅草&スカイツリー物語『その一 浅草寺編』
月も変わったので今月は新しいテーマです。
若い頃から街歩きが好きで良く訪れたのがここ『浅草』


今でも仕事帰りにたまに訪れて街歩きを楽しんでいますが、ここ浅草は色々な呼称がつけられている。
•東京の下町の象徴
•外国人観光客人気No.1
•初詣の名所
•映画館発祥の地

今回は浅草の歴史を追いながら『夜の浅草』の名所やグルメスポット等を探索してみた。
まずは東武浅草駅からスタート。


下の写真は昭和初期頃の物であるが、現在も松屋デパートが営業していて、昭和のモダンな建物がそのまま残っている。




最初にすぐ近くの隅田川の方に行ってみた。
本日のスペシャルライトアップは『幟(のぼり)』古くから縁起が良いとされる橘色と橙色を基調とした和風なライトアップ。


テラスに降りてみると屋形船が丁度通り過ぎて行った。今の季節にぴったりのロケーションである。


次は雷門に来てみたがシートで囲まれていて通行できないようになっていた。工事関係者に確認したところ、屋根瓦が落ちたため10月まで補修工事を行うということであった。


脇道から仲見世通りに入ってみたが、既に営業は終了していた。
ここは意外と営業終了が早くて7時には閉店してしまい人通りは少なくなる。


仲見世通りの歴史を調べてみると江戸時代参拝客が増加し近隣の人々が参道上に出店したことが始まりで、日本で最も古い商店街の一つであることがわかった。


関東大震災時には火事で焼失したが、その後再建されている。


雷門から境内までの250mの参道沿いに茶屋、和菓子屋、土産屋、民芸品等現在は約90店舗が軒を並べていて、初詣の時は歩く隙間がない程混雑する。


正面が浅草寺の境内だが少し近くの通りを散策してみることにした。
まずは『仲見世商店街』アーケード沿いには飲食店、雑貨、お土産屋が並び人通りも多く華やかな雰囲気である。

いつの間にか『博多ラーメン 一風堂』がオープンしていたのは驚き‼️
外国人に人気の街だけあって、のれんの文字は英文字『IPPUDO HAKATA RAMEN』

続いては伝法院通りを歩いてみた。


淡い灯りで照らされた歴史あるお店が並ぶこの通りは、時代がタイムスリップしたように感じる。


通りの出口付近にはスカイツリーが良く見える場所がある。


近年浅草は外国人観光客が増えたことにより、商店街や通りは随分綺麗に整備された場所が多いが……
DEEPな下町の景色もかなり残っている。
通りの路地裏には赤提灯のお店。遠くに見えるスカイツリーとも意外とマッチしている。


伝法院通りに面し浅草寺の西側にあるのが『ホッピー通り』


昼間から営業しているお店が多く、一日中客足が絶えない場所である。


お店の外にもずらりと並べられた椅子とテーブルで飲むお酒は開放的で会話も弾んでいるようですね。


大阪の新世界では『串かつ』が定番だが、ここは『もつ煮込み』が定番で『煮込み通り』とも呼ばれている。


時刻は9時を回り1時間程歩きお腹も空いたので、食事をすることに。ここホッピー通り近くの洋食屋『ヨシカミ』に入ることにした。


1951年創業の老舗でお店の外観は下町の洋食屋さんという感じ。


店内は60席程あり意外と広く、手作りのメニュー紹介が壁一面に貼られていて気取らずにゆっくりとくつろげる空間である。


このお店は若い頃から良く訪れたお店で、じっくり時間をかけてトロトロに煮込んだビーフシチューはテレビのグルメ番組でも良く紹介される人気メニュー。


何を食べても美味しく本日は大好物のハンバーグを注文した。じっくりワイン🍷を煮込んだ濃厚なデミグラスソースが惜しげもなくかけられていて、肉汁があふれるジューシーな感じではなくふわっとした食感。

基本に忠実な美味しさはどこか懐かしさもあるが、かえって新鮮に感じる。

お腹も満たしたので本日最後の目的地は『浅草寺』
このお寺の歴史を調べてみると創建は平安元年(857年)と古く、現在の建物は江戸時代(1649年)三代将軍徳川家光により建造されている。その景色は当時の浮世絵の絵にも数多く描かれている。


境内には本堂(観音堂)、仁王門(宝蔵門)、五重塔、伝法院、弁天堂、薬師堂等があり、伝法院には博物館があり有料である。


前回来た時は時間も遅く真っ暗だったが、今日は境内のライトアップもされていた。


五重塔は東日本大震災の補修工事がまだ行われているが、その美しい姿が見られるようになった。


ここは仁王門で奥に見えるのが本堂。


仁王門と五重塔は一番の撮影スポットで記念撮影する人の波がなかなか絶えない。


仁王門とスカイツリーのコラボ。
どちらも力強く和風のライトアップとの相性が良い光景である。



五重塔とスカイツリーのコラボ。


最後は本堂


本堂とスカイツリーのコラボ


夜9時を過ぎると意外と人通りも少なくじっくり撮影することができました。
帰路に着くため国際通りを歩いていると『七夕まつり』の飾り付けがされていた。


間も無く暑い夏がやってくる。
関連情報URL : http://www.yoshikami.co.jp/
Posted at 2017/07/07 01:21:29 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2017年06月29日 イイね!

紫陽花日記 『四日目 明月院ブルー その二』

紫陽花日記 『四日目 明月院ブルー その二』昨日の続きのブログになります。
明月院の参道はやはり人気スポットで老若男女問わず色々な方が入れ替わり立ち代わり歩いて来る。
参道の紫陽花を撮ろうとカメラを構えた瞬間思わぬ展開が訪れた。着物姿の二人組みの尾根遺産が乱入して来たが……



既にピントを合わせてシャッターは半押し状態。思わずシャッターを押してしまった。
『パシャリ❗️』
決して狙って撮った訳ではないが、素敵な着物姿はこういう景色にピッタリなので掲載させて頂きます。
更に予想もしない展開が訪れた。二人組の尾根遺産からシャッターを押して欲しいというお願い。
最近のカメラやスマホは自撮り機能が充実しているので、あまり無いシチュエーション。断る理由もないので心良く引き受けた。


上手く撮れていたようで二人組みの尾根遺産のはじけるような笑顔はこの地の良い思い出となった。

そうこうしている間についにその瞬間がやって来た。参道の人並みがやっと途切れた。
今だ‼️参道で身を低くしてシャッターを押し続けた。『パシャリ❗️』『パシャリ❗️』


更に本機のアートフィルターを使用して撮ってみた。『パシャリ❗️』
色の美しさやコントラストを強調したモードで撮影すると石段に生えた苔がはっきりと見えて、このお寺の歴史の深さを感じる。

①ポップアート


②ライトトーン


③ドラマチックトーン


④パートカラー


⑤リーニュクレール


このお寺の紫陽花は9割が青い姫あじさいであるが、残りの1割を探してみた。
同じ品種の姫あじさいのようだが、土壌の影響で青く色付かなかったのだろうか?


雨に濡れた額紫陽花は色の濃さが増していた


どちらもあまり見かけない品種であるが青い姫あじさいの中で一際目立つ存在であった。




ここ明月院のもう一つの人気スポットが本堂(紫陽殿)に設けられた丸窓で『悟りの窓』と呼ばれている。


窓の向こうには鮮やかな庭園の新緑が見えて思わず立ちすくんでしまう光景であった。
残念ながらこの庭園は閉園していて歩くことが出来なかった。


境内を歩いているとふと心が和む景色に遭遇する。


お寺さんの演出ではあるが、茶室の玄関や井戸端にはシンボルの青い姫あじさいがさりげなく飾ってあった。




更に心和むシーンは可愛いお地蔵さんとのコラボ。


前掛けも紫陽花に合わせて全員青。


こちらは『花想い地蔵』本当に優しい表情である。


あっという間の2時間でそろそろ閉門の時間となったので、この地を後にすることにした。
門を出て直ぐに今度は微笑ましい光景に遭遇した。
来訪者を見送るように小川にかかる橋の上にいるのは明月院のシンボルであるうさぎ。
並んでその横には亀。


近寄って見ると亀の左足と右手には包帯が巻かれていた。


『ケガしてます。さわらないで』
最後の最後まで粋な演出であった。
Posted at 2017/06/29 21:38:01 | コメント(5) | トラックバック(0)

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