今日もふたたび東海道本線磐田-掛川間へと出かけてきました。
さて、東海道本線磐田-掛川間で「煉化石アーチ」の表示があった橋梁は次の11か所。
中原川 アーチ径3尺、八幡川 6尺、大門川 3尺、三角川 6尺、小野田澤 6尺、古川 6尺、愛野 3尺、梅橋 6尺、堤下 6尺、南坪 6尺、澤田 8尺
昨日回って、中原川「改修?」、八幡川「現存」、大門川「?」、三角川「改修」、小野田澤「現存」、古川「?」、愛野「改修?」、梅橋「?」、堤下「現存」、南坪「改修」、澤田「現地まで行けず」という結果になりました。
ということで本日は、大門川、古川、梅橋、澤田の各橋梁の確認が目的です。昨日家に帰ってから、各橋梁間の距離を計算し直し、地図や航空写真も見直しての再チャレンジです。
と言いつつ、最初に八幡川橋梁へ寄り道。中に潜ってみました。
複線化工事をした際の継ぎ目が色の違いではっきりわかりますね。
静岡県内の煉瓦アーチは点検年月をしっかりペイントして残してあります。
煉瓦アーチとコンクリート製暗渠の接続部分です。
八幡川橋梁を後にして、今日の本題のうち、まずは大門川橋梁を探しに向かいます。
開通当時から現存している「小犬間川橋梁」という短い鉄橋の下に車を停めて、ここを基準に磐田駅側へ2~300mほど線路沿いを歩いていきます。線路上に柵が立っている所(線路保守員の転落防止のためと思われます。水路やガードを探す目印になります。)まで来ましたが、目新しい集水桝と近くに洪水調整用池があるだけです。多分、区画整理に伴って改修された見込み大です。
すっぱりとあきらめて、次の古川橋梁を探しに行きます。
袋井駅前を通過して、小野田架道橋という小さなガード近くの路肩に車を停めて、線路沿いを愛野駅方面へと歩いていきます。道幅が狭くなった所に見逃していた小さな川がありました。しかし覗き込んでもコンクリートの出っ張りが邪魔で、煉瓦アーチがあるのかわかりません。
近くの別のガードをくぐり抜けて、新幹線側から川を覗き込んでみます。奥に日の光が当たっているのが見えたので、暗渠化されてはいないようです。
車を停めた場所まで戻り、東海道本線と新幹線の間の田んぼのあぜ道を川へと進んでいきます。川の堤防と思しき高台から先は細い竹が密集していて全然先が見えません。ここまで来たら確認せずにはいられないので、新幹線のフェンスを頼りに薮漕ぎして進みます。20mくらいだったと思いますが枯れた蔦や野ばらも絡んできてけっこう悪戦苦闘してしまいました。
何とか川べりに転がり出て、東海道本線側を見ると煉瓦アーチがありました。
「古川橋梁」
目では見えるのですが、直射日光が当っていて写真はきれいに撮れませんでした。あと、ここへは普通の靴で来てしまったので、川へ降りることができなかったのも失敗でした。
まあ確認できたので良しとして、枯れ葉とほこりで真っ白に汚れてしまったジャンパーを払いながら、コーヒー飲んでひと休憩。次は梅橋橋梁へと移動します。
今日は昼間の時点でも車の温度計で3℃。しかも北西風が強い中でしたが、さすがに真っ白けに汚れたジャンパーを着て集落内をウロウロするわけにもいかず、上着なしで足早に橋梁へと向かいます。
「梅橋橋梁」
竹が覆いかぶさり全体が撮れません。反対側は新幹線が密着しているのでコンクリート製ボックスカルバートになってます。
最後は掛川市街地にほど近い澤田(沢田)橋梁を見に行きます。地図だと車が通れる感じだったので期待していませんでしたが、予想通りコンクリート製のガードになっていました。
帰りのついでに堤下橋梁にもう一度寄りました。
同じ小川を渡るのに新幹線は「正法寺橋梁」という名称になってます。どうしてですかね?
煉瓦アーチの追っかけは、この先、金谷駅まではもう済んでいるので、次は大井川の先へ進むかなぁ。だんだん遠くなるけど…。
Posted at 2016/01/24 19:44:13 | |
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東海道本線 鉄道・廃線跡 | 日記