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Forest-Shadowのブログ一覧

2019年02月02日 イイね!

岡山豪雨からもうじき7ヶ月

岡山豪雨からもうじき7ヶ月1月27日の日曜日、今年1発目の災害ボランティアに行って来ました。




朝の8時過ぎには倉敷市真備町に入っていたので、ディスカウントスーパーのディオ真備店でお昼ごはん用のパンを買います。


振り返るとこのディオ真備店も豪雨で大きな被害を受けました。




私も真備町に住んでた頃はよく利用していたディオ真備店。



一部のジョジョファンの間でネタ扱いされたディオの歌が24時間ヘビロテで流れる店内は、敷地も広く天井も高い立派なスーパーでしたが、この空撮写真の通り災害時には泥水が屋根だけ残して全て飲み込んでました。






天井まで泥水が押し寄せ、何万点にも及ぶ商品は全て泥水の中で洗濯機のようにかき回されたディオ真備店でしたが……、






わずか1週間で片付けて営業を再開し、「がんばろう!まび」ってバルーンを掲げたのを見たときは、私の中にジワーッっと震え上がる感情がありました。


『復興』って、こういうのを言うんだなぁって勉強になった瞬間でした。



ただ、あれから半年が過ぎ、このディオ真備店周辺の商圏範囲に住んでいる方の大多数がまだ元の生活を取り戻していない状況で再び店内であのディオの歌を聴くと、「……人から人へと」とか「……豊かになって」などの歌詞と悪夢のような災害に襲われた今の真備町の現状とのギャップを痛感して泣きそうになります。





前置きが長くなりましたが、朝の8時半にはボランティアセンターにチェックインし、この後送迎バスや自家用車で続々と集まって下さるボランティアさんの到着を待ちます。





この日は住宅街の側溝に溜まった泥の撤去作業を、他のボランティアさん達と協力して行いました。


この作業の依頼主はこの地域の町内会だったので、一瞬頭の中で自分のエリアの溝そうじは自分とこの町内会で済むのではないかとよぎりましたが、ふと顔を上げて周りを見渡すと、この地域にお住まいの方々はみんな仮設住宅などに避難されていて、今この地域は町内会としての機能がほぼ皆無だったんですね……




そんな事も気づかなかった自分が情けなかったですが、俺が泥を掻き出すことで避難されていている方々が再び自宅に戻れるようになった時、側溝に溜まった泥のせいで大雨の時に再び水浸しになることが避けられるのなら……。


微力ながら『復興』の後押しになればと、スコップを泥に突き立てて片足を勢いよく蹴り込みます。


そしたら写真のスコップがガッツリ埋まるくらいの深さまで泥が堆積していました!

豪雨災害の爪痕といえばそれまでですが、流れ込んだ泥水の量の多さをスコップを持つ手を通して痛感しながら、スコップで掘って土のう袋に入れ、またスコップで掘って土のう袋に入れる作業を繰り返し、みんなで軽トラ10台分くらいの泥を回収しました。


ですが1日では依頼のあった住宅街の側溝を全て対応することはできず、この作業は次の日に引き継ぐことになりました。



昨年夏には被災した妻の実家の片付けを手伝い、一段落してからは月に1~2回のペースで災害ボランティアに駆けつけてきましたが、いまだに『復興』という言葉の真の意味を見つけることが出来ません。


「復旧」という言葉の意味は分かりやすいのですが、災害前の真備町の街の豊かさを知っている身としては、『復興』の目指す先……ゴールは何処なのか、まだ私はうまく語れません。



だからこの先も災害ボランティアを続けながら、勉強をしていきたいと思います。
Posted at 2019/02/02 00:55:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | Forest-Shadowの日常 | 日記
2018年12月25日 イイね!

キャラバンと鮒飯とボランティア

キャラバンと鮒飯とボランティアピーンと張り詰めた冷たい空気が本格的な冬の訪れを感じさせる12月15日(土)の朝。



アクティトラックでまたまた倉敷市真備町までボランティアに行ってきました。




災害級の暑さの中で豪雨災害に遭い、熱中症と背中合わせの危険な酷暑の中で夢中に片付けをし、動きやすい気候になってきた秋になってからとりあえずの生活再建を慌ただしく頑張ってきた倉敷市真備町の被災者にとって、だんだんと日が短くなる冬にふと立ち止まると、今までの出来事を振り返ってしまい一気に気持ちが沈んでしまいます。


僅かな雨音であの豪雨災害を思い出し、たまに上空でヘリが飛ぶと漆黒の闇の池の中に取り残されたあの夜を思い出してしまうのです。


それでも、被災者に寄り添うボランティアはいつでも倉敷市真備町をサポートしてくれます。



この日は特に被災地をどげんかせんといかん…って立ち上がったボランティアさん達の想いが結集したのか、久しぶりに大勢のボランティアさんが集まってくれました。


12月になり今年1年を振り返るような報道が増え、今年の漢字に「災」が選ばれた事も影響したのかもしれませんね。



朝9時にボランティアセンターにチェックインし、事務所で今日の雰囲気を感じとりながら窓の外を見ると、ボランティアセンターには団体で来られた方たちを中心にたくさんの人が集まってきてました。


程なくしてボランティアさん達がチームを結成し、装備を整えて現場に出発って時になった頃、ボランティアセンターの事務所では作業の現場までボランティアさん達を送るミニバンの運転手を募集していました。



ボラセン「誰かキャラバン乗れる人いませんかー?」


オレ「(*´・∀・)ノ」


やっぱみんカラ的にはキャラバンに乗らないといけないっしょ。


そしていつもの見慣れた日産のインテリジェントキーを預り、キャラバンを探します。




日産 NV350 キャラバンワゴンGX 10人乗り。
R35 GT-Rみたいなフロントバンパーのデザインから予想すると、おそらくバリバリの新車なんでしょう。


エンジンを掛けると2.5リッター4気筒らしいサウンドが室内に鳴り響きます。

さっそくボランティアさん達を乗せて依頼者のお宅まで出発です。



とはいっても私はこういった1BOXの運転はほぼ初めてで、しかも大勢の人を乗せて走るのも初めて(^^;

事故を起こしてはもちろんいけませんし、ボランティアさん達をクルマ酔いさせることなく安全に慎重に、そして快適に目的地まで運転しなくてはいけません。


そんなシビれる任務ですが、自分の運転スキルを総動員してキャラバンを走らせてみますと、まーとても乗りやすいこと♪


とりあえずまだキャラバンに慣れてないので、大人数乗せて車両総重量が増しても加速と減速のドライバビリティが確保されるようにと、オートマはDレンジのオーバードライブOFFで走りました。


交差点に差し掛かって左折するためにハンドル直進状態からブレーキを掛けると、オーバードライブをOFFにした効果もあってかとても自然にかつ確実に減速してくれます。

そして交差点を左折するために優し~くステアリングを左に回し、クリップを過ぎてからは優し~くアクセルを入れて、車体を揺らさないように優し~くステアリングをゆっくり戻すと、メチャクチャ思い通りにキャラバンは動いてくれました。


その後はしばらく道なりに真っ直ぐ走りましたが、このオーバードライブOFFのキャラバンの挙動がちょうど良かったので、結局目的地までオーバードライブOFFで走っちゃいました。




現地までの道のりではすれ違いに気を使うくらい狭い道もありましたが、現行ノア/ヴォクシーと同じ縦横の長さと、アクアとほぼ変わらないホイールベースのおかげで、スイスイ♪ヒュイヒュイとボランティアさんを現場へ送ることができました。


最初に10人乗りのキャラバンと聞いた時は、全幅1880mmのハイエースのワイドボディみたいな大柄なボディを思い浮かべましたが、5ナンバーサイズでも10人乗れるキャブオーバー型のワゴンってあるんですね~


ノア/ヴォクシーやアル/ヴェルみたいにオシャレさはないですし、両側スライドドアでもないですが、もし1BOXを買うことになったら私ならこの10人乗りのキャラバンを買ってしまいそうなくらい一目惚れしました♥️

やるじゃん、日産♪



ただ、ボランティアさんを現場まで送った帰りに、どうもなんか空気圧が低いなぁ~って直感が働いて、ガソリンスタンドに寄り道して固定型の空気入れで2.5キロに合わせて補充してみますと、カンカンキンキンって音がだいたい30回ほど鳴り響きました(^-^;

夏からずっと空気を補充する間もないくらい、このキャラバンはボランティアでフル活用してたんですね~

ボランティアセンターにある他の車両も心配になってきちゃいます。



さて、一通りボランティアさんをキャラバンで現地に派遣した後は、15時にキャラバンで迎えに行くまでフリーなのですが、じっとしていられない私は他のボランティアさんと一緒に片付け作業のお手伝いに行って来ました。


この日お邪魔したお宅はとても立派な和風建築のお家で、1階は既にガラーンとしていました。

そしてその1階にはたくさんの家電品やソファー、お布団に着替えなどの生活用品が山積みにされていて、今回の以来はこれら全てを廃棄する仕事でした。


さっそく私もこの生活用品たちを手に取り、可燃物とそうでない物、金属類、家電品などに分別しながらトラックへの積み込みを手伝いました。



いろいろ運び出し作業を黙々と続けていると、お家の2階からまだまだいっぱい荷物が降りてきます。

とても立派なお皿にキラキラ輝くグラス、もはや作品とも言っていいくらいの美しい陶器など、廃棄するのをためらうくらいの品物ばかり。


もちろん7月の豪雨災害では泥水に浸かっていません。



…………あぁ・・


家を解体するということをこういうことなんですね(ノД`)



そんなしみじみ物思いに更ける暇もないくらい、まだまだ2階から荷物が降りてきます。




……手書きで何やら記されているカセットテープ。


……たくさんの賞状。



高級そうな碁盤や碁石……





作業する手を止めてしまうと、素敵な調度品ばかりで棄てるのが惜しくなってしまうので、歯をくいしばりながら作業する手を止めないよう夢中でがんばりました。



時間はあっという間に流れ、そろそろボランティアさんをお迎えにいかなければなりません。


一旦ボランティアセンターに帰投すると、暖かいプレハブの事務所の中には何やらいい香りが充満してて、ご近所のおばちゃんたちが岡山県の郷土料理でお馴染みの鮒飯(ふなめし)の差し入れをしてくれました。


ワタシはあまり川魚を好んで食べないので、鮒飯を前にして顔にたくさんの縦線を作りながら少しドン引きしていると……、


おばちゃん「○○の公民館で炊き出しした余りなのよ、食べてごらん。」


オレ「ア……アハァ…………」

(そしてもうおばちゃんの手にはオレの分の鮒飯が用意されています)




(拾い物の画像ですがこんな感じでした。)



オレ「じゃ……じゃあいただきます(^^;」




人生初の鮒飯。


ジョーリジョーリとしたフナのすり身の食感は、おばちゃん達がしっかりと愛情込めてすり鉢でフナをすり潰したおかげなのか、川魚が苦手な私でもどうにか頑張って食べれそうな味で(失礼)、家庭料理らしい優しいお出汁がしみた野菜と一緒に口の中に入れるとケッコー美味しかったです。


んで、僕がムシャムシャと鮒飯を食べていると、後から事務所に入ってきたボランティアさんも鮒飯をごちそうになってました。



ボランティア「これ美味しいねー♪出汁は何から取ってるん?」


おばちゃん「出汁はフナから取ってるんよ♪美味しいじゃろ~」



オレ「……(;゚;ж;゚;)ブブォォォォ」


思わず噴きそうになった鮒飯を最後まで飲み込み、フナの後味をコーヒーで中和させた後は、再びキャラバンに乗り込みボランティアさんを迎えに行きました。





前代未聞の大災害から5ヶ月半……

被災地となった倉敷市真備町にもお正月がまもなく訪れます。


私は直接被災した訳ではないですが、2018年の後半をほぼ倉敷市真備町の復旧のために尽くしました。


そんな私の今の気持ちは、まだまだまだまだ2018年が終わって欲しくない……

そんな気分です。



みんカラされてる方はご自分の愛車の車検のインターバルで自然と2年間という時間の短さを感じておられると思いますが、仮設住宅の入居期限の2年間も同じです。

あっという間に被災者は仮設住宅から追い出されます。

残された時間は刻一刻と減っているのです。


とは言っても私には、ユニコーンガンダムのように時間を巻き戻す能力はないので、また来年もコツコツとボランティアで頑張っていこうと思います。
Posted at 2018/12/25 11:02:01 | コメント(1) | トラックバック(0) | Forest-Shadowの日常 | 日記
2018年11月10日 イイね!

岡山豪雨から4ヶ月

岡山豪雨から4ヶ月先月末、秋の収穫を祝うお祭りで軽トラがなぎ倒される映像を観て居ても立ってもいられなくなり、アクティトラックでボランティアに行ってきました。




豪雨災害直後の泥がついたままの家の床板や天井板、水を吸ってブヨブヨな石膏ボード…、そういった災害ゴミを気をつかうことなく運べる軽トラは豪雨災害から4ヶ月たっても第一線で活躍してくれます。


…だから皆さん、もっと軽トラを大事にして下さい(. .)(_ _)



会社では職場の仲間からは「真備はもう堤防も直ったんですか?」なんて聞かれることもあります。

もちろん、その職場の子は悪気があって言ってるわけではありません。



世の中のトピックは日々変化し、今年夏に起きた数々の自然災害も…、平穏な暮らしを営む方々からしたら一瞬の幻にしか見えないのでしょう。




豪雨で決壊した堤防はまだ仮復旧の段階です。

この写真の川も岡山県が堤防のかさ上げや拡幅工事を予定していますが、現在はまだ立ち退きが予定されてる住民に対して説明会が始まったばかりです。



視聴率が第一のテレビでは、こうした被災地の現状を届けるレポートよりも、ネットで盛り上がっているニュースや有名人の不祥事を吊し上げて叩きのめす内容を流して視聴者を飽きさせない工夫をされているので、わずか4ヶ月前の豪雨災害ですがものすごい勢いで風化が始まっています。



地元岡山のローカルニュースでは今でも豪雨災害関連のニュースを毎日コツコツと届けてくれますが、その内容が「○○が営業再開」とか「○○でお祭りがありました」など感動ポルノなニュースばかりになりました。


ローカルニュースの画面には、豪雨災害を懸命に生き抜いた被災者の一瞬だけ緩んだ笑顔ばかり流れるので、地元岡山でも「被災地は復興に向けて歩みを進めている」と思われてしまっています。





被災した嫁さんの実家にボランティアさんが来てくれた7月の海の日の3連休は、ニュースによると3日間で約5200人もボランティアさんが集まってくれましたが、それが最近では……



ピーク時の10分の1まで人数が減ってきています。


まぁ、まずは平日に130人も倉敷市真備町のために駆けつけて下さったことに対し感謝すべきでしょう。


翌日のボランティアの必要人数は250人。

5人1チームと考えるとボランティアを要請している件数は50件ということでしょうか?

そして、前日の段階でボランティアに申し込まれた方の人数は僅か18名でした。



……で、1日経って実際にボランティアに参加された人数をサイトで調べてみると137名でした。

この内の2名は私と嫁さんです。




ボランティアセンターが真備町に設置され、自家用車での来場が可能になり、井原鉄道で来ても便利のいい場所になりましたが、なかなかボランティアの人数は増えないみたいです。


そりゃ皆様方におかれましても、「仕事」「家庭」「子育て」「介護」「趣味」などの用事が詰まり、なかなか無報酬のボランティアに時間と費用と労力を割く余裕はありません。





私も気持ちとしては半年ほど休暇を取って毎日来たい気分ですが、実際は月に1~2回ほどしか来れません。





私は軽トラ機動隊なのでいつもこの災害ゴミの山を見ていますが、災害ゴミの量が一向に減らない現実を痛感しながら限られた時間めいいっぱい働いて、1日の終わりには真備の街で出逢ったボランティアの依頼者の顔を浮かべながら帰宅しています。



被災地、倉敷市真備町はまだまだ『復興』には程遠く、『復旧』のスピードもとても遅いのが現実です。



また、日本一ウインカーを出さない県で有名な岡山県ですが、その言葉の意味には、災害が少ないことで相手を思いやる心がなかなか育たず自然と自己中心的になっている県民性があると思います。

豪雨災害の前までは“晴れの国”って他府県に自慢しながら、そんな県民性はケンミンショーの話のネタ程度におさめていましたが、いざこうして大災害に見舞われると普段から“お互いさま”の心が育っていないので、被災された住民の中にはボランティアを頼まない方もおられるみたいです。


実際に軽トラで真備町を巡回しても、復旧が進んでいないお家がまだあちこちに残っていて、被災された方の心の苦悩が伝わってくるようでした。






以上、倉敷市真備町からお届けしました。
またアクティトラックでボランティアしたいと思います。




P.S. この子が無事に飼い主の元に戻れることを祈っています。


Posted at 2018/11/10 12:52:17 | コメント(1) | トラックバック(0) | Forest-Shadowの日常 | 日記
2018年10月23日 イイね!

岡山豪雨から100日

岡山豪雨から100日先日の地元紙の記事です。

「25日に災害ボランティアセンター本部が真備に移転」とあります。



西日本豪雨災害から100日が過ぎ、季節も秋めいてきて、日中の活動も熱中症の心配が無くなってきた今頃になってようやく、真備町に災害ボランティアセンターの拠点が出来ることになりました。



……100日経ってようやくです。

遅すぎると言われても仕方ありません。





だって、新たに真備町に出来る災害ボランティアセンターの場所って、この写真の左奥くらいに位置してましたから……




浸水のピーク時はこの泥水の海の中でした。

ちなみに写真の左右に走っているのは第三セクターの井原鉄道の線路の高架です。
高架の上にあるグレーの停留所っぽいのは「川辺宿」という駅になります。




その川辺宿という駅のすぐそばの「まびいきいきプラザ」という温水プールやトレーニング施設があった建物に、今度新しく災害ボランティアセンターの拠点が出来ることになりました。


もちろん温水プールなどの施設は全滅です。

屋根まで浸かったこの施設をキレイに片付けて、ようやく真備町に寄り添ったボランティアセンターが建ちます。





……じゃあ今まで100日間は、どのようにしてボランティアセンターを運営していたのか?





豪雨災害直後の倉敷市真備町は市役所の建物を含め広範囲に渡って浸水の被害を受けたので、とてもじゃないけどボランティアさんを安全に受け入れる拠点はありませんでした。

なので倉敷市は山陽自動車道 玉島インター近くの中国職業能力開発大学校にボランティアセンターの拠点を構えました。


ここはJRの新倉敷駅から約2kmに位置するので、県外からのボランティアさんもシャトルバスを使って受け入れることが出来ます。





ただ、このボランティアセンターのサイトの説明を見ての通り、JR新倉敷駅から出るシャトルバスの時刻表は午前8時半から9時半です。

県外から駆けつけて下さったボランティアさんを受け入れるには妥当な時間ではあります。


そして、ボランティアの受付時間はシャトルバスの到着に合わせて午前9時から10時。

受付とは言っても、名前を書いたり作業の注意事項を説明したり、ボランティアさんの能力に応じた仕事を割り振ったり、ボランティアさんも作業できる服装に着替えたりと大忙しです。


その後、ボランティアセンターの方で初めましてのボランティアさん同士5人一組のチームを作り、その中からチームリーダーを選出し、ボランティアを必要としているお宅の地域を担当するサテライト拠点に向かってもらいます。

そのサテライト拠点というのは、前述の地図の上の方に「吉備真備」とか「川辺宿」とか井原鉄道の駅名が書かれていたと思いますが、だいたいその辺りに設けられていて、中国職業能力開発大学校からサテライト拠点までバスで送ってもらいます。

距離にして片道約7kmほどあり、道が空いていてもバスの速度なら15~20分ほどかかります。



サテライト拠点でバスから降りたボランティアさんのチームは、ボランティアを必要としているお宅の場所を地図で確認し、スコップやバールといった道具を持ち、さらに自分の着替えや食料・水分を持った重装備でボランティアを必要としているお宅まで徒歩で移動するのです。


サテライト拠点から近いお宅もあれば500m~1kmほど歩かなければならないお宅もあります。




災害直後は酷暑の夏でしたし、真備町一帯で乾いた泥が土煙となって舞い上がり、仮設トイレも満足に設置されてなくとても過酷な行軍だったことでしょう。

朝一番でボランティアにお越しくださった方も、現場に着いた頃には早くても午前10時を回っています。



そしていよいよ本作業にとりかかります。

ただここで問題になったのが、ボランティアさんの熱中症対策です。



ボランティアを受け入れる体制が整った海の日の3連休では、全国から多くのボランティアさんが駆けつけて下さいましたが、熱中症危険レベルの酷暑の中、限られた時間にひとつでも多くの作業をして被災者を助けてあげたいとの思いでボランティアさんが休憩する間を惜しんで必死にがんばったので、毎日20人程度のボランティアさんが熱中症で倒れて救急車で運ばれていました。


忙しい日常の生活の中で被災地のために時間を作っていただき、真夏の酷暑の中お越しくださったボランティアさんがケガをしたり熱中症で倒れて命を落とすなんてことは決してあってはなりません。



そこでボランティアセンターでは、ボランティアさん同士で結成したチームの中の一人にタイムキーパー役になってもらい、現場で作業中に20分経ったらお知らせしてもらうことにしました。


悲惨な現場を前にすると、ボランティアさんは被災者の為にと張りきってしまい、自分の体調のコントロールを二の次にして時間を惜しんで頑張りすぎてしまいます。


そこでタイムキーパーは、作業開始から20分が経過すると「20分経ちました~」ってメンバーにお知らせして、オーバーワークになってしまう事を防ぎます。

そしてリーダーが作業の途中でもメンバーに声をかけて、10分間の休憩をとるように促すわけです。


一見、休憩をとりすぎなように思えますが、最高気温35℃以上の猛暑日の中では20分間の作業でもフラッフラでしたので、ボランティアさんの安全を考えると最善の策だと思います。



20分働いて10分休む…、20分働いて10分休むを繰り返し、お昼ごはんでエネルギーを補給した後に再び、20分働いて10分休むを数回繰り返すとボランティアさんはもう帰る準備をしなければなりません。




赤線で引いてある通り、中国職業能力開発大学校からJR新倉敷駅までのシャトルバスに門限があるので、ボランティアの現場からサテライト拠点までの徒歩の時間と、サテライト拠点からボランティアセンターまでのバス移動の時間を逆算すると、遅くても14時には後ろ髪を引かれつつも現場を後にしなければならないのです。


せめてサテライト拠点からボランティアの現場まで、5人ほどのボランティアさん達とスコップやバールなどを乗せて運ぶミニバンがあれば、ボランティアさん達の体力も消耗しないですし、移動時間が少し短縮出来るので作業時間を少し多目にとれます。

ただ、汗まみれ泥まみれのボランティアさんと大きなスコップやバールを快く乗せてくれるミニバン所有のボランティアさんはなかなかいません。


私が出来ることとしたら、徒歩でサテライト拠点まで帰るボランティアさん達のスコップやバールを軽トラで運んであげることくらいでした。




岡山豪雨から100日が経ちました……




こんなに厳しい環境の中、ボランティアに来て下さった全ての方に対し、倉敷市真備町の元住民として心より感謝申し上げます。



これからは倉敷市真備町の中にボランティアの拠点が出来るので、今までより長い時間活動が出来ると思います。


今度からはボランティアセンターに駐車場も用意されるので、自家用車で直接ボランティアに来ることも可能になりました。

また、JR新倉敷駅からの送迎バスも運行されていますし、井原鉄道も運転を再開したので直接「川辺宿駅」で降りていただいてもすぐボランティアセンターに到着します。


ただ、浸水被害を受けたまびいきいきプラザの建物がどれだけ復旧したのか不明なので、更衣室や荷物預かりなどのサービスや水洗トイレが利用可能かどうかはまだちょっとよく分かりません。



これから秋が深まり日暮れも徐々に早くなりますが、被災された方々が少しでも安らかに年を越せるよう、新しいボランティアセンターを拠点にして頑張ろうと思います(o^O^o)
Posted at 2018/10/23 17:35:33 | コメント(2) | トラックバック(0) | Forest-Shadowの日常 | 日記
2018年10月13日 イイね!

岡山豪雨から3ヶ月

岡山豪雨から3ヶ月夢なら覚めて欲しい……、


戻れるなら豪雨の日の前に戻りたい……、


そんな想いが嫁さんの生まれ育った町、倉敷市真備町を包み込んでいます。


テレビなどでは明るく前を向く被災者の表情が映し出されますが、実際にボランティアに伺って被災者の方と話をすると、前を向いて顔を上げて私たちと明るく接してくれるものの、目の前の現実を受け止めきれない絶望感とこれから先の不安を抱えた部分も伝わってきます。



私と嫁さんも気がつけばこの1ヶ月の間に、親父の軽トラを使って倉敷市真備町にボランティアに三度も通ってました。



アクティトラックからコスモスが咲いています(笑)


ここは倉敷市真備町の入り口近くに位置するドラッグストアです。
いつもここで昼ごはんなどを調達してボランティアに向かっています。


ちなみにこのドラッグストアも豪雨による洪水で被害にあってました。



この赤い矢印がこのドラッグストアでした。



ピーク時は水深2~3mほど浸水したと思われます。

店内の商品もレジも何もかも全滅しましたが、店を畳んで撤退することなく倉敷市真備町の復興のためにお店を清掃し、何万点もの商品を一から陳列し、営業を再開してくれました。



信じられないかもしれませんが豪雨災害の時は、奥に写るビアンテがスッポリ隠れるくらい泥水に浸かってしまったんですよね…



買い出しを済ませた我々は、アクティトラックでボランティアセンターに向かい、助けを必要とされてるお宅に伺います。
嫁さんの故郷でもありますし、私も15年ほど住んでいたので依頼主のお宅まで道に迷わずたどり着けるのが自慢です。




依頼内容はお家それぞれ違います。


被災された方々のお気持ちを考えて、あえて作業の風景の写真はございませんが、9月17日に伺った古民家は、お家のすぐ隣に川の堤防が決壊していたため、ジワジワと水かさが増して浸水した嫁さんの実家と違ってまるで津波が押し寄せたかのように建物を破壊していました。

災害から2ヶ月以上経っても、濡れた家財道具や畳・ふとんなどがまるで洗濯機で撹拌されたかのようにいっぱい残っていました。


我々が到着した頃にはもうすでに5人組のボランティアさんのチームが、濡れた家財道具の運び出しと袋詰めを始めてました。

我々の役目はアクティトラックに大小さまざまな災害ゴミを載せ、ゴミの仮置き場まで運ぶことです。


真っ白だったアクティトラックのボディは、災害ゴミを運搬する度に泥汚れが増えていきますが、泥汚れの数だけ被災者が助かってると思えばこれも勲章みたいなもんです。


嫁さんの成人式の会場だったマービーふれあいセンターは災害ゴミの仮置き場となり、人の背丈以上に積み上がった災害ゴミからは思わずエズきそうな匂いが立ち上がってますが、この匂いも悲しみに変えてアクティトラックで必死に働きました。



9月21日に伺ったお家も老夫婦が住む古民家でした。

嫁さんの通ってた小学校の目の前に位置するこの古民家は、手入れの行き届いたお庭と大きな窓に縁側が据えられてたので、災害さえなければホッコリした老後を過ごすことが出来たのに…って思わず悔しくなりました。


ここでの任務は床下に流れ込んできた汚い土砂を掘り出すことです。

我々の役目は土砂が詰まった土のう袋をアクティトラックで集積場に運ぶことでした。



土砂やコンクリート・石などのゴミは、仮面ライダーのボス戦みたいな集積場に持ち込みます。



もちろん荷台いっぱいの土のう袋はワタシひとりで積みましたし、集積場についてもワタシひとりで手降ろしです。
さすがに親父のアクティトラックにダンプアップの機能はありません(^^;


しかも写真の足元を見てお分かりの通り、この日は雨だったので地面はぬかるんでドロドロ。
アクティトラックは車内も車外も泥だらけ。
ぬかるみに足をとられてスタックしたら脱出不能になりそうなレベルの泥でした。

でもこのアクティトラックは4WDだったので、マニュアルミッションで何も気を使わずにクラッチを繋いでもイージーにぬかるみから脱出できました。



結局この日は土のう袋満載して4往復くらいしましたね(^-^;


ちなみに嫁さんは、被災された方とお話をするボランティアを頑張りました。

このお宅のおばあちゃん、災害後は慌ただしく避難所を転々とする日々を過ごしていたみたいで、災害から1ヶ月ほど経った後にふと立ち寄った市役所で読んだ新聞で、お友達が災害で犠牲になったことを知ったみたいです。



とてもかわいそうです。
言葉が見つかりません……。


お空から心配そうに真備の町を見ている51名の災害の犠牲者の為にも、アクティトラックと共にボランティアを頑張らないといけないって決意しました。


いろいろ話を伺ってると、今回の豪雨災害でたくさんのペット達も犠牲になったみたいですね……


小学校で飼育していたウサギ達にも空から天使が舞い降りて来たことでしょう。


あるお宅では豪雨で避難する際、野犬化してまわりに被害を及ぼすことを防ぐ為に飼育していた秋田犬のリードを外さなかったそうです……


思わず奥歯を噛み締めたくなりそうな悲しい話です。



だから、ボランティアはやめられません。


絶好の行楽日和になった10月8日は3連休のハッピーマンデーとなり、たくさんのボランティアさんが集まってきました。

…ということは、ボランティアを必要としている人も真備町の中にたくさんおられるということです。


軽トラもうちのアクティトラックを含めて10台ほどボランティアに集まりましたが、現地のニーズにはまだまだ足りてません。



この日まず伺ったお家では、事前にボランティアさん達が床下の泥を掘り出して庭先に集めておいてくれていた土のう袋およそ40袋を集積場まで運び、そして泥だらけの一階の部屋に残されていた大きな仏壇を災害ゴミの集積場まで運びました。


災害前はご家庭の中で優しく家族を見守っていたご先祖様の御仏壇……

もうすでに魂抜きはされているという話でしたが、私の心の中は寂しさと御仏壇を運ぶという大切な任務を任された責任感でいっぱいでした。


御仏壇をアクティトラックに載せてお家を後にする時、御仏壇を見送る依頼者の方の顔が忘れられません。

無事に大役を終えた後にいただいたジュース、美味しかったです。



仕事を終えてボランティアセンターに戻り任務完了の報告をした後は、2件目のお家に向かいました。

まだ新築の初々しさが残るお家でしたが、話によると2階の床まで水に浸かってしまったそうです。


依頼内容は下水にまみれたお家の庭の土を掘って捨てることでした。

もうすでに朝からボランティアさん達が汗まみれになって頑張っていて、たくさんの土のう袋がお家の前に積み上がっていたので、私の方でエッサホイサとアクティトラックに手積みしますが、砂利を含んだ土のう袋は見た目以上に重く、あっという間に積載量の限界を迎えてしまいます。



加速しない・曲がらない・止まらないアクティトラックをレッドゾーンまでギヤを引っ張りながら集積場まで突っ走り、一つずつ土のう袋を手降ろしします。

土のう袋一つ捨てる度にまだ入居してから半年しか経っていないお宅のご家庭が救われると思うと、自然とパワーも沸き上がってくるもんです。


でもこの土のう袋の手積み&手降ろしは運動部の部活みたいなサーキットトレーニングに近いので、だんだんと身体中の筋肉がアヘアヘウヒハ状態になり疲労してしまいます……。



そんな時、ユンボに乗ってるオッチャンが身ぶり手振りで軽トラの荷台のアオリを降ろせとの指示が……(^o^;)




……ひょっとして




……え、マジ?






うわぁぁぁぁ((( ;゚Д゚)))

親父にバレたらメッチャ怒られるwww




……とまぁこんな感じでユンボのオッチャンに手降ろしを手伝ってもらいながら、計4往復100個くらいの土のう袋を運びました。


翌日は心地よい筋肉痛に包まれましたが、こんな筋肉痛はほっといたら治るけど、浸水被害を受けた家屋は直りません。



豪雨災害から3ヶ月が経ち、災害発生当初からご心配をお掛けしたまわりの方達からは「落ち着きましたか?」なんてよく声をかけていただきます。


その場は多くを話すことなく「ありがとうございます……」と濁しながら会話を済ませます。


テレビとかでは被災地の復興への歩みばかり取り上げられるようになり、被災地を心配されてる視聴者を満足させる感動ポルノ気味になってきました。



倉敷市真備町の現実は……、とても単純です。


真備町を軽トラであちこち走ると、そんじょそこらでズゴックみたいな爪のアームを持つ重機が家屋の解体を始めています。

中にはもう既に更地になっている場所もあります。



ただ今の時点で解体に着手できている方というのは、豪雨災害直後からもう一度同じ場所に住む事を素早く決断された方でさらに金銭的に余裕のある方、もしくは二重ローンを覚悟してまで真備に住む事を決めた方です。


真備町地区一帯で約4600戸もの家屋が浸水したので解体業者も大忙しです。

今は解体の順番待ちが発生しています。



解体からの建て直しが先か、仮設住宅から追い出されるのが先か……

被災者の大半は先の見えない毎日を送っています。





夜になると真備町から人が消えます。


そりゃそうです。

今の段階で2階建ての家に住めるのは、豪雨災害直後に即片付けて消毒→乾燥をそこそこに済ませ、フルサービスでマッハで組み立てて電気工事と洗濯機・風呂・トイレ・キッチンなどを搬入したお家です。

そんな行動力は災害直後から沸きません……



2階が無事だった住宅で生活されてる方もおられますが、家を建てる段階で4m程の浸水を想定して2階にお風呂や洗濯機・キッチンを設置している方はおられないでしょう。

在宅避難されてる皆さんは、お風呂や洗濯・炊事に苦労しながらの生活を強いられています。



さらにここに来て、豪雨で決壊した岡山県倉敷市真備町地区の堤防の拡幅工事に伴い、県が堤防沿いの一部の住民に対して立ち退きを求めることが分かりました。

今回の豪雨災害を教訓にこれからもずっと真備で安心して暮らしていく為には絶対に必要な工事ではありますが、古くから築き上げてきたご近所さんとの付き合いやコミュニティの中にも工事計画の線引きが貫かれ、「○○さんちは○○万円もらって○○に御殿を建てたのよ~」なんて人を妬む話がこれからアチコチで広がります。



「がんばろう○○」や「絆」なんて言葉が真備町内で目立つようになりましたが、言葉を唱えるだけで魔法のように家が修復されたり家電が空から降ってきたりはしません。


大規模な浸水被害で全国的にも一気に有名になった倉敷市真備町。


ハザードマップの信頼性の高さや、自治体からの避難情報を待たずに自分の身や家族の身は自分で守ることの大切さを全国の皆さんに知らしめた悪い見本のような実例になりました。


来年以降も例外なく全国のどこかに降りかかって来るであろう自然災害に対し、想定外なんて言葉を使わずに、この真備町の教訓を生かして最大限の減災につながってくれたらいいなと願うばかりです。
Posted at 2018/10/13 01:22:00 | コメント(2) | トラックバック(0) | Forest-Shadowの日常 | 日記

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