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ロ ビ ンのブログ一覧

2017年02月19日 イイね!

さすがスポーツセダン

さすがスポーツセダン性能面では申し分ないと思います。今まで必ず替えていた足回りも、ノーマルのままで満足しています。
シートもXVとはひと味違い、結構体にフィットします。
ステアリングも今回は替えずに乗るつもりです。
Posted at 2017/02/19 23:21:00 | コメント(0) | クルマレビュー
2016年04月14日 イイね!

最後は秘境駅

最後は秘境駅 今回の旅行、最後で最大の目的地?へ出発したいところであるが、ターゲットは何しろ最寄りの道路から歩いて30分以上かかる秘境駅ある。
 人しか歩けない山道を30分以上歩く元気も勇気もなく、阿波池田駅から列車で訪れる作戦をとる。


信号機の向こうに引き上げ線がみえる


とはいっても、乗車する列車を間違えると阿波池田駅へ戻るのに半日以上かかってしまう。綿密な?作戦のもと、7:25の列車で坪尻駅へ。そして、9:52の列車で阿波池田駅へ戻るという展開である。これなら、坪尻駅で2時間弱過ごすことができる。駅付近を散策するにはちょうどよい時間である。


引き込み線から坪尻駅に向かう列車


 坪尻駅がマニアうけするのは秘境駅であることと、スイッチバック駅であることであろう。私もまあマニアなのでスイッチバック駅はいろいろと訪れている。写真も撮るが、その写真や図面から最終的にNゲージで再現するという少々変わった方向である。模型は手動ではなく自動化し、パソコンからプログラムを組む。実際のダイヤ通りとはいかぬまでも、近いものにするのが最終目的?である。レイアウトは結構な面積をとるので、作っては壊し、壊しては作るという繰り返しである。プログラムが完成し、動くことが確認できると、次のレイアウトに目が移ってしまうことが悪い癖?である。

 乗降客がほとんどいないのに、なぜそんな秘境駅が存在するのか?存在する必要性があるのか?難しい問題であるが、鉄道ファンには絶対必要な駅である。坪尻駅だけでなく全国にはこのような駅が結構ある。
 坪尻駅のようなスイッチバック駅は列車交換や、信号所、急勾配を上るためにSLにとっては必要なものであった。SLとは比べものにならないパワーのある現在の気動車には、必要がなくなってしまったものである。ここ坪尻駅も、通過する列車は勾配をものともせず、100㎞/時の早さで通過していく。技術の進歩には感心せざるを得ない。


勾配をものともせず 高速で通過する特急「南風」


 この秘境駅も開業当時は通学客や野菜の行商に出る人などで賑わっていたそうであるが、そのような雰囲気はどこにもない。近くの集落付近に道路が整備されたため、駅を利用する住民はほとんど居なくなったそうである。
 昔の賑わっていた頃に思いを馳せながら、静かに列車を待っていると、都会の喧噪から離れた甲斐があるというものである。

 
 阿波池田駅からは、高速をとばして自宅へ向かうのみ。
 さて、帰宅したらNゲージのレイアウトを考え、部品を注文しなくては・・・。
Posted at 2016/05/05 19:40:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 気ままなひとり旅 | 旅行/地域
2016年04月13日 イイね!

松山市内の観光?巡り

松山市内の観光?巡り

 道後温泉と乗り鉄が目的であるが、ここまで遠征したのだからと観光?巡りを考えた。
 松山といえば「坊ちゃん」をイメージしてしまうが、漱石が赴任した旧制松山高校の講堂が今でも残っている。あいにく愛媛大学付属中学校の校内のため、授業の邪魔をしないように門の外から見学した。守衛さんの許可をもらえば入れてもらえるかもしれなかったが、今回は早々に立ち去った。


旧制松山高校講堂


 市内の中心部は、ことのほか車が多い。中心部を横切るには結構忍耐がいる。郊外に出ると、まあいつものがらがらであるのだが。
 その中心部を横切り、市内北部にある松山大学御幸キャンパスを目指す。
 御幸キャンパスのすぐ脇に、日露戦争のロシア兵墓地がある。以前はキャンパス内にあったものが、昭和35年にこの場所に移されたそうである。付近は地元のお寺の墓地となっており道が狭い。松山大学の好意でキャンパス内に見学者用の駐車スペースが設けられている。気の利いた大学の好意である。
 当時の様子が司馬遼太郎の『坂の上の雲』にこう記されている。

 この当時の日本政府は日本が未開国ではないことを世界に知ってもらいたいという外交上の理由もあって、戦時捕虜のとりあつかいについては国際法上の優等生であった。ロシア捕虜をとびきり優しくとりあつかったというよりむしろ優遇した。
 その収容所は各地にあったが、松山がもっとも有名であり、戦線にいるロシア兵にもよく知られていて、かれらは投降するということばをマツヤマというまでになり、
「マツヤマ、マツヤマ」
と連呼して日本人陣地へ走ってきたりした。

司馬遼太郎著 『坂の上の雲』 第5巻より


ロシア兵墓地は松山大学のキャンパス横にある

 松山には多いときで4千人をこえる捕虜がいたが、傷病等の理由のほか、松山に来る途中の船内で亡くなった者も含めて98名が死亡し、ここに埋葬されているそうである。
 きれいに手入れされた墓地を訪れる人は少ないが、ここは日露戦争の証人が眠る墓地である。


 再び渋滞気味の市内を横切り、松山市北西の「三津」を目指す。松山最後の訪問地である。
 三津は今でこそ静かな街であるが、その昔は海運業で賑わった。藩主の参勤交代もこの港を経て行われ、今も九州や本州への連絡船やフェリーが発着している。
 夏目漱石が松山に赴任する際に降り立ったのはこの港であり、小説『坊つちやん』の舞台ともなっている。
 街は静かで、歩く人もまばらである。町並みは古く、港町特有の細い路地が複雑に入り組んだ迷路のような区画である。白壁の土蔵や伝統的な商家建築が数多く残され、江戸期から明治・大正・昭和初期にかけてのさまざまな時代の様式が見られる。
 三津が長く、松山の玄関口として栄え続けてきた歴史をうかがい知る事ができる。





 ここでのもう一つの目的は「三津の渡」である。
 渡の歴史は古く、1469年頃がはじめとも言われている。海産物他の商人によく利用され、小林一茶も句会で渡ったことがあるそうである。渡の距離はほんの100mで、昭和45年にエンジン付渡船となったがそれまでは手こぎだったそうである。

 数分の船旅であるが、市道ということで誰でも無料で利用できる。訪れたときも、ヤクルトを配達するお姉さんがスクーターを道路脇に置き、商品を下げて渡船していった。
 この辺りに悪者はいないのであろう、スクーターにはキーが光っていた・・・。

Posted at 2016/05/05 15:51:23 | コメント(0) | トラックバック(0) | 気ままなひとり旅 | 旅行/地域
2016年04月12日 イイね!

道後温泉本館から坊ちゃん電車、ゴールデンクロス

道後温泉本館から坊ちゃん電車、ゴールデンクロス

 道後温泉本館はあまりにも有名な公衆浴場である。
 なんといっても歴史と風格が違う。
 ところで火山地帯でもないのに、どうしてここに温泉があるのかというと、断層に関係しているのだそうである。本館のすぐ脇に小さな坂があるが、これが断層崖なのだそうだ。
 ここで食べると、坊っちゃん団子もなぜか格別である。


道後温泉本館 正面玄関


道後温泉本館 全景


道後温泉本館横の断層崖?

 今回の旅行の目的の一つに、伊予鉄道の全線制覇がある。市内と郊外電車に有効な1日乗車券を1500円で購入。全て乗るなら絶対に得である。有名な「坊ちゃん列車」にも話の種にと乗車する。JRでいう快速並みに駅を通過して松山市駅へ。追加料金が300円必要である。


松山市駅で向きを変える坊ちゃん列車

 市内電車を制覇し、郊外電車に乗車。大手町駅で降り、ゴールデンクロス(平面交差)の撮影である。ゴールデンクロスといっても投資の話ではない。鉄道の軌道が直角に交わる珍しい場所のことである。国内には2カ所しかないそうである。


大手町付近のゴールデンクロス
市電と郊外電車が平面上で交差する

Posted at 2016/05/05 01:53:17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 気ままなひとり旅 | 旅行/地域
2016年04月11日 イイね!

四国 道後温泉へ行ってきました

四国 道後温泉へ行ってきました 過日、テレビの「ブラタモリ」が道後温泉を取り上げていた。しかも、近々、道後温泉本館が補修作業に入るという。こうれは一度訪れてみなくては…。思い立ったら出発である。
 自宅から四国の松山まで約7時間。少々(だいぶ)きついので、別子銅山の見学を予定に入れ、新居浜で一泊することにした。
 別子銅山は25年ほど前に家族で訪れたことがある。あまり変わっていない坑道見学はほどほどにし、訪れていない東平(とうなる)地区へ向かう。一部、狭い山道を通り30分ほどのドライブである。
 東平地区は「東洋のマチュピチュ」というのが地元のキャッチフレーズである。訪れてみると確かに山深い場所である。
 ここには、1916年(大正5年)から1930年(昭和5年)まで別子銅山採鉱本部が置かれていた。山間の狭い場所には、病院や学校まで置かれ、小さな街として機能していたと言うことであるが、その面影はどこにもない。平日と言うこともあり訪れていたのは私一人であった。
 詳しいことは専門家に任せるとして、鉱脈が垂直方向に伸びているため、谷を挟んだ山頂付近から、ケーブル索道)で鉱石や物資を運んでいた。その基地がここにあったのである。


 貯鉱庫/索道停車場跡から瀬戸内海を臨む

 
「東洋のマチュピチュ」という雰囲気?

運ばれてきた物資は、インクライン(傾斜面を走る軌道)を通じて荷揚げされていた
今は220段のきつい階段に置き換えられている

 狭い山道を再び通り、2時間をかけいざ道後温泉へ…。

Posted at 2016/05/05 00:29:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | 気ままなひとり旅 | 旅行/地域

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ロビンです。犬種はジャックラッセルテリアです。ぼくから見たご主人様のプリウスをその都度報告しようと思います。 維持費などの関係で、ご主人様が家族に責められ?泣...

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