この物語はフィクションで、あり登場する人物、固有名詞はすべて架空のものです。ブログを真に受けとめて被害を受けても 責任は一切負いません。(笑)
税関での小話を一説。
主人公さんの一方的なぼやき話みたいですね。
お仕事で、米国LAに出張した時の事。
いっしょに同行したお人は、会社の別の部署の先輩。
顔は初めて見る方で、面識はまったくありません。
行きの機中での事。
『●●さん何にしますか』
『ボク これお代わり。』500m缶の●麗の空き缶を差し出します。
外国人のFAさんが恐い顔で、怒ってます。缶などを機内に持ち込んで、6本も飲み干した挙げ句に。ベロベロなんです。
結局スーパードライのレギュラー缶をごねて3本もらってました。
言わされたのは私ですけど(笑)
ようやく空港に到着しました。
税関の直前で、トイレと言い出だしましたが このエリアだけなないんです。なんとか入国早くせねば。
入国審査は家族でないかぎり 知人、友人といえども 別々に受けます。
先に自分が入りました。
大体聞くことは決まっています。
滞在目的 日数 宿泊先 帰りのチケット見せればだいたいそれ以上は聞きません。
出たとこで、待っているとトラぶっています。
入国管理の職員がイライラしたように 叫んでいます。
『ジャパニーズ スピーカー プリーズ』
大体 大きな米国の空港では日本語を話せるスタッフが常駐しています。 あいにくではらっているようです。
しかたないので、他人のふりをして 協力を申し出ました。
『私は日本語ができますが、どうしました。』
やや 入国管理官は下品な言い方でこう答えました。なるべく上品に翻訳すると
『コイツ 仕事で8年滞在するとぬかしやがってる。』
【入国審査では、たとえビジネスであっても短期間なら観光と答えるべきなんです。それにまして滞在日数を 8デイズ を 8イヤーと言ってしまったらしい。それ以外にもいろいろ余計な事を、、、】
『彼は観光で8日の滞在と言いたかったみたいです。』
滞在中もいろいろありましたが、全部書くと10ページぐらいになりますので、道中日記は別の機会に。
さて 帰りのLAの空港(LAX)での事。
あれほどチェックイン後の空港内ではビデオカメラはダメと言ったのにやってしまいました。
それも横道にそれて 税関エリアで、又 なにやらもめています。
取調べ室と思われる方向に促されています。
さすがに疲れて、そのままスルーして、自分だけ帰国しようと思いましたが、そうともいかず、又 他人のフリして 通訳に入りました。
『どうしたんですか?』
『撮影禁止エリアで、撮影しやがった。記録媒体を差し出すか、拘留のどちらがいいか聞いてみてくれ。』
少し頭きたので、
『スパイ容疑で、逮捕すると言っています。1週間の取調べの後、裁判で、無実になれば帰国できますし、有罪なら約懲役10年の刑だそうです。』
この8日間で、初めて 彼の真剣な表情をこの時見ました。
『さっきのロビーの星条旗を撮影した画像を先頭にだして、カメラを彼に差し出してください。』
星条旗の画像を見た空港職員さんの表情が変わりました。
『彼は 初めておとずれた米国が好きになったと言っています。』
『ノープロブレム。行っていいよ。良い旅を。』
取調べ室に行かずに なんとか済みました。
日本人が思っている以上にアメリカ人の国や星条旗に対する畏敬の念は、強いのです。 大変 姑息な手段をとってしまいました。
善良な愛国者を騙したみたいで 胸が痛みました。
なので 彼には お灸をすえました。
『再取調べが決定すれば、
日米引渡し協定にもとずいて、米国に身柄が引き渡され、裁判になります。日本での居場所を常に明確にしておくように と言ってます。』
帰りの飛行機の中では彼は行きとうって変わり お酒ものまずに騒がず静かでした。
おかげで私は日本で封切り前のスパイダーマンを真剣に集中して3回も見てしまいました。
その後 社内でも 人が変わったような真面目な仕事ぶりだったと、同じ部署の後輩より聞きました。
数ヶ月で、元にもどったみたいですがね(笑)
Posted at 2006/12/13 23:31:53 | |
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