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2017年09月20日 イイね!

方向転換

方向転換欠陥車と騒がれた(実際はそうではなかった)コーヴェア。数々の独創的な機構が今日でも興味をそそられます。

何せ軽飛行機よろしく水平対向空冷6気筒と言う、量産車としては、わが国では前代未聞の心臓を備えて、強制冷却用のファンを高さ稼ぐためにエンジン上部に水平に配置して、それをクランクシャフトからプリーをかまして90度転換して駆動するのが面白かったです。これが結構信頼性高かった様で、ファンベルトが切れたとの噂は聞きませんね。。。


ファンベルトを90度転換したのは1965年に出たプジョー204もそうでした。横置きエンジンで前方にあるラジエータを冷やすために。もっとも英国ではラジエータを横向けにしちゃいましたけど。ミニがそうですね。


それを追ってホンダのN360も同じ事やってました。


元働いていた工場で会計やっていたオジサンがアルファ・ロメーオGTVに乗っていてエンジン・オーヴァーホールを担当した時の事。涎がでる程、官能的な自動車なんですが、当時の工作水準、品質は最悪で、新車からモービル1使って10万キロも走るとエンジンのオーヴァーホールでした。尤もウエットライナーだったのでシリンダーヘッド剥がしてオイルサンプおろしてシリンダー・ライナーとピストンをセットで変えるだけでしたが。このエンジンは各バンクに一本のカムシャフトで球状燃焼室のヴァルヴを駆動するのに、吸気側は小さなプッシュロッドを押して、その先にあるロッカーアームで動きを90度転換する構造でぶったまげました。


それから数年後、初めて出たホンダ・レジェンドのV6エンジン、こ奴も水平に動くプッシュロッドで吸気側の弁を駆動していました。でもホンダはこの形式のエンジン、余り長く使わなかった様子です。。


Posted at 2017/09/20 12:39:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年09月16日 イイね!

北米の軽自動車、その2

北米の軽自動車、その2何故か日本では合衆国での正確な自動車情報が伝わらない事があるようで。。。

はい、軽自動車も走ってます。

はい、右ハンドルの自動車も勿論バンバン走ってます(新車で買えます)

今回は前に続いて軽自動車の話。

戦後のスクーター・ブームの時にパウエル(ラビットスクーターのお手本)と同じく有名になったクッシュマンと言う会社、クッシュマンは第二次世界大戦にも軍用スクーターを作ったり、近年は街中のパーキングメーターを見て回る駐車管理や、一昔前は牛乳の配達、郵便の配達やらに使われる三輪車の製造で有名な会社です(その三輪車現在はウエストワード・インダストリーズと言う企業に製造権やらが売られ進化したモデル現在も生産されてます)。


そのクッシュマンが売ってたのが日本の軽トラック。厳密に言えば台灣で三菱系車両を生産するチャイナ・モーター・コーポレーション(中華汽車工業)の生産するミニキャブのハッテン版、ヴァリカの北米版です。その名も"The White Truck"と、"The White Van" (なんとも夢の無い名称ですな〜)当然エンジンは1リッターちょっとの大型ですが、構内作業車として売られていたので非公道用、最高速度は25マイルに制限されていました。

以前書きましたが同時期に本家三菱もミニキャブをマイテイー・ミッツとして売っていましたから三菱さんは余りいい気分じゃなかったと思います。

台灣は諸処の事情で自動車もトラックも國内生産が多く、90年代は米国車も現地生産でした。台灣は当然外交上合衆国と親密な関係にありますが、この台灣製車両にいかなる輸入税がかけらていたか興味があります。現在我が国では小型のビュイックを買うと上海製だったりしますが、車格が高級なので輸入税が幾ら含まれているか。。こちらも気になります。

限りなく日本を愛する台灣ですが、中華人民共和国との関係で国連にも認証されず、国家として認められないのが現状で、その代わり他の方面で台灣からの様々な援助を出して国家としての関係を築くのをよく見かけます。以前通っていた太平洋の小さな国家、マーシャル諸島、キリバス、ナウル、何も台灣からかなりの資金、投資、技術援助やら贈答を受けているのを見ますね。。。ああ話題、脱線、脱線。。。


この台灣製のミニキャブ、じゃなくてヴァリカ、はその後ヴェリカになりノックダウンで印度などでも生産されていますが、あちらではいすゞ製のジーゼルエンジンが載っているそうで。。ややこしい。。
Posted at 2017/09/16 01:30:23 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月21日 イイね!

他人の名前で出ています。

他人の名前で出ています。ちょっと前まで流行ったキャプテイヴ・インポートと言う言葉。

要するに手持ちで適当な小型車がないので海外生産の系列車なんかを自分のブランドで売るやり方。

もっとも関税法やら色々な規制(特に日本車は)がかかるのでそう簡単にできる事では無かったみたいですが。

以外に知られていない他人の車を自分ところで売るブランドを少しご紹介します。

第一次石油危機の後、クライスラーが慌てて英国から持って来たヒルマン・アヴェンジャーの米国版、プリムス・クリケット。もう悲しい程信頼性が低くて、当時の英国病をデトロイトに布教したとかしなかったとか。。。フトッチョの家族の広告、今じゃこんな広告出せないね〜、多分。クライスラーは60年代にはシムカも米国のデイーラーで売ってました。

リンカン・マーキュリーのお店て売られていたのはデ・トマゾのパンテーラ。まあエンジンがフォードのクリーヴランドV8なので高級路線に合わせてと、解らないでもないんですが。。


ポンテイアックのル・マンズ、元を正せば韓国で焼き直しで作っていた古いオペルのカデット。昔、超有名だったマッスルカーのル・マンズの名前だけで血が湧く人が大勢いる国でこんなものにその名を着せたのですから大顰蹙を買いました。テレヴィの宣伝に昔の流行歌で "Little Bit Of Soul" ってーのを使ったんですが、それが本当は韓国製の自動車なので "Little Bit Of Seoul" の意味だ(発音はほぼ同じ)と気が付いた人が何人いたか。。。


ポーシャ+アウデイ。後者は80年代までは信頼性が著しく低い、中途半端に高い車として全く売れませんでした。70年代はポーシャとアウデイが同じお店で売られていて広告もそれを反映していました。


オペルは60年代からビュイック屋で売られてましたが、70年代後半からいすゞ製のジェミナイに変わったのはご存知の通り。皮肉な話につい最近になってビュイックがまたオペルを北米で売り出しました。名前はオペルにしてませんけど。。。


60年代に青息吐息で結局潰れたスチュードベーカーは当時、メルセデス・ベンツの総輸入元及び販売をしていました。スチュードベーカーの本社はインデイアナ州のサウスベンドにあり、郊外に試験所を持っていて、倒産寸前で誰もいない試験所の入り口の小屋にメルセデス・ベンツの鍵がずらりとぶら下っていて部内・部外の関係者は誰でも勝手に持ち出しできたそうです。。。


そのテストコースの敷地内に木を植えてSTUDEBAKERと読めるようにしてあって、空から見るとはっきり見えるんです。僕がシカーゴ近郊で飛んでいた80年代中盤にもまだ空から見えました。未だあるのかしら。。。。一度サウスベンドにあるスチュードベーカーの博物館に行ってみたいです。


Posted at 2017/08/21 12:00:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月21日 イイね!

ソヴィエトユニオンの ニッサン プレジデント

ソヴィエトユニオンの ニッサン プレジデント戦後サンフランシスコ条約のインクが未だ乾かない頃、スターリンからクルシュチョフへ政治が移行する間際に米国へ亡命したユリ・ラストヴォロフのお話で、米国に渡った後の彼の消息を詳しく書かれている書籍が余り無かったのですが、ラストヴォロフの死去後、彼の友人がワシントンポスト紙の日曜版に書いた書記があり、それから察すると夢の地での彼の人生はそう上手く行かなかったみたいで、敵味方関係にある二つの故郷を彼の頭の中でバランスさせる支点がもの凄い細い針の上に乗っており、ソヴィエトユニオンが消滅した後でも、常に後ろを気にしなければならなかった人生、大変だったみたいです。。。

キューバ危機の際、国連で自分の靴で演説台を叩いてスピーチをした有名なクルシュチョフの後に来たのはクルマ好きのブレジネフ共産党書記長で、このソヴィエトにあるニッサン・プレジデントは当時、ソヴィエトの情報にかなり詳しく(詳しすぎた)親善な関係のあったとされる、元衆議院議員の石田博英氏がブレジネフ書記長に献上した、海老茶色の確かモデルチェンジ直後1973年型のプレジデントだそうで、ここんところオークションで売りに出ていたのがやっと買い主が引き取り綺麗になった様です。一体ニッサン自動車の誰と交渉して、どこからどうやってブレジネフの手に渡ったか。。。それだけで推理小説数冊書けるネタになりそうですね。(トヨタ・センチュリーじゃ無かったのが非常に気になりますね。。。ブレジネフだったらデボネヤなんかも似合ってたと思うんですけど)



クルマ好きのブレジネフ、未だニクソン大統領がクビになる前に彼をキャンプ・デイヴィッドに訪れ、ニクソンがアイヤ、これがヲイラの最新型、リンカン・コンチネンタルでっせ、と自慢したところ、ブレジネフはすぐさま運転席に座り、ニクソンを助手席に乗せ猛スピードで走り出し、こりゃテーヘンとそのうしろを秘密警察が追跡をかけ壮絶なカーチェイスが展開されたのは有名な話です。



後にニクソンはこの新車のリンカン・コンチネンタルをブレジネフに献上しましたが、どうやらブレジネフは自分のコレクションの中でもニッサン・プレジデントが大層お気に入りのようだったとかで、一人で気軽に自宅や別荘に自分で運転して出かけることが結構あったとの事。

そのニクソンもブレジネフも今や鬼門に入っちゃって冷戦も過去の話。

歴史はほじくればほじくり返す程、面白いですね。

このジル114、尾灯がなんかフォード・マスタングに似てません?
Posted at 2017/08/21 06:52:30 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年08月20日 イイね!

フランスの ニッサン プレジデント

フランスの ニッサン プレジデント外国人旅行者用の赤地のTTプレート下げてますが、Wが入っているので一応デイラーさんかしら。

ボロボロの国旗が付いているのでやはり元領事館の車両?

V8でちゃんと電動後席リクライニングシートも付いてます。

後部方向指示器が橙色なのが日本仕様と違うところか?
 
Posted at 2017/08/21 01:46:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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「方向転換 http://cvw.jp/b/1945280/40440708/
何シテル?   09/20 12:39
I'm JetBoy. Nice to meet you. 実家は西キャナダ、住むのはハワイ州オアフ島と香港島, 日系アメリカ人です。以前認定整備士として主...
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