車・自動車SNSみんカラ

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2017年04月09日 イイね!
「先週は若干早かったから、今週が桜の見頃のはず」ということで町田市の尾根緑道に出かけてきました。

開花の読みは当たったのですが、生憎の天気ということで人影はまばら。その分ゆっくりと楽しめたりではあります。投稿企画にある「愛車と桜!」もやりたかったのですが、残念ながらそちらは叶わず。





桜は迷わず日本の繊細美の一つだと思います。この季節の象徴的存在ながら、短期間で花開き、そして散っていくというのがとても儚くもあり。この季節って、ほぼ確実に出会いと別れがあって、少々センチメンタルになるのですが、そんな心境にも似ているようにも思うのです。


桜話はこの辺りにして、さて本題です。
今回は調べ物をしている時間がなかったのと、後記する事情もあって、これまでお送りした全447本のブログの内、PVの多かったものをカウントダウンで記すことにします。


10.4,556PV:1990年のカーオーディオのカタログから(carrozzeria)


古のカーオーディオは何回か取り上げたのですが、その中のトップがこの話でした。
パイオニアは数ある中から節目を選んで掲載していまして、これはGPSナビの最初の時分となります。

ナビゲーションはこの後、大幅な改良を重ねますが、ここから歴史が始まるメモリアル的価値はとても偉大なのです。



9.4,861PV:思い出のクルマをカタログで振り返る8(R32スカイライン)


思い出のクルマ話も回数を重ねたシリーズでしたが、名車として定評のあるR32がここに来ました。今でもファンが多いことの裏付けなのでしょうね。あと、上位のランクからしても、やはり日産車のファンが多いのかなと。

人気車故、他で取り上げられることの多いクルマでもあるだけに、ここから何かしらの情報を得ていただけていると、とても嬉しく思います。



8.4,898PV:思い出のクルマをカタログで振り返る4(初代カリーナED)


R32の上にカリーナEDが来るというのが、ここらしい気がします(笑)
近年、見直されているのかなと思う一台でありまして、10年以上前から「初代EDは必ず見直される時が来る」と言い続けていた身としては、ちょっと嬉しかったり。

これはEDに限らずですが、ブームとなると一気に押し寄せて、短期間で枯れさせてしまうマーケティングはどうなのかといつも思います。細く長く続ければ、一つの文化となるのに、その前に一時の流行で終わってしまうのが多数なんですよね。



7.4,994PV:C200の試乗車をレンタル


1年足らずのこの話がここにランクイン。
こういう数字をみると、みんカラの閲覧の多くは新車の評判を見たいのかな、などと。

数字を追うなら、クルマレビューを重ねるのが一番効果的なのでしょうね。レビューは、乗る人の感性次第で感想が全く変わるのも、もう一つの事実ではありますが。

ちなみに、このC200、予算度外視で新車を一台というなら、確実に候補に挙がる一台です。



6.5,071PV:70カローラ後期の特別仕様車


特別仕様車話も回を重ねたシリーズ。
その中でダントツにPVが多かったのがこの話でした。

この話、最初は特別仕様車の話だけをしようという企画だったのですが、つい手を広げてしまって収拾に苦労したのが思い出です。その分、内容は濃くなったので結果オーライですが。

当時は比較的見かける量産車でしたが、その一台一台全てに思い出が重ねられていると改めて思った回でもありました。「ツマラナイクルマ」なんて、存在しないのです。



5.5,192PV:C180 Edition C の話


20年ぶりに新車を買ったら、半年足らずで登場してやや複雑な想いを重ねた特別仕様車の話です(笑)

これまた、新型車の評価確認要素が強いからなのでしょうね。一応ユーザー目線で書いていますので、内容はそれなりになっていたはずと自画自賛。

万が一自車を失うような事態になった場合は、間違いなくこの”Edition C”を探し始めると思います。W205の優位は認識しつつ、自分にはW204が合うんですよね。



4.5,428PV:思い出のクルマをカタログで振り返る27(S13シルビア)


これまた名車認定の一台です。でも、ノーマルの良さが見直されたのは近年の気もします。

ED同様に、何でこの文化を守らなかったのかと思わずにいられません。年齢・性別問わずで乗れるクーペって本当に少なくなってしまいました。

登場時ではなく、2.0になった時のデータを多く引用していて、その中には意外な内容も含まれているように思う回です。



3.5,432PV:思い出のクルマをカタログで振り返る9(130ハイラックス サーフ)


私的にも何でこれが?と思う回がここにランクインです。
今になって調べている人が多いのでしょうか。この後取り上げた前期も意外と上位ですから、潜在需要があるクルマなのかもしれませんね。

これまた一気にブームになって萎んだ感のある一台ですが、当時の世相を反映した一台であることは間違いなく。多くは海を渡ってしまいましたが、今の内に確保しておくと、将来確実に注目を集めそうな予感ありです。



2.5,578PV:VWサンタナの話(その1)


日産の強さを象徴する一台(違)
R32とS13の上位にこれがくるというのが、ここらしい気がとてもします。

本文でも書きましたが、そろそろ取り上げようとした時に、例の話がニュースとなって戸惑ったというのが強く印象として残っています。この辺り、当時、多くの関係者を振り回したクルマらしいなと思ったりもして。

経緯はともかく、話は真面目に拾っていますので、好きな方にも納得してもらえたかな、などと。



1.6,199PV:Y31グランツーリスモの話


今でも時折”イイね!”が付けていただける、この話がダントツの一位でした。
好きな方は多いですし、自分も好きだしで取り上げる対象に恵まれた一台ですよね。

お気付きの方もいたかもしれませんが、一度アップはしたものの、その後しばらくは細かに修正し続けた話でもあります。なかなか納得できる状態にならなかったんですよね。

その分、今では自分でも大変気に入っている話でもあります。その後、多くのブログを書きましたが、自分の中でこれに近付けたかなと思う話は少なかったりです。




ちなみにランク外では、11位の70チェイサー1800を筆頭に、71クレスタが多く並んでいたりします。実車の人気、内容からしても妥当かなと思うところです。


といったところで、いかがだったでしょうか。
ブログを始めて、約3年半、年末を除けばあまり振り返ることもせずにきましたので、こうした機会というのは貴重かもしれませんね。やっぱり、一心不乱で走り続けていたのかもしれません。


何でいきなりこんな話になったのかというと、しばらくの間、更新が難しそうだなと思ったことからです。

自分の中での「みんカラ」って、「しっかり調べ考えたブログ」「きちんとしたコメントのやり取り」「気になったブログへのコメント」この三つがバランスしてこそなんですよね。ところが、ここ最近の多忙により、先ず後ろ2つが怪しくなってきて、これだけでも破綻状態なのに、ついにはブログ作り自体もどうだかという状態となってしまいました。

こうなると、無理に続けるよりは、小休止しつつで機を待つべきという判断に至るわけで。
判断に至る過程では、曖昧なままというのも選択肢だったのですが、これだけのお友達とファンがいてくださるだけに、きちんと説明しなくてはならないと決心しました。連日のPVは、更新がないにも関わらず一定の数字となっていて、これはきっと更新を待っているのだろうなとも推測していましたし。

それにしても、こういう状況って本当に苦しいのだなと、改めて思いました。
お友達の中には、小休止された方も何人かいられて、その度苦渋の決断だったのだろうなと感じていたのですが、いざ自分がその立場になると、想像以上だと実感します。自分のやりたいことが出来ない状況というのは、それが好きなことであるだけに尚更の辛さとなって返ってくるのですね。

まぁ、取り上げたいネタや書きたい気持ちがなくなったわけではなくて、時間がやり繰りできないだけですから、余裕ができた時、それがいつになるかはまだ判りませんが、その時には必ずブログの更新に戻る、それだけは約束できそうです。

ここを見て下さっている、全て方に感謝を込めつつの近況報告ということにて。
Posted at 2017/04/09 23:28:09 | コメント(7) | トラックバック(0) | 徒然私的話 | クルマ
2017年04月02日 イイね!
ようやく年度内のお仕事も完結となった・・・と感慨深くなる間もなく、明日からは新年度のお仕事が始まることとなります。

まだ、しばらくは多忙な日々は確実で、更新の間隔を開けつつ軽い話を取り上げることとなりそうです。


軽い話ばかりとは書きつつも、今回はかなり珍しい資料ということで若干の補正をさせていただこうという次第(笑)

さて、今回取り上げるのは、このクルマとなります。


カムリ プロミネント 3台の画像はFavCars.comより引用

1987年(昭和62年)4月6日の発表&発売ですから、ちょうど30年前となります。

トヨタ初のV6エンジンを搭載。そのことは従来のFRに加えて、FFでも上級車市場に参戦することを意味してもいました。他メーカーは既に先行している分野でもありましたので、国内の主要メーカーが出揃った形になったとも言えます。


プロミネントのベースとなったのはこちら。


カムリZX
半年ほど先行する形で、3代目に進化しています。この後、ほぼ全車に展開されるハイメカツインカムを初搭載して、話題となりました。(以前に取り上げた時に話はこちら

FFとは2代目となるこの世代では、先代で感じられた質実剛健さよりも、高級感を意識した作りを特徴としていますから、V6で高級感を訴求するというのは、モデルコンセプトとの親和性も高かったように思います。

トヨタ各車のFF化が進行する中では、全体バランスの点で一クラス上がる必要があったという事情も垣間見えたりはしますが。


比べるとお分かりのとおり、プロミネントはV6を搭載するにあたり、大型バンパーをはじめとして、フォグランプ一体のライトや専用フロントグリル等、4気筒モデルとの差別化を意図した変更がされています。実はこの差別化、国内のみだったりします。



こちらはUS輸出仕様のV6モデル。
国内より1年近く遅れて、2.5L版がグレード追加されています。

プロミネントに流用された大型バンパーは、4気筒モデルと共通であり、V6モデルの区別は控え目なフロントグリルのエンブレムのみとなっています。プロミネントにおける差別化は、車格や高級感を意図したものだったようです。

こと国内市場においては、4気筒で展開していたモデルを6気筒化して一クラス上に参戦させるというのは、それだけ難しかったという見方もできますね。


ここまでが話の前段で、ここからは資料の話に入っていきます。
入手は経路こそ失念しましたが、時期は確か発表前だったはずで、新型車解説書やセールスマニュアルから、手書きで転記したことを推測させる内容となっています。



先ずは、新型エンジンの概要が書かれています。

この少し前から、トヨタのエンジン型式名の枯渇が話題となっていたのですが、ここでついに”VZ”という2つのアルファベットの組合せとなりました。当時、これはすごい驚きだったのを覚えています。この後しばらくは、〇Zという名称が使われていくこととなります。

また”ツインカム24”という言葉が商品力を持っていた時代に、”フォーカム24”というのはやはりインパクトがありました。実は前年に登場したレパードのVG30DEも”フォーカム”が使われていますが、押し出しではやはりこちらかと。

V6としては、他社が先行していてトヨタが最後発となっただけに、その分のアドバンテージを訴える内容となっています。4気筒でハイメカツインカムを搭載した以上、上級の6気筒でも採用するのは、当然の選択。後でも登場する直接のライバル車はシングルカムでしたから、商品力も含めて後出しの有利はありますね。

もっとも、中回転域以上のトルク・出力にアドバンテージを持つ一方で、低回転域では日産のVG20Eが逆転。VGは4年近く前の登場であることからすると、善戦と言えそうです。



ここからは、初のV6ということで、理解を進めてもらうための資料に変わります。


直6の1Gよりもシリンダブロックが150mm以上も短いのですから、V6のコンパクトさが際立ちます。しかも1Gはこれ以上の排気量拡大が難しい設計なのに対して、VZは排気量拡大の余地あり。最終的に3.4Lまで拡大されています。

有利と書かれているショートストロークを採用したのには、そんな事情もあったのでしょうね。





フォーカム24バルブは、先行例がありましたので、ここではFF車とハイメカの組合せで世界初を謳っています。

搭載車種への考慮もあってか、コンパクトであることは重要だったようで、バンク角は60度を採用。ツインカムとなるヘッドもシザーズギヤ駆動を採用することで、バルブ挟角を狭くしています。





同じ4バルブを採用するレジェンドへの意識はかなりあったようで、バンク角に続いて自社方式の有利さが書かれています。狙いは同じところにあって、アプローチが違うということなのですが、双方共に自社が正しいとしていた過渡期にありました。

日産が大々的にV6を登場させた時には、直6が正しいというアピールをしていたような気がするのですが、事情が変わった以上、「今後も発展を続けていくエンジン」に変わるです(笑)。現在は、FR系もV6に一本化されたことからすれば、これが正しかったという見方もありですね。



続いては、他車との比較です。


最初に、各車の価格をMT/AT(単位:万円)の順で掲載してみます。
(引用元:月刊自家用車誌に掲載された東京地区標準価格)

カムリ プロミネント:229.6/239.5
ブルーバード セダン マキシマ ルグラン リミテッド:210.5/219.3
ギャランΣ エクシード エクストラ:-/239.7

当時のこの価格帯は、マークII系やローレルが多数だったことからすると、マイナーな車種が選ばれています。V6を搭載したFFセダンという比較という見方もできますが、ライバル車は共に4年目に入っていた末期モデルでしたので、プロミネントが優位になるのは当然ではあります。





上級となるプロミネントGの比較です。

カムリ プロミネントG:248.6/258.5
クレスタ スーパールーセント ツインカム24:248.6/258.5

ここでは、ツインカムを搭載したパーソナル風味のセダンということでクレスタが登場。このクレスタが存在していたがために、ビスタにはV6が搭載されなかったという事情もあり。

同価格ということで、実際の商談でも比較されることは多かったのではないでしょうか。
いい勝負に見えますが、販売台数としてはクレスタ有利の状況で進んでいきます。





他車との比較の最後です。

マークII セダン グランデ ツインカム24:247.6/257.5
ローレル セダン VG20ターボ メダリスト:-/261.6
ルーチェ セダン ターボ リミテッド:242.8/253.5
レジェンドZi:253.0/261.9

販売の最大多数は220万円前後でしたが、このクラスも需要は多くあり、各車魅力的なモデルが揃っていました。

こうした中で、どの車を選ぶかというのは見解が分かれることと思います。選択肢がかなり減ってしまった現在からすると、ちょっと羨ましくもありますね。




といったところでいかがだったでしょうか。

実はこのプロミネント、父親共々かなり期待をして登場を待っていた一台でした。
父は元来の6気筒派でしたし、私はFFによる室内の広さや少々の降雪時の安定性の高さを買っていたということで、両者の要求を満足させる存在だったのです。

だからこそ、こんな資料を貰って事前学習していたのかな、なんて推測する次第です。


実際に登場してみると、販売上はマークII3兄弟の強さは変わらずでしたし、カムリなら4気筒の方がバランスは良好ということで、特に私の方は2.0ZXがベストに傾いていくことになります。

V6も輸出用の2.5なら、また別の意義も見出せたのでしょうが、当時の国内の税制に縛られた2.0では、重量増で得られる価値は静粛性ぐらいでしたからね。


しかしながら、このプロミネント、カムリのV6とされた国外で大きな成功を収めることとなります。この世代はまだ過渡期の感もありますが、シャシーが新設計された次世代以降、ウィンダムも含めて大きな展開となっていくのです。

カムリがトヨタ内の他車の系譜が途絶える中、今に続く要因となった一つに、このプロミネントがあったことだけは間違いがありません。そのことは、トヨタ自身、登場時点ではきっと想定していなかっただろうなというあたりが、クルマ作りの面白いところでもありますね。
Posted at 2017/04/02 21:37:45 | コメント(6) | トラックバック(0) | セールスマニュアル話 | クルマ
2017年03月26日 イイね!
例年と同じ年度末進行に加えて、想定外の職場異動も加わりまして、しばらくは多忙な日々となりそうです。そんなこんなで、今回も特別仕様車ネタを軽く消化させていただくということにて。

同時期のクレスタにはいくつかの特別仕様車がありましたが、60後期マークIIの特別仕様車となると、これのみだと思います。


〇グランデ・ツインカム24・リミテッド

(ベースグレード)
 グランデ ツインカム24

(外装色/内装色)
 〇スーパーホワイト(035)/ブラウン
 〇ジュエルパールマイカ(037)/ブラウン
 〇ディグニティ・トーニング(2R2:4B5+4D2)/ブラウン

(生産時期)
 1983年9月 ~ 1984年(?)
 (ドアミラーとの組合せはないはずなので、1983年のみの可能性大)

(特別装備)
 〇専用フードオーナメント
 〇カラードフェンダーミラーステイ
 〇高級ベロア調シート
 〇AM/FMマルチ電子サーチ式ラジオ
 〇高級ドアトリム
 〇リヤワイパー(ハードトップのみ)
 〇電子制御オートドライブ
 〇185/70HR14ミシュランタイヤ
 〇カラードアルミホイール




後期では販売の主流となったハードトップとスーパーホワイトの組合せです。

マークII&ハードトップ&スーパーホワイトという、その後長く続く代名詞的組合せはここに端緒があります。次世代以降でも行われるホワイトにベージュ・ブラウン系の色挿しも端緒はここでしょうね。

個人的に、60ハードトップのデザインには、ディテールの各所に初代セダンへのオマージュを感じます。




主役は譲ったものの、まだ比率の高かったセダンと特別色ディグニティ・トーニングの組合せ。

60セダンのツートンカラーは、国内に限れば、これが空前絶後となるのですが、輸出用では82yearモデルから存在していました。このカラーも、84yearモデルとして先に設定されていたものを国内に転用しています。もっとも、センター部は、パーニッシュライトベージュ名で後期時点で追加されているカラーとなります。

セダンとハードトップの選択は、意見が分かれそうですが、自分的にはセダンに一票。スーパーホワイトが多かったですが、今視点からするとこうした落ち着いた色が似あいますね。




ベースモデルではディープマルーンとの組合せとなるスーパーホワイトも含めて、リミテッドでは全てダークブラウンのインテリアカラーが組み合わされていました。

スポーティを意識したのかベースモデルでは、サイドサポート調整&エア式ランバーサポートを採用したスポーツシートが新たに設定されていましたが、リミテッドでは1G-EU/M-TEUを搭載したグランデと同形状のルーズクッションタイプとされています。シート表皮は専用のようです。

メーターは、ベースモデル同様、デジタルのみとなります。




各部のカラード化は先述のとおり、この時点で文法は出来上がっています。

ミシュランタイヤの銘柄はXVSのようです。185/70サイズのXVSは、前期チェイサーアバンテに先例がありました。国産タイヤの性能がだいぶ上がった時期であり、性能的な要素よりはブランド重視的な選択と言えそうです。
ベースグレードでは、ハーダーサスペンションとの組合せで195/70サイズの選択が可能だったのですが、シートといい、スポーティよりはラグジュアリーを志向していますね。

リヤワイパーは、ハードトップのみの設定。前期の時点ではセダンでも選択可能だったのですが、後期で選択不可となったことに沿う形となっています。

オーディオは、アンプを内蔵したチューナーのみ電子式にアップグレードされています。71登場時に「オーディオにはかなり力を入れた」ということが語られていましたので、同様の認識はこの時点にあったということなのでしょうね。ニーズも高くて、社外品も充実化が進んでいた時期ですね。




「間違いだらけ~」を筆頭に、酷評の多かったツインカム24とATの組合せですが、ニーズは高いものがありました。ツインカム24で可能となった高回転に対応するには、それまでの油圧式では困難で、電子制御式で初めて可能となったというのがメーカーの説明でした。
同様の理由から、MTよりも登場は遅れていますね。

シャシー等は先代からのキャリーオーバーでしたが、この頃入り始めた電子制御技術が性能向上に貢献していました。


表紙にある通り、マークII発売15周年記念というのが、リミテッド誕生の一つの理由ではあります。最上級グレードに特別装備を更に追加しているのですから、記念の位置に相応しい特別仕様車でありました。

一方で、若干視点を変えると、仕様的には次世代に向けての模索の感も強く感じるところです。



このあたりの見解は後述するとして、比較用にベースとなったグランデ・ツインカム24の画像を掲載します。
上が1983年5月、下がドアミラーの追加にあわせて改訂された1984年1月のカタログとなります。

〇ハードトップ

ジュエルパールマイカ/ダークブラウン


スーパーホワイト/ディープマルーン


〇セダン

スーパーホワイト/ディープマルーン


スーパーホワイト/ディープマルーン

1983年8月の部分改良で、ツインカム24のみシートカラーが次の通りに変更されている関係で、混同しそうな並びではあります。
(インテリアカラー:シートカラー)
 ・ディープマルーン:ローズベージュ → ディープマルーン
 ・ダークブラウン:ライトブラウン → ダークブラウン
 ・ブルー:ブルー → ダークブルー

当初は、インテリアカラーとシートカラーを分けることで、トーンオントーン的なコントラストを狙っていたようですが、同系色でまとめる方向へと変えたようです。解説書では「落ち着きのあるカラーへ変更」とされています。
同様の改良は、同時期のカムリ/ビスタやカローラ/スプリンターでも行われていますので、きっと改良要望が挙がっていたのでしょうね。


ベースモデルと比較してみると、シートを筆頭にツインカム24がスポーティからラグジュアリーの方向に変わりつつあることを感じていただけるはずです。


さらなる比較用に、今度は71を。

〇ハードトップ



〇セダン

共に、スーパーホワイトII/マルーンの組合せ


61 → リミテッド → 71を一つの流れとして見てみると、ツインカム24というスポーティなエンジンに対して、セリカXXやソアラでは性格付けをあまり迷わなかったものの、この3兄弟ではどう位置付けるか試行錯誤していたのかなと思わせるものがあります。

18R-GEUを積んだGTの後継という意識もあったのか、最初はスポーティな方向なのですけれど、AT追加以降はAT中心で売れていったことで、スポーティよりもハイメカニズムも豪華さの一つという位置づけとされていくようになります。その流れを決定付けたのは、120クラウンであり、リミテッドもそうした流れを読んでの修正や模索だったのでしょうね。

本当に見事だなと思えるのは、そうした方向修正というのは、時代が求めるクルマのニーズの変化とピタリと一致していたことです。その一致はこの3兄弟を人気車に押し上げる大きな要因となりました。

ライバル車も同様の模索を見出すことも出来ますが、一番上手だったとは言えると思います。販売台数上には、マーケティング上の小さな差以上の反映があった気もしますが。


最後に、個人的話を少し。
このカタログ自体は、後年入手したものですが、初見は発売当時でした。
ちょうど家のクルマを代替しようという話になって、商談に訪ねたトヨペット店の店頭にあったものを興味深く眺めたことを今でも覚えています。

この商談、ダウンサイジングが主目的ということで、コルサ4ドアSXが対象でした。下取りは3代目マークIIグランデ。中古ながらも、初代から3代目までマークIIが続いていたところに、状況への最適解とは言え、コルサへのダウンサイジングですからね。

マークIIから離れることとの対比で、とても眩しくありつつ、もう縁もないのだろうなという想いが複雑に絡んでそこに存在していました。それだけに、いつもなら貰うはずのカタログも、その時は珍しく棚に戻しています。マークIIが近くにある日々は、そこから8年以上の時を隔てて再開となるのですが、その当時は、そんな未来を予想することはとてもできずだったのです。

60マークIIというと、私は真っ先にこのリミテッドのことを思い出します。
2017年03月22日 イイね!
久方ぶりのお出かけ日記です。

今年も17日から18日にかけて、高山へ旅行に出かけてきましたので、備忘録を兼ねて記録を残しておきます。この時期でのお出かけは3年連続ということで、恒例行事となりつつありますが。

東京からこの時期にこの地を訪れるにあたり、気象や道路状況というのは判断をも左右するということで、情報収集から始まります。何せスタッドレスタイヤを履かないFRというのは、雪が積もろうものなら、全くといっても過言ではないほど無力なのです。一観光客が地元の方に迷惑をかける構図は、人の道からしても避けねばなりません。

このため、3月に入って以降、天気予報と道路の積雪情報は欠かさずで収集を続けてきました。

参考までに、道路情報を収集したサイトのリンクを貼っておきます。
 ・国道158号線の長野側(松本建設事務所)
 ・高山国道 ひだ道ガイド
 ・安房トンネル


今年は3月に入っても気温の上昇が鈍く、さらに15日水曜日には降雪となってしまったため、例年とは別案の検討を迫られることとなりました。
そんな状況の中、得られた情報は次の通り。
 ・17日と18日の降雪は、経路上も現地もなさそう
 ・幹線道路の除雪はされるため、昼間の路面凍結が懸念
 ・路面凍結の不安箇所は、安房峠と飛騨清美IC近辺

情報からすると、経路を多少配慮すれば、自車で往復が可能と判断しました。
スタッドレスを履いたレンタカーを借りれば、経路変更は必要なく、安心感も増しますが、最低800kmは走ることからすると、出来れば自車の使用を優先したいところなのです。


さて、その代替経路ですが、安房峠を避ける前提で浮上したのが、中央高速で中津川まで進み、そこから国道257号線 → 国道41号線で下呂から高山へと進むルートでした。これなら高速の上は先ず問題がないはずですし、一般道路も標高の高い箇所は避けられ、さらに幹線道路ということで安心できそうです。

距離は100kmほど増え、高速料金も高くなりますが、安全・安心第一ということにて。
もっとも、安房峠が凍結さえしていなければいいわけで、当日の道路状況で最終判断をすることにします。


さて、お仕事を片付けつつ、準備にも追われつつで当日。
普段とあまり変わらない時間に自宅を出発。
自宅から安房峠を目指すには、中央道経由と関越道経由の両方が選択可能ですが、中津川経由を考慮して前者を選択。中央道を、高度を高めつつ西に進みます。

談合坂SA・諏訪湖SAと休止に立ち寄り、諏訪湖SAにて経路の最終判断。

諏訪湖SAからは、諏訪湖を見下ろす構図となります。画像のとおり、天気は良好でした。



同所にて、振り返っての自車。先月の点検を経て、相変わらず好調です。


残念ながら、安房峠は最も標高の高い地点数か所が「凍結の恐れあり」ということで、中津川経由を選択することに。これにて、距離が増えましたので、先を急ぎます。
駒ヶ岳SAで昼食の後、中津川ICに到着。

中央道は、甲府付近までは交通量も多いですが、そこから先はかなり減って、マイペースを保ちつつで走り易い状況でした。追い越し中や工事に伴う片側規制中、後方から営業バンが接近ということもありましたが、特に煽られることもなく、こちらが左に寄せれば、先を急ぐ構図。押し並べて、マナーの良さを感じました。


中津川から高山までは、読みの通り、高山手前の宮峠の路肩に雪が残っていたくらいで、そのほかは雪もなく交通量も少なくということで、長野側は道幅の狭い区間が続く国道158号より、むしろ走り易い状況でした。

下呂の「自家焙煎珈琲 緑の館」にて、休憩を挟みましたが、それを除けば、中津川から下呂までが1時間強、下呂から高山までが約1時間の所要時間となります。

無事に宿泊先に到着したところで、メーターを撮影したものの、反射で掲載には逡巡する状態でしたので(笑)、記録を転記。
 ・走行距離:410km/h
 ・燃費計:16.9km/L
 ・平均時速:65km/h

事前確認どおり、走行距離は、安房峠経由よりも約100km増えています。
その一方で、燃費は高速区間が増えたことで、以前に訪れた時よりも良好な数値。
これなら、何とか無給油で東京へ帰れそうな感覚もあります。



今回は宿泊先を公開します。
飛騨古川の旅館、「八ツ三館」です。

10年前に初めて訪れて以来、夫婦共に大変気に入り、何回も宿泊先に指名しています。設備・料理等、ポイントはいくつもあるのですが、出過ぎず寄り添うかの如き心配りにその神髄があると思うところです。

夜食までは時間がありますので、いつものように古川の街中を散策。

街中に何気なく置いてあったり



来月開催される古川祭で活躍する、起し太鼓


この10年、街中は整備が進む一方で、何となく寂れてもいる感が拭えません。
そんな状況に大きな朗報となった感があるのが、昨年話題となった映画「君の名は。」です。今更書くまでもありませんが、この街中のいくつもが映画の中で使われています。
(このことを知らずに映画を見たものですから、見覚えのある風景だなと驚いた次第)


撮影したものを軽く掲載してみます。


飛騨市図書館




跨線橋から見下ろす飛騨古川駅(有名な撮影スポットのため、撮影用の台アリ)
運良く、高山本線が入線してきました。




飛騨古川駅


撮影中は、ロケ地訪問(聖地巡礼)に訪れたと思わしき外国の方も見かけまして、その効果の大きさを実感した次第。


宿に戻って夜食となります。
その際、若女将と話をする機会があり、何でも、本日東京から安房峠経由で戻ったとのこと。「雪はありませんでした」と話されていまして、自分も通れたのかなという思いが薄っすらと。
もっとも、若女将のクルマはスタッドレスタイヤを履いていましたし、この地も夜は氷点下まで冷え込み、広場には水曜日の雪が残っている状態だったのですが、若女将の弁では「こちらの雪も2月までと違って、3月は残りませんね」となるのですから、若干の翻訳が必要なようではありました(笑)

食事処から外の景色を。水曜日に降った雪がかなり残っていました。



翌日は、午前中から高山に移動して市内を散策&お買い物。
連休初日ということもあって観光客多数。ここも、国際色が豊かになったことを実感せずにはいられません。
今回は、鍜治橋近辺に加えて、「高山陣屋」も観光してみることに。

詳細な解説はリンク先に送るとして、今の施設で例えると、市役所と警察と裁判所が集積されたようなものだったようです。


昼食を挟んで、さらに観光&お買い物をし、高山を14時過ぎに出発。
国道41号線を南下して、名古屋を目指します。
懸案の飛騨清美も凍結の心配はなさそうだったのですが、昨日の印象から、41号線も高速の2車線区間とあまり変わらずで流れていくことを体感しましたので、ならば料金を節約ということで。
東海北陸道開通以降、41号線の交通量は減った感が強くて、道路整備も相まって走り易い道路です。標高を下げながら、大型トラックに追随しての定速走行は、美濃加茂の手前でなかなか見られないような燃費数値を叩き出すに至ります。




美濃加茂の市内は、東海北陸道が開通する以前には渋滞の難所だった記憶があるのですが、道路網の整備やバイパスの開通により、快適に走れるようになりました。ここも大型クレーンを先頭に車列が長く続く中程に位置していましたが、これも「燃費・燃費」と自念しつつ堪えたのです(笑)

高山を出て以来、快適な区間が続きましたが、案の定41号線は小牧市に入る手前ぐらいから夕方の渋滞となります。帰宅後調べたところからすると、国道256号線を使って郡上八幡に抜け、東海北陸道で南下した方が早かったように思えますが、その時点では知る由もなく。

渋滞を避けるように、10L補給に立ち寄ります。無給油でも帰れそうな気配だったのですが、突発の渋滞等を考慮すると、リスクは軽減しておくべきという判断に傾きました。

小牧IC手前で時間を取ってしまいましたので、時間と楽を取って、ここから先は高速を利用。栄で夜食の後も、再び高速を利用することに。

ここから先は、無事東京へ戻るのが最優先ですので、例年通り、伊勢湾岸 → 新東名とつなぐ最速経路を選択。
この区間では、クルーズコントロールに活躍してもらいました。レバー上下で1km/h単位の加減速、さらに上下で10km/h単位の加減速が可能というのは、慣れれば実に便利です。こういう場面では、ディストロニック・プラスが欲しくなりますが、それは無い物ねだりですね(笑)
19時30分に栄を出て、浜松SA・駿河湾沼津SA・海老名SAと休憩を重ねた後、日付が変わる前に東京に戻ることが出来ました。


帰宅途中で給油した結果は、一足先に掲載した通りとなります。
今回定速で走れる区間が長かったことで、空前絶後と思える数値に結びつきました。
燃費だけでなく、これだけの長距離を一気に走っても疲労が少ないのは特筆すべき事項に思えます。

日頃は、街中を走ることが多いのですが、こうした使い方がこのクルマの良さが一番解る気がしますね。
Posted at 2017/03/22 21:18:01 | コメント(1) | トラックバック(0) | お出かけ日記 | クルマ
2017年03月16日 イイね!
例年のとおり、年度末を迎えて、段々とお仕事が忙しくなってきましたので、特別仕様車ネタを軽く消化させていただくということで。

プライベート・エディションは、35年余りという長い歴史を誇るマークIIの内、4代目となる60系前期の特別仕様車となります。世代によっては、シーズン毎に特別仕様車が投入されていたりもするのですが、60前期では、これぐらいが思い浮かぶところとなります。

〇プライベート・エディション

(ベースグレード)
 2000LE

(外装色/内装色)
 〇モントルー・ホワイト(033)/ブラウン
 〇サンブリーチ・ベージュM(4A6)/ブラウン
 〇スペリオル・ターコイズM(720)/ブルー (セダン専用色)
 〇サーフ・ブルーM(865)/ブルー (ハードトップ専用色)

(生産時期)
 1981年9月 ~ 1982年7月 

(特別装備)
 〇カラードウレタンバンパー
 〇カラードサイドモール
 〇専用マッドガード
 〇専用シート
 〇専用ヘッドレストカバー
 〇専用ドアトリム
 〇パワーステアリング(ベースグレードはオプション設定)
 〇ホイールリング付スポーティホイール
 〇ラジエターグリルマーク







カタログは1981年(昭和56年)9月の発行となります。

60系の登場は1980年10月ですから、約1年を経ての追加ということとなり、1981年5月の部分改良を考慮したとしても、新車効果が一巡した後の販売台数を下支えすることを意図しての追加と推測するところです。

マークIIの属していた小型乗用車クラスは、ブルーバードとスカイラインを擁する日産がまだまだ強くて、トヨタとしてもシェアを譲る訳にはいかない領域ではありました。既に末期の状態だったコロナは完全にブルーバードに押されていた上に、スカイラインも新型への切り替わりという状態でしたから、厳しい状況にあったのです。


そんな背景から追加されたプライベートエディションですが、ベースグレードは、6気筒の最廉価となるLE、さらに特別装備の内容からしても、前年に登場したばかりの新世代6気筒、1G-EUをお買い得価格で味わってみてくださいというあたりがセールスポイントだったようです。

比較用に、LEのノーマルを掲載してみます。


セダン、ハードトップの順となります。
ハードトップのボディカラーで判る通り、プライベート・エディションでは、カラードバンパーの関係からか、ノーマルでは選択できたボディカラーの一部が設定から外されています。


特別装備として追加された数は、それほど多くはないのですが、ベースグレードとの印象差は意外と大きく感じますので、ピンポイントを押さえた追加をしているように思います。「贅沢の域には至らないいものの、ちょっと気が利く感がある」といったところでしょうか。

この時代、ファブリック巻きのヘッドレストは豪華装備の類ということで、ヘッドレストカバーで代用するところなんかは、時代を感じさせる点ですね。(これ、レースハーフとの併用は難しい気もしますが)


続いては、上級グレードと対比させてみます。
LEの上級には、スポーティグレードのLGツーリングとマークIIのみに設定された豪華仕様となるLGが並立に近い状態で存在していました。


上がLGツーリング、下がLGとなります。


特別仕様車を作るにあたり、先代のエクストラインテリアや兄弟車のクレスタ スーパーデラックス エクストラのように、豪華方向に寄せるという案もあったと推測するのですが、LGが存在するがために、ややカジュアルなLGツーリング風味も加味されているのかなと思わせるのが、興味深いところです。

両グレードと対比すると、木目ステアリング・シフトノブ・クラスターパネル、パワーウィンドウ等は省略されますが、1800クラスとの比較では十分以上の装備という見方も出来ますね。



当時のCMがありましたので、貼り付けてみます。
特別仕様車のCMということで、意外と力が入っていたであろうことを想像させます。
グレードの表現としては、ハードトップの方が訴求し易かったように思うのですが、60の前期はターボ追加時以外はセダン推しということで、このCMもセダンが使われています。

ちなみに隣のカップルが乗るのは、安全コロナの前期SL。
ちょうど、大量に売れた安全コロナが市場から急速に消されつつあった時期と重なっていますから、CMの中だけに留まらず、実際の販売最前線でもこうした代替は相当数あったのでしょうね。トヨペット繋がりでは、安全コロナだけでなく、2・3代目マークIIからというのも多かったはずですが。



ここまで書いてきた通り、結構イイ線を突いていたように思えるこの特別仕様車ですが、このクラスに求める装備水準が急速に上がったのか、後期以降、少なくともマークIIに限れば、こうした特別仕様車が再び設定されることはありませんでした。当初はイメージリーダー的存在だったグランデがメイングレードの位置を占めていくこととなるのです。

トヨペット店の中で見ると、ほぼ同じ価格帯に140コロナの1800EXサルーンが設定されたことで、系列内の競合を避ける観点から、再設定が見送られることとなったのかもしれませんね。


時は流れて、今のマークXで考えてみると、このプライベート・エディションに見られる「ちょっと気の利く装備を追加」というのは、意外と親和性があるのかもしれません。今のFパッケージをベースに考えてみると成立するような気もしてくるのです(笑)




何となくまとまったように見せつつ、もう少しだけ続けます。
役に立つとは全く思わないのですが、カルト的内容を少し。

この特別仕様車のカラードバンパー、実はボディカラーとのコーディネートではなく、内装色とのコーディネートとなっているのが一つのポイントとなっています。

この理由から、ターコイズとブルーは、グランデと同じカラードバンパーなのですが、ホワイトとベージュのバンパーは、グランデのコーディネートとは異なる、ブラウンのカラードとなっているのです。

サンブリーチ・ベージュのセダングランデ
ちょっと判り辛いですが、こちらはボディカラーとのコーディネートのため、バンパーはベージューのカラード。

ブラウンのカラードバンパーの流用元を探してみた所、辿り着いた先は、ほぼ同時期にターボ限定でマークIIHTとクレスタに新たに追加されたツートンカラー、グランド・ストラータ・トーニング(2B2)のバンパーでありました。

グランド・ストラータ・トーニングのハードトップグランデ ターボ
ハードトップはそのまま共用、セダンはクレスタとの共用で成立させています。


ここで使われた内装色とモール類をコーディネートするというのは、170コロナのSFで再現されていたりする手法ですね。
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