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2017年03月22日 イイね!
久方ぶりのお出かけ日記です。

今年も17日から18日にかけて、高山へ旅行に出かけてきましたので、備忘録を兼ねて記録を残しておきます。この時期でのお出かけは3年連続ということで、恒例行事となりつつありますが。

東京からこの時期にこの地を訪れるにあたり、気象や道路状況というのは判断をも左右するということで、情報収集から始まります。何せスタッドレスタイヤを履かないFRというのは、雪が積もろうものなら、全くといっても過言ではないほど無力なのです。一観光客が地元の方に迷惑をかける構図は、人の道からしても避けねばなりません。

このため、3月に入って以降、天気予報と道路の積雪情報は欠かさずで収集を続けてきました。

参考までに、道路情報を収集したサイトのリンクを貼っておきます。
 ・国道158号線の長野側(松本建設事務所)
 ・高山国道 ひだ道ガイド
 ・安房トンネル


今年は3月に入っても気温の上昇が鈍く、さらに15日水曜日には降雪となってしまったため、例年とは別案の検討を迫られることとなりました。
そんな状況の中、得られた情報は次の通り。
 ・17日と18日の降雪は、経路上も現地もなさそう
 ・幹線道路の除雪はされるため、昼間の路面凍結が懸念
 ・路面凍結の不安箇所は、安房峠と飛騨清美IC近辺

情報からすると、経路を多少配慮すれば、自車で往復が可能と判断しました。
スタッドレスを履いたレンタカーを借りれば、経路変更は必要なく、安心感も増しますが、最低800kmは走ることからすると、出来れば自車の使用を優先したいところなのです。


さて、その代替経路ですが、安房峠を避ける前提で浮上したのが、中央高速で中津川まで進み、そこから国道257号線 → 国道41号線で下呂から高山へと進むルートでした。これなら高速の上は先ず問題がないはずですし、一般道路も標高の高い箇所は避けられ、さらに幹線道路ということで安心できそうです。

距離は100kmほど増え、高速料金も高くなりますが、安全・安心第一ということにて。
もっとも、安房峠が凍結さえしていなければいいわけで、当日の道路状況で最終判断をすることにします。


さて、お仕事を片付けつつ、準備にも追われつつで当日。
普段とあまり変わらない時間に自宅を出発。
自宅から安房峠を目指すには、中央道経由と関越道経由の両方が選択可能ですが、中津川経由を考慮して前者を選択。中央道を、高度を高めつつ西に進みます。

談合坂SA・諏訪湖SAと休止に立ち寄り、諏訪湖SAにて経路の最終判断。

諏訪湖SAからは、諏訪湖を見下ろす構図となります。画像のとおり、天気は良好でした。



同所にて、振り返っての自車。先月の点検を経て、相変わらず好調です。


残念ながら、安房峠は最も標高の高い地点数か所が「凍結の恐れあり」ということで、中津川経由を選択することに。これにて、距離が増えましたので、先を急ぎます。
駒ヶ岳SAで昼食の後、中津川ICに到着。

中央道は、甲府付近までは交通量も多いですが、そこから先はかなり減って、マイペースを保ちつつで走り易い状況でした。追い越し中や工事に伴う片側規制中、後方から営業バンが接近ということもありましたが、特に煽られることもなく、こちらが左に寄せれば、先を急ぐ構図。押し並べて、マナーの良さを感じました。


中津川から高山までは、読みの通り、高山手前の宮峠の路肩に雪が残っていたくらいで、そのほかは雪もなく交通量も少なくということで、長野側は道幅の狭い区間が続く国道158号より、むしろ走り易い状況でした。

下呂の「自家焙煎珈琲 緑の館」にて、休憩を挟みましたが、それを除けば、中津川から下呂までが1時間強、下呂から高山までが約1時間の所要時間となります。

無事に宿泊先に到着したところで、メーターを撮影したものの、反射で掲載には逡巡する状態でしたので(笑)、記録を転記。
 ・走行距離:410km/h
 ・燃費計:16.9km/L
 ・平均時速:65km/h

事前確認どおり、走行距離は、安房峠経由よりも約100km増えています。
その一方で、燃費は高速区間が増えたことで、以前に訪れた時よりも良好な数値。
これなら、何とか無給油で東京へ帰れそうな感覚もあります。



今回は宿泊先を公開します。
飛騨古川の旅館、八ツ三館です。

10年前に初めて訪れて以来、夫婦共に大変気に入り、何回も宿泊先に指名しています。設備・料理等、ポイントはいくつもあるのですが、出過ぎず寄り添うかの如き心配りにその神髄があると思うところです。

夜食までは時間がありますので、いつものように古川の街中を散策。

街中に何気なく置いてあったり



来月開催される古川祭で活躍する、起し太鼓


この10年、街中は整備が進む一方で、何となく寂れてもいる感が拭えません。
そんな状況に大きな朗報となった感があるのが、昨年話題となった映画「君の名は。」です。今更書くまでもありませんが、この街中のいくつもが映画の中で使われています。
(このことを知らずに映画を見たものですから、見覚えのある風景だなと驚いた次第)


撮影したものを軽く掲載してみます。


飛騨市図書館




跨線橋から見下ろす飛騨古川駅(有名な撮影スポットのため、撮影用の台アリ)
運良く、高山本線が入線してきました。




飛騨古川駅


撮影中は、ロケ地訪問(聖地巡礼)に訪れたと思わしき外国の方も見かけまして、その効果の大きさを実感した次第。


宿に戻って夜食となります。
その際、若女将と話をする機会があり、何でも、本日東京から安房峠経由で戻ったとのこと。「雪はありませんでした」と話されていまして、自分も通れたのかなという思いが薄っすらと。
もっとも、若女将のクルマはスタッドレスタイヤを履いていましたし、この地も夜は氷点下まで冷え込み、広場には水曜日の雪が残っている状態だったのですが、若女将の弁では「こちらの雪も2月までと違って、3月は残りませんね」となるのですから、若干の翻訳が必要なようではありました(笑)

食事処から外の景色を。水曜日に降った雪がかなり残っていました。



翌日は、午前中から高山に移動して市内を散策&お買い物。
連休初日ということもあって観光客多数。ここも、国際色が豊かになったことを実感せずにはいられません。
今回は、鍜治橋近辺に加えて、「高山陣屋」も観光してみることに。

詳細な解説はリンク先に送るとして、今の施設で例えると、市役所と警察と裁判所が集積されたようなものだったようです。


昼食を挟んで、さらに観光&お買い物をし、高山を14時過ぎに出発。
国道41号線を南下して、名古屋を目指します。
懸案の飛騨清美も凍結の心配はなさそうだったのですが、昨日の印象から、41号線も高速の2車線区間とあまり変わらずで流れていくことを体感しましたので、ならば料金を節約ということで。
東海北陸道開通以降、41号線の交通量は減った感が強くて、道路整備も相まって走り易い道路です。標高を下げながら、大型トラックに追随しての定速走行は、美濃加茂の手前でなかなか見られないような燃費数値を叩き出すに至ります。




美濃加茂の市内は、東海北陸道が開通する以前には渋滞の難所だった記憶があるのですが、道路網の整備やバイパスの開通により、快適に走れるようになりました。ここも大型クレーンを先頭に車列が長く続く中程に位置していましたが、これも「燃費・燃費」と自念しつつ堪えたのです(笑)

高山を出て以来、快適な区間が続きましたが、案の定41号線は小牧市に入る手前ぐらいから夕方の渋滞となります。帰宅後調べたところからすると、国道256号線を使って郡上八幡に抜け、東海北陸道で南下した方が早かったように思えますが、その時点では知る由もなく。

渋滞を避けるように、10L補給に立ち寄ります。無給油でも帰れそうな気配だったのですが、突発の渋滞等を考慮すると、リスクは軽減しておくべきという判断に傾きました。

小牧IC手前で時間を取ってしまいましたので、時間と楽を取って、ここから先は高速を利用。栄で夜食の後も、再び高速を利用することに。

ここから先は、無事東京へ戻るのが最優先ですので、例年通り、伊勢湾岸 → 新東名とつなぐ最速経路を選択。
この区間では、クルーズコントロールに活躍してもらいました。レバー上下で1km/h単位の加減速、さらに上下で10km/h単位の加減速が可能というのは、慣れれば実に便利です。こういう場面では、ディストロニック・プラスが欲しくなりますが、それは無い物ねだりですね(笑)
19時30分に栄を出て、浜松SA・駿河湾沼津SA・海老名SAと休憩を重ねた後、日付が変わる前に東京に戻ることが出来ました。


帰宅途中で給油した結果は、一足先に掲載した通りとなります。
今回定速で走れる区間が長かったことで、空前絶後と思える数値に結びつきました。
燃費だけでなく、これだけの長距離を一気に走っても疲労が少ないのは特筆すべき事項に思えます。

日頃は、街中を走ることが多いのですが、こうした使い方がこのクルマの良さが一番解る気がしますね。
Posted at 2017/03/22 21:18:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | お出かけ日記 | クルマ
2017年03月16日 イイね!
例年のとおり、年度末を迎えて、段々とお仕事が忙しくなってきましたので、特別仕様車ネタを軽く消化させていただくということで。

プライベート・エディションは、35年余りという長い歴史を誇るマークIIの内、4代目となる60系前期の特別仕様車となります。世代によっては、シーズン毎に特別仕様車が投入されていたりもするのですが、60前期では、これぐらいが思い浮かぶところとなります。

〇プライベート・エディション

(ベースグレード)
 2000LE

(外装色/内装色)
 〇モントルー・ホワイト(033)/ブラウン
 〇サンブリーチ・ベージュM(4A6)/ブラウン
 〇スペリオル・ターコイズM(720)/ブルー (セダン専用色)
 〇サーフ・ブルーM(865)/ブルー (ハードトップ専用色)

(生産時期)
 1981年9月 ~ 1982年7月 

(特別装備)
 〇カラードウレタンバンパー
 〇カラードサイドモール
 〇専用マッドガード
 〇専用シート
 〇専用ヘッドレストカバー
 〇専用ドアトリム
 〇パワーステアリング(ベースグレードはオプション設定)
 〇ホイールリング付スポーティホイール
 〇ラジエターグリルマーク







カタログは1981年(昭和56年)9月の発行となります。

60系の登場は1980年10月ですから、約1年を経ての追加ということとなり、1981年5月の部分改良を考慮したとしても、新車効果が一巡した後の販売台数を下支えすることを意図しての追加と推測するところです。

マークIIの属していた小型乗用車クラスは、ブルーバードとスカイラインを擁する日産がまだまだ強くて、トヨタとしてもシェアを譲る訳にはいかない領域ではありました。既に末期の状態だったコロナは完全にブルーバードに押されていた上に、スカイラインも新型への切り替わりという状態でしたから、厳しい状況にあったのです。


そんな背景から追加されたプライベートエディションですが、ベースグレードは、6気筒の最廉価となるLE、さらに特別装備の内容からしても、前年に登場したばかりの新世代6気筒、1G-EUをお買い得価格で味わってみてくださいというあたりがセールスポイントだったようです。

比較用に、LEのノーマルを掲載してみます。


セダン、ハードトップの順となります。
ハードトップのボディカラーで判る通り、プライベート・エディションでは、カラードバンパーの関係からか、ノーマルでは選択できたボディカラーの一部が設定から外されています。


特別装備として追加された数は、それほど多くはないのですが、ベースグレードとの印象差は意外と大きく感じますので、ピンポイントを押さえた追加をしているように思います。「贅沢の域には至らないいものの、ちょっと気が利く感がある」といったところでしょうか。

この時代、ファブリック巻きのヘッドレストは豪華装備の類ということで、ヘッドレストカバーで代用するところなんかは、時代を感じさせる点ですね。(これ、レースハーフとの併用は難しい気もしますが)


続いては、上級グレードと対比させてみます。
LEの上級には、スポーティグレードのLGツーリングとマークIIのみに設定された豪華仕様となるLGが並立に近い状態で存在していました。


上がLGツーリング、下がLGとなります。


特別仕様車を作るにあたり、先代のエクストラインテリアや兄弟車のクレスタ スーパーデラックス エクストラのように、豪華方向に寄せるという案もあったと推測するのですが、LGが存在するがために、ややカジュアルなLGツーリング風味も加味されているのかなと思わせるのが、興味深いところです。

両グレードと対比すると、木目ステアリング・シフトノブ・クラスターパネル、パワーウィンドウ等は省略されますが、1800クラスとの比較では十分以上の装備という見方も出来ますね。



当時のCMがありましたので、貼り付けてみます。
特別仕様車のCMということで、意外と力が入っていたであろうことを想像させます。
グレードの表現としては、ハードトップの方が訴求し易かったように思うのですが、60の前期はターボ追加時以外はセダン推しということで、このCMもセダンが使われています。

ちなみに隣のカップルが乗るのは、安全コロナの前期SL。
ちょうど、大量に売れた安全コロナが市場から急速に消されつつあった時期と重なっていますから、CMの中だけに留まらず、実際の販売最前線でもこうした代替は相当数あったのでしょうね。トヨペット繋がりでは、安全コロナだけでなく、2・3代目マークIIからというのも多かったはずですが。



ここまで書いてきた通り、結構イイ線を突いていたように思えるこの特別仕様車ですが、このクラスに求める装備水準が急速に上がったのか、後期以降、少なくともマークIIに限れば、こうした特別仕様車が再び設定されることはありませんでした。当初はイメージリーダー的存在だったグランデがメイングレードの位置を占めていくこととなるのです。

トヨペット店の中で見ると、ほぼ同じ価格帯に140コロナの1800EXサルーンが設定されたことで、系列内の競合を避ける観点から、再設定が見送られることとなったのかもしれませんね。


時は流れて、今のマークXで考えてみると、このプライベート・エディションに見られる「ちょっと気の利く装備を追加」というのは、意外と親和性があるのかもしれません。今のFパッケージをベースに考えてみると成立するような気もしてくるのです(笑)




何となくまとまったように見せつつ、もう少しだけ続けます。
役に立つとは全く思わないのですが、カルト的内容を少し。

この特別仕様車のカラードバンパー、実はボディカラーとのコーディネートではなく、内装色とのコーディネートとなっているのが一つのポイントとなっています。

この理由から、ターコイズとブルーは、グランデと同じカラードバンパーなのですが、ホワイトとベージュのバンパーは、グランデのコーディネートとは異なる、ブラウンのカラードとなっているのです。

サンブリーチ・ベージュのセダングランデ
ちょっと判り辛いですが、こちらはボディカラーとのコーディネートのため、バンパーはベージューのカラード。

ブラウンのカラードバンパーの流用元を探してみた所、辿り着いた先は、ほぼ同時期にターボ限定でマークIIHTとクレスタに新たに追加されたツートンカラー、グランド・ストラータ・トーニング(2B2)のバンパーでありました。

グランド・ストラータ・トーニングのハードトップグランデ ターボ
ハードトップはそのまま共用、セダンはクレスタとの共用で成立させています。


ここで使われた内装色とモール類をコーディネートするというのは、170コロナのSFで再現されていたりする手法ですね。
2017年03月11日 イイね!
第23回東京モーターショー、フォードパンフレットの話久方ぶりとなる「古のモーターショーのパンフレット」話をお送りします。
配布されたのは1979年に開催された第23回東京モーターショーですから、今から40年近く前となりますね。

フォードは、ご存じのとおり、昨年末を以て日本から撤退をしているということで、何とも微妙なタイミングではあるのですが、ネタ探しをしていてふと書庫で見つけたというだけであって、深い意味や意図は全くありません。

今回のパンフレットを改めて読み返してみると、撤退の際に触れられていなかった内容も含まれていまして、意外と貴重な資料なのかもしれませんね。


それでは、以下紹介していきます。
最初は、メーカーについてということで、主に歴史を紹介したパンフレットです。




最初は、フォード自動車(日本)の概要について書かれています。

日本法人を設立したのは、1974年(昭和49年)のようです。
BMWジャパンの設立が1981年、メルセデスベンツ日本の設立が1987年ですから、一足早い日本法人の設立だったのです。もっとも、前年末にオイルショックが勃発し、クルマが大きな変革を強いられていたことからすると、何とも微妙な時期にも思えますね。


日本自動車輸入組合(JAIA)の統計を遡ってみると、フォードは、この年に9,000台弱を販売。この数字は、17,000台を売ったVWに続く台数でした。フォードに続くのは、約8,000台のGM。
今は台数を伸ばす他のドイツ車も、メルセデスが約5,000台強、BMWが約4,000台、アウディが約3,500台だったのですから、それらより台数としてははるかに多かったのです。

それにしても、当時の輸入車の総数は約60,000台。昨年の台数は300,000台を超えているのですから、新車全体の台数の増加を考慮しても、輸入車の伸びは著しいと言えます。

輸入車の中では定番の一つだったフォードの台数ですが、後述する理由により、翌年以降は減少に転じることとなります。





続いては、フォードの日本での歴史が書かれています。

フォードがはじめて日本に入ったのは明治時代まで遡るそうですから、その歴史の長さを改めて思うところです。トヨタや日産の生産開始よりも前ですからね。

今も使われている、ディーラー、ユーザー、サービス等の言葉は、そんな時代にフォードが持ち込んだものが由来であることも書かれています。





続いては、フォードの国際活動ということで、当時の拠点が紹介されています。

台数の規模は今とあまり変わらないようですが、拠点の場所は当時の世界情勢を反映している感がありますから、その数はきっと今よりも限られているのでしょうね。





こちらはフォードのあゆみ、世界編ということで、長い歴史を画像で紹介。
フォードの歴史がモータリゼーションの一角を担っていることは、間違いありませんね。





最終の見開きでは、モータースポーツでの活躍と当時のディーラー網を掲載。

レース&ラリーフィールドでの活躍に加えて、何故か宇宙開発も紹介。当時の宇宙開発といえば、やはりスペースシャトルですよね。

自分的に貴重な資料と思えるのが、当時のディーラー網です。
もちろんオートラマの展開前ですから、近鉄モータースを筆頭に商社系や地場の有力モータース系との混合でディーラー網が構成されていました。その中にはホンダ系のHISCOが含まれていますね。



そんなフォードが、1980年に向けてどんなクルマを売ろうとしていたのかというと・・・ということで続いては、当時の取扱車についてのパンフレットを紹介していきます。






この時の目玉は、久方ぶりの再登場となったサンダーバード、通称“Tバード”と、その兄弟車となるマーキュリークーガーXR-7でした。

元々は全く違う由来となる2台ですが、この時点では兄弟車の関係とされています。こうした名前を変えずでキャラクターを変えてしまう事例は、アメリカ車の方が日本車以上に多いですね。

マーキュリーは、フォードの一クラス上を担うブランドでした。長く続いていたのですが、フォードとリンカーンの間に挟まれたポジションは差別化に苦労したようで、近年になってブランド廃止となっています。


当時はオイルショックを契機とした、省資源化がかつてない規模で求められていて、恐竜に例えられるぐらいの大型化が進行していたアメリカ車は一気のダウンサイジングが行われていました。その成果は、何せ元が元だけに、長さ50cm、車重500kgという何ともスゴイ数字が並んでいます。





続いては、フォードの高級ブランド、リンカーンです。
キャデラックと並ぶ高級車の位置にありました。

リンカーンとコンチネンタルは、当時の子供心にセットの名称でありまして、どんなクルマか詳しくは知らなくても、何となくすごい(=怖い人の)クルマという印象があったものです(笑)

コンチネンタルシリーズは、こちらも80年モデルとしてモデルチェンジが行われていて、ダウンサイジングの成果として気前のいい数字が並びます。

軽く調べたところ、マークシリーズはこれまで2ドアのみだったところ、このモデルチェンジにより、4ドアが追加されてコンチネンタルシリーズの上級とされたようです。この後マークシリーズは一足先にモデルチェンジされて、再び2ドアのみに、という複雑な経緯を歩みます。

ヴェルサイユは、キャディラックセビルが成功に触発されて登場した、小さな高級車の成り立ちとなります。アメリカ車の”小さな”ですから、結構な大きさですけれど(笑)
急造モデルだったようで、フォードグラナダ/マーキュリーモナークをベースにリンカーン版を仕立てましたが、差別化が足りないという評価だったらしく、モデルライフの途中で手が加えられています。残念ながら、そうした手入れも販売には結びつかずということで、この後、新世代のコンチネンタルが後を継ぐことになります。

先に登場していたコンチネンタルは、新たにタウンカーを名乗ることになるのですから、何とも複雑な経緯としか(笑)。結局タウンカーは、部分改良のみで80年代を生き抜いたクルマとなりますね。






マーキュリーブランドの各モデルが並びます。
この時点のフォードの戦略は、やや上級のマーキュリーを主体としていたようです。

グランドマーキスには、インターミディエイトと書かれていますが、実際はフルサイズですね。こちらも、タウンカー同様に80年代を部分改良のみで乗り切っています。昔ながらのキャラクターは理解され易かったようで、本国では販売も好調だったようです。

モナークは、オイルショック直後に登場したモデルということで、この中では古株。登場直後は、他モデルを喰うほどのかなり好調な販売だったようです。モデルライフも後半に入っていましたので、当初の丸目2灯は角目の縦4灯に変更されています。

ゼファーは、コンパクトサイズということで、ようやく親近感のあるサイズとなってきます(笑)
かなりのヒット作だったようですが、台頭する日本車への対抗もあって、あまり時間を経たずで、FF&更なるコンパクト化が図られていきます。日本への輸入車としては、結構いい感じでして、勿体ない感もあるのですけれどね。

カプリは一見で判る、マスタングの兄弟車。
元々はドイツフォードのカプリを輸入していたそうですが、モデルチェンジを機にマスタングとくっ付けられたということのようです。最初に紹介したクーガーが、元々マスタングのマーキュリー版だったそうですから、複雑なモデル経緯は日本車の比ではないのです。







アメリカンマッスルカーとして、カマロ/トランザムと並んで日本にも多く輸入されたマスタングも、ダウンサイジングが進行することで、この時にはかなりコンパクトなモデルとなっていました。
最廉価のMT車は、200万円を切る価格設定ということで話題となったようです。まだ1ドル=200円を超えていた時代ですから、日本車と競合するまでは言えないものの、かなり戦略的な価格設定ではあります。

このマスタング、日本車に先行してのターボが追加ということにも注目が集まりました。省資源に寄与するというセールスポイントは当時のターボらしいものですが、この場合の比較対象はV8 4.2というのがポイント。それとの比較であれば、確かに省エネと言えそうではあります。エアスクープ付きのボンネットも当時らしいですね。





裏表紙には諸元表。
アメリカ車らしい、大らかな数字が並んでいます。

以上、80年モデルは、全てアメリカフォード製となります。

実は、この直前まではヨーロッパフォード、特にフィエスタが台数を稼いでいたのですが、この時点以降、ラインナップからは外されたようです。
この年に締結されたマツダとの業務提携、年々厳しくなる排ガス規制への対応等、導入を止めると判断する状況だったのでしょうね。


画像の引用元=FavCars.com


といったところで、いかがだったでしょうか。
80年代以降も躍進を期していたフォードは、マスタング等は好調だったものの、台数を稼いでいたフィエスタを失うことで、この年以降、減少傾向となっていきます。
マツダと共にオートラマを展開したものの、主に売れたのはマツダのOEMという状況しばらく続き、ようやく台数が上向くのは、初代トーラスやプローブ等の販売によってでした。

以降の歴史については、長くなるので触れませんが、確実に言えるのは、日本のメーカー以上の紆余曲折があったということでしょうか。輸入車の中でもヨーロッパ車が日本法人を設立し、日本市場での台数拡大を図る一方で、フォードはいろいろなアプローチを行ったものの、何れも大きな成果と呼ぶには難しいものがありました。

それだけに、撤退という決断に至ったというのも、非常に残念ではありますが、仕方がないのかなと思えるものがあります。

既に既視感のある日本市場の非関税障壁が再び声高に叫ばれつつある昨今にあって、日本市場における難しさというのを理解しているのは、何よりメーカー自身なのかもしれませんね。
2017年03月06日 イイね!
エクストラインテリアの話(後編)前回から続いての話、その後編の話となります。

カローラ/スプリンターへの設定から、約半年を経た1976年の末から1977年の年初にかけては、最大の懸案だった排ガス対策も若干の光明が差し始めたこともあって、規制対応を優先させることで、遅れていたモデルチェンジが一気に行われることとなりました。

マークIIのモデルチェンジを目玉に、クラウン、コロナ、カローラ/スプリンターはマイナーチェンジを実施という具合です。

前回ご紹介したマークII、カローラ/スプリンターのエクストラインテリアは、好評に推移したのでしょう。これらのモデルチェンジに合わせる形で、エクステリアインテリアは本格的に展開されることとなります。

それでは、前回同様にこれらについて紹介していきます。

○5代目クラウン中期・後期(1976年11月~)

1977年6月のカタログより。
トヨタ初となる53年排出ガス規制適合車が発売された時点のものとなりますので、リヤウィンドー下側中央部のエクストラ・ラベルの注釈付き。当初エクストラインテリアを表すラベルが貼られていましたが、53年排出ガス規制適合車では、そのことを表すステッカーが代わりに貼られることとなります。他車も同じ貼り分け方で、規制の端境期の識別点となっていました。

クラウン初のエクストラは、ハードトップ系のスーパーサルーンに設定されることとなりました。
このマイナーチェンジでは、ロイヤルサルーンが従前の4ドアセダンのみでなく4ドアハードトップにも設定されたことと合わせて、上級グレードの充実が図られています。

この時点では、ロイヤルサルーンは4ドア&3ナンバー限定のグレードでしたので、2ドアと5ナンバーでは最上級という意味合いもありました。





中期型のエクストラはハードトップのみということで、5代目クラウン4ドアハードトップ(中期型)のシート画像を並べてみました。
上段から、
 ・ロイヤルサルーン(装華紋ベロア)
 ・スーパーサルーンエクストラ(高級モケット)
 ・スーパーサルーン(ストライプニットクロス)
 ・スーパーデラックス(高級華葉クロス)

セダンとハードトップの違いはありますが、前回の画像との比較が分かり易く、エクストラのシート地の仕様は、ちょうど前期型のロイヤルサルーンに近いものでした。ロイヤルサルーンの方は、その後長く続く柄入りとされることで差別化が図られています。

上級グレードが好まれるクルマらしく、エクストラは好評に推移。1978年2月のマイナーチェンジではハードトップ系に加えて、セダンにも設定されています。


この先は余談と思いつつも少しの(?)追記。

これを機にクラウンのスーパーサルーンは、エクストラも込みで認識されるようになった感が強いです。6代目クラウンでは、スーパーサルーンに5代目のエクストラ並みの内装仕様とすることで、エクストラを廃止します。ところが、後期ではスーパーサルーンエクストラが復活をし、ターボの設定を移す等、こちらに軸足が移ることとなります。

7代目以降、しばらくはスーパーサルーンとスーパーエクストラはやや近付きつつでの共存が図られることとなりますが、結局スーパーサルーンの方が先にグレード設定から落とされて、エクストラの方が長く残る結果となりました。

派生グレードが残って、派生元が消えるというのは珍しい経緯ですね。
その理由としては、ユーザーからしてみると、スーパーサルーンエクストラからスーパーサルーンへの代替って、ダウングレードを感じて抵抗があったのだろうと推測するところです。グレードの並びとしては、ロイヤルサルーンの下はスーパーサルーンの方が納まりがいい気もしますが、ユーザー要望の強いクルマを作る難しさの一端が表れているように思います。



○3代目マークII(1976年12月~)


1976年12月のカタログより。

3代目マークIIでは、新たに設定された最上級のグランデに注目が集まりましたが、エクストラも継続されています。設定グレードは、LXが落とされる一方、LGツーリングが追加ということで、LGツーリング、LG、L(ただしワゴンを除く)の3つとなります。



ロイヤルサルーンを差別化したクラウンとは異なり、エクストラの仕様としてはグランデの内装がほぼそのまま選択可能ということで、やや反則気味ながら、グランデとLGツーリングの内装を掲載。

LGツーリングエクストラだと、かなりグランデに近付く一方で、LGやLでは、キャブ&リヤリジッドでもあの豪華さが得られるという意味合いが出てくることになります。

グランデの企画意図としては、クラウンロイヤルサルーンの豪華さをマークIIの枠内でということでしょうから、クラウンやマークII内での相対比較では、興味深い点がいろいろありますね。

3代目マークIIは、1978年8月にマイナーチェンジを受けますが、エクストラはほぼ同じ内容で継続されています。

後期では、グランデと共にモケットに柄が入れられています。賛否は分かれそうな変更ですが、クラウンロイヤルに近付いたという見方も。同時に追加されたワインレッドの内装色だと、ハイソカー風でもありますね。

後期でやや珍しいと思えるのは、1979年に追加されたディーゼルで、4気筒ながらGLエクストラという名称で、エクストラインテリアが設定されています。
GLエクストラは、グランデの内装をディーゼルでも味わえるという意味合いに加えて、前回のコメントでいただいた、音・振の抑止効果という観点があったのかもしれませんね。



○5代目コロナ後期(1977年1月~)



上は1977年8月のカタログ、下は1977年10月に部分改良が入って改訂された後のカタログからとなります。

前期で設定されていても不思議ではなかったのですが、コロナは後期での追加となります。設定はGLのみ。

コロナのエクストラインテリアの特徴としては、セダンとハードトップで大きく仕様を分けていることとなります。エクストラインテリアの当時のオプション価格は一律5万円でしたので、その枠の中で仕様模索をしていたのかなというのが、一つの推測。

セダンがクラウン・マークIIに近いモケットシートを備えるのに対して、ハードトップは起毛ニットとなります。確証はありませんが、部分改良後のみ起毛ニットに模様が入れられたようです。豪華さへのアプローチとしては、優劣を付け難いところで、比較的見かける機会が多かったことも勘案すると、特にセダンでは両仕様が選べるようにするのもありだったのかもしれません。



比較用として、左にセダンGL、右にセダンSLの画像を掲載してみます。
こうして比べると、後期GLで採用されたローバックシート(3代目マークIIとの共用?)の採用が印象の差として大きいように思います。これにエクストラインテリアも追加すると、同じGLでも前期とは別のクルマのような内装となりますね。


前述のとおり、コロナとエクストラは、ユーザーとの相性も良く、他車比でも高い率で売れたように思いますが、次世代では当初エクストラが落とされました。しかしながら、翌年にはコンフォートエクストラの名で、ほぼ同様の仕様が特別仕様車として復活しています。やはりこの種を希望される方が多かったということなのでしょうね。



○3代目カローラ/スプリンター中期・後期(1977年1月~)

先ずは、1977年1月のカローラセダンとハードトップのカタログから。
前期で設定されたエクストラは、中期以降では、仕様が変更されて、豪華な印象がさらに強くなりました。




インパネ画像の比較。
上がハイデラックスで、下はハイデラックスエクストラ(ウッドステアリングとシフトノブはオプション)。ウッドパックの追加が効果的で、印象は大きく異なってきます。











内装画像は、比較しやすい画像はなかったため、近い画像を列挙。
上から順に、セダンハイデラックスエクストラ、セダンGSL、セダンハイデラックス、ハードトップハイデラックス

このマイナーチェンジにより、ノーマルグレードのシートもニットテープヤーンや通発レザーから、ファブリックを主とするものに変更されています。

カローラでは、フロントシートの形状変更に加えて、リヤシートの形状変更も追加仕様に含まれています。ノーマルグレードとの比較はもちろん、前期エクストラとの比較でも、より豪華に映るポイントでしょうね。



中期以降では、新たにクーペやリフトバックでもエクストラが選択できることとなりました。



1977年1月のカローラクーペのカタログから
カローラでもこの時からクーペが選べるようになりました。

ただ、クーペには、レビン系の復活という大きな話題があったためか、エクストラの扱いはセダン・ハードトップより小さいというのが面白いところ。クーペだと、豪華より走りということなのでしょうね。

設定は、前期で選択可能だったSLが落とされて、GSLとハイデラックス(スプリンターはGSとXL)のみとなりました。


シート生地やカーペットは前期とほぼ同級と見受けますが、こちらもエクストラのみのシート形状の変更が大きいように思います。シート生地がレザーからファブリックに変わるのに合わせる形で、シート形状もヘッドレスト一体から別体であるとか、リヤタイヤハウスをカバーするものに変わる過渡期だったとも言えます。



この直後には、末期を迎えていた初代カリーナにも、カローラ/スプリンターに近い内容で設定されるのですが、後述するカラーコディネートがなかったりとか、何よりカタログ不所持のため省略とします。その他にチェイサーにも設定はありましたが、別ページで紹介されるほどではありませんでしたので、同じく省略。



ここまででも結構な長さですが、ここからはやや視点を変えつつで。

これだけ一気に設定したのですから、当時のインパクトとしては大きいものがありました。
当時のトヨタの乗用車系の大半に設定されたのですから、フルラインエクストラインテリアとも呼べるものとなったのです。

で、これらシリーズを取り上げる際には、この色のことにも触れないわけにはいきません(笑)。もちろんその色とは、エクストラカッパーメタリック(473)






3台の画像はFavCars.comより

画像の都合で、別の色にも見えますが、一応同じ色となります。
この色は、ロイヤルサルーンやグランデといった更なる上級を除けば、エクストラインテリアのみで選択可能ということで、特別感を強調する設定ではありました。外装ではエンブレムが備わるとはいえ、この色なら、エンブレムを確かめることなく、間違いなくエクストラとなるのですから。カタログでも、この色とセットで紹介されているものが大半ですね。

フルラインエクストラインテリアは、フルラインエクストラカッパーとも同義なのです(笑)
こうした殆どの車種で選べる色って、スーパーホワイトII(040)を除けば、90年代のダークブルーイッシュグレーメタリック(183)ぐらいだと思います。

こうした設定をすれば、当然、この色の比率は大きく上がるわけで、街中には、茶色のクルマが溢れることとなりました。特に、クラウン・マークII・コロナでは見かける機会が多かった記憶があります。

この色自体は、2代目のカリーナ/セリカでは当初GTとSEに設定された後、マイナーチェンジ以降では広く選択可能となりましたから、完全リンクとも言い切れないのですが、まぁセットとしてよいと思うところです。


もう一つ、1976年末の変更では、内装のカラーコーディネート化が広く採用されています。
それまではシート生地やドアトリムの色は変えても、ステアリング、インパネ、シートベルト等は黒ということが殆どだったのですが、この時以降、各部品は内装色で統一されることとなったわけです。もっとも、今はまた、コスト縮減の観点から黒のみに戻されていたりもしますけれどね。

このカラーコディネート、それまではどちらかといえば傍流だったブラウン内装での効果が大きくて、エクストラインテリアをより効果的に映すことに寄与していました。内外装のデザイン自体は、排ガス規制前と大きな変更がされていないとしても、内装を見た時に確実に新しさを感じさせるものがあったのです。


長くなりましたが、ここまでの全てがエクストラインテリアのインパクトとしたいところです。
このインパクトはトヨタのみに留まらず、他社にも波及することとなりました。
日産(スカイライン・セドリック/グロリア)、三菱(ランサー)、マツダ(ルーチェ)、ダイハツ(MAXクオーレ)あたりは、名称・仕様共にトヨタの仕掛けたムーブメントに乗ったのだと認識しています。


エクストラインテリアは、先に書いたクラウンを除けば、標準グレードに吸収される形で、比較的短期間で収束していきます。その後は、特別仕様車として設定されることも多かったですけれどね。

思うにこのエクストラインテリア、排ガス規制への適合に追われてモデルチェンジが伸びていた時代に、過渡期の商品力向上を担ったということなのかもしれません。そうした点では、同じく新世代エンジンへの繋ぎとなった初期ターボと似たものを感じたりします。
考えようによっては、内装の仕立てや色遣いというのは、クルマの商品力を形作る上で大事であるという見方が出来るかなと。


また、ここまで書いてきたとおり、内装の仕立て、特にシートに関しては、大きな変異点をこの時期に見出すことも可能だったりします。

何より日本人の多くが考える豪華な内装をイメージ作ったのはこの時だと思うわけです。80年代に起こるハイソカーブームというのは、豪華な内装を特徴としていましたが、その豪華さというのは間違いなくここが端緒であると言えます。その後、長い時間を経過しましたが、現在もクラウンロイヤル、カローラアクシオ、アルファード/ヴェルファイア等のモケットシートには未だに続く伝統を感じたりもします。


そんなこんなでこの話、お題としてはエクストラインテリアという一見とても狭いスポットなのですけれど、俯瞰して見れば、色々な視点から語れる話だったりもするのです。
Posted at 2017/03/06 21:20:57 | コメント(7) | トラックバック(0) | カタログ話(雑談編) | クルマ
2017年03月02日 イイね!
エクストラインテリアの話(前編)少し前のコメントの中でリクエストをいただきましたので、こんな話をお送りすることにします。

そのお題とは“エクストラインテリア”。
”エクストラ”名は、後年”サルーン”や”リミテッド”等と共に、グレード名、特に特別仕様車で多く使われた名前ですが、今回取り上げるのは、あくまでも”エクストラインテリア”に限ります。

一見同じに見えて、範囲が大きく異なるのがこの違い。”インテリア”を付ければ、創世記にあたる排出ガス規制期、しかもトヨタ限定に絞れることになるのです。何せ、この範囲に絞らないと、ブログの範疇では収拾が付かなくなるのが明白でもあり(笑)

今から40年近く前にもなる、何ともスポットの狭い話なのですが、昨年末に恐る恐るで取り上げたニットテープヤーン(リンクはこちら)が、想像以上に好評でしたので、あまり心配はしていない次第。


そんな”エクストラインテリア”話、最初にルーツはどのあたりかを記してみます。
ここはもしかすると見解が分かれるかもなのですが、エクストラインテリアの仕様からして、5代目クラウンに新たなトップグレードとして登場したロイヤルサルーンに求めるのが、自分的には正かと思うところです。




5代目クラウンセダン(初期型)のシート画像
上段から、ロイヤルサルーン、スーパーサルーン、スーパーデラックス、デラックス、スタンダード

この並びが、当時のシート地における序列関係も表しています(笑)

それまで、高級車のシート地には、スーパーデラックスに見られるような織物系が多く用いられていたのですが、モケットを採用することで、新たな高級感を訴求したのがこのロイヤルサルーンでした。

ニットテープヤーンで解るとおり、当時はシート地にレザーを採用するクルマも多く、デラックスのようにシートメインには布を採用しても、シートサイドにはレザーという組み合わせも多かった頃です。そうした時代に、モケットというのは豪華さの認識を変えるに十分な存在だったわけです。



次に、どんなクルマに採用されていたのかという話です。
前編では、初期の2台を取り上げます。

○2代目マークII後期(1976年3月~)


左が新設定時の1976年3月のカタログ、右は同年6月に全面改訂された時のカタログとなります。

自分で調べた範囲では、この2代目マークIIが最初の採用例だと認識しています。
選択可能だったグレードは、LG・LX・Lの3グレードということで、グレードのトップ3を更に豪華にできるというのがセールスポイントでした。

インテリアカラーはゴールドのみということで、3月のシート画像ではライトグリーンっぽく映りますが、実際は6月の画像の方が近かったようです。ベースグレードではエクステリア・インテリア共に他のカラーも設定があったのですが、そんな理由からか、エクステリアカラーも絞られています。ホワイトやシルバーの設定が外されているというのは、今の感覚からすると意外かもしれませんね。




比較用として、同年6月のカタログから標準グレードの画像を掲載。

ニットテープヤーンだったLXや前面ファブリックだったL(ハードトップの記載は誤植ですね)はともかく、LGは標準状態でも高級ニットファブリックを採用する、当時としてはかなりの豪華仕様だったのですが、クラウンのロイヤルはさらに上だったということで(笑)

既に末期を迎えていた2代目マークIIへの採用の理由は、次世代への布石という見方が一つ。もう一つはローレル、スカイライン、ブルーバードU等の日産勢に完全に押されていたことへのテコ入れという観点もありそうです。マークIIは、クラウンに続く上級車でしたから、豪華仕様との親和性も高かったという事情もありそうですが。



○3代目カローラ・スプリンター前期(1976年5月~)

1976年5月のスプリンターセダンのカタログより

マークIIに続いての採用車種は、このカローラ/スプリンターでした。軽く調べた範囲だと、当初はセダンとカローラのみ設定されていたハードトップのみで、スプリンターのみ設定のクーペやリフトバックは採用からは外れていたようです。

時期からすると、1600(TTC-C)の51年規制適合に合わせる形で、新たなセールスポイントとすることを想定したように思えます。何せ、この時期には排ガス規制への適合が最優先課題でしたので、適合が困難なツインキャブや1600DOHCは廃止されていましたので、新たな魅力の構築はかなり必要度が高かったのです。

設定グレードは、スプリンターだとGS・ST・XL(カローラも同様に、GSL・SL・ハイDX)ということで、排気量を問わずの広い範囲で選択可能だったようです。





比較用としてエクステリア・インパネ画像を含みつつで、ベースグレードのシート地を掲載。
上段からGS(ニットテープヤーン)、XL(部分ファブリック)、ST(通発レザー)。

ベースグレードの設定がこのクラスの標準でもありましたから、こうした高級内装というのは、より効果的に映るのも事実でありました。

追加仕様は、ほぼマークIIと同様ですが、AM/FMラジオが含まれているのが比較的珍しいところだと思います。モノラル機ということで、既に始まっていたステレオ放送には未対応ですが、FMに耳を傾けつつで大人しいドライブをどうぞといったところでしょうか。

マークIIとは異なり、こちらはブラック内装も選択可能だったようです。カタログによると、やはりイエローやライトグリーンといったボディカラーの一部は外される一方で、リフトバックに先行採用されていたレッドやダークグリーンがエクストラインテリアのみ選択可能とされていました。



話はどんどん続きそうでありますので、前編はここまでとします。
エクストラインテリアの中でも、ここまではやや試行の感が強いかなとも思いますし。

もっとも、試行とは言いつつも、成功であったのは間違いないようで、この後有名な(?)アノ色を打ち出しつつ一気に設定車種を拡大して、一大ムーブメントを起こすこととなります。後編はその辺りの話をお送りしますということで。

おそらく、有名なのは後編の車種であって、この辺りは、これにも設定されていたんだという方もいるかもしれませんね。意外な発見含めてお楽しみいただければ、幸いであります。
Posted at 2017/03/02 21:46:17 | コメント(6) | トラックバック(0) | カタログ話(雑談編) | クルマ
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