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2016年11月26日 イイね!
【そろそろ冬支度】 クロスオーバー7とテリオスキッドのタイヤ交換 

11月26日(土)
11月最後の週末、
まだ初雪を記録しない福井ですが、
冬に備えて恒例行事を実行。
(タイトル画像は昨年冬です)




「クロスオーバー7」と「テリオスキッド」のタイヤ交換


クロスレンチと2tフロアジャッキです。


まず、クロスオーバー7から。


冬タイヤは、ミシュラン「X-ICE3」
215/50R17は夏タイヤと同じサイズ。
雪上の走破性を考えると195か、せめて205にしたいところなのですが…。


クルマ購入時、スタッドレスタイヤをスバルでオプション扱いにしたところ、
「アイサイトの設定上、タイヤサイズを同じにしないと誤動作する」
とのことで、サイズはスバルの指示に従いました。
理屈上タイヤ外形が同じならよい筈なので、次回は要検討!  


10月フレキシブルタワーバーを取り付けました。
雪道のコーナーリングがどう変わるのか、楽しみです。


次はテリオスキッド。
車高が高いので、通常のフロアジャッキでは届きません。
専用の車載背高パンタグラフジャッキを使います。


組ハンドルを回して 「ジャッキアッ~プ!」
これ、結構疲れる作業。


テリオスキッドの冬タイヤ。
LEN吉定番の『MICHELIN』ではなく、
「YOKOHAMA GEOLANDAR i/T-S  175/80R15』

8年前の冬、銘柄は問はず在庫に任せて購入したのですが、意外と(?)モチがよく、スリップサインまではまだまだ溝があります。

昨シーズンも、トレッドの弾力があり氷雪上のグリップは失われていませんでした。

もうひとシーズン、イケるかな?

夏タイヤは、小石を落とし、アルミを拭いて、ビニールで包んでラック保管します。


完了~♪ 

AE86LEVINは「融雪剤が怖いので冬は乗らない」
ということで、タイヤ交換はしません。

・・・・・・・・・・・・
さて、翌11月27日は『ハチマルミーティング2016』だった、のですが・・・。

2013年から3年連続で参戦した「八チミー」。
エントリーNo.40! 今年も行く気満々でした・・・。
が、大本営から『AE86外出禁止令』の勅命が発布

追い打ちを掛けるように、大本営参謀総長が、あろうことか『急性腰痛症』、いわゆる『ぎっくり腰』になり、身動きが取れない状態に。その余波で、小生も身動きが取れない状態に・・・。

結局、11月26日、27日はLEN吉LEVINを走らせることなく、
ハチミー2016は出場を断念・・・!?

エントリー代を散財し、PERMITだけがむなしく残ったのでした・・・。
(;-_-)>



LEN吉LEVINは、春までこのまま冬眠します。 
おっと、エンジンオイルだけは換えておこうっと。
<(⁻o⁻;)〜ZZZZ
Posted at 2016/12/07 22:18:42 | コメント(7) | トラックバック(0) | 日記
2016年11月17日 イイね!
【桐生クローバーな会社出張③】 群馬のローカル私鉄「上毛電鉄」で桐生へ

11月17日(木)
北陸新幹線開業その後の「ほくほく線」を堪能し、豪雪対策ネタもほどほどに尽きたところで、
ようやく(?)、出張先の桐生へと向かいます。




越後湯沢駅、ほくほく線ホーム0番線から新幹線乗り換え口へ。
在来線「はくたか」廃止後も、ほくほく線からの乗り換え需要があります。


上越新幹線ホーム。
最新の北陸新幹線よりも造りが大柄な感じで、逆に寒々した印象を受けますねー。


「Maxとき320号」は、8両+8両のMax ダブル16両編成。
先頭1号車に乗車。  


E4系「Maxとき320号」東京行が到着。


E4系のラインは、登場時の黄色から廃車されたE1系Maxと同じピンク帯に変更されています。


東京寄り自由席2階は片側3列+3列の6人掛け。
さすが通勤新幹線と呼ばれただけのことはあります。
中央席に肘掛はありません。


越後湯沢13:08発車。ココでようやくお昼ご飯。
直江津で購入した駅弁「鱈めし」♪


立派な箱に、棒ダラ、タラコ、わさび漬けと佃煮がギュっと凝縮~。



上毛高原駅を発車。
待避線ポイントは、しっかり
「ノーズ可動クロッシング」


高崎に到着


高崎から両毛線に乗り換えます。向かいは107系上越線水上行き。
165系の台車とモータを再利用し車体を載せ替えた107系ですが、廃車が増え数を減らしています。


吾妻線大前行の、貴重な湘南色115系。
これも最近急速に姿を消しつつあります。


これから乗り込む、両毛線小山行211系。
107系や115系に代わり台頭してきたのが、首都圏輸送から流れてきた211系。


新前橋から、両毛線に入ります。
が、桐生まで乗り通さずに、前橋で下車 「ん?」


JR前橋駅前。ここから徒歩で向かった先は・・・?


上毛電鉄「中央前橋駅」
「JR前橋駅」から1kmちょっと。歩いて15分ほどの街中に忽然と現れます。
青森県弘前の弘南電鉄にも「中央弘前」という駅が存在し、やはりJR弘前駅からは離れた街中にあります。


お目当ての上毛電鉄700形、元京王電鉄3000系ステンプラカーが見えました。


上毛電鉄(正式名は上毛電気鉄道)1928年(昭和3年)開業のローカル私鉄。
中央前橋-西桐生間 25.4km を結んでいます。
(上毛電気鉄道公式沿線図)


「鉄むすめ」の上毛線キャラクター「北原ゆうき」の等身大ポスターが!?


改札口からホームへ。


14:45発の西桐生行に乗ります。


1面2線のホームに側線があるシンプルな始発駅。


隣のホームに黄色が到着。 水族館仕様になっています。


700形の車内。京王時代と変わりません。


昭和46年「東急車両」製造。
当時、ステンレスカーと言えば東急と東急車両。
「京王重機2000年」の銘板は、上毛電鉄向け仕様改造の履歴証明。


上毛電鉄では「サイクルトレイン」が実施されています。
自転車をそのまま、分解せずに載せることができます。


車窓から望む赤城山、快晴です。


パープルなステンプラカーと交換。


赤いステンプラカーと交換。


「赤城駅」に到着。ここで降りて、


赤城から、東武鉄道桐生線8000系に乗り換え。

赤城を発車。乗ってきた上毛電鉄700形が先行します。


「桐生球場前」駅の手前で追いついたところで、この先線路は右にカーブ。


15:36 新桐生到着。


東武新桐生駅、
駅舎はステンドグラスもあって、こジャレていますが、駅前には店もない・・・。


さて出張の目的は、桐生市のクローバーな電装部品会社「〇ツバ」の社内展示会に出展して拡販活動すること。

17日はブース準備で、展示会は18日。

という訳で、小一時間ほどでブース設営を完了し、桐生駅前で宿泊。


11月18日 展示会当日
(会場の〇ツバ本社7階ホール)



18日16:00で展示会は終了。
ブースを解体し、展示品を自分の工場へ返却発送して、お仕事終わりっ!


帰りはJR桐生から両毛線に乗車。
またしても211系・・・。高崎に到着


高崎から「はくたか575号」に乗ります




長野で、あとから追いついて追い越す「かがやき517号」に乗り換え


金沢から「ダイナスター4号」で福井へ


いつもの521系 最終の敦賀行で、北鯖江へ 


任務完了!
無事帰着しました~ (^^)>
Posted at 2016/12/05 18:11:45 | コメント(4) | トラックバック(0) | ビジネストリップ | 日記
2016年11月17日 イイね!
【桐生へクローバーな出張 ②補】 豪雪!『北越急行ほくほく線』の雪対策11月17日(木)は、
群馬県桐生市のクローバーな会社に出張。

なのですが、集合が夕方なのをよいことに、
あちこち寄り道。
直江津から高速特急「はくたか」の廃止された
北越急行ほくほく線をたどります。



最高速160km/h特急「はくたか」の残像に思いを巡らしながら越後湯沢に到着。
「そろそろ上越新幹線で高崎へ」
と思いましたが、ほくほく線が日本有数の豪雪地帯であることを忘れていました。
この話題に触れない訳にはいきません

吹雪のなかを疾走するHK100形。


「北越急行ほくほく線」は、
新潟県南西部の雪深い地域、上越市から魚沼地区に位置します。

十日町で「ほくほく線」と交差する「JR飯山線」も豪雪地帯を走る鉄道として知られています。

十日町から約30km離れた、飯山線「森宮野原駅」。
ここは1945年、国鉄JR駅の最深積雪を記録した駅。その深さ7m85cm! 
積雪を示す標識が立っています。


この写真でも積雪3m以上はありますねー。


さて、『ほくほく線』の雪対策、まずは除雪車から。

「除雪機械」扱いの除雪車両MR600。
除雪機械とは鉄道車両としての登録がされていないことを意味します。夜間など営業運転時間外に他の列車の進入を禁止する「線路閉鎖」の処置を取って、この「機械」を積雪区間に走らせ除雪作業が行われます。

片側には、雪を跳ね飛ばすロータリーヘッドがあります。
屋根にあるパンタグラフは、架線に凍りついた霜を削り落とすためののもので、電気を集電してモータを動かす訳ではありません。


反対側には、雪を掻き分けるラッセルヘッド。
そして、アームの先に板状の羽根が見えます、その役割は?


JR東日本飯山線に配置の除雪機械MCRで、実際の作業をを見てみます。
 駅ねっとマガジン『豪雪地帯を走る飯山線』 から引用

アームの先にある羽根は、ラッセル車が掻き分けてできた雪の壁を崩すために使われます。


アームの羽根で雪を崩して一旦線路上に落としたあと、ロータリーヘッドで跳ね飛ばします。
線路沿いの雪の壁が高く厚くなり、除雪不能になるのを防ぐ作業なのでした。


雪国の鉄道車両の先頭台車前部には、「スノープラウ」と呼ばれる雪かき用の羽根が取り付けられています。
これは富山地方鉄道14760形の例。 


北越急行のHK100形電車には、通常の「スノープラウ」のほかに特別な装備があります。
赤いラインのHK100形は「ゆめぞら号」


線路の上の部分は「雪かき器」ですが、中央部分には熊手のような櫛状の刃がついています。
線路の間に掻き寄せられ、押し固められた雪が凍結すると、列車がそれに乗り上げて脱線する恐れもあることから、この櫛状の刃で氷結した雪をほぐして排雪しやすくするのだそうです。



さらに、線路側、地上側の設備にも色々と工夫が。
ほくほく線の、G-G信号を現時する5灯式信号機。
「160」の標識はこの区間の最高速度が160km/hであることを示しています。
その向こうのポイントの部分だけ雪がありません。これは・・・?


温風式消雪装置です。
中央のダクトから40℃の温風をポイントの転換部に吹き出し、雪を溶かします。
ほくほく線沿線は地下水脈のないところが多いため、融雪には温風式が採用されています。


地下水が利用できるところは、スプリンクラーで地下水をポイント部に散水して雪を解かし積もるのを防ぎます。


レール間に雪塊が詰まり、ポイント不転換などの支障が起きた場合、中央指令室から温水をジェット噴射して氷雪を解かす装置も設けられています。


国鉄時代に開業した上越新幹線の雪対策。
信濃川水系の河川水をボイラーで加温し、スプリンクラーで散水して積雪させない、大がかりな方式が採られています。


「ほくほく線」では地下水脈や水利権の問題から地下水や河川水を十分利用できない区間が多いため、それらに頼らない工夫が必要でした。

開床式高架橋。線路の左右部分が吹き抜け構造になっています。


高架橋の下から見たところ。ラッセル車やスノウプラウで排雪された雪は、高架線上に溜まることなく高架下に落とされるようになっています。
周囲が田畑や山林ばかりの「ほくほく線」ならではの方式ですが、北陸新幹線でも一部採用されています。


流雪溝です。線路道床の左右に側溝を設け地下水を流し、列車が排雪した雪が溜まって壁ができないようにします。人家の多い六日町付近で採用。


地下水の汲み上げ過ぎによる地盤沈下防止のため、流雪溝に流した水は循環利用されています。
これは十日町付近の高架線の流雪溝。


豪雪地帯にも関わらず、数多くの雪対策で防備されたほくほく線。
「はくたか」運転開始から廃止までの18年間、北陸線、信越線や上越線が雪で混乱し運休が出ても、「はくたか」は、ほくほく線内での遅れが原因で運休したことはありませんでした。

「北越急行「ほくほく線」の最大の雪対策は、『列車を走らせ続けること』である」
と、北越急行の経営幹部が言っています。
何かあるとすぐ列車を運休させる、どこぞの旧国鉄大手旅客鉄道会社に聞かせたいですねー。

北越急行ほくほく線の冬季安定輸送が評価され、ほくほく線沿線の高校に通う高校生旅が増えているそうです。今年の冬も安定輸送を続けることでしょう。
さて、今度こそ越後湯沢から、高崎、桐生へ。


ほくほく線の雪対策は次のWEBにも取り上げられています。
いすみ鉄道社長ブログ『北越急行ほくほく線』 
(こちらから一部写真を引用しています)

越後湯沢停車中の681系2000番台SRE「はくたか」


『Snow Rabbit Express;SRE』は過去のものとなりましたが、
そのチャレンジ精神と功績は今後も忘れることができません。  



*今回の写真は「Wikipedia」、「駅ねっとマガジン」等 から引用しています。


Posted at 2016/12/03 23:34:57 | コメント(3) | トラックバック(0) | ビジネストリップ | 日記
2016年11月17日 イイね!
【桐生へクローバーな出張②】 追憶『在来線最速160km/h特急「はくたか」』

11月17日(木)
群馬県桐生市「クローバーな電装メーカー」へ出張、
ですが~。



翌日は「サプライヤー展示会」で、今日は移動日。
会場準備の集合時間は夕方なので、あちこち寄り道しながら群馬に向かっています。


さて「北陸新幹線はくたか」と「特急しらゆき」を乗り継いで到着した新潟県直江津。
元々は北陸本線と信越本線の分岐駅。
今も昔も鉄道の要衛であることには変わりありません。
 

北陸新幹線の開通で、信越本線と北陸本線が第三セクターに分割、転換された結果、直江津には、
・「JR東日本信越本線」
・「越後トキめき鉄道妙高はねうまライン」
・「越後トキめき鉄道日本海ひすいライン」
・「北越急行ほくほく線」
の、3鉄道事業者、4路線が乗り入れています。


直江津駅でピンポイント観測。各社の車両をチェックします。
電留線に停車するJR東日本のE127系と国鉄形湘南色115系。
(跨線橋から撮影)


直江津駅ホームに各社車両が勢揃い。
左から、JR東日本から越後トキめき鉄道に譲渡されたET127形、JR東E129系、越後トキ鉄日本海ひすいラインのディーゼルカーET122形、JR東E127系。



越後トキめき鉄道ディーゼルカーET122形です。
「日本海ひすいライン」は国鉄時代から電化されていますが、途中で電源方式が異なり、北陸線富山側は交流電化、新潟側は直流電化となっていて、糸魚川-梶屋敷間に交流-直流切り替えセクションがあります。
越後トキ鉄は高価な交直流電車の新製をやめ、運行コストの安いディーゼルカーを新造しました。


観光列車にも力を入れています。
えちごトキめきリゾート「雪月花」のポスター。
グラスエリアを大きくとったデザインのディーゼルカーで、形式はET122形1000番台。
妙高山と日本海の景色を見ながら、沿線素材のお食事を楽しめる観光列車。 


今日はウィークデーのため、車庫で整備中でした。(ズームで撮影)


11:29 これから乗車する、越後トキめき鉄道新井発-越後湯沢行き直通、
835M「北越急行ほくほく線」HK100形がやってきました。


JR東日本E129系長岡行 と並びます。


ここで、もう一度、路線と位置関係を整理しておきましょう。


1.「北越急行ほくほく線」という鉄道
「北越急行ほくほく線」は、信越本線犀潟から、松代、十日町を経由して上越線六日町までを結ぶ、全長59.5kmの第三セクター鉄道線として、1997年3月開業。
信越本線と上越線への乗り入れを考慮し直流1500Vで電化されています。
全線単線ですが、道路とは完全立体交差で全区間踏切なし

線名の「ほくほく線」は国鉄時代の計画路線名称「北越北線」を略したものですが、正式名称です。

その計画は、戦前まで遡ります。
元々直江津の隣、黒井と現ほくほく線沿線の浦川原の間には「頸城鉄道」が軌間762mmの軽便鉄道を開業させていました。それを延長させ松代地区の冬季交通遮断を解消したいとする陳情や、軍のあった高田と東京を直結する重要路線と位置付ける請願を経て、戦後は国鉄の建設予定線に昇格。1968年に工事実施計画が認可され着工されました。
頸城鉄道は、ほくほく線の工事と引き換えに1971年に廃止されています。


しかし累積赤字の拡大が続く国鉄財政の悪化により、国鉄再建法が施行され、1980年新線建設工事は凍結されます。
その後、建設を巡って、推進派の田中角栄と慎重派の君新潟県知事(当時)との確執を経ながらも、採算の取れる見通しあり、とする試算がまとまり、第三セクター北越急行株式会社が発足。1985年に工事を再開します。

そこへ、当時の運輸省が整備新幹線計画の停滞を背景に北越北線の高速化計画(スーパー特急計画)を打ち出します。整備新幹線計画には「フル規格」のほかに、建設コストを下げるための運輸省案、「ミニ新幹線」「スーパー特急」の3方式がありました。

「ミニ新幹線」は在来線の軌間を広げて新幹線を直通させるもの。
軌間以外は在来線規格のままなので最高速度は130km/h止まり、フル規格新幹線と直通運転でき乗り換えの面倒がなくなるのがメリット。
「山形新幹線」「秋田新幹線」がこれに該当します。

「スーパー特急」は、新幹線規格の高速新線に在来線軌間1067mmの線路を敷いて在来線直通列車を高速で走らせます。最高速度200km/h程度の運転が検討されていました。 当時の運輸省は スーパー特急の試金石として「北越急行ほくほく線」の高速化を具体化しようとしたのでした。

1988年「北越急行ほくほく線」の計画が修正変更され、JR直通特急を最高速度160km/h以上で走らせる工事が本格化します。



ところで北陸新幹線は当初軽井沢-長野が「ミニ新幹線」、富山県内と石川県内が「スーパー特急」での建設が検討されていました。しかし長野オリンピックの輸送問題や地元請願の結果、全線フル規格で整備されることになりました。



2.北陸からの新幹線連絡特急
「北越急行ほくほく線」が開業する前、北陸から東京に向かうには、長岡乗り換え、上越新幹線経由の「かがやき」「北越」ルートと、米原乗り換え、東海道新幹線経由の「きらめき」「加越」ルートがありました。

前号(①「かがやき」のお話し)で触れた、長岡乗り換えの新幹線連絡特急「かがやき」は人気を呼んで6往復まで本数を拡大。
さらなる高速化と時間短縮が熱望されていました。

「かがやき」「きらめき」「はくたか」と、「北陸新幹線」および「東海道新幹線」


1997年「北越急行ほくほく線」の開業と同時に、金沢-越後湯沢間をほくほく線経由で結ぶ新幹線連絡の高速特急「はくたか」が運転を開始します。

運転当初、ほくほく線内の最高速度は140km/hでスタートしましたが、段階的に引き上げられ、最終的に在来線最高速160km/h運転を行うようになりました

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「北越急行ほくほく線」を高速化するに当たり、これまでの在来線にはない対応が必要でした。

「新幹線」ではない「在来線」には、従来の「鉄道運輸規則」に代わる国土交通省令「600m条項」というのがあります。これは『在来線列車は非常ブレーキをかけて600m以内に停止できなければいけない』とする安全基準で、現在ブレーキの改良等により「JR在来線特急」や関西の「新快速」などの最高速度は130km/hが一般的になっています。

例外として、踏切が存在しない完全立体交差の「津軽海峡線」で、特急「スーパー白鳥」の140km/h運転が特別認可されていました。 「ほくほく線」も踏切のない路線であることから特認を受けたのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
軌間1067mmの「在来線」である「ほくほく線」を高速走行するため、車両と鉄道施設には、いろいろな配慮が成されています。


3.681系と683系
「ほくほく線」が開通する1997年までには、新生JRの特急車両が各社勢揃いしていましたが、軌間1067mmの在来線を160km/h以上の高速で走行できる性能を持つ車両は、JR西日本の681系以外にはありませんでした。
他の特急車両は、殆ど最高速度130km/hとなっています。

681系はそれまで主力の国鉄485系を置き換える目的で開発され、1992年に先行試作車が登場。
国鉄形車両を40年以上も使い続ける「どケチ」鉄道『JR西日本』ですが、車両技術開発では安易に妥協しないのもまた、その特徴です。
未だに人気の高い500系新幹線も、JR西日本の社風無くしては生まれませんでした。
683系は681系の後継車です。

JR西日本681系

681系は、高速安定走行のため徹底した軽量化と低重心化設計が施されています。
カーブを高速で走るための車体傾斜装置は搭載していませんが、半径600m未満の曲線区間では従来車両+15km/h、半径700m以上の曲線では従来車両+25km/hで走行することが可能です。

「ほくほく線特急はくたか」の運転開始に際し、北越急行も自社特急車を保有することになります。
それが681系2000番台で、9両2編成が増備されました。

基本構造やスタイルはJR西日本681系と変わりませんが、赤いラインの専用色。
「スノーラビット」の愛称が付き、側面には『SRE』(Snow Rabbit Express)のエンブレムがありました。

運転開始当初、JR東日本は485系3000番台を「はくたか」に充当していましたが、運用効率を上げるため車両性能の統一化が検討され「北越急行」は第3編成を増備します。それが2005年登場の683系8000番台です。
基本構造はJR西日本の683系ですが、JR西日本車はコスト低減のため160km/h対応装備を省いているのに対し、北越急行車には681系同様の高速対応装備が追加されました。

北越急行683系8000番台

北越急行所属の681系2000番台18両と683系8000番台9両は、「はくたか」廃止後、全車JR西日本に譲渡され、塗装変更ののち金沢-米原-名古屋間の特急「しらさぎ」に転用されています。


4.ノーズ可動クロッシング
「北越急行ほくほく線」は全線単線のため、主要各駅にはすれ違いのための側線とポイントが設置されています。

線路を分岐するポイントには、ノーズと呼ばれる線路の交差部分があります。
通常のポイントでは、車輪を通すための隙間が設けられた状態で固定されており、列車が通過すると衝撃と振動が発生するため速度を制限する必要があります。

ノーズ可動クロッシングでは、ポイントが切り替わる度にそれぞれの方向で隙間を無くすようにノーズが動き衝撃と振動が抑えられるため、速度制限を受けず高速で通過できます。




新幹線以外でノーズ可動クロッシングの採用は少なく、高速化に熱心な京浜急行などに使用例があります。


「ほくほく線」の『ノーズ可動クロッシング』




5.「G-G信号」 高速進行現時 
読んで字のごとく「ジージー信号」、「Green-Green」の略
160km/h運転を指令する信号機表示を示します。
(「ほくほく線」のG-G信号現時)



鉄道の信号には、道路信号と違い、前方区間に先行する列車がいて追突する危険があるかどうかを知らせる「閉塞信号」という表示方法が採られます。
「閉塞」とは自列車が走る区間には他の列車の進入を許さない、という考え方。

道路信号は『青→黄→赤』と変わりますが、閉塞信号は、先行列車が離れるに従い、後続列車が速度を上げることを許可します。
その表示は、先行列車が青信号で次の閉塞区間に進入すると赤、先行列車がそこから離れると次列車の徐行での進入を許可するので黄、先行列車が十分に離れると青。
という訳で、『青→赤→黄→青』と変わるのでした。


さらに鉄道信号には、速度を細かく指示するため「多灯式信号機」が使われます。

黄2灯で25km/h制限「警戒」、黄1灯は45km/制限で「注意」、黄‐青は75km/h制限で「減速」、青1灯はその路線の最高速度「進行」。
そして青2灯が「ほくほく線」で初めて採用された、160km/h運転を許可する「高速進行」です。


実際の運用では、「進行」表示されている閉塞区間に160km/h運転対応の681系、683系が接近すると車両側からの信号が検知され「高速進行」が現時されました。



関係者の熱意と数々の施策により実現した「ほくほく線」の160km/h運転。
「ほくほく線」での特急「はくたか」運転は18年間続きました。
2015年3月北陸新幹線の開業とともに、高速特急「はくたか」はその名称を新幹線に譲って全廃されました。

その間の安定輸送で蓄えられた内部留保は130億円余り。これは今後「ほくほく線」が赤字転落しても30年間は財源を補填して経営が持続できる金額、と言われています。

「はくたか」廃止後、北越急行は、沿線高校への通学利用の促進、普通車両HK100形を使用した在来線普通最速の「超快速」の運転など、経営安定の積極策も模索しています。

在来線列車の160km/h運転とそのノウハウは、その後、成田空港特急「京成スカイライナー」の成田スカイアクセス線に受け継がれ、日暮里-第2ターミナル間36分が実現したのでした。

京成電鉄AE形「スカイライナー」


さて、ほくほく線に乗車し、HK100形は十日町に到着しました。
上り「快速 直江津行」と交換します。
 

六日町で「北越急行」本社を見ながら、ほくほく線59.5kmの旅は終わり、JR上越線に入ります。そして終点越後湯沢へ。
 

直江津から1時間20分余り、越後湯沢0番線「ほくほく線ホーム」に到着


今や少し懐かしい、新幹線乗り換え口を歩いて新幹線ホームへ。


越後湯沢から「Maxとき320号」で高崎に向かいます。


次回③『群馬のローカル私鉄上毛電鉄』につづく 
(いったい、いつになったら桐生に着くのか・・・。 (;^^)> )


【参考】
Wikipedia 「北越急行ほくほく線」、「681系電車」
鉄道ジャーナルNo.586 2015年8月号、No.590 2015年12月号 
Posted at 2016/11/30 01:23:25 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2016年11月17日 イイね!
【桐生のクローバーな会社へ①】 特急「しらゆき」と「かがやき」のお話し


11月17日(木)
群馬県桐生市の「クローバーな電装メーカー」へ、
泊まり出張です(^^)



8:05 北鯖江から521系3次車の、231M 芦原温泉行きに乗車。


福井駅1番線に入線。


683系4000番台、4001Mサンダーバード1号金沢行に乗り換え。
福井の次は、終点金沢まで停まりません。


出張先は群馬県桐生市。
いつもの一周きっぷではなく、乗車券は信越本線 犀潟まで。

この理由は、またあとから・・・!


金沢から、北陸新幹線。
速達タイプの「かがやき」ではなく、各駅停車の「はくたか558号」に乗ります。
今日はJR西日本所属のW7系。


新幹線の降車駅は上越妙高です。


早速、車内販売で「Train Cafe」のセットを。
ガトーショコラと Coffee Time (^^)


金沢から63分、上越妙高に到着。


1.北陸新幹線並行在来線「信越本線」

信越本線は、元々 高崎-横川-軽井沢-長野-直江津-長岡-新潟を結ぶ国鉄幹線だったのですが、1997年の北陸新幹線長野開業により、軽井沢-篠ノ井間は第三セクター「しなの鉄道」に経営移管。
さらに、峠のシェルパFE63が重連で列車を押し上げた碓氷峠、横川-軽井沢間が廃止され、信越本線が分断・・・。

このときわがままを見せたのがJR東日本。
名古屋からの特急「しなの」が乗り入れ、収益が見込まれる篠ノ井-長野間は、整備新幹線の原則に反して頑なに移管を拒否。 

素人考えでは、この区間が転換されていれば「しなの鉄道」の経営安定化に大きく寄与した気がするのですが・・・。

篠ノ井-長野間をしなの鉄道が継承した場合、特急「しなの」を含むJRの列車とのダイヤ調整と運行管理にコストがかかり、収支を圧迫する、という試算もあって、今の形に落ち着いたのだそうです。


2015年の北陸新幹線金沢開業で、長野-妙高高原間が「しなの鉄道」に、妙高高原-直江津間は第三セクター「越後トキめき鉄道」(通称「妙高はねうまライン」)に移管されました。しかし、篠ノ井-長野間は転換されないままなので「しなの鉄道」も南北に分断されています。
「越後トキめき鉄道」は同時に、北陸本線 直江津-泊間も「日本海ひすいライン」として継承しました。




2.特急「しらゆき」と急行「しらゆき」

上越妙高で降りた目的は、新幹線連絡特急「しらゆき」に乗車するため。

特急「しらゆき」、
2015年3月の北陸新幹線金沢開業時に設定された、新潟県上越地方と新潟を結ぶ特急列車。
その前身は金沢-新潟間の特急「北越」と、新井-新潟間の快速「くびき野」です。

新幹線開業により「北越」の運転区間を短縮し、「くびき野」と統合して、5往復が運転されています。
車両は、常磐線「フレッシュひたち」に使われていたE653系を転用。

E653系4両編成の、特急「しらゆき3号」新潟行きが到着。


新幹線からの乗り換え客が結構あります。


「しらゆき」という名称。
日本海縦貫線にはゆかりのある懐かしい列車名・・・。

急行「しらゆき」
1963年に登場、金沢-青森間約775kmを走ったキハ58系ディーゼル急行。
大阪-青森間を走るキハ82系特急「白鳥」を補完する形で、北陸地方と東北地方を直接結び、北海道連絡も担う列車として運転を開始。
金沢から北陸本線、信越本線、白新線、羽越本線、奥羽本線を走り抜け、約13時間で青森に到着しました。


基本編成は、グリーン車キロ28を含む、
←金沢 [キハ58-キロ28-キハ28-キハ58+キハ58-キハ28-キハ58] 青森→
の7両編成。(新潟で方向転換、青森方3両は秋田止り)

金沢-糸魚川間は、松本行の急行「白馬」(3両編成)を併結し10両編成で運転。
さらに秋田では3両を切り離したのち、仙台発北上線経由青森行の急行「きたかみ」と併結して、9両編成で青森に向かいました。
国鉄時代、東北地方で数多く見られた「多層建て列車」の一端を構成していました。

このサボは仙台-秋田間の「きたかみ1号-4号」
(仙台-青森間運転は「きたかみ3号-2号」)


羽越本線を行くキハ58系急行(「しらゆき」ではないかも・・・。)


急行「しらゆき」は1972年日本海縦貫線が全線電化され、特急「白鳥」が485系化されたあとも、上記の理由で全区間架線下ディーゼル急行として運転されます。
1982年「しらゆき」は、運転区間が福井-青森間の特急に格上げされますが、名称は「白鳥」へ統合。

その後、JR東日本が秋田-青森間の快速を「しらゆき」と命名して運転していたことがありましたが、いつの間にか「しらゆき」という名称は消滅。

2015年の北陸新幹線開業で、運転区間もゆかりのある形で復活したのでした。


特急「しらゆき」3号車自由席に乗車します。
乗るのは一駅、次の直江津まで。
越後トキめき鉄道の特急料金は¥210。 「越後トキめき鉄道」と「JR」とは連絡運輸協定が結ばれているため、乗車券は通しで購入することができます。


15分で直江津に到着。

さて、このE653系の「しらゆき」色の塗り分け、どこかで見た覚えが・・・?

あっ、「かがやき」と「きらめき」!
 


3.特急「かがやき」のお話し

在来線時代の485系「かがやき」


北陸新幹線の速達タイプ列車名「かがやき」は、初めてつけられた名前ではありません。
北陸新幹線の金沢開業以前、そして「北越急行ほくほく線」の開業以前、北陸地方と東京方面を結ぶルートは、長岡経由上越新幹線回りの「北越」+「あさひ」と、米原経由東海道新幹線回りの「加越」+「ひかり」、がありました。
(注;当初、上越新幹線の速達タイプ名は「あさひ」、「とき」は各駅停車)

北陸から東京への所要時間短縮を図るため、「北越」と「加越」の高速化が計画されました。

1988年、停車駅を主要都市のみに絞った「かがやき」「きらめき」が登場します。
「かがやき」は金沢-長岡間、「きらめき」は金沢-米原間の運転。

車両は485系ですが、シートピッチを拡大し塗装も変更した専用編成が用意されました。 
当初グリーン車なし、全車指定席で設定。(のちにグリーン車が連結されます)

「かがやき」「きらめき」という抽象的な名称は国鉄-JRを通じて珍しい存在。
東海道線151系特急「こだま」の補完列車として設定された、157系特急「ひびき」くらいしか例がありません。
新幹線名と組み合わせると、
「ひかり」+「きらめき」、「あさひ」+「かがやき」
と、語呂合わせのようにも思える名称なのですが・・・。

その後、停車駅が増え「加越」との差別化があいまいになった「きらめき」は1往復に削減。
これとは対照的に「かがやき」の人気は上昇し、6往復まで拡大します。

1997年3月 在来線高速化対応工事が施工された第3セクター北越急行「ほくほく線」が開業し、ほくほく線経由の新幹線連絡特急「はくたか」が金沢-越後湯沢間で運転を開始。
北陸-新潟連絡の「北越」は残りますが、「かがやき」「きらめき」はその役目を「はくたか」に譲り廃止されました。


その後18年の歳月を経て「かがやき」の名称は、北陸新幹線最速列車の名称として復活します。
(東京駅で発車を待つ E7系「かがやき517号」)

485系在来線特急のときは、どこか成金趣味のような違和感を感じた列車名「かがやき」。
しかし、金箔工芸の里、加賀百万石の金沢を結ぶ北陸新幹線の名称となると、納まりよく聞こえてくるから不思議です。


さて、話を直江津駅に戻して・・・、E653系「しらゆき3号」新潟行きを見送り。


直江津から、北越急行「ほくほく線」HK-100形 835M「越後湯沢行き」に乗り換えます。

北陸新幹線が開業し、『新幹線連絡高速特急「はくたか」』が廃止された後の「ほくほく線」の様子を、この目で確かめたかったのでした。
(直江津駅でJR東日本E129系と並ぶ北越急行HK-100形)


次回、
『北越急行「ほくほく線」と在来線最高速特急「はくたか」のお話し』 
へ、つづく。
Posted at 2016/11/23 21:34:25 | コメント(7) | トラックバック(0) | ビジネストリップ | 日記
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