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2017年03月23日 イイね!
【アジアのクルマ事情2】 フィリピンのハチマル日本車を追う!?

3月23日
フィリピン、マニラ滞在3日目



前回のフィリピン訪問、出張は17年前。
マルコス独裁政権が1986年に崩壊し、アキノ、ラモス、そしてエストラーダ政権を経て、中産階級の革命の旗手、民主化運動を集大成したアロヨ政権が誕生したのと同じ頃でした。

当時は空港ターミナルもどこか薄暗く、現地の人の目もギラギラしていて、何とも言えない緊張感に包まれていた覚えがあるのですが・・・。

この間の経済成長は著しく、ベニグノアキノ3世政権を経て、今のドゥテルデ大統領が就任。
街も空港も大きく様変わりしました。



しかし、一歩、路地裏や郊外に入り込むと、まだまだ貧富の格差が大きく、良くも悪くも変化に富んだ発展途上の国の姿があります。


とはいえ、元々、スペインとアメリカ統治の長いフィリピン。
アジア唯一のカトリック教国であり、陽気なラテンとアメリカンの雰囲気が感じられ、他のアジアとはちょっと違う国でもあるのです。

道端の、バラックな「マンゴーとバナナ屋さん」


とまあ、お堅い話はこれくらいにしておいて、
フィリピンのハチマルな日本車旧車のお話〜♪

ポーターキャブを改造したような、ジプニーの変形判!?
車名は不明で、日本車ではないかも。(^^;)


公共交通はジプニーだけではありません。
バスは日本と変わらない、新型も走ってます。
その右は、シヴィックですねー。


観光バススタイルには新型が多い。


運転手さんが乗っていたので、後ろの写真のみ。
「ヤクルト」のロゴそのまま中古車輸出された「ハイエース」小型トラック。


「ふそうグレート」のトレーラー。ハチマルなトラックです。


最新ではないけど、21世紀版の「ふそうスーパーグレート」


日本の新型車も数多く走っています。
レガシィツーリングワゴンターボ。


ホンダの・・・、小型車。
輸出仕様で、車名がわからないので、後ろに回ると、



名前は「シティ」!
まあ、トヨタも、中国で4ドアハイブリッド「レビン」を売ってる訳ですが。  


ホンダの・・・、車名がわからない(^^;)


5代目の「シビック」です。
日本ではもうあまり見かけないキューマル車。


日産「エクストレイル」の旧モデル。


「パジェロ」3000V6 TURBOも走ってます。


三菱車が結構多いですねー。
これはアウトランダ―に似てますが、窓周りがちょっと違う…。


3代目三菱「ランサー」です。


これは4代目の「ランサー」


これも車名がわからない・・・。トヨタの新しい小型車。


カローラの100系、走り屋仕様。

赤いリヤウイングとアルミがイイです。
どの国にも熱いヒトはいるもので!?


これは、割とノーマルな100系カローラ。


これは車高も落とした、やんちゃな100系カローラ。


走る車内から、どうにか捉えたのは・・・!


30カローラのハードトップでした。フィリピンでは2ドア車は少数派。
旧車の2ドアを見たのは唯一これだけ。


90系カローラ。


その隣に並ぶのは!?


トヨタ、100系コロナ、通称「安全コロナ」


今回見つけた、最も古い日本車。
少々ヤレた感じですが、40年前のクルマが今も残ってるのですねー。


表題は「ハチマル車・・・」でしたが、
結局ナナマルから現在までになってしまいました。
ワハハ (^O^;)>

マニラの夜は更けて・・・。


明日には、もう帰国します。
Posted at 2017/03/24 04:00:16 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記
2017年03月22日 イイね!
【アジアのクルマ事情】フィリピンの足、ジプニー


出張で(?)、
フィリピン、マニラに来ています。



ことの仔細は、またあとからまとめることにして、フィリピンのクルマの話題を。

マニラ・ニノイアキノ国際空港を降り立ちます。
ふつうはどこの空港でもタクシー乗り場がある訳です。


タクシーは、日本車の新型が多い!?
ティアナや、アコード、カムリのクラスが主流。

ですが、
フィリピンを代表する『公共の乗り物』と言えば・・・、コレ!

『ジプニー』


アメリカ軍が置いて行ったジープに、14,5人程が乗れる車体を取り付けたのが始まりの路線バス。


窓ガラスもドアもなく、乗客は後ろから乗り込みます。


日本で言うところの、フリー乗降式のワンマン路線バス。


路線はそれぞれ決まっていて、フロントガラスの上と側面に行き先が書かれています。


1台として同じ仕様のものはなく、それぞれ派手派手の塗装と装飾が施されています。


運賃は、1回の乗車で7ペソ(約18円)が基本。


次から次へとひっきりなしにやってきます。


休憩中?のジプニー。運転手が居ない・・・。


ジープではない、こんな簡易版もありました。


もう一つ、フィリピンの公共の乗り物と言えば・・・?


トライシクル。
乗合式のタクシーで、バイクのサイドカーです。


メータはなく、運賃は都度交渉方式。
乗客は2人乗ることができ、ひとりなら全額、二人なら折半します。


3台並んでやってきた、ジプニー。


ジプニーは、真夜中でも走ります。


慣れれば安くて便利な、地元の乗り物なのですが、今回はなかなか一人で乗る勇気がありません。
アハハ・・・。
<(;^^)



Posted at 2017/03/23 00:14:59 | コメント(4) | トラックバック(0) | | 日記
2017年03月12日 イイね!
【ローカル私鉄旅】 上田電鉄で訪ねる 『春まだ浅い信濃路~♪ 別所温泉』



3月12日(日)
何故か唐突にワープして降り立ったところは・・・、




北陸新幹線、しなの鉄道、そして上田電鉄の上田駅前。


上田電鉄別所線、上田駅です。のれんがいい感じ(^^)


『上田電鉄』は東急グループ『上田交通』の子会社で、2005年に経営分離して設立。
前身は、1921年開業の『上田温泉電軌』。
最盛期には『上田丸子電鉄』として4路線48kmを走らせていました。

現在は、別所線、上田-別所温泉間11.6kmを営業している地方ローカル私鉄。
1980年代利用客減少により経営危機に陥りますが、東急から冷房車を譲渡され投入。増便など経営改善努力を続け、2004年から公的支援を受けさらに存続積極策を展開。
少子化の影響を受け苦しい状況が続いたものの、積極支援策が功を奏し。2011年には乗客が増加に転じます。

上田電鉄上田駅は、1997年の『長野行き新幹線』(当時こう呼びましたが定着せず、長野新幹線に)開業に伴い、1998年高架駅になりました。


6000系愛称「さなだどりーむ号」
元東急1000系の中間車を先頭車化改造し、2015年に導入されました。


東急1000系。東京メトロ日比谷線乗り入れ対応の18m級3扉車。(Wikipediaから)
2008年から2009年にかけ、先頭車2両編成4編成が、上田電鉄1000系として譲渡されています。


別所温泉まで15駅、所要30分のミニ旅に出発~♪
交換駅下之郷で、上り1000系とすれ違い。
隣には元東急7200系の姿が! 帰りに寄ってみることにします。

山が迫り、勾配がきつくなってきました。


40‰の最急勾配を登ると・・・!  
静態保存車『丸窓電車モハ5250型』の姿が!?


標高500m、別所温泉駅に到着ぅ ♪


以前は2線ありましたが、今ではホーム1面1線の、こじんまりとした終着駅。


早速、丸窓電車モハ5250形を見に行きます。

別所温泉駅に停車する現役最後の日のモハ5251とモハ5252。
(1986年9月30日 Wikipediaから)



1928年製の上田温泉電軌「丸窓電車」モハ5252形。
屋外展示ですが、きれいに保存されています。


折り返し上りの上田行が発車!


丸窓電車にあいさつするように、勾配を下っていきました。


さて、真田家の隠し湯としても知られる信州の鎌倉『別所温泉』です。
プラプラ歩いて、外湯巡りを。


天気は良いのですが、まだ春と呼ぶには早い風景。


別所温泉の共同浴場「外湯」には、「大湯」「大師湯」「石湯」の3か所があります。
上田電鉄では別所温泉協同組合とタイアップして、外湯入浴券2枚付きの、往復割引切符を発売しています。

本来、乗車券¥590×2+入浴券¥150×2=¥1480 かかるところ、
総額¥1290となり、¥190お得。(^^)

大湯は唯一の露天風呂付き外湯。ほんのり硫黄の香りがする濁り湯です。

お湯から上がって、街の中心部へ。
場末の温泉街の雰囲気が(^^)


緩やかな坂の街です。


湯かけ地蔵。その隣には足湯もあります。


『北向き観音』にお参り。


鐘楼。


『北向き観音』の門前町です。長さ約100m!


川沿いの遊歩道。


案内板を見ながらさらにふらふらと。


「石湯」に到着。


真田幸村公「隠しの湯」


ちょっと艶っぽい、幸村のエピソードが書かれていました。


誰もいなかったので、こっそりカメラを。名前の通り、岩風呂になっています。
このあと4,5人入ってきて賑やかに。


「石湯」から上がると、「堂食出野日」。


「長谷川豆腐店」大豆を煮る匂いがしました。


別所温泉駅へ戻ります。
遠くには雪をかぶった湯の丸高峰高原。


戻ってきました。


駅名の看板もよい感じ(^^)


帰りの電車も・・・、「さなだどりーむ」6000系でした。


途中「下之郷駅」で降ります。下りの1000系と行き違い。


6000系を見送ります。


ミラーに映るのは!


元東急の7200系。


7200系は1967年に登場した東急のステンレスカー。
地下鉄乗り入れ用の7000系とは別に、地上専用として、目蒲線、半蔵門線直通前の田園都市線、池上線で活躍しました。
上田電鉄には1993年に譲渡され、全車冷房化を達成。


上田電鉄では1000系の投入に伴い、このモハ7255+クハ7555を除いて運用停止。
モハ7251+クハ7551は、同じく東急7200系を運用していた豊橋鉄道に譲渡されます。
豊橋鉄道では今でも主力車です。  (Wikipediaから)


正面の「ダイヤモンドカット」デザインが特徴的。
窓の一部に、モハ5250形を模した丸窓風ステッカーを張り「まるまどりーむ号」と呼ばれていました。


「上田丸子電鉄」時代の駅舎です。
以前はここから西丸子線が分岐していました。


7200系が導入される前は、東急5000系、5200系が走っていました。
東急5000系は、1986年-1993年まで使用されていました。(Wikipediaから)

東急5000系は、長野電鉄、岳南鉄道、松本電気鉄道、福島交通、熊本電鉄で活躍しましたが、2016年最後まで残っていた熊本電鉄で運用終了となりました。

5200系は5000系のステンレスカー版。(Wikipediaから)


クハ5251形の廃車体が下之郷駅に残されています。


下之郷駅の側線に見えるのは?


1000系の第4編成でした。


一通り見て回ったところで、次の電車を待ちます。


別所温泉で買ってきた「厄除けまんじゅう」


上り電車がやってきました。




7200系と並ぶ1000系第3編成。





最前部、てっちゃんスペースに陣取ります。


上田原駅で下り「さなだどりーむ」6000系と交換。


千曲川鉄橋を渡ります。


上田駅に到着~♪


結構利用客がいるので、なぜか嬉しい(^^)


『別所線にのろう!』


Posted at 2017/03/16 00:29:46 | コメント(4) | トラックバック(0) | | 日記
2017年03月04日 イイね!
【出張で鉄学 (続編) 】3月4日JRダイヤ改正を前に、現役国鉄形を追う。 



3月4日はJRダイヤ改正。




前編、後編では、
『583系と485系の引退さよならネタ』
で、ちょっと寂し~く、湿っぽくなってしまったので、
北陸新幹線沿線で、今でも出会える国鉄形のお話しを。



4.キハ40系ディーゼルカー(金沢、七尾線と、高岡、氷見線、城端線)

国鉄形気動車 40系ディーゼルカーもまだまだ残っています。

七尾線特急「花嫁のれん」
キハ48形(キハ48 4+キハ48 1004)を改造した専用車。  (Wikipediaから)


金沢-和倉温泉間の観光特急として運転されています。



「花嫁のれん」とは、旧加賀藩地域(加賀、能登、越中)の嫁入り道具の一つ。
花嫁は婚礼当日に、嫁ぎ先に提げられたこののれんをくぐって嫁入りする伝統文化。

「和と美のおもてなし」がコンセプト。
北陸の伝統工芸、輪島塗や加賀友禅をイメージした車内と外観。 (おでかけネットから)





週末を中心に運転されています。


そして、北陸の40系気動車の観光列車といえばもう一つ、
「美しい山と海」をフランス語に訳した、
『ベル・モンターニュ・エ・メール』  通称『べるもんた』

キハ40形1両(キハ40 2027)を金沢総合車両所で改造。






週末に運転される、氷見線と城端線の全車指定席快速。


日曜日運転の『ベル・モンターニュ・エ・メール1号~4号』2往復は、新高岡-氷見間を運転します。
高岡駅では、北陸本線を跨ぎ、城端線ホームと氷見線ホームをスイッチバックで移動するということで、ちょっとしたイベント。




車内では、握り寿司を食べることができます。(事前予約制)


車内にはすしカウンターと売店があり、職人さんが車内で握ってくれるのです。     
(livedoor Blog から)


電車で食べられる握りずしというと、思い出すのはやっぱりコレ
東海形『サハシ153』
http://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/entry-11756685070.html

東海道線を走る急行電車(当時は準急)153系には、立食式の半車ビュッフェ
「サハシ153」が連結されていました。
国鉄新性能車両の設計をを次々と手掛けた、元国鉄副技師長「星 晃さん」のアイデアで、すしカウンターが設けられ、人気がありました。

国鉄車輌誕生秘話 (NEKO MOOK)  (岡田誠一著、 星晃 写真)から 



閑話休題
話しを戻して、


北陸本線が『あいの風とやま鉄道』となり、JR線としては離れ小島に分断された
氷見線と城端線。

氷見線、城端線の普通列車は、全列車が国鉄形キハ40系で運行されています。
40系気動車は、10系気動車の置き換えを目的に新製された、一般型のディーゼルカー。
エンジン出力が22OPSで、DMH17Hの180PSよりは大きいものの、車体に比べて小さく燃費も良くなかったため、JRに引き継がれてからはエンジンを換装する例が数多く見られました。

JR西日本では、一般型の車両の塗装合理化策として単色化されることになり、気動車はオレンジのいわゆる「国鉄首都圏色」に。結果的に、40系登場時の塗装が復活しました。

キハ40                    (SUWA HOMEPAGEから)


キハ47                     (SUWA HOMEPAGEから)


これは旧塗装。全車延命工事済。淵の丸いユニット窓が特徴。






5.DE10とコンテナ車コキ50000

氷見線・新湊線; 高岡-高岡貨物ターミナル間
高山線; 富山貨物ターミナル-速星間
には、DE10牽引の区間運転貨物列車が走っています。
これも国鉄型の、機関車と貨車。



6.直江津駅跨線橋から、115系湘南色
115系は、国鉄近郊型電車111系のモータ出力を増強し、耐寒耐雪構造と急勾配対策を施して、山岳路線用とした電車。
湘南色は「山用湘南型」、横スカ色は「山用スカ型」と呼ばれていました。

JR東日本 新潟車両センターに配置され、信越線直江津‐新潟間、弥彦線、白新線で運用されています。


しなの鉄道に譲渡された115系。しなの鉄道色。
北しなの線 長野-妙高高原間、しなの鉄道線長野-軽井沢間を走ります。


長野総合車両センターの115系、長野色。
しなの鉄道譲渡車にも長野色のままの編成があります。(Wikipediaから)


ギリギリ国鉄形の211系。
(211系については、あとで、高崎のところで語ります)
これは長野色ステッカーの長野総合車両センター所属。(Wikipediaから)


高崎で捉えた115系。
JR東日本 高崎車両センターにも115系が配置されています。
高崎車両センターの前身は、名門「新前橋電車区」
115系は、上越線、信越線、吾妻線、両毛線、東北線で運用されています。


東武鉄道桐生線との立体交差部分から捉えた、両毛線115系。


211系もギリ、国鉄形。

首都圏近郊型がE217系、E231系、E233系の4扉車に統一され、転出した211系。
運用区間は115系と同様。
211系は、国鉄末期に登場した軽量ステンレスカーのはしりで、ボルスタレス台車、界磁添加励磁制御式回生ブレーキを装備した、新世代の電車。
分割民営化を控えた国鉄が最後に製造した車両。

JR発足後も、JR東日本、JR東海が継続して増備しました。


高崎駅構内に留置されている12系客車も国鉄形です。
上越線、信越線 団体臨時用。
今となっては数少なくなった、青に白ラインのオリジナル塗装。 


日本全国に、均質なサービスと走行性能を広めた国鉄形車両。
改めて見ると、形状や色使いなど、飽きない普遍的なデザインの優秀さに感心させられます。

また、その殆どが、前述の国鉄副設計技師長「星 晃」さんが手がけられたという話を聞くにつけ、星さんが居なかったらまた違った展開になっていたかと思うと、運命の巡りあわせのようなものも感じます。


JR発足30年の2017年。
国鉄形車両は、いよいよ活躍の場が狭められていきます。
いつまでも走り続けてほしい・・・。
Posted at 2017/03/09 01:47:45 | コメント(8) | トラックバック(0) | 鉄学 | 日記
2017年03月04日 イイね!
【出張で鉄学(後編)】3月4日JRダイヤ改正と、国鉄形への想い。 


(続きです)
3月4日はJRダイヤ改正の日



北陸新幹線で群馬・桐生へ出張。
その沿線で消えた国鉄形、現存する国鉄形をたどります。



【3.全廃される寝台電車583系と北陸線】
現存する車両は、JR東日本 秋田車両センター所属の6両1編成のみ。
グリーン車サロも食堂車サシもない、モノクラス6連ですが、国鉄塗装がそのままで往時の雰囲気を十分に醸し出しています。
定期運用は既になく、団体列車や臨時列車に使用されてきました.
今年2017年4月、遂に廃車されることが決定され、583系寝台電車が形式消滅します。

秋田車両センターの583系を使用した、磐越西線 快速「あいづライナー」   (Wikipediaから)  

走行性能は485系とほぼ同じですが、車両限界一杯の大柄な車体が特徴。

北陸線、信越線では、特急「しらさぎ」「雷鳥」、急行「立山」そして「きたぐに」に使用されました。
臨時特急「日本海」として大阪から青森まで走破したり、スキー列車「シュプール号」として、大阪から直江津を経由し、ほくほく線に乗り入れたこともあります。




昼間はふつうの特急電車、夜間は寝台特急として、効率の高い車両運用を狙い世界で初めて実用化されたのが、581系寝台電車。

581系は交流60Hzのみ対応の機器でした。のちに50/60Hz共用となったのが583系。
当初は、新大阪ー博多間の寝台特急「月光」と新大阪-大分間の特急「みどり」をペアとした運用が組まれました。向日町運転所での折り返し時には、からくりのような座席⇔寝台転換構造を駆使して車内を寝台から座席、座席から寝台に模様替えしていました。

昼間の583系車内です。
天井両サイドのカバーに、中段、上段の寝台が格納されています。


下段は、シートをずらすとベッドになります。
荷物棚を上に回して、カバーをおろし、上段中段の寝台をセット。
シーツとカーテンを整えると、3段式寝台車となります。
 
寝台は中央廊下式で上中下の3段式。
登場当時の1967年、客車寝台は10系や20系の幅52cmで3段式が主流。

そこへ登場した581系の下段はA寝台に匹敵する幅100cm以上のベッドを備え、中段、下段も幅70cmあり、居住性が格段に改善され、好評を博しました。

翌1968年、電気機器の対応周波数を50/60Hz共用化した583系が開発され、運転区間は東北地方にも拡大します。

特急「はつかり」「みちのく」、寝台特急「はくつる」「ゆうづる」に投入されました。

北陸本線での運用としては、国鉄時代、博多-名古屋間の寝台特急「金星」に使用され、その日中の間合い運用で、特急「しらさぎ」として名古屋‐富山を往復していたことがあります。

また、大阪‐富山間の特急「雷鳥」の増発用に投入されたこともありました。「しらさぎ」は食堂車を営業していませんでしたが、「雷鳥」ではサシ581の食堂車営業が復活されました。
583系の特急「雷鳥」              (wikipedia から)


食堂車サシ581は断面が寝台車と変わらないので天井が高くなり、大陸的な独特の雰囲気です。  (Wikipediaから)

小生も高校生の時にこの583系「雷鳥」に乗車。食堂車でカレーライスを食べた覚えがあります。 

北陸本線で最後まで走っていたのは、急行「きたぐに」。
14系寝台から置き換えられた1985年から2012年まで、大阪-新潟間を走り続けました。
当初の構想とは異なり夜行専用として運用されましたが、逆に昼夜兼用の構造を生かし、2段式寝台化されたA寝台のサロネ581、B寝台、グリーン車、普通座席車、と、夜行急行らしい多種多様な編成内容が特徴でした。



京都鉄道博物館にはクハネ581-35が保存されています。


九州鉄道記念館にもクハネ581-6が保存展示されています。
ヘッドマークには『月光』を表示。
暖地向きなので、タイフォンカバーがシャッターではありません。


九州鉄道記念館に保存の、クハネ581-6の車内です。
「あれ?」、つり革とロングシートがある・・・!

実は九州で展示されているのは、クハネ581-6から改造された近郊型電車クハ715-1なのでした。
塗装は581系に復元されましたが、増設されたドアや室内は715系のままです。



国鉄時代、新幹線の西と北への延伸に伴い、寝台電車が余剰気味となります。
そこで地方線区の電車化、運用合理化を図りたかった国鉄は、車両新造の財政が厳しいため、583系を近郊電車に改造することにしたのでした。

こうして1984年から85年にかけて生まれたのが交流近郊型715系と交直流近郊型419系。
715系は、東北(仙台・福島地区)と九州(福岡・北九州・長崎地区)に。
419系は、北陸本線全線に投入されました。

当初は7~8年くらい保てばよい、くらいのイメージで最小限の改造が行われ、座席は一部を残してロングシート化。上部の寝台カバーをそのままに、つり革を増設。
ドアはオリジナルと同じ、バス式の折り戸を増設して片側2か所に。


福井駅で並ぶ419系。
左は581系先頭車改造のクハ419。右は中間車改造の先頭車クハ418。
その顔つきから、通称「食パン電車」と呼ばれています。        (Wikipediaから)


地方用近郊型では419系が3両編成、715系は4両編成で運用するため、このままだと先頭車が不足します。
そこで、中間車サハネ581に運転台を取り付けて、先頭車化する改造が行われたのでした。
こうして生まれたのが、食パン クハ715-100 と クハ418。
改造費の捻出すら難しい赤字国鉄は、ここでも最低限の機能本位なデザインで済ませたのです。


JR東日本とJR九州の715系は14年ほど使用されましたが、1998年頃までに全車運用を離脱し廃車されます。

しかし、車両新製に慎重(つまりケチ)で、国鉄形を骨の髄まで使い倒すJR西日本は、この419系も2011年まで使用し続けます。
改造されてから27年も走らせていたことになります。
元の寝台電車としての期間が17年程度でしたから、それよりはるかに長い間使われ続けたのは、何とも皮肉な結果なのでした。



寝台電車583系の後継車というと・・・、日本では唯一の存在となった、
定期寝台特急『サンライズエクスプレス』285系


しかし285系は、カーペット車『のびのび座席』を除き、全車個室寝台で夜行専用。
しかも形式が示すとおり直流区間専用の車両なので、東海道山陽線から瀬戸大橋線経由高松行「サンライズ瀬戸」、岡山から伯備線に入る出雲市行『サンライズ出雲』専用形式となってしまい、他線区に波及することはありませんでした。

それでも、唯一の定期夜行285系『サンライズエクスプレス』、
いつまでも走ってほしいものです。



【3.1 余談   酔っぱらいの救世主!? 『583系 きたぐに』の思い出】

(列車名と時刻は『2009年5月の時刻表』から)
東京出張の帰り路、呑み過ぎた怪しい足取りで、北陸線連絡最終の東京発20:10『ひかり487号』に乗り込みます。当時は300系。


北陸本線乗換駅米原には22:38に到着。
米原から22:48発、最終の北陸線特急「しらさぎ65号」に乗り継げば、鯖江には23:42に帰りつける、
はずなのですが・・・。

泥酔状態で「ひかり487号」に乗り込むや否や、そのまま爆睡
 <(-o-;)zzzz 

気が付くと、米原にしては何やら車窓が明るく・・・・!
京都でした。
酔いも一気に醒め、時計と見ると、時刻は23:02。

あわてて「ひかり」を降りるも、もう折り返しの新幹線はない時間。

と、途方に暮れる状況下、京都23:52にやってくるのが、
583系「きたぐに」501M新潟行!

これに乗ると、武生には02:04、福井には02:17に着きます。

JRには国鉄時代から「誤乗送還」というルールがあり、乗り過ごした場合、折り返す駅で改札口から駅の外に出なければ、同じ等級、設備だと超過料金を支払う必要なく目的の駅まで行くことができることになっているのでした。

「きたぐに」には583系ならではの「自由席座席車」が連結されています。
なので、寝台券は必要ありません。「助かる~」

急行「きたぐに」は、武生に停車の次は福井で、鯖江には停まらないのですが、とにかく家の近くまではたどり着くことができます。
深夜料金のタクシー代はかかりますが、その晩のうちに自宅に帰りつけることが、何よりもありがたかったのです。

そうした583系急行「きたぐに」も、2012年3月のダイヤ改正で廃止に・・・。
今は、呑んだ後、新幹線の車内でグーグー寝ることもできなくなってしまいました。
それはそれで、何やら寂しい・・・。

(つづく)
Posted at 2017/03/07 01:27:59 | コメント(10) | トラックバック(0) | 鉄学 | 日記
プロフィール
「マニラから12時間半遅れで関空に到着!
鯖江まで、あと3時間。
(^^)b」
何シテル?   03/25 10:04
豆柴のLEN吉、本名「レン」 5才です。 クルマでお出かけするのが大好き。 イベントで見掛けたら、声を掛けてください。 (^^)/
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錆落としと防錆塗装♪その① 
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2016/10/26 10:45:30
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