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SPEED GROOVE @ yoshiのブログ一覧

2017年06月12日 イイね!

Inspired by HKS Zero-R



『クルマへ気持ちを映せるひと』

たのしいとか、うれしいとか、
そういった気分を映すばかりではなくて。
だからといって、
抱え続けてきた怒りや恨み、
トラウマみたいなものを映すのでもなくて。
ましてや、努力や根性をこめるのでもなくて。
オーナーたちから求められているものは、
もっと奥にある意識なんじゃないのかな。
ただ、それについてはオーナーも言葉にはできないんだろうね。
たとえ理路整然と説明されても、
気持ちとして、どこかひっかかってしまうばかりで。

向き合うということは、
たとえれば、表面的に見える傷と、見えない傷。
その両方の痛みを理解しようとするということ。
わからなければ、わかろうとすること。
マトが外れていたとしてもチャレンジしてみること。
それが、向き合うということの基本なんだと思う。
たいせつなことは、
観念的だけど、深い想いをどれだけクルマに映していくか。
それが求め、求められているものの扉を開く鍵となるんじゃないのかな。

クルマへ気持ちを映せるひとたちへ

speed groove. yoshi
Posted at 2017/06/12 16:58:03 | コメント(0) | トラックバック(0) | Speed Groove | 日記
2017年06月08日 イイね!

GT-R Magazine 2017/Jul 愛あるメンテでRを護る



Inspired by GT-R Magazine

『五感を研ぎ澄ませてRの声を聞く』

Rの声を聞く。
もしもRからなにか声が発せられているのだとすれば、
その声を「聴く」としたい。
身体を近づけ、そっと触れ、心を寄せて・・・。

ぼくが触れてきたRたちは、気性激しく、時にせつなかった。
そりゃあ、そうだ。
クラッシュとは、いつだって突然で、しかも激しい。
クルマとしての終わりを告げられ、潰され溶けていくのか、
それとも、生き還る道に賭けられるのかの俎上にのせられていたのだから。

もしもRに声があるのだとしたら、
心からの叫びという、そんな見えない心の傷があることを感じられるかどうか。
言葉なき言葉、その真意とはたいていが言外に語られる。
それは、簡単にはわかられたくないという気持ちのほかに、
知られてしまう怖さというものもある。
処遇がどうなるのか、そんな不安が募ったとしてもおかしくないし、
誰だって胸襟を開くのに時間がかかることもあるだろう。
であれば、発せられるひとつひとつの言葉を、
こちらも心でもって聴くしかないだろう。
そうでなければ、その発する声からの真意は掴めない。

アタマでわかったとおもうこと。
思考してわかったとおもうこと。
情報を得たり、アドバイスされてわかったとおもうこと。
愛するための、とっかかりとは、そういうものかもしれない。
でも、永い時を共に歩んでいくためには、
わかったとおもう以上の理解が必要なことだろう。
なぜなら、愛するとは、思いを広げ、そして深めていくものだから。
わかったつもりになっているようじゃ、
それはいずれ満足できなくなる。

当然、愛される側にしても、それは同じことであって、
相手にわかったつもりでいられることほど嫌なことはない。
だとしたら、いっそのこと「よくわからないんだけど・・」
とカッコつけることなく打ち明けてくれたほうが嬉しいものだろう。

機械とはいえ、多少なりとも違いがあるわけであって、
それをアタリとかハズレとか言ったりもする。
それを人に置き換えて表せば、それは個性という感じなのだろう。
とすれば、その個性に合わせた対応を
自分なりに見出していけばいいと思う。
たいせつなことは、その前提を、まずしっかりしておくことだろう。

「オレのRってやつは、こういうところがあるんだよな」

そんなふうにまで感じられるようになれたら、
それは最高にしっくりきていることだろう。
「相棒だ」って言っても、おかしくはない。

逆に、一般論も大切で役立つけど、それとの比較ばかりじゃ、
特別な機械としてのRの本質をみていないことになる。
たとえば・・・

息づく機械としてのR。
闇夜に悶え、振り絞る呻きを発するR。

そんな感情めいた声を発するRにたいして、
いったいどれほどの時間と金をつかって、
その結びつきを固めようと向き合ってきたのか。
もしも、そんな原点となるような思いを見失ってはRにも失礼であるし、
なによりも自分自身をもないがしろにすることになる。

Rを護るとは、自分を護ることと同じなのだ。
愛をもって護る。
そのためには、ある意味、もっと体感覚で感じること、
左脳的な知識を超えて、右脳的に直感で感じてみようとすること。
そんな感覚的であることが、愛をもって向き合う基本姿勢。
それは、マニュアル的な対応で満足する女性が誰一人としていないように、
Rもまたそのように扱い・・、いや、向き合っていきたいものだ。

Rと共に歩む。
いつまでも。
Rと向き合い、
結びつきを確かなものへと深めていく。
そのためにこそ、
心からの声を心でもって聴く。

Speed Groove by yoshi

Posted at 2017/06/08 19:00:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2017年05月08日 イイね!

映画『セッション』を観て思うこと



映画『セッション』を観ておもうこと。
悪く批評されていることが多い映画のようだけど、
確かに、それは見ている間中、ぼくもそう思った。
主人公をパワハラで心理的に追い込んでいく様子が描写されているから、
ある意味、見る人を選ぶ映画かもしれないね。
でも、ラストまで見て、理由はよくわからないけど、ぼくはいい感じに泣けた。
というのも、自分で感情を抑圧して記憶を消し、わかならなくしていた部分がフラッシュバックされたから。
そして、なにより一番タメになったのは、自分のしてきたこと、もちろん車の仕事を含めた過去の解釈が変わった感じがすることかな。
いい意味で衝撃を味わった。
とにかく、ぼくは観て良かった、と思う。
きっと、また月日をあけて観るであろう、思い出に残る一本。
要は、恥を承知であえて言ってしまえば、「これは、オレだ」と思った。
まあ、勝手な思い込みなんだけどもね。
かつての職人時代のリアルなぼくを知る人が観たら、
その意味もなんとなくはわかってもらえるような気がするかな。

ぼくは、クルマ系のなにか専門学校などで学んで職人になったわけではなくて、
いわゆる「小僧」って呼ばれる見習いからこの業界に入ったから、
体系的なレッスンや講義などは一切なく、
すべてが見様見真似の実践あるのみ、というところからスタートした。
だから、っていうのもヘンな話なんだけど、先輩や上司が口の悪いのはアタリマエの世界。
シメるだの、シメられるだの、とか、
まあ、そういうガラのわるい言葉のある世界だった。
でもね、いちおう言っておくけど、たぶん、いまは、もう時代が違うから。
これからやろうって思っているひとは特に心配することなく安心して働けると思うよ。
むかし話だからさ、ね。

で、話をもどすと、セッションを観て感じたのは、なんていうのかな。
愛と憎しみが裏表で存在するように、才能と狂気もまた裏表なんじゃないか、ということ。
なにか物事を極めていこうとすると、それも真に極めようとすればするほど、試練や苦難に出会うものなのかもしれないね。
であれば、大切なのは「もちろん、そこで潰れることもある」ということ。
それは精神的にかもしれないし、物心両方かもしれない。
潰れてもある意味当然なんだ、とまず受け入れることが大切なんだと思うんだよね。
「オレは平気だぜ」とか、「オレには関係ねえ」とかって思っているとしたら、
それは、上から目線でモノ言っててごめんね、まだまだだと思うから。
そのうち、じゃないかな。

で、なんで、こうやって、ぼくが技術以外のことをずっと書いているか?っていうと、
技術を極めていこうとすればするほど精神的なことのほうが大事になってくるから。
仕事で重きを置くポイントが変わってくるんだよね。
つまりは、見習いの頃はさ、早くいっちょまえな作業がしたくて仕方ないのよ。
で、それなりに経験積んでそれなりに稼げるようになってくると、そこで道がわかれる。
そのレベルで安住するか、それとも、さらに上のレベルを目指していくのか。
ぼくの ”みんカラ”を見てくれている同業の人たちはレベルの高い人ばかりだから、
だからこそ、小手先の技術どうこうよりも、どう仕事に対して向き合っていくか、その考え方をなにか参考にしたいとおもっているんじゃないかと思うんだよね。

で、もうひとつは、走りの世界にいるひとたちにも、それは、そのまま言えるんじゃないかな。
というのも、だって、トップレベルで走り続けていくには慢心が一番危ない、でしょ。
違うかな。
セッションで描かれている世界観は、かなり、それらに近いか同じなんだと思うんだよね。
走りも職人仕事も、才能と狂気、そういう面があって、
だからこそ魅入られるんだと思うし、お金もつぎ込むのだろうし、人生もかけるのかもしれない。
ぼくは、そういう情熱をもったひとが好きなんだけど、
だから、なにか関わりをもって応援しようとでもしているのかもしれない。

才能と狂気。
ポイントは、そのどちらか、という分離した考え方ではなくて、統合することなんだろうね。
で、その統合した世界観がセッションには描かれていると思った。
ただ、簡単には統合できないものなんだろうね、汗かき、べそかき、挫折し、ひとを傷つけ、また自分も傷つき・・。
そうやって、やっとこさ見えてくるものなのかもしれないね。
だとしたら、すくなくとも、いま、もし悩んでいたり壁にあたっているとしたら、まず、その境地・レベルまで到達していることを自覚することなんじゃないかな。
よく、やってきたよね。
ほんとにさ、こんなに悩むほど・・。
で、それを超えた先に、なにか、あなたにとっての光となるものがあるんだと、ぼくはそう思う。

気持ちが、つぶれてもいい。
挫折していい。
なんなら、もっと泣こうよ。
そのような気持ち、わかるから。
そして、この先に進むためには、むしろ、こういう経験が必要だったんだって、きっと後で気づくことができるのかもしれないね。
だとしたら、いまは、けして無駄な時間なんかじゃない。
この映画、セッションを観て、ぼくはそんなふうに思った。
yoshi


Posted at 2017/05/08 18:56:08 | コメント(1) | トラックバック(0) | Speed Groove | 日記
2017年04月10日 イイね!

GTR Magazine 『オリジナルからオリジナリティの時代へ』





前回に引き続き、あらためて、 ”VR32GTR” には驚いた。
今号では、その作り込みの詳細と走行インプレッションが載っていて、
そこでわかったことは、
R35のメカを移植するにあたってボディをかなりカットしたりしたということ。
具体的にどこをどのくらいカットし、また形成していったのかまではわからないけど、
まあ、相当たいへんな作業だったんじゃないかと思う。

ただ、”たいへん” というのは苦労という意味もあるけど、
おそらく、それは ”たのしい苦労”。
作業者として充実した時間だったのではないかと思う。

 仕事というよりも、趣味。

 趣味を超えた、仕事。

というのも、革新的であればあるほど協力や情報は入ってくるものだと思うし、
独創的であればあるほど、インスピレーションはわきあがってくるものだから。
そして、どんな仕事であれ、そんな感覚を味わえるひとは幸せなんだろうね。

今号の記事本文とVR32GTRの写真を見ていると、
もはやオリジナルは手放していい段階に入っているのかもしれないとさえ思う。
「時代の変化への対応」というような言葉はよく聞くけど、
それは技術の革新や環境の変化も含めた、
そのベースとなる「人間の感覚の変化」への対応なんじゃないかと思う。

たとえば、R32のスタイルはいい。ただ、メカニズムは今の方がいい。
だとしたら、
もし、そのスタイルにあたらしいメカが入ったら、どんなだろうか・・?
VR32GTRは、そんな夢や理想をカタチにしたもの。
オリジナルにこだわっていたのでは、とてもじゃないけどできない。

そのためには、孤高であることを怖れないこと。
唯一無二であり続けることへの勇気をもつこと。
それが「独創的」であることへの誇りへとつながる。
ぼくはそんなふうに思う。





そのような感覚は、
ガレージヨシダさんのR32GTRの内部補強の記事にも同様のことが言えると思う。
あの作業で考えられる一番のリスクは、熱による歪み。
あれだけの溶接をボディ骨格に行えば、鉄系の素材ゆえに熱収縮がおきたりして、
ボディパネルのパーツが引っ張られたりもする。

最悪のケースは、
ドアが閉まらないとか、パネルに金属疲労のクラックが入ったりすること。
なので、実際に作業するにあたっては、溶接箇所の順番を考えることや、
仮溶接などによって、あらかじめ予防しておくこと、かな。

掲載の写真からして、溶接間隔がいい感じで過不足のない感じだね。
補強の効きはかなりあると思うから、
完成後のタイヤとサスのセッティングのほうは面白くなりそう。
ターゲットとするステージで実走しての課題になるんじゃないかな。
特にリヤ周りが強固になることによってリヤ側の荷重変化がどうなるか・・・。
いい意味でリヤからの安定感が増して、そのぶん直進性が高まると思うけども。





『オリジナルからオリジナリティの時代へ』

VR32GTRも骨格の補強も、そのどちらの作業をするにあたっても共通して言えることは、
たぶん、2〜3台は潰すくらいの覚悟をもっていないと、実験的にボディは切れないってことだろうね。
そんな覚悟をもてるかどうか。

いまのぼくの言い方からすれば、
それだけの自己信頼とチャレンジ精神へのコミット。
なによりも、自分の感覚への信頼をもてるかどうか。
それを、さもあたりまえのようにやってしまう両者は、さすが、というか、
すごい、というか。
もし、「すごいですね」と声をかけたら、きっと、こんなふうに答えるんじゃないかな。

「ただ、やりたいことをやってるだけだよ」

その意味することは・・・
いま、を生きているか。
いま、を楽しんでいるか。
いま、幸せか。
ということなんだと思う。

もしも、しあわせ、そのもにフォーカスして満たされていたなら、
オリジナルというのは、たぶん取り立てて問題にするポイントではなくなり、
オリジナルであり続けることよりも、とにかく、もっとしあわせを味わっていたくなる。
それが、ひととしての自然な気持ちなんじゃないかな。

正しくありたいのか、それとも、しあわせでありたいのか。
どちらなのか​​​?

もちろん正解はないけど。
もし、しあわせを選べないとしたら、
しあわせを遠くにおいておきたいような​​​​気持ちが隠れているのかもしれないね。

これからは、ますますオリジナリティを活かせる幅が広がり進んでいけるのだろう。​
そして、そのためにはオリジナリティとはなにか、
その理解と、独自の世界観に信頼をもつことへの許しが、
これからはもっと進んでいくことになるのだろう​​。
製廃時代の​GTR​を通じて、​ぼくは、そんなふうに思う​。

Posted at 2017/04/10 19:49:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2017年02月14日 イイね!

GT-R Magazine 2017年3月号



祝・VR32GTーR完成。
32のボディに35のメカニズム一式を詰め込んでしまうとは、快挙としか言いようがない。
いっぽうで、とはいうものの今号ほど、ぼくにとってキツイ号はなかったと思う。
カナザワさん特集よりも、ヨシダさん特集よりも。
はっきり言って、いま、嫉妬心が湧き上がってきている自分を感じ、その心に受けた衝撃から、どう立ち直っていこうか困っているほど。
まあ、今はそっちの方の専門なので、そんな嫉妬心のでてきた自分の心理をみていくのがおもしろいというか、
ここからの心のプロセスを楽しめるんだろうな、と思っている。

では、このVR32GT-Rの完成に、なぜも、そんなにも嫉妬するのか。
それはというと、かつてボディ職人だった頃に、ボディの改造プランにおいて似たような方向でのコンセプトを持っていたから。
32GTRを34GTRのボディ剛性に近づけるべく、さまざまな改造プランをあたためていたんだよね。
サイドシル強化や、アウトリガーなど、実際に実現したものは、あくまでもその一部。
他のプランは実現することなく、ふと、クルマの職人から転身してしまったので、そのままお蔵入り。
ごく少数の懇意にしていたオーナーたちだけが知っている未完のシークッレットプラン。
さらに今となっては、打ち切り部品のリストに該当するような部分ばかりだから、
おそらく今後も実現は不可能となってしまったことだろう。

今回、メカニズムとしてトップシークレットさんが夢のようなプランを実現させたが、ボディにはどこまで手を入れたのだろうか。
詳細は今号では不明だが、とりたてて記事になっていないということは、おそらく32のボディ補強プラスアルファかと思われるがどうだろう。
ボディ部門としては、Gマガを見ているかぎり、どこのファクトリーも実現していていないのではないか。
ぼくが狙いとしていたことは、今回のVR32のコンセプトのボディバージョンというのが、ほぼ当たり。
32ボディのネガティブな部分を根本から見直そうとしていたから。



にしても、こんなにも嫉妬心が高まってしまったということと、なんでこんなにも悔しさがでてきているのか。
おかしい、と自分でも思う。
自分なりに納得して身を引いたはずなのに。
まったくもって、おかしいとしか思えない。
この気持ちを心理的な観点からすこし深めてみれば、こう解釈できることになるのだろう。
願っていたものや世界観が現実に近づくと古い価値観や苦い過去の出来事が思い起こされてくることがある、ということ。
それは、まるで足を引っ張られたり、引き戻されたり、昔に戻されたりするかのような感覚。
つまりは、心理的な抵抗としての未来への恐れ。
いまの現状から前へ進むことへの恐れの感情のあらわれとして起きてくる。

いまのぼくは、GTRオーナーやクルマ好きな人たちとは真逆なライフスタイルを過ごしている。
長く身を置いてきた、ある意味で尖った世界からは対極に位置するかもしれない。
それは、尖った世界を嫌悪するようになっているからではなく、ひじょうに細やかで繊細なこころの世界に日々身を置いているから。
そうすると、逆に、このGTRの世界が、いまの時代、この環境下でどれだけまぶしいほどに輝きを放っている世界なのか、現役時代よりもよくわかるという不思議なおもしろさがある。
たぶん、おおくのGTRオーナーは自分たちがどれほど強烈な個性を持ち、GTRと共に過ごし生きているのか、
そのような自覚は薄いと思う。
なにしろ、身近にGTRというモンスターマシンを所有し、それが、あたりまえのように馴染んでいるだろうから。
でも、傍目からみれば、GTRオーナーというひとたちが、どれだけクルマにエネルギーを注いでいるか、
その桁違いな情熱に、自分たちとは違う別世界の人たちというような感じをもっていることだろう。
ヘンな話かもしれないが、それなりにGTRに携わってきたことのあるぼく自身が、いまはそう感じる。
それは、GTRオーナーがある意味、非合理な世界に生きているからだと思う。
その性能や維持費などなど、どの要素もが他の一般的なクルマに比べたら破格であり、別格な存在であるから。
以前、すべてのGTRオーナーは1000万円級のクルマに乗っているという自覚をもつように、と書いたことがあるが、それが冗談ではなくなってきている。
おふざけでも、ヘンに肩肘張らせようとして書いたわけではなく、かつてGTRに入れ込んだ者がGTRの世界を離れてみれば、そのくらい世間一般の感覚からかけ離れた世界にみえるのだ。

GTRマガジンの記事ひとつひとつも、人が介在している以上、ほんとうはものすごい情報量がある。
だけど、あまりにもその情報が多すぎて、メカに関するもの以上は伝えきれないし、書ききれないのだと思う。
また、読む側にしてもメカ以外の情報を伝えられたとしても、たぶん必要としていないか、意味不明に思えてしまうことだろう。
だから、スペックやオーナーの経緯を中心にした背景を伝えるのが、メジャーなメディアとしてちょうどよい落とし所なのだと思う。
たとえばチューナーの気持ちを掘り下げて解説をしていったところで、GTRを維持したり楽しむこととは直接関係のない方向になってしまうだろうから。
当然といえば当然なのだと思う。
そんなことに面白みを感じて、こうしてブログを書いているのは、たぶん、ぼくくらいなものだろう。
でも、みんカラのファンが現在120名と、お友達18人がついているから、それは、なんともありがたいことで、みんなには感謝しています。

話を戻すと、かけがえのないクルマなんだよね、GTRって。
車に対してとは限らないが、愛っていうのは、ほんとうに愛している人は自覚なく愛しているから。
自分自身に、いったいどれほどの愛があるのか、案外わかっていないもの。
で、別にそれはそれでいいのかもしれないけど、でも、自分にはこんなにも大きな愛があるってことを知ると、さらに心の幅が広がってくる。
結果として、人間関係が、特に夫婦関係やパートナーシップが、より良好な状態になっていくとおもう。
(ますます車と関係のない話になってきているが・・・)

ぼくは、いまも、そんなGTRの世界にそっと寄り添わせてもらっているけど、
でも、そうして見させてもらえているってことが、とっても幸せなことに思えてならない。
もうひとつ思うことは、もし必要とされているのならばの話だけど、後進の職人たちになにかメッセージを残すことができればいいのかもしれない。
とくに、職人としてのマインド面で。
部品のすくない時代に移ってきたいま、金銭面よりも、より一層ものごとの内容を重視する傾向になってきているように思う。
だからこそ、職人は、ますます技術のベースとなる「心」というものの重要性が、いつかもっと大切であると気づく日がくるのではないか。
さんざん技術をやってきて、山のようにたくさん悩んできたからこそ、伝えられるものがあるのかもしれない。

*おまけの情報・ぼくの見立て
フロントサイドメンバー(いわゆるフレーム)へのスポット増しの記事があった。
もし、ぼくならば、スポット溶接機が入る箇所なのは知っているけど、あえてブレージング MIGで対応すると思う。
なぜならば、パネル内部のサビが起きているケースが多い箇所なので、溶接不良になることも考えられるから。
(保管状況のいい個体ならば別かもしれないが)
強度優先ならば、なおのこと。
まして手が入り、シーリングがしっかり施せる箇所なので、その後の防錆処置はしやすい。
エンジン側はシーリング。
サス側はチッピング処理。
こんなスタンダードな処置ができる、ありがたい箇所。
だからこそ、強度アップに振ることができる。という発想。

なお、室内側からの補強溶接は、ぼくなら、行わない。
フレーム付け根は、補強するならば、エンジン側から同じくブレージングMIG。
ただし、ここは熱による歪みがでやすいので、そのへんは十分に注意。
場合によっては、合わせパネルの防音材が熱で焼ける。
最悪は火災。
なので、消火準備も必要。
なので、溶接のポイントとしてはビードを長くだそうと無理に引っ張らないほうがいいと思う。
デキる職人ならば、追加の鉄板をL字に立ち上げたりして、フレームとガセットふうにしてみるのも妙味あり。
もし、そこまでやれば、かなり強固なサイドメンバー構造になると思う。
そもそもが、34Rのアウトリガーを取り付けることで対応できるのだけども。
参考まで。
yoshi



Posted at 2017/02/14 22:26:02 | コメント(2) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記

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