2011年10月28日
絶対マスコミが書かないTPPの現実的側面と米韓FTA
10月29日追記
ようやく新聞などでも、TPPに関して中立的な記事が出てくるようになりました。
記者も、ようやく現実に気づき始めたか?
メディアが反対しなくてもかまいませんが、少なくともこれまでの報道は明らかに「支持」前提の書き方で偏向していました。
経済評論家 津田栄氏
10月12日にアメリカ上下両院が韓国との自由貿易協定(FTA)の実施法案を賛成多数で可決し、近くオバマ大統領が署名して、アメリカ側の批准手続きが完了、残すところは、韓国側の議会批准手続きを残すのみとなり、うまくいけば12年1月発効の運びとなります。
とはいっても、韓国議会でも、このFTA批准において、反李大統領派が、政局に利用し、日本のTPPの場合と同様、農業への打撃を理由に、反対を論じ、再交渉を求めています。予定通りいくかは、まだ分からないところです。(しかし、韓国の議会は、GDPの4割超が輸出であることから、輸出が伸びる可能性のあるFTAが重要であることは理解していますから、結局批准することになりましょう。)
もし、米韓FTAが発効となれば、来年以降その効果が出てくることになります。この米韓FTAにおいて、両国が推進してきた背景には、まずアメリカでは、そもそもブッシュ前政権が韓国と07年に署名していたもので、オバマ政権が金融・経済危機後の景気回復と雇用創出のために5年間で輸出を倍増するという目標を打ち出し、その輸出拡大の柱にFTAを据えて、積極的に図ってきたことがあります。
人口約4900万人を抱えて、日米では中心となる内需に限界がある韓国にとって、工業製品の輸出でしか生きていけないため、輸出増につながるFTAを推進することが重要な政策となっています。
そうした背景のある米韓FTAですから、その実施により5年以内に両国の工業製品と消費財にかかる関税の95%を撤廃することとし、オバマ大統領は、その成果として、自動車などを中心に対韓輸出が110億ドル増加し、7万人の国内雇用を創出する見込みと発言していますし、李大統領は、2015年には米韓両国間の貿易が現在よりも50%以上伸びるとし、発効から15年間対米輸出で年平均12.9億ドルの増加、輸出拡大でGDPが長期的に5.7%増え、35万人の新規雇用を創出すると韓国政府及びシンクタンクが試算しています。(10月14日の日経新聞による)
こう見てくると、対米輸出において、関税がかけられている日本は、関税がなくなる韓国と比べて、不利になると言うのは分かります。特に新聞では、自動車を中心に不利だと強調しています。確かに、日本は、完成車をアメリカに2010年153万台(四輪車の統計、バス、トラックを含む:アメリカ景気の伸び悩みとトヨタのブレーキ問題が影響、リーマンショック以前であれば例年220万台強)輸出しています。とはいっても、アメリカの自動車の輸入関税は2.5%(トラックは25%)と、十分低率です。それでも関税がゼロになる韓国は有利といえば有利でしょうが、その差は性能その他でカバーできる範囲ではないかと思います。
ちなみに自動車輸入関税で、日本は0%、一方韓国は8%です。 (日本は、その点でアメリカよりも開放されているとも言えます。)そして、アメリカの韓国自動車への輸入関税の引き下げは、発効後4年後ということになっている一方、トラックに至っては25%を当面維持、同7年後から引き下げ、しかも3年間の段階的な引き下げになります。
逆に韓国のアメリカ自動車への輸入関税は、発効後即日に8%から4%へ引き下げ、残り4%は4年後にゼロにするということになっています。 見ようによっては、主力の自動車で日本が韓国に不利となるのは4年後の話ですし、トラックでは7年後で、それまでは現在と同じ状況にあるといえます。(問題があるとすれば、韓国の自動車部品に対する関税4%がゼロになることで、その点で日本は不利かもしれません。)そして、この米韓FTAはアメリカに有利な内容といえます。(8%>0% vs 2.5%>0%)
一方、日本の自動車産業にとってもっとも不利になっているのは、関税よりも歴史的な円高、韓国ウォン安という為替の面といえます。その円高が80円/ドルを下回る水準を長期にわたって続くことになれば、日本で生産してアメリカに輸出しても、はじめからウォン安で輸出を伸ばしている韓国に価格面で負けるのは当然といえます。
トヨタ自動車でさえ、日本での生産が限界を超えていると発言しています。そして、為替による不利を回避するには、今後海外(現地)での自動車生産を一層強めることになると予想されます。
そうなると、日本にとって、アメリカの2.5%という関税の問題よりも現在の77円前後の為替をどうするのかが、今問われているのであって、今回の米韓FTAで大きな影響があるというのは、少し過大ではないかと思います。
アメリカとの貿易において日韓で競争している、もう一つ大きな製品は、電機製品です。しかし、日本は、もはやテレビなどの生産拠点を海外に移転していて、日本からアメリカに輸出をしているのはほとんどないと言いますし、韓国もサムスンなどは、関税ゼロのメキシコで生産してアメリカに輸出していますから、関税で日本が不利になるということはあまりないということになります。
それよりも、(マスコミは)今回の米韓FTAについて、貿易、それも関税にだけ焦点を当てて、論じています。韓国でも、最大の不利益を受けるのは、農業ということで、韓国政府は、日本と同様、農家にとって最も敏感なコメを関税撤廃対象から外し、FTAによって予想される被害に対しては最大限の補償を行う用意をし、競争力や生産基盤の強化の対策を組むなど、反発を和らげようとしたと言われています。
確かに、日本のTPP参加・不参加における対立の構図と同じように、韓国でも貿易における工業製品と農産物との対立に集約されていますが、その他に内容がないかといえば、どうもそうではなく、医療、福祉、教育、サービス、投資など多岐にわたって、アメリカに有利な条項が散見されます。むしろ、貿易における関税は小さな問題で、他の分野がアメリカにとって大きな比重を占めていて、アメリカのルールの適用によって最大の利益をこのFTAで獲得する一方、韓国にはアメリカのルールの適用で失うものが大きいように見えます。
それでも、韓国は、アメリカとのFTAを結んだのは、依然として休戦状態のままにある北朝鮮と対峙し、いつ攻撃を受けるか分からず、当分アメリカの支援を受けなければならないという国家的危機管理の一環としてアメリカの主張を大幅に採りいれたといえるかもしれません。そこには政治における戦略的な視点が働いているといえましょう。
もちろん、初めにも書きましたが、韓国は、輸出で持っている国ですから、今後ともその得意とする自動車や電機などの分野で一段と輸出拡大を図って国を富ませようという経済的な戦略が中心だと思いますが、それにしても、他の産業を犠牲にしてまでもそうすべきなのか、何か違和感を感じます。
それも、日本と違い、韓国の主要産業を、現代、サムスン、LGなど限られた大企業で仕切られていて、中小企業の存在が小さいという問題があります。また労働者も、進学や就職で競争が厳しく、大手企業に就職できる者は限られ、それも競争の中である年齢で残れるか、失職するか分かれるとも聞き、ほんの少数のエリート以外は、所得が低い労働者に甘んじるという状況にあるといえます。
したがって、米韓FTAによる輸出拡大で経済成長を図っても、その恩恵を受けるのは、ごく少数の大企業とそこに勤めるエリートだけであって、多くの中小企業や国民は成長の恩恵をあまり感じない、むしろ、その他の分野で失うものが多く、不利益を蒙ることがありうるかもしれません。
このように、日本のマスメディアが、米韓FTAの光の部分だけに焦点を当てて報道し、日本も早くTPPに参加すべきだと政府に催促しています。米韓FTAの日本への最も大きな影響は、野田首相がTPP交渉参加に積極的になっているように、日本がこのTPPに参加するという拙速な判断をするきっかけになることといえましょう。
そもそも、韓国は、輸出拡大を経済成長の柱とする戦略のもとで、03年にFTAのロードマップ(行程表)を策定して、同時に多数の諸国と交渉し、チリなど大陸別に足ががりになる国とFTAを締結し、その後で大陸の巨大市場であるEUやアメリカ、そして新興国インド、さらには今後中国などとFTAを結ぶという用意周到な戦略を組んで行っています。それほど準備をしてFTA戦略を組んで行っています。
それに比べて、日本は、FTAでさえ入り口でガタガタして戦略どころではないのに、もっと大きな枠組みとなるTPPへの参加に、政府内でさえ経済産業省と農水省が対立しているなかで、どんな戦略があるのか、今の政府に全く見えていません。
しっかりしたFTA戦略を持った韓国でさえも、工業製と農産物の対立に矮小化して、その他の分野についてはほとんど情報を国民に提供せず、締結して批准しようとしています。
日本は、その戦略さえ持たず、TPP交渉に参加しようとしています。野田首相は、どこまでその意味を理解しているのか、はなはだ不安を感じます。もし、日本に不利な内容なのに、責任を取りたくないために、韓国と同じように、国民に知らせないで、先を進めるなどの判断をするようでしたら、問題は深刻なものになるでしょう。
もちろん、TPPが中国との対抗上アメリカ中心の経済的連携を強化する(ブロック経済化)ものであり、それに参加するという政治的な判断があるのであれば、それはそれで国民に説明すべきでしょう。とにかく、アメリカは今回の米韓FTAをモデルにTPP交渉を行うと言われていますから、TPPに参加することはアメリカのルールを受け入れることになるという決断をするという認識が必要でしょう。
そうであれば、TPPにおいて、もはや低関税であまり比重が大きくない貿易だけでなく、全24分野について、メリット、デメリットを包み隠さず国民に説明するべきですし、TPPに参加した時のリスクをも示すべきでしょう。そして外交上途中で抜けることができないのが原則だとしても、日本が譲れないラインを内外に示して、それを基本に交渉すべきであり、それでも受け入れられない条件ならば、離脱もあってもいいのではないでしょうか。 (個人的には、TPP交渉に参加してもいいのではないかと思いますが、国民にメリット・デメリット、リスク、譲れないラインをしっかり示してからでないと、日本の外交力のなさから危険なような気がします。)
最後に、ほとんどのマスメディアが、米韓FTA批准で不利になる、早くTPPに参加すべきだという論調を張っていますが、米韓FTAの内容を十分に理解してそれを包み隠さず国民に知らせているのでしょうか。 政府の管理が厳しくなったからかもしれませんが、自分たちの思う通りの判断を国民から引き出そうとする政府の意向に沿って、不利になるような情報を流すことは避けて、いいところだけ国民に知らせようとすることがないように望みます。 しかし、もしそうであれば、それは情報操作であり、国民の判断を誤らせる無責任な姿勢といえましょう。そして、それはどこか、1930年代に似ているような気がします。
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Posted at
2011/10/28 02:26:17
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