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2017年02月20日 イイね!
2017年2月5日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転去る2月5日、またしても片上鉄道の展示運転(於:柵原ふれあい鉱山公園/岡山県久米郡美咲町)に行ってきました。

今年の正月に初めて片鉄の展示運転を見に行ったのですが、動く片鉄の車両にすっかり魅せられてしまい(苦笑)、2か月連続の参加となりました。

正月の展示運転の記事は下記リンクです。

2017年1月1日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転



↑この日は朝から土砂降りの雨が降るあいにくの悪天候。上の画像は中国自動車道下り線の渋滞名所である宝塚東トンネル付近ですが、ご覧の通りのガラ空きでした。

ちなみに帰りは16時頃に宝塚付近を通過しましたが、これまたスイスイでした(^^)



↑我が大好物の悪天候ドライブを堪能しつつ(笑)、途中で近くの某スポットに立ち寄った後、昼過ぎに会場の柵原ふれあい鉱山公園に着きました。

悪天候だから空いているだろう・・・と思っていましたが、意外にも駐車場は結構埋まっていました。たまたま踏切前のスペースが空いていたので、今回もそこに(^^)



↑ちょうど展示運転の気動車が目の前を通り過ぎていきました(ドラレコ画像)。この日はキハ312が運用に入っていました。



↑窓口で一日会員証(\300)を購入して吉ヶ原駅ホームへ。

キハ312がアイドリング音を奏でつつ停車中でした。

キハ312の背後に見える三角屋根の建物は「柵原鉱山資料館」、その背後の山々には雲がかかり、いかにも雨上がりという雰囲気でした。



↑駅長猫「コトラ」さんも前回と同じポジションにいました。

ちょうど元日と被った前回とは異なり、グッズや弁当などの物販もありました。



↑流線型のボディが特徴の戦前生まれの気動車キハ702(元国鉄キハ07)。

保存会のサイトによると今回の展示運転に登板予定だったそうですが、不調の為吉ヶ原駅の片隅でひっそりと休んでいました。



キハ312は1953(昭和28)年製造、片上鉄道が自社発注した気動車です。

半流線型・張り上げ屋根・二枚窓の前面と、戦前生まれのキハ303(元国鉄キハ04)を進化させたような洗練されたスタイルが特徴です。



↑1950年代の鉄道車両では前面2枚窓が流行し、このキハ312もそれを反映したスタイルとなっています。



↑キハ312は一旦駅の東にある検修線に引き上げた後、折り返して吉ヶ原駅に戻ってきました。



↑早速キハ312に乗ってみます。



↑前回のキハ303とは異なり、このキハ312はセミクロスシートです。

木の床に白熱灯の照明・・・ステキなインテリアです。



↑ドア付近はロングシート。

シートカバーが被せてありました。



↑キハ312のクロスシート。昔懐かし灰皿が付いていますが、今は車内禁煙です。

窓際の足元にはヒーターがあり、ガンガンと暖房を効かせていました。



↑クロスシートは背もたれが低く、下手すると背中合わせに座った者の後頭部どうしがゴッチンとぶつかりそうな感じです。




↑こんな感じで吉ヶ原~黄福柵原間の数百メートルを一往復。

距離は短いですが、鉄的には「至福のひととき」でありました。



↑文字通りの「」棚に、アンティークな白熱灯・・・・うーん、いいですね~(^^)



↑ヘッドマーク交換中。



↑帰り際にお気に入りの画像が撮れました。パイザーと黄福柵原駅に向かうキハ312のコラボ画像です。

悪天候ドライブと「鉄」を堪能した2月の第一日曜日でした。
Posted at 2017/02/20 19:00:13 | コメント(4) | トラックバック(0) | 鉄道保存車両巡り | 趣味
2017年02月19日 イイね!
2017年2月5日 岡山県久米郡美咲町 片上鉄道 美作飯岡駅跡今回は久々の鉄道廃線跡巡りです。

タイトルの通り、岡山県の片上鉄道(1991年7月1日廃止)に存在した美作飯岡(みまさかゆうか)跡を訪れてみました。

吉井川と吉野川の合流点の近くにあった駅で、廃止から四半世紀以上経った今もホームや駅前広場、駅前商店の遺構が残されています。



↑上の画像は美作飯岡駅の西隣にあった吉ヶ原駅(現:柵原ふれあい鉱山公園)の駅名標ですが、今回訪問の美作飯岡駅は「美作飯岡」と書いて「みまさかゆうか」と読ませる難読駅名の駅でした。

平仮名で書くと人名みたいです。



↑大阪の自宅を出発して3時間くらい後、パイザーは美作飯岡駅跡にやってきました。

土砂降りの雨の中の行路でしたが、ここに着く頃には雨も上がり、廃駅訪問にはうってつけの(?)天候となっていました。



↑美作飯岡駅の駅前広場跡の全景です。

とりあえずパイザーは画像の草むらに駐車して、怪しく駅跡を観察してみます。



↑駅前ロータリー跡。ささやかな規模のロータリー前にはかつての駅前商店と思しき廃墟があり、今もかなりの存在感を放っています。



↑駅前商店跡全景。



↑今は廃墟と化していますが、かつての栄華を偲ばせるハイカラな雰囲気の建物です。



↑駅前商店跡をバックに撮ってみました。



↑かつてのホーム跡の裏側にそびえる巨木。



↑柵の向こう側がホーム跡です。



↑巨木の南側には駅舎に通じていたものと思しき古い階段があります。

↓下の航空写真から駅舎は階段の左にあったようです。



↑上は1975年の航空写真(国土地理院)、下は2016年の航空写真(グーグル)です。ロータリー中央の植え込みとの位置関係から駅舎は階段の南にあったのが判ります。

パイザーを停めた草むらの辺りには建物が確認出来、結構賑やかな駅前だったようです。



↑階段を上ってホーム跡へ。



↑駅舎跡(画像左側)。



↑駅舎跡から見た駅前広場。廃墟の奥、画像右に見える工場風の建物も1975年の航空写真にて確認出来ます。



↑平成初頭に廃止されたので点字ブロックはありませんが、白線が残っていて確かにホーム跡です。



↑ホームの北端(柵原寄り)にやってきました。

ホームの上は枯れ草で覆われ、線路跡は藪に埋もれています。




↑雨上がりの廃ホーム。何とも侘しい風景です。



↑ホーム中程から見た南側。画像の左側が駅舎跡。



↑線路跡の藪の向こう側にはダートの道とホームの遺構があります。



↑南側から見た駅舎跡。



↑ホームの南端部。



↑駅構内跡から見た片上方面。この先には吉井川があり、鉄橋で対岸に渡っていました。今は歩行者・自転車用の橋が架かっています。

川の向こうは備前の国です。



↑南側から見た駅構内跡。

構内跡を貫く道(左)とホーム裏手を通って駅前広場跡に至る道(右)に分岐しています。




↑駅舎跡の向かいにある旧2番(?)ホームの遺構。

最盛期には対向式ホーム二面二線の駅でしたが、片上鉄道末期には既に棒線駅となっており、画像の旧2番ホームは早々と廃ホーム化していたそうです。

かつての本線が藪に埋もれているのに対し、早々と廃線になったところが道となりホームが綺麗に残っているというのは何とも皮肉な話。



↑旧2番ホームの上から撮影。

線路として最後まで残った旧1番線はすっかり藪に埋もれています。



↑旧2番線跡から撮った駅舎跡。駅舎跡地脇の巨木が圧倒的な存在感を放ち、まさに「ランドマーク」という表現がぴったり。



↑ここ美作飯岡駅にも赤いトンガリ屋根の駅舎が建っていました(画像はウィキペディアより引用)。駅舎の脇(画像左)には件の巨木の若かりし頃の姿(?)も見えます。

片上鉄道廃止の後、すくすくと成長して今の姿になったようです。



↑藪に埋もれる廃ホーム越しに見える枯れ木と廃墟。



↑駅の北端付近にて。

「廃」で哀愁漂う風景の中の我が愛車もいいものです。



↑北側から見た美作飯岡駅構内。



↑振り返ると道路との交差があり、その先はガードレールで封鎖されていました。

・・・で、手前の道路との交差部の路面をよーく見てみると・・・・



↑何とレールと踏切の敷石が路面に埋もれていました。



↑その先は線路跡の藪へと続いています。



↑ガードレールの向こう側にも線路跡が続いていますが、その突き当たりには飯岡簡易郵便局が建っています。

片上鉄道の線路跡の多くはサイクリングロード等に転用されましたが、この美作飯岡駅跡を含む旧柵原町内の線路跡の多くは線路が撤去されただけで手付かずのまま残されていたそうです。が、廃止から四半世紀の年月を経た今、虫食い状に転用が進みつつあります。



↑踏切跡を横から。

1991年6月末日まではここは一旦停止スポットでした。



↑帰り際に旧駅前ロータリーにて撮影。

駅と駅前広場の遺構がまるで遺跡の如く残されている片上鉄道美作飯岡駅跡、なぜこういう姿で残されているのかは謎ですが・・・。

実はここを訪れたのはこれが初めてではなく、今年の正月にも訪問しております。その時撮った写真はフォトアルバムという形にてまとめましたので宜しければご覧ください(下記リンクです)。


2017年1月1日 片上鉄道美作飯岡駅跡にて



1月訪問時の美作飯岡駅跡は、今回の哀愁漂う雨上がりの廃駅跡とはまた違った風景でした。
Posted at 2017/02/19 21:29:46 | コメント(1) | トラックバック(0) | 廃線跡・保存車両巡り | 旅行/地域
2017年02月12日 イイね!
2017年2月1日 愛知県豊田市 鞍ヶ池公園 名鉄モ805・ク2313鉄道保存車両巡りです。

去る2月1日、実に久しぶりに愛知県方面へと走ってきました。

今回は豊田市の鞍ヶ池公園に静態保存されている名鉄の旧型電車、モ805・ク2313を見学してきました。



↑鞍ヶ池公園の東にある「虹の架け橋」駐車場にて。背後に見える橋は東海環状自動車道の高架橋です。

ここに来る前に豊田市内の某スポットを一箇所だけ訪問してきましたが、それについては後日記事化の予定です。



↑駐車場から県道を西に歩いていくと、唐突に赤い電車が姿を現しました。



↑県道に架かる橋の手前から俯瞰するとこんな感じ。

2両編成の名鉄電車が冬枯れの丘の麓に鎮座しています。



↑早速観察してみます。

モ805(右)とク2313(左)の2両編成で、車内は開放されていて見学が可能です。



↑ク2313(手前)とモ805(奥)。

どんよりと曇った冬空の下、スカーレット色のボディがより鮮やかに見えました。



↑この2両の電車の素性を記した案内板。

モ805は1935(昭和10)年、相方のク2313は1938(昭和13)年に製造され、1983(昭和58)年に廃車となっています。

1979(昭和54)年に開通した名鉄豊田新線にて開業前試運転に使用された車両という事で廃車後豊田市に寄贈されました。

この地に鎮座してから30年以上の年月が経っていますが、露天保存の割には状態は良好そうに見えます。




↑モ805。モーター、パンタグラフを備えた電動車です。



↑「鞍ヶ池公園」と書かれた行先方向板を掲げています。



↑パンタグラフを上げた状態で保存されています。

このアングルだと何だか躍動感がありますな。




↑こちらは相方のク2313。モーター無しの制御車です。



↑こちらは「豊田市」と書かれた行先方向板を掲げています。

旧型電車ならではの、大きなヘッドライトが印象的です。




↑丘の側にはホームがあり、ここからも車内に立ち入る事が可能です。

ホームの背後には冬枯れた黄金色の芝生が広がり、真紅の車体と好対照をなしていました。



↑背後の丘から。

画像左がモ805、右がク2313です。屋根上の通風器の形状・配列が異なるのが判ります。

緑の芝生も良いですが、冬の黄金色の芝生もなかなか良いものです。




↑客用ドアは片開き式。幅の広い一枚ドアは萌えますね。

なおドアは鋼鉄製でかなりの重量があり、車内見学者の便宜を図るべくステンレス製の取っ手が内外に追加されています。



↑ク2313の車内。木目ニス塗りの内装に真紅のロングシート、板張りの床とアンティークな雰囲気満点です。



↑窓には古風な日除けの鎧戸が。




↑ドア脇のシートが撤去され、ドアの開閉機構が見られるようになっています。



↑モ805の車端部。丸みを帯びていてなかなか良い感じです。

画像右の窓に「雨漏りにご注意ください」の貼り紙が。一見での状態は良さげですが、やはり細部は年式相応にヤレているようです。



↑モ805の運転室後方部。



↑モ805の台車上の床にはモーター点検用の蓋があります。



↑モ805の運転席。狭くて、そしてシンプルです。



↑モ805のシートに腰掛けてボケーっと。うーん、至福のひととき(^^)



訪れたのは平日の昼間でしたが、この電車は家族連れの憩いの場となっていました。

やはり旧型電車ってイイね!、と思った2月初日の昼下がりでした。
Posted at 2017/02/12 22:54:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道保存車両巡り | 趣味
2017年02月09日 イイね!
2016年11月11日 滋賀県長浜市木之本町 県道514号線 賤ヶ嶽隧道2016年11月11日の滋賀県古隧道巡りの最終章、今回は県道514号線にある「賤ヶ嶽(しずがだけ)隧道」(長浜市木之本町)です。



↑例によってその位置を示します(グーグルマップ加工)。

賤ヶ嶽隧道を含む道はかつては国道8号線の一部でしたが、新トンネルを含むバイパスが開通した事により旧道化、今は県道514号線の一部となっています。

なおこの辺りは冬季には雪に閉ざされる地域である為、賤ヶ嶽隧道前後の道路は冬季通行止となるそうです。



↑賤ヶ嶽隧道へは西側よりアプローチ。上の画像は国道8号線(画像中央)と県道514号線(画像左)の西側分岐です。



↑右手に琵琶湖を眺めつつ、高度を稼いでいきます。



↑しばらくクネクネ道を進んでいくと目指す「賤ヶ嶽隧道」が見えてきました。

ここでも例によってパイザーで隧道内を駆け抜けてみます。




↑パイザー@賤ヶ嶽隧道東側坑門前。

日当たりが悪く、鬱蒼とした感じの空間でした。



↑隧道の東側はこんな感じの道が続いていて、その脇(画像左側)には墓地があります。



↑鬱蒼とした緑の中にポッカリと口を開ける赤煉瓦のトンネルポータル。

訪れたのは11月ですが、まだまだ緑は鮮やかでした。





↑「荘厳」という表現が相応しい賤ヶ嶽隧道の東側坑門。

大正末期に着工され、1927(昭和2)年に竣工しました。幹線道路の隧道に相応しくほぼ二車線幅の幅員が確保され、当時としてはかなり大き目の断面を持つ隧道であります。

しかしながら後のモータリーゼーションの進展そして車の大型化に対応しきれなくなり、さらに隧道前後の道路の線形がよろしくなかった事から新トンネル建設へと至ります。



↑建設当時は煉瓦からコンクリートへの過渡期でしたが、手堅く煉瓦積みの坑門を採用。結果、一桁ナンバー国道の隧道に相応しい風格と威厳を備えた容貌となっています。

着工が5年程遅れていれば、コンクリートの隧道になっていた可能性が高いです。



↑下から見上げると、なかなかの迫力。



↑東側の扁額には右横書きの隧道名、その左脇には「大正十三年十二月 鴻嶺」と縦書きで刻まれてあります。



↑徒歩にて入洞してみます。隧道内部はモルタル仕上となっていますが、至る所にヒビ割れが見られます。



↑車だとあっという間に通過できてしまいますが、徒歩だと結構長く感じます。

ちなみに延長382m・幅5.6mというスペックです。

十分な幅員と高さが確保されている事と要所要所を照らす照明のおかげで、あまり圧迫感とか怖い雰囲気は感じられないところです。



↑漏水が結構ありますが車の通行が少ない為、ここでは二輪や歩行者の通行をよく見かけました。車は現国道トンネル、その他の交通はこの賤ヶ嶽隧道経由と住み分けが出来ているようです。



↑さてパイザーで再び隧道を駆け抜けて、西側坑門前にやってきました。



↑こちらは東側とは対照的に、明るく開けた感じのする空間です。



↑こんな写真も撮ってみたり。



↑隧道の西側からは琵琶湖を眺める事が出来ます。




↑賤ヶ嶽隧道西側坑門付近から見た琵琶湖。



↑道路の脇には、背後の藪に隠れるように古い石碑が建っていました。





↑午後の穏やかな陽光に照らされる賤ヶ嶽隧道西側坑門。

東側と同一の仕様ですが、著しく雰囲気が異なっています。



↑日当たりが良すぎて、却って写真を撮るのが難しい所です。



↑西側の扁額は上から覆いかぶさってきた草木で隠されています。そして判読不明の文字・・・左側縦書きの「赤城」という文字だけは読めますが(苦笑)。




東西で全く異なる表情を見せる「賤ヶ嶽隧道」。

第一線から退いても廃される事もなく、今もしっかりと現役を務め続ける昭和一桁生まれの古隧道でした。
Posted at 2017/02/09 00:23:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | トンネル・隧道 | 旅行/地域
2017年02月06日 イイね!
2016年12月8日 岡山県津山市加茂町 JR因美線 美作河井駅我が愛車、ダイハツ・パイザーで行く駅巡りブログです。

今回はJR因美線の美作河井駅(岡山県津山市加茂町)です。



↑パイザー@美作河井駅。前回記事の「松ボウキ橋梁」から程なく美作河井駅に着きました。

駅の脇に広場があり、そこにパイザーを停めました。



↑かなり山深い所です。




↑美作河井駅の駅舎。ここも1931(昭和6)年の開業時からの駅舎です。



↑過去記事で取り上げた美作滝尾知和の両駅とは異なり、窓枠のアルミサッシ化等の近代化が施されています。



↑駅舎は北向きに建っているので、どうしても逆光になります。



↑知和駅と同じく、出入口脇に「建物財産標」が確認出来ました。



↑駅舎前に建つ「鐡道開通七十周年記念」の石碑。



↑駅舎の向かいには曰く有りげな石碑があります。



↑美作河井駅の南側にある山の山上にあった「矢筈(やはず)」跡の説明板。

この駅も矢筈城跡への登山口となっています。



↑駅舎内に入ってみます。





↑お隣の知和駅と同じレイアウトでもともとは同一仕様だったのでしょうが、内装の一部がリフォームされています。



↑ホームへ続く構内踏切。裏山から差し込む木漏れ日が幻想的な光景を演出していました。



↑もともとは島式ホーム一面二線プラス側線という配線でしたが、鳥取方面行き列車が発着していた一番線とその脇の側線が廃止され、現在は棒線駅となっています。

上の画像は旧1番線を横切る構内踏切から見た鳥取方面です。



↑こちらは津山方面。

草で覆われた側線跡のレールの上には枕木がデンと置かれ、高らかに廃線である事を宣言するかのようでした。



↑駅舎の脇から撮ってみました。これまた幻想的な風景です。



↑ホーム端から見た駅舎。



↑ホームから見た鳥取方面。



↑ススキの切り通しに吸い込まれていく線路。この先は県境と峠越えの道のりです。



↑こちらはホームから見た津山方面。駅は緩やかにカーブしています。



↑ここは岡山県側最後の駅で、隣の那岐駅は鳥取県になります。

しかもその距離は10kmもあります。



↑ホームから見た廃側線脇のパイザー。



↑ホーム上の待合室。廃止となった旧1番線の線路(画像右)は一部が撤去されただけにとどまっています。



↑駅脇の広場から見た待合室。



↑冬には雪に閉ざされる地域である為、待合室は密閉仕様になっています。



↑本線の脇に建つ速度制限標識。機関車用の標識(下)もあります。



↑かつては貨物取扱設備や留置線があったと思しき、駅脇の広場。



↑草に埋もれた廃側線とパイザー。



↑廃側線の終端部。「廃」で侘しい雰囲気に満ちて良い感じです。





↑ここ美作河井駅の津山寄りに転車台(ターンテーブル)の遺構があります。

その存在は忘れられて長年に亘り土に埋もれていたそうですが、2007(平成19)年に発掘されました。そして2009(平成22)年には近代化産業遺産に認定されています。



↑転車台の説明板。蒸気機関車ではなく、除雪車の方向転換用だったそうです。



この転車台が最後に塗装されたのは1968年9月・・・。少なくともそれまでは使用されていたようです。



↑転車台の脇には裏山へ続く怪しげな山道が。



↑転車台の前から見た津山方面。こちらもススキの切り通しと化しています。

この少し先が過去記事の「松ボウキ橋梁」です。



↑転車台前から見た美作河井駅構内。

なかなか良い雰囲気の駅でした。



さて11月6日・12月8日とJR因美線の各駅を巡ってきましたが、なかなか密度の濃いドライブでした。

なお、本記事をもちまして因美線駅巡りは完結となります。
Posted at 2017/02/06 23:11:03 | コメント(6) | トラックバック(0) | 鉄道路線・駅巡り | 旅行/地域
プロフィール
「今日の我が地元はバラエティに富んだ(?)天候だった。この後、雪→雨→霰→快晴と目まぐるしく変化(笑)」
何シテル?   02/10 23:18
平成9年ダイハツ製造のパイザーエアロカスタムに乗っております。 車については「弄って楽しむ」というより「乗って楽しむ」方がメインです。具体的には個人的に興...
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