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2016年12月05日 イイね!
2016年11月6日 鳥取県八頭郡智頭町 志戸坂隧道(後編)前回記事「2016年11月6日 岡山県英田郡西粟倉村 志戸坂隧道(前編)」の続きです。



↑今回は鳥取県側の「志戸坂峠」旧道へ行ってみます。



↑まずは現道の「志戸坂トンネル」を経由して鳥取県へ。

このトンネル、鳥取自動車道と共用になっていてかなり危なっかしい感じがします。

本来ならば鳥取道用のトンネルをもう一本掘るべきだったのでしょうが・・・。



↑ここが智頭町駒帰にある国道373号線現旧道の分岐。旧道へは左へ進みます。

鳥取県側の旧道からは農道や林道が分岐している為、こちらも廃される事なく存続しています。



↑もともとは2車線の道路で黄色のセンターラインが引いてありますが、メインルートから外れて早35年・・・道の両側から草木に侵食され、ほぼ1車線幅になっている所も多々ありました。



↑「志戸坂隧道」の手前100m位の地点に林道との分岐点がありましたので、帰りに備えてそこで方向転換の後、撮ってみました。

パイザーの背後に見えるカーブの先に閉鎖された隧道の坑門があります。



↑歩いて「志戸坂隧道」へ。



↑かつての幹線道路だった名残がこちら鳥取県側にも残っていました。

この看板の脇に広場があり、かつてのチェーン脱着場の跡のようです。



↑道路の脇には岡山県側と同じく、石碑が建っています。



↑「昭和九年 鳥取縣」の文字が確認出来ます。



↑カーブを曲がると「志戸坂隧道」が見えてきました。

隧道手前の道路は両サイドから草木と堆積物に侵食され、ほぼ廃道化していました。

堆積物の間からうっすらと見えるセンターラインと路面標示が「廃」な雰囲気満点で良い感じです。



↑自然に還りつつある「志戸坂隧道」鳥取県側坑門付近。





↑「志戸坂隧道」鳥取県側。

この辺りは豪雪地域でもあり、それを反映して坑門の手前にスノーシェッドが設けられています。隧道としての役目を終えて35年経った今も撤去されずに残されています。



↑岡山県側と同じく、鉄骨で組まれたゲートの上に高さ制限の看板があります。

岡山県側が黄地に黒文字だったのに対し、こちらは青地に白文字です。



↑スノーシェッドの入口から封鎖されています。

こちらは漬物の生産場に転用されていたそうで、電気のメーターが付いていました。

が、最近はあまり出入りはないようで、坑口前には落ち葉が積もっています。



↑坑門前から見た「志度坂峠」旧道。

わずかに残ったアスファルト路面の黄色いセンターラインがかつての幹線道路である事を物語っています。

今は訪れる者もなく、着実に自然に還りつつあります。



↑現道の「志戸坂峠道路」開通まではいろいろな車が行き交った「志戸坂峠」旧道、そんな過去が嘘のように感じられる光景が広がっていました。


岡山県側よりは「廃」度のレベルがかなり高い鳥取県側の「志戸坂峠」旧道でした。
Posted at 2016/12/05 23:07:15 | コメント(0) | トラックバック(0) | トンネル・隧道 | 旅行/地域
2016年12月01日 イイね!
2016年11月6日 岡山県英田郡西粟倉村 志戸坂隧道(前編)今回は廃隧道・・・というより、旧道巡りと書いた方が適切な感じのする記事です。

去る11月6日に岡山県と鳥取県の県境にある「志戸坂峠」旧道へ行ってきました。今回はその岡山県側の訪問記です。



↑「志戸坂峠」は岡山県英田郡西粟倉村~鳥取県八頭郡智頭町に跨がる峠で、現在は「志戸坂峠道路」の「志戸坂トンネル」で峠を貫いています。

「志戸坂トンネル」開通以前の旧国道373号線には「志戸坂隧道」が存在しましたが、1981(昭和56)年の「志戸坂トンネル」開通により閉鎖となり、旧道での峠越えは不可能となっています。



↑11月6日の朝、パイザーで志戸坂峠の岡山県側の旧道にやってきました。



↑ここは「志戸坂隧道」の坑門から100m程手前の地点で、かつての退避所(?)と思しきスペースがあります。

「志戸坂トンネル」開通まではこの道路が国道373号線でしたが、現在は国道指定を解除されています。



↑カーブの先に隧道があります。



↑退避所跡の脇には石碑が建っていました。



↑さて、いよいよ「志戸坂隧道」へ。

かつての国道ですが車の往来がなくなって久しく、路面には落葉や木の枝などの堆積物が散乱していました。

そして剥げかけた黄色のセンターラインが侘しさを演出していました。





↑「志戸坂隧道」岡山県側坑門。

何の飾り気もない、質素な造りのトンネルポータルとなっています。

この「志戸坂隧道」は1934(昭和9)年8月に竣工、1981(昭和56)年の閉鎖まで国道373号線の隧道として過ごしました。延長565m・幅5.4m・高さ4.0mというスペックです。



↑坑門手前には鉄骨で組まれたゲートがあり、その上に高さ制限の看板が付いていました。



↑岡山県と鳥取県を連絡する隧道としての役目は終わりましたが、現在はシイタケの栽培場として余生を過ごしています。



↑坑門付近から見た「志戸坂峠」旧道。

道路脇から植物が侵食し、坑門手前は落葉や枝で結構荒れています。




↑「志戸坂隧道」の手前200mくらいの所に公園があります。

旧隧道内のシイタケ栽培場とこの公園の為に旧道は廃される事なく存続しています。





↑かなり良く整備された公園ですが、訪れる人は少ないらしく、ここに至るまでの峠道はかなり荒れていました。



↑さて、この旧道には幹線道路だった頃の名残が今も残されています。

上の画像の古い標識、もしかして補助標識なしの「その他の危険」標識か? と思ったのですが・・・・



↑その正体は塗装が剥げた「落石注意」の標識でした。



↑そして路面に今も残る「40高中」の路面標示!! 

昭和の時代を生きた方なら懐かしく思うであろう道路標示です。

昭和の時代には「高速車・中速車・低速車」という区分が存在し、車両の種類ごとに異なる制限速度を示した路面標示がありました。

上の画像だと高速・中速車の制限速度は40km/hである事を示しています。

1992(平成4)年の道路交通法改正により、こうした車種別の速度制限は撤廃され、全国津々浦々の道路に存在した「高中」標示は次第に姿を消していきました。

道路工事の餌食になる事もなく、ここ志戸坂峠旧道にしっかりと昭和の「高中」標示が生き残っておりました。

「高中」路面標示に関してはこういうサイト様を見つけましたので、ご参考までに↓

40高中」旧道に残る最も美しいもの|roadjapan.info:



↑この後「志戸坂峠道路」の「志戸坂トンネル」経由で鳥取県側へ。

後編に続きます・・・。
Posted at 2016/12/01 00:03:17 | コメント(1) | トラックバック(0) | トンネル・隧道 | 旅行/地域
2016年11月29日 イイね!
2016年10月2日 京都府舞鶴市 京都丹後鉄道宮津(宮舞)線 四所駅鉄道駅巡りシリーズです。

今回は少し古いネタではありますが、去る10月2日にドライブ途中にてふらりと立ち寄った駅、京都丹後鉄道宮津(宮舞)線の四所(ししょ)を取り上げてみます。



↑四所駅の駅舎です。現在の駅舎は1996(平成8)年に竣工したもので、かつてこの辺りに関所が存在したことから関所をイメージしたデザインを採用している・・・そうです。



↑駅前はこの通り、かなり広いです。

そして遥か彼方に我が相棒、パイザーの姿が(笑)。



↑ここはJR舞鶴線との接続駅、西舞鶴駅の隣の駅です。

1924(大正13)年開業で、一日の平均乗車人員は19人(2014)年とちょっとした秘境駅レベルです。



↑向かい側のホームの待合室。木造ですが、こちらも新しく建て替えられたものです。



↑対向式ホーム2面2線の駅で、上下列車の行き違いが可能です。

そして緩やかなカーブの上にこの駅は位置します。



↑「3」と書かれた菱型の標識、3両編成の気動車用の停止位置目標です。



↑駅の西舞鶴寄りに、錆びた貨物側線が今も残されています。

この線に貨車が入る事はもうないでしょうが・・・。



↑貨物側線を横から。穏やかな秋の日差しを浴びつつも、「廃」な雰囲気を漂わせています。



↑駅舎前から見た宮津方面。



↑ホームに建つ古びた構内電柱。



↑「工カ 3」と記された古びたプレートには「昭15年 2月」の文字が。昭和15年建植のモノのようです。




↑駅の宮津寄りにある構内踏切。



↑国鉄時代から建っていると思われる構内踏切の警報機。国鉄時代末期に山陰線の某駅にて同じモノを見た記憶があります。




↑緩やかにカーブする四所駅構内。なかなか良い感じです。



↑さてこの四所駅にてダイハツの希少普通車の一つ、「クー」が停まっていました(画像右)。

トヨタと共同開発した車で、トヨタからは「bb」として発売されました。販売力・知名度には圧倒的な差があり、ダイハツの「クー」は知る人ぞ知るマイナー希少車となってしまいましたが・・・。



・・・と、最後は車ネタにて〆てみました。
Posted at 2016/11/29 23:50:11 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道路線・駅巡り | 旅行/地域
2016年11月22日 イイね!
2016年11月22日  お疲れ様でした!!今回は車でもドライブネタでもなく、自宅で使用しているパソコンの話です。

現在のパソコンは13年前に自作したもので、8年前に内部パーツを総入れ替え、その後も必要に応じてチマチマと弄りつつ今日に至ります。

が、最近になって使用中に突然の再起動を頻発するようになり、流石に限界を感じるようになってきたので、2度目の内部更新を実施する事にしました。

タイトル画像はそのマシンにて2005年より11年間運用してきた内蔵ハードディスクのS.M.A.R.T情報ですが、気が付いたら2万時間以上も稼働していました(^_^;)




上の画像は2008年以来、メインで運用してきたハードディスクのモノで、こちらも1万7000時間以上稼働しています。

どちらもエラーは発生していないものの、流石にこれ以上の運用は危険と判断し、今回の内部更新を機に引退させる事にしました。

11年間&8年間、無故障でありがとう!! と、この2台のハードディスクに感謝しつつ旧PCの更新作業に着手しようと思います。

なお、PCの新環境が固まるまでブログ等の更新が滞ると思われますので、皆様よろしくお願いいたしますm(_ _)m
Posted at 2016/11/22 11:39:22 | コメント(3) | トラックバック(0)
2016年11月18日 イイね!
2016年11月11日 滋賀県長浜市木之本町 档鳥坂隧道毎度おなじみ隧道巡りシリーズです。

今回は以前から行ってみたいと思っていた、滋賀県北部での古隧道巡りを実行に移してみました。

本記事はその第一回目で、滋賀県長浜市木之本町の国道303号線旧道に存在する「档鳥坂隧道」を訪問してみました。

「档鳥坂」と書いて「あっとりざか」と読ませる難読名称の隧道で、延長64m・高さ3.7m・幅4.2mというスペックです。「档」は略字で正式には木扁に當と書くそうです。



↑「档鳥坂隧道」は長浜市木之本町の市街地と木之本町川合の間の国道303号線旧道上にあり、すぐ南側にバイパスがあります。

旧道は今も国道指定は解除されておらず、一応国道のトンネルという事になります。



↑まずは古い街並みが残る木之本の市街地を通過。



↑「東横町」交差点に到達、「档鳥坂隧道」へはこのまま旧道を直進します。ちなみに右折すると国道303号線バイパスに至ります。



↑市街を抜けるとだんだんと良い感じの峠道になってきました。



↑程なく目指す「档鳥坂隧道」に到達しました。

まずは例によってパイザーで隧道を通過してみます。



↑「档鳥坂隧道」を駆け抜けて少し下った所にパイザーを置いて、徒歩で再度隧道に向かいます。



↑パイザーの背後には隧道の上へと延びる怪しげな道筋が草に埋もれつつも確認出来ました。画像では判りにくいですが・・・。

隧道開通前の旧旧道なのかもしれません。



↑このカーブの先に「档鳥坂隧道」があり、それを予告するかの如く高さ制限標識が建っていました。



↑少し進むと先程通過した「档鳥坂隧道」が姿を現しました。



↑急カーブの先に隧道の坑門があります。




↑「档鳥坂隧道」北側の坑門です。

日当たりが悪く、鬱蒼とした雰囲気の空間でした。そして、トンネルポータルそのものもかなり汚れています。




↑北側坑門の扁額には隧道名と竣工年月が右横書きにて刻まれ、隧道名の下に「昭和七年十一月 竣功」とあります。

手持ちの資料によると1933(昭和8)年竣工とあります。いずれにしても昭和一桁世代の隧道である事は確かなようです。



↑「酷道」時代の雰囲気を残した北側の坑門付近の道路。

立派なバイパスが開通した今、ここを通る者は少ないようで、路面の堆積物がそれを物語っていました。



↑今度は徒歩で入洞してみます。画像は北→南の方向で撮影したもの。



↑北側坑口付近から見た木之本町川合方面です。



↑南→北の方向で見た隧道内部。内部は白い鉄板で覆われていますが、天井の一部が錆びてめくれてきています。



↑南側坑口付近から見た木之本町市街地方面。



↑隧道の南側へ出てきました。こちらは日当たりが良く、明るい感じです。





↑南側の坑門です。コンクリートのポータルに石のアーチと扁額がはめ込まれただけの質素な造りです。

褐色っぽい北側のポータルとは対照的に、こちらは白っぽい感じになっています。




↑南側の扁額には右横書きで「道通天地」とあり、その脇に縦書きで「武彦」とあります。当時の滋賀県知事であった伊藤武彦の揮毫によるものです。



↑南側坑門付近の風景。高さ制限標識と祠が傍らにあります。

この隧道のすぐ下を国道303号線のバイパスが通っていて、そこを通る車の走行音が聞こえてきます。



↑南側坑門の脇の祠には、古道には付き物のお地蔵様が鎮座していました。



↑再び隧道の北側に戻って撮影。木漏れ日をバックに佇む「档鳥坂隧道」。

バイパスを行き交う車の音を聴きながら、その傍らにてひっそりと隠居する戦前生まれの古隧道でした。
Posted at 2016/11/18 22:25:44 | コメント(2) | トラックバック(0) | トンネル・隧道 | 旅行/地域
プロフィール
「@torumapapa さん。
大丈夫ですか!(◎_◎;)
お大事に、ですm(_ _)m」
何シテル?   12/01 16:13
平成9年ダイハツ製造のパイザーエアロカスタムに乗っております。 車については「弄って楽しむ」というより「乗って楽しむ」方がメインです。具体的には個人的に興...
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シビック、人 第二篇 (連載23 展開) 
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2016/10/06 02:49:51
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