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2017年01月25日 イイね!
2016年12月8日 岡山県津山市加茂町 JR因美線 知和駅我が愛車、ダイハツ・パイザーで行く駅巡りブログです。

今回はJR因美線の知和(ちわ)(岡山県津山市加茂町)です。過去記事の美作滝尾駅と同じく、ほぼオリジナルの姿を留めた古い木造駅舎が存在する駅という事で行ってみました。



↑この日は津山市街を徘徊した後、国道53号線~県道6号線のルートで北上していきました。県道6号線はなかなかの快走路で、気持ちよく走れます。



↑ようやく目的地の知和駅が見えてきました。津山の市街地では雲一つない快晴でしたが、山間部のこの辺りではうっすらと曇ってきました。



↑パイザー@知和駅前。時が止まったような雰囲気の空間です。



↑山林をバックに建つ知和駅駅舎。

この知和駅は午前中の智頭方面行きの上り列車がすべて通過、一日の乗車人員数が一桁という秘境駅でもあります。





↑駅舎の窓は木製で、ほぼオリジナルの姿を保っています。

「昔の姿のままで、気がついたら年月だけが経過していた」感が漂う駅舎です。



↑駅舎出入口。ここも西向きに建っているので、駅舎の撮影が目的ならば順光になる午後の訪問がオススメです。



↑出入口の脇には「建物財産標」が確認出来ました。「昭和6年9月30日」の刻印があります。



↑アンティークな駅舎の内部。




↑窓口も昔のままの姿。所々にさり気なく飾られた造花が良いアクセントになっています。



↑改札を抜けてホームに出てみます。



↑ここ知和駅は岡山県側最後の駅である美作河井駅の南隣にある駅です。

その美作河井駅も開業時からの木造駅舎が残る駅です。一方で南隣の美作加茂駅は近代的な駅舎に建て替えられています。



↑ホームから見た津山方面。近代的な感じの待合室があります。



↑こちらは鳥取方面。

この先は冬季には雪に閉ざされる地域です。



↑ホームの端辺りから見た鳥取方面。

この因美線は岡山~鳥取間を連絡するメインルートでありましたが、智頭急行線の開通により、津山~智頭間はただの閑散ローカル線に転落してしまいました。

岡山県側の因美線にはノスタルジーあふれる木造駅舎の残存率が高く、それらの施設とイベント列車等の運行を絡める事により何とか盛り上げていこうという動きがあるようです。




↑ホームから見た知和駅駅舎。ホームより一段低いところにあります。



駅の鳥取寄りには貨物ホーム跡と思しき、草に埋もれたコンクリート製の遺構があります。



↑パイザーと木造駅舎。



↑後光に照らし出される知和駅木造駅舎。帰る間際になると晴れ間が出てきました。ここではほんの15分位の滞在でしたが、なかなかの癒やしスポットでした。

この後北隣の美作河井駅へ向かいましたが、追って記事化を予定しております。
Posted at 2017/01/25 00:05:30 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道路線・駅巡り | 旅行/地域
2017年01月18日 イイね!
2017年1月16日 和歌山県紀の川市貴志川町 和歌山電鐵貴志川線 大池遊園駅我が愛車、ダイハツ・パイザーで行く鉄道駅巡りブログです。

しばらく岡山県木造駅舎巡りが続きましたので、今回は方角を変えて和歌山県へ行ってみました。・・・と、いうわけで和歌山電鐵貴志川線大池遊園(おいけゆうえん)です。

和歌山電鐵貴志川線といえば、終点の貴志駅が「たま」駅長の功績により海外から観光客が訪れる程の観光スポットとなりましたが、この大池遊園駅もとある筋の(?)方々に人気のスポットだそうで。



↑パイザー@大池遊園駅前。

自宅からオール下道で2時間近くかけて大池遊園駅に着きました。



↑大池遊園駅の出入口。

かつてはここに古い木造駅舎が建っていたそうですが、1998(平成10)年に取り壊されてしまいました。



↑駅前の道路。駅前には数軒の民家と古ぼけた納屋(?)があるだけで、寂しく荒涼とした雰囲気が漂う空間です。



↑駅舎は現存しませんが、ホームの端に古い木造の小屋が残っています。



↑少し前はこういう姿だったそうです(画像はウィキペディアより引用)。



↑かつては島式ホーム一面二線の行き違い設備を備えた駅でしたが、今は棒線駅となっています。



↑構内踏切の跡から見た貴志方面。

木製の架線柱がローカルムード満点です。



↑ホーム端の小屋では古い案内板が今も現役です。

駅名の読みは元々「おおいけゆうえん」でしたが、1999(平成11)年5月に地元住民の読みに合わせて「おいけゆうえん」に改められました。

この案内板のふりがなには「お」を一つ消した跡があります。



↑ホームに上がってみました。上の画像はホームから見た貴志方面です。



↑こちらは和歌山方面。



↑画像左の古枕木の柵に不自然な開口部があります。

その開口部の脇には・・・・



↑木造の古い待合所が2000年代末頃まで残っていたそうです(画像はウィキペディアより引用)。

かつての栄華を偲ばせる遺構でしたが、現存しないのが実に残念です。



さてこの大池遊園駅、後から調べてみたら心霊スポットとしての風評もあるそうです。

具体的には

1.夜中になると人魂が飛び交う。

2.心霊写真が撮れる。

3.妖怪「テケテケ」が出没する。

・・・以上、荒唐無稽としか思えない噂話ですが・・・。

確かにこの駅とその周辺にはあまり生活感が感じられず、日常の喧騒と隔絶されたような感じのする所です。

こうした噂や都市伝説の類は、この駅とその周辺の寂寥感漂う雰囲気から生まれたモノではないかと思ってみたりします。



↑駅の西にある「大池」へ歩いてみました(画像はグーグル・マップより引用)。



↑その途中でたまたま電車が通りかかったのですかさず撮影。大池遊園駅を出て和歌山方面に向かう「いちご電車」です。

貴志川線の電車は全車南海電鉄から引き継いだ車両ですが、編成毎に個性的なラッピングが施されています。



↑大池が見えてきました。この池は和歌山市・紀の川市・海南市に跨る大きな池で、周囲には千本の桜が植えられています。

シーズンオフの平日の為ひっそりとしていて誰もいませんでしたが、シーズン中には行楽客で賑わうところです。



↑しばらく進むと、池の畔に最近になって駐車場として整備された空間があります。



↑ここにはほんの数年前まで「廃」モノ好き垂涎の売店の廃墟が残っていました(画像はグーグルストリートビューより引用)。錆びたペプシの看板が何とも言えない味を出しております。

現存しないのがこれまた残念でありますが、前述の大池遊園駅待合所と共に往年の栄華を偲ばせる物件と言えるでしょう。



↑廃売店は取り壊されてしまいましたが、周辺にはレトロな雰囲気の建築物が今も残されています。

上の画像の建物は1階の窓ガラスに小さく「喫茶店」と書いてありましたが、営業している様子ではありませんでした。



↑そしてなかなか味のある古い民家・・・と思いきや、実はお寺です。



↑大池に架かる人道橋を渡って、対岸の「大池遊園」へ。

対岸にはボート乗り場が見えます。



↑橋の上から見た大池。冬の冷たい風が水面を吹き抜けます・・・。



↑大池に架かる貴志川線の鉄橋。南海電鉄の時代から撮影スポットとして知られている所です。



↑人混みが苦手な私にとっては、こういう空間はとても大好物だったりします。ま、寒いですけど。



↑大池遊園のボート乗り場。シーズンオフなので誰もおらず、ただ冷たい風が吹くばかりでした。

「遊園」といっても一般的にイメージされる「遊園地」とは程遠く、その辺の児童公園に置いてある遊具とボート乗り場があるだけです。

ですが、ここは桜の名所でもあり、シーズン中は花見客で賑わいます。



↑大池に架かる冬枯れの鉄橋上を行く「うめ星電車」。あと数ヶ月もすれば桜とのコラボも撮れるスポットです。

ちなみにこの「うめ星電車」、同じデザイナーの手によるJR九州のクルーズトレイン「ななつ星」のパロディらしいですが・・・。



↑コカ・コーラの古看板を再利用したものと思しき注意書きの看板。なかなか趣のあるアイテムです。



↑思いっきり逆光ですが、北側の路上から見た大池遊園駅ホーム。



↑駅東側の路上から見た大池遊園駅。木製の架線柱に古枕木の柵・・・いつの間にやら見かける事の少なくなった風景がここにあります。



大池遊園駅の周囲を一周して駅前のパイザーの元に戻ってきました。

冬枯れの寂しい行楽地とその最寄り駅もなかなか良いモノです、と思った或る冬の日のプチドライブでした。
Posted at 2017/01/18 23:30:17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道路線・駅巡り | 旅行/地域
2017年01月16日 イイね!
2017年1月1日 岡山県久米郡美咲町 火之谷隧道トンネル・隧道巡りです。

今回記事の「火之谷隧道」は岡山県久米郡美咲町の町道にある1930(昭和5)年竣工の古隧道です。

以前から訪れてみたかった隧道の一つでしたが、この近くを訪れる機会がありましたので行ってみました。



↑例によってその位置を示します(グーグルマップ加工)。

硫化鉄鉱を産出していた柵原(やなはら)鉱山跡に隣接した隧道です。ちなみに近隣には片上鉄道(1991年廃止)の終点、柵原駅がありました。

鉱山閉山後もその跡地と周辺にて、柵原鉱山・片上鉄道を経営していた同和鉱業(現:DOWAホールディングス)関連の事業所・化学プラントが操業を続けており、今でも独特の雰囲気が漂う地域です。



↑片上鉄道吉ヶ原駅跡(柵原ふれあい鉱山公園/上の地図の「柵原鉱山資料館」付近)にて。火之谷隧道はここから直線距離で1.1km北西の所にあります。

片上鉄道の気動車キハ303に見送られて火之谷隧道へ。



↑火之谷隧道の近くには片上鉄道の遺構が残っています。画像は県道と町道の分岐点にある立体交差の橋台と築堤の跡です。

隧道へは築堤に沿って左に進みます。ちなみに右の道は県道349号線で柵原駅跡に至ります。



↑片上鉄道の廃線(画像右)沿いを進んでいきます。廃線の築堤上には信号機や構内電柱の姿も確認出来ました。

ここは柵原駅の場内入り口に当たる地点です。



↑冬枯れの、荒涼とした雰囲気の狭い道を進んでいきます。



↑急カーブの先に目指す火之谷隧道が見えてきました。

何だかステキな雰囲気です。



↑ここでも例によってパイザーで通過してみます。



↑火之谷隧道を抜けて西へ少し進むと鉄製のロックシェッドがあります。



↑ロックシェッドの下のパイザー。その斜め後方の壁面(画像左)には・・・。



↑コンクリートで塞がれていますが、鉱山の坑道口と思しき遺構が残されています。

実はこの道、旧柵原鉱山の縁に沿っており、この先にも坑道口の遺構が点在しています。



↑改めて徒歩で火之谷隧道へ。



↑町道の脇を流れる吉井川。

満々と水を湛えた、まさに「悠久の流れ」という感じです。



↑火之谷隧道の西側坑門付近に到達しました。



↑振り返るとこんな風景。

吉井川(左)と旧柵原鉱山(右)に挟まれた道です。





↑火之谷隧道西側坑門。

いかにも昭和初期という感じのデザインで、全体的に質素な印象を受けるポータルです。




↑扁額には右横書きで「火之谷隧道」と刻まれてあります。



↑内部は近代化されており、古隧道特有の陰鬱で不気味な雰囲気は微塵も感じられない隧道です。



↑隧道内部から見た西側の風景。

元日の昼下がり、静寂に包まれた平和な風景です。



↑一見、何の変哲もない只のトンネルに見える火之谷隧道ですが、その中程に一箇所だけ怪しげな横穴があります。



↑横穴は未舗装で、岩肌剥き出しの素掘り。突き当たりには、これまた怪しげな鉄製の扉があります。

隧道の規模から考えて、非常用の退避スペースとは考えにくいです。



↑立地から考えて、この横穴は旧柵原鉱山の施設の一部と思われますが、なぜ塞がれずに残されているのかは謎です。

隧道の真上には前述の同和鉱業関連の事業所がありますので、今でも使われる事があるのかもしれません。



↑隧道の東側も急カーブになっています。



↑隧道の東側に出てきました。

周囲は静寂と冬枯れの荒涼とした雰囲気に包まれていました。





↑火之谷隧道東側坑門。

かなり立派なポータルで、冬枯れの山に白いポータルが良いアクセントとなっています。



↑東側の扁額は左横書きで隧道名が刻んであります。



↑火之谷隧道の脇には「廃」な雰囲気を漂わせた、怪しげなコンクリートの構造物がありました。

その正体はまた後程・・・。



↑隧道の見学を終えてパイザーの元へ。

これからパイザーを走らせて、この近くにある片上鉄道の柵原駅跡へ行ってみます。



↑片上鉄道柵原駅跡付近(画像左側)。県道349号線脇にあります。

片上鉄道の終点で、柵原鉱山の鉱石を積み出していた駅でした。



↑駅に隣接していた選鉱場跡(県道より撮影)。手前が駅跡です。



↑こちらは現役時代の柵原駅ホーム(ウィキペディアより引用)。背後の選鉱場には今は現存しない上屋があって実に物々しい雰囲気です。



↑今は基礎だけが残る選鉱場跡。特撮に出てくる悪の組織の総本部か全く秘密じゃないひみつ基地みたいな(?)存在感のある構造物です。

長年に亘って黄鉄鉱を中心とする硫化鉄鉱を扱っていた為、黄色く汚れています。



↑実は上の画像の通り、この柵原駅跡と選鉱場跡は火之谷隧道のすぐ脇にあったのです。

東側坑門付近で見えた「廃」な雰囲気の構造物の正体はこの選鉱場跡でした。



↑1975年撮影(左:国土地理院)と2016年撮影(画像右:グーグルマップ)の航空写真を並べてみました。

画像中のピンク色の線が火之谷隧道です。

基本的にあまり変わっていないように見えますが、吉井川沿いに県道26号線のバイパスが出来たり、橋が架け替えられたりとそれなりの変化が見られます。



↑火之谷隧道と柵原駅跡、信号機や橋台の残る片上鉄道廃線跡の位置関係を示してみます(グーグルマップ加工)。

隧道からここまでは目と鼻の先程の距離なのですが、その間が私有地の為、迂回した次第です。



柵原鉱山跡の片隅にある火之谷隧道。

吉ヶ原駅跡の賑わいとは対照的に、ひっそりとした冬枯れの侘しい空間でした。
Posted at 2017/01/16 00:21:14 | コメント(1) | トラックバック(0) | トンネル・隧道 | 旅行/地域
2017年01月11日 イイね!
2017年1月1日 岡山県久米郡美咲町 柵原ふれあい鉱山公園 片上鉄道展示運転元日に柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園(岡山県久米郡美咲町)にて開催された、片上鉄道保存車両の展示運転を見に行ってきました。


(↑2015年5月撮影)

片上鉄道とは1991(平成3)年に廃止となった、岡山県東部を走っていたローカル私鉄です。廃止後に終点の柵原駅の一つ手前の駅であった吉ヶ原(きちがはら)駅が「柵原ふれあい鉱山公園」として整備され、同鉄道で運行されていた車両が保存されました。

毎月第一日曜日に片上鉄道保存会の手で片上鉄道保存車両の展示運転が開催されており、2017年1月は元日の開催でした。

さて、会場の柵原ふれあい鉱山公園は2015年5月にも訪問しております。その時の模様は下記リンクです。

2015年5月7日 岡山県久米郡美咲町 片上鉄道吉ヶ原駅跡(柵原ふれあい鉱山公園)

今回は動いている片上鉄道の車両を見てみたい&乗ってみたい、という事で訪問してみました。



↑1月1日の昼、愛車パイザーを走らせて柵原ふれあい鉱山公園(片上鉄道吉ヶ原駅跡)へやってきました。



↑パイザー@柵原ふれあい鉱山公園駐車場。

駐車場はチラホラと空きがある状況で、奥の方の踏切の見えるスペースに停めました。



↑またしても(笑)、着くや否や踏切警報機が鳴り出し、程なく展示運転の気動車がやってきました。

ただゆっくりと接近してきたので、カメラを構える余裕はありました。

・・・さて後から思ったのですが、このシーン、動画で撮っておけば良かった・・・orz



↑駐車場にある国鉄クモハ73形電車のカットボディ。

相変わらずレストア途中のようです。



↑赤いトンガリ屋根が印象的な片上鉄道吉ケ原駅駅舎。

前回は平日の訪問でしたので閉鎖されていて中に入れませんでしたが、今回は展示運転開催日なので開放されています。



↑駅舎内部。画像右の窓口にて「一日会員証」(大人300円)を購入し、その日だけの片上鉄道保存会の会員となります。



↑これが「一日会員証」(画像上)。これがあれば当日なら何度でも展示運転の車両に乗車出来ます。元日という事もあってカレンダー付きのモノでした。

形式的には「一日会員証」所持の一日会員は乗客役として展示運転に参加する事になります。



↑ここ吉ヶ原駅は片上鉄道の終点柵原(やなはら)駅の一つ手前の駅でした。

今は駅そのものがほぼそのままの姿で残され、「柵原ふれあい鉱山公園」の中核施設となっています。

それにしても人名みたいなお隣の「みまさかゆうか」駅が気になります・・・。



↑この日の展示運転はキハ303がメインで運行されていたようです。

このキハ303、1934(昭和9)年製造の鐡道省(国鉄)キハ41000(キハ04)形気動車で、片上鉄道へは1952(昭和27)年に入線しました。日本最古の動態保存気動車です



↑停車中のキハ303の床下ではカラカラカラ・・・とディーゼルエンジンがアイドリング音を奏ででいました。

元々はガソリンエンジンを搭載していましたが、鉄道車両にはガソリンエンジンは不適である事と技術革新によりディーゼルエンジンが安定して使えるようになってきた為、戦後にディーゼルエンジンに換装されています。



毎月第一日曜日に催される展示運転では、吉ヶ原駅の東150mの所にある検修線と西400mの所にある黄福柵原(こうふくやなはら)との間を行ったり来たりしています。



↑早速乗車してみました。

これから一旦前述の検修線に入って折り返すそうです。



↑年季の入った木製の床の下からはディーゼルのアイドリング音が聞こえてきます。



↑上を見上げると昭和の香り漂う扇風機と白熱灯・・・。



↑シートはかなりヤレていて継ぎ接ぎが至る所にあります。



↑車掌さんが車内を巡回、検札と「一日会員証」の車内発券も行っていました。



↑150m東の検修線に入って折り返しの後、再び吉ヶ原駅に進入するところにて。

吉ヶ原駅にて暫し停車の後、今度は400m西の黄福柵原駅へ向けて出発します。



↑黄福柵原駅に向かうキハ303の車内から撮った我が相棒の姿。



↑画像右の、手押し車を押したお婆さんが印象的でした。



↑黄福柵原駅までは「走る」というよりは「動く」という感じでソロソロと進んでいきます。



↑程なく黄福柵原駅に着きました。



↑黄福柵原駅の駅舎。片上鉄道の駅舎の特徴である赤いトンガリ屋根はここでも再現されています。



↑ここ黄福柵原駅は2014(平成26)年に展示運転用の駅として、吉ヶ原駅の西400mの地点に新設されました。



↑黄福柵原駅駅舎とキハ303。



↑キハ303の先には僚車の「キハ312」が留置されていました。



キハ312は1953(昭和28)年に片上鉄道が宇都宮車両に自社発注した気動車です。ちなみに宇都宮車両とは富士重工の前身の一つです。



↑キハ312と岡山県警のパンダさん。

人の集まるイベントなので、警備のお巡りさんも来ていました。



↑さてまたキハ303に乗車して吉ヶ原駅に戻ります。

距離は短いですが、300円で戦前生まれの省形気動車に乗車出来るとは実に安いものです。



↑キハ303運転室。

昭和一桁生まれのオールドタイマーですが、現役時代はよく整備された軌道の上を結構な速度で快走していたそうです。



↑吉ヶ原駅に帰ってきました。



↑吉ヶ原駅留置中のディーゼル機関車「DD13-551」(画像奥)と客車「ホハフ3002」(手前)。

気動車も良いですが、出来ればこれにも乗ってみたい気もします。



↑午後の穏やかな日差しを浴びて。

2015年5月に訪問した時のDD13-551はピカピカの姿でしたが、1年半を経過してすっかり褪色していました。

やはり赤系の塗装って劣化のスピードが早いです。



↑この日は元日という事もあり、家族連れの姿が目立ちました。そして至る所で微笑ましい光景が見られました。

ここではマナーの悪い輩を見かける事もなく、実に心地良い和気あいあいとした雰囲気でした。



↑吉ヶ原駅のベンチで寛ぐ駅長猫の「コトラ」さん。

何だか眠そうです。



1時間の滞在でしたが、新春から至福のひとときを満喫出来ました。

またリピート訪問してみたいところです。



↑帰り際に愛車パイザーの車内から撮った展示運転中のキハ303。

この後近くの某スポットを訪問しましたが、後日記事化を予定しております。
Posted at 2017/01/11 00:00:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道保存車両巡り | 趣味
2017年01月05日 イイね!
2016年11月11日 滋賀県長浜市木之本町~余呉町 県道284号線 杉本(丹生)隧道久しぶりのトンネル・隧道巡りです・・・ネタは昨年11月のモノですが(汗)。

今回は滋賀県長浜市木之本町と同市余呉町の間にある「杉本(丹生)隧道」です。



↑まずはその位置を上図(グーグルマップ加工)に示します。

県道284号線の途中にある大正時代に開通した狭小隧道です。冬季には雪に閉ざされる地域の山間部にある為、冬季は通行止めとなるそうです。

なので、通行止めになってしまう前に行ってきた次第です。



↑過去記事の「档鳥坂隧道」訪問の後、国道303号線を北上していきます。沿道は紅葉が綺麗でした。



↑木之本町杉本にて国道から離れます。杉本(丹生)隧道方面は画像左へ。



↑少し進んで県道284号線との合流点へ。「←余呉方面」と記された道標(画像中央)がありますので、それに従って画像左へ進みます。

狭い道路ですが、寒冷地らしくしっかりと融雪装置が埋め込まれています。



↑地元のわんこ(画像右)に見送られていざ険道284号線へ。



↑杉本の集落を離れ、狭くてクネクネした峠道を進んでいきます。



↑やがてカーブの先に目指す「杉本(丹生)隧道」が見えてきました。まずは例によってパイザーで隧道を通過してみます。

車一台がギリギリで通行できる幅員の、細くて長い隧道でした。



↑隧道を抜けて長浜市余呉町に出ました。

パイザーの背後に隧道の坑門が見えます。



↑車を停めた直後、後方からワンボックスカーが接近、通過していきました。



↑その数分後には余呉町方面より軽自動車が通過。

この道は離合困難な狭い道が延々と続く上に狭小隧道を含む「険道」でありますが、国道303号線と365号線をショートカットする道でもある為、意外に車の通行のある道でもあります。

ナビによってはこの道に誘導する凶悪な機種もあるそうですが・・・・。



↑改めて徒歩で杉本(丹生)隧道へ。



↑道の脇の山の斜面に「隧道記念碑」と刻まれた石碑がありました。



↑「大正七年六月竣工」とあります。



↑隧道の坑門前から見た長浜市余呉町方面。



↑古隧道にありがちな、急カーブの先に坑口があるというアプローチの仕方です。

見通し不良なのでミラーは欠かせない所です。




↑杉本(丹生)隧道の余呉町側坑門です。

パッと見た感じでは何の変哲もない、コンクリート製のポータルです。



↑ここ余呉町側の坑口脇には1948(昭和23)年~1951(昭和26)年にかけて施工された改修工事の銘板が付いています。

1918(大正7)年竣工の杉本(丹生)隧道は煉瓦積みの隧道でしたが、後に大規模な改修工事が施工され、現在の姿となりました。

改修に至った理由は不明ですが、隧道の姿をすっかり変えてしまう程の大規模改修を必要とする変状が発生した事は確かでしょう。



↑この隧道は幅2.0m・高さ2.5mの制限があり、通行できる車両は限られます。



↑苔生していて判読困難ですが、扁額には右横書きで「丹生隧道」と刻んであります。

「丹生」というのは余呉町側の地名で、2つの名を持つ隧道と言われる所以はこの余呉町側の扁額にあります。

先程の改修工事のプレートにある通り、木之本町側の地名を冠した「杉本隧道」がこの隧道の正式名称です。

もし今の時代に建設されたならば、「杉本丹生トンネル」か「杉丹トンネル」、あるいは地名とはまったく関連のないキラキラネーム(?)が命名されたかも。



↑余呉町側より入洞してみます。

杉本(丹生)隧道310メートルの旅(?)の始まりです。

さて、この隧道は内部がバラエティに富んでいて、歩いていて退屈しない隧道でもあります。上の画像のようにモルタルで塗り固めた区画もあれば、鉄製の支保工の区画もあり・・・。



↑さらに近代的なコンクリート巻きの区画もあります。



↑照明がほぼ等間隔で設置され、煌々と洞内を照らしていました。

車一台がギリギリで通過出来る幅員しかなく、車が来たら退避出来るスペースがありません。なのでヒヤヒヤしつつ早足で進んでいきます。



↑改修前の、大正時代の煉瓦巻きの壁面が露出している所もありました。



↑やっと出口が見えてきたかなという所にて。

この区画は断面が奇妙な形状をしていて、天井が不自然に高く、そして広くなっています。一言で表現するとキノコ型の形状です。



↑素掘りの岩肌にモルタルを塗りつけたようなゴツゴツした壁面です。



↑木之本町側の坑門付近はオール煉瓦巻きで、大正時代の開通時の姿を留めていました。

・・・と、進んでいくと実に様々な表情を見せてくれる面白い隧道です。

幸い他の交通に遭遇することなく無事に通り抜けが出来ました。



↑木之本町側に出てきました。



↑坑門前から見た長浜市木之本町方面。

ここまでこの道をパイザーで登ってきたのでした。



↑木之本町側の坑門もコンクリート製ですが、こちらはいかにも古隧道という雰囲気に満ちています。

煉瓦積みのポータルをそのままコンクリートで塗り固めた為、表面がボコボコしています。そしてなかなかステキな汚れ具合です。



↑うーん・・・・・なかなか良い雰囲気です。



↑妖怪「ぬりかべ」の如く屹立する杉本(丹生)隧道木之本町側坑門。



↑木之本町側の扁額には右横書きで「杉本隧道」と刻まれ、扁額そのもののサイズも余呉町側の倍くらいの大きさです。

自己主張の激しい扁額でもあります。





↑木之本町側の坑門付近では大正時代の、本来の杉本(丹生)隧道の姿を見る事が出来ます。

古びた煉瓦積みの壁面が歴史を感じさせます。



↑鉄骨のゲートの向こうは延長310mの非日常の空間・・・・。

再び隧道を通って余呉町側のパイザーの元へ戻ります。



↑先程の奇妙な断面の区画に来ました。

区画の天井の境目に怪しげなオブジェか飾りのようなモノが見えます。



↑拡大してみました。

その正体はコンクリートで塗り固められた、煉瓦巻き天井の断面でした。



↑この区画、もともと煉瓦巻きの天井があった所を何らかの理由で除去した跡だそうです。




↑隧道の中程からやや余呉町側寄りに奇妙なちょっとしたアップダウンがあり、それは木之本町側から見ると一目瞭然でした。

悪く言えば全体的にやっつけ仕事みたいな感じのする隧道ですが、改修されたのが戦後間もない資材不足の時期で、使える資材にかなりの制約があった事が窺えます。



↑余呉町側に戻ってきました。

画像の水溜りからも判る通り、漏水の多い隧道です。



↑隧道内部から見た余呉町方面。

帰路も他の交通に遭遇する事なく、無事に通り抜け出来ました。



↑戻った後で改めて我が相棒の写真を撮っていたら、隧道方面に向かって車が通り過ぎていきました。

今回は運が良かったです。



もともとは大正生まれの煉瓦積みの隧道であったのを戦後の混乱期にコンクリートとモルタルで無理矢理塗り固めてしまった杉本(丹生)隧道、いろいろな意味で歴史を感じられる古隧道です。

これまでに訪れた隧道・トンネルの中ではトップクラスの面白い物件でした。
Posted at 2017/01/05 23:32:57 | コメント(3) | トラックバック(0) | トンネル・隧道 | 旅行/地域
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「@シャコタン魂 さん。こんばんは(^^) そちらはマイナスですか((((;゚Д゚))))))) 何だか真夏の暑さが少し恋しい気がする今日この頃です(^_^)」
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1997(平成9)年11月7日の納車から早19年、気が付けば20年目に突入です。 やは ...
その他 白紙 ??? (その他 白紙)
時には代車、時には鉄道、そしてまた或る時は・・・要するに他の交通手段使用時のハイドラ用。 ...
その他 その他 ぁゃιぃ車 (その他 その他)
とりあえず実体はございませんが怪走用及びみんカラにおける「ぁゃιぃ活動用」(笑)並びにそ ...
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