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cocoichiのブログ一覧

2017年01月15日 イイね!

群馬の森にて遺構探索

高崎郊外にある「群馬の森」は美術館や博物館などを擁する公園で、入り口付近は明るく開放的な景観で、近代的な建築物が並んでいる。




公園の敷地はかなり広く、そこから奥に向かって行くとその名の通り周囲は森に囲まれており、陽が傾いてきたこともあって薄暗い感じになってきた。




しばらく歩くと、柵の向こう側に目指している建造物らしきものが見えてきた!

この一帯はかつて陸軍の火薬製造所があったところで、公園の周辺にはまだその跡が残っていることをネットで知り、今回の探索となったが、どうやらこれはその施設の一つのようだ。

正式名称を「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」と言うそうで、明治15年から昭和20年までの間、軍用・産業用火薬やダイナマイトなどがここで製造されていた。

中を覗いてみたいが残念ながら私有地のようで、柵の外からしか見ることができない。




この場所には他には建造物もないようなので、先に進む。

入り口付近と違って散策する人の姿も少なくなり、ひっそりとしている。

上空からのカラスの鳴き声と共に不気味感が醸し出され、探索にはおあつらえ向きな雰囲気になってきた。




別の場所ではやはり柵があり、立ち入り禁止の立て札が掲げられているものの、先程よりは真近に施設を見ることができた。




柵の間から手を延ばして撮影。




おそらくこの中で火薬類が製造されていたのだろう。

厚いコンクリートの壁と鉄の扉が、危険な作業であったことを物語っている。




そこから少し先に進むと、




同じような造りの施設が姿を現した。

幾度も爆発事故が発生しており、施設の周りにある土塁は爆発の際の周囲への被害を抑えるためのものだったらしい。




事故の痕跡はどこかしこに刻まれているのだろうか。




無言のまま何かを訴えてくる。




おや、あれは?

土管で作ったトンネルのようだが・・・。

後で調べたところ、爆発事故があった際の避難場所だったとの情報もあった。




市民の憩いの場所である長閑な公園。

しかし、その片隅には公開されるでもなく、さりとて撤去される訳でもなく、ひっそりと息を潜め、ただひたすらに朽ち果てるのを待つだけの哀しき遺構の姿があった。
Posted at 2017/01/15 14:13:37 | コメント(9) | トラックバック(0) | 鉱山 遺構 廃墟 | 日記
2016年06月24日 イイね!

建物探訪に奥秩父へと

街中の徘徊はいろんなものとの出逢いや新たな発見があったりして、刺激的ですごく面白いが、気持ち良さとなるとやはり雄大な自然の景色に勝るものはないように思う。

だからこんな景色が目に入るとついつい車を停めて、しばらく眺めてたくなる。




この分岐点を志賀坂峠方面へと折れ、さらに山奥に向かって車を進めて行くと、




やー!

しばらくぶりだね (^◇^)

毎度おなじみの建物が出迎えてくれる。




これまでまだ見てない場所を回ってみようと思い、さらに先に進んで行くとニッチツの社宅跡へとたどり着いた。

以前に見た場所よりもさらに先にある。




この時はまだ4月末だったので、周囲には春の名残りも残っていた。




こうやって見ていると、ふと誰かが顔を覗かせそうにも思えてくる。

鉱山の最盛期はどれくらい賑やかだったのだろう。




ちょっと近づいてみよう。




まるで校舎のような造りになっている。




朽ち果てていくのをただ待つのみ・・・。




別の場所を見てみると、こちらもかなりの廃れ具合。

時代の趨勢によって栄えたり滅びたり。

我々が現在住んでいる地域も、いつかこうなる時を迎えるのかも知れない。




おぉ、こんな上にも!

とてもじゃないが行けそうにない。




この後は八丁トンネルを抜けてダウンヒルへと向かう気満々だったが、落石工事のためにその先は通行止めになっていて、返り討ちに(^_^ゞ

帰路は寄り道しながら、気に入った建物をまたあれこれメモリに収めていく。




秩父鉄道の終点三峰口の一つ手前の白久駅。

秩父~三峰口の区間はまだ乗ったことがないので、そのうちいつか!

Posted at 2016/06/25 01:27:01 | コメント(3) | トラックバック(0) | 鉱山 遺構 廃墟 | 日記
2015年12月20日 イイね!

岳集落跡を見てきた

今年の3月に飯能市の名栗の山奥にある白岩集落跡を見に行ったが、そこから峠を越えた先にある秩父の浦山ダム湖の周辺にも既に廃村になった集落跡がいくつもあることが分かった。

今回はその中の一つである岳集落跡を、11月末に見てきた。

秩父市街から程近い所にある浦山ダムは157mの高さがあり、重力式コンクリートダムとしては奥只見ダムに続いて2番目の高さだそうである。

ダム内のエレベータも一般開放されており、上まで自由に行き来できるようになっている。




浦山ダム湖沿いに走って車を停め、そこからは歩いて集落に向かう。




こちらは岳集落の手前にある日向集落で、この辺りはまだ実際に住まわれている方がいらっしゃる家屋が多いが、中には空き家になっていると思しき住居もあった。




ちょっと先に進むと、明らかに廃屋と分る朽ちた家屋が忽然と姿を現した。




ちょっと中に入ってみよう。




古い時代の家屋だけあって、大黒柱はかなり太い。

中はそれ程荒れていない。




It's a Sonyのロゴが懐かしい。

ソニー神話が復活する日は来るのか。




日向集落を後にして、本日の目的地である岳集落へと向かう。

ここから先は山を登って行くが、人の気配は全く無く、ちょっと怖い雰囲気。




岳集落は「サイレン」というホラーゲームの舞台のモデルの一つになっているそうだ。

ゾンビ系のゲームらしいが、この先、こんなのに出会ったら・・・。

夜中に行ったら、気絶間違いなしだろう。




20分程歩くと集落の入り口に到着。




おぉ、かなりの朽ち果てっぷりではないか!

昨年2月の大雪による倒壊なのだろうか。

付近にあった数軒は多少の違いこそあれ、いずれもこんなような感じであった。





恐る恐る近寄ってみる。




何とか中を覗けそうなので、ちょっと入ってみるか(やめとけ!)

外観に劣らずの廃れ具合だ。




使われていた日用品からすると、廃墟になってからかなりの時間が経っているようだ。




すすの跡が、かつてはそこに人の営みがあったことを感じさせる。

私が幼少の頃に住んでた家は五右衛門風呂で、後になってバーナーが付けられたが、それまでは石炭で沸かしていた。

なかなか火がつかず、煙突もすすが良く詰まっていたので、親は大変だったのだろうと思う。




近くにある蔵も形は何とか保っているものの、結構傾いている。




周囲はとても自転車が走れるような道はないのだが、何台もの自転車が置き去りになっていた。

二度と動くことのないバイクのギアが、何とも言えずもの悲しい。




この建物には風呂があったが、共同浴場だったのか。




集落の外れにある十二社神社。

人の気配はないのだが、この様子からするとある程度管理されているようだ。

廃村となろうとも、守り続けていくということなのだろうか。




きれいな景色を求めてのドライブを続けて行く中で、ときおり垣間見たくなる世界が廃墟の中に潜んでいる。
Posted at 2015/12/20 18:01:38 | コメント(4) | トラックバック(0) | 鉱山 遺構 廃墟 | 日記
2015年07月05日 イイね!

ニッチツ廃キング

今回のタイトルは、マイファン登録させて頂いているにゃごさんから授かった廃キング(ハイキング)をそのまま使わせて頂きました(^O^)/

私が鉱山や廃墟などに興味を持つ(中毒になる)きっかけになったのが、金山志賀坂林道沿いにあるニッチツ鉱山であるが、また見たくなって1年ぶりに再訪してみた。




のっけから、ひょっとしてこの先に行けるのか?とドキドキするようなトンネルに出会ったが、残念ながら関係者以外立ち入り禁止の立札があった。

マニアの方のブログを拝見すると、以前はいろいろと立ち入り可能であったであろうと思われる場所が、今現在は厳しく管理されているようで、このトンネルに限らず多くの場所や施設が立ち入り禁止となっている。




ホントは小倉沢小学校とかを見てみたかったのだが、場所的にニッチツの管理敷地内になっており、アクセスすることはどうも無理そうだ。

ちょっと先に進んでみよう。

石灰石の積み込み所が見えて来た。

ニッチツ鉱山は昭和25年に設立されており、最盛期にはこの辺りに2000人もの人々が暮らしていたとのことであるが、今は規模は縮小されているものの、まだ操業は行われている鉱山である。




そして次に見えて来たのが、この社宅跡。

廃れ具合が、廃墟になってからの年月の長さを物語っている。

その隣に並んでいる建物は見るも無残に潰れているが、おそらくは昨年2月の歴史的な大雪の重みに耐えきれず、倒壊したものと思われる。




その隣に位置するのがこの購買所で、中を覗き見ると往時の様子を想像することができる。




購買所の横から裏手に回り、そこから上に登って行くことは可能なようなので、ちょっと行ってみた。




所々にこのような石垣が積まれており、その上には住居であったり、共同の炊飯所の跡と思わしきものがあった。




上に登って行くと、先ほどの社宅とは違って一戸建て住居が何棟かあったが、上のポジションの方の住まいだったのだろうか?。




さらに登って行く。




そして、一番上にあったのがこの建物だが、じゃココは重役さんの住居かい?

でも、登り降りが大変だったでしょうに。




その他に見てみたいところもいろいろあったが、立ち入り禁止となっているので廃キングは終了し、林道走りを再開!




この林道中で、標高が一番高い所に位置する八丁トンネルを抜けると一気に視界が開け、そこから見えるこの景色が好きで、今回で3度目のドライブとなった。




そしてダウンヒルを転げ落ち、R299を経由して、走りの仕上げに林道秩父線に入る。

しばらく走っていると目の前を鹿が通り抜け、山に駆け上がって行った!

慌てて車を停め、シャッタを切る。

何とか間に合った!




これまで長野や群馬の山間部でたま~に鹿に出会うことはあったが、埼玉で見たのは初めてだったので、ちょっと興奮。

シカと目に焼き付けておこう。
Posted at 2015/07/06 00:21:47 | コメント(8) | トラックバック(0) | 鉱山 遺構 廃墟 | 日記
2015年03月10日 イイね!

白岩鉱山、白岩集落跡を見てきた。

これまで見てきた鉱山には、ニッチツ鉱山叶山鉱山大谷石地下採掘場、そして足尾銅山があるが、いずれも見応えがあるものばかりであった。

それは、鉱山そのもの存在感であったり、過去の歴史や遺構、その周辺の廃墟が醸し出す得も言われぬ雰囲気であったりする。

そんな鉱山からもしばらく遠ざかっていたこともあり、また見たくなって、マニアの方のサイトをウロウロしていた中で見つけたのが、白岩鉱山であった。

飯能市の名栗の山奥にあり、石灰石が採掘されている現役の鉱山である。

で、そこが何故マニアのサイトに載っているかと言うと、その近くに既に廃村になっている白岩集落の跡があり、これがマニアのターゲットになっているからであった。

早速、行ってみた。

オフ中のキャンプ場に車を停め、しばらく歩くと白岩鉱山こと、JFEミネラルの武蔵野鉱業所が見えてきた。

廃キング道はこちらですよ、との矢印に従い、




ほな行きましょかと、鉱業所の横に設けられている階段を登って行く。




階段を登りきると見えるのがこちら。

無論、関係者以外は立ち入り禁止なので、柵外からの撮影となる。




そして、鉱業所の裏手を登って行くと、運よく石灰石を運搬して、トンネルから出てきたトロッコ貨物車に出逢うことができた。




もう、これで満足!

では、帰りますか。

違うでしょ?

ヘタレ探検家は、さらに山奥へと足を運ぶのであった。




しばらく登って行くと、鉱業所から山の上に向かって延びている、一本のレールらしきものを発見。

資材運搬用なのか、今はもう使われてないのかも知れない。




さらに進むと、かような行先板が。

おどろおどろしい峠の名前が、行く先の光景を予感させる。




周囲は木に囲まれて、誰一人いない世界。




と思っていたら、後ろの方からガガガッという、何やらエンジン音らしきものが。

来たよ・・・。

先程のモノレールは、現役バリバリであった。

私は怪しい者ではありませんよ!、というのをアピールするかのように、運転手の方には会釈し、相手の方も返してくれた。




また一人きりになり、坂を登って行く。




そして、鉱業所を出て30分程歩いたであろうか、目の前に白岩集落の廃屋が忽然と姿を現した。

かつては炭焼きで生計を立てていた方々が住んでいたそうであるが、今は誰一人住んでいない廃村と化している。




見上げると、山の中腹辺りに先程のモノレールが通っているのが見えた。

その先に採掘現場があるのだろう。




付近をさらに探索する。

風雪に屈した、無残な家屋の姿があった。

近くには主を失い、放置された家電製品の悲しき姿も。






「しらとり」の看板が掲げられた土産物店があった。

ハイカー向けの店だったのだろうか?

「こんにちは!」

返事がなくて、ホッとした。




奥に進んでみる。




小学校低学年用の教科書があったが、ここから通学するのはさぞかし大変な事だったであろう。




樹脂成型技術がまだなかった時代の遊具車。

ボディ剛性は高そう。

ピンクレディーのバイ・バイ・カーニバルのアルバム。

調べると、1978年の発売とあった。




集落の一番奥にあった廃屋。




ローラー絞り機付きの洗濯機。

昔、ウチにもこれがあったよ。

ハンドル回すと、洗濯物が煎餅のようになって出てきたっけ。




時代の流れや環境の変化などに逆らえず、やむを得ず廃墟と化していったのであろう。

しかし、

人間の都合によって作られた家屋や家電、日用品などが、人間の都合によって取り残され、その後も朽ち果てるまでそこで耐えて行かなければならない。

そんな怨念が、廃墟を見るたびに感じられる。

使い捨ての時代だからこそ、物を大事にしなければと、今さらながら感じた。

物作りに携わる者として。
Posted at 2015/03/11 00:34:07 | コメント(5) | トラックバック(0) | 鉱山 遺構 廃墟 | 日記

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