乗って思ったのは「こりゃスクーター版のSR400だな」
車体はスチールモノコックで重く、足周りはストロークが大きい。エンジンは空冷で実用車チック、レバーは重くて遠い。足付きも良くはない。
見た目だけで選んで「なんじゃこりゃ、乗りにくい」って手放す人が多そうで実際、中古車市場には低走行の車体があふれている。
少なくとも現代のバイクのように操作系が軽く絞ったシートで足付きは良くなどは一切されていないので見た目だけで選ぶとかなり後悔するかも。
逆にこの不器用さを味だと捉えられるのなら良き相棒になれるかもしれない。
クラシックな見た目とは裏腹にスパルタンなバイク、まさに古いSR400のようなスクーター。
全体的な使い勝手について。
まず、国産125ccスクーターと比べると車体は重く操作系も重い。
センタースタンドは普通。かける時は意外と軽く相当小柄な女性でなければ問題なくかけられる。ただ、跨いだまま解除するには足付きの悪さからある程度の身長が必要。
サイドスタンドはいわゆる「自殺スタンド」車体が起きると勝手に解除される。なので自宅ならともかく、不特定多数が出入りする場所でのサイドスタンドの使用はお勧めしない。また、スタンドの位置が車体前方にあるため跨いだままかけるのは慣れが必要。しかも勝手に戻るのでスタンドをかけたつもりが戻ってしまうことも多い。つまりサイドスタンドの使い勝手はよくない。
エンジン始動はセルとキック。キャブレターモデルにしてはセルでの始動はスムーズ。オートチョークなので特別コツなども必要ない。が、キックでの始動はかなり難しい。オートデコンプのせいで上死点から一気にキックしないとかからない。あくまでもキックは緊急用と思っておいた方がいい。
ライトはノーマル球、つまりただの電球。夜道の走行が多いなら早めにH4などのハロゲンに変えた方がいいかもしれない。配線の加工は必要だがそれほど難しい作業ではないので。その他の灯火類もすべて普通の電球。明るくはないが視認性に欠ける程ではない。ウインカーは若干暗めだがテール&ストップは十分明るい。
ハンドル左にはライト切り替えとプッシュリターン式ウインカースイッチとハーンボタン。ライトスイッチはパッシング付き。操作感は悪くないが若干ウインカースイッチが遠いので手が小さめの人は使いづらい。特にホーンボタンが遠く押し辛い。同様にブレーキレバーは遠目でしかも重いので女性には厳しいかもしれない。
右ハンドルにはキルスイッチとセルスイッチ。こちらは頻繁に操作する場所ではないがブレーキを握ったままセルを押すのは難しい人もいるかもしれない。まあ左ブレーキを握っても始動は可能なので問題にはならないが。ただ、やはり右レバーも遠くて重い。
トランクは狭め。大きめのジェットヘルメットは蓋がしまらない。小ぶりのメットしか入らない。また、エンジンの熱がかなり伝わるので買い物の荷物などを入れるのは注意が必要。国によっては注意ラベルにペットを入れるなとあるらしい。
LXVには折り畳みリアキャリアが標準装備。が、スプリングがついているので使い勝手はよくない。ボックスをつけたいのなら別売りのキャリアをつけた方がいい。
シートはライダーとパッセンジャー別体式。いわゆるサドルシート。このシートはとても快適。足付きの悪さと引き換えに非常に優等生的なポジションで座れる。足を投げ出すポジションは短距離なら楽そうだが長距離乗っていると腰に負担がかかる。が、このシートは座るとステップに自然に足が収まり尻と足に上手く体重が分散される。結果、長時間乗っていてもどこも痛くならない。ただ、足付きはよくない。初期のLXVは本革の高価なシートで見た目もよく質感も高い。が、手入れは大変で若干滑りやすいので実用的なのは後期のほうかもしれない。
フロントボックスは鍵付き。キーオン状態で押し込むとロック解除され開く。ただ、使い勝手はよくないし蓋の閉まりも硬いので使う機会は少なくなりそうではある。
走行性能。
走り出しはかなり穏やか。発進時のクラッチジャダーは大きめ。これはピアジオリーダーエンジンの特有の癖らしい。一旦走り出してしまえばスムーズ。加速も必要十分、独特な「びゅおおおお」というエンジン音でフラットに加速していく。振動はかなり少ない。直進安定性はフロント11インチにしては良い方。立ちが強いハンドリングなので安心感はある。ただ、それも精々60キロくらいまでで80キロも出すと小径ホイール故に不安定さが顔を出す。特に横風に弱い。ベスパには150cc版もあるが高速走行は危険だと思う。あくまでも市街地の乗り物だと思っておいた方がいい。
コーナーはバイク的。シートに軽く入力するとスッと旋回を始める。立ちの強さに反してハンドリングはクイック。片持ちサス特有の左右での違いは感じられない。コーナーリング中のギャップなどもフロント11インチにしては安定している。
乗り心地はタイヤに依存しているところが大きいのでなんとも言えないが、今履いているミシュランのシティグリップ2だとかなり良い方。突き上げなども余り感じない。フロントはそれなりに硬く感じるがリアはかなり柔らかく感じる。少なくともPCXよりはかなり乗り心地は良い。タイヤは選べるのが実質ミシュランかピレリしかない。ピレリは試したことがないのでわからないがミシュランを選んでおけば乗り心地で不満が出ることはないと思う。
防風性能は下半身は優れている。真冬でもそれほど寒さは感じない。上半身も小さなバイザーが効いているのかそれほど風は当たらない。ただ首から上にはそれなりに風が当たる。
ブレーキ性能はかなり良い。操作は重いがしっかり効く。特にフロントの効きが良い。ただ操作が重くレバーも遠いので国産車に慣れた人だとブレーキの効きが悪く感じるかもしれない。
給油は給油口が狭く慣れが必要かもしれない。オートストップが作動したらそこでやめれば問題ないが、注ぎ足しするとタンクの中が見えないため噴き出す恐れがあるしぎりぎりいっぱいまで入れるとドレンホースから漏れるだけなので給油口のはめ込みプラパイプ下限までにしておくこと。タンク容量は記載によってまちまちだけど概ね8~9リットル程。成川マニュアルでは8.5L、内リザーブ2Lと記載がある。なお、ガソリンメーターはかなりいい加減で給油直後は全く減らないのにある時点から一気に半分近くまで減ったりと目安程度にしかならない。
メーターにはガソリン警告灯、オイル警告灯、ウインカー表示、ハイビーム表示、あとイモビライザーのランプがある。どの警告灯も日中はあまりよく見えない。速度計はキロとマイル、積算距離計はあるがトリップはなし。
以前70~80年代のベスパに乗っていたことがあるが、その頃のベスパはお世辞にも日常使いに使えるものではなかった。少なくとも通勤に使うには無理があった。かなり久しぶりに現代のベスパに覚悟を持って乗ってみたのだが、いい意味で裏切られた。もちろん国産車と比べるのは酷というものだが、それでも信頼性は飛躍的に向上している。ゴム部品の弱さは相変わらずだけど機能には問題ない部分なので大きな問題にはならない。
操作も重めで各スイッチ、レバー類が遠めなのに目を瞑れば国産車からの乗り換えでも違和感なく運転できる。
異音などもクラッチからのジャダーやビビり音は気になるがそれも走行不能に陥るほどではない。
そして突然の走行不能に陥ることもなかった。
つまり、日常使いや通勤にも問題なく使えるバイクになっている。
ただ、完全に実用面だけを求めてベスパを購入するのはお勧めできない。車両価格は高いしメンテナンスの際の部品代も高い。修理の際の販売店も限られているし部品も国産車のように即日納品というわけにはいかない。走行性能も特に優れているわけではないし使い勝手も同様。つまり純粋な道具としては国産車には遠く及ばない。
ただ、ここに趣味性や所有感というアナログさを加味すると話が違ってくる。
スチールボディに厚めの塗装がしてあるので質感は高いし国産車のプラボディのように割れてみすぼらしくなることもない。凹んだりはするがそれも味と捉えられるのはスチールボディならではかもしれない。この辺りは昔の車によく似ていて、古くなってみすぼらしくならず、味が出てくるのは基本設計をほとんど変えずに長く作り続けている工業製品だからだと思う。
また、走行に関係ない箇所は驚くほどいい加減に作ってあるのに、基本的機能に関わる箇所は恐ろしいほど頑丈に作ってあるのも好感が持てる。この辺りは耐久性を犠牲にして新車時点での性能を追い求めるのではなく、性能特化ではなく耐久性重視で長く乗ってもらおうというメーカーの方向性が表れているのだと思う。あとは世界的に見ればベスパは実用車として使われることも多いのも関係あるのかもしれない。とにかく部品一つ一つが大きく、分厚く、そして重い。そこにはメーカーの「壊れるまで乗れるもんなら乗ってみろ」というユーザーへの挑戦とも言えるような意志を感じる。というのは考えすぎかもしれないが。
つまり純粋に実用と性能だけを求めるのなら国産車一択だが、もしそこに日々深まっっていく味だったり長く所有することでの満足感に価値を見出せるのならベスパを選んでも後悔はないと思う。
何より繰り返しになるが、現代のベスパはほぼ壊れなくなっている。走行不能に陥るトラブルは燃料ポンプぐらいと聞く。それも部品は手に入る。
実用の中に趣味性を求める欲張りな要求にも十分答えられるバイクにベスパは到達していると、個人的には思う。