今回のリクエストは○○@2S5/VVさんの
ナース…
ナースホルン(独:Nashorn)とその初期型・ホルニッセ(独:Hornisse)は、第二次世界大戦期にドイツで開発された対戦車自走砲。ナースホルンはサイ、ホルニッセはスズメバチの意味。制式番号はSd.Kfz.164。
1941年、ドイツ陸軍はバルバロッサ作戦の緒戦でソ連のT-34やKV-1のような防御力に優れた戦車に接し、これらの重装甲戦車を撃破できる対戦車自走砲の必要性を実感した。
1941年9月、ベルリンのアルケット社(独:Altmarkische Kettenwerke GmbH)がサイズの近いIII号戦車とIV号戦車のシャーシを統合し自走砲専用としたIII/IV号火砲搭載車輌が開発され、翌年7月にヒトラーによって15cm榴弾砲の搭載が決定された。これは後のフンメルであるが、10月に完成した試作車を謁見したヒトラーは、当時完成間近であった新型対戦車砲・8.8 cm PaK 43を搭載した対戦車自走砲バージョンの開発を指示した。しかし実際には同じ砲身を用いる8.8 cm PaK 43/41をベースにしたPaK 43/1が搭載され、1943年2月に試作車が完成、5月までに100輌の生産が命じられた。与えられた制式名称は 8.8cm Pak43 (L/71) auf Fahrgestell Panzerkampfwagen III/IV (Sf) または8.8cm Pak43 (L/71) auf Geschutzwagen III/IV だが、もっぱら対戦車自走砲ホルニッセ (Panzerjager Hornisse) と呼ばれた。
PaK 43/1用の弾薬のうち、タングステン・カーバイドを弾芯とした硬芯徹甲弾 Pzgr. 40/43 では、1,000m先から30度の侵入角でも190mmの貫徹力を示した。この比類のない性能を示した砲弾は、敵の射程範囲外から攻撃を行うこと(アウトレンジ攻撃)を可能にした。
自走砲専用車台では戦車型より全長が伸ばされており、エンジンは後部から中央部へ移されていた。また、足回りの重量制限から装甲を削らざるを得ず、オープントップの戦闘室周りで10 mmしかない装甲板では、乗員はほとんど無防備に近い状態だった。
1944年2月27日にホルニッセは、総統命令によりナースホルンと改名された。 この頃になると、移動時に砲身を固定するトラベリング・クランプが、車内からワイヤーを引くことで解除できる型に変更されるなど、いくつかの仕様変更が行われている。最後期型はフンメルによく見られるように操縦手席と(ホルニッセの場合、多くは無線が戦闘室内にあるが)無線手席の繋がった形状の前面装甲になったと推測されるが、数が少なかったのか現在までのところ写真で確認できるものはない。
ホルニッセ / ナースホルンは1943年に345輌、1944年に133輌、1945年に16輌の計494輌が生産された。新たにドイツの対戦車装甲車輌として、IV号駆逐戦車やヤークトパンター等のより防御力の高い駆逐戦車が登場、また同じシャーシを用いるフンメルの生産が優先されたこともあり、当初月産45輌を目指したものが20輌に縮小されている。
ネタ不足の為、無理矢理伸ばしてみました…
まったくもってその通りでございます^^
予算不足の為すっかり車いじりから遠ざかってしまい、もっぱら親父の
エクシーガをいじって(と言うか取付担当)でお茶を濁す日々…
久々にポチりたいパーツがうじゃうじゃと出てきて困ってますが^^
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ダッチワイフなんだぜ
ダッチ by 上杉達也
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Posted at 2010/03/19 00:18:51