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イイね!
2016年10月16日
車の内装の質感の話から脱線して
 けっこう前の話ですが、

 雑誌で、現行フォレスターのことを、「質感は輸入車に及ばない」と評されてました。
 丸囲みの写真の編集者?も「質感がね」だと。

  現行フォレスターは、ひとつ前の愛車です。諸事情で三か月で手放してしまいましたが、車自体は気に入っていて、今までで最高の車でした。
 パワー、乗り心地、燃費、価格のバランスが取れた素晴らしい車です。

 今時の欧州車は、2リッターのターボ車でも相当燃費がいいのがあるらしいですが、まあ2リッターでカタログ13キロなら十分でした。280馬力もあるんだから、それだけ走れば十分だと思っていました。
 質感がね、って、そもそも私は質感なんてあまり気にしたことなかったのですが、もし内装にお金かけてたら、もう私には買えませんでしたよ。300万で買えるんだから、そんな贅沢言う気にもなれなかった。

 24年前、初めて買った新車はRVRでした。初めて窓がスイッチで動く車でした。ぐるぐる回さなくても、窓が開閉するのに感動しました。
 エアコンも、温度を設定すれば自動的に冷えたり暖かくなったりしました。自分でレバーを調整することもなくなりました。
 質感は、はっきり言って、今思えば質感以前のものでしたが、当時そんなこと考えもしませんでした。
 当時バブルがはじけた後でしたが、当時の車の内装はどうだったか、あまり覚えていません。それなりに凝った内装の車が多かった気もしますが、「そういう車に興味がなかったこともあり、覚えていないのです。

 当時欲しかった車は、ランサーGSRでした。まだエボが出る前の1.8リッターのターボ。ドアが四枚もある車は夢の車でした。(EPは3ドアだったので)
 とはいえ、当時安月給の身で、買えるかどうかぎりぎりでした。当時残業だけは多く、お金は少しずつ貯まっていましたが、もう少し貯めて買うか、と考えながら、「ミラージュにするかな」とも思うようになりました。
 まだ1.6クラスがパワー競争している時代、MIVECエンジンは160か170馬力出ていたような記憶がありますが、同時に、世の中はRVブーム。レガシイ、カルディナ、アベニールとワゴンが中心で、今時のSUVというのはまだ出てなかったような。パジェロとかサーフとかは乗る気になれませんでした。
 ランサーかミラージュかRVかというのも節操がない気がしますが、同時期、RVRスポーツギアが発売されました。
 RVRをちょっといかつくしただけの車でしたが、「この車で釣りに行ったら楽しいかな」と想像するようになりました。

 結局予算の兼ね合いで、もう少し待つか、というとき、ミラージュを見に行こう、と環八沿いの三菱ディーラーへ。
 当時都心の独身寮に住んでいて、近くのディーラーはあまりにも狭いので、環八沿いに。

 ディーラーに入ると、案内してくださったのは、女性の店員。この方が、すごく綺麗な女性でした。「こんな綺麗な女性が世の中にいるの?」と仰天した私は、その後何を話しかけられたか覚えていないのですが、RVRがマイナーチェンジして160馬力になったことを知りました。
 私がスポーツギアを欲しくなったのは、RVRが140馬力なのに対し、スポーツギアになると160馬力になるとうのも竜でしたが、背面タイヤの付いていない普通のRVRも160馬力と知り、とりあえず見積もりを作ってもらいました。
 「今年末でほしいときでもありますので、もう少し値引きします」と言われながら、今にして思えばいくら引いてくださったかはあまり覚えておらず、気が付いたら契約していました。
 その営業担当の方の美貌に落とされたのか、RVRの魅力に惹かれたのか、とにかく、平成4年の12月、初めて新車を購入しました。
 
 パワーウィンドウ、オートエアコンという、夢の装備に加え、CDが聴けるという超高級車を買ったのです。
 いよいよ納車の日、ディーラーに行くと、あの美しい担当の方が迎えてくださりました。
 一通り説明を受けた後、ディーラーを出るとき、緊張のあまりエンスト(MT車でした)。
 その晩、夜通し走り回りました。CDの音に感激しつつ、手持ちのカセットテープもこれでもかと積み込みました。

 年が明け、年賀状が担当の方から。「このたびショールームに異動となりました。」
 えー?がっかりだけど、綺麗な人だからなあ、あんな女性がショールームにいたら映えるだろうな、と少々残念でしたが、平日は夜中まで残業し、休日は夜な夜なドライブという日が始まりました。
 
 四月になり、人事異動で、連夜の残業から解放され、さて自分の車でいろんなところに遊びに行こう、と思ってたのですが、その後、仕事、私生活とも、うまくいかない日が続きました。
 失恋、職場の人間関係、仕事の失敗、まあまだ24歳の若造があれもこれも順調にいくわけないのですが、当時、「なぜ自分だけ周囲と違うんだろう」と悩む日々の連続。
 そんな生活を救ったのは、愛車RVRでした。ひとりでぷらぷら、別に峠を攻める車でもなく、だからといって、一緒にキャンプや釣りに行く人はおらず、単に一人で運転するだけでしたが、RVRは文句も嫌味も言わず、私の操るままに走ってくれました。

 その年の夏は記録的冷夏で、ご飯もタイ米を食べる羽目に。当時住んでいた独身寮は安月給の身にはありがたかったのですが、四畳半一間、トイレ、風呂は共同。風呂は週に三日、それ以外は銭湯に。自炊設備はなく、賄さんがいるはずなのに、認知症で辞めてしまった後、後任の方は見つからず、都心という物価の高い土地で休日の夕食は外食する羽目に。たいした食事じゃないのに900円も千円も払うのはきつかった。
 平成5年を思い出すと、今でも嫌な思い出しかありません。今でもそうですが、人間関係をうまく築くことのできない自分の欠点を突き付けられた年でした。
 結局梅雨明けすることのなかった冷たい夏の思い出です。

 車の質感のことを考えているうちに、なぜか初めての新車のこと、その頃の出来事を思い出してしまいました。

 昔のほうが良かったこともたくさんあります。今のほうがいいこともたくさんあります。
 周囲がみんあ張り合うようにローンを組んで、分不相応な車を買ってた頃。自分のRVRも不相応ですが、パルサーGTI-R、スープラ、スカイラインGTS、レガシイツーリングワゴンGT、ビガー、周囲の若い人は結構いい車乗ってました。
 今は頑張って買いたい車がないのか、車自体高いのか、別のことにお金使いたいのか。
 今住んでいる土地はまだ車社会なので、若い人も車好きな人は多いような気がしますが、それはともかく、今の人のお金の使い方が賢いのか、つまらないのか、私にはわからないことです。

 昔の車が魅力的だったか?私の若いころは、今思うとやわなボディにハイパワーエンジン、ABSなし、エアバッグなし、RV車には、万一の歩行者との接触を無視したバンパーガード(私のRVRも)。
 
 14年前、当時乗っていたレガシイで高速を走っていた時、同じBHが事故で大破してました。前方が激しく潰れているのにキャビンは保護されていて、運転手らしき人は車外でおろおろ。
 平成初期の車だったら、運転手は助かっていたかどうか、車の安全性の進歩に変なところで驚かされました。

 昔逆走って聞いたことないような気がします。アクセルとブレーキの踏み間違いも。
 就職したとき50いくつだった上司も、今は後期高齢者です。あの頃パワフルで怖かった上司も、今道路に出ると、年齢だけで危険人物と判断されるような立場になっています。

 誰もがクルマ好きだった時代が過ぎても、今はネットで仲間が見つかります。このみんカラもそうですが、他にも一緒にサッカーやりたい仲間、フットサルしたい仲間、ネットは便利です。
 どんなものでも便利になればなるほど悪用する輩もいますが、昔あの頃ネットがあれば、と思うことがあります。

 話が次々に飛びますが、平成7年、福岡に転勤しました。やっと周囲と馴染んだ頃でしたが、この汚い独身寮から出たい、そんなときに、転勤の話があり、引っ越すなら一度遠いところに、と安易に打診を受けました。
 今でいうコミュ障の私にとって、地方事務所の独特のしきたりは馴染みがたいものがありました。
 今は地方事務所と中央との異動は活発にありますが、当時、地方事務所は、いわゆるお局様など地元から出ないことを前提に勤務している人がほとんどでした。
 それでも知り合いは職場にしかいない自分にとっては職場の人と飲みに行くしかありませんでした。
 そのとき今のようなネット社会だったとしても、私のような人間が、その利点を活かして楽しく生活できたかどうかは怪しいのですが、ネットがなければ妻と知り合うことは絶対にありませんでした。
 その頃も結局、休日は独りでドライブでした。CD-ROMのカーナビを頼りにあちこち走り、玄海の波を見に行き、労働組合の当番で日田温泉に行ったりと、せっかくの九州なのに、存分に楽しめませんでした。急に残業がなくなって手取りが減り、高速はあまり使えず、遠出ができませんでした。

 二年前結婚し、この四月に妻と転勤で関西に来ましたが、職場は職場、家に帰れば妻と楽しく生活ができるようになりました。

 みんカラに入って、オフ会は一度だけです。それも10分で退場という失礼なことをしました。
 関西に来て、妻の祖母が亡くなったり、出張が入ったりと、まだオフ会に参加していません。全国オフは万難を排して参加すべきでした。まだ顔を見たことのない私にコメントをくださる方に挨拶申し上げなければならないのに。

 車の質感の話が、わけのわからない話になってしまいました。

 私の人生は車なしでは語れません。いいことも、悪いこともありますが、車はそばにいてくれました。

 絞めの一文が思いつかないので、ここで終わりますが、これからも、皆様よろしくお願いします。  
 
 







ブログ一覧 | 日記
Posted at 2016/10/16 19:12:49

イイね!0件



この記事へのコメント
2016/10/16 21:40:43
こんばんわ。
はじめまして(*^^*)
ほぼ平成生まれの私には、目から鱗でとても楽しく、
そして車好きの私にとっては、羨ましい想いで読ませていただきました。
80年、90年代の日本車は完璧ではないですが、とても魅力的な車が溢れていたと思います。開発者の熱量を感じるようなものばかりで。
あ、データでしか見たことはないのですが笑。

これからも当時の話、たのしみにしています(*^^*)
コメントへの返答
2016/10/17 21:47:32
こんばんは。はじめまして。

平成初期の車は、バラエティに富んでいました。
そんなに高級車は買えないけど、ちょっと高級そうなセダン、純粋なスポーツカーは無理でもちょっとスポーティなハッチバック、ワゴン、そんな車たちが、今ほどは高くない価格で出ていました。
 上に挙げたような車で思い出すのは、日産セフィーロ、ホンダのアコードやインスパイアやビガー、シビック、ミラージュ、カローラF,パルサー、アベニール、カルディナ、、、、

 今より規制が緩かった時代、ハードトップ車も結構ありました。
 コロナエクシブ?とかカリーナEDとか、今EDといったら別の意味ですから。
  
 誤字脱字だらけの乱文を読んでくださって感謝申し上げます。
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