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2009年04月17日

儚月抄問題および蓬莱山輝夜に関する空虚な推察(中編)

儚月抄問題および蓬莱山輝夜に関する空虚な推察(中編) 前編に引き続き東方儚月抄について述べてみたいと思います。
去る4月9日、東方儚月抄~Silent Sinner in Blue は最終回を迎えました。そのあまりにも暢気過ぎるエンディングは色々な意味で衝撃的であり、今やファンの間では憔悴し切った後の爽やかさにも似た平穏な空気が広がりつつあります。もっとも、大方の耳目は既に次回作である星蓮船に向けられていて、もはや儚月抄は忘れ去られ始めているというのが実情でしょう。確かに星蓮船は面白そうです。製品版がリリースされれば、ZUN氏に対する信頼はすぐに回復するのではないでしょうか。
しかし、世間が次のフェイズに移ったとしても、ここではもう少しだけ儚月抄について語っておきたいと思います。何故なら儚月抄は「今後はゲームに専念する」とZUN氏に言わしめた作品であり、東方史上の最大の問題作として今後も名を残すことになりそうだからです。果たして東方儚月抄とは一体何だったのか、今回はその前身である東方永夜抄について私見を並べてみました。
(なお、本稿は最後の章だけが前編と後編の橋渡しになっていますので、永夜抄に興味が無い場合は途中を飛ばした方が良いかと思われます)

■原典としての竹取物語、オマージュとしての東方永夜抄
永夜抄は東方Projectの第8弾として2004年8月15日に発売されました。本作品は先行の紅魔郷・妖々夢と共に「Win三部作」と呼ばれていて、それまでの主要キャラが総出演する決算的な内容になっています。システム面では自機が人間と妖怪のペアであることや、刻符の取得成否によって時間が進行するという点が特徴的であり、また全体的に難易度が低いことから入門用として購入されることも多いようです。某アンケートの集計結果によれば、歴代作品の中で最もプレイ率が高いらしく、そういった意味では東方シリーズを代表するタイトルとも言えるでしょう。
最初の靈異伝から現在制作中の星蓮船まで、東方Projectの作品は毎回のようにシステムが変わるので、STGとして見れば永夜抄だけが特異なわけではありません。しかし、もう一方の大事な要素であるストーリーに注目した場合、永夜抄には明確な違いが認められます。それは、この作品に限って別の創作物=竹取物語の続編として成り立っているということです。世界中の妖怪や神様とそれらに関する逸話等を元ネタにしつつ、大幅なモディファイを加えることで全く別物に仕上げてしまうのがZUN氏の手法ですが、永夜抄においてはストーリーもキャラクターも原作である竹取物語を損なわぬよう造形されています。元ネタに対する敬意が垣間見えるという点では、永夜抄ほど律儀な作品もないでしょう。

■幾つかの謎
原作付きであること以外でも、永夜抄にはある種の異質さが指摘できます。まず一つ目は、ゲームをクリアしても実質的な勝利が得られないことです。永琳ルートでは目的を達成できず強制的に敗北させられますし、輝夜ルートでは両者痛み分けという形で終わってしまいます。スペカ取得による達成感は得られるとしても、ストーリー上のカタルシスは最後まで味わうことができないのです。楽しんでもらうことが前提のゲーム作品として、これは奇妙な結末と言えるのではないでしょうか。
次に、永夜抄では新たに月という勢力が登場しますが、この月が地上と対立する存在として描かれていることも特殊です。各作品の敵勢力および首魁達が挑戦的な態度を取るのは己の力に自信を持っているからですが、永琳と輝夜は単に種族的な差別意識から主人公達を見下してきます。最終的にはお約束の宴会エンディングを迎えるのですが、それは輝夜達が月人としての立場を捨てたからであって、決して幻想郷の住人がそれを受け入れたからではありません。毎度新しい世界や価値観を提示し、それらと幻想郷を共存させることで多様性を深めていく東方シリーズの中にあって、月と幻想郷が相容れぬままに物語が終息する永夜抄は、明らかにセオリーから逸脱していると考えられます。
また、永夜抄では「穢れ」という概念が出てきますが、その内容は神道のそれと全く同義ではなく、ZUN氏独自の理論も加味されているようで、地上と月を分け隔てるファクターとして重要視されています。しかし、次回作の花映塚が仏教的な死生観をテーマにしつつ、それをきちんと活かした上で各ストーリーを完結させているのに対し、永夜抄における「穢れ」は、月や月人が如何に神秘的な存在であるかを煽る役目しか果たしていません。このように、本来ならストーリー上の背景に過ぎない月に関して、作品内で説明し切れないほどの複雑な設定が盛り込まれているのは、偏にZUN氏の月へのロマンが横溢しているからであり、その表現に洒落や皮肉が殆ど見られないことは、東方シリーズの作品として例外的なケースだと言えるでしょう。

■ZUN氏が永夜抄で狙ったこと
以上のように並べてみると、永夜抄が歴代と比較してかなり毛色の違う作品であることがわかります。特に永遠亭の面々や月に関する設定は従来の東方シリーズらしからぬシリアスさを帯びていて、ZUN氏の素面な側面やある種の拘りが見て取れます。ここから推測できるのは、永夜抄とは妖怪談や御伽噺を元ネタにしたSTGではなく、STGの体裁を取った設定資料集だったのでないか、ということです。あるいは、ゲームとしてのエンターテイメント性を追求した作品ではなく、物語としての構想を優先させた作品と言えるのかもしれません。難易度が全体的に低めであったり元来否定的だったスペルプラクティスモードを敢えて導入したのも、集大成的なお祭りムードを盛り上げつつSTGとしての部分を合理化し、その分だけストーリーや設定の方に重心を移そうとしたからだとすれば辻褄が合いますし、永琳や輝夜が完全な敗北を喫しないのも、月の偉大さを描き切るためだと考えれば納得できます。
ZUN氏の過去の発言や永夜抄のおまけtxtを振り返ればわかるように、東方永夜抄はWin三部作のトリとして、最初からヒットすることが見込まれていました。ただしそれは、人気や売り上げの拡大を望んでいたという意味ではなく、ゲームクリエイターとしてもう一段ステップアップできることを期待していた、ということだと思われます。弾幕STGというジャンルにありながら古典文学の続編という形を成し、音楽やビジュアルによる楽しさだけでなく「満月」「永遠」「穢れ」等の哲学的・民俗学的な深さをも併せ持つ、真に傑作と呼ばれるような作品を作ること。そして、そういった高いレベルでの広範な評価を得ること。それが永夜抄製作におけるZUN氏の狙いだったのではないでしょうか。

■残された課題
永夜抄がどれほどの成果を収めたのか、ここで改めて述べる必要はないでしょう。紅魔郷や妖々夢の人気によって急速に拡大しつつあった東方関連の同人市場において、満を持して投入された永夜抄は、必ずしも東方史上最高傑作という評価を得たわけではないものの、ファンの間で広く受け入れられることとなりました。前二作のボス連中を自機として使えることや霊夢や魔理沙とも戦えることなど、キャラが好きでSTGが苦手な人にもコントローラーを手に取らせる魅力があり、また月人がそれまでのラスボス以上に強大でやたら偉そうなことから二次創作の敵役として扱い易かったり、竹取物語と融合させた三次創作が作り易かったりしたことも、人気を獲得できた要因として挙げられるでしょう。
しかし、いくら作品が受け入れられたからといって、それでストーリーや設定までも充分に理解されたわけではありませんでした。月とは何か、月人とはどういう存在なのか、永琳や輝夜にはどんな過去があったのか等、作品内で明らかにされなかった部分は謎として残されたままでした。一部の同人作家達がそれらについて緻密な作品を発表したとしても、最終的には「二次創作だから」で括られてしまい、結局何だかよくわからないままで終わってしまうのも仕方の無いことでした。
そもそも東方シリーズは設定やイメージばかりが先行していて、具体的な描写に乏しいという傾向があります。その意味では、月の秘密や永琳・輝夜の過去が明らかにされていないことも、取り立てて指摘するほどのことではないのかもしれません。ただし、作者であるZUN氏にとっては少々事情が異なっていたと思われます。月に関して一方ならぬ憧れと壮大なストーリーを抱いているZUN氏にとって、その魅力をファンに正しく伝えきれていないという状況は、いつものようにアルコールで中和できる問題ではなかったはずです。花映塚・文花帖・求聞史紀と東方関連の作業をこなしていく間も、恐らくZUN氏の胸中では「もう一度月に関する作品を作りたい」という欲求が燻り続けていたのではないでしょうか。でなければ、後に一迅社から長期連載漫画の企画を持ちかけられたときに、2年以上前の作品である永夜抄を引っ張り出してその続編を作るというような案を選択することもなかったでしょう。

■あからさまな不自然さ
以上、長々と推論ばかり書き連ねてまいりましたが、それは前編でも述べたように儚月抄を制作する上での直接的な動機が永夜抄に依拠していることを説明したいが為でした。永夜抄で扱いきれなかった項目を補完すること。簡単に言ってしまえば、それこそが儚月抄に込められた本当の目的であったと考えられます。では、永夜抄で扱いきれなかった項目とは何なのか、下に並べてみると…

①月の歴史 ②月の自然環境
③月人の歴史 ④月人の社会(政治・生活・文化・軍制など)
⑤月の重要人物 ⑥「穢れ」の思想とシステム(月と地上の関係)
⑦輝夜の過去 ⑧永琳の過去 ⑨鈴仙の過去

このように、一通り挙げただけでもかなりの数に登ります。確かにSTGの中で消化するには多すぎる量であり、別に一本の作品が出来ても不思議ではないでしょう。もしこれらの題材をできるだけ多くクリアしようとするなら、一つだけ効率の良いやり方があります。それは「⑦輝夜の過去」をきちんと描くことです。そうすれば、⑨以外の項目を自然に取り込むことができます。儚月抄でその名が出てきた月夜見や嫦娥、玉兎のリーダーも、輝夜が禁忌を犯した事件と絡めれば、自然と登場させられるはずです。
しかし、周知の通り儚月抄において輝夜の過去がクローズアップされることはありませんでした。小説の第二話で輝夜自身の独白が読めるものの、そこで語られているのは地上に堕とされた後の話ばかりであり、月で生活していた頃の詳細な記述は見当たりません。むしろ、①②③④⑥の項目がそれなりに消化されているのに対して、輝夜と例の事件に関連する要素はストーリーから意図的に省かれている節すらあります(例えば、輝夜と同じ罪を犯した嫦娥と、彼女達を断罪する立場にあるはずの月夜見の出番が全く無いこと。また、綿月姉妹が永琳については思い出を語るのに、輝夜については一切言及しないことなど)。永夜抄の補完を果たす上で本来なら主役になってもおかしくないはずの輝夜は、作中で何故かしら腫れ物のような扱いを受けています。この辺りの不自然さは、儚月抄全体に及ぶ謎の一つであり、延いては読者を混乱に陥れた原因の一つとも言えるでしょう。

本稿の前編において、儚月抄が抱える問題の本質は実際に描かれなかった「何か」に起因しているのではないか、ということを提議しました。それから考えると、蓬莱山輝夜というキャラクターとその来歴こそ、正にこの「何か」に当てはまると思います。ZUN氏にとって輝夜とは如何なる存在なのか、何故儚月抄内で輝夜の描写は制限されていたのか、そして実現されなかった東方儚月抄の本来の姿とはどのようなものだったのか。後編ではそれらについて、今まで以上に無茶気味に推察してみたいと思います。
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Posted at 2009/04/17 03:42:52

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