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2017年05月09日 イイね!

TOYO TIRES NCCR(日本クラシック&エキサイティングカーラリー)2017淡路島に
愛車フェラーリ458ITALIAでエントラントとして参加した。




TOYO TIRES NCCR2017淡路島~鳴門のうず潮を世界遺産に!~
オフィシャル リポートムービー
https://www.youtube.com/watch?v=Z6sYE116rjg



70台の新旧のクルマで、
有栖川宮別邸跡である神戸のホテル「舞子ビラ」からスタートし
淡路島を巡り、兵庫県中部の「セントラルサーキット」でのSS走行を終えて
同ホテルに帰還するという約240kmのコース。


一部の公道を封鎖してのSS(スペシャルステージ)では
ゲーム的なラリーを楽しみ、サーキット走行も堪能するという
クルマ好きにとって最高な一日となった。


当日は天気にも恵まれ、
ゲストドライバーの元F1パイロット中野信治氏(コーンズF488GTB乗車)と
一緒に走ることができたのも収穫だった。

Posted at 2017/05/09 21:06:15 | トラックバック(0) | 日記
2017年04月07日 イイね!

「私のメモワール」


私の「自動車趣味の変遷」をお知り頂きたい・・・との
個人的な「承認欲求」で始めた
過去の記述を再掲載するヴァージョンです。

今回は、
今から10年前の(2017年4月7日現在)
2007年07月16日のmixi日記に書いた
「シビック・タイプR試乗」。

「フィット」にその役割をバトンタッチする形で
長らく日本市場から撤退していた「シビック」車。

今回、日本市場に「シビック ブランド」が復活すると同時に、
栄光の「タイプR」も日本市場に復帰するタイミングに合わせ、
2007年当時の「タイプR」を懐かしむ意味でも
その時の印象をそのまま備忘録的に掲載します。


写真含め、当時の原文まま転載いたします。



シビック・タイプR試乗




ホンダ・シビック・タイプRは
すっかり「ミニバン・メーカー」になっていた観のある、このメーカーの意地の一発で、
今回試乗の機会を得た。


それは、「硬派なFFスポーツ」だった。

とにかく「エンジンの存在感が際立つクルマ」である事は、S2000の時と同様。

専用設計エンジンのS2000は、
専用設計ならではの良さもあるが、
反面、エンジニアが凝りすぎて、
レーシング・エンジン・モドキになってしまう危険性もあった。

レーシング・エンジンみたいな物を日常で使うのは、様々な点で不都合が生じる。

レーシング・エンジンで培った技術を市販車にフィードバックするのは良いが、
使う領域の違いや、レース毎のオーバーホールを前提とする発動機とは
スタンスが違いすぎるのも事実。

初期のS2000のエンジンは
「2Lで250馬力を絞り出す目標」のために、
フリクション・ロスを極限まで低めるべく、
ピストンリング等をレース用に近いものを使ったため、
耐久性や密閉性に難が生じ、
オイル上がりからオイル消費量が多大となった。

また、トランスミッションのフリクションを最小にするため、
規定のミッションオイル量が通常の半分であったりしたため、
冷間時のシフトレバーの動作の自粛を要求されるなど、
コンディション維持には特別な配慮が要った。

要は出力を絞り出すため、ギリギリまで追い込んで造ったエンジンは、
余裕が無く、ガラス細工のような繊細さを持つという事。

その点、欧州メーカーの造るスポーツカーは、
いくらスーパー・スポーツであっても、
公道用には、使い易い性格や長期の耐久性を持たせて設計し、世に出してくる。

その点では、今回のシビック・タイプRは
市販車エンジンベースのチューンなので
耐久性や初期性能の維持管理は、
一からの専用設計エンジンのS2000より良いかもしれない。


ホンダ・エンジンの真骨頂、
8400rpmのレッドゾーン入り口までそれこそ「バーン」と快音を放ち、
一気に吹け上がる。

特にVTECのハイカム側に切り替わる5800rpmを越えてからは、
二段ロケットさながら、
更なる上昇曲線を描くように、パワフルで息の長い加速を見せる。

「ホンダはエンジン屋」という言葉が今更ながらに、私の脳裏に甘美に響く。


過日、ノーマル・シビックのハイブリッド車を試乗しているが、
当然ながら、その時感心した、広い室内やトランク、
広大な目の前のインパネ上面やそのデザインは基本的に共通で、
本来地味な外装は、空力パーツで随分かっこよくなっており、
「玄人好みのスポーティー」な化粧直しは好ましく感じた。






広いリアシートに4枚のドア、広大なトランクを持つこのスポーツセダンは
実用性との両立において、
家族持ちのスポーツ・ドライヴィング好きには打ってつけの一台となり得るのだろうか?


実際、形こそ「ファミリー・セダン」を呈してはいるが、
その中身は、歯ごたえのある、超硬派の「FFスポーツ」だったのだ。

近くの駅の送り迎え程度の短時間ならリアシートに人を乗せる事は出来ようが、
長時間、同乗者を、特にリアシートに乗せるのは、
よほど「揺れ」に強い、理解あるパートナーでないと不満が出るだろう。

タイプRのバッジを着けているとはいえ、
ノーマルの市販車でここまで固めていいの・・・?と思ってしまったが、
ボディ剛性が欧州車並みに高く、
ロールしないまま(本当はロールしているのだろうが・・)曲がってゆく俊敏さは、
「キビキビ感をスポーティーと感じる」今の私にとって大変好ましいものではある。

FFでスポーツカーらしいハンドリングを目指すと、リアのサスペンションがカギとなる。

リアをがっちりと安定(固める)してやって初めて、
FFでありながらFRのようなノーズの入り方のできるグッドハンドリング・カーとなるのだ。

私自身、
過去にアルファ156のV6モデルを
ユニコルセ社の車高調整式スポーツサスペンションに換装して、
ポルシェのようなハンドリングを持つ「FFスポーツ」に仕上げよう、とした事があるが、
「リア・サスのセッティング」が一番大事だったことを思い出す。

結局「ポルシェのような・・・」は夢に終わったが、
最終的にその中でもベストセッティングが決まった時は、
リア・サスのジオメトリー変化を嫌い、ボディ取り付け部のゴムブッシュの換わりに
レース用のギチギチのピロポールを使っていたほど「固めて」いたのである。

この「FFスポーツ」化したアルファ156で、
家族をリアシートに乗せて長距離を走ったことがあるが、
乗り心地に閉口され、二度と乗ってもらえなかった事を思い出す。


ダンピングの効いた
ピュアスポーツ特有の固めの乗り心地に慣れているはずの私だが、
タイプRで荒れた路面を通過する時には「揺さぶられる」感覚が強く、
脚を固めていたアルファ156より幾分マシだが、
あの時の「リア・サス」を思い出してしまったのも事実である・・・。





定員4名がゆったり座れるスペースを持ち、荷物も多く積める上、
控えめな空力パーツで一般的な冠婚葬祭にも乗ってゆけるカタチは、
「羊の皮を被った狼」の言い古された表現を思い出した。

ナビなど快適装備をフル装備にして、諸経費込みで、約350万円のプライスは、
現在のところ、ホンダ唯一の「タイプR」を名乗るマシンの性能を考えると安いとも言えよう。

理解のあるパートナーや家族を持つ好事家なら、
シビック・タイプRを通勤や生活の中心に使うのも良いかも知れない。



初出「2007年07月16日のmixi日記」

原文まま
Posted at 2017/04/07 14:05:23 | トラックバック(0) | 日記
2017年03月01日 イイね!

「私のメモワール」

私の「自動車趣味の変遷」をお知り頂きたい・・・との
個人的な「承認欲求」で始めた
過去の記述を再掲載するヴァージョンです。

今回は、
今から11年前の(2017年3月1日現在)
2006年8月30日のmixi日記に書いた
「私見 ポルシェとフェラーリ」3
「情熱」と「冷静」のあいだに・・・ 編を
旧聞「私見 ポルシェとフェラーリ」2としたものです。

この当時、現行車よりもっと個性の違いが強かった両車。

必ずしも現行車に当てはまらない事が多いのですが
当時を懐かしむ意味でも
その時の印象をそのまま備忘録的に掲載します。

フェラーリF430とポルシェ911(997) 6MT を
同時に乗り比べつつ、生来の「素性の違い」を楽しみ、
私なりの考察で、書き綴ったものです。

写真含め、当時の原文まま転載いたします。



「情熱」と「冷静」のあいだに・・・


ポルシェのコックピットの「簡素さ」は古くから「男の仕事場」と表現され
硬派なスポーツカードライバーにとって好ましいものとされてきた。

歴代の911を5台乗り継いでいるが、
インストルメントパネルに関しては最近少々「食傷気味」なことも事実である。

お金が掛かっていない訳では決して無いのだが
「伝統」を守らんがために「華」に欠けるインパネは
「高級スポーツカー」として新たなモチーフに挑戦する機会を失っている事も事実だ。


現在の2006年式997インパネ

フェラーリがF1や歴代のスーパースポーツからのイメージをテーマとしている様に、
ポルシェにしても、もう少し遊び心の余裕があって然るべきなのではないだろうか。

なんとなくブラックの内装を選んでしまいやすいポルシェ。

それに対して「華」のあるインパネのせいで
茶系統の明るめの色を選んだのがフェラーリ。

コックピットは
一方の「仕事場」に対して
標準仕様でオールレザー「プレステージスポーツの造作」は
イタリア生まれの勝ちと言わざるを得ないだろう。



1988年式カレラの頃(第1回ポルシェパレード富士スピードウエイにて)



「情熱」と「冷静」の違いを、クルマからここまで考えさせられるとは、
最新ポルシェと最新フェラーリの2台を
同時に車庫に置く生活をするまで正直思わなかった。

「良い」「悪い」ではなく
2車は「趣旨の違う乗り物だ」と言う事だろう。

好みやその時にクルマに求めるものによって
必然的に両車は選ばれ、所有されることとなる。

4ドアサルーンやスポーツクーペの中でも
かつてのスポーツカーを凌ぐ運動性能を持つものが多い現在、
ポルシェのようなクルマは微妙な立場になってきたと思う。

その点においてフェラーリは依然「孤高」の立場を保っている。


何年か前に自動車評論家の徳大寺有恒氏が
「フェラーリの2000万円は安いが、ポルシェの1000万円は高い」と
述べていた意味が今やっと理解できる。

「美術工芸品」と「高性能工業製品」のキーワードを使うと氏の方程式はあっさり解けた。

ポルシェは「機械製品としての品質を突き詰めたもの」としては最高のブランドだ。

予算や必要ドア数の求めに応じて、
どのモデルを選んでも一様にポルシェの高品質を享受できる。

事実、
今や生産台数の半分はSUVの「カイエン」で、
実質的にこの会社の屋台骨を支えているのは狭義の「スポーツカー」では無くなっている。

ポルシェが伝統の911のスポーツイメージを上手く使いSUVをつくり、
近々4ドアセダンをつくることは中規模メーカーとして生き残りのため必然だったのか。

現在のポルシェの頻繁なモデルチェンジや、小出しされる追加車種の追撃に疲れ果て、
ティプトロニック搭載以前の古いポルシェに乗り換える愛好家が多いのも
「スポーツカー専業メーカー」であった時代への郷愁が表れている。

すべからく
911GT3や限定スーパースポーツは
この会社のスポーツイメージを保つ「イメージリーダー」として、
採算性を度外視してでも作り続ける必要が以前より更に増しているのだ。

一方、フェラーリにはF1があり、
「跳ね馬美術工芸品」を愛でるタニマチが世界中にいる。

真紅の跳ね馬は、
ブルネイ王族はじめアラブ石油王、世界中の富裕層愛好家によって支えられ、
スペチアーレと言われる特別な超高額モデルは話が出た時点で即完売、
そのカリスマ性で今なお「スーパースポーツカー専業メーカー」として君臨している。

2年、3年待ってでも新車に乗りたい顧客のリストは
世界中で日増しに増加している今日この頃である・・・
かく云う私もその一人であったが・・・。


「冷静」と「情熱」のあいだで人は様々な思いで日々を過ごす。


自動車趣味人はそれをクルマを通してエスカーレートさせて楽しんだり、
時に中和させて自らを癒したりして人生を楽しもうとする。


そういった生き方に最も即効性のある乗り物が
「スポーツカー」なのだと思っている。




1984年式カレラの頃(兵庫県龍野神社にて)



初出「2006年8月30日のmixi日記」

原文まま



Posted at 2017/03/01 21:36:32 | トラックバック(0) | 日記
2017年03月01日 イイね!

「私のメモワール」

私の「自動車趣味の変遷」をお知り頂きたい・・・との
個人的な「承認欲求」で始めた
過去の記述を再掲載するヴァージョンです。


今回は、
今から11年前の(2017年3月1日現在)
2006年8月26、27日のmixi日記に書いた
「私見 ポルシェとフェラーリ」1,2
「情熱」の化身 編と、疾走する「冷静」 編をまとめて
旧聞「私見 ポルシェとフェラーリ」1としたものです。

この当時、現行車よりもっと個性の違いが強かった両車。

必ずしも現行車に当てはまらない事が多いのですが
当時を懐かしむ意味でも
その時の印象をそのまま備忘録的に掲載します。

フェラーリF430とポルシェ911(997) 6MT を
同時に乗り比べつつ、生来の「素性の違い」を楽しみ、
私なりの考察で、書き綴ったものです。

写真含め、当時の原文まま転載いたします。



「情熱」の化身


「神戸鳴門淡路自動車道」を淡路島側から「明石海峡大橋」に入ると
長い上りの後、後半神戸側に下って行くことになる。

約4kmに及ぶ世界最長のこの吊り橋は建設中
「阪神淡路大震災」により地盤が動き、
中央支間が1m伸びたエピソードを持つ。




この日、道幅の広い3車線道路は幸い空いており、
下りということも手伝い、
私がステアリングホイールを握るフェラーリF430は
ハイスピードで舞子トンネルの巨大な入り口に
ジェットコースターの様に吸い込まれてゆく。

エグゾーストノートが全長3kmのトンネル内に反響し、
一瞬トリップするかのような、
なんともいえない高揚感に包まれる。

眼前のステアリングの中央にはエアバッグ導入以来
ホーンボタンとしては機能することも無くなり
今や飾りとなった「跳ね馬」のマーク。

メーターパネル内にもこのマークは配され、
ステアリングやインストルメントパネルのデザイン、パドルシフト・・・
「栄光のフェラーリ」を手に入れた事の喜びが否応にも高められる。

フェラーリF1の車載カメラシーンを彷彿とさせる演出に
ドライバーはイチコロになる瞬間だ。



トンネル内に弾ける様にコダマするハイトーンに包まれ、
高回転で回るエンジンの鼓動を背中で感じながら、
迫り来る風景をこのクルマのコックピットから見据える時、
速度に負けない様しっかりとハンドルを握りながら、
オーナーは至福の時を味わう。

「フェラーリは社会の成功者が
その日常の激務やストレスから一時解き放たれることのできる
高額な合法ドラッグの一種・・・」との説もあながち大げさではあるまい。

蛮勇ふるい、
さらにアクセルペダルを踏み込む時
「このまま死んでしまってもいい!」とさえ思わせる
「強烈な疾走感」の魅力は、
さながら美女の誘惑に己を見失ってしまった事を知りながらも、
その危険な魅力にさらに溺れてゆく様なものかも知れない。


人間に流れる熱い血潮そのもので
「情熱」を煽るクルマだ。

人間の欲の突き進むエネルギーを
最も具現化した乗り物かも知れない。


その日も
淡路島の南端まで「神戸鳴門淡路自動車道」を往復するルートの
ツーリングの帰りだった。

今年はこのコースを何度も走っている。

阪神間からアクセスがスムースな上、道路事情も良く
淡路島内にはランチやカフェ利用に打って付けの
ハイセンスなホテルが何箇所かあるため、
阪神間のスポーツカークラブの日帰りミーティングによく使われるのだ。

帰り道、このトンネルに落ちるように入ってゆく瞬間が大好きだ。

ティータイムでのクルマ談議が終わり、
後は家路を急ぐだけという開放感も手伝い、
自分と愛車の一体感がハッキリするからだ。

それはまさしく乗っているクルマの運転感覚の違いがはっきり表れる時間でもある。





疾走する「冷静」



現在の2006年式997 (岐阜県せせらぎ街道にて)


同じお気に入りのセクション(「情熱」の化身 参照)を
ポルシェ997カレラS(6MT)で走ったときはどうだったのか。

こっちの方がスピードはもっと上のはずだ。

なにせ、このクルマときたらスピード感が極めて少ない。

フェラーリで感じる疾走感と同じレベルを求めると数段上の速度域に達してしまう。

フェラーリはスピード感を音や振動、低い着座位置などで
意図的に演出し「ドライバーを怖がらせる演出(?!)」をしているのかも知れない。

意外にも、
低い速度でも私の望む「疾走感」が得られやすいのはフェラーリの方なのだ。

かなりのハイスピードでも
ポルシェのコックピットのドライバーは
目の前に整然と並ぶ計器の数値を確かめる余裕がある。

とんでもない速度でカッ飛んでいる最中ですら
「油温は案外平常だな・・・」「エアコンの風向きをちょっとこっちに・・・」など
いたって冷静でいられる。

特にトンネル内ではフェラーリに慣れていると拍子抜けするほど静か。

リアエンジンである事で「音」は高速になればなるほど後ろに置き去りになるのだ。

フェラーリで長距離ツーリングから夜中飛ばして帰ってくると、
エンジン音の余韻が頭の芯に残り、
「ワーン」と痺れた様に神経が昂ぶったまま、直ぐには寝付かれない。

空冷時代のポルシェもそうであったはずだが最新では耳の疲労感は皆無。


1996年式993の頃 (当時の自宅車庫前にて)


疲労感がなくなったのは良いが「スポーツカーのエンジン音」の高揚感は失った。

意図的に排気音は消され、
「クオーン」という吸気音が心地よく聞こえる様にしているようだが・・。

ポルシェの実用車としての真骨頂は、
彼の地のエグゼクティブが会社までの長い道のりをアウトバーンで通勤する時
「時間をお金で買う」ためのクルマである事だ。

毎日のように超高速で通勤となると
運転者に疲労やストレスを与えず安全に速いクルマが求められる。

そこにアウディのスポーツ四駆などの需要があるわけであるが、
マーケットのなかでも特に一人で運転するアグレッシブなドライバーの求めに
ポルシェが応じている。


フェラーリが私のところに来てからというものの、
ポルシェは俄然、実用車寄りになった。

駐車場所が確認できないところへのツーリングや、
疲れている時などはフェラーリではなくポルシェで出かける。

ドライバーにつとめて「冷静」をもたらしてくれるのがポルシェなのだ。


ワインディングロードで、
荷重移動をきっちりとコントロールしながら中高速コーナーを
右に左にリズミカルにクリアする時、
今なおレースのトップクラスをリアエンジン車で戦っている事が理解できる。

いったん鞭を入れると、
その「ファニーフェイス」とは裏腹に
獰猛な獣のごとく「ギャーン」というエンジンの叫びを伴い、
次のコーナー目掛けて襲い掛かってゆく時のトラクションの物凄さ。

しかしそんな時でもポルシェのドライバーはコーナーの路面を読みながら
意外と冷静にハンドルを切り、ペダル操作しているものなのだ。


休日のサーキット走行を趣味とするお金持ちが
「ポルシェは積載車に委ね」、
「サーキットへの往復は自分の運転するフェラーリで」
というような使い方をする人が多い。

タイムを出す走行では「冷静」さを、
ツーリングでは「情熱」を必要としているのであろうか。


かく云う私は1日の走行距離が長く、
「旅」の意外性を楽しむ長期のグランドツーリングの相棒はポルシェがいい。

しかもここに来て、そのポルシェでのツーリングは
現行カタログモデルであれば「カイエン」を含め
必ずしも「911」でなくてもその旅の印象は変わらないかも知れないな、と思い始めている。

1日の走行距離が比較的短く、
「旅」の意外性よりも「走る悦び」を重視するツーリングで、
コースの道路事情や宿泊先が好条件であればフェラーリを相棒とするのが面白い。


高級スポーツカー市場の双璧をなすこの2車はやはり「見ているところが違う」のだろう。



1992年式964カブリオレの頃 (鈴鹿サーキットパドックにて)




初出「2006年8月26、27日のmixi日記」

原文まま



Posted at 2017/03/01 21:22:01 | トラックバック(0) | 日記
2017年02月25日 イイね!

九十九島から長崎市内に入り、
未訪問の観光スポット巡りをし、
島原半島に入る。

諫早湾の広大な干拓地を見ながらの走行。

この辺りはバイパス道や高速道の整備がこれからの地域。

島原市内に投宿した翌日は、
好天に恵まれた中「絶景ドライブ100選 島原まゆやまロード」の走破に臨む。



朝日に輝く「普賢岳 平成新山」


2000年3月に開通した「島原まゆやまロード」は
「眉山」を迂回し、平成新山の間近を走るルートだ。


1792(寛政4)年の大災害「島原大変肥後迷惑」で島原城下を埋め尽くす
土砂崩れや島原湾の大津波を引き起こした山「眉山」は
その時に「山体崩壊」を起こした。

http://www.unzen-geopark.jp/about/p-v






記憶にもまだ新しい、
1991年に南島原を襲った大火砕流や土石流の跡も生々しく残るなか、
朝日に照らされた迫力ある山肌を直下で見ることができ
大変満足な走行だった。





1990年から5年にも及ぶ大きな被害をもたらした火山活動では、
「眉山」が市内中心部に火砕流や土石流が流れ込むのを防ぐ
「防波堤」の役割となったのも自然の皮肉さだ。



今回のツーリングの後半のハイライトである
「島原まゆやまロード」を走破した後、
関西へのフェリー乗り場のある新門司港までの復路は
福岡ベイエリアの「金印」で有名な「志賀島」や
「海の中道海浜公園」で寛ぎ、
さらに、玄界灘の海岸線を巡り、
何度か訪れている「門司港レトロ地区」を楽しんでから
港に戻ることにした。



福岡「海の中道海浜公園」でランチタイム


門司港レトロ地区では
映画化された百田尚樹原作「海賊と呼ばれた男」のモデル
出光興産創業者、出光佐三の史料展示室のある
「出光美術館」に立ち寄る。



彼の功績や哲学を物語る実際の史料を見てさらに感動が深まる。



レトロ地区から眺める関門橋


趣のあったJR門司駅の駅舎は現在改修工事中


門司駅前



また、前日の長崎入り手前で、
隠れキリシタンの里「外海(そとめ)」を通った時、
「遠藤周作記念館」の看板を見たときには
先日訪れた「バチカン」のサンピエトロ大聖堂で
現地ガイドの方から聴いた
翻訳された彼の著作「沈黙」がこちらでも大変話題になった・・という事を
思い出し、感慨深かった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%88%E9%BB%99_(%E9%81%A0%E8%97%A4%E5%91%A8%E4%BD%9C)


昨年、マーティン・スコセッシ監督により映画化され、
映画を見たヨーロッパの人々が、
日本の「キリシタン禁止令」時代の苦難や
「天正遣欧少年使節」が
カトリック総本山バチカンや各聖地を歴訪し
日本と当時のヨーロッパとの架け橋となるべく
勉強や修行を終えて日本に凱旋帰国したはずなのに、
帰国時はすでに政権が替わり
キリシタン禁止の時代になっていた悲劇のことを、
共有共感しながら、ふたたび語られているという・・・。

http://chinmoku.jp/


http://sengokurekishi.com/category7/entry64.html






今回の九州4日間のツーリングでは、
6本の「名道系」を走破でき、
また、冬の季節ながら概ね天気にも恵まれ
大変満足度の高い旅となった。


ポルシェ マカンの高い走破性、
視点が高いことによる
その幅の大きさを感じさせない操作性の良さ、
望外に良い乗り心地・・・等も
快適な自動車旅行を約束してくれたようだ。

また、
10km/lを越える燃費の良さは
60Lの燃料タンクと相まって「足が長く」、
フェラーリなどでのツーリングでは
90L近い大きな燃料タンクを持つくせに、
その燃費の悪さから、
常に給油の心配から逃れられないのとは対照的だった。

特に昨今のフェラーリのガソリン給油口は
リッドが直接キャップの役割をしていて(リッド開けたらすぐ給油口)、
それはヨーロッパサイズで細く、
日本の旧式の
スプリングを巻いてあるようなタイプの給油ガンでは
物理的に入らず、
最新の細めの給油ガンでも、「吹きこぼれ」しやすいため、
「ガチャ止め」が厳守だ。

いきおい、「自己責任」で安心な
セルフのスタンドでの給油を励行するので、
頻繁な給油とセルフスタンドの確保の心配がある。



今回はただ走るだけでなく、
景色や散策を楽しんだり、
文化的な観光スポットにも立ち寄る余裕を持っての
スケージュールでのぞんだので、
充実した「大人の一人旅」ができたと思う。


帰りのフェリーに乗り込み、
今回の旅の思い出をたどっているうちに
心地よい眠りについたようだった・・・。




長崎 平和記念像 浦上天主堂


眼鏡橋 1634(寛永11)年黙子如定禅師架設 日本初のアーチ式石橋
坂本龍馬設立の日本初の株式会社「亀山社中」跡




風頭公園の坂本龍馬像と「龍馬のぶーつ像」


オランダ坂 中華街


「出島」復元事業エリア

Posted at 2017/02/25 20:41:52 | トラックバック(0) | 日記
プロフィール
「三ヶ根山スカイライン http://cvw.jp/b/2419154/39203588/
何シテル?   01/20 23:58
1960年生まれのクルマ好きです。
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