トイプー、チワワ、シーズー人気に押され以前のハスキーのように
絶滅寸前のマルチーズであるが、
うちの大事な一人娘があまりにもカワイイためか近所では結構見かけるようになって来た。
だが、同居人以外にも愛想のよいマルチーズなどいまだに発見したことがない。
うちの一人娘も例外ではなく、他人・他犬にはまるで無愛想、
というより攻撃的である。
ところが数ヶ月ほど前から うちの大事な一人娘は 『 例外 』 的な
行動を示すようになって来た。
公園にて遊んでいる子供達に遊べ、遊べ、と吠え立てて、
走りっこするようになったのである。
おまけにどういう風の吹き回しか、お手までするのである。
おかげでただでさへ男前でギャルに大人気の吾輩なのであるが、
ギャル予備軍にもお友達がたくさん出来てしまった。 えへん。
それはさておき、関西も盛り上げよう! ということで開催予定の
『 吹田SA上りナイトオフ! 』 をさらに盛り上げるべく、
吹田に語り継がれるホノボノとした昔話を一席。
時は幕末、度重なる飢饉と物価高騰により大坂の町も疲弊し切っていた。
困窮する庶民の暮らしをなんとかしようと時の北町奉行、
大塩平八郎公が幕府に反旗をひるがえし、立ち上がった。
情報が幕府に漏れていたこともあり、大塩軍はあっというまに制圧されてしまう。
世に名高い 『 大塩平八郎の乱 』 である。
さて、大塩公には実兄がおり、養子に出ていて吹田の神社の宮司をしていた。
大阪の方ならばご存知だと思うが吹田のビール工場の隣りの神社である。
ちょうど吹田SAの近くに位置する。
弟の反乱を知り、宮司に身をやつせども拙者も武士の端くれ、
いざ助太刀せん! と駆けつけようとするのだが、
とうに幕府軍に制圧されていて吹田から大坂市中に入る事が出来ない。
そこで神社に戻り切腹。
時は幕末、切腹など形式化していて実際に腹を切ることなど無かったのだが、
この宮司、本当に腹を横一文字に掻っ捌き、内臓がドロドロとこぼれ落ちた。
縦横十文字に斬るのが本来の作法であるのだが、
横一文字に斬った後、タテに斬る事は不可能なのである。 なぜならば、
横に切れた傷口が刀に押されてパックリ開くだけでヘソの下までは切れぬのである。
やがてこの神社にも幕府の捕方が押し寄せる。
家人は主のハラワタを三宝に載せ、主人はただいま切腹して相果てました、
と伝えると幕府軍は立ち退いて行ったと云う。
ところがどっこい、この神主、はみ出た内臓を自分で腹の中に押し戻し、
サラシをまいて焦点の定まらぬ目で槍を手に持ち、
やはり弟の助太刀に・・ と表に出たまま行方知れずになったと云う。
翌朝、吾輩の家の近所、庄本村のため池に、はまって死んでいたと云う。
なんとも清々しい武士の一念を知るようなホノボノとした美談である。
吹田オフ! 盛り上がるといいなあ♪
Posted at 2008/02/04 19:18:55 | |
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