それは突然だった。
ただの「友達にしたい女性」に過ぎなかったはずの彼女は、ある日突然何の前触れも無く、鳥肌が立つ位に魅力的な存在へと変貌を遂げてしまった。
思わず目を奪われる程の美貌を備え、更にその所作の一つ一つがうっとりしてしまう程に美しい。
そこには知性や品の良さが溢れていた。
その上、性格はとても親しみやすくて優しさに満ちた存在。
全てが理想的で、私の心は一瞬にして・・・
もしも、「あなたがRoadsterを必要な理由は何ですか?」と聞かれたら・・・
自分がRoadsterを必要とする理由、それはこの車には私を強く惹きつけてやまない何かがあるからとしか言い様がない。
理屈では無い、他に何も視界に入りこめない位の強い想い。
私の頭は知らず知らずのうちにいつも思い浮かべていて、目は否応なしにその姿を追ってしまう。
それはもはや「恋心」と表現できるものかもしれない。
車に対して「恋心」だなんて、滑稽に思われるだろう。
しかし自分が持ち合わせているどんな言葉を持ち出してみても、それ以上の答えが見つからない。
先の問いに対する回答をこれ以上掘り下げる事は、「恋」とか「一目惚れ」という人間の純粋で本能的な感情を科学する事と同じ位に難解だ。
何故なら自分自身、この車を一目見た瞬間に理屈抜きで完全に心を奪われてしまったのだから。
歴代のRoadsterも確かに好きな車ではあった。
しかしそれは「性格が好みで好感度が高いな」っていう位で、恋心を抱く様なものでは全く無かったはずだ。
英語で言えば"I liked her from before, but didn't love."と言った具合だろうか。
そんな「カンジが良くて一緒に居ると楽しい、友達にしたい女性」だったはずの彼女が、ある日突然一目見ただけで私を釘づけにしてしまう位に、外見も内面も、群を抜いて魅力的な存在になってしまった・・・そんな心境だ。
一体彼女に何があったのか・・・
この生まれ変わった新型車の強烈な魅力に惑わされてしまって以来、この車の事を考え出すと他の何も手につかなくなるし、溜め息をつく回数が明らかに増えた。
もはや恋煩い以外のなにものでもない(笑)
実用性などの幾つかのあばたすらも笑窪に見えてしまう、それ位の強烈な何かに惹きつけられて、はっきりと自分の中に恋心が芽生えた。
何が自分をそうさせたのか、正直に言って自分でも良く分からない。
確かにその魅惑的なデザインには強く惹きつけられた。
しかしそれだけではない、今まで好きになった数々の車には無い「何か」がこの車にはあるはずなのだ。
だからこそ、未だかつて経験した事が無い位に強く引き込まれたのだから。
ただし、それが何なのかは今に至るまで謎のまま。
全く分からない。
この魅惑的な深紅の彼女の存在を知ったきっかけ、それは昨年9月に行われたこの車のワールドプレミアの様子を伝えるインターネット上の記事だった。
それまでは、あのイベントがあの日舞浜で開催されるという事実は愚か、Roadsterが今年にフルモデルチェンジされる事すら、自分は全く知らなかった。
以下の二つの理由から、自分にとっては全く縁の無い車だと考えていたから。
まず、Roadsterには二人しか乗れないという点。
自分は30歳を過ぎてまだ独身なので、今後ライフステージが移行していく可能性を考えれば、二人しか乗れない車を新車で購入する事に対してどうしてもリアリティが感じられなかった。
次に、それまでの自分がスポーツカーに対して抱いていた根強いマイナスイメージ。
以前、国産他社のスポーツカーをレンタカーで借りた事がある。
ワインディングでは確かにとても運転が楽しかったのだが、車のあらゆる部分から常に速く走る事を強要されている感じがして、ワインディングに辿り着く前に疲れてしまった。
この時のイメージが強すぎて、スポーツカー全般に対してネガティブな印象が拭えなかったのだ。
しかしあの日、インターネット上で見たこの車の画像が全てを変えてしまった。
とにかく色っぽく、ただひたすら美しくて、それでいてちょっぴり妖しさも漂うその姿に、パソコンの前で思わず声を出してしまった位に強く引き込まれた事を、今も鮮明に覚えている。
これだけ美しいのだからてっきりAlfa Romeoの車かと思えば、それが日本の、MAZDAの車だと分かって更に驚かされた。
それまで約10年間もいわゆる「車好き」を続けながら築き上げてきた、自分なりの「車観」や価値観。
それらがガラガラと音を立てて崩れ去ってしまう程のインパクトと説得力が、この車からは感じ取れた。
そう、それこそが「恋に落ちた」瞬間。
あれから長い時間、待ち侘びて来た。
衝撃の一目惚れから4か月後、年初の東京オートサロンでようやくその姿をこの目で見る事が出来た。
そしてそれから更に5か月経って、遂に念願の試乗の機会に恵まれた。
実車を見ると写真以上に美しく、ボディサイドの艶めかしい抑揚に思わず目を奪われてしまう。
また、写真で見た時は勿論、実車を見ても俄かには小さな車だと信じられなくていつも驚かされる。
きっとそれだけ圧倒的な存在感があり、またこの車の完璧なプロポーションが見る者のサイズ感を狂わせてしまうのだろう。
開発陣の言う「身長160cmのスーパーモデル」という表現は言い得て妙だと感じた。
実際の乗り味もまた、自分の心を離さない素晴らしいものだった。
あまりの楽しさに試乗している間中ずっとニヤニヤしていたので、傍から見ると相当アブない人に見えたに違いない(笑)
ワインディングでも走ったら最高に気持ちいいだろうと思えた。
一方でこの車は、マイペースでゆっくり走っても心地良いオープンドライブが楽しめる点が気に入っている。
それは、上述のスポーツカーに対するマイナスイメージを払拭するには充分すぎる程の爽快感を伴うものだった。
また、幌の出来も秀逸。
自分にとって未知の領域である幌車はどうしても敷居が高く感じられた事もあり、実は当初はやがて設定されるであろうハードトップモデルを待つつもりでいた。
しかし一度試乗してそっとクラッチを繋いだ瞬間には、もう引き返す事など出来なくなってしまった。
「いつかは前後重量配分に優れたFR車に乗りたい」
これは自分が学生時代から持ち続けてきた、一ドライバーとしての夢。
けれど現存するFR車はどれも、高額過ぎて手が届かないものや、MTがラインナップされていないもの、また大きく立派になり過ぎて私好みのドライビングプレジャーを味わえなさそうなモデルばかり・・・
そんな現実を目の当たりにして半ば諦めかけていただけに、軽量コンパクトで、丁度良いエンジンパワーの、気軽に運転が楽しめる、正に私が待ち望んでいたFR車が発売された事が最高に嬉しい。
そして偶然にもその車は、自分の心を一瞬で奪ってしまうだけのとびっきりのデザインの持ち主・・・
デザイン・走り・機能性・・・
全ての条件は揃った。
自由が利く独身のうちにこの車と出逢えた奇跡に、運命を感じずにはいられない。
もしもいつか自分が家庭を築く日が訪れたとしたら・・・という不安は確かに残る。
しかしいざとなればもう一台ファミリーカーを所有する事も出来るし、その気になれば何とかなる。
今はそう信じている。
彼女と毎日を共に出来る様になった今、自分にはどうしてもやりたい事がある。
それは真夏の北海道の道を走る事。。。
今までも毎年、職場の夏季休暇を利用して、愛車と共にフェリーに乗って北海道中を旅して回ってきた。
行く先々の素晴らしい景色を目に焼き付け、地の果てまで続く直線道路や豊かな自然に囲まれた美しいワインディングロードを満喫し、現地の美味しい食べ物に舌鼓を打ち、毎年素晴らしい想い出を重ねてきた。
来年からこの車と共に旅をすれば、今までにも得られた楽しみに加えて、大自然に囲まれた綺麗な空気・風を感じて走る事が出来る。
そう、まるで真夏のツーリングの聖地・北海道を旅するバイクのライダー達の様に。
それが今から楽しみで仕方ない。
振り返ってみると、今まで10年以上も「車好き」を続けて来て、その時々で好きな車や気になる車が沢山あった。
けれどここまで自分の心を激しく揺さぶったり、共に過ごす日々を鮮明にイメージ出来た車には未だかつて出逢った事がない。
しかもその車は、自分には絶対に縁が無いと思っていた二人乗りの車。
どうしてこんな事になってしまったのか。
初代誕生から四半世紀を経た彼女を、突如としてこれだけ魅力的に変貌させたものとは一体何なのか。
分からない。
自分には全く分からない。
しかし今はもう、その謎を解明しようとも思っていない。
何故なら恋とは解き明かすものではなく、理由もなくただ落ちてしまうものなのだから・・・
どうやら自分は、自分の人生を変えてしまいかねない危険な相手に恋をしてしまった様だ(笑)
本当の婚期が大分遅れてしまいそうで、両親の嘆く顔が目に浮かぶ(笑)