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ライチュウ@滋賀のブログ一覧

2017年08月13日 イイね!

大人の対応?

大人の対応?『Aleshin loses Schmidt Peterson IndyCar ride』

シュミット・ピーターソン・モータースポーツで今季これまでシーズンを戦ってきたミカエル・アレシンは、インディカーを離れることになったようだ。

アレシンはSMPレーシングからル・マン24時間レースに参戦した後、ビザの問題でアメリカ入国が遅れ、ロード・アメリカのフリープラクティスに間に合わなかったため、チームは代役を立てる必要があった。トロントのレースでは、アレシンに代わってセバスチャン・サベードラが出場した。

しかしながら、その次のミッド・オハイオには出場し、14位でフィニッシュしている。彼の今季これまでのベストリザルトは、デトロイトのレース1での6位だった。

アレシンはインディカーを離れ、SMPレーシングがBRエンジニアリングと組んで2018年の世界耐久選手権(WEC)LMP1クラス参戦を目指しているプロジェクトに集中するという。

シュミット・ピーターソン・モータースポーツが出した公式リリースでは「ロシアのSMPレーシング・プログラムのドライバーであるミカエル・アレシンは、残りの2017年ベライゾン・インディカー・シリーズでチームの7号車ホンダに戻ることはないだろう」とのことだ。

「シュミット・ピーターソン・モータースポーツとSMPレーシングは、アレシンが新しいBR1 LMP1カーの設計と開発に専念することに相互合意した」

「アレシンは、新しいLMP1プロトタイプマシンであるBR1に関わる重要なSMPレーシングのドライバーであり、近いうちに最初のテストセッションの準備が整うだろう。ダラーラと協力して、ロシアのBRエンジニアリングが設計したSMPレーシングのBR1は、2018年のWECでデビューすることになる」

「現時点では、シュミット・ピーターソン・モータースポーツからこれ以上のインタビューやコメントはない」

この発表は、ポコノでのレースのわずか10日前に発表された。昨年、アレシンはポコノでポールポジションを獲得し、ウィル・パワー(チーム・ペンスキー)についで2位を獲得するという、2年半のインディカー参戦の中でもっとも好成績だったのだ。

アレシンの代わりにシートに座るのは、トロントでも代役を務めたサベードラが有力だ。もうひとつの可能性としては、オリオール・セルビアがあげられる。セルビアは、シュミット・ピーターソンが担当するホンダエンジンを搭載したマシンで、2018年のインディカー・エアロキットをテストしていた。

シュミット・ピーターソン・モータースポーツからこれ以上のインタビューやコメントはないと言う言い方からして、何か怒りに押さえている様に感じやすよね?

ポコノでのレースの僅か10日前の発表と言い、合意とは言うものの、実質的にはクビにしたって感じですよね
Posted at 2017/08/13 20:12:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | Indycar SERIES | ニュース
2017年08月13日 イイね!

ロータリー・ハイブリッドのスポーツカーかぁ・・・

ロータリー・ハイブリッドのスポーツカーかぁ・・・『Mazda-Toyota partnership has us dreaming of a rotary hybrid』

既にご存じの通り、マツダとトヨタが提携を強化することになった。発表の中で、両社は米国に合弁で完成車の生産工場を建設し、電気自動車(EV)の技術開発で協力すると述べている。しかし、今回の合意事項の1つから新たな可能性も見えてきた。「商品補完の拡充」という項目は幅広い解釈が可能なのだ。

両社は「今後もグローバルに商品補完の可能性を検討」すると述べている。マツダは北米で「Mazda2」(日本名:デミオ)をトヨタ「ヤリス iA」のベースとして供給しており、今後は日本でもトヨタがマツダに商用バンを供給するという。では、それ以外の商品補完とは何が考えられるだろうか。我々の予想は2つある。1つは馬鹿げているが凄いクルマ(残念ながら、おそらく実現には至らないだろう)、もう1つは現実に即した方向性だ。

まずは楽しい方から検討してみよう。マツダ・ファンが長年心待ちにしているものと言えば? もちろん、ロータリー・エンジンのスポーツカーだ! マツダは、少数のエンジニア・チームがロータリー・エンジンの開発に継続的に取り組んでいると繰り返し述べているものの、市販化が実現する可能性は高いとは言えない。ロータリー・エンジンの本質的な燃費の悪さを考えると、排ガス規制が厳しさを増している今の時代には導入が難しいからだ。加えて、マツダは比較的規模の小さな企業であるがゆえ、あらゆる元手を活用する必要があるが、他のエンジンと基本設計を共有しないユニークなワンオフ・エンジンを持つことはコストが高くつく。マツダはこれらのハードルをどうすれば乗り越えられるだろうか。



我々の大胆な妄想では、マツダがトヨタと提携する意味がここにある考える。トヨタは財力に加えて、ハイブリッド車の分野で豊かな知識を持っている。つまり、ロータリー・エンジンのハイブリッドカーもあり得るのではないだろうか。

変わり種のロータリー・エンジンは、ハイブリッド車に採用することで2つの問題が解決される。1つは、もちろん燃費だ。ガソリン・エンジンが絶えず稼働する必要がなくなるからである。もう1つは、トルク不足だ。ロータリー・エンジンはトルク、特に低回転域で発生するトルクが小さいことは有名であるが、電気モーターを追加すれば、低速域のトルクを補うことができ、一方でロータリー・ファンお気に入りのエベレストのように高いレッドラインも維持できるだろう。この妄想は、トヨタが開発している全固体電池が比較的軽量で多くの電気を供給できることを考えると、一層甘美なものとなる。

そして、ロータリー・エンジンと電気モーターの組み合わせは、マツダに全く馴染まない発想でもない。様々な理由があったにせよ、同社はロータリー・エンジンを搭載したレンジエクステンダーEVの「デミオ」を製作したことがあるのだ。しかも同社は、今年3月にレンジエクステンダーEV向けのロータリー・エンジンに関連する特許を出願している。エンジンを発電機として使うレンジエクステンダーEVであれば、ロータリー・エンジンの軽量というもう1つの利点が活かせることになる。それはスポーツカーのプラットフォームにとっても価値の高い特性だ。

例えば、このパワートレインを拡大した「ロードスター」のプラットフォームに搭載したらどうだろう? コストを抑え、ベースの高い資質を活かし、コンセプト「Mazda RX-VISION(マツダ・アールエックス・ビジョン)」のような美しいデザインを与えれば、ハイエンドなGTとして売り出すことができるのではないか。

ロータリー・エンジンを積んだクールなスポーツカーが誕生するだけでなく、ラグジュアリーなGTであれば、高級市場を見定めているマツダの動向にも合致する。高額な販売価格も正当化することができ、より大きな利益も見込めるだろう。そんなクルマが実現すれば、将来的にマツダから発売されるハイブリッド車と、両企業の技術を照らす輝かしい光を当てる存在になるだろう。



さて、ここまでちょっとしたファンタジーに夢を膨らませてきたわけだが、現実的な見解も示さなければなるまい。正直なことを言えば、おそらくこのロータリー・エンジンを搭載するハイブリッドのスポーツカーが実現することはないだろう。実際、マツダとトヨタの業務提携は、常識的で控え目なものになると思われる。両社の技術共有は主にパワートレインの開発に留まると考えられ、互いのモデルを供給し合うOEMは増える可能性があるものの、新型車両の共同開発にまで及ぶことはないだろう。

トヨタのハイブリッド技術がマツダにとって有益なことは明らかだ。マツダがそれを手に入れられたら、既に驚異的な燃費を達成しているマツダの「SKYACTIV」エンジンを、さらに上のレベルに引き上げることが可能だ。もし、マツダが仮定上の「SKYACIVハイブリッド」を新型クロスオーバー車に搭載すれば、デザイン、機能性、ドライビング・ダイナミクス、そして燃費のいずれにおいても優れたモデルとなり、消費者の興味を引くことは間違いない。

その一方で、マツダが内燃機関の専門知識をトヨタに供給すれば、トヨタは燃費を格段に改善できるだろう。さらに、ハンドリングに関してもマツダがトヨタにアドバイスを送るなら、我々としては大いに賛成だ(新型トヨタ「カムリ」に試乗した経験を踏まえると、そんな機会があれば十分改良の余地があると思われる)。

純粋に、動力としてのロータリーエンジン復活を願うファンとしては、ハイブリッドも致し方無いと言えやすよねぇ

果たして、今年の東京モーターショーの登場するのではないかと噂されている、RX7の後継車には、どんなパワーユニットが搭載されて登場するのか楽しみですよねヾ(@⌒▽⌒@)ノ
Posted at 2017/08/13 19:29:50 | コメント(1) | トラックバック(0) | ニュース
2017年08月13日 イイね!

F1だけじゃなく・・・

F1だけじゃなく・・・『Gasly says Honda step needed to fight for podium』

スーパーフォーミュラに参戦中のピエール・ガスリー(TEAM 無限)は、ホンダがパフォーマンスを向上させることができれば、シーズン後半で表彰台を獲得できると自信を持っている。

今季のスーパーフォーミュラでは、全4戦で勝利を納めているトヨタ勢が優勢的であり、一方のホンダ勢が表彰台に立ったのは1度のみ。ガスリーのチームメイトである山本尚貴がシーズン開幕戦で2位を獲得したきりだ。

しかしガスリーはトヨタに対し最高速度が9km/h劣っていたのにもかかわらず、第4戦富士ラウンドで自身最高位である5位を獲得したことに満足しており、ホンダがトヨタを捉えるために前進していることを示していると語った。

現在ドライバーズランキングで8番手に位置しているガスリーは、motorsport.comに対し、次のように語っている。

「ホンダはかなり辛そうだ。トヨタと比較してスピードの差がある」

「富士では長いストレートがあるから苦しくなるだろうと理解していた。僕たちは苦戦していたけど、最終的にはトップ5入りすることができ、最高の結果を得られた」

「ホンダがパッケージを改善し続けることができれば、ホンダはさらに前進することができる」

「この時点でもう少し改善することができれば、表彰台を争うことができると思う。しかし現時点では、僕たちのマシンやエンジンは少し劣っているから多少困難だと思う」

来週末行われるもてぎラウンドでは、トヨタの強さが発揮される長いストレートがあるため、次に表彰台を狙えるのは9月のオートポリスラウンドになるとガスリーは考えている。

「もてぎはストレートとブレーキングポイントが多いから、ベストとは言えないと思う」

「でもSUGOやオートポリスなら、コーナーがあるけどテクニカルなトラックだし、ストレートもあまりない。そこで表彰台を獲得することができる良いチャンスがあると思っている。もしかしたら、勝利のために戦えるかもしれない」

コミュニケーションの問題

またガスリーは、主要言語が日本語であるチームで適応することが困難であると語っており、マシンに必要な変更点を伝えることが特に難しいことを認めている。

「コミュニケーションを取るのが難しいんだ。それさえ上手くいったら、何も問題ないんだけど」

「僕たちが何かをやる必要がある時、僕のエンジニアは英語が喋れないから、伝えるのに時間がかかってしまう。彼は日本人だから」

「僕はコミュニケーションに関してかなり苦労している。レッドブルと一緒に状況を改善しようと試しているんだ。僕たちは今おかれている状況から最大限のことを行おうとしている。でも簡単にはいかないよ」

F1だけじゃなく、国内レースでも苦戦を強いられているホンダエンジン

ガスリーとしては、昨年参戦していた現マクラーレン・ホンダのF1ドライバーであるストフェル・バンドーンが2勝しているので、負けられない思いはあるでしょうからねぇ

まぁレースファンとしても、トヨタ一強じゃレースが面白く無いっすからねぇ
Posted at 2017/08/13 18:26:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | Super-Formula | ニュース
2017年08月13日 イイね!

追いつき追い越す事は出来るのか

追いつき追い越す事は出来るのか『Björk eyes China WTCC repeat win』

テッド・ビョークは、長い休み明けに行われる中国ラウンドでの優勝を目指している。

ビョークは先日行われたアルゼンチンラウンドで、今季6回目の表彰台登壇を果たした。これで、ランキング首位を行くティアゴ・モンテイロとの差は12ポイントとなった。

次戦は中国ラウンド。舞台は新設の寧波国際スピードパークである。開催日は10月13日〜15日にかけてである。

「次の中国ラウンドでの僕の野望は、昨年のレース同様勝利を収めることだ。そして、ランキング首位に浮上することでもある」

ビョークはそう語った。彼は昨年9月に上海国際サーキットで、WTCC初優勝を成し遂げた。

現在12ポイント差と言えどもメインレースでの勝ち星は1つで、ランキング3位のノルベルト・ミケリスが2勝し、ポイント差でも17ポイントと言う事を考えると、中国ラウンドでは勝ち星を上げたいところでしょうねぇ

まだまだ混戦のWTCC

果たしてテッド・ビョークは、追いつき追い越す事は出来るのか

The best action from the WTCC OPENING RACE in China
Posted at 2017/08/13 07:23:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | WTCC | ニュース
2017年08月13日 イイね!

ヒストリックF1デモレースの出場車両発表!

ヒストリックF1デモレースの出場車両発表!『「マスターズ・ヒストリック・フォーミュラ1」13台の出場車両を公開』

懐かしのV8サウンドが響き渡り、時を超えて往年の名車が鈴鹿を駆け抜ける! 世界的に人気のマスターズ・ヒストリック・フォーミュラ1デモンストレーション日本初開催。

11月18日(土)・19日(日)に開催されるSUZUKA Sound of ENGINE 2017で『マスターズ・ヒストリック・フォーミュラ1』のデモンストレーション開催が決定した。

FIAマスターズ・ヒストリック・フォーミュラ1のクラス区分
ジャッキースチュワートクラス:1972年末までに製造されたF1
エマーソン・フィッティバルディクラス:1973年以降に製造されたノングランドエフェクトカーのF1
パトリック・ヘッドクラス:1973年以降に製造されたグランドエフェクトカーのF1
ニキ・ラウダクラス:1973年以降に製造されたフラットボトルのF1
※チャンピオンシップクラスは上記J.スチュワートクラスとE.フィッティバルディクラス、P.ヘッドクラスとN.ラウダクラスをそれぞれ併せた2つの選手権で争われます。

Masters Historic Formula 1 MACHINE

1970 Tyrrell 001
アルミ・モノコック、コスワースDFV、ヒューランドFG400というオーソドックスな構成ながらコンパクトでハンドリングに優れた001。ジャッキー・スチュワートのドライブで第11戦カナダGPに現れた001は、いきなりポールポジションを獲得するという衝撃の公式戦デビューを飾った。70年はトップを走るも全てリタイアに終わったが、翌71年には南アフリカ、非選手権のカナダとブランズハッチで2位に入るなど活躍。現在001を所有しているのは、世界的なティレル・コレクターとして知られるジョン・ディレーンである。


1972 Brabham BT37
ジャック・ブラバムが離脱し、ロン・トーラナックが代表に就任したモータースポーツ・ディベロップメント(ブラバム)が1972年用に用意したマシン。アルミ・モノコックにジャッド・チューンのDFV、ヒューランドFG400ギヤボックスなど前年型のBT34から基本的な構造は変わっていない。ドライバーはグラハム・ヒルとカルロス・ロイテマン。BT37は2台のみが製作されたが、このシャシーナンバー2は、ロイテマンのレースカーとして第5戦ベルギーGPでデビュー。第11戦カナダGPではBT37としてのベストリザルトである4位を記録している。


1974 Hesketh 308B
ヘスケスは、大富豪でレース好きの貴族、アレキサンダー・ヘスケス卿が設立したレーシング・チームで、気鋭の新人ジェームス・ハントを擁して1973年からF1へと進出。74年からポスルスウェイト設計のオリジナル・マシン308を投入し、4月にブランズハッチで行われた非選手権のBRDCインターナショナル・トロフィーで優勝したほか、公式戦で3度の表彰台に立つなどの活躍を果たした。74年に308として製作されたシャシーナンバー1は、ハントがドライブしBRDCインターナショナル・トロフィーで優勝した個体そのもの。シーズン後半にサイドラジエター、フォワード・ウイングなどを装備した308Bにアップデートされた。


1974 Lotus 76
ロータス72の後継車として1974年に発表。トーションバー・サスペンションやインボードブレーキなど72から流用した部分も多かったが、デルタ形のアルミ・モノコック、複葉式のリヤウイングなど、軽量化や空力性能の向上に力が注がれていた。新機軸としてヒューランドFG400に電磁クラッチを組み合わせ、シフトノブのボタンでクラッチ操作を可能としたセミオートマ・システムを搭載。ステアリングシャフトの左右に左足用、右足用のブレーキペダルを配した4ペダル式を採用することで、ドライバビリティの向上を狙ったが南アフリカGPで使用されたのみでお蔵入りとなった。通常の3ペダルMTに戻されるも、戦闘力不足から非選手権を含む7レースに出走しただけで、72Eに替えられてしまった。このシャシーナンバー1は、4レースに参戦したものの、目立った成績を残すことができなかった。


1975 Maki F101C
マキF101Cは、日本初のプライベートF1チームとして1974年から挑戦を開始したマキ・エンジニアリングが1975年シーズン用に用意したマシン。前年のドイツGPで大クラッシュを起こしたため、モノコックこそスペアのシャシーナンバー002を使用しているが、その内容は74年のF101Bとほぼ同じ。資金難からヨーロッパ・ラウンドのみのエントリーとなり、イギリスGPとオランダGPで鮒子田寛、ドイツGPとオーストリアGPでトニー・トリマーがドライブするも全て予選落ち。8月にディジョンで行われた非選手権スイスGPで唯一トリマーが13位完走を果たしている。このF101Cはマキ撤退後イギリスに残されていた1台で、何人かのオーナーの手を経て現在に至る。


1975 Williams FW04
1969年にプライベーターとしてブラバムBT26AでF1挑戦をスタートしたフランク・ウイリアムズ・レーシングカーズ。その後、紆余曲折を経て73年からはオリジナル・マシンを製作しコンストラクターとしての活動も開始する。FW04はウイリアムズが1975年用に用意したマシンで、スペインGPで登場。DFVとFG400を組み合わせた典型的な“キットカー”であるものの第11戦ドイツGPでラフィーが予選15位から値千金の2位でフィニッシュ。チーム創設後初の表彰台を獲得した。このシャシーナンバー2は、最終戦アメリカGPで、女性ドライバーとしてF1史上初の入賞記録を持つレラ・ロンバルディが24位で予選通過を果たすも、決勝レースはトラブルのためスタートできなかった。


1976 March 761
量産レーシングカー・コンストラクターとして活動したマーチが1976年シーズン用に用意したマシン。前作751のロングホイールベース仕様というべきもので、741以降のマーチF1同様、モノコックなど主要パーツをF2と共用している。当初ワークスからはビットリオ・ブランビラ、レッラ・ロンバルディ、ハンス・ヨアヒム・シュトゥックの3台が参戦。第2戦南アフリカからロニー・ピーターソンが加入し、4台体制になった。総合性能ではライバルに及ばなかったが、ストレートスピードの速さを活かし、ピーターソンがオランダGPでポールポジション、イタリアGPで優勝を飾るなど、随所で活躍をみせた。この761は、ブランビラがドライブしていた車両で、非選手権のレース・オブ・チャンピオンズで4位に入ったほか、オランダGPで6位に入った経歴をもっている。


1976 McLaren M26
チャンピオンマシンのM23の後継車として設計されたM26。基本的なコンセプトはM23を踏襲するものの、アルミハニカム製モノコックの採用で軽量化と剛性の強化を図っているのが特徴である。76年のイギリスGP後に発表されたM26は、ヨッヘン・マスのドライブによりオランダGPでデビューを果たすが、熟成不足で本格投入は遅れ、No.1のジェームス・ハントが実戦で使用したのは77年第5戦スペインGPになってからだった。その後徐々に実力を発揮し始めたハントとM26は、イギリスGPと日本GPで優勝。続く78年も継続して使用されるが、ロータス79相手にまったく歯が立たず、フランスGPの3位が最上位となった。このM26は主にヨッヘン・マスのレースカーとして使われた車両で、77年のイギリスGPで4位入賞を果たしている。また78年のイタリアGPでは、ハントも決勝でドライブしている。


1976 Penske PC4
今もインディ・シリーズのトップチームとして活躍するペンスキーが1976年シーズン用に開発したPC4。設計を行ったのは元ブラバムのジェフ・ウィリス。74年、75年用のオリジナル・マシンPC1での失敗、PC1の代替として購入したマーチ751、そのコピーともいえるPC3での経験を生かしたPC4は第7戦スウェーデンGPでデビュー。ジョン・ワトソンの1台体制ながら、第8戦フランスGPで早くも3位入賞。続くイギリスGPでもジェームス・ハントの失格騒動で連続して3位入賞を果たす。そして第11戦オーストリアGPでは2番グリッドからスタートし初優勝。同年の日本GPでも予選4位に入る(決勝はリタイア)など活躍した。このシャシーナンバー1のPC4は、オーストリアGPで優勝した車両である。


1981 Brabham BT49C
ブラバムのオーナーであるバーニー・エクレストンは、デザイナーのゴードン・マーレイに、BT48に搭載するアルファ・ロメオV12エンジンを諦めコスワースDFVへの載せ替えを指示。こうして第14戦カナダGPに登場したのがBT49だ。BT49は翌80年シーズンも使用されピケが3勝を挙げる大活躍。81年にはカーボンで補強したアルミ・モノコック、ジャッド・チューンのDFV、アルファ・ロメオ製ケースにFG400を組み合わせたギヤボックスなど基本スペックは同じながら、スライディングスカート禁止対策としてハイドロニューマティック・サスを搭載したBT49Cが登場し、ピケが3勝を挙げて初のドライバーズ・タイトルを獲得した。このシャシーナンバー10は、80年のカナダGPでヘクター・レバーク車として登場。81年の非選手権南アフリカGPでピケがドライブし2位となった後、BT49Cにアップデートされテストカーとして使用された。


1982 Williams FW08
ウイリアムズFW08は、全15戦中に11人のウィナーが誕生するという、史上稀に見る混戦となった1982年シーズンにおいて、スイスGPでの優勝を含む44ポイントを獲得し、チャンピオンとなったケケ・ロズベルグがドライブしたチャンピオンマシン。成功作のFW07シリーズとは一転、無骨なアルミハニカムのモノコックをもつショートホイールベースが特徴だが、これは台頭するターボカーへの対抗策として、リヤ4輪の6輪車として開発(82年で6輪車、4WD車が禁止されたことで計画は中止)されたことに起因するものだった。エンジンはジャッド・チューンのコスワースDFVでギヤボックスはヒューランドFGA400。このFW08はロズベルグがドライブした車両で、カナダGPでデビュー。ドイツGPで3位、オーストリアGPではエリオ・デ・アンジェリスのロータス91との接戦の末、惜しくも2位となったヒストリーをもっている。


1983 Lotus 92
ロータス92は、前年の91をベースに、チームロータス創立者のコーリン・チャップマンと、デザイナーのマーティン・オジルビーが開発し1983年シーズンに投入されたマシン。この92は、ターボエンジンの使用が1989年シーズンで使用禁止になるまで、ロータスとしてノン・ターボエンジンを使用した最後の車両であり、またコスワースDFVエンジンを搭載した最後の車両でもある。ロータスにとって、アクティブサスペンションを採用した最初の車両でもあるが、このアクティブサスペンションにトラブルが多発し、デビューからわずか3戦で、ノーマルサスペンションに戻された。この92は、1983年シーズンの8戦まで、後に1992年に年間チャンピオンを獲得するナイジェル・マンセルがドライブし、デトロイトGPでの6位が最高位だ。


1983 Tyrrell 012
ティレルが、フラットボトム規定となった1983年シーズンに向け開発したマシン。完全新設計となったシャシーは、スリムなカーボンモノコックと小さなサイドポンツーンが奇抜(発表時はブーメラン型のリヤウイングを装着)な印象だが、前後ダブルウィッシュボーンのサスペンション、ショートストロークのコスワースDFV、ヒューランドFGA400ギヤボックスとその中身はオーソドックスなものだった。翌84年シーズンにはコスワースDFYを搭載。新人ステファン・ベロフとマーティン・ブランドルがドライブし、それぞれモナコで3位、デトロイトで2位に入る活躍をみせるが“水タンク事件”で全戦のリザルトが抹消された。この012は83年の第11戦オーストリアでデビューし、アルボレートのドライブによりオランダGPで6位入賞を果たした車両だ。


マーチ761は、「雨の魔術師」と呼ばれたモンツァゴリラことヴィットリオ・ブランビラがステアリングを握ったマシンで、ロータス76はワテの好きなロニー・ピーターソンがステアリングを握ったマシン

マキF101Cは、ワテがF1に興味を持つ直前のマシンで、走行シーンを見た事も無いマシンなので、メッチャ楽しみっすヾ(@⌒▽⌒@)ノ
Posted at 2017/08/13 07:01:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | ニュース

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何シテル?   09/23 18:11
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