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2016年08月20日 イイね!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第9弾!!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第9弾!! すっかり意気を吹き返したこの企画(;・∀・)
“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る 第9弾をやってみたいと思います!

今回は超メジャー、超Bigなトヨタさんが放った超マイナー変態車のご登場!!

⇒『TJG00型キャバリエ』

キャバリエ、これは天下のトヨタの販売力をもっても売れませんでした(*_*;

在任は平成8年1月〜12年9月(1996〜2000)の4年半でしたが結果から言えば年間販売目標を2万台としていたのに対し通算累計販売台数は3万第強という燦々たる結果で当初5年の販売期間を設けていたにも関わらず前倒しの販売中止が下される、そんな超マイナーモデル…

そもそもこのクルマはトヨタも売りたくなかったクルマ、80年代後半から問題になっていた日米貿易摩擦の米本国からかわすべくGMと提携し同社の『シボレー・キャバリエ』を輸入し日本仕様(右ハンドル他)に仕立てたモノ言わば日本第一位、当時世界第2位だったトヨタがその立場上ババ引いた格好で「アメリカさん、日本でもお宅様の車をしっかり我が社は売ってますよ!」をアピールするためのモデルだった訳です。

↓キャバリエ・クーペ



本国シボレーキャバリエは82年、提携先の初代いすゞアスカと兄弟となるアメリカでは苦手なコンパクトクラスでありましたがいすゞの力もあり燃費に優れる経済車として一定の成功を収めました。

その後88年に2代目、95年に3代目がデビュー、トヨタ版はこの3代目を輸入したものとなります。

日本ではC〜Dセグに位置するモデル、従来型で言えばコロナ〜マーク?クラス…

このように96年当時、トヨタのこのクラスを思い浮かべて見て下さい、日本人の好みを知り尽くすツボを刺激するのに長けていた純トヨタ車ではないキャバリエ、前回のいすゞPAネロ同様にアメリカ人には好かれるもアクが強いくせにどこか安っぽく貧相なスタイリング、味付けのキャバリエが一線で売れるなんて当時、誰が考えても“無理でしょ”は一目瞭然!

カリーナ、コロナ、カムリ、ビスタ、マーク?兄弟etc…

並み居る身内の強豪に加えて日産、三菱、マツダ、ホンダもそびえる中、正にキャバリエの販売なんて無謀とも思える施策ながらもトヨタはさすがバブルで稼いだ余裕を見せこのような展望のないキャバリエに超メジャータレント・所ジョージ氏を起用し拡販を目論見ました。

↓カタログやCMではまんま“アメリカン”を強調して日本車にない味わいを訴求しましたが…


但しキャバリエは本国でも超低価格路線で造られていたため国産ライバルに唯一勝てるのはこのクラスとしては異例に安い価格設定、ボトムのセダン2.4で181万円、MAXのクーペ2.4Zでも205万円というのはハッキリ言ってバーゲンプライス!!

トヨタで較べるとグレードにもよりますがカリーナより安くカローラやスプリンターとほぼ同等、2400ccの余裕が1600〜2000ccクラスの価格で味わえるのが大きな訴求点、これが功を奏し?公費導入などはそこそこ見られ各都道府県警察に捜査用車輌として導入実績も比較的高かったです。

↓キャバリエセダンの捜査車両、お目にかかった人も多いのでは?


しかし面パトでいくら活用されようがトヨタに対して何ら利益はもたらさない、大体公費導入のクルマなんてもんは大量導入の代わりに入札で我々が手にするより遥かに安い金額で提供されますんで一般に売れないと商売成り立たない訳で(-_-;)

決して安かろう悪かろうではなかった、私もこのクルマ、一度だけ体験した事ありますが乗って何ら不自由はない、コンパクトなボディで2.4LのDOHCエンジンは充分以上の性能、こう言いかたは語弊ありますがアメリカ版トヨタ的な?GMのクルマなんで誰が乗っても安心して乗れる、しかし特別刺激もなければ欠点もない、生粋のトヨタ車とほぼ同じ印象。

しかし大きく違うのはその質感、クルマにステイタスを求める(求めていた時代)日本人に対しアメリカ人、特に向こうではコンパクトと定められるこのクラスにおいてはあくまでも足代わり、道具という認識ですので必要以上な加飾も派手な演出もなされない出で立ちは良く言えばシンプルですが贅に慣れた日本人にとってはただ淋しい限り、内装、エクステリアの意匠全てに於いて日本で言うC〜Dセグメントクラスに求められる仕上がりはお世辞にも満たしているとは言えなかった…

しかしある意味大メーカー、トヨタとしては貿易摩擦解消のためのボランティア?的なキャバリエ販売、アメリカのご機嫌取りには絶好だったかもしれませんがタマんないのは押し付けられた販売店、私も過去ディーラー勤務でしたしキャバリエ当時も知己がこれ売らされてましたんで当時の営業マンのテンションだだ下がりのキャバリエ販売、気持ちは痛い程理解できませすね〜。

好んで見に来るお客がいるカリーナやコロナ、黙っていても売れる、までは言いませんが顧客の好み通りのモデルが薦められる環境にいながらただ安い、排気量が大きいってだけで商談できたらこんなラクな商売はない、大体売る側にもプライドがある訳で質感ときめ細かい車種展開で“天下の、販売のトヨタ”にいながら何が哀しくて日本車に敵わないアチラの小型車を売らねばならんの?的思いがあって当然ですからね、商品に愛情と思いやりが持てなきゃ営業なんてできん!と思う販社の人間、多かったと思いますよ、特に黙っていても売れるオリジナルの商品力のあるトヨタなら尚更ですし。

そんなキャバリエ、内容をご紹介したいと思います!

・バリエーション
(セダン)
2.4/2.4G
(クーペ)
2.4S/2.4Z
※セダン/クーペ共2.4レザーPKGを98/2〜98/12のみラインナップ
・諸元
(サイズ)
セダン全長4595全幅1735全高1395
クーペ全長4600全幅1740全高1355
ホイールベースはセダン/クーペ共通で2645(以上mm)
(車重)
1300kg =セダン2.4
(エンジン)
T2型 2.4L 直列4気筒DOHC 16V 電子燃料噴射150ps
(駆動)
FF
(ミッション)
4速AT
(脚回り)
Fr:ストラット/Rr:トレーディングアーム

以上のように生粋のトヨタ車とは違い大幅に少ないバリェーションも売れなかった一つの要因でしょう。
この時代は既に廉価版と言えども各パワー装備やエアコンは当たり前の時代、純粋な国産だって70〜80年代のようなワイドバリェーションという時代はもう過去ではありましたがそれにしても少な過ぎだと思います。
多けりゃいいってもんでもありませんが本国そのままの仕様を国内訴求しても前述の通り好みが違い過ぎるのでここはトヨタらしく何とかエクストラとか何とかリミテッドとかやり日本独自の味付けに変更するのも一つの手段ではあったのではないか?と感じますね、まぁ、それやれば価格も当然本国仕様をそのままリリースするより上昇する訳だし手間も掛かる、要はそこまでして売ろうと思っていなかったと言う事でしょう、僅かに一時期日本人大好きのアメ車アイテムである本革シートを装着したレザーパッケージがリリースされたのみで後は基本グレードに4年間、手を加えられた事はありませんでした。

サイズ的には3ナンバー(全幅)で余裕がある横幅ながら長さは5ナンバーサイズ、横幅と長さがバランスのいいもので全体的印象はコンパクトながらも安定感の大きいモノであったと言えましょう、これにアチラ製の2.4L T2型のDOHCエンジン、150psでトルクは22kg以上出していますし一番ウェイトの思いクーペ2.4Zでも1310kgですからパワーウェイトレシオは8.7kg/ps、充分以上の性能でした。

↓T2型DOHCエンジン


しかしこのT2型エンジンスペック的にも当時の同レベルの国産エンジンに何ら劣る事のないDOHC16バルブでしたが良くも悪くもアメリカらしく?大雑把な出来具合、同じトヨタに比較できるとすれば当時は2Lですが3S-Gになりますかね、排気量低い分とトルクフル好みのアメリカらしくこの部分では特に低速域、3Sは敵いませんしATとの相性もさすが元祖AT王国!って感じで問題なし、ややハイギヤードで自分の思い描くえ変速ポイントと若干異なる印象はありましたがこんなモノは国内メーカーでも特に燃費を謳う車種ではどこでも存在しましたんで問題はありません。

しかし気になったのはとても150ps出てるんかい?的に高回転は苦手、ガサツでちっともDOHCらしさを感じないノイズばかりが気になる音質、それが容赦なく飛び込む室内/遮音性は3S-G搭載のコロナ、カリーナやED、エクシブ等とは比較できない煩さ、しかも高回転の伸びは定評ある3Sエンジン、この部分でキャバリエには「安かろう・悪かろう」を如実に感じましたね、この時代(96y)の3S-Gは165psを発生してますのでT2よりも高出力ですから当たり前ですがオーバー2Lの高い税金負担してまで選びたくなるエンジンでは少なくともなかった…

脚廻りは特に凝る事など有り得ないアメ車コンパクト、Frストラット/Rrトレーディンアーム(トーションバー)といったFFの定石通りの形式、但しシャシはシボレーキャバリエの先代を踏襲しておりこれは88年デビューというモノですからか結構古いもの、まぁ、飛ばしてナンボ、または高級車って訳でないので別段気になる、不自由って訳ではなかったですが。

↓キャバリエの脚廻り


キャバリエの特筆点をあえて挙げるとすればこの部分は米国産、日本がようやく衝突安全基準に神経を遣いだした頃で国産モデルにエアバックがそろそろ付き始めた、またはOPだったり標準でも運転席のみという時代にに全車、前席エアバック付きという点や衝突安全ボディが完備されていた事が挙げられますね、トヨタではGOA(ゴア)とか三菱はRISE(ライズ)とか言ってこの時期からこういった安全ボディを採用し始めましたがキャバリエはそれを1歩先んじて備え訴求したという点では日本市場ではパイオニア的な位置にいたと言えるでしょう、ABSやTRCも標準装備。

↓後に全ての国産車がこのような写真をカタログに謳いましたがキャバリエは96年当時としては珍しい部類


最後にインテリアや使い勝手にも触れましょう、インテリははさんざん概出のように質感の落ちるイメージ、しかしこの頃が逆にまだバブルの余韻を引きずる日本国内でしたので本来のこのクラスとしては過剰設計、過剰装備のキライもありましたのでね、キャバリアが特に落ちるというイメージはそんなところににも要因があります。まぁ、一度高級マンションに住んでしまうとなかなか安アパートには移れませんから(笑)

↓セダンのインパネ&室内



↓クーペのインパネ&室内


使い勝手は特に問題は感じすセダンは大人4人が普通に乗れる居住性とその分の荷物を充分積載できるトランクも備えます、トランクはバンパー直上から大きく開くタイプでこの辺は荷物も大事に考える米国らしいものでした。

一方のクーペはなかなかスタイリッシュ、コンパクトな中でも流麗ですし野暮ったいセダンやセンスない国産クーペと較べるとよほどファッショナブルな印象、ライバル?的なのはマツダのMX-6とか三菱エクリプス、ホンダアコードクーペなんかになるんかな?これらと較べスタイル的には個人的には何ら劣るとは思わないですがやはりパンチのあるパワーソースがない点ですかね、まぁ、アメリカではティ―ンエイジャー向けモデルですからそんなBigパワーを載せるマスタングやカマロ的モデルではない訳で致し方ないですが日本に持ってくれば身内にはほぼ同じクラスにセリカのGT-FOURだとかモンスターがいた時代、大人し過ぎで派手目なボディを纏おうとも目立つ存在には成りえなかった、これ全て冒頭に戻りますが「日本人好みではない」がクーペに限らずキャバリエの総評でしょう。

因みに96年デビュー以来MCは一度、それも販売中止となる2000年9月のほんの11か月前の99年11月に行われました。

↓後期型クーペ


この時、遅まきながらテコ入れで上級グレードにはアルミホイールやレザーステアリング等の見た目の質感UPも施されますが売れ行き不振は改善せれず5年計画の志半ばで日本市場から退場となった訳です。

因みにこのMCもそうですがトヨタは決して4年間放置しっ放しって訳ではなく主に値下げ手段で何とか拡販を目論み、98年にベースグレード(2.4)で30万近く、そして上記のMCで最終的には149万〜169万と言うクラス再安値(一部他車例外を除く=営業用車輌等)をも掲げますが努力は実りませんでした…。

“変態と呼ばないで!”納得のマイナーモデルを振り返る⇒TJG00型キャバリエ』……終
Posted at 2017/12/10 16:37:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2016年08月19日 イイね!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第8弾!!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第8弾!! 時間ねぇとか言いながらつき物落ちたようにこの企画、やってますが(^^;

と云う訳でw今回の“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返るの 第8弾となりますがなかなかまたマイナーな変態にお越し頂きましたヨ!

⇒『JT191F/JT191S/JT151型いすゞPAネロ』

PAネロ、知ってますかぁ?ピアッツァネロなら聴いた事あるって方も多いでしょうがPAネロは1990年〜1993年(平成2〜5)の僅か3年、いすゞが当時提携していた米・GM向け供給モデル(現地名GEOストーム)の国内販売用のモデル、ベースは3代目となるJT151/191/641型(1990〜1993年)のジェミニになります。

この3代目ジェミニ、先代が“街の遊撃手”のコピーでアクロバット走行するCMが大きな話題となりいすゞNo1の売り上げと人気を誇ったモデル、この2代目ジェミニは当然、米国でも売られ好成績を収めたところからGMの意向が次期モデルでは強められその命を受けたいすゞが90年にFMC、3代目ジェミニが誕生しました。

一方いすゞは国内輸入車ディーラーであるヤナセと関係が深くこれ以前より初代ピアッツァ(81〜91年)を供給、オリジナルと若干意匠の異なる『ピアッツア・ネロ』をヤナセ専売にてリリースしていましたが90年当時で既に発売9年、商品寿命も尽きかけておりこれの代替え車種としてジェミニ-GEOストームの兄弟として90年からヤナセ供給したのがPAネロでした!

↓90年にデビューしたヤナセ専売車である『PAネロ』


本流ジェミニは90年発売時はセダンのみ、やや遅れてクーペ、91年になってHBをリリースしておりPAネロは米国GEOストーム同様、クーペとHBモデル2種、当然これらは三つ子になりますがそれぞれがFrや細かい部分リ・デザインされておりいすゞ・GM・ヤナセでそれぞれオリジナルティを演出するものでした。

さっ、ここからが辛口批評!?

PAネロ、顔付はヤナセで扱うシボレーカマロをモチーフしたようなFrマスク、角目4灯のセミリトラはそんまんまアメリカンの顔付、クーペはこの顔と派手目なスタイリングはマッチしていたように思いますがHBは正直醜悪さしか感じない(個人的趣向)、また、クーペにしても元のジェミニからしてそうですが全長、と言うかもう少しRrのオーバー―ハングが長ければかなりイケてるスタイリングになるんでねーの?って感じます、全体的に寸詰まり感しか得られずジェミニが5ナンバーの大衆車クラスであった事からサイズの制限からなる無理矢理なデザインでしたのでね、バランス悪くクーペに重要な低く・長く・幅広く・流麗の4要素のうち長くと流麗さが欠けていたように思います。

↓Rrだけ見るとカッコ良かったんですがね、全体のバランスが何か変orz…


こういうのって弱小メーカーが出すスポーティモデルに多いんですよね、一部分だけ見るとスゲェいいのですが全体で見まわすとなんかバランスが取れていない、あくまで個人的な主観ですがこのPAやジェミニクーペの他に例えば初代スバルアルシオーネとかレオーネクーペ、三菱スタリオンも最初見た時にそれ感じましたしマツダのコスモLとか3代目コスモ、初代ホンダプレリュードなんかも…

やはりトヨタや日産に造らせるとそう失敗はない“流麗”が大事なスポーティモデルのスタイリング、No3以下ですと?なモデルも多かった(笑)

スタイリングで言えば3代目ジェミニを語らずにはいられんでしょう(*_*;
何とこれ、当時も今もいすゞ乗用車撤退のA級戦犯!と言われる程の失敗作(+_+)

↓PAネロのハッチバックモデルもジェミニから拝借?してリリース(㊤PAネロHB㊦ジェミニHB)



実際こればかりが乗用撤退を招いたという訳ではありませんが提携先のGMがいなければ独り立ちできない弱小メーカーであったいすゞ、その意向に逆らえずアメリカ人には好かれても日本人受けしないスタイリングは先代ジェミニで築いた遺産を食い潰す燦々たるモノでした…

↓いすゞNo1の人気と売り上げを達成した2代目JTジェミニ


ワタシも当時も今も昔の親友がいすゞ藤沢に勤めており色んな話を聴いてますが書けない事も多くその点は控えますが言える事は3代目ジェミニは社員でさえ買わない程の不人気車、社員はヤナセ扱いで外車としてはリーズナブルだったオペル、若いのはカマロとかを仕方なく買うもジェミニは勘弁という意見が圧倒的に多かったらしいです。

いすゞはあの117クーペ以来、基本的にボディデザインはイタリアの奇才、Jアローに依頼してきており117以降の初代ピアッツア、そして2代目ジェミニとその日本車離れした美しいデザインは好評で決して大きなメーカーではないながらこういったモダンさは他の追従を許さず頑固ないすゞファンを獲得、パイは少ないも熱心なファンに支えられてきましたがこうしたファンまでを全てではないにしろ敵に回す失策を犯したと言っても過言ではない、3代目ジェミニはかえって一般人よりも内部の数少ない乗用車開発に夢を持つエンジニアの息を消沈させやる気をなくさせた、そんな部分でも“A級戦犯”だった訳ですね。

3代目も日本車離れと言えば間違いなくそうなのですがクセが強く明らかに米人向けデザイン、丁度現在の日産セダンのようなものですかね?奇しくも当時いすゞにいた有名デザイナーが現在日産に在籍しているのも偶然ではありません。

さてこうした事情を踏まえて進めますがジェミニは90/3、PAネロは9o/5発売…

僅か2か月先発ですが国内ではジェミニに既にブーイングが沸き決して商売的には順調ではない時期にPAネロがヤナセからリリースした訳ですがベースがこのザマですから当然PAネロもまずは売れない、見かけないクルマでした。

先に結果を述べれば販売された3年間で3000台の実績、海外でのGEOストームは大成功に終わりますが国内ではジェミニ、PAネロ共にダダ滑りの状況だった訳です。

3年で3000台=1か月8台強ですからこれは厳しい数字、本家ジェミニはセダンがラインナップしていたので酷評ながらも関係先社有車等の需要もあり一定の数字(これも低かったですが)を出しますがPAネロは私の生息地、いすゞ工場が二つもあった縁深い神奈川県ながらまずは見れないクルマでした。

またヤナセ供給にしてもやり方がマズく当初先代ピアッツアの後継モデルであった筈のPAネロでしたがこれのデビュー僅か半年後の91/8に本流ピアッツアがFMCし2代目がデビュー、同時にやはりヤナセ専売のピアッツア・ネロもリリースされたのが致命的でした。

解りにくいのは2代目ピアッツアもジェミニクーペの兄弟車になった点、先代は117クーペのシャシを使い独自のボディを持つきちんと独立した車種であったピアッツアも合理化、コストダウンの観点から格下ジェミニの兄弟となっており当然ボディも共通、この時点でジェミニファミリーは4兄弟化(ジェミニ/PA/ピアッツア/GEO)となっておりヤナセ専売のPAとピアッツアも顔付が違うだけのモデルになっており正直、本流ジェミニでさえ大苦戦の中、GEOを除く国内で3モデルが売れる程いすゞのパイは無かった訳でGMやヤナセの意向もあり好きでやった事ではないにせよいすゞの無謀さ、マツダ5チャンネル政策と同様に後々に祟る結果を招くしか効能はありませんでした。

↓91/8発売のピアッツアネロもジェミニ/PAネロの兄弟車


PAネロにとって不幸?だったのは最も後発のピアッツア/同ネロが一番好評だった点、スタイルはジェミニクーペながら初代のセミリトラを継承しながら迫力の丸4灯ライトがなかなか精悍、ジェミニと違いこの事で旧ピアッツアファンにもそう嫌われる事もありませんでした、因みに私の個人的意見もこの4兄弟では一番ピアッツアが好みだったかな?兄弟全ての車型(セダン/クーペ/HB)の中でクーペが一番マトモ、顔付も男前なピアッツア、どの道買おうなんて思いませんでしたが選ぶならそれかなと(笑)

実際、ヤナセでも2代目ピアッツア・ネロの販売実績は少ないとは言え見られましたがこれによりPAネロはほぼ売れない結果を招いてしまいました。

↓ヤナセらしく国際感覚を強調しリリースしたPAネロでしたが…


ここでPAネロの内容をご紹介!

・バリエーション
(クーペ)
160S/160X/イルムシャー160R
(HB)
150J/イルムシャー160R
※限定車としてハンドリングbyロータス、160Fイルムシャーも一時ラインナップ

・諸元
(サイズ)
クーペ全長:54150全幅1695全高1315
HB:全長4150全幅1695全高1325
ホイールベースはクーペ/HB共通で2450(以上mm)
(車重)
11110kg =160S/X
(エンジン)
4XC1 1.5L 直列4気筒OHC 100ps
4XE1 1.6L 直列4気筒DOHC 140ps
4XE1-T 1.6L 直列4気筒DOHC 180ps
(駆動)
FF/4WD
(ミッション)
4速AT/5速MT(SL)
(脚回り)
Fr:ストラット/Rr:ニシボリックサスペンション

HBはファミリーユース向けの1.5LのSOHC、クーペはスポーツ性を重視する1.6LDOHCをメイン、そこに頂点として両車型にこの時代の流行であった4WDモデルをいすゞ伝統のスポーツグレード『イルムシャーR』名で設定、DOHC I/Cターボエンジンを搭載、勿論ジェミニからの拝借モデルですが1300kg程度のウェイトで4駆180psの実力はなかなかのモノ!

ワタシはPAではなくジェミニの同様モデルを体験、後で触れますが独特な機構で4WS機能も持つニシボリックサスとの組み合わせが慣れるまではとても走り辛い、速いのは間違いないのですがちょっと乗ってすぐ手なづけるというモノではなくこれを速く乗りこなすにはそれなりの時間が必要なクルマという印象でした。

いすゞってのは昔のベレット時代からサスペンションには拘りがありこれがいすゞファンのハートを捉える訳ですが他車と比較してしまうとなかなかのクセ者、第一印象は決していいものではなかったのですがベレットの場合レース、そしてジェミニの場合はラリー等で活躍、ニシボリックはラリーストからは好評を得ていました。

4X型エンジンはトヨタレーザー、日産プラズマ、三菱サイクロン、マツダマグナム同様に新世代エンジンとして「シグナス」と名付けられたもの、特にテンロクの4XE1型は先代から引き継ぐ4バルブDOHC、このヘッドは当時関係の深かったロータス社が設計したものでNAならば非常に気持ちがよくトヨタ4A-Gに勝るとも劣らない実力とフィーリングを備えていました。

↓いすゞの名機4XE1ですがマイナーメーカーの性?トヨタ4A-Gが神扱いされる中、ほぼ話題には上らず…


ターボ付きですともうモンスターマシン、ラリーシーンではギャランVR-4やブルSSS-R、レガシィRSの1クラス下に位置しパルサーGTI-RやファミリアGT-Ae等がライバル的存在でしたが国際ラリーがランサーエボリューションとインプレッサに塗り替えられていく過程で目立つ戦績はなく一部国内ラリー、草ラリーで愛好者が活躍する、というある種マニアックな存在でした。

上述のニシボリックサス、簡単に言えば特別な装置を使わない4WS、Rrサスペンションの構造自体で横からのヨーが掛かると自然に?後輪も操舵されるといういすゞ独自のものでしたがこれには色々問題も注目点もありました。

問題はFF(または4WD)にも関わらずコーナー次第ではFR車のようなオーバーステアになってしまう点、これは走り好きにしてみたらある意味面白い部分でもあるのですがファミリーユースでもうFF挙動に慣れ切っている90年代のファミリー層には混乱を招くと言う点、しかもこの4WSはカーブの特性やその後の立ち上がりにより動きが変化、同相と逆相が混在したりしていちいち運転がし辛い部分がありました。

この頃4WSは流行りで日産のハイキャス→アテーサを始めとし三菱、マツダ、ホンダが装備いていましたが動き方がいすゞは独特、他車の4WSは一定時間乗れば理解できる機構でしたがいすゞは混乱するばかり!まぁ、実際にオーナーになれば毎日、そして少なくとも数年は付き合う訳ですからこういった事はなかったとは思いますがなかなか誰でも乗れるという代物ではなかった気がします…。

↓サス自体はストラット式の4独でしたがRrサスに仕掛けが…


いすゞでは“トーコントロールサス、ナチュラル4WS”なんて呼んでましたが正直、どこがナチュラルなんだか?が感想、ステアリングに連動する多くの他社の機構の方がよほどナチュラル(でないのもありましたが…)ではないかと思ったものです。

↓Rrサスの構造、見るヒトが見れば4WSになる原理が解るでしょう!


但し、少し飛ばして走ると挙動は愉しかった、これを恐怖と捉えるか愉しいと捉えるかはそのドライバーの技量や経験な訳ですがFR世代としてはFFながらケツが動くというシーンには慣れている訳でそれがFRの滑りとは異なるモノであっても応用ができるドラテクを持ち合わせればニシボリックも一部の酷評ほど悪いものではなかったと思えます(^^)v

↓図解により同相、逆相になるしくみ?がカタログで謳われこれをバイブルにして乗り込んだのも懐かしい(笑)



エンジンや機構の解説をさせて頂きましたがソフト面、インテリアや室内に目を向けましょう。
この部分も当たり前でジェミニと共通、なので経験があるジェミニ主体の話になりますがご了承下さい!

ジェミニというクルマは歴代からしてどうしてこんなに狭いの?という点が最大のウィークポイントだった気がします、初代のPF型はFRでしたのでそれも納得ですがその時代、やはりFRだっカローラ(E30系)やサニー(B210)に較べても明らかに狭い、足許は前席後席に関わらず窮屈で後席なんて子供でもないとキツい、これがメインのセダンでもそうでしたのでファミリーカーとしては失格、トランクにしてもそう、室内も横方向も狭く同様サイズでライバルとの差は何?って感じでした。

2〜3代目にしてもこの悪い伝統は継承、2代目は利点でもあったコンパクトサイズであったので致し方ないと思えますが3代目に関しては2代目からの大幅なサイズUPにも関わらずやっぱ狭いんだ、これがwww

それでも前席は初代や2代目に較べたら隔世の感がありましたが後席やトランクはこのサイズのセダンとしては明らかに他車の敵にはなり得ない使いにくさ、90年と言えば他車の同クラスもほぼFFに生まれ変わりうまく工夫してそれそれサイズ以上を思わせる空間を実現、特に日産プリメーラや三菱ミラージュセダン、マツダファミリアサルーンなどファミリーカーとしてどれも及第点でしたがジェミニはダメでしたねぇ、これも売れなかった一因だと思います。

PAネロの場合は居住性は無視できろクーペがメイン、クーペなんてモンはスタイルさえ良ければ狭かろうが荷物積めなかろうが関係ないのですがスタイルもねぇー(以下上述)

PAネロもインテリアは基本ジェミニと同一、この時代いすゞが凝っていたクラスターS/Wのインパネも勿論共通。

↓インパネはジェミニと同一


このインパネがまた見切りが悪くてNG、着座位置が低いのでインパネそのものも妙に低い位置にある、これはデザイン上の問題でもあるんですがインパネ低いくせに前面のグラスラインが高くその上ボンネットが急勾配で下がりFr部がスラントですんでどこが前だか身を乗り出さないと把握できない、これはこの兄弟全てに共通していましたね。

クラスターS/W、これは個人的には使いにくくてNGでしたがハンドルを握ったまま各S/Wが操作できるという利点もありファンも多かった様子、いすゞに限らずこの時期の流行りの一種でした。

↓全席優先のPAネロ(クーペ)、後席はオマケ程度の+2と思えば問題なしw


とここまでこのマイナーなPAネロというクルマをクドクド語るヤツもそうはいないと思いますがとにかく地味を通り越し知ってるヒトどの位いる?と問いかけたい程のマイナーモデル、このコーナーに相応しいと思い取り上げてみました(^^;

PAネロ、本流のジェミニが冒頭記載した通りの大不評により当時の通常モデルライフ(4年)も全うできずに発売3年少しの93年7月をもってジェミニ/PA/ピアッツアと国内モデルは全て製廃、2代目ジェミニの遺産を喰い付くしとても新型開発の余裕どころか深刻な経営危機にも見舞われたいすゞ、この後は一部RVモデルを除く乗用車自社生産を諦めやがてトラック専業メーカーになり現在に至る訳ですね。

最終型は不評とは言え歴代の功績もあり知名度もあるジェミニに対し一般ピープルには馴染みの薄いヤナセ専売という背景から知名度も殆どないPAネロ、ジェミニは文献などで今でも語られる事はあってもPAはまず話題にすら出ない哀しきマイナー車、私が振り返らず誰が取り上げるか!!の勢いで締めさせて頂きます(^_-)-☆

“変態と呼ばないで!”納得のマイナーモデルを振り返る⇒『JT191F/JT191S/JT151型いすゞPAネロ』……終
Posted at 2017/12/10 16:25:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2016年08月17日 イイね!

保存版 “変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第7弾!!

保存版 “変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第7弾!!
ダハハ、2年ぶりのこの企画、突然思い出したのでやってみたいと(^^;

夏休み終了に伴い復活企画ですな、もうこんな長文上げる時間もなくなる?しで(泣)


題して“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る 第7弾になりますね、これはかなりの変態度、若い世代は当然の事、このクルマのリアル世代でもよほどの三菱ファン、ギャランファンでないと知る方も少ないかもしれません、正に菱ヲタギャランヲタを自認して止まないワタクシだからこそのネタですねw

そんな訳で今回のお題はこちら⇒『A112A型ギャランGT』

ん?ギャランGT?ギャランGTOでねぇーの…!?

そうなんですよ、この頃のギャランは二つのスペシャリティモデルを有するのが大きな売り!
一つは『ギャランGTO』、そしてもう一つ『ギャランクーペFTO』…

この二つは現代、旧車に多少興味ある方なら誰でも知っているメジャーモデル、尤も現役時代はセリカやスカイライン、27レビントレノの後塵を仰ぐどちらかと言えばマイナーモデルでしたが既にGTOもFTOも発売45年を経過、今ではプレミアのビックリ価格が付く三菱の名車としてその名前は響いています。

さて、そんな“メジャー”なGTOとFTOに次いで新たに当時三菱が「もう一つのスペシャリティ」と銘打って発売したのがギャランGTです!

↓昭和50年に新登場のギャランGT


発売は1975年(昭和50年)6月、自動車業界は予期せぬOILショック、そしてこの昭和50年いっぱいをもち従来型車=昭和50年度排ガス規制に適合しない所謂「未対策車」が販売できなくなる、しかも当時世界一厳しいと言われた50年規制はトヨタや日産などはまだ充分にそのシステムが完成していないというモデルが多ければ多い分規制クリアには難題が大きく巨大メーカーは危機的状況という最中、三菱の場合はこの規制内容が明らかになった昭和48年頃からこれの研究を重ねクリアには自信満々でしたので大メーカーがクリアに青色吐息でとてもNEWモデルの発売なんて余裕がない時期にデビューしています。

しかしこのギャランGT、蓋を開けてみれば「もう一つのスペシャリティ」が笑ってしまう内容で単に従来型2代目ギャラン(通称ニューギャラン)のマスクを輸出用のプリマスの顔を付けバンパーにオーバーライダーとボディにGTO並みの派手なストライプを巻くというマヤカシモデル、ギャランGTOとギャランGT、Oが付くと付かないでは大差違いも著しい、当時これはスポ車ファン、ギャランファンを冒涜するモデルだ!と私もまだ小僧ながら怒り心頭になった記憶がございます(笑)

↓“O”の文字が付くと付かないじゃ大違い!!(画像はOの字が付くギャランGTO50年型)


GTO好きでしたからね、当時ウチでも73年のGTO200GSを乗っていましたし。

ギャランGT発表前に父と訪れていた三菱ディーラーの懇意の営業から「今度GTOの弟分出ますよ!」的な情報を得ておりオヤジと楽しみにしていた結果がこれかい!!とうなだれた記憶もございますw

何せベースのニューギャランというクルマは当時大、大、大不人気車、その不人気ぶりはトヨタの2代目マークⅡ(X10/20)や日産ブルーバードU(610型)と並び毎回カー雑誌では人気ない、下取りは期待できないと書かれる始末、それでもマークⅡやブルUは街でもかなり見かけましたがニューギャランは見ませんでしたしマジカッコ悪かった、今見ればそうでもないんですが人気の高かった初代A50系ギャランを2Lクラスに格上げと同時にボディを大型化、デザインも豪華さを表すよう曲線美という贅肉をタップリ備えたスタイルは73年のFMC後から酷評されていましたしね、何故に今更2年も経ってニューギャランそのものを「もう一つのスペシャリティ」とか言っちゃう訳?と嘆き哀しんだモノです(-_-;)

まっ、このGT追加には事情もあり71年デビューのFTOが極端に売り上げ減に75年当時なっていた点が大きい、73年のOILショック以降、三菱に限らずスポーティモデルには苦境の時期、それでもGTOは当時ショーファーを除けば三菱の最上級でしたしイメージリーダー的立場でもあったので苦境の中でも商品寿命を維持する目に見える、見えない改良も施していましたがFTOはこれに較べマイナーでメーカー自身売る気あるの?みたいな扱い、昭和50年時点ではほぼ放置状態となりギャランGTはFTOの代替え車種の立ち位置にした目論見だった訳ですね。

FTOの後続は75/2にデビューしているランサーセレステが立派に勤めていたのですがGTO/FTOの2大スペシャリティが売りであったギャランシリーズ、この体制の存続を掛けたものながら結果的にギャランGT、何がしたかったの?的変態車に間違いない(笑)

さて、そんな経緯から登場したギャランGT、その内容をご紹介!

GT専用のカタログまでこさえる気合の入れ方、そこには当時提携していたBIG3の一つである米クライスラー社と共通する“国際感覚に溢れる”なんて宣伝文句が書かれています。

↓ギャランGT専用カタログの表紙と背表紙


しかしこれはあくまで個人的感想ですが当時のこのクラス(1600〜2000)は4灯式ヘッドライトが普通、2灯式なんて軽や大衆車のクオリティであり当時一般には最上級である2Lを有するモデルに下級ランサーみたいな2灯式なんて有り得ない、車格ってもんが分かってない!と感じましたし市場の反応も同様、オリジナルのニューギャランより安っぽく見えるだけですし元々酷評のスタイルです、いくらストライプ巻こうが内装にデニム生地あしらう(一部限定モデル=スプリングシリーズ200台限定)ともちっともスポーティじゃない(-"-)

↓ベースとなったニューギャラン、4灯式ライトで取りあえず車格は維持してました。


カタログではそのスポーティアピールの強調がマンガに見える程痛い、値段的にも普通のギャラン(の同グレード)より安いならともかく高い設定ですから誰が買うの?って感じで結果はGure少年の思った通りでした。

↓カタログを開けばこれでもか!のスポーティアピールもお笑いでしかなかったw


このギャランGTというモデルはこれが正式名称、そこにSL-5とDXというバリェーションがあるという誠に解りにくい設定です。

ギャランGTバリェーション

・ギャランGT HT1600SL-5
・ギャランGTセダン1600SL-5
・ギャランGTセダン1600DX

ね、解りにくいでしょ(笑)

大体GTなのにDXというグレードがあるのが不思議、素のギャランのDXに装備は準じますが顔付がプリマスってだけの廉価版ですからねー、SL-5にしても同様ですがまだこのモデルで訴求したかった意図に合っているしいや、ホント、ギャランGT DX、謎のクルマで買った人いたんだろうか…

因みに本流ギャランのバリェーションは

(1600)
DX/カスタム/GL/SL/GS
(1850)
GL/SL-5
(2000)
GL-Ⅱ/GS-Ⅱ
※73/6〜74/11までの未対策モデル

この事から解るようにGTで唯一オリジナルと異なるのは同じ1600SLにGTのみに5速MTが与えられた位ですかね、GTの特権は(笑)

ギャランGTの諸元を記載しておきますと

(サイズ)
全長4325全幅1615全高1395ホイールベース2420(以上mm)
(車重)
965kg =セダンSL-5
(エンジン)
75/6〜75/10:サターン4G32型 水冷 直4OHCシングルキャブ 100ps
75/10〜76/12:サターン4G32型 水冷 直4OHCシングルキャブ 92ps MCA51年規制適合
(駆動)
FR
(ミッション)
4速MT(DX):5速MT(SL)
(脚回り)
Fr:ストラット/Rr:リーフリジット
(ボディ)
セダン/HT

そもそもOILショックや排ガス規制による影響からスポーティモデルが否定されていた時期でのギャランGTの投入に疑問、まぁ、名前と意匠のみのスポーティであり中身はギャランそのものですので目くじら立てるモノでもないんですがよりスポーティなFTOと入れ替える程のモデルでもなし、上には立派にGTOが控える訳ですし当時「時代遅れ」と揶揄されたスポ車ファンにはGTOで充分対応できた訳ですしね、まぁGTOと較べると旧FTO同様最上級のGTO2000GSRとは30万円程の開きもありましたのでリーズナブルなスポーティ雰囲気を求める層へのアピールと無理矢理考えるしかないんですが。

↓ギャランGTのインパネ、ギャランGS-ⅡやGTOと同様の3本スポーク革巻きステアや油圧、電流計がスポーティさを演出


↓インテリア、この時代特有のビニールレザーは廉価版と同一でスポーティさはなし


ギャランGTのドライブ経験は残念ながらありませんがニューギャランはデイーラー勤務時代に時々下取りで入ってきていたので何度が転がしました。

未対策時代のサターンエンジン(4G32)は名機と言われた三菱の名作エンジン、初代ギャランやA73型ランサーの海外ラリーでの活躍からしてその名声は高い。

非常に鋭い吹け上がりはシングルキャブであってもストレスを感じさない仕上がりでした。
ややガサツで荒々しいのもありトヨタや日産のテンロクエンジン(2T/L16)には静粛性では劣りファミリーカー目線で見るとこの部分はライバルには敵わなかったながらパンチとパワフルさは明らかに上回りこれにツインキャブ装着ですとDOHCのトヨタ2T-Gと互角に勝負できる、そんなエンジンでした!

その荒々しい排気音=ギアチェンジの際に聞こえる吹き抜ける音が独特でこれがファンの間では“ギャラン・ノート”と言われ有難たがれたものです、これが聴こえるよう意識したアクセルワーク、私もやっていましたね、ついでに述べればこの時代の菱車のシフトフィーリングとハンドリングは当時の水準を超えるシャープさが三菱ファンには定評、ギャランGTでもこれは味わえました。

ただ、残念なのはGTにはツインキャブは未対策時代も載せられていなかったのでこの点もGTを謳うのは看板に偽りアリ!って気がしましたね、先代ギャラン、ランサーやFTO、セレステではGS/GSRとして搭載された名機も不要な?車格UPの弊害でニューギャランそのものに4G32ツインキャブはラインナップされていませんでした。

↓名機の評価高い4G32型エンジン(画像はMCA51年対策エンジン)


75/10月以降は4G32型はMCAシステムによる排ガス対策エンジンの搭載となり出力で8psダウンを余儀なくされます。

三菱の場合、50年規制を飛び越えた51年規制に対応、サーマルリアクター方式による排ガス後処理方式を採用しました。
トヨタの一部タやホンダ、マツダが希薄燃焼、トヨタの多数と日産が触媒方式を採用する中、三菱は独自でした。

この排ガス適合による補器類にパワーを喰われ8psダウンとなった訳ですが当然規制モデルのドライバビリティの低下は顕著、解り易く言えば排気量が200cc位下がったような印象でしたがそれでもライバルテンロクであるトヨタの2T-U/12T-Uや日産のL16 NAPSは燦々たる内容で排気量500ccは下がったんじゃね?的な非力感でしたのでそれらに較べれば我慢できる範疇でした。

そしてギャランGT、上述の51年規制適合時の車種編成整理であの解りにくいバリェーションを廃止し旧SL-5に統一、『ギャランGT』モノグレード化されています。

↓MCA51年規制適合後のギャランGT(セダン)


ギャランGT、本筋ニューギャランに輪をかけた不人気、販売不振はどうにもならずニューギャラン自体が既にモデル末期、車種編成以後は放置され76/5、ニューギャランのFMCで新生ギャランΣがデビュー、この時ニューギャランセダン(GT含む)はΣに移行生廃、HTは同年12月のギャランΛデビューまで持ち越されるもこれにて廃止、Σ/ΛにはギャランGT的モデルは用意されず僅か1年少々で幕を閉じる事となりました…。

ベースでの定例変態ミーティング、ここまで“変態車”として取り上げてきたスカイラインHBやオースターなんていつも話題に上りますがさすがこのモデルは出た試しがない程の変態の中の変態車だと確信します、このクルマを知っているヒトと世を徹して語りたい(徹夜する程内容ないですがwww)そんなギャランGTのご紹介でした(^^)v


“変態と呼ばないで”納得のマイナー・モデルを振り返る・⇒『A112A型ギャランGT』……終
Posted at 2017/12/10 16:10:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2014年08月28日 イイね!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第6弾!!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第6弾!! “変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る 第6弾は限定車型の変態車を取り上げてみました!

これはどなた様でも認める(?)変態度の高いモデルだと思いますよ (*^^)v

そんな訳で今回のお題はこちら⇒『6代目R30型日産スカイライン5ドアハッチバック(HB)』

6代目R30は昨今のハチマルブームにも乗っかり今が旬?の旧車人気の高いモデル、ハコスカ、ケンメリ、ジャパンにR31と数多くに名モデルを誇るスカイラインの中でも現在最も注目度は高いのではないでしょうか…

R30のモデルライフは昭和56年〜61年(1981〜1985)、イメキャラに当時のアメリカの大スターでクルマ好きで知られたP・ニューマンを起用、70年代の日産デザインの主張であるインボルブメントデザイン(セミファストバックorファストバックでクオータガラスが切れ上がる後方視界を極端に犠牲にしたデザイン)にこだわるばかりにケンメリ(C110)→ジャパン(C210)と続いたモッサリ感のあるスタイリングから決別、“新・愛のスカイライン”が当初語られたようにクリーンでスッキリなハコスカのイメージを現代的(当時)に再現したR30はその先鋭的なスタイルも勿論、デビュー直後に追加発売されたケンメリR以来の4バルブDOHCのRSが大注目、その人気はハコスカでデビュー以来長年スカイラインのイメージリーダーを務めたL20型エンジン搭載の2000GTシーリズを裏方に追いやる実力、従来〜R31以降の後続モデルが6気筒のL20若しくはRB系エンジンをメインにしてきたスカイラインの歴史の中で唯一4気筒をメインとした珍しいモデルでもありました!

さて、そんなR30ですが搭載エンジンやボディは先代までにない充実ぶりでこれまでのセダン、HT、バン(エステート)/ワゴンに留まらずこのモデルには多用途性をアピールする5HBをラインナップ、幅広い展開をした訳です。

R30がデビューした80年代初頭はそれまでは単に道具、足として捉えれれてきたクルマがレジャーに欠かせない、レジャーシーンに欠かせない存在である事が認知された時期、70年代後半の1BOXやピックアップブームによりアウトドアライフを覚えた日本人はそれまでのメジャーであったファミリーセダンでは飽き足らなくなっていました。
そこで各社、以前から主に欧州向けにラインナップしてきた5HBをユーザーに提案、セダンの居住性や1BOXの操作性に不安を覚えるユーザーのためセダン+週末に1泊やBBQなどの荷物を満載できる今が売り込みのチャンスとばかりに開発、人気車スカイラインにもこれを用意し拡販を目論んだ訳ですね〜。

しかし5HBは日本では60年代から時折各車、ラインナップされるもスタイリングや使い勝手がライトバンと混同されヒットは皆無の状態、長らくこのような状況でこれの陽の目は2000年代の初代マツダアテンザまで待たなくてはならなかったという各車挑戦する割には成功の試しがない曰く付きの車型ですので人気車にラインナップされた5HB、当時ワタクシもある意味大変興味を持ってR30のこのモデルを注目しましたネ〜(^_^;)

結果は…予想通りと言うか当然と言うか惨敗!!

現役当時も後年の中古時代でも人気の高いセダンやHTは数多く見かけたR30の中でHBが現れると“オオオーーーッ”となる程珍しく当時は「誰が買うんか?」というレベルの珍車でしてそのレア度?変態度?は限りなく高くそれがかえって現代では希少度の面からしても一部マニアには有り難みのあるモデルとなっている=デビュー30年を経過してようやく陽の目を見た感がありますネ。。。

さて、そんなHBですが当然ながらセダンがベース、Cピラーまではセダンそのもので居住性なども同様、セダンのトランクにあたる部分を広いラゲッジとした定番通りのモデルです。
尚、R30ではこのセダンをベースに2つの車型に発展させていました。

↓セダンをベースにこの5ドアHBとバン(エステート)を展開するワイドバリエーション!


Rrドアまで全て同じパネルを使うこれら派生モデルでしたがこの3種の中ではセダンが勿論一番広く普及、2番目は何とライトバン(日産に名付けはエステート)がすこぶる好評!
個人的にもバンのスタイリングはなかなか秀逸で背むしのようなイメージの5HBに較べルーフまで切れ上がったクォータウィンドウとくさび形の先鋭的なスタイルが非常にバランスが良くHBがあるために5ナンバーのワゴンが設定されなかったのが悔やまれるほど4ナンバー貨物商用だけにしておくのが何とも勿体無かった思い、今もありますねー…

後続R31ではワゴンが設定されますがバンはR30を継続、R31ワゴンが保守的な当たり前なステーションワゴン然とした平凡な出で立ちであっただけに“スタイリッシュバン”のエステート、これにワゴンがあればまたR30の販売展開も変わっていたのでは?と感じます、事実、商用とは言え現役時代レアなHBよりよほどエステートの目撃は頻繁でワゴン代わり、乗用車代わりにこれを求めたユーザーも相当数いたとの事です。

それではモデル概要に移ります!

[諸元]※デビュー時のデータ

(発売)
1981年(昭和56年)8月
(ボディ)
4ドアセダン/2ドアHT/5ドアHB
(バリエーション ※5HB)
TIシリーズ:1800TI-L/2000TI-E・X
GTシリーズ:/2000GT-E・L/2000GT-E・X/同エクストラ
GT-TURBOシリーズ:ターボGT-E・X/同エクストラ
ディーゼル:GT-L
(型式)
TI:日産JR30型
GT/ターボ:日産HR30型
ディーゼル:日産ER30型
(サイズ)
全長4595mm全幅1665〜1675mm全高1385〜1395mm
(ホイールベース)
2615mm
(車重)
1070〜1215kg
(搭載エンジン)
Z18S型 1800cc 直4 OHC 2バレルシングルキャブ グロス105ps/15.0kgm
Z20E型 2000cc 直4 OHC EGI グロス120ps/17.0kgm
L20E型 2000cc 直6 OHC EGI グロス125ps/17.0kgm
L20ET型 2000cc 直6 OHC EGIターボ グロス145ps/21.0kgm
LD28型 2800cc 直6 OHC ボッシュ式分配 グロス91ps/17.3kgm
いずれも縦置き搭載
(ミッション)
4速MT/5速MT/3速AT
(脚廻り)
TI:Frストラット/Rr4リンク式リジット
GT系:Frストラット/Rrセミトレーリングアーム
(駆動方式)
FR

以上の通りの諸元になりますが前述の通りベースはセダンですのでホイールベースや全長は全く同じ数値、幅や高さに違いがあるのはグレードによるもの、当然車重もこれにあたります。

尚価格は全てMTとして1,340,000(1800TI-L)〜2,107,000(ターボGT-E・Xエクストラ)となりシリーズ中最も高価、平均してセダンの8万円高、HTの2万円高という設定。

↓5HB最高峰である2000GT-E・Xエクストラ/ターボGT-E・Xエクストラ


性格からFJ20 DOHCエンジンの搭載モデル『RS』の設定はなし、メインは従来とおり5HBに関してはL20のGTシリーズが努めまた、先代ジャパンでデビューしたLD28 6気筒の快速デーゼル(De)もラインナップされています。

(バリエーション)
ベースのセダンと較べるとバリェーションは絞られていますがそれでも主だったグレードは存在、これだけ用意してもパイがあったのか?疑問ですがHBでもターボを用意するなど次期R31ワゴンGTパサージュやスバルレガシィにおけるハイパワーワゴン(性格にはR31はワゴンではありませんが広いラゲッジを持つ多用途モデルという意味)の元祖と言えるモノではないかと思います!

↓5HBのラインナップ(2000GT-E・Xエクストラ/ターボGT-E・Xエクストラ以下)





(エンジン、ミッション)
前述の通りFJ20を除き5HBには全てのエンジンをラインナップ、廉価版の1.8L〜スポーツライクのターボ付き、経済性+ハイパワーの2.8LDeまで幅広い層をカバーします。

Z型、L型、LD28型、それぞれが先代C210ジャパンからのキャリーオーバーで基本的に性能は同一ながらターボ(L20ET)に関してはジャパン時代とスペックこそ不変ながら低中速域のトルク重視型のカムプロフィールに変更、ターボ創世記のジャパンであまりのドッカンさ、タイムラグからある程度のベテランでないとギクシャクした走りにならざるを得なかったターボモデルを改良しドライブフィールの向上に務めていました。

↓5HBに搭載のエンジン郡

Z18S


Z20E


L20E


L20ET


LD28


エンジンフィールはこの時期のモノですからまだ排ガス規制ショックの影響は隠せずこの時点ではLD28を除き全てが未対策時代の後追い規制エンジンですのでL20ターボとLD28で合格点、これ以下はR30のボディではオーバーウェイト感は隠しきれない実力、FMCする度に重くなり排ガス規制の補機類に力を取られる各機、言葉悪いですが53年規制78y〜)以降ターボ(L20ET)やDOHC(FJ20ET)で誤魔化してきたスカイラインもメインエンジンではまだまだストレスを感じる代物でした。

ミッションは廉価版1800TI-Lのみに4速MTと3速AT、2000TI-E・X以上に5速MTと3速ATの設定となっていました。

この時期既にトヨタは4速AT=オーバードライブ付きをアイシンが開発、これを搭載しておりまだ比率的にはMTは多い時代、特にスカイラインというモデル特性から販売比率も圧倒的にMTでしたがATを選択する上でこのトヨタとの差は致命的、トヨタは76年のクラウンから既に4ATだったのに対し日産のこれの搭載は81年の430セドグロと5年の遅れが後年からなされたAT比率の高まり時に両社のシュア比率に大きく影響、スカイラインは先記の理由からそれほど弊害は感じませんでしたが他の高級モデルでの争いでは非常に不利でありクラウンvsセドグロ、マーク?兄弟vsローレル、コロナvsブルーバードではかなりこの時期に日産はATの差でシュアを落とした一因でもありますね。

当然ながら3ATのモデルは4気筒6気筒に関わらず高速走行では非常にストレスが大きく燃費も悪い、排気量が大きいとは言え100kmで3000rpm以上の巡航は辛いモノがありこれが4AT登場前でしたら当たり前でノークラによるイージードライブにだけ有り難みを感じれ良かったですが多段化により急速にATの快適性が向上した80年代初頭、トヨタ、そして三菱に次いだ日産の後手は当時専門家にはさんざん揶揄され目に余るものがありましたっけ…

(ボディ、スタイリング、エクステリア)
この項ではさんざん述べてきたように基本は4ドアセダン同様のウェッジを効かせた直線基調のスタイリング、これをファストバックとしラゲッジを儲けた以外はセダンモデルと基本的に同一の味付けのインテリアが組み合わされます。

S50やハコスカから継承する4気筒モデルと6気筒モデルの差別化はハコ〜先代ジャパンの頃に較べ大幅に狭められ先代までがFrグリル、テールは勿論搭載エンジンの種別により全長(ノーズ)まで分けられていたのをR30では同一化、この事は当時“遂にTI(4気筒)もGTお同じ鼻になった!”と結構な話題となったものです。

Frフェイスも基本的にGTとTIの差別は解消、唯一リデザインされていたのはテールのみでGTが伝統の◎テール、TIは一般的な横長のコンビネーションとされていました。

これは5HBでも同様、スタイル的に大人しいTIテールの方がHBではしっくりくるような印象を個人的には持ちますが◎テールのHBを見るとある意味興奮したりと(笑)

↓◎テールはHBのGT系ではしっかり採用!


(インテリア、居住性、装備)
R30系は良く言えば非常にスッキリしたインパネと飾り気のない内装でしたが悪く言えば大衆車然としたインパネデザインやショボさを感じるほど素っ気ない室内、内装トリムなどにはまだまだビニールレザーも多用され安っぽさが目立ちました。
先代のジャパン、先々代のケンメリ時代には前方視界が悪いという弊害はありましたが目線にメーターパネルが来る非常にスポーティな味付けでインパネでさえもスカイラインは魅力的だったのに対しR30はこの部分“見易さ”にこだわりスポイル、先代までの「スカイラインに乗っている」といういい意味の緊張感は皆無となりパッと見、B11サニーやK10マーチと変わらない印象は個人的にはFMC時に大きく落胆、ワタクシもこれのRSには乗っていましたが最後までインテリア、インパネのデザインは嫌いでした(-_-)

↓各操作類がまとめられ機能的ではありましたがスパルタンさや高級感という観点では不評だったインパネ
(5HB2000GT-E・X)


5HB、当然ながら最大のセールスポイントはRrのラゲッジルームである事は言うまでもありません!
当時でも既にHB系では常識的装備だった分割可倒式スプリットシートを採用、目新しさは皆無でしたがセダンやHT、そして分割可倒シートではないエステートよりは確実に多用途性に優れていますがRrシートに現代のようなリクラインニング機構はまだ未装備。
しかしワゴンやバンのように絶対的に上方向のスペースはないのでこの辺がスカイラインに限らず5HBという車型がイマイチ流行らない一因で中途半端さが災い、後年訪れたステーションワゴンブームとは比較できない地味な車型だったのです。

↓80年代のHBモデルでは必ずカタログに掲載されていた多用途アピールをR30でもしっかり掲載!




居住部分はセダンと全く同一、格下のかつてのバイオレット3兄弟や同時期サニーなどではセダンよりも5HB(カリフォルニアやリゾート等)ではスポーティ性を強調する意味合いからあえて全高をセダンより低くしていましたがR30お場合はこれもセダンに合わせています。
セダンそのものがキッチリしたスクエアな箱型ボディでしたしこのサイズですから当時のFR小型セダンとしては充分な広さを持っており頭上、足元、肩部とも充分のスペースを持っていたので後席でも不快な印象は皆無、加えて5HBも含め広い視界でキャビンは明るくケンメリ、ジャパンと続いた穴蔵のような暗さから開放され開放感も大きくR30での一番の美点だと思います、これは余談ですがHTでも言える事であり視界の悪い事がカッコ良かった70年代車と劇的に変わった点ですネ!

(シャーシ、脚廻り、ドライブフィール)
フルサイズに近い(当時の5ナンバー枠という点)まで拡大されたシャーシはスカイラインらしくしっかりしたもの、4気筒と6気筒を同じシャーシとした為、4気筒にはやや大き過ぎる嫌いはありますがHTを除き剛性もそれなり高く定評のある脚回りと併せて当時の国産車としては1級品だったと思います。

脚回りは伝統を継承、Frは共通のストラットですがRrサスはTIいリジットとなる4リンクコイル、GT系は4独となるセミトレを採用、セミトレのGTはスカイラインが長年煮詰めてきた秀逸なる脚回りでこの頃では既にFRモデルとしては4独後発だったトヨタや三菱もこれを開発採用していましたがしなやかさとイザという時の頼もしさはスカイラインには適わず特に日産のセミトレは大きい、急激なレーンチェンジ時でもよく追いついてきてコーナワークが楽しかったのが印象的です。

↓GT系はお馴染みのFrストラット/Rrセミトレーリングアームという組み合わせ!



これに較べTIのリンク式リジットはどうしても廉価版のイメージを持たれがちで格下のブルにしても格上のローレルにしても廉価モデルはこの形式でしたがそう劣った脚ではなく限界は低くリジット特有の底ヅキ感はあるも他社の同形式と較べると出来栄えは良く柔らかすぎず硬すぎずで主にファミリー層をターゲットとするTIとしては充分以上の性能を持っていたと思います。

ハンドリングはまだまだボールナットが主流の時代、R30も全種これでしたがパワーアシストは上級のGT-E・X系のみ標準装備でした。
4気筒のTIならば当時の水準からしても“重い”レベルではなく軽快さはないも操舵に苦労するモノではありませんがGT系パワステ非装着モデルは走っていればともかく低速や据え切りではドッコイショとなる重さ、重いL型エンジンですので当然なのですがこの分野はTIに軍配、尚同じ4気筒のRSもハンドリングは問題なかったです。
基本的に同一機構のステアリング、RSですと太いタイヤの分TIよりどっしり感がありましたがパワーアシストがない分、路面から道路状況が文字通り手によるように伝わりFRらしいややオーバーステア気味のハンドリングは非常に我々世代では素直な挙動を示し安心感が高くTIですとシャーシがパワーに勝っている分かなりの無理もl効く印象、GT系でもこれは相通じますが常に操舵の重さは意識せざるを得ず2000GTで楽しいコナーワークというのはあまり味わえなかった印象が強いですね〜。

エンジンフィーリングは前述の通りZ18及びZ20E、L20Eは決定的なオーバーウェイト、L20Eは重い分下手すると加速ではまだZ20Eに軍配が上がったりする程牙を抜かれたエンジンでしたし静粛性能だけがZを上回るという印象、L20ETはジャパン時代よりも扱い易くなりあの3000rpmから激変したドッカン度合いがかなり弱められATならほぼそれを感じさせないレベルに手直しされていましたから個人的にはジャパンターボよりはR30ターボのフィーリングが好み、勿論高回転、高速での実力には何ら代わりなかったですし…

LD28Deですがこれは先代ジャパンの時にスカイラインとしてはおよそ似つかわしくない印象でしたが一度乗るとGTターボがいかにも馬力で走るのに対しDeらしく低回転からのモリモリトルクで走る力強さをまじまし感じました。
De特有のガラガラ音も極力抑えられ振動もガソリン車と変わらず騒音も6気筒化により不快レベルではなくこれ以前のSD/LD型Deエンジンと較べると非常に先進性を感じたエンジンでそれでもワタクシ個人は当時若かったのもありDeというモノに抵抗ありましたが今ならば非常に興味を持てる(排ガスを除く)モノだったと感じます。

LD28はDe全盛期にセドグロ、ローレル、そしてスカイラインへと搭載されこの分野ではトヨタより一早い6気筒化はDe乗用をリードしていたと思いますね、まぁ、現代の先進技術で造られたクリーンディーゼルには6発創世記のモノですからこれに較べるとお話にならないレベルながらこの当時、De乗用の革命的存在だったのは確かです。


それではこれよりモデル改歴に移ります、R30スカイラインは1度のMCを行っていますので前期・後期の記載となっています。

※特別仕様、小変更など全ては網羅していませんのでご了承願います。また、改暦は一部スカイラインシリーズ全般を記載していますが基本5HBのみの記載となっています。

(81/8)
6代目R30型スカイライン登場、同時に従来型にはなかった5HBが設定。

(82/10)
TIシリーズを一部変更、Z20E型搭載の2000TI-E・Xを廃止、1800のZ18S型も新開発のCA18型直列4気筒OHC CA18型/CA18E型エンジンへ換装、グレード充実(TI- Lエクストラの追加設定や1800TI-E・Xの設定等)を行います。

(83/8)
後期型にMC、Frフェイスとテール意匠が変更されます。

Frは従来のハニカムグリルにセンターにモールを入れ高級感を演出、テールは引き続きGTは◎、TIは横長コンビですがこちらも意匠を高級に味付け、特に◎は2重構造のブラックテールデザインに変更、テールランプ点滅時に◎◎が浮かび上がるという凝ったデザインに変更されました。

↓後期型5HB2000GT-E・X(83/8〜)



↓後期型5HB1800TI-E・X(83/8〜)


尚、後期型より法規改正で認可されたドアミラーがGT系で標準化、TIでは基本フェンダーミラーを継続しますがドアミラーもグレードによりop設定、またHBではテールゲートをブラックアウト化しRrの表情を引き締めています。

(85/8)
スカイラインシリーズ、7代目にFMCが実施され5HBは廃盤、新R31ではこれの発展型とも受け取れるワゴンへ進化しています。

↓新型7代目R31型では5HB代わってワゴンモデルを設定


(総評)
長い歴史を誇るスカイラインの歴史の中で最初で最後だった5HB、形式的には現代のスカイライン・クロスオーバーも近いモノがありますがこれはこれで異質のモノ、通常?のセダンモデルの派生である数多くのボディを持つスカイラインの中でも稀有な存在でした。

歴代スカイラインはどれも人気高いのですがR30も同様でファミリーユース当時のこのクラスのセダンとしては充分及第点だったのとスタイリイングもスカイラインらしい若々しさと先鋭度が魅力的、HTはよりクルマ好きが競って追い求める伝説の人気モデルの立ち位置を継承、エステートは小洒落たコマーシャルカーとして本来の業務使用に限らずレジャーシーンでの多用途を好むユーザーには乗用代わりに支持を得ましたが5HBだけは人気車スカイラインであってもやはり市場は無反応でこれこそ“華麗なる1発屋の名が相応しいモノとなってしまいました。

ただ、HBモデルでありながらもターボや高性能Deおラインナップした点はさすがスカイライン、それまでこの種のモデルでは設定される事の少なかったスポーツライクの存在は後のワゴン系の高性能モデル→ステージア等に継承されていきますのでこれらの元祖としての存在価値はあったと思います。

日本では売れない5HBを“スカイライン”というBigームをもって果敢に挑戦、結果は鳴かず飛ばずの惨敗ながらそのレア度から現在ではこれにRBやFJエンジンを移植したり顔付きを鉄仮面にスワップする猛者も存在、ド変態の心をくすぐるに充分な5HB、当時も今もかなり少ないですが今後の動態保存に期待のかかる変態車だと信じて疑いません(^_^)/


“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る・⇒『6代目R30型日産スカイライン5ドアハッチバック』……終
Posted at 2017/12/10 15:56:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2014年05月14日 イイね!

“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第5弾!!

“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第5弾!!“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…

第5弾となる今回は前回から引き続いて『2代目A35/A55型ダイハツシャルマン』を取り上げます!

先代A10/20/30/40型初代シャルマンはデビュー時こそ久しぶりのダイハツオリジナル(実際にはセミオリジナル)として注目されパブリカやスターレットの借り物?だった唯一の普通車(商用車を除く)であるコンソルテシリーズの上に位置しダイハツフラッグシップの役目も背負いベースのカローラにはない高級度を身にまとう良く言えば“小さな高級車”悪く言えば“身の丈に合わないオーバーデコレート車”、市場の反応もこのクラスは掃いて捨てる程存在する激戦区ですので大中メーカーの大衆車がひしめく中、旧型カローラベースのマイナー車がマイナーメーカーからポッとデビューしても1年目こそ前述の理由からそこそこ注目されるもその後はジリ貧、それをダイハツは焦ったのか?MCでどんどんと過剰装飾化を決行、フラッグシップの名の下にデビュー時のスッキリしたオリジナル度は影を潜めてゆき最後にはその出で立ちに眉をひそめる?嫌悪を感じたユーザーも少なからずいたのでは?と思えるエスカレートぶりにダイハツという特殊な立場にあるメーカーの悲壮感を感じさせるものでした。

需要は当初こそ物珍しさからカローラやサニー、ランサーやGファミリアの隙間に入り込む販売台数を稼ぐも比較的早い時期からこのクルマはダイハツ、メーカーや販社のおエライさん専用車の存在価値でしかなくなり一般ユーザーがドライブする姿を見たら驚く!!とまで言われた程で当時も今も“珍車”“激レア”“カルト”の形容詞で語られる程の生粋の?変態車に相違ないですネ(+o+)

そんな初代シャルマン、74年~81年の8年間を生きそろそろお役御免か!?と思っていましたが油断しましたwww
何と今度は当時モデル末期だったE70カローラをベースに2代目が誕生!まさかのFMCを行いカルト好きを喜ばせてくれたのです!!

初代同様カローラをベースに再びダイハツフラッグシップの誕生はダイハツの社員さんはさぞ喜んだでしょうね~!
何せ先代が当時としても太古のE20系カローラベースでしたからね、2代目は仮にも現役のE70系ですから先代の型遅れベースとは違い更に2世代も新しい立派な新型(笑)

まっ、カローラがE80デビューの83/5迄の僅か1年半程度の“新型”でしたが…

↓81/10、E70型カローラベースでFMCされひと回り大きくなり“フラッグシップ”さがより充実?した2代目シャルマン
(㊤1500アルティア/㊦アルティア2トーン仕様)


それではモデル概要に移ります!

[諸元]

(発売)
1981年(昭和56年)10月
(ボディ)
4ドアセダンのみ
(バリエーション)
1300LD/LC/LF
1500LGF/LGX/アリティア
(型式)
ダイハツA35型(1300)及びA55型(1500)
(サイズ)
全長4200mm全幅1625mm全高1380mm
(ホイールベース)
2400mm
(車重)
815~905kg
(搭載エンジン)
トヨタ4K-U型 1300cc 直4 OHV シングルキャブ グロス74ps/10.7kgm
トヨタ3A-U型 1500cc 直4 OHC シングルキャブ グロス80ps/11.8kgm
いずれも縦置き搭載
(ミッション)
4速MT/5速MT/3速AT
(脚廻り)
Frストラット/Rr4リンク式リジット
(駆動方式)
FR

以上の通りの諸元でベースが70カローラですので機構、脚廻り、エンジン、ミッション設定はこれを踏襲、先代と較べTOPが1600→トヨタの新開発レーザー3A型1.5Lに排気量ダウンしています。

この事は普通ならイメージダウンとなりますが先代の旧態化したT型エンジンより格段に軽くレスポンスも良くしかも低燃費に1.5L化による節税といい事ずくめ!この判断は非常に良かったですね…と言うか既にこの時期は商用やDOHCを除いてトヨタでT系エンジンの搭載車はない、若しくは消える予定にあった時期なのでダイハツに供給し続けるのは無理、そこで華々しく“新エンジン”とセールスしていた売れ線3A-Uを下請けにも与えたってところでしょう。

(エンジン、ミッション)
搭載エンジンは定評の4K-Uと3A-Uの2種、1200時代の3Kは排ガス対策(TTC)でさすがにあのOHVとは思えない軽快な吹け上がりは影を潜めてしまいましたがこれを排気量UPしてTTCの損失を補いかつての元気さを取り戻すのに成功、カローラやシャルマンではやや荷が重いながら下級となるKP61スターレットは初代KP47スターレットから継承してレースでも大活躍する元気っぷり!

カローラ/シャルマンでは廉価版扱いの1300シリーズですが燃費、軽快さは新型A系エンジンにも遜色なくこの時代で既に20年となる古参エンジンですがまだまだ色褪せていませんでした。

↓スターレット、カローラで定評の4K-U型1.3Lエンジン


一方の3A-Uは諸元で記した通りのトヨタ中級クラスの新型エンジンでしてトヨタ初のFFモデル、78年デビューのAL10系ターセル/コルサ用に開発された1A-U型エンジンが基礎、この1Uはその後各部改良されスペック&燃費を向上させた3A-U型となります。

ボアダウンさせた2A-U(1300)も用意されますがこちらはターセル兄弟専用、1300はシャルマン、カローラ、スターレットには前述の通りまだまだ色褪せずこちらも改良を繰り返した4K-Uを搭載、1500のみTTC化以来評判が悪いT型に変わって3A-Uが搭載されました。

3A-UはT型1600(2T-U/12T-U)に較べ排気量こそ100cc、psも3psダウンとなっていますが肉薄の新設計、T型デビューの70年代初頭のOHVエンジンとは比較にならないレスポンス。
特にTTCによる補機装置が付いたモノと較べるとその元気さはT型なんて話にならない出来映えでT型の未対策に無理矢理補機装置で排ガス規制をパスしたものと違い設計当初からこれを盛り込んだ対策エンジンとの違いは鮮明でしたねー、ワタクシも初めてこのエンジンを味わった時は「これが排ガスパスの1500!?」と思える活発さは今も記憶に残っています。

↓80年代に入り悪夢の排ガス規制の後遺症から解かれデビューした1.5L 3A-U型新エンジン


ミッションに関しても70カローラからそのまま移植、70から例の1、3速の遠い旧型ミッションは新たなモノに換装され手を下ろせばシフトレバーに自然に手が届くフィーリングとなりKE10からいつも感じていたギアチェンジ時の違和感が補正されまた、FRですから当然ダイレクトチェンジなのでカチッと決まる気持ち良さも健在でした!

ミッションは4/5速MTと3速ATというこの時代ならば当たり前の布陣、後年ATは多段化に一早い推進をしたトヨタグループらしくシャルマンも4速ATが追加されていました。


(ボディ、スタイリング、エクステリア)
ボディバリェーションは先代同様の4ドアセダンのみ!
ベースの70カローラが2/4ドアセダン、HT、クーペ、LB、バンと多種多様のボディ展開をしていたので寂しい限りですし先代ではやはり20カローラバンベースのライトバンも存在しましたが2代目ではセダンオンリー、この事がシャルマンをよりダイハツのイメージリーダー、プレミアムセダンという価値を高めたか?は疑問ですしせめてこの後、静かに人気となるワゴンや若者向けのクーペなりHTの存在でもあればいくらか地味な印象も拭えたのではないかと感じます。

2代目シャルマンは先代が前後ドアに20カローラやスプリンターの影が大きく残るモノだったのに対し完全なるオリジナルデザインとなり新たなプレスを起こしていました!

“高級セダンの証”とも言われた6ライトサルーン+スクエアな直線スタイル、四隅をピンと張る端正な出で立ちは80年代らしいスッキリ感でダイハツの開発テーマ⇒『経済的なハイオーナーサルーン』を良く表しいかにも70年代だった先代の陳腐イメージは払拭され好感が持てましたがどこなく親会社のマークⅡセダン(X60系)を小さくまとめたような出で立ちはあまり新鮮さはなかったような!?!?

しかし初代後期の過剰装飾、アクの強い顔付やテールの処理はなくなりスッキリとクリーンでジェントルなモノに変更、このため良きにつけ悪きにつけ個性的だったエクステリアはスマートになりましたが“シャルマン”の主張は弱まりました。

↓80年代らしいクリーンなデザインの2代目シャルマン(81yアルティア opのアルミホイール装着車)


(インテリア、居住性、装備)
インテリアに関してはこの時期は小型車もFR→FFへの転換期で車室の広さをFF先駆の小型モデル達が謳う中、シャルマンはFR小型車ですからね、出た時点でこれは勝負になりませんorz…

モデル末期の70カローラベースの哀しい性、この頃当のカローラは次期型FFのE80型の試作も終えており初代同様の“お下がり”をもらうシャルマンですからここを語るのがナンセンスなのかも(+o+)

その代り?インテリアについては日産スタンザがミニ・セドリックであったようにシャルマンは“ミニ・クラウン”と言える程の豪華さをTOPグレードの『アルティア』に与えこれならダイハツ重役さんも満足!(笑)と思えるモノでした。

当時のカローラの最高峰『SE』をも上回りまだまだ小型車では珍しい各パワー装備もテンコ盛り、じわじわ訪れていたハイソブームの中でこの部分だけは若きGureも目を見張っていましたねー(笑)

何せシートや内張りの意匠はクラウンロイヤルサルーン?マークⅡグランデ?的、黒一辺倒のインテリアだった走りのクルマばかりを追いかけたワタクシ、「これが激シブ!」とか言いながらも明るくモコモコと豪華な内装に内心凄く憧れていましたネ~^_^;

↓とても1.5Lクラスのセダンの内装とは思えなかった『アルティア』のインテリア
i

インパネデザイン、外観と同じく直線的デザインでまとめられ80年代らしい集中メーターを採用、見切りはよくこれと言った特徴はないながら嫌味のない飽きのこない機能的なモノだったと思います。

↓アルティのインパネ、この部分は大衆車の域ながら機能的!


(シャーシ、脚廻り、ドライブフィール)
この分野も70カローラそのもの!だと思います(汗)

と言うのもワタクシこれの1500は経験してますが1300は未知ですので何とも…
1500アルティだけの感想はドライブフィール的にはハンドリング特性などは70そのままですがサスが柔らかい設定でシートもフワフワ、まだ本家高級車がこのような味付けこそが高級車!! という時期でしたのでそれを模倣するような柔らかさがありしかも本家ほど金も当然掛かっていないのでいよいよのところである程度は踏ん張れるクラウンやセドグロと違い物の見事に腰砕け→ハイスピードでは修復不可!っていう感じだったですねー。

70(前期)同様にステアリングが1500はボールナット、1300がラック&ピニオンでしたのでね、1300は廉価設定ですのでシートもアルティ程フワフワではないでしょうしサス設定も悪くても70の1300レベルだと推測しますのでかえって1500アルティアは安心感あったのかもしれません、あくまで推測の域を出ませんが。

運転していても6ライトによる明るい室内と広い視界、旧型にあった狭苦しい感覚はサイズ拡大以外でこんな部分も寄与ていたと思います。

サスも先代の古典的リーフリジットからストラット/4リンクに変更、もちろん70そのもので前述の通り柔らかめのバネ?ショックになってるか?程度のフィーリング差でした。

まっ、カロ-ラ同様に面白くも何ともない乗り味ですが誰が乗っても安心してドライブできる、当時のFR小型セダンとしては及第点以下でも以上でもないのが逆に平凡かつ信頼性の高い脚だったと言えましょう…


それではこれよりモデル改歴に移ります、2代目シャルマンは1度のMCを行っていますので前期・後期の記載となっています。

※特別仕様、小変更など全ては網羅していませんのでご了承願います。また、一部上記解説と重複箇所があります。

(81/10)
8年ぶりのFMCにて2代目A35/A55型がデビュー

(81/11)
特別限定車『1500スポーティLGX』をラインアップ、このモデルは1500LGXをベースにA/W、フォグランプ、2トンカラー、特別柄のシートを施したものでした。

(83/8)
MCにて後期型となります。

1500モデルは認可済みのドアミラーを採用、フロントグリルの意匠変更の他水平指針メーター、1500もステアリング形式をラック&ピニオンとしアルティアを旧アルティアの路線を踏襲する『アルティアL』、旧アルティアをベースにスポーティイメージ(60タイヤ+A/Wのop、ダーク&原色カラー、室内意匠等)とした『アルティアG』と2極化しユーザー拡大を狙います。

↓83/8~60タイヤ&A/W装着の『アルティアG』


↓アルティアGのインテリア&インパネ



尚、このMCから1500の3Aエンジンを3psパワーUP、これと併せて1500のみATを4速化、同時に1300から4MTを廃止し5MT/3ATのラインナップとしています。

(84/9)
一部変更、1500のみバンパーを大型化します。

(87/10)
デビュー6年で製廃の時を迎えます。

81年デビューから83年迄で細々約2万台弱の販売を行いますが84年を境に台数は激減、86年以降は3,2桁という時期もあり商品寿命が尽きた事が表向きの理由ですが親会社のメインであるカローラセダンがFF移行後も旧70系のシャーシをAE86系レビントレノに残して生産続行していましたがこれもいよいよ87年のE90系へのFMCでFFシャシに集約される事となりダイハツへのシャシ供給ができなくなった事が大きく初代よりも短命に終わる結果となってしまいました。



(総評)
提携→子会社~合併以後、トヨタの下請けに甘んじてきたダイハツが威信をかけて“フラッグシップ”として誕生させた初代シャルマン、決して商業的成功はならずともこれの意気込みこそ完全自前の『シャレード』開発に繋がり数少ないダイハツの名車誕生に寄与、シャレード以降の2代目シャルマンも意欲作としての期待が込められましたが蓋を開けてみればボディこそ完全オリジナルながら中身はカローラという先代と同じ内容で再び『シャルマン』としての主張がないままのデビューに市場はほぼ無反応、ダイハツの社員専用車のイメージ脱却はできずにトータル販売台数も先代以下の8年で約30,000台程度という散々たるものでした。

制約の中で造るダイハツ小型車ですから致し方ないですが終盤ではライバル車がほぼFF化を済まし新時代の小型車!として脚光を浴びる横で最後まで狭いFRセダンはいかにも不利でデビュー当初からFF化を叫ぶライバルが多い中での2代目シャルマン、出た時点で完敗が予測できた、そんなモデルでした。

初代デビュー14年でダイハツが学んだのは「所詮親のお下がりをもらっても大成ならず!」だったのではないでしょうか…

この教訓はシャレード、そしてシャルマン廃止から2年後にデビューする『アプローズ』に活かされダイハツ独自の視点と感性でオリジナルの魅力溢れるモデルの登場に繋がりますので2代のシャルマンの生存も決して無駄とは思いたくありません。

諸般の事情で?立位置的な後続であるアプローズも不幸な結果となりこれ以来ダイハツはこのクラスにオリジナルモデルは投入していません、時代的に現在OEM文化が根付いてしまい特にダイハツにそれ(オリジナル)を求めるのは酷ですがトヨタにはない斬新なアイディアや技術力を持つメーカーだけに惜しい気がします。

当時は「トヨタのお下がり」と相手にされなかったシャルマンですがこうして振り返ると現代のバッジ替えよりは遥かに造り手側の意地とメッセージを感じさせませんか?

シャルマンを今見て思う事…当時は理解されずとも初代デビューから40年の今日に“ダイハツスピリット”をつづく感じましたネ~、今更ですが…(^.^)/

“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る・『A35/55型2代目ダイハツシャルマン』……終

Posted at 2017/12/09 17:18:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ

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