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2016年12月30日 イイね!
妻の治療は痛みにこらえながらも、リハビリがメイン。理学療法士さんの適切でわかりやすいスパルタ(!)に妻は本当に頑張ってこなしています。

脳の手術の時もそうでしたが、まずは筋肉と骨格の動かし方など。そして日が経つにつれてわかってきたのは、右脇からヒザにかけての麻痺。
これについては、腫瘍を切除する際に脊髄を開いている(切ってはいないのですが、)ことの影響で、手術個所と症状が出ている部位の関係はあっているとのこと。つまり症状が改善されるかは経過を観察していきましょう、とのこと。

その後も妻は退院ギリギリまでリハビリを続け、昨年内に病院を後にすることができました。

そしてウチに帰ってきた妻、リハビリの効果もあり、室内の移動には難はあれども、杖を使うまでもないくらいに回復しました。

しかし前記の右側の麻痺が残っていることに加えて、手術前にあった息苦しさ、右胸の痛みも表れてきました。

特に退院後初めての夜中については、眠れないほどで、翌日の朝には回復したものの、夕方にかけて症状が表れたため、病院に相談し、救急外来にかかりました。幸い脳神経外科のドクターが当直されており、急遽MRIを撮って脊髄の状態を確認しました。
その結果‥

脊髄については、かなり改善されていることがわかりました。腫瘍の周りに見られた空洞と明らかにその面積が減っていました。






ではこの息苦しさや、他の症状は何が原因なのか。

それは今回ドクターの診断でわかりました。

やはり原因は、わたしにあるのです。ドクターのお話では、脊髄についてはその症状は考えられない。とすれば、脳の方の問題。確かに脳の腫瘍はキレイに取れているが、てんかん痙攣が起きやすくなっていることは変わりがない。少しの「不安」や「ストレス」で痙攣が起きてもおかしくはない。

妻にとっては、わたしが浮気をしたという現実とわたしの反省が見られないその変わらない性格がある以上、いくら子供達と一緒いたとしても、心休まることはないのでしょう。

このままでは、痙攣止めの薬の増量に加えて、神経系の疼痛薬の増量もありえます。

このままでほいけないのです。

わかってはいるのですが。

Posted at 2017/01/02 19:34:06 | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年12月29日 イイね!
妻は2日ほど集中治療室に泊まっていました。そのあいだ毎日面会時間に会いに行きましたが、術後はむくんでいて血色もわるかったのが、日に日に良くなっていきました。

そしていろんな配線配管が取れた後に、一般病棟に移ることができました。

しかし、今回は脊髄ということで、背中のど真ん中を縦に約20cm開いております。当然まだ傷口はホチキスで止めたまま。普通に仰向けで寝れるわけがなく、痛みとの闘いでした。

痙攣止めの薬と痛み止めの薬を併用。わたしの悪事が大事な妻を薬漬けにしてしまっている事実。しかもネットで調べたり、理療法士さんの話を総合すると、服用している痛み止めの薬は完全に「医療大麻」レベルの強い薬で、禁断症状がキツイらしいのです。

そして痙攣止めの薬も状況次第では、増量もあり得る、と。妻をこんな身体にしてしまったわたしは‥。
Posted at 2016/12/29 22:48:28 | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年12月29日 イイね!
妻が手術室に入ってから、長い長〜い時間を待ちます。その間妻は全身麻酔で意識がないながら、全力で戦っています。

前回もそうでしたが、家族は無事を祈って待つ、だけしかできません。その間、自分が犯した浮気について、後悔の念しかありません。「妻よ、本当にごめんなさい」

そして、手術ほ予定通りの時間で終わってきました。7時間30分‥
術後の麻酔明けで朦朧とした意識の中で妻はしっかりこちらの問いかけに返事をしてくれました。
「おかえり、そしてごめんな、」

その晩は当然集中治療室的なところでお泊まり。執刀してくださったドクターの話では、
「きれいに取れました」っとのこと。
しかしまだ頭痛、背中の開口部の痛み、右脚の脱力感、など違和感は残っています。これが徐々に取れることを祈るのみです。

家族全員でひとまず安堵いたしました。




Posted at 2016/12/29 22:37:26 | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年12月27日 イイね!
手術前日からわたしも病室に泊まることは、前の手術と同じです。
妻のご両親も遠くから駆けつけてくれ、わたしの両親・兄弟夫婦も心配して立ち会ってくれました。

手術予定時間は前とほぼ同じくらい。脳と脊髄という違いはあれども、非常に難しい手術であることには変わりはありません。

「血管芽腫」年に1回あるかないかの症例だそうです。元凶になっている腫瘍を切り取る、のですがもちろん脊髄を傷つけることはできない、この腫瘍はほぼほぼ良性であるらしいので、転移などの心配はないそうですが。



上添付の写真の赤→の間の白いところが、脊髄中の腫瘍によって、髄液がせき止められてパンパンになっている状態。ドクターに言わせるともう限界だそうです。

脊髄と聞いて、いろいろ悪い想像が湧いてきます。脊髄損傷から半身麻痺など‥

切りとれる腫瘍はドクターを信じて待つしかありません。わたしにできることは、妻のことを思って、わたし由来の元凶を反省し、改める強い意志を持つことです。

予定手術時間は5〜6時間。前回の脳の時と同じくらい。

そして妻は手術室に向かいました。







Posted at 2016/12/29 17:51:06 | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年12月18日 イイね!
前回、「人の道からはずれることは、しないことです。」的な一言を書きましたが、実はそんな簡単な話ではありません。

今回は妻の腫瘍ができてしまった元凶の話を自白します。

最初に述べてしまいますが、その元凶はこのわたし、の妻への不貞にあることは間違いない、ということです。

今回は時系列に従ってその不貞を列挙していきます。

それは妻とお付き合いを始めた頃まで遡ります。


・遠距離恋愛中の社内浮気(妻に仕事とウソをついての他の女性との浮気)
大学生の頃からの付き合いであったわたしたちは卒業とともに、遠距離恋愛に突入しました。入社して間もない頃、会社的にまだクルマを持たせてもらえない期間は電車を使って毎週のように、半年経ってクルマの許可が出てからも毎週通わせていただきました。

ところが仕事と職場の雰囲気に慣れてきた頃に社内の女性のことが気になりだし、声をかけ県外までドライブに出かけてしまいました。休日に、妻には仕事とウソをついてでした。これが浮気の始まりでしょうか。
バレなければ、と浅はかで愚かな考えでありました。

この時は自ら自白して、妻の許しを請いまして。
これで終わっておけば、まだ救われたであろうに。わたしのアホさ加減はこの後加速して行くことになります。

3年間の遠距離恋愛の後にわたしは正式に妻には結婚を申し込みました。
しかし妻にしてみれば、特にプロポーズのことを覚えてない、とのこと。それほど薄っぺらな内容だったのでしょう。
妻は実家から隣の県へ離れることとなり、初めて親元を離れることになりました。結婚式ではわたしもこんな妻に寂しい思いはさせません、とご参列いただいた方々に宣言しましたが、現実はひどいものになりました。

結婚してから後に子供が出来るまでの二人きりの貴重な時間に仕事ばかりで、二人の思い出をほとんど作ってやれませんでした。休みの日も、早朝から遅くまで仕事をしておりました。
その間、妻の中では思い出作りは、夫婦間ではなく、会社の同僚任せで、同僚が毎日毎週遊びや泊まりに来て長女が生まれた後も子供達と遊んでくれたのも、会社の同僚たちでした。
子供達が病気になったときも、病院迄、妻と子供連れて行ってくれたり、子供が具合悪くなったと連絡があっても仕事があるから、と同僚に行けるか聞いて見ると父親放棄の発言をしていたようです。

そしてそんな父親放棄なわたしは、婚前に浮気をした女性とランチに行ったりと、自分のやりたい放題。
しかも2回目のランチは相手の女性が退職した後でしたが、後任の女性を介して、しかもその後任の女性も合わせて3人でランチに出かけました。
このときは妻に目撃され、平謝りにあやまるばかりでした。(婚前に自白して誓った約束を簡単に破ってしまいました)。

妻と子供と寝てる横で、夜中に堂々とメールを送り合い、相手の誕生日の日付け変わる時にハート沢山のおめでとうメールを送っているのも目撃されています。

仕事がと妻を同僚任せにしながら、不倫相手とコソコソ会ってました。その相手とは妻が直接対決で、話したらしたらしいが、わたしを「暇つぶしで都合のいい男友達、本気な浮気相手居るし貴方の旦那と浮気なんていい迷惑だしあげる言われてもいらないわ!!」と言われたようでした。妻にとっては二重の屈辱だったと思います。

その後も「仕事が‥」と言いながら、家事・育児は全て妻まかせ。会社の同僚が心配してうちに訪問して妻の様子を見にきてくれていまして。そんな好意を逆手にとって、なおも外出してうちのことはほったらかし、でした。

そのうち仕事で絡む女性のことが気になりだし、さらに妻への態度が家庭内別居状態になりました。

その女性は見ているだけで、実際の行動は起こされていませんが、独り身の気軽さから、妻へ離婚して、一人になりたいと宣ってしまいました。当時二人の子供がいながら、です。
両家族が揃って説得されましたが、自分は悪くないんだ、の一点張りで結局妻が悪いと言いくるめ、妻は変な行動(自殺など)に出ないように、わたしの母親(妻からは姑)が何日間部屋に泊まり、やわら軟禁状態で監視されるという精神的な暴挙に出てしまいました。

そのころの会社の飲み会や家族ぐるみの会などでは、たまに妻と子供も連れて行きましたが、妻から見れば、会の最中は妻と子供を放ったらかしで、他の女と話していたようです。客観的に見ても最低です。「来なきゃよかった」と思われても当たり前。

仕事と言いながら、何も身になっておらず、いい歳になっても社会的に出世もせず、金銭的な面でも妻には負担をかけてしまいました。妻は自分の口座から、生活費を捻出させる有様。挙げ句の果てに新婚旅行の時のモノも換金させる始末。男として最低です。下の下です。かといって自分のものは何も手放さず、でした。今回全て手放して、妻の無念さがわかりました。

会社もこんなバカは放ってはおらず、転勤を通告されます。この頃になると同僚は呆れて、声をかけられることも少なくなり、完全に孤立状態でした。

この頃になるとわたしの妻への態度は、ほ「無視」でありました。妻は新しい街で、顔見知りが一人もいない状況にもかかわらず、です。結婚式に宣言したことは完全に忘れています。

そして今度の浮気は「出会い系」。簡単にお金を払って、実在しない相手に入れ込んで、妻にも言ったことないような、相手を思いやったような甘い言葉を連ねて、なんとか繫ぎとめヨゥと欲望が見え見えな文章。本当にバカだったと思います。これも簡単にバラて、会社のガラケーを2回も折られる始末。

「出会い系」と時を同じくして「オークション」で中古の不良品を爆買い。ウチに届けるとバレるので、現場事務所に届ける詐欺師。しかし手元に届かないも物もしばしば。安物買いは後で痛い目にあうことを改めて実感しております。

※この後妻は「うつ」を発症します。

・このときは病気がちな両親を片道8時間離れた妻の実家まで謝罪に行き、もうしないことをお約束してきました。

にもかかわらずです。今回の奇跡の手術が終わった後に、エロ画像を見ていたことが発覚。(男としてサイテーでありました。)

「うつ」の後、妻に寄り添い仕事も早く帰っていたものが、1時間、2時間と帰宅時間は遅れていきます。何をしていたか。道半ばでエロ画像を見て、ニヤニヤ喜んでいました。(本当にゲスです。)

「言った」「言わない」のケンカになれば、妻に言った言葉か、出会い系の相手に言った言葉かの区別もつかなくなっているような有様で。その割に、妻に対する一言が足りなくて、といぅより会話という会話もありませんでしたが、妻に対して「俺が言った言葉のその先は推測しろよ」的な駆け引きのような会話になってしまうし。思ってることを言えばいいだけなのに。

信用を完全に失っている状態です。もちろん自業自得ですが。


まだまだ数え切れません。
ここで一旦アップしますが、他も準備が出来次第、また修正があれば都度、修正して、自分の浅はかさを、晒し者にします。
Posted at 2016/12/21 01:27:21 | コメント(0) | トラックバック(0)
プロフィール
「妻の容態も安定。

いったん自宅に帰ります。

移動距離 437km


何シテル?   09/22 02:02
ともきあです。よろしくお願いします。 以前のIDを完全に忘れてしまったので、再登録です。
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