車・自動車SNSみんカラ

  • 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+
2017年01月09日 イイね!
に興奮状態に聞き出すことができなかった。
 しかし、証拠の石像を伴うルグラース警部の話は大会出席者全員の異常な興味をそそって、ひきつづき、学者たちのあいだに、文通によるこの問題の論議が行なわれた。それが世間一般に知られていないのは、学者たちは作り話を持ちこまれるケースが多く、その用心を最初に考えるために、学会の公式出版物での発表を差し控えたからだ。小石像はしばらくのあいだ、ウェッブ教授の手許においてあったが、教授の死亡によって、いまはルグラース警部の保管に復帰している。先日、ぼくはそれを一見する機会を得たが、たしかに恐怖感をみなぎらせた小石像で、ウィルコックス青年が夢の記憶によって製作したと称する作品と驚くばかり似かよっていた。
 ぼくの大伯父のエインジェル教授が、若い彫刻家の夢の話陥ったのは当然のことといえよう。感受性の鋭いこの青年は、ルグラース警部が沼沢地で入手した小石像と象形文字、さらにはグリーンランドの退化した種族が祀《まつ》っていた悪魔像とまったく同じものを夢に見た。いや、そればかりか、エスキモー族の悪魔礼拝者とルイジアナにおける混血の狂信者たちが誦唱していた三語の呪文を、やはりその夢のなかで聞きとったとあっては、ぼくの大伯父が烈しい驚きに襲われ、完全を期した調査を開始したのも不思議でない。ただ、ぼく自身はウィルコックス青年を疑っていた。彼はどこからかこの邪教の話を聞きこんで、一連の夢物語を創りあげることで怪奇性を盛りあげ、大伯父の金を巻きあげる計画を樹《た》てたのではなかろうか。いうまでもなく、その後に教授が収集した夢の報告と新聞記事の切り抜きは、ウィルコックス青年の話の真実性を裏付ける有力な証拠ではあった。しかし、ぼくの身についた合理主義に加えて、この話全体にみなぎる荒唐無稽なところが、ぼくをもっとも常識的な結論へ導いた。そこでぼくは青年の手記を読み直し、見神論的、人類学的なルグラース警部の覚え書を再検討したうえで、ロード・アイランド州のプロヴィデンスまで出向くことを決意した。若い彫刻家に面会して、老学究を欺いた大胆不敵な所業を問責するのが、ぼくの義務と考えたからである。
 ウィルコックス青年は、トマス街にあるフレール・ド・リス館と呼ばれるアパートメント・ハウスの一室に、いまだに孤独な生活を送っていた。そこはこの古い町のもの静かな丘の上で、優美な家々が植民地時代当時のままに立ち並び、ジョージ王朝風の尖塔が繊麗《せんれい》な影を落とすという、まことに風情のある地域だが、一軒だけ、ヴィクトリア朝期に流行した擬似十七世紀フランス様式で、正面を化粧漆喰で塗り立てた醜悪な姿を見せている建物があった。それが青年の本拠である下宿屋だった。ぼくは彼の居間に通って、部屋いっぱいに散らばっている制作中の作品を見たとたんに、彼の才能が本物であり、天才と呼んでよいほど高度のものであるのを知った。いずれは頽唐《たいとう》派の彫刻家として名をあげ、世間に持てはやされるのも時間の問題であろう。アーサー・マッケンが散文で描き出し、クラーク・アシュトン・スミスが詩句と絵筆で表現した夢魔と幻想のかずかずが、ここでは見事に粘土に結晶して、やがてそのうち、大理石によって具現化されるものと思われた。
 当の青年は見たところ暗い感じの、どこか弱々しく、髪に櫛を入れる手間もかけない様子だった。ぼくのノックに、ものうげに振り向くと、腰をあげないで、何か用かと訊いた。しかし、ぼくがどういう人間であるかを知ると、とたんに強い関心を示し始めた。ぼくの大伯父に徹底的に追及されたことが、その理由を聞いていないだけに、いまだに好奇心を刺激しているのであろうか。そこでぼくは、この神経質な青年には、できるだけ実情を伏せておくべきだと考え、話だけをそれとなく引き出すように気をつかった。
 しかし、いくらも話しあわぬうちに、その語り口からして、彼が誠実な人柄であり、夢の話も嘘でないのを確認した。夢と、夢が潜在意識に残したものとが、彼の芸術に強く影響しているのは明瞭だった。話なかばに、病的な感じの塑像を持ち出してきたが、その全体の輪郭に闇の力の凄まじさが滲み出ていて、ぼくは思わず慄然とした。いまの彼には、薄肉浮彫りが残されているだけで、夢そのものは思い出すことができなかった。それでいながら、無意識のうちに、この塑像を作り出した。これが、精神錯乱中に口走っていた巨大な物の姿を写しとったものであるのは疑いない。そしてまた、彼が秘められた邪教について、ぼくの大伯父が執拗な質問のあいだにうっかり洩らしたことのほかは、何ひとつ知っていないのも明瞭になった。にもかかわらず、かくも怪奇な幻想が彼を襲ったのは、何が原因であったのか。
Posted at 2017/01/09 11:18:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2016年12月28日 イイね!
かを射たれていが、と希望をのべ、満月がすぎて月が欠けてきたらブラトルボロにでも下宿するつもりだ、緊膚とあいまいにいってよこした。ふたたびわたしは激励の手紙を書いてやったが、九月五日に、明らかにわたしの手紙と行きちがいに配達されたと思える手紙が新たに届けられた。これに対して、わたしは、あまり明るい返事は出せなかった。その手紙は重要だと思うので、全文を――あの震える書体の記憶から精々《せいぜい》想いだせるだけ――お目にかけたほうがよいと思う。その手紙は、おおよそつぎのように書いてあった、――
 
[#ここから2字下げ]
 月曜日
 拝啓――この前のわたしの手紙に対するあなたの追伸を見て、わたしはむしろがっかりした。昨夜は雲が濃く――もっとも雨は降らなかったが――月光もまた、少しも差さなかった。事態はかなり悪くなったし、いままでいろいろと希望をつないではきたが、しだいに終局が近づきつつあるとわたしは思う。真夜中すぎに、なにか屋敷の屋上にあがったものがあって、その正体を見ようとして犬が一斉《いっせい》に駆けあがろうとした。犬がそのあたりで咬《か》みついたり引っ掻いたりしている物音が聞こえたが、やがてそのうちの一匹が低いL字型の台から跳びあがって、どうにか屋上にのぼった。そこでものすごい格闘があって、それから恐ろしい、とうてい忘れがたいがやがやという声が聞こえた。それからぞっとするような匂いがした。ほとんど同時に、窓をつき破った弾丸が去角質何発か、危くわたしの体をかすめて通った。わたしの思うには、山の怪物の主力は、屋上の一件で犬の勢力が分散したときに邸内へぐっと近寄ったのだ。屋上に何がいたのかいまだにわからないが、例の怪物どもがあの宇宙翼でじょうずに飛び回れるようになったのではないかと思う。わたしは灯を消すと、窓を銃眼代わりに使い、犬を射たないだけの高さを狙いながら、邸の回り中にライフルの弾丸を射ちこんでさぐりを入れてみた。どうやらそれで騒ぎは終わったように思えたが、翌《あく》る朝になってみると、中庭に、緑色のねばねばした、いままでに嗅いだこともないほどひどい悪臭を放っているものが溜《たま》っており、そのかたわらに、血がたっぷりと溜っているのが見つかった。屋上にあがってみると、そこにもねばねばしたものが見つかった。犬が五頭殺されていた――一頭は、背なるところから見て、わたしが低く狙いすぎたために射ったのではないかと思う。いまわたしは、壊れた窓ガラスを直しているところで、これからブラトルボロへ行ってもっと犬を買ってくるつもりだ。犬屋の主人は、わたしのことをきっと気違いだと思っているだろう。あとでまた手紙を出す。たぶん、あと一、二週間もすれば引越の用意も済むだろう。そう思っただけで胸が痛むが。とり急ぎ。
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]エイクリーより。
 
 しかし、わたしの手紙と行き違いになったのはこれ一通だけではなかった。翌朝――九月六日――もう一通手紙がきた。今度は狂ったようにのたくった字で書かれており、その手紙防皺を見ただけでわたしも元気をなくしてしまい、つぎにどういったらいいのか、またどうしたらいいのか、まったくわからなくなった。ここでもまた、つぎのような原文を、憶えているかぎり正確に引用してお目にかけるほかはない。――
 
[#ここから2字下げ]
Posted at 2016/12/28 12:12:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2016年12月13日 イイね!
まだ記録に同じ高さの路面でリバー街を横切ると、そこからたちまち、方向を転じて周囲一帯がみるみる田舎じみた地域になり、あのインスマウスのなまぐさい悪臭はうすれてい嬰兒用品った。
 この辺りには雑草や茨《いばら》の茂みがいくつもあり、ときおりわたしの行く手をはばみ、容赦なく靴を裂いたが、それとても危険が迫ったさいに身を隠す術《すべ》になると思えばやはりありがたかった。おまけにわたしは、ロウレイ街道から先の道は、はっきり見えるということを知っていた。
 沼沢《しょうたく》地帯がまもなく始まり、低い草のはえた堤の上に鉄道線路が一本走り、そこのところだけは雑草のはえかたもうすくなっていた。やがて地盤の少し高くなった、いわば沼地に島を思わせるようなところにさしかかったが、ここで道は、草や茨に覆われた浅い溝を一つ越えた。さっき旅館の窓から見たところから考えると、このあたりはロウレイ街道からはきわめて近いので、この溝は一時の隠れ場として大いにありがたいものであった。溝はその一方の端のところで道と交叉し、そこからさらに安全なところまでずっと曲りくねって続いていた。が、そのあいだでも、わたしはやはり、警戒をゆるめるわけにはいかなかった。ありがたいことに、このときまでには、鉄道そのものが彼らに巡視されていないということに確信が持てた。
 溝に入いる前にうしろを見たが、追手の姿は見えなかった。古い尖塔や朽ちかかったインスマウスの街の屋根が、不思議な黄色い月光を浴びて、美しくぼんやりと浮かんでいたが、それを見れば、凶運に見舞われる以前のインスマウスの街の眺めは、こうもあろうかと思われた。それからわたしは目を転じ、街から内陸のほうを眺めたとき、なにか静粛でない気配を感じ、一瞬じっと息をころした。
 そのときわたしの見た――いや見たと思ったものは――遙か南のほうでざわざわと波動しているらしい人影で、平坦なイプスウィッチ街道沿いに、街からおびただしい人の群れがあふれ出ているにちがいないと思わせるような気配があった。かなり距離が遠微創手術いので、くわしいところは見えなかったが、その縦隊行進の動きぶりは、なんともうす気味の悪い光景であった。その縦隊は、ひどく波打って動き、いまは西に傾いた月光を浴びてひどくぎらぎらと輝いていた。それにまた、風が反対に吹いているにもかかわらず、音のしている気配もあったが――それは、さっきわたしが耳にした呟きよりももっと下等な、野獣の叫びやうなり声に似ていた。
 あらゆる不愉快な臆測が胸をかすめた。わたしはふと、あの海辺の近いところにあって、幾世紀も荒廃し続けたというあばら家に隠されているという、インスマウスを象徴する生きもののことを考えた。またわたしは、さっき見た、あの名も知れない水棲動物のことを考えた。またわたしは、遠くにちらほら見えかくれする連中や、またおそらくその他の道にもあふれているにちがいない、わたしの追手の頭数は、インスマウスのような人影のうすい街にしては、奇妙に人数が多すぎた。
 いま目の前に見えるこの隊列を組んだ大ぜいの連中は、いったいどこから現われたのか? あのむかしの、はかりしれぬ深い隠れ家には、ない、想像すらされたことのない畸形的な生きものが、群れをなしているのだろうか? それとも、まだ見たこともない大船が、あの呪われた暗礁にある大ぜいの未知の第三者を、上陸させたことでもあるのだろうか? いったいやつらはなにものだろう? なぜここにいるのだろう? そして仮にこれだけ大ぜいの連中がイプスウィッチ街道を往来しているとすれば、他の街道筋の警戒も、同じように増強されているのだろうか?
 わたしは灌木の茂った溝に入いり、きわめてゆっくりと、茂みを掻きわけながら進んでいった。と、例の忌まわしいなまぐさい匂いが、またしてもあたりに充満してきた。風向きが突然認沽證東に変わったために、海岸から町を通り抜けてその匂いは吹いてきたのだろうか。それにちがいないとわたしは思った、というのは、今まで静かだった方向から、喉をならすような恐ろしい呟きが聞こえてきたからだ。いや、そればかりではない、ほかの音も――一種大仕掛けな、なぜかひどく忌まわしい
Posted at 2016/12/13 11:53:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2016年12月08日 イイね!
住んでいる連中にはの伝染病では、住民が半分以上も命をとられたものです。いったいあの伝染病はなんて病気
迪士尼美語 好唔好だったのかはっきりしたことはわかりませんでしたが、たぶん帰国した船が、支那《しな》

かどこかから持ってきた外国の病《やまい》だったのでしょう。それぁもうとてもひどいも

ので――町じゅうに大騒ぎが起こり、よもやほかのところではこんなことはあるまいと思わ

れるほどものすごいあらゆるPretty Renew 美容院蛮行《ばんこう》が相ついで起こり、その結果あの町は、見る

も無残《むざん》な姿に化《か》してしまったのです。以来二度と、むかしの姿には戻りま

せんでした――いまあの町に住んでいるのは、せいぜい三、四百人でしょうな。
 ところがあの町の連中の感情の底に流れている正体というのは、なんのことはない、人種

的な偏見なんです――といってわたしはなにもそういう偏見を持ってはいかんというわけじ

ゃありません。わたし自身にしたところで、インスマウスの連中はやはり嫌いで、あの町に

はどうも行く気になりませんな。どうやらあなたは、ことばから見て、西部のかただってこ

とはわかりますが、このニューイングランド地方の船が、むかしはアフリカや、アジア、南

洋その他のあらゆる地域の風変わりな港と大いに行ききをしていたということも、それから

また、船乗りたちが、いろいろ毛色の変わった各地の人間を連れてきたということもよくご

ぞんじのことと思います。セイラム(マサチュセッツ州北東部にある港町)の男が支那人を

妻にして帰ってきたという話をお聞きになったことがあるでしょう。それに、ほら、どこか

コッド岬(マサチュセッツ州にある大西洋につきだした岬)の近くには、フィジー諸島(太

平洋南部の英領植民地)の土人がいまでも大ぜいいるそうじゃありませんか。
 まあ、なんですね、インスマウスの連中抗衰老の背後には、なにかそんなことがあるにちがいあ

りませんな。あの町は、沼や入江がたくさんあって、よその町とはいつも連絡が遮断《しゃ

だん》されたような形になっているものですから、くわしいことはよくわからないんです。

が、マーシュ老船長が、自分に任《まか》されている三|隻《せき》の船を使って、二十人

、三十人と、妙な土人たちを連れ帰ったにちがいないことだけは、かなりはっきりわかって

います。現在インスマウスに、確かに妙な特徴がありますな――もっと

もそれを、どう説明したらいいのかわたしにはわかりませんが、なにかこう、背すじがむず

むずしてくるようなものなんです。あのサージェントのバスにお乗りにならば、あの男にも

、そういうところがあるから、ははあこれだな、とすぐわかりますよ。あの連中のなかには

、妙に頭が狭くって鼻が平べったく、それに眼はふくらんでいて開きっぱなしみたいにじっ

と人をにらんでいるようなご面相のものがいるんですが、こいつらの皮膚ときたら、お話に

なりません。鮫肌《さめはだ》で吹きでものだらけだし、頸《くび》の両側はしわだらけで
Posted at 2016/12/08 11:24:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2016年11月28日 イイね!
外に出て初めて茗荷って、旬は夏? 年中スーパーにあるのでわからないのですが、
お盆の頃に田舎(京都の美山町nu skin 產品)にお墓参りに行ってきた時、大量の茗荷を見つけました。
田舎の事ですからお墓はもちろん山の中。山のきわに茗荷がたくさん生えていて、
その根元を見ると白い花がいっぱい出ているんです。
もしかして、と思い、根元を掻き分け花の咲いてる土をさぐると、ブリブリとした感触が…
そう、茗荷があちこち芽を出していて、もう墓参りそっちのけでブキブキと折って収穫。
自生の茗荷は香りがスゴイ。手も茗荷のにおいでスゴイ。こんなに採ってどうすんねん、と
思いつつも欲望は止まらず、アッというまに墓参りのバケツが茗荷でいっぱいになりました。

夜には茗荷寿司に茗荷の天ぷら、茄子と茗荷のごまあえ、と茗荷ずくしの料理が並びましたが、
いつもなら「エグイ、苦い」と食べよう牛熊證剩餘價值としない子どもたちも、自分で採った茗荷は
文句も言わず食べていました。
茗荷の旬って夏だったのか…でも、秋にむかごを採ってた時にも出てたし、
結局いつなんだろう…?

茗荷を食べると物忘れがヒドくなる、と昔から言われてるけど、これほど毎日食べ続けてたら
相当ヤバイ。
それでなくても私は物忘れがかなりヒドイ。「あ、砂糖がない」、とスーパーに買いに行った
のに、他のものばかりを買って肝心の砂糖を買うのを忘れる、なんてしょっちゅう。
最近などは「何を買いに来たんだっけ?」という始末。
駅まで友達の荷物を持ってあげて見送りに行き、「じゃあまたね」とその荷物を持ったまま
帰ってきたり…(宅急便で送りました。私もボケだけど友達もボケ)。
カボチャを炊いてるのを忘れ、「何がこんなに焦げ臭いんや、隣のお婆さんがまた何か
焦がしてるわ、教えてあげないと」と、「焦げ臭いのはウチか!?、あーっ
カボチャだぁ~っ!!」と気付いたり…

実は、茗荷に物を忘れさせるような成分が入ってる訳ではなく、この植物が、自分の名前さえ
忘れるほど物忘れのヒドイ「茗荷」という人のお墓のそばにたくさん生えていたから茗荷と
名付けられたそうです。
茗荷にとっては ハタ迷惑な名前です。

ともあれ、茗荷のこの鮮烈な香りは、なんだか身体だけじゃなく、心の中までとてもキレイに
してくれるような気がして、(バケツ山盛りPretty renew 傳銷採るほど強欲な私が言うのも変だけど…)、
とにかくこれこそ夏の味って感じで私は大好きなのです。
長雨や豪雨が終わったかと思うと、今度は暑い~っ!! 
うだるような暑さ、とはこのことですね。
Posted at 2016/11/28 11:11:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
プロフィール
「に興奮状態に http://cvw.jp/b/2700438/39149991/
何シテル?   01/09 11:18
henbalyyです。よろしくお願いします。
みんカラ新規会員登録
ユーザー内検索
<< 2017/1 >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
お友達
2 人のお友達がいます
矢東タイヤ矢東タイヤ *みんカラ公認 ABESHOKAIABESHOKAIみんカラ公認
愛車一覧
BMW 1シリーズ ハッチバック BMW 1シリーズ ハッチバック
BMW 1シリーズ ハッチバックに乗っています。
過去のブログ
2017年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2016年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
QRコード
QRコード
このブログを携帯でご覧になれます
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2017 Carview Corporation All Rights Reserved.