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2017年04月17日 イイね!

マツダ コスモスポーツ

マツダ コスモスポーツサーキットの狼登場車両

ドライバー
山岸 みのり(やまぎし みのり)

Wikipediaより


早瀬電機とライバル関係にある電機会社の社長令嬢。
早瀬を幼少時から慕い、彼を魅了する自動車の世界に少しでも近づきたいと思いレーサーから訓練を受けて公道グランプリにコスモで参戦。その後、少しでも早瀬に近づきたいために一時的にマシンを失った風吹に自らのポルシェ930を貸し出し東名高速で勝負をさせる。しかし風吹のドライビングテクニックを見ているうちに自らしてきたことの愚かさを反省し、街道レースの世界から足を洗うことになる。勝負ののちに早瀬の前で号泣した。風吹や早瀬がプロレースの世界に進んだ後は、もっぱらミキと一緒にレースに観戦する側に徹し、女子らしくはしゃぐ一面も見せる。

マツダ コスモスポーツ

Wikipediaより

コスモスポーツは、1967年昭和42年)5月に2シータークーペモデルとして発売された。同時に世界初の実用量産ロータリーエンジンを搭載したでもあった。

なお、世界で初めて市販されたロータリーエンジン搭載車は、正確には旧NSUヴァンケル社(現・アウディ)が1964年(昭和39年)に発売したリアエンジン車のヴァンケルスパイダーである。これに搭載されたエンジンは、ロータリーエンジン特有の多くの課題が未解決のままであり、いわば「見切り発売」であった。またそれは、シングルローターのエンジンであった。これに対し、コスモスポーツに搭載された10A型エンジンは、それらの課題を克服して量産に耐えうるものであった。このため10A型エンジンは、世界初の実用・量産ロータリーエンジンである。また、10A型エンジンは、多気筒(マルチローター)ロータリーエンジンとしても世界初の市販車用エンジンであった。

ロータリーエンジンの特性は、それまで各種のロータリーピストンエンジン理論において証明されていた。しかし、100年以上の理論的蓄積にもかかわらずロータリーエンジンは量産されるには至っていなかった。このため、10A型エンジンの搭載車であるコスモスポーツは、ロータリーエンジンを量産車のエンジンとして最初に搭載した記念すべき存在といえる。

1968年8月には、東洋工業株式会社は、mazda110Sの名でコスモスポーツを擁してニュルブルクリンクで行われた84時間耐久レース「マラトン・デ・ラ・ルート」に挑戦した。このレースは、生産車のスピードと耐久性が競われる文字通りのマラソンレースで、ポルシェランチアBMWSAABオペルシムカダットサンなどと激戦を展開した。結果は、完走を果たすのみならずポルシェ・ランチアに次ぐ総合4位(順位は84時間後の走行距離で決められる)入賞となった。参加59台中、完走はわずか26台であった。

コスモスポーツに搭載された10A型エンジンは、それ以降ファミリアロータリークーペサバンナRX-3などに搭載された。10A型エンジンは5つのハウジング(2つの筒と3枚の板)で構成されており、開発目的が量産規模の小さいスポーツカー搭載用であるため、エンジンは0813 13 101cの2台のローターハウジング迄含み全て総アルミニウム合金であった。コスモスポーツ以後の量産モデルでは、サイドハウジング(フロント、インターミディエイト、リアの3枚)が鋳鉄に変更されている。コスモスポーツの10A型エンジンは炭素鋼が溶射されており高価かつ手の込んだものであるのに対し、10A型エンジンより後のエンジンでは、特殊鋳鉄を高周波焼入れ加工したものが採用され、量産化・低コスト化が図られている。また、加工法もコスモスポーツの砂型鋳造に対し金型鋳造とされ、大量生産された。

コスモスポーツは、前期型(L10A型)が1967年(昭和42年)に343台販売されたのを皮切りに、1972年(昭和47年)の後期型(L10B型)の最終販売車までの累計で1,176台が販売された。コスモスポーツは後進のロータリーエンジン搭載車の礎となったモデルである。この後、1975年(昭和50年)のコスモAPの登場までコスモの名が一旦途絶えることとなった。


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極道連総長(姓名不明)
マツダ サバンナRX-3

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2017年04月17日 イイね!

ランボルギーニ カウンタック LP400

ランボルギーニ カウンタック LP400サーキットの狼登場車両

ドライバー
ハマの黒ヒョウ

Wikipediaより


横浜の暴走族連合の総元締めで本名は不明。
公道グランプリから一貫してカウンタックで参戦。最終的に3度クラッシュを起こすもののそのたびに修理して復帰し、風吹からもその執念深さは評価されるほど。しかし公道グランプリでは途中地点からの乱入、A級ライセンス取得レースでは周回遅れとなってわざと早瀬のポルシェを抑える等、本編内ではアンフェアなプレーが目立っていた。日光で開催された「ルマン・イン・ジャパン」でのレース中、トンネル出口でクラッシュして死亡。

ランボルギーニカウンタック

Wikipediaより


いわゆるスーパーカーを代表する自動車であり、同時にスーパーカーといえば同車を連想する人も多い。1971年に発表されたマルチェロ・ガンディーニによる近未来的なウェッジシェイプを体現したデザインは、文字通り世界中に驚きを与えた(当時はランチア・ストラトスのショーカーなど似たようなアプローチの車種がいくつか登場している)。デザインテーマはプロペラの“ねじれ”。販売車種では珍しく特殊なエアインテーク機構やNAで400馬力を超えるV型12気筒5,000cc前後のモンスターエンジンを搭載するなどコンセプト、デザイン、システムすべての点において異彩を放ち、1970年代後半から1980年代の日本におけるスーパーカーブームの火付け役となった。

スーパーカーブーム時には「最高速300km/h」という公称値が話題となりこれが人気の一端を担っていたが、実際には当時のLP400の最高速は300 km/hまで届いてはおらず、最終モデルである25thアニバーサリーでも295 km/hに留まる。また車体下に気流が入って揚力が発生したり、巨大なエアスクープの空気抵抗と導入された気流によって後輪のトラクションが低下するなど、ボディは空力的に問題が多い。この対策としてLP400以降のモデルにはエアロパーツや、オプションでリアウイングが装備されるようになったが、このリアウイングによるリアのダウンフォースが強く高速走行時には前輪の接地感が薄れるという欠点もあり、それを補うためのフロントウイングまでも登場するという始末であった。

後期型に見られるV型12気筒48バルブとキャブレターの組み合わせは、市販車における唯一の採用例である。LP5000QVの北米向けモデルは、インジェクション(ボッシュKジェトロニック)搭載エンジンであった。後期タイプのエンジン排気量アップはエンジン生産ラインの都合によりシリンダーヘッドとブロックの間にスリーブを挟むという強引な手法によるストローク伸長で実現されており、ディアブロになってようやくボア・ピッチが拡大された。

ガルウィングドアの代表的存在として扱われることがあるが正しくない。ガルウィングドアはルーフにヒンジがあり、正面から見て横開きに上がるもので、カウンタックのドアは前ヒンジで車体前方に上がるものである。公式にはシザードアの名称が使われている。座席からの後方視界の悪さ(車室の後ろがすぐにエンジンルームになっているミッドシップなのでまるで見えない)から、このドアを上方に開け上半身を外に乗り出すように後方を確認しつつバックさせる姿を「カウンタック(クンタッシ)・リバース」と呼ぶことがある。極端に車高が低く5000QV以降はダウンドラフトタイプのキャブレターを採用したことによりエンジンフードに突起物が付き後方視界は非常に劣悪である。

ランボルギーニがクライスラーに買収される前、創立25周年記念モデルの開発がスタートしたときに試作車のL150というモデルが開発された。デザインはジュリオ・アルフィエーリで、ベースとなったのは1986年式クワトロバルボーレのインジェクション仕様であったがクライスラーの意向で廃案になり、現存は1台のみであり、現在日本にある。



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山岸みのりの愛車
マツダ コスモスポーツ

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2017年04月17日 イイね!

ランボルギーニ ウラッコ

ランボルギーニ ウラッコサーキットの狼登場車

ドライバー
影法師の会長(姓名不明)

Wikipediaより

愛車はランボルギーニ・ウラッコ。富士フレッシュマンレースに出場している。公道グランプリではそのテクニックを駆使して序盤にトップ争いを繰り広げるものの、ピーターソンのフェイントブロックに惑わされてクラッシュした。

ランボルギーニウラッコ

Wikipediaより

フェルッチオ・ランボルギーニポルシェ・911の「2+2」スポーツカー市場への投入を狙って、ランボルギーニのエンジニア、パオロ・スタンツァーニに車体設計を命じた[1]。エクステリアデザインは、ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニが担当した。

エンジンはV型8気筒で、クランク軸上にギアボックスを配し、ディファレンシャルを間に挟み込んだジアコーサ・レイアウト。細長く収めて横置きとし、+2座のスペースを確保しつつホイールベースを2450mmと短く収めた。

シャシは圧延鋼板を溶接したファブリケート構造で、鋼板製ボディにも応力を持たせるセミモノコックである。

インテリアでは、室内幅のほぼ1/2にもなる横長のメーターパネルの中央にウォーニングランプ群、それを挟んで各種補機メータを左右それぞれ3個、最両端にタコメータ(左端)とスピードメータ(右端)とを一列に配置するという前衛さが特徴。

1970年に行われたトリノ・オートショーTurin Auto Show )で発表され、多数の受注を得た。

ランボルギーニは最新のコンピュータテクノロジーを導入して生産をオートメーション化してウラッコを生産し、年間2,000台製造する計画であったが、これには莫大な初期投資が必要で、当時トラクターの販売が良くなかったこともあり、頓挫してしまった。そのため生産には莫大なコストが掛かることになり、販売価格も上昇させざるを得なくなった。

1972年秋に生産が始まり、1973年にようやく発売にこぎ着けるが販売は思わしくなかった。新型V8エンジンは信頼性が低く、特に深刻だったのはクランクシャフトとドライブベルトの破損で、それが発生した場合最低でもシリンダーヘッドにダメージがあり、最悪エンジン自体が破壊されてしまった。

1974年には年に500台を生産できるまでになり、またアメリカでの販売が始まったが、注文が少なかった。

結局791台を生産して1979年に製造中止した。しかしこの車体と3.5リッターV8エンジンをベースに、後に2シーターオープンカータルガトップ)のシルエットを販売、ジャルパに受け継がれた。


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キングオブスーパーカー ハマの黒ヒョウ
ランボルギーニ カウンタック

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2017年04月17日 イイね!

ディーノ 246GT

ディーノ 246GTサーキットの狼登場車

ドライバー
沖田(おきた)

Wikipediaより

警察官出身のレーサー。秋田県出身。名前の由来は沖田総司。原作では最後まで下の名前は登場しなかったが、2009年に製作されたパチンコ機「CR 新サーキットの狼」では大治郎という名前がつけられている。
元々は町工場の工員だったが、中古でトヨタ・スポーツ800を手に入れてからスピードに目覚めるようになり、街道レーサーとして活躍。その後堂々とスピードを出せると言う理由から交通機動隊に転職を果たす。警官時代はスピード違反取締りの特殊部隊「新選組」に属し、新撰組の隊旗を模した塗装を施したパトカー(日産・フェアレディZ)で暴走族の取締りを行っていた。
のちに同じ秋田出身の谷田部からプロレーサーの道に誘われ、フェラーリ・ディーノの提供を受けて公道グランプリに参戦するが、実はすでに結核に体を冒されており満身創痍の状態であった。レース中に発作を起こしながらも最終コーナーでトップに立ったものの、なぜかコーナー脱出後に突然スローダウンしてしまう。最後は風吹に次いで2位でゴールしたが、ゴール直前ですでに沖田はステアリングを直進状態に握ったまま絶命、壮絶な最期を遂げていた。

ディーノ246GT

Wikipediaより

ディーノ・206/246Dino 206/246 )は、イタリアの自動車メーカーであるフェラーリが製造した初のミッドシップ2座席スポーツカーである。今日ではしばしば「フェラーリ・ディーノ」と呼ばれ、フェラーリのエンブレムを付けている車も多いが、本来別ブランドとされている。フェラーリ唯一のV型6気筒エンジン搭載市販車であり、現代V型8気筒エンジンを搭載するフェラーリの始祖的存在である。

フェラーリの創業者エンツォ・フェラーリの長男で1956年に夭折したアルフレード・フェラーリ(愛称:ディーノ)が病床でアイデアを出したとされる65V型6気筒DOHCエンジンを持ち、V型12気筒エンジン搭載の既存車種とも区別するため、新しく長男の名前で「ディーノ」ブランドが与えられた。

当時のF2用エンジンホモロゲートの条件となる台数確保のために、フェラーリが設計しフィアットが製作協力をしてエンジンを作成しフィアットはスパイダー、クーペの2車を、フェラーリは1967年から1969年に206GTを製造し、両社合わせてエンジンのホモロゲートの台数をクリアし、レースに出場が可能となった。


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影法師の会長(姓名不明)愛車
ランボルギーニ ウラッコ

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2017年04月16日 イイね!

デ・トマソ・パンテーラ

デ・トマソ・パンテーラ
サーキットの狼登場車

ドライバー
極道連のスポンサー「通称ぼっちゃん」
Wikipediaより

極道連との確執
一匹狼の走り屋、風吹裕矢は愛車ロータス・ヨーロッパを駆り、巷で「ロータスの狼」と呼ばれていた。
デ・トマソ・パンテーラに乗った暴走族・極道連のスポンサー(栃木の農家の息子「通称ぼっちゃん」)からの誘いを受けているミキを咎めた風吹はパンテーラとのシグナルグランプリで勝負し、あっさりと勝利してしまう。極道連からの恨みを買った風吹は以降しつこく命を狙われる事になる。

パンテーラ(Pantera )は、デ・トマソの三作目のスーパーカー。1960年代を代表するレーシングカーフォード・GT40の構造的特徴をイメージした、イタリア製のボディにアメリカ製の大排気量エンジンを搭載した、デ・トマソとフォードによる伊米合作のスーパーカーである。フォードの希望により、この種の車としては初めて大量生産性を重視して製作された。

「パンテーラ」はイタリア語で「」を意味する。

1960年代後半に、デ・トマソのオーナーで創始者であるアレッサンドロ・デ・トマソと個人的に親しかったイタリア系アメリカ人リー・アイアコッカが当時副社長をつとめていたフォードが、ブランドイメージ向上のために「フォード・GT40のイメージを踏襲するスポーツカー」のプロジェクトを企画し、このプロジェクトにデ・トマソを招き入れたことによりパンテーラが生まれることとなった。

このプロジェクトの最大の目標は、徹底的にコストダウンを推し進め大量生産して廉価なスポーツカーとして売り出すことにあり、これを受けてパンテーラは前作のマングスタ同様、エンジンはフォード製を使用することとなった。現代の小規模生産のスポーツカーメーカーの大半は、自製でエンジンを製作しないが、その手本のような形態をとることとなった。 

デザインは、当時デ・トマソ傘下で、フォードとも密接な協力関係にあったギアのトム・ジャーダが担当した(なおギアはパンテーラの開発中の1970年にフォードに売却されている)。イタリア製の美しいボディにアメリカ製のワイルドな大排気量エンジンをマッチングさせる経緯において、アレッサンドロ・デ・トマソの辣腕振りは遺憾なく発揮された。

なおメインの市場はそれまでデ・トマソなどのヨーロッパの高級スポーツカーメーカーが狙いを定めていたヨーロッパではなく、フォードの本拠地であるアメリカだった。ただし、アメリカでのデ・トマソの知名度は低かったため、フォードの巨大な販売網を利用しフォードブランドの名を借りて販売した。



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変更しました(*^^)v
公道グランプリで壮絶な最期を遂げた沖田の愛車
ディーノ246

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