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2014年05月25日 イイね!

我が家のトランスポーター

我が家のトランスポーター転んでもタダでは起きない男・・・
それはヲレ。

幾ら相手が悪いといっても、怪我してイテーわ手術はイテーわで、保険で色々保証してもらっても合わないのがバイク事故。

こりゃね、現状復帰でいいわよって訳にはいかないワケ。


痛かった分だけ、何かプラスにしないとやってらんないワ。


ま、そんな訳で相手の保険屋とは自分が直接協定交渉してアジャスターと話を付けたので、
あんなゴミバイクをコカしただけで、時価計算で2台買える分くらいは引っ張れた。

よっしゃ、この際だから乗り換えのチャンスだな。

こんなことでもない限り、新たなバイクを買おうなんて思わないものな。


大枚叩いてまで自分の趣味の物を買おうと思わなくなってしまったこの昨今。
自分のことを優先しなくなってしまったので、既にあるもので楽しめればいい、という倹しい考え方になってしまった。


ま、それはプライベートな事情なので仕方がないのだけれど、
ヲレにだって好きなことややりたい事くらいある。


通勤メインのミニバイクとは言え、乗りたいバイクくらいあるんだわ。


藤島康介の漫画の影響もないとは言わないが、
20年間憧れ続けていたKSRというカワサキの原付がある。





高校の頃は何も分からずに適当にジョグに乗ったあと、直ぐ中型とって400に乗ってしまい、
そのあとクルマになってバイクを辞めてしまったので、結局KSRに乗ることはなかった。

本気のONもOFFもイケるコンパクトな専用シャシーには、原付には分不相応な倒立式サスペンションや、前後ディスクブレーキ。
やる気にさせるクロス化された6速トランスミッション、
スイングアームにはスタビライザーまで装着されていた。

50ccのKSR-1は規制枠いっぱいの7.2馬力。
80ccのKSR-2では10馬力という、
今の4ストでは考えられないハイパワーを誇るスーパーミニバイクだったんだ。


本当は二種のKSR-2が欲しかったけれど、
昔はあった免許が今は何故かなくなっちゃったので、50ccからスタートするしかないな。

シャーシは一緒なので、免許取り直したら80のエンジンに載せ換えるのは訳ないからね。


つーわけで、早速まだ金も入っていないのにフライングでヤフオクゲットしたマシンを引き取りに。
伊豆の玄関口、大観山の麓である湯河原までミニカトッポひとり旅である。


トッポは背高なので、助手席さえ外してしまえば単車が載せられる。
軽ワゴンやトラック以外でバイクが載せられる稀有な軽自動車ではないだろうか。


圏央道、小田厚を経由して真鶴方面から海沿いで湯河原を目指す。
天気が良くてドライブ日和だな。

ラジオとカセットしか聴けないオーディオだけどw


しかし、車検6回分も所有してるのに初めて高速に乗った。
無論ETCも付いてない訳だけど、OD付き4速オートマで全開くれたのに120キロ出なかった・・・。
遅ッ!!

110キロ辺りで風圧を押し返せない。


背高でフロントガラスほぼ垂直だもんな・・・。
取り敢えずETC要らないって事だけは判った。




きれいな温泉街である湯河原に到着。
いいところじゃないか。

箱根の方に山を上がっていくと椿ラインというテクニカルな峠があり、上りで10分切りが目標だった気がする。昔わざわざ走りに来てた事があったな。。。

20年近く前の話である。




さて、相手はクルマ屋さんだったので、ラダーと人手を借りて積むのはラクショーだった訳だけど、
肩ぶっ壊れてるヲレが一人で降ろせるんだろうか・・・(汗


帰りは下道使って国府津の方から平塚、伊勢原と抜けて、清川村経由で宮ケ瀬。



宮ケ瀬湖畔なんて随分久しぶりだな。

ここの下の峠でアクセルターンしたら、メタルが逝かれてエンジン終わったのが最初のインプの最初のエンジンブローだったな・・・もう7年も前か。


懐かしいってレベルだ。



無事に家到着。
左肩が使えないんで、右腕だけでうまく抱えて頑張って降ろしました。



実働車ということでしたが、何年もナンバー付けて走ってなかった車両。
エンジンは掛かるけれど、バッテリーは完全に終わってるな。


しかし、それだけじゃないって感じ。


ウインカーは明滅しないし、エンジンの吹け上がりも悪い。
ううむ・・・ちょっとこのままじゃちょっと乗れない感じ。


でも、多少の不調は目を瞑れるくらい、ボディの状態がいい。
フォークは抜けてないし、カウルもきれい。
フレームも錆びたりしてないし、ブレーキやタイヤもそのままイケそうだ。

前オーナーの保有歴は長かったようだけど、ガレージで屋内保管ってのが効いてるな。


ぶっちゃけ出物である。



しかし・・・バッテリーの終わり具合がパないです。
2.4Vってなんだよ・・・。



エンジンかけても4.7Vとかありえない。(*12V車です。)
この時点で、発電してないかレギュレターが逝かれてるかどっちかです。


どっちだよ~



クルマからジャンプでつないでみる。
これまた結果変わらず。

単相交流という化石のような電装系なので、
バッテリーだけ復活してもライティングには直で行ってないみたい・・・

レギュレーターも純正品は殆ど役目を果たしてないものとして有名らしく、ジェネレーターから出力がなければ、バッテリーが元気なだけでは何も動かないみたいだ。


ジェネレーターの出力線4極を全てチェック。


・・・おかしい、アースな筈の黒線のみ出力あり。
回転数に比例して20V以上に出力している。

あとの色線は出力ナシ。


ジェネレーターはどのみちダメだな。(高い部品だよ)
レギュレーターも全波整流化して、DC電源にしないとだな。

あちこち子部品もくたびれてるから、最初にひと通りやりたいが・・・



予算は限られているのである。

取り敢えずナンバーは取得。


Posted at 2014/05/28 00:01:49 | コメント(7) | トラックバック(0) | KSR生活 | クルマ
2014年05月19日 イイね!

今度は僕たちが

今度は僕たちがここの所、YouTubeでCHAGE&ASKAの昔の曲ばかり再生しています。

あのASKAがまさか・・・
信じたくないけれど、きっと事実なんでしょう。。。

自分などは、チャゲアスをリアルで聴いて育った最後の世代だと思います。

小学6年生位の頃に「LOVESONG」や「太陽と埃の中で」
ASKAソロの「恋人はワイン色」などを聞いて衝撃を受け、一生ついていこうと決めたものでした。


心に直接届く魔法のような詩と、ダイナミックと優しさが混在するカッコよすぎるギター。
僕の中では完璧なスーパーアイドルであり、神のような存在だった。


僕は音楽は全然できないけれど、違うアプローチでいいから少しでも近づきたかった。



なぜあんな素敵な音楽が作れるのか。

説明が出来ないほど格好良かった。



出来損ないの僕なので、これまでの人生にはどうしようもなく苦しい局面がいくつもあった。

根拠もなく自信過剰だった僕は、
心の支えを失ったときにはどうしようもなく脆かったんだ。


そんないくつかの窮地で、いつも支えてくれたのはASKAの歌だった。
寄り添うように支え、そしてそっと背中を押してくれるような曲が、本当に厳しい時を助けてくれた。



だから、前を向けたんだと思う。



たくさんたくさん助けてもらったから、今度は僕たちが助けてあげなきゃね。

大したことは出来ないけれど、僕はいつまでも待っています。


まだ幼かった僕たちに大人の恋や夢や、優しさを教えてくれたASKA。





いつかまた二人でステージに上がってくれることを信じています。





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珠玉の3曲をじっくり聞いてみて欲しい。

いつか本当のPRIDEを取り戻して。

Posted at 2014/05/20 00:32:08 | コメント(4) | トラックバック(0) | ひとりごと | 音楽/映画/テレビ
2014年05月08日 イイね!

今の自分に出来ること。

今の自分に出来ること。中々疼痛が引かなくて辛い日々が続いていますが、なるべくじっとしていろということではないらしい。
筋肉も靭帯損傷部分も、使わないでいるとどんどん動かなくなってしまうので、早速リハビリを始めていいということだった。

肩の中に無かったものを詰め込んで、
無理やり閉じているようなものなので、なかなか突っ張った感じがなくならない。

まだまだ結構痛いわけだが・・・


それでも、日に日に動かせるようになってきている。


ちょっと手始めに、GCのシフトリンケージの不具合を直してみた。

ニュートラル位置で安定させるスプリングがいつの間にか無くなってしまって、
左右にグラグラ遊びが大きくなってしまっていた。

急におかしくなったので、バネが切れちゃったんだろうなと判ってはいたんだけど、
場所が場所なんで、怪我の直後ではどうにもならなかった部分。


それっぽい引きバネは部屋から探し出したので、頑張って作業してみた。


やはり、片手だとなかなか厳しいwwwww

頑張って手術した左手で、バネの片方を押さえて、漸く引っ掛けることができた。


ふう・・・何とか出来たな。


重いものを持ったり、大きな負荷はまだ掛けられないけれど、
手先の細かい作業は問題なく出来るので、重整備でない限り大概のことはいけそうだ。



抜糸後ガーゼが外れたら、想像以上にヤバかった・・・。
【グロ注意】苦手な人はクリックしないでね。


ただ、もう少しのあいだ、無理は出来ないかな・・・。
Posted at 2014/05/14 23:28:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | days | 日記
2014年05月04日 イイね!

名もない桜たち

名もない桜たち手術となる連休の少し前。
もう少しだけ桜を追いたくて、ヴィッツ乗りの相棒と三度信州へ。

昨年は飯田・伊那、その前は高山村と、
北と南を攻めたので、今度は中間にあたる安曇野の桜を巡ってみたんだ。

安曇野はわさびとか、天然水とか、水がきれいなイメージがある。


水がきれいな所というのは、山も田畑もきれいで、
人も生き生きとしている気がする。

逆に水の汚い所は、土地も人も荒んでいて、殺伐としている所が多い。

やはり、必要不可欠なものがきれいか汚いかですべてが決まってしまうものなのである。


つまりは勿論、桜も一級品の美しさであった。


早朝出発で、6時には諏訪到着。

先だって簡単なリフレッシュ作業を終えた、NCP13ヴィッツRS。
まだまだ元気なツインカム1500CCだ。

ウェザストリップやウインドランを新品にした恩恵は大きく、
煩かった高速での風切り音が殆どなくなった。


 僕のGCもそろそろやりたいところである。



開花時期がドンピシャなのが良かった。

ソメイヨシノと比べると、開花の早い枝垂れ桜は少々読みづらい。
それが長野などの高地となると、実際に行ってみないとわからないことも多い。

観光協会などの開花情報は、長期間の集客を見込んでフライングしている場合が多く、
数日早めに見頃を謳うことも多いので、そこから逆算する必要も出てくる。


経験と勘がものを言う部分である。



安曇野は殆どが枝垂れ桜。
一本目が外れたら、あとは全部ハズレなのである。




満開と快晴。
これに勝る桜日和はないと言っていい。

PLフィルターなど必要がない真っ青な空。


トップライトだと撮影が難しくなるので、晴天時の9~11時位が一番きれいに撮れると思う。



ちょこまかとクルマを停めて、一本桜を刻んでいく。

有名な一本桜を地域ごとにまとめているサイトや、一本桜の雑誌なんかもあって、
そういう情報を頼りに、リストを作って一箇所づつ廻っていくんだよ。







気づいた方もいると思うけど、桜というのは殆どの場合、お寺や墓地に植わっている。
田畑の脇の小さな墓地にぽつんとあることが多い。

昔の人にとっては、種まきの時期のバロメーターであることと同時に、
そのまんま墓標である場合も多い。

桜は弔いと生産の花。



桜巡りはは墓地巡りなのである。



今回の一番の目玉はこの、「北小倉のしだれ桜」という大関クラスの一本桜である。
順番的にちょうど正午で、難しい時間帯になってしまったが、
その貫禄は充分に感じ取れた。

元々有名な桜ではないのだが、一部のカメラマンの間で話題となり、
第二の滝桜と評されるほどの人気の桜となっている。


西日の時間帯にもう一度訪れることにした。



やはり、水を張った田んぼと桜の取合せは絶妙だ。
なんの変哲もないトラクターも、突然絵画のように映えてしまう。






予定を立てて、桜を一本づつ追いかける。
想像を超える出会いに一喜一憂しながら、一枚づつ切り取っていく。

単純な旅である。

しかし、何故かこの単調な作業を超えるものに中々出会わない。



写真を撮るわけだから、出来ればいい道具を使いたいとは思うが、最低限このくらい出来れば・・・
程度の機材で充分に楽しめる。

クルマで言ったら、マニュアルでLSDが入っていれば・・・みたいなね。


写真を撮るというのはやはり口実であり、実際にその風景に身を投じたいだけなのだ。

眩しく飛び跳ねる春の木漏れ日の中、
薄くれないの薫風を感じながら、馬鹿みたいに花の天蓋を見上げたいのである。


それだけで、護りきれずに妥協としがらみに澱んでしまった精神と価値観が、
軌道修正出来る気がする。

人間はね、解ってはいても忘れるし、見失う。

弱いからね。


だから、それをどこかで定期的に見直さなければいけないと思うんだ。





桜を追いかけるお墓巡りの旅が人生のリセットの旅だなんて、少し滑稽だろうか。




オッチャンのセカンドライフが大体写真だったりする訳だけど、
自分は中学生くらいの頃から写真を撮る旅をしているから、同じ心境なのかは判らない。

ただ、単純なようでいてセンスや技術、経験が必要で奥深い趣味であるから、
可能性の広さに面白みを感じている点では、きっと同じなんだろう。


手のひらの中の宇宙。


そういった概念である。

自分次第でどうにでもなる可能性の淵で、常に挑戦していかなければその先は無い世界。
クルマも写真も同じだという気がする。




格好を付けてはいるけれど、何も考えていないと考えてもらっていいw
これ以上はないという瞬間を謳歌しているだけなのだ。



みんなの中で、これ以上はないという至福の一瞬というものは何だろうか。



人生の中で、そういう一瞬をひとつでも持っているかどうか、
それがその人が生きる意味なんだと思う。


人は無欲になればなるほど、そういうものが増えていく気がするよ。


最後にまた北小倉のしだれを見てきた。
やはり、斜陽が生み出す立体感は存在感をより際立たせるね。

なんという立派な樹であろうか。


ただ、桜の樹を見上げて呆気にとられる。



こういうことを、恐らく60、70の爺さんになっても続けていくんだなという気がする。
煩いマフラーの旧車に乗って巡るんだろうか。

性格的に人並みじゃ詰まらない部分もあるので、何をしているかは判らないけれど、
シンプルの中にある真実を穿つ生き方は多分変わらないので、


桜を追いかけたり、山に登ったりして、


虚飾にまみれた俗世間をまた見下すんだと思うw



そのくらいの見事さなんです。


いやいやそれにしても、この貫禄で名もない里山の桜である。
Posted at 2014/05/14 16:50:52 | コメント(3) | トラックバック(0) | 桜を追いかけて | 旅行/地域
2014年05月02日 イイね!

手術入院顛末記

手術入院顛末記五月連休の直前、急遽肩の手術で入院が決まってしまった。


診察による骨折の発覚が、ずいぶん遅れた事が原因なんだけど、連休直前ということでその先生も首を捻る。

場合によっては、自然療法(何もしない)も有りだというんだけど・・・痛みが残ったり後遺症が残る可能性が高いという。
連休前だから面倒なんだろうな、とは思ったけど・・(^^;;
いやいや・・自分にとっては、連休前だからとかそんな場合じゃなく、どんな予定をひっくり返したって完全に修理したいです・・・一生の問題なんで。


という積極的なアピールの末、なんとか月内の30日に手術を取り付けました。


先生は元々東京医科大学の准教授らしく、
現在は医師不足に悩む地方の赤字病院に力を貸すべく、派遣医師として茨城の鹿島労災病院で副院長として尽力されている方だった。
週に一回だけ、診察の手助けで多摩の病院にいらっしゃっているらしく、
それでたまたま診てもらえた事が不幸中の幸いだったんだと思う。

手術となると、茨城の病院でないといけないので、
・・・で、どうする? という話だったのだ。

行きますとも行きますとも。
手術だけの話なんだから、千葉でも茨城でもどこでも行きますとも。



28日からの入院。
祝日を挟んでいるせいで、入院が一日早まってしまった。

人生初の入院生活が始まったのである。


これまで、手術だ入院だなんてのはただの一度たりともない。


「先生、結構厄介な手術なんでしょうか・・・。」

「症状を把握するのが難しいだけで、手術自体は訳ないよ。」

「でも全身麻酔なんですよね。」

「実際、やっちゃえば1時間ちょっとじゃないかな、ちょちょっとやって直ぐだよ。」


なんだよ~、手術なんて初めてだからちょっと構え過ぎたかな。

検査のために前入りして手術。
あとは、術後の経過診ながら数日入院するだけでしょ。


これまで忙しくしすぎてたから、強制的に一人で過ごす休暇をポンと貰ったようなもんかな。
iPadとか、読んでなかった文庫本とか持っていこう。

京極夏彦の百物語シリーズ、読みかけのがあったな・・・。



怪我人のくせに、割り切りすぎて逆に楽しみだったり、呑気なもんである。
まぁ、アトで大恐慌に陥るわけだけど・・・。


鹿島労災病院は、茨城県神栖市の一番銚子寄りに位置した海岸線にほど近い大型病院だった。
自動車で行くと、下道を走る時間が長く、地図で見るより遥かに遠い。

電車バスでうまく乗り継いでも4時間という。


関東の最僻地ではないだろうか。


肩の手術ということだったので、公共の交通機関も考えたんだけど、
先生ですら、クルマで来た方がいいよ~と仰る始末。


「最寄りの駅からすら、すんなり来られないからね・・・、オートマでしょ?」

「マニュアルなんです・・・。」

「マニュアルか・・・。」

「無理してクルマで来ない方がいいかも・・・。」

「・・・。」



まぁ、昔にちょっと左手を怪我したときにも、右手でシフトチェンジしてた事があるし、
電車バスで4時間の凡雑さを考えたら、クルマ以外の選択肢はなかった。


入院当日、川崎からアクアライン経由で向かったのは失敗だったかも知れない。

大型連休初日ということもあり、首都圏を高速で抜けるのは危険な気がしたからなんだけど、
多少渋滞しても、首都高湾岸線から東関道を抜ける方が早かったかな。


木更津から千葉の山の中を縦断して、茂原を経由して九十九里。
四時間近く掛かってしまった・・・。

渋滞は全然ないけれど、タラタラと下道だけでいくのは思いのほか時間がかかったな。



行きだけは嫁が一緒に乗ってきたので退屈はしなかったけど、
保育園の時間もあるので、結局すぐ帰すことになってしまった。。

四時間も掛かったからな・・・


やっぱり時間というものは、金やスピードで買うものだなと改めて思ったのだった。



手術前の29日は、お菓子を沢山買ってクネがお見舞いに来た。

ちょうど祭日だったこともあるけれど、まさかこんな関東の最果てにまでわざわざ来るとは思っていなかったから少しびっくり。

嫁さんと娘は、海に寄って海岸線に置き去りにしてきたという・・・。

別に、連れてくればよかったのに。


クネは昔から、自分にとっての大事なものを、他の事と一緒くたにしない所がある。
別に、角が立ちそうな事でもなさそうなことでも、計画的に分けていく。

ヲレなんかには判らないけれど、誰かに気兼ねして言えないことがあったり、気遣いを両立できなくて、どちらかを蔑ろにすることがあったら嫌なんだろう。


細かい性格だな・・・


しかし、脱臼の手術くらいで、こんな所まで来るなんてな。

友情を超えた何かを感じるな・・・。



他愛も無い話をしただけで、30分程で帰って行ったけど、
何ていうのかな、義理堅いというのとは違う。
義理だけで来られてもヲレは多分返せないから。

肉親に向けたそれに近い。


あたりまえのように来る。



日中寝過ぎてたり、何もしていないこともあって全然眠れない。
手術前夜は、ひたすら本を読んで過ごした。


手術に対する怖さはもちろんあったけれど、とても漠然としていたので、
不必要にうろたえはしなかった。


いたずらに怖がったって怖がらなくたって、どうせ避けることは出来ないのである。

ギリギリまでのんびり過ごして、気がついたら終わってたってのが理想だった。



手術前、点滴が始まった。
前夜から飲み食いが禁止されていたので少し喉が渇いている。

前のオペが押しているらしく、予定の時刻になっても手術室が空かなかったが、
30分遅れくらいで看護婦さんが呼びに来る。


手術台までは自分の足で歩いて行った。


普段見慣れない物々しい設備や機材が並んでいた。
やはりどきりとした。
これから切り刻まれて、骨をドリルで穴あけしたり金具で留めたりするのだ。

強がって考えないようにしていただけのハッタリ根性が、本当に観念した瞬間だった。


二三人くらいでやるもんだと勝手に思っていたんだけど、
七八人だったかな、思いの外スタッフが多くて逆に縮み上がる。

二トリルゴムの手術グローブを着けた両手を、肩くらいの高さで中空にかざす仕草は、ドラマなんかで見るそれと一緒だった。


自分でも滑稽だと思う程、深々とお辞儀をして"よろしくお願い致します"と言った。


手術台に促され身体を固定されると、透明のマスクを装着された。

"これが麻酔なんだっけ"と思いながら、二回目まで大きく吸い込み、
三回目までに意識を失ったと思う。




手術後1~2時間で目は覚めたと思うけど、
余りの術創の痛みに身体も気持ちも萎縮し過ぎてしまい、翌日の朝くらいまでの殆どの事を思い出せない。
夜中に一度だけナースコールを押して、痛み止めを追加してもらった事だけは覚えている。

辛かったな・・・


あそこまで痛いもんだとは思っていなかった。


ボキリと折れてしまっていた肩甲骨はチタニウムのボルトで貫通固定され、
それだけだと強度的にイマイチなので、鎖骨も橋渡しでプレートでつないで補強。

肩の中は金具だらけになってしまったからね・・・




ちょっと身じろぎするだけで、体の芯から響くような激痛が走り血の気が引いて、震えが来る。
ショック症状に近い状態になり、体温が上がってしまう。


肩って色んな神経や、靭帯、筋肉が複雑に集中してるから、手術はやっぱり痛いらしい。


次の日の夕方くらいでやっと痛み止めが効くようになってきて、
いつまでも続くかのように錯覚した苦しみの無限ループから、漸く抜け出せた。


なるほど・・・手術とはこういうことか・・・



その翌日、手術から二日後には予定通り退院しました。

MT車を自分で運転ですからね。
もう少しループ脱出が遅れたらちょっと厳しかったな・・・




折角こんな所まで来たのだから、真っ直ぐ帰ってしまうのは勿体無い・・・
などと思ってしまうヲレ。

クルマの運転もやっとな病み上がりのくせに、根っからの旅猿が疼いてしまうのだ。


よしよし、ちょっとだけ・・・犬吠埼だけ観て帰ろう。



銚子の駅前の通りを行くと、程なくして線路を渡る。
その先の畑の中の長い一本道を走り切ると、犬吠埼はすぐだった。



入院中の窓からは、殆ど灰色の空しか見えなかったけれど、
久しぶりに突き抜けるような晴天に。


真っ青だなぁ。


こんな日にクネを連れてきてやりたかったな。





外洋からの波濤を受けて白波砕け散る荒磯というイメージでしたが、この日は穏やか。
風光明媚という言葉がふさわしい素晴らしい見晴らしでした。




白亜の犬吠埼灯台と、郵便ポスト。



各地で真夏日を記録したこの日。

砕け散った波飛沫は、そのまま水蒸気の粒になって熱気と共に崖を駆け上がってくる。
Tシャツ一枚でも汗ばむほどの陽気でした。





岬の風景です。

何だか、三浦半島と雰囲気が似てるかな。




さてさて、暗くなる前に帰りたいからね、出発しないと・・・


利根川ののどかな水郷ラインをゆっくり抜けて、香取市の里山の脇道をはいってゆく。

馬頭観音のある分岐を曲がる。

起伏のある土手を越え、鎮守の森の木陰を抜けたら、インターまでの県道に出た。

五十年くらい変わっていなさそうな里山の風景が、そこかしこにあって、
いちいち立ち止まってしまいたくなるのを堪えて走った。






また来てゆっくり廻って、写真でも撮りたいな。


手術入院の帰りであることも忘れて、すっかり旅気分になってしまったよ。


右手シフトチェンジでヒール&トゥw


Posted at 2014/05/04 01:53:26 | コメント(12) | トラックバック(0) | far away | 日記

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