ようやく人間的な生活が送れそうです
おはようございます
愛社精神ゼロです
話のネタもとは
こちらの記事と、
こちらの記事から。
ディーラの対応についていろいろ言及していて、
まぁ確かにマニュアル対応すぎて「それはひどいなぁ」って思うのですが、
ここに日本における故障に対する考え方と、海外(ここでは欧州、特にドイツあたり)における故障に対する考え方の違いが、よく表れているなぁと思いました。
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日本において、故障に対して多くの人が考えるのが、
「故障した原因を特定して、修理・交換等の対応を行い、正常な状態に復旧する」
という事かと思います。
まぁ人によって、故障の程度によって、考え方は様々ですが、
割と、「なおるもの」 と考える人が多いかと思います。
このなおるまでの過程、「原因を特定」「修理・交換」「復旧」には
多くの知見、ノウハウ、技術、技能が必要で、それらを維持あるいは証明
するために、日本においては国家資格として「自動車整備士」が存在するわけです。
クルマの方もそれに対応すべく、いわゆるDTCについて、どこが壊れたのか、
どういう風に壊れたのか、どういう状態なのか、というのをわかってもらえる
様に、かなり細かく情報を出力あるいは表示するようにしています。
一例ですが、
ここの動画の前半に、具体的にどうやって情報が表示されているか、を知ることができます。
(このツールそのものは整備工場向けですが、買おうと思えば買えます。高いけど・・
このページの、
この資料参照。動画に出てたのは
こっちから購入したものかな。っていうかググったら割れキーがヤフオクされててワロタ。セキュリティガバガバやね)
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一方で、海外(上述)は考え方が違っていて、
故障などにより動かなくなったり本来の機能が果たせなくなった事に対して、
「本来の機能をとりもどすこと」
が主な目的となります。
なので、その過程にある、「原因を特定」「修理・交換」「復旧」という
プロセスは重要視されず、「いかにして早く機能が取り戻せるか」を重視されます。
で、結果的には、Assy交換、全交換、の様に
「原因よくわからんし、調べる時間ももったいないから、さっさと全交換」
という対応につながるのです。
(話のネタ記事の、「A社のトランスミッション交換」の話なんかは、その代表例とも言えるとも思います)
なので、クルマ側もそういう前提で作られていて、DTCについてもそれほど細かい情報が出ていなかったり、たとえ情報が出力されていても、「じゃぁそれをもとにどうやって修理するか?」のマニュアルがなかったりします。
一番顕著なのは、修理を行う技術者に対する給与で、海外(同)における整備士の給与水準はだいぶ低く、いわゆる平均より低い、というのが相場だそうです。
(つまり知見やノウハウや技術や技能がなくてもできる作業者、っていう位置づけ)
実際の作業としても、原因を特定などせず、さっさと交換。いかに短時間で元の機能を取り戻すか が美徳とされ、原因を特定、修理などと時間をかけていると、逆に「腕の悪い整備士」と言われてしまうらしいです。
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もちろん、どこの世界、いつの時代にも、知見やノウハウを生かし魔法の様に原因を特定して、もてる技術と技能を駆使して修理を行い、他の人にはなかなかまねできないスピードで修理を実施して、元の機能を取り戻すことができる技術者の方がいらっしゃると思うので、上記がすべて と言う訳ではないですが、日本との違いがわかるよくある考え方として読んでいただければ。
こういう違い、他にもいろいろあって、根本的なところは宗教観とかそういうところにたどり着くのかなぁと思いました。
(つまり一神教か多神教かの違い)
日本は割とモノを大切に、長く使っていく、という事に対して美徳を感じることが多いと思うし、その最果てには、「モノに神が宿る」という考え方が存在する事かと思います。(八百万の神、なんて言葉がありますね)
そんな考え方と違う考え方の世界もあるよ、って事かなぁと。
最近の海外のクルマは様子が違いますが、20年くらい前に言われたのが、
「日本はなぜクルマに個別の名前が付くのか?気持ち悪い。区別がつけば言いわけだから、数字だけで十分」
って、欧州系の技術者に真顔で指摘されたのを今でも覚えてたりします。
(だったらなぜこちら側に来たんだよ!って思いましたが・・・。やっぱり金か、金なんだな!ちなみにその技術者はもう次の年にはいなかったりして・・)
このあたりも、モノに対する愛着とか、そういうベースとなる考え方の違いにつながるのだろうなぁと考えさせられたものでした。
まぁ、だからと言って、自分たちの考え方、流儀を押し付けてもいいのか?っていうのはまた違う話かと思います。
自分たちはこうなんだ!こういう流儀だ!ついてこれるやつだけついてこい!
みたいなやり方もまた一理あるのは確かですが・・・。全部が全部、誰もがその考え方についていけるかどうかは、また違う訳でもあります。
広く多くの人に使っていただくために、その地域の人や考え方に合わせた製品と製品に必要な環境を作っていく。その積み重ねの違いが現在の状況を作り出しているのかな、と感じる今日この頃です。
Posted at 2021/07/03 10:54:47 | |
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