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伏木悦郎のブログ一覧

2012年03月31日 イイね!

親方vsアニキ(笑)

親方vsアニキ(笑)果たして往年の名物企画が再びブレイクするか、それそもシオシオで自然消滅お蔵入りう迎えるか。予断はまったく許されませんが、堂々第2ラウンド発信!!であります。

ということで、もう一つの八丁堀編集部。強風の影響で電車のダイヤが乱れ10分押しで土俵入となったのは、小次郎を待たせる武蔵というより海軍5分前の鉄則を逃した気分が強く、ちょっと悔やまれる。

本日のお題は、VW UP!であるという。そうかつてのVWのボトムエンドLUPOの後継で、ネーミングは4文字の中抜きによる。SCIROCOのコンセプトカーがIROCを名乗ったのと同じ手法ですね。

んで、なんでも親方はVGJが最近敢行した2泊4日のUP! 5ドア・5速AMT仕様のプレスツアーに招かれたとかで、おおっいつものオヤカタらしくなっていいかも。アニキとしては、ジュネーブショー取材に託つけてVGJ経由でUP!を借りてフランクフルト~ジュネーブを走ってきた。1400㎞みっちりだったからね。

で、蓋を開けたら……。中身は、10日発売のXaCARをご覧あれ。
Posted at 2012/04/01 23:29:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2012年03月30日 イイね!

日本自動車ジャーナリスト協会

標題は、所属するフリーランスを中心とする自動車ジャーナリストの団体としては日本で最大規模の組織の名称です。Automobile Journalists Association of Japan略してAJAJが通称です。設立は1969年(僕はまだ高校2年生!!)。今年で53年の歴史を重ねたことになります。当初は17人のメンバーで始まったということです。

今日は、そのAJAJの年次総会がありました。僕が入会した年はいつだったか。正確なところはちょっと記憶にないのですが,たしか1980年代末で、すでに四半世紀近い在籍になると思います。当時はまだ50人に遠く及ばないコンパクトなスケールで、僕は下から数えて3番目くらい。

直近では一学年長の現会長ともう一人僕が業界に入った時にフリーランスでdriver誌のメインライターとして活躍していたYMさんが5歳年長でいました。それ以上となるとほとんどひと回り以上の大先輩ばかり、今ではすでに鬼籍に入られた方も多くなりました。

当時の2代目会長と世話焼きの理事(年下)に入会を勧められて入ったものの、ほとんど天ぷら会員状態で在籍暦は長いけれど、あまりそれらしいことはしていませんでした。今よりもずっと忙しく、余裕もなかったためです。

そろそろキャリアを活かす年回りかな。そう考えるようになったのは、リーマンショックの数年前からでした。インターネットを介したWEBメディアの隆盛と入れ代わるように長引く出版不況は、明らかに時代の変化の結果であり、フリーランスの生き方にもそれに対応することが迫られている。ツイッターからFACEBOOKなどSNSのメディア化に直面するここ1、2年の変化は、その時の予感を遥かに上回るものがあります。

今年は2年毎の会長/理事の改選年。僕は4年前に手を挙げて落選、前回の選挙で初めて理事会メンバーの一員になりました。今回から事前の立候補が可能となったので、僕はジュネーブショー取材に飛ぶ直前に手続きを済ませておきました。ルール変更に対応して立候補したのは、現会長と僕と若手の会員の3人だけ。投票直前の立候補も認められるルールなので、それには新旧合わせて7人が表明しました。

結果、無風で現会長が再選され、理事は男女それぞれ2名の新任が生まれました。人的流動性は組織の活性化には欠かせないという意味で好ましいことだと思いますが、前回一緒に立った若手の二人は立候補することなく再選されませんでした。

さて、理事として何をやるか、です。僕は、新任となった一昨年4月から理事会の雰囲気に馴染ませながら方向性を模索し、2年目から温めていたプランの実行に入ろうとしていました。ところが、3.11東日本大震災の発災によって、すべてが水の泡になってしまいました。

C.ゴーン日産CEOと直に交渉して実現の運びとなったラウンドテーブル式の懇親会はその約2週間後の予定でした。さらにいくつかのプランも無期延期の形となってしまいました。中止ということにはなっていないはずなので、これから実現に向けて動き出さないといけませんね。

AJAJは、現在会長理事を含む一般会員だけで98名。高齢となられた名誉会員や会友を合わせると100名を超える相当な規模の団体です。同じ業界に属するフリーランスということで、一面では競合関係もあり、個性が勝負という仕事柄、価値観の相違は避けられません。、専門についても幅のある顔ぶれとなっています。

この知識と経験において蓄積があり、多様性にも富むメンバーシップをどの方向に進めるのが会の存在意義として望ましいか。AJAJは、いわゆる任意団体なので法人的な活動は制限されるようですが、会員の経済的安定を追求しながら社会的な貢献に資することを考えたいと思います。本ブログをご覧の皆さんのなかにご意見ご要望などがあれば、是非お聞かせください。





Posted at 2012/04/01 18:37:25 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2012年03月29日 イイね!

86は甘くない

86は甘くない待望の・・・と言っていいでしょう。トヨタ技術部の腕っこきが、知恵を絞り、現時点で考えられる理想的な小型スポーツカーを具現化させた。その企画から開発、生産そして発売に至るプロセスについては、driver誌の連載に詳しい(現在3月20日売り5月号で連載3回目。アマゾンでバックナンバー買えると思います)。



開発の主体がスバルで生産はスバルの群馬製作所。そんなことからスバルBRZが母体であり、トヨタ86はOEM(相手先ブランドによる生産)。そう見做す論調がメディアの中に溢れていて、日本の情報空間に奇妙な対立構造が醸成されているようだ。

意図的なミスリードであることは間違いないところだが、その根本的な要因は、すでに時代遅れになった雑誌メディアのメンタリティと従来通りのマインドセットを改める意志も能力もないまさに時代に取り残されつつある人々に求められそうだ。

批評の精神は、ジャーナリズムがもっとも重要視すべき取材対象に向き合う基本的な姿勢だ。自分なりの思考をきちんと用意し、情報を頂くというのではなく、まず疑いの目を光らせながら情報に迫って行く。人でもクルマというモノに対してでもそうあるべきだろう。

すでに情報の蓄積と知見の多さで自動車メーカーが1メディア/ジャーナリストを圧倒的な差で凌駕して久しい。まだ日本の自動車産業が黎明期だった1970年代中頃までは、メーカー技術陣を凌ぐ博識がメディアの側に数多く存在したようだ。

そんな我々の先達の功績を知らずに軽んじる風潮を現在の若き同業に感じたりすると、行く末の危うさに心寒くなる思いがする。メーカーの受け売りだけで生きて行ける時代は過去のものになろうとしているからだ。きちんとした取材をしないで、都合の良い話だけを取り込んで断定的に結論を下す。

ある者は、トヨタの86にはまだ乗っていないがと断りながら、滔々とBRZ乗り味を語り、そこから得られた印象を元に86の走りを想像逞しく決めつけていた。まだ、正式発表の前の段階。何も焦って結論を急ぐ必要などどこにもないのに、衝動に駆られるようにジャーナリストとして避けるべき禁を犯していた。若いのに何様?年端も行かぬ手合いを勘違いさせた罪は深いよ、関係各位。

ローンチ前の、サーキットを始めとする閉鎖空間でのあれこれは、エンターテインメントとしての盛り上げ材料になることはあっても、功を急いての抜け駆け合戦とする愚は避けたい。僕は、昨年の段階で与えられたテストの機会で得たインプレッションを、いわゆる正式な評価を下す材料とする気はさらさらなかった。

FRのすべてはドリフトにつきる・・・とは一週間ほど前の本ブログに記したとおりの、長年の思索の果てに辿り着いた僕の揺るがぬ持論である。それから演繹して86とBRZのイメージに膨らみを持たせれば、そそっかしいのが乗ってきて論争に発展し、盛り上がるに違いない。まだ時は正式発表前。この時点での断定は時期尚早だし、何よりも情報不足。ならば、具体的な評価を明らかにすることは避け、含みを持たせたほうが筋が良い。

案の定というべきか、比較的早い段階で86とBRZの双方に乗る機会を得た結果を踏まえて暗示的な表現で両車の雰囲気を投げると、ちょっと薬が効き過ぎたかと思えるほど過剰な反応が相次いだ。

開発に従事したトヨタとスバルの開発スタッフの関係は、最終的にはチームと呼べる良好な状態まで辿り着いたというが、そこに加わることのできない人々は両社に存在する。

僕は、トヨタにもスバルにも肩入れするつもりはこれっぽっちもなく、もともと世界に衝撃を与えるに違いないこのFRスポーツカーが何処から生まれたかという筋道から、86の開発ストーリーに絞り込み、その後に『クルマは工場で作られる』という基本認識に基づいてスバルのモノ作りへと進もうと考えていた。

結論から言えば、トヨタ86とスバルBRZに決定的と言える違いはない。クルマの走りの基本を成し、個性を決定づける二つのINPUT/OUTPUT要素であるエンジンとタイヤ。それを共用しているということになれば、違いはシャシーチューニングによるわずかなステアリングとハンドリングのこだわりに限られる。

そもそもVSC(横滑り防止装置)を標準装備しており、制御がデフォルトとなる通常の走りでは、ちょっとした味わいの違い以外に変わりようはない。法定速度内の常識的な走りにおいて語れるほどの明快な差はあるだろうか。ドリフトを開発テーマに掲げた86の意味と価値がこの辺りから浮かび上がるのだが、その話はまた今度にしよう。

86の公道テスト。今回は17インチタイヤのGTリミテッド(6速MT)とGT(6速AT)、16インチのG(6速MT)の3タイプを試した。率直な感想は、17インチのミシュラン・プライマシーHP、16インチのヨコハマdB E70装着車ともに、相対的にエンジンが足回りより少し速い印象。高速ターンの連続する箱根ターンパイクをクルマなりに走らせると、17インチのやや落ち着きを欠く接地性が引っ掛かる。

限界はそれより低いが、スムーズな繋がり感のある16インチのほうが一般には向き合いやすいといえそうだ。もちろん以上はすべてVSCオンでの話。200psという動力性能に1200㎏台のウエイト。スピードでは上には上があると言えると思いますが、現状のセットアップでは十分ファイトに値する走りのパフォーマンスを備えるし、舐めて掛かると痛い目に会いそう。

17も16もそれぞれにタイヤ銘柄を吟味しながら好みに合ったサスペンションの方向性を模索するイメージがいくつも湧いた。この走りのレベルを追い過ぎることなく、チューニングに含みを持たせている。ここに86の真骨頂がある。手にして完成品としての走りに寄り掛かるのではなく、さらにその先の楽しみを用意している。

ずっと財布との相談に悩まされそうですが、クルマって悩んだり迷ったりしているときが一番楽しいからね。その意味ではBRZも同じ。やろうと思えば、86とBRZのスワップだって不可能ではありません。86とBRZは、AE86のレビンとトレノの関係のようなもの。つまらぬ派閥を組むよりもwin winの関係を楽しむほうが良くなくない?
Posted at 2012/03/29 23:51:57 | コメント(21) | トラックバック(0) | 日記
2012年03月28日 イイね!

階段とエスカレーター

階段とエスカレーター1973年6月。それまで約3年乗り続けたKB110サニーを下取りに出し、その頃追加発売されたSB1シビックに乗り換えた。御歳(笑)21の青臭いガキ盛りの頃。選んだのは3ドアハッチバック(HB)のGL(DX=デラックスは72年に登場)で、ミッションは無段変速を売り物にした☆レンジのホンダマチック、2ペダルのATだった。

今でこそ、FR絶対主義を標榜し(ぼやき三毛猫さんへ→僕は原理主義者を名乗ったことは一度もありません。他の駆動レイアウトとの比較論で優劣を語るのではなく、ひたすらFRの魅力を支持する・・・といったニュアンスの緩くも揺るぎない立場です)、絶滅危惧種に認定できるマニュアルトランスミッション(MT)を身体論の地平から何としても再生させようと躍起になっている旧人類の典型のような役回りになっていますが、遥か40年ほど前は今とは間逆の進取の気性に富む、若者(バカモノ)でした。

若さは馬鹿さ。振り返ってみると、その通りだと思います。この無知や経験不足にともなう馬鹿さ加減が、時代を一気に変える原動力にもなる。その意味で、僕は若さと馬鹿さは徒や疎かにはできない肯定すべきものと捉えています。

僕がAT、それも当時コンパクトカーなら2速、2ℓが上限だった5ナンバーフルサイズカーでも3速トルコンステップATが一般的だった時代に遊星ギアを用いた無段変速+Lレンジのホンダマチックに心を動かした理由は、無段の変速というホンダらしい独創的な新規性をバタ臭い台形FF2ボックスに収めた画期的なデザインにありました。率直に言ってメカニズムとしての完成度には大いに疑問が残りましたが。

VWゴルフが登場する2年前にダンテジアコーサ式の横起きFF2ボックスを世に送りだした。それだけでも、ホンダとは強く同時代性を共有する世代感覚に響くものでしたが、その頃僕はすでにレースに挑戦することを決めていました。当時の日産三羽烏の次を担う長谷見/星野といった目標足り得る憧れの存在の言動がATに傾倒させるきっかけとなったことは否定できません。

レーシングドライバーは仕事でマニュアルドライブをさんざん操る。だから、オフの日常はATでいいのだ・・・今振り返れば多分に雇い主であるメーカーの意向を受けた発言ということに気がつきますが、ウブの当時は真に受けて当然でしょう。

実際、レーシングフィールドに足を踏み込むと、そこでのコンペティションで十分なカタルシスが得られるので、オンロードでMTを必要とする強い気持は芽生えませんでした。

僕が、FRやマニュアルトランスミッションという、ともすると懐古趣味の典型と思われるメカニズム/レイアウトを再発見するのは、レースの現場から離れライター稼業の一貫としてタイヤテストの連載を担当した時でした。これはもう何度も書いていることなので端折りますが、身体論の地平からクルマを考えるという哲学者との邂逅を契機とした身体(からだ)をベースとする思考の果てにここに辿り着いています。

話は少し飛びますが、僕は地下鉄や空港のエスカレーターや動く歩道は極力使わないようにしています。余程疲れているか大きな荷物がある場合を除くと階段を昇り降りすることにしている。出版社の6階にある編集部にはここ何年もエレベーターを避け階段で行くことを自らに課しています。

エスカレーターやエレベーターを利用することが当たり前になっていると、階段を使うことに抵抗を感じるようになる。体力的に余裕があっても習慣としての楽チンを断って身体を動かす気持にはなかなかなれません。階段が当たり前だと、身体を使える余裕やそこから生まれる楽しさもあって、自動機に身を委ねようという気持は生まれにくい。

いっぽうで、体調不良や大きな荷物を持った時にはそれなりに対応することはできる。そこにある幅こそが人間と道具の関係に意味がある、と僕は考えています。労力を厭うのではなく、そこにある面白さ、身体を介することで得られる満足に期待する思考回路。これを外してしまうと、モノとモノの比較論によるいわゆる性能論議に発展してしまい、日常空間ではほとんど意味を成さない現実感を欠いた性能で優劣を競ったり、そこに一喜一憂する妙な状況が生まれてしまう。

あまり美しいレトリックではありませんが、階段とエスカレーターの関係にMTとATのそれはある。どっちを選ぼうが勝手なのですが、少なくとも正しさよりも面白さ、人ごとよりも自分自身で判断できる己の満足という視点に立つと、階段とMTのほうが選択の幅がより大きい。クルマは非常にプライベートな己の身体機能の拡大装置。身体の省力化よりも、身体を活性化する自ら動かすマニュアルな形態のほうが、断然面白い。なぜなら、面白さはモノにあるのではなく、自分の身体の中にあるからです。

FRもMTも人間が作った、人間の内部にあるメカニズムが形になったもの。ふつうにアプローチすれば時間の長短はあっても好んで接すれば必ず対応できるようになっている。面白さを基本に置いたほうが、ECOや安全といった、できれば避けて通りたい問題にも前向きに取り組める。

クルマの台数を無限に増やしたり、クルマの性能を極限まで引き上げればハッピーになるといった右肩上がりの成長が幻想であることがはっきりした今、少なくても面白い、低くても楽しめる、面倒だけど達成感がある・・・は検討に値する方向性ではないでしょうか?一旦身体に入れてしまえば、年老いても案外対応できるもの。先日の箱根のように、僕の走りを経験した人には実感をもって理解できる話ではないかと思います。あの程度のことなら、それこそ皆さんの誰でも身につけることができる。その確信をベースに、またまた長々と語らせていただきました。
Posted at 2012/03/29 00:48:15 | コメント(9) | トラックバック(0) | 日記
2012年03月26日 イイね!

SKYACTIVのギモン

SKYACTIVのギモンマツダの未来を一身に背負うCX-5。これまで多くの取材機会が与えられ、期待の純内燃機関モデルということで、ノスタルジーに我が身を重ねようとする現状維持派の共感を得ているようだ。世代的には旧世代に属する僕も、内燃機関にはひとかたならぬ郷愁を抱き、その存続が久しからぬことを願うばかりである。

CX-5のリポートについては雑誌の企画で取材した手前、仁義を切る必要がある。試乗インプレッションに関わるメインストーリーを記すのは憚られるが、気になったのはプロであるはずの同業の多くがSKY-Dの出来の素晴らしさに驚き、絶賛に近い評価を下していることです。

すでに欧州でディーゼルが人気を博して久しい。一世代昔の副燃焼室式ディーゼルから最新のSKY-Dに続くコモンレールディーゼルに切り替わったのは、石原慎太郎東京都知事がペットボトルを振りかざし『東京都のディーゼルNO作戦』にハンドルを切った1999年(平成11年)8月27日の定例記者会見から2年ほど経ってから。

コモンレールシステムを初めて実用化したのは実は日本のデンソーで、1996年の日野のトラックが嚆矢だった。当時はまだ日本の軽油は硫黄分が500ppmという現在の50倍の煤が出やすい状態。主要輸入先が中東の重質油だったためで、軽質な北海プレントとの違いはそのまま乗用車へのディーゼルシフトの障害にもなっていた。

あの石原都知事のペットボトルパフォーマンスが、あと1年後だったら・・・。ディーゼルNO作戦を受けて、関係省庁(運輸省、通産省、資源エネルギー庁、環境庁=いずれも当時、石油連盟、東京都環境局など)をみっちり取材しつつ、ディーゼルエンジンのオーソリティだったいすゞの技術系常務からレクチャーを受けた際、当の役員はため息まじりに呟いた。

時代はディーゼルの後処理装置の開発初期。CRT(連続再生式)DPF(ディーゼルパティキュレートフィルター)の開発には、10ppm以下の脱硫軽油の存在が欠かせない。産業優先のために、軽油を政策的に安く設定し、軽油引取税(地方税)を暫定税率込みのガソリン税53.8円よりも低い32.1円に据え置いたまま、黒煙もうもうの副燃焼室式ディーゼルが経済性優先のために放置された。

石原現東京都知事は、国会議員時代運輸大臣と環境庁長官を歴任している。一向に改善されない大都市部ことに東京都の環境改善が進まないことに業を煮やした彼が、国の無為無策を糾弾するために行ったのが例のパフォーマンス。現状を熟知し、霞ヶ関官僚の実態を知るが故に張った大芝居だったが、ペットボトル12万本の煤が一日に都内でばら蒔かれている。直接都民の生活をあずかる都の調査は、切実さという点でリアリティがあった。

技術の問題を政治化させたところが、百戦錬磨の政治家石原慎太郎の真骨頂といえるが、タイミングとしては絶妙である反面、それから今に至るクルマの現実的な発展という意味では最悪だった。依然として残るディーゼルアレルギーは当時の石原プロパガンダの結果だが、日本の技術力がディーゼル開発に向かう障害としては10年近い重みとして残った。

もしも石原さんがあそこでディーゼルNOを展開しなかったら、日本の軽油は世界レベルの10ppmの低サルファになることはなかったし、コモンレールディーゼルの普及はさらに10年は遅れたはずである。なぜ、現在の状況が生まれたか? 取材すれば分かることである。そして、何故欧州でディーゼルが人気を博しているのか。これも現地に飛んで、試乗するなり背景を調べるなりすれば分かることである。

日本メーカーは、技術的には当初リードしていたのだが、市場環境をはじめとする状況の不利がそのまま開発のペースの足を引っ張り、結果的に欧州市場におけるプレゼンスの後退を余儀なくされている。

僕は、アコード用i-VTEC2.2ℓを搭載したユーロシビック、現行ユーロアコード、アベンシスDPNR D-CAT、マツダ6(アテンザ)、マツダ3(アクセラ)、マツダ5(プレマシー)の前世代ディーゼル、スバルレガシィ・ボクサーディーゼルなどといった日本の欧州向けディーゼルを数年前から現地のモーターショー取材に絡めて試しています。数は少ないですが、現地メーカーのディーゼルも手にしています。

その目線からすれば、CX-5は驚くにはあたりません。もちろん、静かでパワフルで高回転までガソリンと変わらぬ雰囲気で吹け上る。420Nmのトルクはガソリンではとても出せないディーゼルならではの乗り味で迫る。だからと言って、諸手を挙げて万歳では正確さに問題が残ると思います。

最大の不満は、欧州市場には当然用意されている6速MTが見当たらないことです。現時点で国内にMTのラインアップはなく、したがって試乗会に用意されないからといって文句を言う筋合いではないかもしれません。しかし、SKYACTIVテクノロジーにはMTも含まれています。

現地でディーゼル+6速MTの何とも言えぬスポーティな味わいを知る者には、何故それを出さないのか。プレス向けの試乗会で多くのジャーナリストに経験してもらい、その本質的な魅力をメディアの力で伝える。欧州でディーゼルが受けている理由の核となるところだと思っています。

メーカーとしてはマーケティング戦略上知らせたくない情報なのかもしれませんが、今やネットで情報が世界中を駆け巡る時代。既存メディアで情報を遮断しても、気の利く顧客は自分で情報を拾いに行ってしまいます。状況的には雑誌の編集者やジャーナリストよりも読者のほうが詳しいなんてこともあり得る。

上流から下流へという従来型の情報伝達が時代後れとなりつつあり、個人が情報伝達の最小単位になろうとしている今、これまでの組織に見られた集団主義的なメンタリティではスピード感という点で合理的ではない。

自分たちだけで何とかなる時代だったらいいのですが、今や世界中がサバイバルを賭けて鎬を削り合う大競争の時代です。内輪でごそごそやっている間に、あっという間に取り残されてしまう。CX-5は、これから世界に羽ばたいて行くマツダ期待の星ですが、世界でもっとも難しいと言われる日本市場でディーゼル(&6速MT)を含む世界標準のモデルがどのように普及してゆくか。これまでと違う状況を生み出すのか出さないのか。

これが上手くいってくれないと、NDが絶ち消えの可能性も否定できません。頑張ってもらわないと。そのためには、批評の精神で発破を掛ける・・・そのくらいの気概がなくてどうするのだ。ちょっと熱くなってますが、こういう話はなかなか誌面では書けないもので・・・・。
Posted at 2012/03/26 23:48:19 | コメント(14) | トラックバック(1) | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

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何シテル?   10/21 16:15
運転免許取得は1970年4月。レースデビューは1975年10月富士スピードウェイ。ジャーナリスト(フリーライター)専業は1978年9月から。クルマ歴は45年目、...
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