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伏木悦郎
現住所東京都 育ちは神奈川県
出身地静岡県
誕生日1952年3月24日 おひつじ座
血液型A 型
性別男性
結婚既婚
職業その他
所属
( 部署名・学校名など )
自動車ジャーナリスト
好きなもの好きなもの:HONDA S2000、TOYOTA PRIUS、hugo boss、銀座、 寿司幸本店、宮川本廛(うなぎ)、かつ銀(カキフライ)、はしご(坦々麺)、大新園(横浜・つけワンタン)、氷花餃子(小田原・チョマー麺)、オテル・ドゥ・ミクニ、アイリーン・アドラー
好きなこと:自由気儘
自己紹介1970年4月。安保闘争が終結し、無気力の風が吹く中、なぜか某大学に入学することができました。高校3年の3学期まで、グラウンドでサッカーボールを蹴っていたのに不思議です。同年7月に免許を取得し、B110サニークーペGXで自動車人生を始めることになりました。けっして裕福な家庭ではなかったのですが、いまから思うと父親の期待の表れ、または何かを託す意思表示だったのかもしれません。高校時分に夢中になったサッカーを諦めざるを得なくなったこともあって、学生生活には身が入らず気がついたら除籍処分です。その間、後にデビュー直前まで行った高校の同級生のバンドに加わって将来を模索する内に、アルバイト先のGSでその石油会社のスポンサードを受ける生沢徹の著書『デッドヒート』に出会ってしまいました。今から振り返ると漫画ですが、セレブの生沢スタイルに触発されレーシングドライバーを志してしまうんですね、当時20歳の私は。バイトで蓄えた自己資金で当時入門クラスの花形だった特殊ツーリングカー(TS)クラスに23歳で参戦することになりました。1975年からの東名チューンB110サニーによる挑戦は、しかし足かけ4年で頓挫します。当然のことながらの資金不足が原因でした。1973~1978年という2度のオイルショックの狭間の時代にレースを始めて大成したレーシングドライバーは皆無。その事実を知る者は自動車メディアの世界でも少なくなりました。私もJAF富士GP3位がベストリザルト。レーサーとしては大した戦績を残せませんでしたが、運良く現在の境遇を得る機会に恵まれました。たまたまバイト先のGSのお客に異なる自動車専門誌(driverとCARTOP)の編集者が二人いて、今に続く道を開いてくれたのです。1977年、driverにはライター予備軍としてスカウトされ、CARTOPにはレースに挑戦する生活をグラビア3ページで取り上げられました。自ら働きかけることなく雑誌デビューを果たす。宝くじに当たるような幸運でした。
フリーランスでやって行く決断を下したのは1978年9月。あれから丸30年が過ぎました。
    登録日 : 2007年05月10日
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