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イイね!
2012年02月10日

涙そうそう

また一人、大切な人が逝ってしまった。

2月1日、義母が帰らぬ人となった。

義母はいわゆる「不治の病」だったが、
初めてお会いした7年前はとてもそんなふうには見えないほど若々しかった。

スラリと背が高く、着る物のセンスも抜群だった。
あの年代でMAX MARAのパンツやコールハーンのシューズを普通に「着こなす」人は見たことがない。
典型的な「昭和の肝っ玉母さん」だった私の実の母とはまったく対照的な人だった。
私にとってはそれがとても新鮮で、
都会的で上品な振る舞いに感心したものだった。
それでいて我々の行動に口を出すようなことは一切なく、
私のレースでさえも「よい趣味をお持ちですね」と言ってくれた。
06年の白老での練習走行へも同行してくれたほどだった。

嫁と姑の関係というわけではないが仮にも自分の子供の配偶者、
普通なら小言のひとつも言いたくなるものだと思うが
義母はそういうことを私にだたの一度も言ったことはなかった。

そういうこともあり、私自身は今でも義母と「ウマが合う」と思っている。
帰省した際も家内が疲れて先に休んでも
義母と私の二人で話し込むこともよくあった。
大晦日は2年連続で紅白歌合戦を二人で観たのもイイ思い出だ。

義母は定年退職直後の夫を亡くし、十数年間を一人で暮らしていた。
朝は早く起きて庭の手入れをし、それから朝食だったという。
帰省したときはササッと美味しい朝食を作ってくれたものだが、
そのときは既に朝のひと仕事を終えたあとだった。
そのルックスからして庭掃除なんてするようには見えないが
人目につかない早朝に終わらせてしまうあたりに義母の「美学」を感じた。


訃報を受けて家内と二人、東京へ飛んだ。
ここ最近は入院生活が続いていたこともあり、
かつて帰省した際に過ごした実家は冷え切っていた。
深いブラウン色の玄関のドアを見たとき、
「こんなにツヤがなかっただろうか・・・」と思った。
義妹によると義母がコマメにワックスを塗っていたらしいが
入院してそれができなくなったという。
冷え切った家の中、そして輝きを失った玄関のドアに
この家も義母と一緒に天国へ行ったような気がした。

晴れ渡る日も 雨の日も
      
     浮ぶあの笑顔
     
       想い出遠くあせても
     
        おもかげ探して
    
      よみがえる日は 涙そうそう



一度だけ、義母と家内との三人でカラオケに行ったことがある。
そのとき義母が高音のキレイな声で歌ってくれたのがこの『涙そうそう』だった。
義母とのお付き合いはわずか7年ほどだったが
私は笑顔しか思い出すことができない。
闘病生活が続いても、苦しそうな素振りは私には見せない人だった。

最後の最後まで「美しい人」だったと思う。
そして気配りの人だった。
葬儀のとき、家内は妹と二人姉妹なので私が喪主になった。
私は次男なので喪主をやることはないと思っていたが、
なんだか義母が私に配慮してくれたような気がした。
何もできない喪主だったが、滞りなく見送ることができた。

5年前に実の母を亡くしたときとはまた違った悲しみ。
でもしばらくしたら私はまたいつものように歩き、
春になったら156で走るだろう。
ただ、その中でも折に触れて義母のことを思い出すに違いない。
ブログ一覧 | その他 | 日記
Posted at 2012/02/10 21:05:35

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この記事へのコメント

2012/02/10 21:42:03
お悔やみ申し上げます。

本当に真に美学を貫き通した義母さま
だったんですね。

決して苦しい素振りを見せず・・・
中々真似できる事ではないですよね。

ブログを読んでて、私の事ずっと可愛がってくれた
叔父を思い出しました。
数年前に亡くなったのですが、最後まで私の事を
気にかけてくれてました。


コメントへの返答
2012/02/10 21:57:27
ありがとうございます。

いろんな意味で「ブレない」人でした。それは最後まで同じでした。

本当は苦しかったのではないかと、今さらながら思っています。

そうでしたか・・・でもそんなふうにずっとずっと心の中で生き続ける人っているんだと思いますよ。
その叔父さんのことをノリさんはこれからも思い出すように、義母も私の心の中で生き続けていくと思います。
2012/02/10 22:02:19
まずはお悔み申し上げます、そして喪主ご苦労様でした。 人生の中でも経験することは本当に少ない訳ですから。 私も父親の時は只々あたふたして終わったとしか覚えてません(・_・;)

それにしても素敵なお母様だったんですね~。
コメントへの返答
2012/02/10 22:12:29
ありがとうございます。喪主はほとんど「飾り」でありまして・・・(^^;でもいい経験になりました。これも義母の心配りではないかと思ってます。充分あたふたしてしまいましたが・・・。

そうなんです。月並みな表現ですが「もっと長生きしてほしかった」と思えてなりません。
2012/02/10 22:31:45
心からお悔やみ申し上げます

残念ですね…
いつまでも元気で居て欲しいのに…

2月1日は、父の命日なんです‥偶然ですねぇ
今年は、休んでゆっくり母兄弟で過ごしてました

涙そうそう
…良い唄ですよね

奥さん心配ですよね
頑張って下さい。
コメントへの返答
2012/02/10 22:44:58
ありがとうございます。

いつまでも、というのは叶わぬ願いと分かってはいるのですが・・・・

そうでしたか。ホントに偶然ですね。
EVO黄色さんのお父さんはどんな方だったのでしょうか・・・興味あります。
涙そうそう
改めて歌詞を読むと、まさしく今の心境です。

ありがとうございます。
ちょっと時間はかかると思いますが、乗り切ってくれると思います。
2012/02/10 23:21:16
お悔やみ申し上げます。

なんて言って良いかわからず反射的にいいねボタンを押してしまい失礼しました(泣)

お人柄を聞きしていますと勝手に思うのは、僕のおじいさんおばあさんの年代の方々にはそれぞれの価値観や育った家の信念のような物を持って生き方を貫いた芯のある方が多いような気がしてしまいます。

やはり生き方が蓄積されて人が出来てると思うと急に考えさせられます。

奥様の心中いかばかりかと思いますがそこは時間と唯一、Hataさんが元気で居られればと思います。

みなさん文章がお上手で・・・。



コメントへの返答
2012/02/11 07:09:47
ありがとうございます。

いえいえ、最期まで自分のスタイルを貫いた義母に「いいね」でOKですよ。

どさんこY10さんのおじいさんおばあさんの年代よりは相当若いですけど・・・・。いずれにしても激動の時代を生き抜いた人達であることには違いないと思いますね。


生き方の蓄積で人が出来るというのはその通りだと思います。

ありがとうございます。
なかなか時間のかかることだと思いますが、普段通りに過ごせるようになれればと思ってます。
2012/02/10 23:38:36
あの方のお母様なら想像つきます。
すてきな人だったのでしょうね。

お疲れさまでした。
コメントへの返答
2012/02/11 07:11:25
ありがとうございます。
本当に素敵な人でした。
もっともっと一緒に過ごしたかったです。
2012/02/11 00:30:15
さっき、Hataさんが指で頬をてんてんてん…と、涙を流すしぐさをした時の表情。さっきからあの表情が、頭の中にずっと焼き付いています。ただただ、何も言えません…
コメントへの返答
2012/02/11 07:14:55
お忙しい中ありがとうございました。
死というものは受け入れるしかないので、今はただただ義母をお見送りするという気持ちです。
2012/02/11 05:30:37
おつかれさま。
奥方もおつかれさま。
それでも人は生きてゆんだよ〜明日を。
コメントへの返答
2012/02/11 07:17:06
その節はありがとうございました。
そうなんですよね、どんなに悲しいことがあっても明日を生きて行くんですよね。
ちゃんと生きないと先に逝った人達に申し訳ないですからね。
2012/02/11 09:36:16
こころからお悔やみ申し上げます。

療養されているとは伺っていましたがご逝去を知り、驚いています。
奥様きちんと食事を取っていますか?
くれぐれも身体をいたわって下さい。
コメントへの返答
2012/02/11 11:22:58
ありがとうございます。

実は先月の中旬にお見舞いに行ったのですが、そのときは割と元気だったのでまさかこんなことになるとは思っていませんでした。
家内はちょっと沈んでおります。今は見守るだけですが、普段の生活をするには時間がかかりそうです。
2012/02/11 10:55:03
さすが奥様のお母様、素敵な方だったんですね!
最後まで美しい人生、、、凄いナ。。

妻も奥様をとても心配しています…

どうぞ、奥様、Hataさん、
お身体を大切にして下さいね
コメントへの返答
2012/02/11 11:26:06
そうなんです。だから尚のこと長生きしてほしかったです。最期の最期までキチンとした人でした。

ありがとうございます。

残った人間は精一杯生きていくことが大切ですよね。
2012/02/11 18:08:42
お悔やみ申し上げます。

何時かは来ることとは言え家族との別れはなかなか慣れられないですね。
お疲れ様でした。
いろいろ大変でしたでしょう。
ご自愛下さいね。
奥様も同じく。
コメントへの返答
2012/02/11 18:14:58
ありがとうございます。

慣れることはできないですね、やっぱり・・・。
既に一週間が過ぎてしまったことすら実感がありません。
なんというか、時間の感覚がおかしくなってるのかも知れません。
ありがとうございます。
時間が経てばいつもの生活に戻ると思います。
2012/02/12 23:18:07
お悔やみ申し上げます。

誰しもが突然送る立場になり、
バタバタと仏事に追われている内は良いのですが、
しばらくしてから喪失感に覆われたりします。
特に奥様に取っては、心にポッカリと大きな穴が
空いてしまったのでは無いでしょうか?

奥様ともどもご自愛下さいませ。













コメントへの返答
2012/02/13 06:39:27
ありがとうございます。

おっしゃるとおりかも知れません。最初のうちはなんだか実感がありませんでした。今は逆に2週間近くも時間が過ぎたことに違和感を憶えます。
ありがとうございます。家内も辛いところなのですが、こうしてみなさんにご心配いただき、暖かいお言葉をかけていただけるのはありがたいです。
今は普通に生活することですね。
2012/02/13 12:29:28
遅くなってスミマセン

大体言いたいことは概ね書かれてしまったので

おくやみだけ。


ただ、凄く羨ましい関係だったかと。
コメントへの返答
2012/02/13 17:25:49
いえいえとんでもありません。

わざわざありがとうございます。


幸運にも義母とは良好な関係を築けたと思ってます。本来は他人なのですが、もはやそういう感覚はありません。ただただ残念で寂しいです。
2012/02/13 21:57:54
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
奥様にもどうぞ無理なさらずにとお伝え下さい。
別れに慣れることがないのは、
それぞれの出会いに大きな大きな意味が
あったことだからだと思います。
コメントへの返答
2012/02/14 07:16:19
ありがとうございます。
ようやく普段通りの生活になってきましたが、気持ちの上ではまだちょっと時間がかかると思います。
そうですね・・・別れに慣れるというのは無理ですよね。ただひとつ言えることは、それでも残った人間はしっかりと生きていかなきゃいけないってことですね。
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