
「007」を「ゼロゼロセブン」と言うか「ダブルオーセブン」と言うかで世代がわかるらしい。
わたしは8歳年上の同僚に、おっさん呼ばわりされてしまった。
舞台は先ごろの大地震で世界の話題となったハイチ。
隠密同心の七こと
慈英武須主水[は悪代官メドラーノと越後屋ドミニクの悪を暴く。
潜伏捜査の過程で
主水[は悪代官の抹殺を企てようとする女に出会う。
女の望みは悪代官に手討ちにされた親兄弟の仇討ち。
折りしも想い人を殺めた下手人への復讐を誓っていた主水は女に助太刀することとなった。
大江戸捜査網と必殺仕事人がごっちゃになっているけど大体こんな話。
お気に入り指数を5段階で言うと、レベル3かな。
007シリーズファンのわたしのことなので、そうじゃなければレベル2かも。
5段階の境界はあいまいで特にマイルールがあるわけじゃないけど、次の目安を基に考えてもらえればわかりやすいだろうか。
レベル1:テレビで放送されたら観ればいいや(『スカイクロラ』とか)
レベル2:レンタルDVDが出たら借りて観ればいいや(『2012』とか)
レベル3:映画館で観たい(『エックスメン・ゼロ』とか)
レベル4:何度も繰り返し観たい(『オネアミスの翼』とか)
レベル5:ぜひ一本、所蔵に加えたい
レベル0:テレビでやってるのを見たらチャンネルを変えたくなる(『のだめカンタービレ』とか)
この『007 慰めの報酬』も映画館で観たかった。
日本で公開されたのはちょうど2年前の今頃で、日本へ帰る引越しでバタバタしていたから映画を観にいこうと思いつくこともなかった。
シリーズの前作、『カジノロワイヤル』はドイツ在住中だったから、わざわざ米国まで観にいった。
なんていうのはウソで、ちょうど米国での封切りのタイミングでデトロイトへの出張があったから「これはチャンス!」と出張先で映画館に赴いたのだった。
なにしろドイツの映画館ではドイツ語吹き替え版しか上映されず、観にいってもわたしにはさっぱりわからない。
ためしに『スパイダーマン3』をドイツ語で観たら、やっぱり無理だった。
英語なら何とか理解できるとはいえ、『カジノロワイヤル』の冒頭5分ぐらいは難しくて、ボンド役のダニエル・クレイグが悪役に見えてしまったものだ。
○007シリーズの一作品として
この作品は『カジノロワイヤル』の続編なのだけど、映画シリーズの007で続編のエピソードが描かれたのは他に無いんじゃなかったっけ?
わたしは007シリーズファンと言ったけど、全作を観たというほどではなくて、子供のころに観たロジャー・ムーア時代の作品に魅せられたクチ。
子供でもわかる勧善懲悪のアクションは一言で表現すれば「痛快」だった。
それに対してダニエル・クレイグ作品は渋い。というか、もはや苦い。
ボンドの苦痛と苦悩に満ちあふれて、ビターな大人の007。
○秘密兵器
わたしはもちろんのこと、誰もが期待するのはQの秘密兵器だろう。
中でもわたしが好きな秘密兵器は『死ぬのは奴らだ』に登場する強力磁石つきのロレックスと『リビング・デイライツ』に登場するBMW。
とはいえ、磁石で女性の背中のジッパーを下ろすシーンの面白さは、子供のわたしには理解できてなかった。
やはり、オ・ト・ナの経験をしなければわからないよね。
BMWのほうは現在のiPhoneのようなタッチパネルを備えた携帯で遠隔操作ができる。
Qが「操作が難しくてあまり使い物にはならないが…」と言うところを、ティモシー・ダルトン扮するボンドが見事なスピンターンをきめてみせる姿がかっこよくて鼻血が出そうだった。
そんな秘密兵器も、本作品では地味なものが一点だけ。
旧作の雰囲気を期待するとがっかりしそうだが、ボンド自身の人間らしい面が魅力的だったのでこれはこれでアリ。
子供のころに観た作品がこんなのだったら、007ファンにはならなかっただろうけどね。
○タイトル
原題は"Quantum of Solace"。
"Solace"は「慰め」とか「癒し」という意味。
"Quantum"を辞書で調べると「量」「少量」「量子」あるいは「分け前」という意味で使われるようだ。
「分け前」を、歩合の報酬みたいなニュアンスに広げれば、「慰めの報酬」という邦題で、まあまあ納得がいく。
劇中の台詞でも「報酬」という意味で使われているようだしね。
命がけで復讐を果たしたヒロインが得たものは、憎悪の炎からの開放に過ぎなかった。
慰めにしかならない報酬。
ボンドはそれを求めて、亡き恋人ヴェスパーの仇を討とうとしているのだろうか。
ボンドに助けられてヒロインは最後に「苦しみから解放してあげたい」という言葉をかける。
そんな慰めの言葉がボンドへの報酬だったのか。
このタイトルの意味は洋の東西を問わず、物議をかもしたようだ。
なんでも脚本のポール・ハギスが、オスカー授賞式の場でこの作品のタイトルの意味を問われて、"No Idea"(さっぱりわからん)と答えたらしい。
まあ、脚本家が理解してないということはないだろうから、お茶を濁して「さあね~(にやり)」ぐらいのつもりの応えなんだろう。
同じ"Quantum of Solace"というタイトルは小説の007シリーズにもある。
ただし、内容は映画のものとは違うエピソードで、翻訳版では「ナッソーの夜」と題された。
小説では登場人物によって"Quantum of Solace"は説明され、ボンドによって「慰めの量(amount of comfort)」という言葉に言い換えられている。
愛情も友情も、慰めの量の上に成り立っていて、その関係が崩れたときはすなわち、慰めの量がゼロになったことを意味する。
「慰め」というよりは、「癒し」のほうがぴったりくるかもしれない。
愛する人がそばにいれば、それだけで感じることができる、ささやかな癒し。
愛をささげるこに対する見返りと言ってもいいだろう。
ヴェスパーを亡くしたボンドが失ったもの。
それがQuantum of Solaceなのか。
余談だけど、最後に悪玉ドミニク・グリーンを砂漠の真ん中に追放して、ボンドが「のどが渇いたらこれでも飲め」とオイル缶を投げ渡すシーンがある。
もちろん、ドミニクの悪巧みに引っ掛けた皮肉でもあるんだけど、「せめてもの慰めだ」とでも言わんばかり。
思わずニヤリときた。