2008年02月07日
「ポンピングロス」の定義(吸気効率と燃費のまとめ)
エンジンの歴史は長いもので、その工学的な解析はかなり十分に行われている。こういったサイクル機関はまず熱力学的な解析が基本であり、その仕事がどれくらいになるのかを推定するには、通常、圧力-体積図(p-V線図)というものが使われる。
その中で、4サイクルエンジンの「排気」から「吸気」→「圧縮行程の途中」までの過程が左回りの閉じた回路を示し、その面積がマイナスの仕事、すなわち「ロス」であるということから、この吸気過程におけるロスのことを「ポンピングロス」と呼ぶ。これが、エンジン工学における定義である。
前の投稿ではそのあたりのことをきちんと書かないままに用語を曖昧に使ってしまったが、前回までに問題にしていたのは「吸気バルブ周辺でのコンダクタンス」としての「ポンピングロス=吸気抵抗」であり、あるいは、ピストンで負圧を吸引するが故の(イメージとしての)巷の誤解に基づいた「ポンピングロス」であった。(そこだけ読まれると間違った印象を与えそうなので、修正させていただいた。)
エンジン工学では、「吸気」中のロスだから「ポンピングロス」と言うのだろうが、これは本来の意味での「吸気」の損失ではない。吸気側と排気側(大気圧とは限らないところに注意)の圧力差から来る熱力学的、原理的なロスであり、"吸気側で必要とするガス流量"を少々煽ったくらいで改善するようなシロモノではないのである。
もちろん、スロットルを絞っているが故にその「抵抗」によってイン・マニへ空気の流入量が減り、その結果としてイン・マニが負圧になるのだから、これを「吸気抵抗」と考えたくなるのも無理はない。だが、エンジン工学でいうところの「ポンピングロス」は「スロットルでの吸気抵抗」がロスとして勘定されているのではない(流体の動作によるロスではない)、というところが重要なところだ。これはあくまでもピストンの排気と吸気の動作における仕事の差分のロスであって、エンジンの動作のなかでは相対的・動作原理的なものと考えるべきなのだ。だから、吸気バルブ開度可変機構など、動作原理を変更することによってのみそのロスを軽減させることができるのだ(同等のエンジンで同一回転・同一負荷の場合を比較したとして)。
もう少し具体的な話にしてみよう。エンジンの回転数を同一に保ちながら負荷を増大させると、それに応じたトルクが必要になるから、その分混合気を沢山供給する必要がでてくる。混合気を沢山供給するためにはスロットルを大きく開くことになる。すると、吸い込まれるガス圧が大気圧に近づき、上記の「排気」行程の圧力(ほぼ大気圧)に近づくため、この「ポンピングロス」が減少する。よって、エンジンがした仕事(図示仕事)に対するロスが相対的に減るから、これはエンジンの効率が良くなった、ということになる。
では、エンジンの効率が上がったから、燃費がよくなるのか?というと、全くそんなことはない。たとえ話にすれば、こんなことだ。エンジン回転数2000rpm、時速40kmで平地を走っていたが、同じ回転数・時速で上り坂を登るためには、アクセルをより踏み込まなければならない。アクセルを踏んでスロットルは開いたから「ポンピングロス」は減少したが、負荷が増えた分たくさん燃料を消費する。明らかに、燃費は悪化する。
あるいは、エンジンブレーキを考えてみるとよい。エン・ブレというものは、スロットルをほとんど閉じ、燃料も供給しないことで、この「ポンピングロス」を回転軸負荷の一つとして減速する方法である。このとき、たとえ吸気側に全くガス供給がない“真空”の状態でも、排気側動作でシリンダ内を大気圧近傍に開放する限りこの負荷はなくならない。逆に、排気側も閉じてしまいシリンダ内を密閉空間にすれば、ピストン動作の行きと帰りの仕事が等価になるのでロスはゼロとなる。この状態では、エン・ブレはほとんど効かないだろう。「スロットルによる吸気抵抗」が「ポンピングロス」ではないということが、ここからも理解できると思う。
では、加速の場合はどうか?加速とは、車のその速度での走行に必要なエネルギー(走行抵抗とほぼ同じ)より大きいエネルギーを追加投入することで実現されるから、加速度はその追加投入した単位時間あたりのエネルギーにだいたい比例する。よって原理的には、アクセルを開いて「ポンピングロス」を低減し、効率の良いところで一気に加速した方が省燃費になる筈である。しかし、前回も書いたように、中~高回転にすれば燃調や混合気直抜けの問題等があり、必ずしも「ポンピングロス」の低減による高効率化がそれらのロスを上回らない。
さらに問題なのは、回転数が上がってガスの流量が増えるために排気側の圧力が増大し、「ポンピングロス」があまり低減しなくなることである。よって、排気側の排気効率アップ、極端に言えば触媒やマフラーを全撤去すれば、「ポンピングロス」低減が“ロス”する問題は解決することにはなるが、そんな状態ではもちろん走れたものではない。工学あるいは技術というものは、何事もバランス、悪く言えば「妥協」の産物なのである。
ということで、延々と「吸気効率と燃費」というテーマで考察を展開してきたが、まとめとしては以下のようになるだろうか。
1)真の「吸気抵抗」は吸気抵抗部の上流と下流のコンダクタンス(の逆数)として表現され、その圧力差が大きいほど、また要求流量が大きいほど大きくなる。
2)「吸気抵抗」による損失はp-V線図(図示仕事)には直接現れず、一種の「フリクション・ロス」としてエンジン性能に影響するので、p-V線図(図示仕事)の形を理想的な変化から歪め、結果として図示仕事面積の変化(縮小)として現れる。排気も同様である。その影響は、要求流量が大きいときほど大きいので、低負荷・低回転の時にはさほど問題にはならず、その場合は、むしろスロットルを閉じている方が影響は小さい。
3)スロットル上流のサクションについては、スロットル全開時の吸気効率には影響しエンジンのパフォーマンスを良い方にも悪い方にも変化させる可能性はある(回転域と負荷による)が、スロットルがあまり開いていない時にはレスポンスの向上に若干影響する程度である。
4)エンジン工学上のいわゆる「ポンピングロス」は「吸気抵抗」とは異なり、排気・吸気のメカニズムに起因する原理的(熱力学的)なもので、スロットル制御式エンジンの構造上、避けがたいものである。
5)「ポンピングロス」を避けようとしてスロットル開度をやたらと大きくしても、他の様々な燃費悪化要因が増大し、結局は省燃費にはならない。特にガス流量が大きい中回転以上の領域では、排気圧の上昇にともない「ポンピングロス」の低減効果が薄れ、効率の改善にならないどころかより悪化する場合もある。
以上のことをふまえ、省燃費運転をするためには、
A)エンジンは低負荷・低回転の時がもっとも燃料を消費しないので、加速を必要最小限にするのがもっとも省燃費である。
B)その車がもつ最適な省燃費エンジン回転数を探し当て(概ね1500~2000rpm弱あたりと思われる)、その前後をなるべく使うようにすると、省燃費になる。
C)ただし、目標速度とギア比の選択によりエンジン回転数が高くなってしまうような場合(クロスレシオのMT車や、AT車のロックアップ機構作動直前など)は、速やかに加速後シフトアップする方が結果として省燃費になる場合もある。
といったことを心がけ、むやみにスロットルを開けたりすることのないよう走るのが一番であろう。「ポンピングロス」あるいは「吸気抵抗」との関係が一番効いてくるのはBの項目であり、このポイントを識って運転することが肝心である。
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Posted at
2008/02/07 00:02:23
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