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2008年04月19日 イイね!
ここのブログは、これ以降放置します。carviewの方で削除されない限り、残るでしょう。


私は警察関係者でも、交通事故鑑定のプロでもなく、法曹関係者でもありません。ましてや、マスコミ関係でもありません。ここで実名を公表するメリットは何もない一般人です。

そんな私がテレビでこの事故の裁判のことを知り、興味を持っていたところに、carviewで事故裁判のスレが立ちました。どうせ感情的なコメントが続くのだろうと思って見ていましたら、中にとても真剣に話をされている方々がいらっしゃいました。当時の私は、検察の主張がおかしいことは明らかだと思っていましたが、一方で被告人の主張にも疑問がありましたので、スレの流れに興味を持ちました。

スレの中で出てくる説の弱点は具体的な数字が出せていないこと。そういえばあったなぁ、運動量とか力積とかいう話が、と思って少し計算してみました。最初はとても軽い気持ちで投稿しましたので、内容の考察も非常に浅く、計算根拠が希薄でした。しかし、裁判の戦い方として、白バイ側の過失を重点的に主張すべきだという私の意見は、そのときから一貫していますし、スレの流れも、その頃からは検察の提出している物証が捏造とのスタンスからは距離を置いて、中立的な立場での検証の議論になっていました。

時期が年末年始に係り、しばらくネット生活を離れ、戻ってみたらスレがまだ盛り上がっている。私にとっては時期的に少々余裕のあるときで、また深い議論になっており、計算の考え方も出ており、なかなか数字が出てこないのならやってみようということで、本格的に計算をしてみました。

返す返すも、他にもこの件に関する掲示板やブログがあったにもかかわらず、carviewにかの論客たちが集い、あれほど真剣な議論が行われたことは、最近では奇跡と呼べるのではないかと思います。


私のスタンスは、仮説として出された横滑り(斜行)の現象があり得るのか、その条件の概略が数字で出せれば良いと考えていましたので、厳密な条件が知りたいと思っていた方とはズレていたことは認識していますが、それでも、スレで出された状況と考え方をベースとして計算式を組み立てることができ、そこから、概略の条件が出せることはここに残せましたので、一定の役割は果たせたと考えています。

最終的には、テレビ報道で出された1枚の写真が決定的な情報をもたらすことになり、私の計算なんて吹っ飛ぶくらいの、スレでの仮説の大きな裏づけとなりました。最初から参加していた論客にとっては、各々の結論に至る決定打だったと言っても過言ではないでしょう。


支援者の方のサイトでは、この仮説については実証ができていない(理論的な論証が可能なことはスレでも示しているので、恐らく実験による検証のことと思われる)と言われているようですが、敵でも味方でも当事者でもないのになぜ実証する必要があるのか、実証せよと言われなくてはならないのかとは思います。あのスレの論客たちは、被告や支援者の方々を敵に回そうとか、積極的に説得しようなどと考えて議論していたわけではないと思います。

ただ、バスの衝突前後の位置関係については公開された写真があるわけで、実証の必要性を問うのなら、横滑りの経過についてはスレの中で数式を含め概略が出ていますから、それへの反論の形でそれらの写真の状況に至った詳細な経過を関係者が必要性とともに説明する必要があるでしょう。

ちなみに、私はcarview以外のこの件に関する掲示板や支援者の方のブログコメント欄に書き込みをしたことはありませんので、誤解のないようお願いします。


もちろん、私はここで出した計算が全てであるとは全く思っていません。核心に迫る糸口程度にはなるんじゃないかとは思っていますが、これが裁判で採用されるべき真実だと主張するつもりは毛頭ありません。裁判は当事者同士で争うべきです。


裁判での戦い方は一つではありません。そして、それは弁護人が決めることではなく、最終的には被告本人が決めることです。それゆえ、現状の結果は、検察の主張が本当に問題であるとするなら、検察や裁判所だけでなく、それに対する被告側の採った戦略にも一定の原因があったと言えると思いますが、テレビ報道ではその点には触れていません。また、被告側に付いた交通事故鑑定人が、本人の事故の鑑定結果を提示しないことに対しても突っ込みを入れない点は、裁判戦略上の都合で出せなかった以外の理由がないのなら、内容が偏っていると言っても良いと思います。


私は、今は争いのある双方のどちらの味方もするつもりはありません。事故の真実に興味があり、議論の末にある程度納得できる結論に至ったのです。それは論客たちと全く同じ結論ではないかもしれません。また、裁判の当事者ではない以上、それが裁判での真実とは違っていても仕方ないと思います。それよりも、裁判に関わった人たちができるだけ納得のいく真実を得られることの方が大事でしょうし、そうであって欲しいと思います。


どのような形であれ、早く関係者の方々がこの件から開放されれば良いと思います。亡くなられた方にはご冥福をお祈りします。一方で、その他の方には、毎日の生活があります。裁判などの結果によって、いろいろと思うこと、あるいは日々の制約など、心身とも苦しいことがあると思います。でも、やがて時薬や日薬が効いて、前を向いて過ごせる日が関係者の皆さんに訪れることを遠くの地より願っています。


末筆になりますが、carview掲示板でこの件で議論に参加された皆さんにお礼を申し上げます。ありがとうございました。
Posted at 2008/04/19 01:39:24 | トラックバック(0) | おわりに | その他
2008年03月07日 イイね!
 「見たことないからあり得ない」
というような主張をするなとは言わない。
しかし、類似する現象のレポート等を提示できない(レポートが存在しない)ことと、絶対に起こり得ないと言い切ることの間には、今回の場合は物理学や自動車工学といった理論がある以上は、越えなければならない壁がいくつもあるはずで、本来は断言するのを躊躇するか、因果関係を論証すべきところだ。

今回の被告人側の交通事故鑑定人は、その因果関係を述べずにそれをあっさりと言い切ってしまったところで、私は彼が被告人側の人間になりきっていることを確信している。つまり、中立的な立場からの鑑定は放棄していると言って良いと思う。

今回私は、あのスリップ痕様の軌跡が描く可能性があることを、carview掲示板の論客たちのおかげで仮説を組立て、高校物理レベルの計算式を使って証明することができた。もちろん、私はその道のプロではないので細かい計算の部分で穴はあるだろうが、物理的・数学的にあの軌跡を描く可能性の大筋は揺るがないと確信している。

あり得ないものはあり得ない、それを証明せよと言うのは、悪魔の証明だ。
そんなことを言われるかもしれないが、とりあえず、私がここで書いたことを否定することは、「あり得ない」とするための第一歩であることは間違いないだろう。つまり、理論的に間違っている箇所や数学的に間違っている箇所があれば、そこを指摘し、ストーリー全体を崩せば良いのだ。

ここでの仮説や計算結果を、新興宗教だと言われても構わないのだが、私は直接的な根拠もなく検察の物証を捏造だと主張する方がタチが悪いと思う。検察の主張が物証と理論に裏付けられているのなら、まずはその主張を論理的かつ理論的に、できれば物証を以って地道に崩さなければ、裁判では「あり得ない」ことにはならないのだから。

「幽霊は見たことがないから信じない」と言うことと、
「あのようなスリップ痕は見たことがないからあり得ない」と断言することの、どちらがまともで、論理的ですか?
Posted at 2008/03/07 01:37:01 | トラックバック(0) | 鑑定について | その他
2008年03月07日 イイね!
 裁判であろうとなかろうと、鑑定というものは本来、中立の立場で行うべきものであると思う。判決に影響するかどうかとは無縁の立場で行うべきだと思う。

そして、交通事故鑑定は、事故状況に対して行われるべきものであり、その根拠となる物証を最初から疑うといった鑑定は交通事故鑑定としてやることではないと、私は断言したい。

もし、根拠とする物証が怪しいと思っても、まずはその証拠を元に推論を組立て、理論的に裏付けてみる。それに対して、現実的な状況か否かを判断し、鑑定とすれば、説得力はかなりのものになるはずだ。
その推論に必要な理論と物証が矛盾すれば、背理法で証明できるというわけだ。

実際には、この事故の鑑定人は、被告人の主張に沿ってバスの急ブレーキにこだわり、テレビで見られたような実証実験を世に晒している。
何度でも言うが、あれは交通事故の鑑定ではない。他人の鑑定結果のあら探しを鑑定とは呼ばないだろう。鑑定結果の鑑定、というより、その鑑定結果を信頼するかどうかの判断は裁判官の仕事だから、被告側がやっても意味がないことは明白だ。

今回の場合、あの交通事故鑑定人が裁判やテレビ番組でやるべきだったことは、自分の立場(被告人側であること)を一旦は忘れ、本来の交通事故鑑定を行い、その結果と検察の鑑定結果との食い違いを解説し、検察の鑑定の信頼性を落とすことだったのではないのか。
Posted at 2008/03/07 01:32:40 | トラックバック(0) | 鑑定について | その他
2008年03月07日 イイね!
 交通事故鑑定というのは、現場検証などで得られた情報や供述を元に、事故状況を論理的に組立て、それを理論的に、ときには過去の事例や実験結果も添えて裏付けるという過程を経て、鑑定結果として仕上げるものだと思う。

それに当てはめて考えると、検察側の主張が論理的には妥当でも理論的には的を外していることは、いろんなところで実証されているのでここでは触れない。一方の被告人側について言えば、一審では科捜研の鑑定結果に対して理論的な突っ込みをほとんどしていないという失態を犯していると私は思う。

また、テレビ等でいろいろやっていたブレーキ痕の話は、その失態を取り返そうと交通事故鑑定人を雇ってやっていたことだと思うし、新たな鑑定結果が出てきたわけではないことには皆が気づくべきである。

単に、バスが走行中だったか止まっていたかだけを証明しようとしているだけであって、事故全体の鑑定や実証ではない。

結局、交通事故鑑定人でありながら、交通事故の鑑定はしていないように見えるのだが、この交通事故鑑定人は被告人にとって本当に必要で頼れる存在となったのだろうか?
Posted at 2008/03/07 01:29:24 | トラックバック(0) | 鑑定について | その他
2008年03月07日 イイね!
 私はここで取り上げている事故の件でテレビに出てくる被告人側の鑑定人を、テレビで見た人たちはどのように思っているのか気になる。

かの鑑定人は被告人側に付いていることによって、すでに客観的立場を放棄していることに関係者以外の人間は気づくべきであるが、それをあえてテレビ報道などでは無視している。テレビ局の担当者は演出と考えているのかもしれないが、そうなるとそれは報道ではなくワイドショーであり、テレビ局の担当者も中立的な立場にはない。

鑑定人であることを前面に出せば、なんとなく客観的な立場で事故を分析・鑑定してくれると錯覚しそうになるが、その実、テレビでやっている内容は検察側が提出している証拠などのあら探しに過ぎないことに、いったいどれくらいの人が気づいただろう。

ああいうのは本来、交通事故鑑定とは呼ばないはずであり、すでに被告人側に有利になるように証言しているに過ぎないのだが、交通事故鑑定を生業としている人がやったことであるがゆえに、もっともらしく聞こえている人は多いと思う。

交通事故鑑定を生業とされているようですが、今回の件の彼の鑑定結果はどうだったのでしょう。
Posted at 2008/03/07 01:27:38 | トラックバック(0) | 鑑定について | その他
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