今月上旬、中国で開催された「第25回世界電気自動車・燃料電池シンポジウム(EVS25)」で、ホンダのエンジニアらは、2009年F1レースカー用のKERS(運動エネルギー回生システム)の一貫として設計した先進的高性能電気モーターの開発を紹介するプレゼンテーションを行った。
ブレーキングのエネルギー再生システムであるKERSは、1周当たり400キロジュールのエネルギー貯蔵に制限されており、「オーバーテイク・ボタン」戦略の一環として6.67秒間60kW(80馬力)でエネルギーを解放することができる。トラックの設計にもよるが、これは車両の加速を時速15kmまで増加させ、1周当たり20mを稼ぐことができる。
しかし、KERSシステムは車両の空力学、重量、重量配分、衝突安全性、燃料タンクの容量、重心などに悪影響を与えることなく搭載されなければならないので、設計的に大きな難問である。ホンダのエンジニアらは、フライホイール式ではなく、電気モーター/電池パック・ソリューションを選び、モーターをエンジンの左前に、出力調整装置(PCU)をその前のモノコック・シャシー内部に設置することを決めた。
モーターはエンジンオイルで冷却され、PCUは専用の循環冷却材で冷却された。106個のセルから構成されるリチウムイオン電池パックは、車両の重心を維持し、空冷を活用するためにキールの前部に搭載された。
F1マシンの軽量性(最低620kg)およびコンパクトな設計を考慮し、ホンダはモーターは直径100mm、長さ200mmより大きくならずに、モーター重量1kgあたり、約8kWを生み出さなくてはならないと計算した。ちなみに、典型的な量産ハイブリッド車あるいは電気自動車のモーターは、1kgあたり1.0から2.5kWの出力である。
固定子鉄心
二重ラップ巻き固定子、永久磁石回転子の三相、四極、12歯設計が選ばれた。作動モーター速度はほぼエンジン速度に等しく、13,000から21,000rpmである(2009年F1シーズン中のエンジン速度は18,000pmに制限されていた)。
特にモーターの高速を考えた場合、当初の懸念は、一般的に交流モーターにおける最も重い部品である固定子鉄心の鉄損失の効果だった。従来の粒子配向シリコン鋼は、このプロジェクトのモーターのサイズと重量目標を満たすモーターに使用するには不十分であり、モーターの固定子鉄心の積層には鉄-コバルト合金(49Fe-49Co-2V)が使用された。これによって、磁束密度が30%増加し、トルクが15%増加した。
49Fe-49Co-2V 鉄-コバルト合金と一般的なシリコン鋼を比較した相対磁束密度
鉄-コバルト合金の鉄損失は、技術の組み合わせによってさらに低減された。圧延後熱処理がコア・ヒステリシス損失を抑制し、鉄と絶縁の望ましい比率を維持しつつ、積層あたりの鉄心コア積層の厚さを10分の1ミリにまで低減することができる超薄型の酸化絶縁皮膜を開発した。これらの改良により、合金の鉄損失はさらに60%低減した。
ホンダの鉄-コバルト合金の磁束密度は、複数の改良によって増加した
ホンダは、モーター調節戦略の詳細を発表していないが、21,000rpmの4極モーターの最高周波数は700Hzであり、この速度でモーターを駆動するパルス幅変調電圧は、非常に速い過渡電流を本質的に使用しなくてはならず、巻線内に電圧ストレスを起こすことになる。当然ながら、固定子巻線は製造あるいは巻取り過程におけるピンホール生成防止と巻線故障の低減のため、傷防止インバーター専用ワイヤで巻かれていた。
回転子の設計
ホンダは、固有飽和保磁力が160℃で最低1.1 MA/Mという高飽和保磁力の磁石を開発し、最大トルクになるよう磁化角度を調整した。温度上昇とそれによる渦電流損を最低限にするために、回転子の内部PM構造には448個の磁石(軸方向28個 X 周囲16個)を使用した。
回転子軸を回転子磁束回路の一部として採用することで回転子径を短縮した。高強度の有機繊維製の伸張性フィラメント巻線が回転子を囲み、回転子が最大回転数21,000rpmで生み出す遠心力における磁石の破裂を防止している。回転子のセラミック製ボールベアリングは、オイル循環の簡素化と損失抑制のため、オイルではなく高温グリースで潤滑された。
当初は水冷モーターが開発されていたが、ホンダのサイズ/性能目標に適合しなかった。最終的なモーターはエンジンオイルで冷却されることになった。固定子の冷却通路はローターの周囲を通り、回転子は中空軸にオイルを通過させて冷却された。固定子冷却オイルを回転子から隔離し、風損を排除するために、細い円筒型樹脂スリーブがモーターの回転子-固定子の空隙にとりつけられた。
モーターの断面図。回転子と固定子の冷却材流路を示す。エンジンオイルを冷却材として使用している。
実装とテスト
モーターのトルクは、前置き5速ギアボックスを通じてエンジンのクランクシャフトに伝えられる。車両テストは、2008年4月の直線コース加速から始まり、翌月はシルバーストンでのサーキットテストに進んだ。9月にはスペインのヘレス・サーキットで全負荷のサーキットテストが実施され、次のような結果が得られた。
・フルアシストの場合、ラップタイムは1周当たり0.4秒まで短縮された。
・速度は時速7km増加し、連続的な324kJのアシストでは直線で7.8m(車長の1.6倍)だった。
最終設計は、1kgあたり7.8kW(10.46馬力)を達成し、ホンダの設計目標だった1kgあたり8kWに近かった。モーターの最大効率は99%、再生中の発電機の最大効率は93%だった。モーター重量は6.9kgだった。
モーターのトルクをエンジンのクランクシャフトに伝える前置きギアボックス
KERSシステムは2009年シーズンにF1に導入され、いくつかのレース優勝の鍵となったが、開発問題のためその後廃止された。KERSは2013年、新しいエンジン規約の導入に合わせてF1に復活する予定である。ホンダは2009年、F1チームをブラウンGP(現メルセデスGP)に売却した。
ホンダのKERSモータードライブを使用した場合のF1サーキットにおける推定ラップタイム短縮
ソース: Development of F1 KERS motor, November 2010 Tamotsu Kawamura, Hirofumi Atarashi, and Takehiro Miyoshi, Automobile R & D Center, Honda R & D Co., Ltd.
Posted at 2010/12/07 21:03:22 | |
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