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2011年05月26日

MAZDA 787B

MAZDA 787B 6月11日(土)~6月12日(日)にフランスのサルテ(サルト)
サーキットで開催される第79回ル・マン24時間耐久レースで91年の総合優勝車の『マツダ787B』がデモンストレーション走行する事なり話題になってますね。

先日、数年前にチョロQモーターズから買い取り、マツダが自社テストコースとしている山口県にある美祢サーキットで長年マツダのテストドライバーも務められていた片山さんや従野さん、ミスタール・マンの寺田さんによってテスト走行もされたそうですね。

マツダは美祢サーキットを一般開放してJAF格式などのレースを開催できるようにすべきです。

それはさておき、この787Bは日本車初のル・マン総合優勝車としてマシン自体はよく取り上げ
られたり、ブログのネタになってたりしますが、ドライバーについてはあまり触れられないんですよね。

ドライバーご存知ですか?

ジョニー・ハーバート(英)
フォルカー・ヴァイドラー(独)
ベルトラン・ガショー(仏)
の3人です。

3人ともF1経験者で、ハーバートとヴァイドラーは全日本F3000やJSPC(全日本スポーツプロトタイプカー選手権)にも参戦していたり、ガショーはF1を降りてからはGT(当時はJGTC)に参戦したりと日本にも馴染みのあるドライバーなんですよね。
(ガショーのGT参戦はル・マン以降ですが)

F1でロータスがコマツ(小松製作所)、日立、SHIONOGI(塩野義製薬)、田宮模型などのたくさんの
日本企業のロゴでマシンが彩られたロータス102♯をドライブしてたのもこのハーバートだったり
するんですよね。

そのロータス時代にはハッキネンと共にいすゞのF1用V12エンジンのテストもしてるんですよね。
(結局はレース本戦を戦うだけの耐久性がなかったのといすゞの開発資金不足により参戦には
至りませんでしたが)

91年の富士のJSPCで1コーナーでマシンが炎上する和田孝夫選手をレース中にも関わらず
マシンを止めて救助に向かったのもこのハーバートです。

98年のGT富士で炎上するマシンから太田哲也選手を救助した山路慎一選手同様に素晴らしい
行動です。
人名救助は当然の行動と思われがちですがまず炎上するマシンはとても危険なのとレース中
なのでマシンを止めて救助に向かうとグリッド(順位)を落としてしまいます。
レースは自分1人だけの物ではなくチームがあって、スタッフがいて、レース資金を提供する
スポンサーがあって、もちろんファンもいてと簡単にはいかないのです。

ハーバートはロータス時代はチームメイトのミカ・ハッキネンとはかなり仲良しでチームもいい
雰囲気でしたが何分、末期のロータスはマシンのポテンシャルも低く好成績には結びつきませんでしたが、その後のベネトンはマシンも良かったですがチームメイトのミハエル・シューマッハで苦労
しましたね。

この苦労がなければF1でももっと日の目を浴びてたんですけどね。

ヴァイドラーも素敵なドライバーでしたが持病の突発性難聴の悪化がなければ…と悔やまれる所
ですね。
悪化さえなければF1でも活躍していたハズです。

ガショーはかわいそうの一言です。
催涙スプレー事件さえなければ彼の人生の歯車は狂ってなかったハズです。

ただこの事件のお陰で今のシューマッハがあるんですよね。
皮肉な物です。

そう言えば90年のコローニ時代のエンジンはスバルの水平対向12気筒でしたね。
ただ、チーム、マシン、エンジン全てに於いてダメで予備予選を1度も通過できずでしたね。
(予備予選懐かしいです)

日本では欧米諸国に比べ認知度や人気の低いモータースポーツですが、F1を始め世界の
レースシーンで活躍するドライバーは結構日本でのレース参戦歴があったりと認知度や人気とは
裏腹にレベル自体は高かったりします。

かつてエディ・アーバインがフェラーリ時代の99年の開幕戦オーストラリアGPでF1初優勝の時に
レース終了後の記者会見で「日本にはホシノってバカっ速いドライバーがいて、中々勝たせて
くれなかったんだよ」「今、ここに自分がいられるのはホシノさんのお陰だよ」と星野一義(現)インパル監督の話を国際映像の場でし、隣にいた2位で日本のレース参戦歴もあったハインツ・ハラルド・
フレンツェンが頷いたなんて逸話もあります。

話は戻って、この『マツダ787B』は『チャージマツダ』とも呼ばれますが、チャージブランドを展開
していたアパレルメーカーのレナウンも今や中国の企業に買収されて子会社化されたんですよね。
日本を代表するアパレルメーカーの1つだっただけに「何だかなぁ」です。


P.S.
画像のDio SRに乗ってる外人さんはベルトラン・ガショーで92年10月23~25日に開催された
F1日本GP(鈴鹿サーキット)の時の物です。
場所は確かメインストレート(グランドスタンド)最終あたりの裏手です。
周りは誰も気付いてなかったですが私は「あ!ガショー」とシャッターを押してました。

グランドスタンド裏をハーバートとハッキネンが原チャリで2ケツしてた時は知名度の差なのか
周りもキャーキャー言って追いかけてました。
この時私はカメラは持ってたのですがカバーをしていて残念ながら撮れずでした。

年賀状にガショーの写真を載せてベルトラン・賀正なんてネタもありましたね(笑)

ブログ一覧 | クルマ
Posted at 2011/05/26 12:57:29

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この記事へのコメント

2012/03/23 21:05:17
飛んできました!!

懐かしい名前がいっぱいですね!!

もう忘れてしまった方ばかり・・・

ジョニーは覚えてましたが(^^;;;

↑の画像、ガショーさんは誰も気づかないでしょうね(笑

私も鈴鹿で、スクーターに2ケツしたナイジェル・マンセルを激写しましたよ!!
車に足の先っちょ踏まれながら!!(^^;;;
コメントへの返答
2012/03/23 21:22:51
昔は最高峰カテゴリーF1とCカーがありさらにインディーやCARTと言ったアメリカのオープンホイールとたくさんのドライバーを覚えてました。

マンセルと言えば91年のカナダGPでトップ快走中のファイナルラップでキルスイッチを押してしまったのが衝撃的でした。
当時、F1を見るのに何分か前からテレビの前にスタンバっていて、前のプロ野球ニュースの最後でF1の結果が放送され見ちゃったんですよね。
でも表彰台にはマンセルの姿がなかったのに中継を見るとファイナルラップまで独走で…

今のヒゲなしのマンセルは何だかビミョーです(笑)

そう言えば友人はR32の助手席に乗るケン・ティレルを撮ってました。
こちらもガショー同様に誰も気づかずで(笑)
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